「でも、その、ふ、『二人にとっとと恋人になってもらいましょう大作戦』って何をするの?」
私は姫織ちゃんに尋ねる。
名前を聞く限りでは、二人に恋人になってもらうために意識をさせるのではないかというような作戦だとは思うけれど。
じゃあ、実際に何をするの? と言われるといまいちピンとこない。
「ふっふっふ。それはね」
「ゴクリ」
ちょっと汗が出てきた。
あの二人が結ばれるようになるまでに、私たちに何ができるのだろうか。
クラスの大部分が楽しんでいるように思うけど、それでもきっと本心から協力しようと思っている人はいるはずだ。
「まだ決まってません!」
ズコーっと、ギャグ漫画のように私は転ぶ。
「き、決まってないの!?」
「そうなんです。なので」
すっと姫織ちゃんはとある方向を指差す。
そこにはクラスメイトたちがたむろっては顔を両手で覆い、『尊い』や『砂糖吐いて死にそう』なんてつぶやいている。
その中心にあるのは、あれだ。
『クロ、美味しいかな?』
『うん、美味しいよ? さすがはお姉さん、だね。じゃあ、今度は私から。……恥ずかしいけど、誰もいないときぐらいしかできないし』
『……? 何か言った?』
『ううん、なんでもない。……はい、あーん』
『あーん』
尊い!
そんな感想しか出てこない。
できることなら私も今すぐにあの周囲で砂糖を吐きそうになっている集団に混ざりたい。
誰がいつ仕掛けたのかわからない盗聴器については触れることなく、ただ純粋に心の底からそう思う。
けれど、人前でそんなことをしようと思えるほどに私は豪胆ではなくて。
今この場では『作戦内容について聞く私』でいないといけないと、そんな反応をしている。
「あれを聴きながら作戦を立てましょう」
「……私たちも死屍累々の仲間入りをしそうな気がするなぁ」
苦笑いだ。
「とは言っても、作戦はすでに一つだけあるんだよ」
「と、兎蛙くん?」
クラスメイトの一人、兎蛙智仁くんがそこに口を挟んできた。
まだ、クラスの人たちの名前は全員分覚えられてはいないけれど。
それでも彼のように、少し前の代にまで遡るだけで有名な作曲家が出てくるような、クラスの中にいる『学校の有名人』というような人物の名前なら知っている。
本人の、『音楽になりたい』っていうのが、言葉だけだと何を言いたいのかよくわからない、いわゆる変人と呼ばれる類の言動であることも有名な理由の一つではあるだろうけど。
「俺たちの立てた作戦っていうのは、まずはこれだ」
そう言って、彼が指を向けたのはどのクラスにも置いてあるものだった。
「あれ?」
昼休みは屋上で二人で食べて、そうして教室に戻るころにはまた拳一つ分程度の距離が開いて。
そうして僕たちは教室にまで戻ってきた。
誰にもバレてはいなかったと思う。
午後の授業も、君が眠たそうに目をこするのを眺めて過ぎ去って。
迎えた放課後。
「傘がないや」
僕が今朝の天気予報、午後からの降水確率を見て持ってきたはずの傘が、いつのまにか傘立てから消えて無くなっていた。
なんでだろう、確かに持ってきたはずなのに。
「クロ、ぼくの傘を知らないかな?」
「持ってきてた、よね? ないの?」
「うん。誰かが間違えて持ってっちゃったのかな?」
「そう……」
そう言った君は、目を閉じて何かを考えているようで。
ぼくはもう、雨が小雨になるまでは学校で時間を潰そうと考えている。
君にまで付き合わせることはないと思ったから
「クロ、先に帰ってていいよ。ぼくはもう少し雨が弱くなったら走って帰るし」
二人で同じ家。
なので、委員会や部活に参加していないぼくたちは、二人で帰ろうと約束している。
それを、こんなに早く破ることになって申し訳ないとは思うけれど。
それでも、暗い夜道を君に歩かせるよりはましだと思うから。
ぼくは、そう言った。
「……だめ」
「え……?」
「だめ、だよ」
「でも」
「二人で一緒に帰る。それが約束、だから」
「でも、クロまで残ることなんて……」
「残る必要なんて、ないよ」
これがある、と恥ずかしそうに君は、自分の傘をさして言った。
「二人で、この傘を使おう」
「……」
「……」
二人で相合傘をして帰ることになった。
たったそれだけのこと。
それだけのことなのに。
「……」
どうしようもなく話す内容が見つからない。
肩が触れ合って、手が触れ合って、ビクッとなって少し離れて。
そんなことの繰り返し。
君の名前を心の中で口にしてみる。
それだけでなぜか。
君が生まれてきてくれて、そしてこうして名前を呼びあえる距離にいるというだけなのに。
たったそれだけのことが無性に嬉しく感じて、胸の中がポカポカと、温かい感情に満ち溢れる。
恥ずかしい、恥ずかしい。
ただ名前を口にしたいだけなのに、それだけのことが無性に遠い。
「クロ」
君が、私のことを呼んでくれる。
君しか呼ばない、私の愛称。
この真白の髪とは真逆の呼び方。
昔、「白髪のくせにクロなんて」とからかわれたこともあったけれど。
それでも、君にそう呼ばれるのが嬉しくて。
「何……?」
ああ、またやっちゃった。
ちょっと不機嫌そうだったかもしれない。
嫌われないだろうか。
いつも、ちゃんと言いたいことを言えないから、いつも「どうして私はこうなの!」と思ってしまう。
「ちょっと離れすぎじゃないかな?」
そのままだと濡れちゃうよ、なんて少し距離を詰めながら君は言う。
手と手が触れ合う距離。
このまま、手を繋いで。
腕を組んだり……は恥ずかしいからできないけど。
それでも、君の手を、自分から君の手を握ることができたなら、きっと自信が持てると思う。
だから恥ずかしさをこらえて
「うん。……なら、離れないように、しないと」
ぎゅっと、その手を握った。