その日、グイード・ミスタは実に数奇で運命的な出会いを果たす事になる。
よく晴れた春の夜。
ミスタはいつもの様に、自宅へと足を運んでいた。
なんてことの無いいつもの一日。
そんな日常が終わろうかという時だ。
不意に路地の奥から、何か奇妙な音と共に、青白い光が視界の端から入ってきた。
長い時間では無かったので、気のせいかとも思ったが、ミスタは自分でもよく分からないが、行かなければいけないと思い、正しく夜の明かりに誘われ、路地の奥へと入っていった。
暫く進むと、みすぼらしい男が奥から慌てた様子でぶつかってきた。
察するに後ろばかり気にして、前を見ていなかったのだろうが、ぶつかられたミスタからしてみれば、関係のない話である。
ちょっと凄んで文句を言ってやると、今はそれどころでは無いので、後にしてほしい。と逆に文句を言われたので、2、3発ほどぶん殴った。
大人しくなったところで話を聞くと、ほんの数秒前まで誰もいなかった場所が、突如として光だし、収まったかと思えば、奇妙な風体の子供とこれまた奇妙な生物が現れたのだという。
奇妙な生物が何か話しかけてきたが、男は恐ろしさのあまりに、浮浪者仲間を見捨て、逃げ出したという。
男の話を聞いたミスタは一瞬迷った。
だが、話の中に子供がいると聞いて、知らぬふりをするほど、非情では無い。
勿論、その奇妙な生物を一目見てやろうと言う、好奇心が無かったわけでもないが、ここでその子どもを放っておけば、また何度も今日という日を思い出し、憂鬱な気分になるので、ミスタはそれが我慢ならなかった。
男を開放したあと、ミスタはその奇妙な生物と子どものいるであろう場所に辿り着いた。
路地の最奥なので、ここにいる事は交番に景観が居るくらい間違いない事だと、ミスタは確信していた。
そしてミスタは衝撃の光景を目にした!
「な、なんだありゃあ…」
気をつけていたが、ミスタの口からは声が溢れてしまった。
いや、それも無理はないだろう。
そこにいたのは目玉をはやした、イソギンチャクの様な生き物だ。
無数にあると思える触手は、ウネウネと辺りを探るように動き、その内の幾つかから生えている目玉は、目の前で倒れている男を凝視している。
倒れている男は恐怖に顔が歪み、瞳に光はなく、事切れていることが、容易に見て取れた。
基本的に楽観的なミスタでも、この時ばかりは叫びだしそうになったが、何とか堪えることが出来たのは、子どもがいるという話のおかげだろう。
今ここで叫んでは子どもが危ない。
ミスタは逃げ出したくなる衝動を、必死に堪えつつ、子どもを探した。
子どもはすぐに見つかった。
だが、場所が最悪だった。
なんとイソギンチャクのすぐ後ろで倒れているではないか。
定期的に胸が上下しているので、一先ず生きているようだ。
ミスタは内心胸を撫で下ろし、改めて息を潜めて考え始めた。
(あのイソギンチャクは、まるであの子どもを守るみてーに前に出てやがる。幸いにもこっちは右後ろだ。今からでも全力で走りゃあすれ違いざまに抱きかかえるられる)
一度引っ込めた頭をもう一度出し、イソギンチャクと子どもを見る。
右斜め前。そして更にその奥には、反対側へとぬける通路がある。
(あそこ迄一気に行きたいところだが、如何せんイソギンチャクのヤローが近すぎる…せめてあの死んでる男のところまで行ってくれれば、どうにかなるんだが…)
そんな事を考えていると、まるでミスタの言う事でも聞いたかのように、イソギンチャクの生物は男の方へと向かって動いた。
イソギンチャクの生物は、のしかかる様に覆いかぶさると、そのままゆっくりと形を変え始めた。
(な、なんだか分からねーが好都合だ!今しかねぇ!)
そう思い立つが早いか、ミスタは、隠れていた場所から飛び出し、まるで発射されたピストルの弾丸の様に、一直線に反対側の路地へと走り出す。
イソギンチャクの生物は未だに形を変え続け、こちらを気にした様子もない。
そのままミスタは、子どもを抱き上げようと手を伸ばした。
「うぉわっ!?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
足を引っ掛けたわけでもないのに、空中で一回転したかの様に、視界が勢いよく回り、気がつけば空を見上げ、助けようとした子どもに組み伏せられていた。
「てめぇ!何しやがる!人がせっかく助けようとしたの…に…」
ミスタはそれ以上言葉を続けることができなかった。
自分を組み伏せるその力のように、睨みつける瞳は一見するとたじろぐ程鋭いが、どこか弱々しく見えた。
よく見ると、その肌は幼なさ故に分かりづらかったが、無数の傷が残り、長い黒髪もひどく乱れていた。
その様子をどこで見たのか。ミスタは記憶の中を、まるで散らかった部屋から財布を見つける様な気持ちで探った。
(こいつ…俺にビビってんのか?側にいる化け物じゃなくて、俺にビビってんのか?)
怯え。
子どもはミスタに対して怯えていた。
今のミスタは知る由もない事だが、子どもはミスタと出会う直前まで、壮絶な体験をしていた。
自分達の命を狙う親族。
自分達を追い込む見知らぬ他人。
大手を振って歩けず、誰からも知られる事を許されてはいけない環境。
4歳の子どもが、辺りに住まう人間に対し、警戒心と猜疑心を住まわせるには、十分な環境だった。
愛する両親とも別れ、頼りになる大人はとうの昔に死に、父の友人を語る存在は別のことをしている。
子どもはもう限界だった。
咄嗟に母より習った体術で組み伏せたものの、ここからどうすれば良いのか、検討もつかなかった。
自分と相手の体格の差は、文字通り大人と子どもなのだから、逃げるという手段こそが最適だ。
だが、逃げたから何なのだろう。と父譲りの聡明な頭脳が、この後のどうしょうもない状況を、冷静に残酷につげてきている。
もう助からないのだ。父と母はもうこの世には居ない。
生きろと言われたが、それも叶わないだろう。
絶望の底に子どもの意識が辿り着こうとした時、運命は動き出した。
「安心しろ。俺はオメーの敵じゃねぇ」
無我夢中。いや、殆ど無意識と言ってもいいだろう。
ミスタは、目の前の子どもにそう声をかけた。
見た目からして、子どもは日本人で、イタリア語は通じそうにない。
だがそれでもミスタは、ゆっくりと、まるで赤ん坊に聞き取らせるように、一言一言ハッキリと話し掛けた。
「俺は、お前の、味方だ。助ける。必ずだ。信じろ」
「……」
意味は分かってないかもしれない。
言葉は通じてないかも知れない。
それでもミスタは、懸命に語りかけた。
今、自分にできる最大の努力を。
精一杯の誠意を見せた。
結果、ミスタは子どもから信頼を得、両足で立つことが出来た。
「ありがとよ。さっ、あのイソギンチャクから逃げねーと。随分時間くっちまったぜ」
「イソギンチャクか。言い得て妙だな」
瞬間、ミスタはすぐさま振かえった。
そこには、先程まで形を変えていたイソギンチャクの生物の姿はなく、代わりにドラマや映画などにいそうな、顔の整った男が立っていた。
全裸で。
「…おめー、まさかあのイソギンチャクか?」
「ご明察だ。私の名前はイウス。彼の従者だ。もっともイウスは正確には名前ではないが、何らかの識別が無いと困るだろう?」
人を小馬鹿にしたような態度は腹立たしいが、それよりも聞くべきことがあったので、ミスタは気を取り直した。
「あんたはこの子とどういう関係なんだ?というか何処から来た?聞いた話じゃ光の中からって話だが、俺も10代とはいえそんなのをまともに信じるほど夢見がちでもねぇ。本当のところはどうなんだい?えぇ?」
「ふむ。良いだろう。どのみち君を逃がす気はない。私の擬態を見られた以上君には知ってもらい、協力して貰う必要がある」
イウスは話した。
自分が古の時代にはるか宇宙の彼方から飛来した、超文明を持った生命体だということ。
とある事情から種族の社会から離れざる得なくなり、あわやというところで子どもの父に助けられたこと。
その見返りとして、その子を見守り、育ててほしいと頼まれたこと。
そして子どもの命を助けるために、時間移動を更に超越した次元移動を行い、ここに来たということ。
「とはいえ君たち人間は自分の理解力を遥かに超えた事情を聞くと、空想や妄想のたぐいと決めつけ、常識という価値観の保護に走る傾向があることは理解している。なので今から君に時間移動を・・・」
「いや、別にそんなことしなくていいぜ。よくわかった」
「ほぅ?」
「つまりあんたがこの子を助けるのは義務であり、当然のことだった。そういうことだろ?」
「・・・端的にいえばそうなるな」
「なら良いんだ。俺にとっちゃそれだけで十分だ」
普通なら、この状況でこんな話を信じるのはどうかしているだろう。
だが、今のミスタには確信があった。こいつは嘘をついていない。
仮に嘘をついていたとしたら、こうして自分と悠長に話すより、自分を倒して子供を確保した方が遥かに早いし、自分ならそうすると思ったからだ。
こうして、ミスタは人生で一度目の数奇的な運命の出会いを果たしたのであった。