雪混じりの冷たい風が吹きつける。ウイングダイバーの軽量装備は防寒具としてはどうにも非力だ。でもひとたび空を舞ってしまえば、駆動のエネルギーで暑いとさえ感じるようになる。そして戦闘が始まれば汗まで流れる(それは冷や汗も含めて)。
私は十日間ほどの逃避行を終え、基礎訓練を積む日々を経て今日、EDF隊員としての初陣を迎える。赤城軍曹チームのみなさんと。必然か、偶然か。こうして再び肩を並べている。【私が私になってからの】この五か月と少しの日々を思う。現実感の無さやら訓練の過酷さやら、世界が置かれた状況への絶望感やら、本当に立ち止まる暇もない日々だった。私が誰かなんてどうでもいいくらいに、街は、国は、世界は、戦うことができる誰かを欲していた。
結局私の住んでいたらしい西雛羽ヶ里地区は壊滅状態で、“百瀬勇”についての手掛かりは未だに見つかっていない。訓練所で、教官の話やテレビ画面・ラジオ放送越しに知る被害状況。犠牲となった方々の中にはもしかすると私の大切な人がいたかもしれない。それを知ることはできない。流れてゆかない水の凝りみたいに、やりきれなさが胸の中で濁っていた。そして、だからこそここまで来た。何もかもを守ることはできなかったから、誰かを守ることができる存在になりたかった。それが私に芽生えた意志だった。
いずれ安全な場所に。民間人としての私に希望を与え続けてくれた背中を見る。戦場と化した街をいくつも駆け抜けて、敵が地球を侵略しようとしているエイリアンだと分かっても、幾度となくとめどなく誰かの死を目の当たりにしても、光が絶えることはなかった。なぜですか?一度尋ねたことがある・・・
「似合っているぞ、戦友」
そんなことをぼんやり考えていると、軍曹がちらりと私に振り向いて言った。それを聞いた木田さんがくっくと笑って続ける。馬子にも衣装ってやつだな。どうして素直に褒めてくれないんです?と反論しようとしたけれど、青柳さんが「お前になら背中を預けられる」と素直すぎる褒め方をしてくれたので、なんだか程よいバランスで受け止められた。最も年齢が近い君鳥さんは先輩風を最大風速で吹かせながらも、一番気さくに接してくれた。
総人口の二割を失ったというこの世界で恩人たちにまた生きて会えたことは、今更ながら本当に奇跡的なことだと実感した。思わず頬が緩む。何に笑っているんだ?君鳥さんの口元が困惑に引きつったのがなんだか尚更おかしかった。
テレポーションシップと呼称される、怪物を送り込む宇宙船は大きな脅威だった。雪降るこの街にもその船は遊泳する。巨大で威圧的な異物は、恐怖と違和感を抱かせながらも無表情に存在していた。曇り空をさらに暗くさせる巨大宇宙船。間引かれた建物の残骸が燃えている。未だ自立するビルから人が身を乗り出している。五か月が経過しようと侵略者たちが見慣れた存在になることはなかった。例えテレビの向こうで何度見てきても、イメージトレーニングなんかを積んでみても、いざ彼らを目の前にすると人々は冷静ではいられなくなる。冷静になれる者たちが、だから戦わなくてはならない・・・なんて言葉を訓練中なんども聞いた。冷静、冷静と心の中で呟く。
そんな驚異の象徴、テレポーションシップ。それを軍曹は地上から撃墜してみせると宣言する。曰く、テレポーション機能を実行する瞬間にハッチの中身を狙うのだと。危険を冒してでも近づき攻撃するのだと。
「危険すぎます!兵士たちでさえアレに何十人も殺されているんですよ!」
「そうですよ!真下に移動するだなんて正気とは思えません!」
青柳さんと君鳥さんが叫ぶ声を聞いて、軍曹は二人を真正面から見据えて答えた。その視線は木田さんと私にも同じく注がれる。
「いいか。この五か月もの間、俺たちは怪物と戦い続けてきた。だがもう限界だ!人類は負ける・・・今日、ここで勝たなければな」
赤々とした光が見え隠れする。確かに外殻より柔らかそうに見える。そしてきっと私は一番近くでそれを見ることができる。赤い光に向かって飛んで行く、イカロスの羽は燃え尽きる。オーバーヒートに気を付けて。訓練で私はしょっちゅう注意された。夢中で飛んで行ってしまうから。
「大丈夫ですよ」
気が付くと私は夢中で悩んで言ってしまう。
「私は空を飛べますから」
長い時間飛び続けることは難しかったので、ビルの屋上で籠城し、宇宙船の旋回とハッチ開閉のタイミングを見計らってビーム砲を放つ作戦を執ることにした。ビルを這い上がる怪物を払うために、傍に木田さんが居てくれた。やるだけやってやる!と頬をびしびしと両手で叩き挟んでいた。言い出したのは俺だ、と軍曹はまさにテレポーションシップの真下にフォーメーションを敷き、腹を決めた青柳さん君鳥さんも打って変わって強気の姿勢で向かっていった。
「おっ!開くぞ、おい開くぞ!」
「み、見えていますから圧をかけないでください!」
チャージを最大にしてチャンスを待つ。木田さんはまるで教官のように私の傍で見守っていてくれた。早くアレが撃墜されるとこ見てンだよ、と豪快に笑いながら、自身もアサルトライフルを構えた。雪で白く塗られた風景の中に軍服姿はすぐに見つかる。三人もそれぞれの場所で機会を伺っていた。撃てー!ピンと張られた軍曹の声が響く。銃弾とプラズマを受け、炎熱がマグマのように煙のように、白銀の街を溶かすエネルギーを撒き散らす。効いているのだろうか。効いているようだった。
私は思わずビルから足を離す。もっと近くで。もっと確実に壊さなくては。そんな衝動に駆られた。おい!無茶するな!と怒鳴る声がはっきりと聞こえたけれど。パワーより回数で攻めてみる。それともやはり最大出力に賭けた方が良いだろうか。ハッチが閉じかけても攻撃をねじ込む。暑い。熱い。汗となって流れてゆく水分が高揚感を煽る。墜とす、墜とす、墜とす!オーバーヒートのアラートと、標的が爆散していく風景と、すべてがスローモーションに見えた。灰色と白銀の風景が橙と赤とでぐしゃぐしゃになってゆく。その炎の中に私の身はゆるやかな速度で落ちる。宇宙船の素材が炎を反射して鈍く光りながら落ちる。冷たい雪の上に落ちる。
飛行ユニットは私を軟着陸させた。そこに立っていた軍曹のアイガードが橙色の炎に照らされている。メリー・ポピンズみたいだな、と真顔で言われたけれど、テレポーションシップが砕け散る音がうるさくて上手に会話ができなかった。
久々の投稿になってしまいました。。いつも閲覧、感想、評価などとてもうれしいです。ありがとうございます。最後の方とかオペ子ちゃんとのやりとりとかは考えているのですが、辿り着きたいな~~