お弦さんといっしょ   作:とりなんこつ

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第9話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスを伴い、部屋へと戻る。

さすがに色々と空気がとっ散らかされてしまった結果に、クリスはげんなりとしていた。

その様子を苦笑しつつ、弦十郎は内心ではホッとしている。

弦十郎とて木石ではないから、クリスがとある方向へ踏み出そうとしていることを察していた。

それが有耶無耶になったことは正直ありがたい。

 

「さて、そろそろ寝るとするか」

 

部屋の照明をしぼり、クリスにそう声をかけるも返事はない。

 

「クリスくん…?」

 

訝しげな声を出した振り向きざまに、熱く柔らかい塊が胸へと飛び込んでくる。

正面からクリスが抱きついてきた。

とっさに受け止め、身長差で旋毛あたりを見下ろすことになり、彼女の髪が結わえられずそのまま背中に流れていることにドキリとする。

上目使いで見上げてきたクリスの胸元は、帯が解かれ、大きく開かれていた。

落とされた照明の陰影に、押し付けられた白い肌が(なま)めかしく浮かび上がっている。

 

「………」

 

言葉もなくクリスは見つめてくるのみ。

その瞳は、何事かを期待し、何事かを覚悟していた。

それが分かるだけに、弦十郎は膝を曲げ、クリスと視線を合わせた。

丹念に開いた浴衣の胸元を閉じ、帯を締めてやる。

それから静かに視線を切り、弦十郎は言った。

 

「―――すまない」

 

「…ッッッ!!!」

 

クリスが部屋を飛び出していく。

堰を切ったような嗚咽が、開いた扉から遠く響いてくる。

しかし、呼び止めることも追いかけることも出来ずに、弦十郎はただ項垂れるしかなかった。

自失の時間は決して長くはなかっただろう。

クリスを一人にしてはならない、探さなくては、という当たり前の意識が戻ってきて、弦十郎は腰を上げる。

その時、部屋の扉がコンコンとノックされる音。

すわクリスくんか? と視線を向けた先に、浴衣を着たマリア・カデンツァヴナ・イヴが立っていた。

 

「あの子のことなら、調と切歌が見ていてくれてるわ」

 

「!! そうか、良かった…」

 

「またずいぶんと派手に泣かせたみたいね?」

 

「…面目ない」

 

年下であるマリアに対等の口の利き方をされていたが、それに気づけるほどの余裕はなかった。

一つ肩を竦めたマリアは、ずかずかと室内へと入ってくる。

そして窓際に設えられたチェアーセットの前に陣取り、冷蔵庫から氷や酒のボトル、そしてグラスを手際よく並べていく。

 

「取りあえず、こちらに来て座ったらどう?」

 

「しかし」

 

「今の司令に必要なのは話し相手ね。そしてわたしも愚痴くらいなら聞いてあげられるわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそもどうしておまえたち三人がここにいるんだ…?」

 

そう問いかけ、弦十郎はマリアの入れてくれたウィスキーをストレートで呷る。

強い酒精が胃の腑を焼いたが、それだけだ。酔いが冷えた頭を温めてくれることはない。

 

「まあ、それも今更の質問よね。本部の保安部が機能不全を起こしているから、わたしたちが代わりに護衛を頼まれた。それだけの話」

 

自分のぶんの水割りを作りながら、マリア。

弦十郎の空けたグラスに、わざとらしくグラスをカチンと合わせてから笑う。

 

「翼もずっと寝込んでるから暇だったしね。切歌と調と三人で、ちょっとした旅行みたいな形で堪能させてもらっているわ」

 

「保安部が機能不全だと? なぜだ?」

 

「そんなの、他ならぬ貴方たちが原因じゃない」

 

マリアに呆れ顔で言われてしまった。

そう言われても、弦十郎は釈然としない。

 

「俺とクリスくんと、保安部の不調に、どんな因果関係が存在するというのだ?」

 

「あっきれた。少し前まで組織ぐるみでアイドルをプロデュースしていたのは貴方たちでしょ?」

 

話の流れが良く見えないが、マリアの言うところのアイドルとは、かつてのツヴァイウイングであることは理解できる。

 

「熱狂するファンがいるからこそのアイドルよ。そんなアイドルが急に結婚しました、ってなったら、ファンの心理はどうなると思う?」

 

そういえば、つい先日、友里たちから似たような話を聞いたことがあった。

確かシンフォギア装者は職員にとってのアイドルで、絶大な人気があるとか。

ゆえに、同じように苦笑を返す。

 

「だから結婚とはいえ偽装なのだ。それを真に受けたとしても俺とクリスくんの取り合わせそのものが…」

 

マリアの返答は大きなため息と共に。

 

「聞きしに勝る朴念仁ね。友里さんたちの苦労も分かるわ」

 

「確かにそれは否定できないな。俺自身も不器用だと思う」

 

一転、マリアは不思議そうな顔つきになる。

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、貴方がそこまで自己評価が低いなんて思ってなかったから…」

 

「結局のところ、俺は親父の後釜でスライドしてきた世襲に過ぎんよ。ノイズや錬金術師への打倒はおまえたち装者に頼るしかないし、かといっておまえたちの立場を守るための政治的手腕は、遠く兄貴には及ばない」

 

―――そして、惚れた女一人守ることも、救うことも出来なかった。

 

最後に心の中で付け足し、自嘲する。

 

「こんな司令の本音が聞けるなんて、本当、珍しいこと」

 

マリアはにっこりとする

 

「すまんな。益体もない話を」

 

「安心して。わたしはお酒を飲むと、聞いた話は全て忘れちゃう体質だから」

 

マリアは二つのグラスに再度ウイスキーを注いでいく。

 

「だから、胸のうちに溜まったものは、全て吐き出しちゃいなさいよ」

 

一回りは年下のマリアの台詞に、かつての彼女の姿を重ねてしまったのは錯覚だったろうか。

幻影を振り切るように弦十郎は二杯目のウイスキーを呷る。

苦い。酒の味がしない。

だけど、傷痕が疼いた。かつてフィーネに傷つけられた箇所が。ついさっきクリスに指でなぞられたところが。

 

「…良かれと思ってしていることが、あそこまでクリスくんを追い詰めてしまうとはな」

 

「だいたいは察しがつくけれど、あの子に迫られたけれど、拒否したんでしょ?」

 

「無論だ」

 

弦十郎は大真面目に頷く。

 

「今回の発端は聞いているか? 英国の揺さぶりに対する偽装工作なのだぞ? なのに、俺に身体を(ひさ)ぐなど…」

 

結婚しているという体裁を整えるだけで良かったのだ。何も正真正銘の夫婦のように結ばれる必要はない。

しかし、新婚旅行ということで連れ出したことが、おそらくクリスの思考を短絡させたのだろう。

結果として、実際に身体も結ばれなければならないと錯覚させてしまった。

いかに米英といえど、中世の頃ならいざ知らず、初夜の確認まではしないだろうに…。

 

そう自説を述べると、マリアが軽く視線と人差し指を中空に彷徨わせてから言った。

 

「でも、日本には、据え膳喰わぬは男の恥って言葉もあるでしょう?」

 

弦十郎は声を荒げる。

 

「結婚したとはいえ、嫁入り前の娘を傷物に出来るものかよッ!」

 

「………」

 

グラス片手でマリアが固まっている。

 

「…どうした?」

 

「ううん、わたしの日本語のヒアリング能力がおかしくなったかと思ったけど、そんなことはなかったわ」

 

「何を言っているのかさっぱり分からん」

 

弦十郎は手酌でウイスキーを注ぐ。

マリアは自分のグラスを両手の平で転がしている。

 

「司令があの子のこと大事にしている気持ちはわかったわ。けれど…」

 

「けれど、なんだ?」

 

「そこにあの子の気持ちは斟酌されているのかしら?」

 

「…クリスくんの気持ち、だと?」

 

グラスを空け、弦十郎はハッと笑い飛ばす。三杯目にしてようやく酒臭い呼気が出た。

 

「こんなおっさんが相手なんだ。内心では辟易していることだろうよ」

 

マリアは深く溜息をつき、

 

「意外と面倒臭い人。でも嫌いじゃないわ」

 

たん、と空のグラスが卓上へと置き、立ち上がっている。

 

「そして、あの子の気持ちを、わたしが代弁するのも筋が違うしね」

 

「…行くのか」

 

「ええ。でも最後にアドバイス。どちらにしろ、あの子の女としてのプライドはボロボロよ? 今晩は面倒を見てあげるけど、フォローするなら出来るだけ早くした方がいいわね。色々と手遅れになる前に―――」

 

そう言い置いて、マリアは風のような足取りで姿を消した。

からん、と空のグラスの氷が音を立てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら朝だった。

身体を起こすとミリミリと音が出る。

珍しく軽い頭痛がする。

目の前のテーブルにはウイスキーの空き瓶。

どうやら窓際の椅子に座ったまま眠ってしまったらしい。

室内を見回す。

クリスはやはり戻ってきていないようだった。

とりあえず、あの三人が様子を見てくれているようだから、身柄は安全だろう。

そこまで考えて、マリアたちがどこの部屋に泊まっているかを聞くのを忘れていたことを思い出す。

失態だった。

それでも調べる手はいくらでもある。早くクリスを迎えにいかねば。

しかし、迎えに行ったとて、なんと声をかければいいのだろう?

早くしなければと焦燥感が募る一方、まるで頭は働いてくれない。

 

「風呂でも入るか…」

 

せっかく温泉に来たのだ。熱い湯に入ればいい考えが浮かぶかも知れぬ。

湯を浴びて目を覚まし、残った酒精を抜く。

さっぱりして暖簾をくぐれば、ちょうど女湯の暖簾も開き、なんとクリスと切歌に調も出てくるところ。

 

「あ…」

 

切歌が気づき声を上げた。

つられてクリスは弦十郎と視線を合わせ、すぐにぷいと横を向いてしまう。

 

「さあて、朝飯でも食おうぜッ」

 

そう言って切歌と調を引き連れて歩いて行く彼女に、まったく取りつく島もない。

弦十郎は黙って見送った。

追いかけて引き留める気が、なぜか沸いてこなかった。

それは果たしてどのような後ろめたさによるものなのか。

自分でも良く分からぬ。食欲もまるでない。

とぼとぼと部屋に戻り、浴衣から着替える。

気づいたときは、温泉街をそぞろ歩くクリスら三人を尾行していた。

過去の職歴から尾行術は心得ている。生半な素人には気づかれないはずだった。

 

「…こんなとこで何やっているのかしら?」

 

背後から声をかけられ振り返ると、バタフライマスクをつけた女性が立っている。

 

「…レディM」

 

「あ、ごめんなさい、マスク付けっぱなしだったわ」

 

「なんと!? マリアくんだったのかッ!」

 

「…本気で言っているの、この人?」

 

ごほん、とマリアは咳払い。

 

「ひょっとして護衛のつもり? それならわたしがしているから、司令は早くあの子と話をつけてきたら?」

 

「う、うむ」

 

頷きはしたものの、弦十郎はふん切れない。

むしろ調たちと楽しそうに買い物や食事をしているクリスを見ると、そのまま放っておいて方がいいのではと思う。

いや、ダメだ。

やはりきちんと話をしなければなるまい。

だが、しかし…。

どうにも考えがまとまってくれない。

こんな思考がままならぬことなど初めてだ。

 

いつの間にか時刻は早くもお昼過ぎ。

さすがに空腹を覚え、弦十郎も食事を摂ることにした。

財布を探しジャケットの内ポケットへと手を入れたとき、指先に固い感触。

ポケットからそれを取り出し、掌の上に置いた。

この小箱を購入したときにまつわる記憶が、どういうわけか弦十郎を落ち着かせてくれた。

 

…そうだな。大人らしくケジメをつけなければなるまい。

 

そう決めたものの、なかなかクリスは一人にならず、時間が無駄に過ぎていく。

結局弦十郎が声をかけられたのは、空が橙色に染まる頃。

切歌と調が隣にいたままだが、もはや頓着している余裕はなかった。

 

「クリスくん、大事な話があるのだが」

 

「………」

 

「クリスくんッ!」

 

完全無視を決め込むクリスに、弦十郎は強硬策に打って出る。

 

「すまんッ!」

 

言うが早いが、強引にクリスの身体を掬い上げる。

 

「ッ! 何すんだよ、離せッ!」

 

手足を振り回し、引っ掻き、噛みつき、まるで猫のようにクリスは盛大に暴れた。

しかし弦十郎は決して逃さず、クリスを抱えたまま跳躍。

それを繰り返し、人気のない高台まで運んだところで、ようやくクリスを解放する。

 

「くッ!」

 

解放するなり、距離を取られた。

警戒も露わに、クリスはきつい眼差しのまま睨んでくる。

 

「…なんだよ。また土下座でもするつもりか?」

 

皮肉たっぷりに言って、ふんと鼻を鳴らすクリス。

(なじ)られるのも罵倒されるのも覚悟はしていたが、それでも弦十郎は謝るしかなかった。

 

「クリスくん、昨晩は済まなかった。おまえの覚悟は理解していて、その上で受け止められなかったのは本当に申し訳なく思う」

 

クリスの睨んでくる目つきはそのままに、瞳が涙で潤む。

マリアが言うところの女のプライドを傷つけたのは、他ならぬ弦十郎自身だ。

とっさに慰めの言葉を放とうとして思いとどまり、心の中で噛み殺す。

ここからが正念場だ。本当に言うべきことを前に、余計な言葉を重ねてはならない。

軽く息を吸い込み、丹田へと力を込める。

 

「俺は、心の底からおまえを大切に思っている。これは天地神明にかけて本当だ」

 

「………」

 

「その上で頼みたい。おまえはまだ17歳だ。だからせめて18歳まで、出来れば学院を卒業するまで、時間をもらえないだろうか?」

 

いかにも相手を思いやっているような言葉の裏で、18歳になったらクリスの覚悟を受け入れるという言質は与えていない。

むしろ画策しているのは、クリスが18になるまでの猶予を経て、その間に諸々の事情にケリとつけるというもの。

真実、欺瞞、展望、願望。

いかな気持ちを込め、並べるだけ並べたところで、つまるところは詭弁だ。問題を先送りしているだけに過ぎない。

そのことを承知して口したからこそ、弦十郎自身の良心が音を立てて軋んでいる。

そもそも本来なら逆で、猶予を乞うべきはクリスの方だろうに。

 

「…そんなの、大人の都合じゃねえかッ!!」

 

クリスに一言で切って捨てられる。

まさしくその通りなだけに、言葉に詰まる。

 

「だいたいそんな約束をしたってな、反故にしないって保証はどこにあるんだよッ!?」

 

涙声で叫ぶその背中にクリスの過去を見た。

かつて、大人に裏切られ続けた彼女。大人を信用できず、差し伸べられた手を取れなくなった少女――。

彼女の激情に、言葉では抗えない。

ゆえに、あの時と同じく、弦十郎は行動で示すしかなかった。

 

「ならば、これをその約束の証しとしよう」

 

「なんだよ、それはッ」

 

差し出された箱をひったくるように受け取り、蓋を開けて―――クリスは固まった。

 

「…これは」

 

「一応、俺の給料三か月分になっている」

 

箱の中身は輝く指輪。

台座には、やや大振りのサファイヤが青い光を投げかけている。

 

「おっさん…」

 

クリスの唇が戦慄(わなな)く。

 

「まあ、本来なら結婚する前に渡すべきものだったが…」

 

ぽりぽりと頬を掻いていると、青ざめたクリスの視線が忙しく自分の顔と指輪を往復しているのが分かる。

 

「でも、なんで、こんなの…」

 

「もともと、この旅行中に渡すつもりで用意していたんだぞ?」

 

「………」

 

クリスから放たれていた猛々しい感情が霧散していく。

束の間の自失の空隙を埋めるように流れこんできたものは、きっと戸惑いだろう。

それら様々な感情が嵐のように過ぎ去ったあとに残ったのは、喜びを必死で抑え込もうとする全く年頃の少女が一人きり。

 

ともあれば綻びそうな頬を無理やり引き締め、しばらく指輪を見つめたあと。

クリスはこちらに向けて箱ごと渡してきた。

突き返されたと思い慌てる弦十郎に、すっと左手を突きだしてくる。

 

「ん」

 

「? なんだ?」

 

「いや、だから…嵌めてくれよ」

 

「あ、ああ、そうか」

 

箱を受け取り、指輪を摘まむ。

伸ばされたクリスの左手を掴み、薬指にゆっくりと指輪を通して―――。

 

「なんだよ、これ。緩いじゃねぇかッ!」

 

クリスが声を荒げる。

だがそれは、決して怒っている風ではなかった。

むしろ彼女の表情は笑っていた。

涙を浮かべて笑っていた。

 

「す、すまないッ。調整するので一旦返してくれ」

 

だが、クリスはサイズの合わない指輪ごと右手で左手を包み込む。

 

「いいよ。このままで」

 

「そうか?」

 

「うん、これでいいよ…」

 

いつの間にか日は沈み、冷たい夜風が周囲を漂っている。

薄闇に浮かぶクリスの顔はこの上なく柔和で、今まで見たことがないほど大人びていた。

そんな彼女に弦十郎は何か声をかけようとして―――結局何も言えなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どういうわけか、その晩もクリスはマリアたちの部屋に泊まったらしい。

指輪を渡したときの感触は悪くなかっただけに不安に思う弦十郎だったが、翌日の早朝からクリスは上機嫌だった。

 

「おら、起きろ、おっさん! 飯に行くぞッ!」

 

朝食バイキングは動けなくなるほどまでたらふく食べ、

 

「せっかくだから全部の温泉を制覇するぜッ!」

 

「しかし、あれは子宝の湯だが」

 

「…構うもんかッ! ついでだッ、ついでッ!」

 

チェックアウトギリギリまで温泉を堪能。

そしてホテルを出た後は、帰りの電車時間までお土産選びに余念がない。

 

「あのバカには饅頭でいいとして、あの子にはキーホルダーかなー。これ、どっちがいいと思う?」

 

いちいち引っ張りまわされる弦十郎だったが、決して不快ではなかった。

はしゃぎ疲れたのか、帰りの新幹線に乗り込んで席に座った途端、クリスは爆睡。

隣の弦十郎の腕を掴んだまま、寝顔にはうっすらと笑みが浮かんでいる。

彼女の左手には、昨夜贈った指輪が輝いていた。

 

「あらあら、全く気持ちよさそうに寝こけちゃって…」

 

後ろの座席からひょいとマリアが顔を出す。

ついでに、つんつんと眠るクリスの頬を突いた。

通路からは切歌と調がやってきて、同じようにクリスの寝顔を覗き込んでいる。

 

「一晩中ノロケ話を聞かされる方の身にもなって欲しいデース…」

 

厚ぼったい目で恨みがましそうに睨みながら切歌。

 

「一昨日はアンチLiNKERを打たれたみたいだったのに、夕べはまるでXD(エクスドライブ)モード…」

 

トロンとした目をしきりに擦りながら調。

 

「よ、よく分からんが、ありがとう三人とも。おかげで色々と助かったぞ」

 

弦十郎が礼を述べると、三人組は欠伸をしながら隣の車両へと戻っていく。

静かになった車内で、弦十郎は傍らのクリスを優しく見やった。

それから贈った指輪が嵌められた薬指を見る。

サイズの不適合を、絆創膏を巻いて補っているところが可愛らしい。

 

弦十郎は座席にもたれた。

この二泊三日の旅行に対しての思いを馳せる。

何はともあれ、夫婦としての危機は乗り越えられたようだ。

最後の切り札となったのは、やはりあの指輪だろう。

 

…俗に、サファイアの宝石言葉は「慈愛」「誠実」「忠実」「真実」「徳望」だという。

今回は、いずれの霊験が作用した結果だろうか?

 

不確かな神秘へと感謝を捧げると同時に、弦十郎は、自分の中の過去へも目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来、君に贈るはずだったものだが、こうやって再び日の目を見たんだ。

これでいいだろう? なあ、了子くん―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この弦さんは自分から爆弾を仕込みに行くタイプ。


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