源氏冒険譚 〜始まりの風〜   作:犬原もとき

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Latoはイタリア語で側面
Altroはイタリア語で他という意味だそうです(翻訳サイト感)


episodio:Ⅲ 少年と料理

少年と食事

 

Lato:Altro

気絶させられたエドが、目を覚ましたのは、路地での小さな喧嘩が起こって1時間ほど後のことだった。

昼がまだだったということもあり、起きて腹が減っていたエドは、ブチャラティ行きつけのリストランテに連れてこられていた。

「……」

「そう警戒するな。確かに殴って気絶させたのは悪かったと思っている。ここでの食事は、そのお詫びだ」

エドの眼の前に並べられたのは、何時もはそう簡単に食べる事のできない様な、実に美味しそうな料理の数々だ。

正直に言えば、エドとてこの料理には、直ぐに飛びつきたい気持ちではあったが、先程思いっきり殺気をぶつけた上に、負けてしまった相手の目の前で、そんな無様な真似はしたくないと思い、精一杯我慢していた。

「…」

「ふむ。では俺は頂くとしよう…おぉ!いつ食べても美味いなぁ!ここのスパゲッティは!」

そんな気持ちを汲み取ったブチャラティは、目の前の少年が食べやすい雰囲気を作るために、ちょっと大袈裟に振る舞ってみせた。

少々無理をしているようにも思えたが、その行動は、エドにある出来事を思い出させた。

 

それはエドとミスタが、まだ合って間もない時に遡る。

エドとて、誰彼構わずに信用する訳でもなく、出会ってそんなに時間の経ってない人間と食事をするなど、言語道断であった。

しかして食わねば始まらない。

生きている限り、生命は食べなければいけない。

ミスタがいない所で食べる事はあっても、面と向かって、食べる事は決して無かった。

「チトセよぉ〜。おめーが俺の事を警戒してるのは分かる。分かるけどよぉ、食べるんならちゃんと一緒に食べてくれよ!なぁ!?飯は飯!普段は普段!この国はランチタイムは本屋やブティックだって休む!物事は切り替えが大事なんだ!分かるか!?」

「心配しないで下さい。ちゃんと食べてます。美味しいですよ」

「おぅ!なんせ飯だからな。美味いもん食わないと人生損しちまうぜ。って!そうじゃねぇ!そうじゃあねーんだよ!!」

ミスタは焦っていた。

勢いとはいえ、エドに守るだの助けてやるだの言った手前、こうして信頼されていない等とは、笑い話にすらない。

イタリアの諺の中に、仲間と酒を飲まない奴は泥棒かスパイ。というものがある。

今のエドとミスタは正にこのような状況であった。

(ちっくしょ〜。むかっ腹が立つぜ。イウスのヤローはこんな時にどこ行ってんだ?俺はベビーシッターじゃあねぇんだぞ!)

正直な話、エドは聡明な子なので放っておいても問題はない。

だが、人生を楽しむ生粋のイタリア人であるミスタは、目の前の少年が人生を楽しめていない事を、何とかしてやりたいとも思ってしまっていた。

(人生を楽しむコツはなんと言っても飯だ!飯に対して何にも感じなくなるのは、人生に対して何にも感じなくなるのと一緒だ!そしてその為には、こいつに少しでも、飯を食うことを楽しいと思ってもらわねーとな!)

そう思ったミスタの行動は早かった。

直ぐ様エドと向かい合うように座り、眼の前のピッツァマルゲリータを食べ始めた。

何口か食べている内に、次第に本来の目的を忘れ、夢中で食べ始めた頃、視線を感じたので前を見ると、食い入るような目で、ピッツァマルゲリータを見ているエドという、とても珍しい光景が目に入った。

それを見たミスタはこう思った。

(こいつ、さては恥ずかしいんだな?噂じゃあ日本人ってやつは、感情を出すのがダサいとか思ってるらしーし、有り得ねぇ話じゃあねぇ。だったら……)

ミスタはワザと見せつけるようにゆっくりと、しかし味わいながらマルゲリータを口に入れ、よく噛んで顔を俯かせた。

「んぐ!…んん……!」

「ミスタ?どうしたんですか?」

「んん……!ん〜〜〜!」

「ミスタ?ミスタ!!」

「んん〜〜………おおぉぉいしいぃぃ〜〜い!!」

ミスタは、さんざ溜めてエドが近づいた所で、出来る限りの満面の笑みを浮かべつつ、食べた料理を褒めた。

「やっぱりピッツァはマルゲリータだよなぁ〜!歩きながら食えるカルツォーネや、たっぷりキノコ使ったボスカイオラも良いけどよぉ〜!マルゲリータは王道のピッツァ!って感じがするぜぇー!トマトソースの酸味と濃厚なモッツァレラチーズ!一流のダンサーと伴奏の様にこれ以外の組み合わせは有り得ねぇ!だが忘れちゃいけないのはバジルの存在だ!トマトの青臭さやチーズの濃厚すぎる匂いは、爽やかな香りで拭き取ってくれるし、その微かな甘さがトマト本来の甘さをそっと押し上げるからよぉ〜、バジルがある所はアクセントになって、余計に食いついちまうぜぇ〜!見た目も赤、緑、白で国旗のようだし、3って数字も縁起がいい!正にイタリアのピッツァって感じだよなぁ〜!」

急に起き上がったかと思えば、何やら大声で、尚且身振り手振りでピッツァを絶賛するミスタを見て、エドは虚をつかれた。

それと同時に、チラチラとこちらを見ている事にも気づいた。

「いやぁ〜美味いなー!こりゃあもう最高に美味いぜぇ〜!この最高の味を誰かと味わいたいなぁ〜!例えば見た目が可愛いくて、寂しがりやで、警戒心バリバリな男の子とかよぉ〜!あぁ〜!何処かにそんな子がいないかなぁ〜!」

明らかにこちらを誘っている。だがエドにはその真意が分からなかった。

なぜなら、ミスタは誰かを誘うとき、必ず面と向かってストレートに誘うからだ。

なぜ今更こんな遠回りな言い方をするのだろうか?

エドはそこが分からなかった。

「あー!もうマルゲリータがこれだけしかないぞー!これはまずいなぁー!だけどしょうがないよなぁ〜!?イタリアは情熱の国だ!やりたい事や言いたい事をはっきり言ってもよぉ〜!ちっとも恥ずかしくねぇってのによぉ〜!勝手に恥ずかしがってる奴が悪りぃんだからよぉ〜!」

痺れを切らしたミスタのそのセリフで、エドは、いや千歳は漸く思い至った。

不器用なこの兄貴分は、自分にもっと正直になれと言っているのだ。

(正直に…正直か…)

逃亡生活が長かった千歳にとって、素直に生きると言う事は、許されない事だと思っていた。

しかし心の中では、そうしたいと、いつも願っていたのは間違いなかった。

(ここではいいんだ。もう…自由に、人の目を気にしなくて…)

その時、千歳は何かが胸の奥から溢れ出してくるのを感じた。

それは必死に閉じ込めた自由への渇望だった。

一人の不器用な男の、態とらしくも愛の溢れる行動が、千歳本人ですら気づき得なかった、心の鎖を砕いたのだ。

涙を流しながら、マルゲリータを食べる千歳を、ミスタは黙って優しく肩を叩いた。

 

 

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