卯月は寂しいと死ぬ   作:Higashi-text

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05話

私の横には弥生が並走しており、彼女が緊張しているのが伝わってくる。配属されて早々に出撃とは彼女も運がない。

 

今我々が向かっている海域には姫級が3体いるらしい。

本当は隣の鎮守府の担当海域だが、1度に3体の姫級を相手にするのは難しかったようだ。ほとんどダメージを与えられずに撤退したらしく、敵の戦力は減っていないとのこと。

 

ちなみに、既に日が落ちて時間が経っている為、加賀さんと瑞鶴さんは一緒に来ていない。彼女達は夜戦だからと言ってただの置き物になる様な艦娘ではないが、空母が狙われる夜戦を積極的にするような酔狂な艦娘でもないのだ。

 

私は前にいる長門さんと金剛さんを視界におさめながら、弥生の方に意識を向けた。

弥生は第2艦隊でもトップクラスの実力がある。

彼女は吹雪のように長い経験を積んだわけではないし、夕立のように火力とセンスがずば抜けているわけでもない。

しかし、それでも彼女は今の実力を手にしたのだ。そこには他の追随を許さない程の努力があった。

 

彼女がここまで強くなった理由を、私は知っている。

 

「ねぇ、弥生」

 

「…なに?」

 

「昔、弥生がうーちゃんの為に強くなるって言ってくれたの覚えてるぴょん?」

 

「…うん、今もそれは変わらない。弥生は、卯月と一緒に戦うために強くなった」

 

「……弥生はすごいぴょん。うーちゃんも弥生みたいになりたいぴょん」

 

「…? 卯月は、今のままでもいいと思う」

 

「……うーちゃんは………。……それより弥生、さっきから緊張してるぴょん?」

 

「…少し。卯月と一緒に戦うんだって思ったら緊張してきた」

 

「うぅ、うーちゃんのせいだったぴょん。近づかないでとしか言えないぴょん……」

 

「…それは大丈夫。そうじゃなくて、弥生はやっと卯月に教えてあげられる……」

 

「各艦! そろそろ予定海域だ! 準備だけはしておけよ」

 

「今回は少し不安ですネ。いつものメンバーが3人しかいないデス」

 

「おいおい。お前がそんなこと言うなんて珍しいな」

 

「負けるとは思ってないデス。でも4人で姫級3体がいる艦隊とやりあうのは時間が掛かりマス」

 

「まあ、確かに雑魚は多いからな。綺麗な戦闘にはならないだろう」

 

「弥生は大丈夫デスカ? 恐らく、第2艦隊では経験がないような乱戦になりマス」

 

「…大丈夫、です」

 

「弥生は我々と違って近接戦闘の経験が少ないだろう。無理はするなよ」

 

「…はい。でも、頑張ります」

 

「電探に感あり! 長門、どうやらお出ましネ! 凄い数デス!」

 

「……卯月、大丈夫、いつも通りだ。先に行って撹乱しながら、倒せる奴から倒していいぞ」

 

「……行ってくるぴょん!」

 

やはり長門さんには敵わない。みんなのことをよく見ている。実は先程から緊張と恐怖で手が震えているのだ。

別に敵が怖いわけではない。いつもの安心感がないのが原因だ。敵の数が多くこちらの人数がいつもより少ない上に、今回は弥生がいる のだ。もし攻撃してしまっても沈まないという安心感がない。

 

ーー弥生を攻撃して、沈めてしまうかもしれない。

 

あの時の光景が蘇ってくる。

仲間達が必死に呼びかけるが意識が無く動かない弥生。止まらない血。動けない私。

 

 

ダメだ、今それを思い出しても余計に震えが増すだけだ。他の事を考えよう。

さっき弥生は私と戦うために強くなったと言った。やはり、私のために努力をしてくれたのだ。

 

この鎮守府の第1艦隊に正式に配属されるのはかなり難しい。必要なのは純粋な練度と戦闘力に加え、周りを見る能力や判断力、そこに私の邪魔をしないという制限がつく。

私は練度と戦闘力はあるが、他は基準に達していない。暴走してしまうから例外的に配属されただけだ。

だから弥生の努力がどれくらいのものか、想像に難くない。

 

弥生は優しい。こうして一緒に戦うことで、私のそばに居ようとしてくれている。

それに私が心配なのだろう。ずっとこちらを見ているのが分かる。弥生はいつも私のことを心配してくれているのだ。

 

そんな弥生に私はこたえられるだろうか。

いつか肩を並べて戦う事は出来るだろうか。

そういえば弥生が言っていたな。出来なければ、努力する。

なんだ、やる事は普段と変わらないじゃないか。

 

 

敵との距離が近づいてくるにつれて、私は冷静であろうとする。

自分が置き換わっていくのが分かるけれど、必死に私のままでいようとする。

何かが混じってくる感覚があるけれど、頑張ってそれを追い出そうとする。

 

今日は弥生がいるんだ。今日こそは。

敵まであと少し。

 

もう少し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーやっぱりダメだ。

 

 

私は湧き上がる何かにそのまま身を任せた。

 

 

 

戦艦が撃ってきた砲弾を跳ね返して駆逐艦に当てる。駆逐艦はそのまま吹き飛んだ。

 

魚雷が何本も囲むように向かってくる。私に当たった途端に向きを変えて、先程の戦艦へ全て真っ直ぐに向かって行った。

 

重巡と別の戦艦が殴りかかってくるが、そいつらの腕がぐちゃぐちゃになっただけで、こちらにダメージはない。

そいつらに手を当てると相手はその場から動けなくなる。残った手足で必死に足掻いて抵抗してくるが、その分ボロボロになっていった。

 

後方の空母から行われた爆撃が私に命中した瞬間に、その2体は私の手から砲弾のようなスピードで飛んで行った。そのまま何体かを巻き込んで行き、闇に紛れて見えなくなる。

 

「あはハハ~! 最っ高だピョン! もっと楽しませてェ!」

 

 

もう、敵しか目に入らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ叢雲ちゃんは三日月のベッドを使うにゃ。三日月は普段卯月の所で寝てるから気にせず使ってね。自分の部屋だと思ってくれていいにゃしぃ」

 

「……なんか悪いわね」

 

「大丈夫にゃ。それに睦月も賑やかな方が楽しいから」

 

「叢雲ちゃん、見てください! 卯月お姉ちゃん、とっても可愛いくてキレイです! ステキです!」

 

「はいはい。さっきからずっと言ってるけどそんなにすごいの?」

 

「見ればわかります! このページです!」

 

「……わぁ……可愛い。卯月ってこんな顔もするのね」

 

「2人はまだ知らなかったかにゃ? 定期的に広報で使う写真撮影があるんだけど、卯月は毎回呼ばれているのです」

 

「確かにこれだけ可愛かったら納得だわ」

 

「ふっふっふ、叢雲ちゃん、甘いにゃしぃ。この撮影に参加出来る条件は見た目だけじゃないのね」

 

「あっ、こっちに瑞鶴さんもいる! カッコよくてステキだなぁ」

 

「瑞鶴さん? 本当だわ。こっちもモデルみたい。もしかしてこれって強いことが参加条件なの?」

 

「そうにゃしぃ。正確に言うと、強くて戦果をあげていて、写りが良い艦娘が大本営から呼ばれるんだよ。参加は任意だから断る人もいるけどね」

 

「瑞鶴さんも卯月お姉ちゃんもすごい! ……あれ? 参加は任意?」

 

「どうしたのよ? 呼ばれたら普通は行くでしょ?」

 

「うーん。……でも卯月お姉ちゃんはこういうのあまり好きじゃない気がする……」

 

「えっ? そうなの?」

 

「さすがに三日月は分かっちゃうよね。確かに卯月はこれが好きじゃないにゃ。でも色々あって半ば強制参加にゃしぃ」

 

「色々って何よ? そこが重要なんじゃない」

 

「私も知りたい」

 

「続きはお風呂に入った後に教えてあげるにゃ。着替えとタオルの準備をするのです」

 

「あら、もうそんな時間なのね。卯月と弥生はいつ帰って来るのかしら。待たなくていいの?」

 

「さっき長門さんがこれから出撃するかもって言ってたから、すぐには帰って来ないかもしれにゃしぃ。もしかしたら真夜中になるかも」

 

「これから出撃なんて、第1艦隊は忙しくて大変ね。私達がお風呂から出ても戻ってなかったら先に寝てて良いの?」

 

「にゃしぃ。明日も訓練だから早めに寝ようね」

 

「私は卯月お姉ちゃんのベッドで待ってる!」

 

「三日月、あんたいつも卯月と一緒に寝てるの?」

 

「はい。いつも一緒です。卯月お姉ちゃんと一緒に寝るとなんだか暖かくて安心できます」

 

「ふぅん。あんたそういうところも子供っぽいわね」

 

「むー。叢雲ちゃんだって時々吹雪ちゃんと寝てるじゃないですか」

 

「は、はぁ!? 私はちゃんと一人で寝てるわ!」

 

「でも吹雪ちゃんが言ってましたよ? 叢雲ちゃんは時々深夜にこっそり布団に潜り込んできて早朝に出て行くって」

 

「!?!? あ、あいつ気づいて…… と、とにかく、私は一人で寝れるわ! 吹雪の言うことなんて信じないでちょうだい」

 

「……叢雲ちゃん、今日からしばらく睦月がお姉さんになってあげるにゃ。だから、睦月の布団に来るとよいぞ。誰かと一緒だと安心するもんね」

 

「行くわけないでしょ!」

 

「ちなみに睦月は一度寝ると起床時間まで起きないにゃしぃ」

 

「わ、私も!」

 

「……い、行くわけないでしょ」

 

「まあ、気が向いたら来ると良いよ。さぁ、まずはみんなでお風呂にゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

最後に残った重巡がこちらに砲撃を行ってくる。既に燃料が切れているので艤装を使用した航行はできないが、身体能力だけでそれをかわした。

まだ弾薬は残っていたので、遠距離からの精密砲撃を行う。

相手が装填を終わらせてから私を狙うタイミングと姿勢を予測して、主砲の砲口が来る場所に狙いをつけて撃つ。

重巡は砲をこちらに向けた瞬間に、艤装の暴発と誘爆により大破した。倒れる重巡に向けてもう一度砲撃をすると、そいつは海に沈んでいく。

 

遠くの方に長門さんがいる以外、立っているものは見当たらない。

 

結局、姫級を倒し終わっても雑魚は引く気配がなかった。引いてくれれば楽が出来たかもしれないのに、全く空気を読まない奴らだ。

 

周りにある敵の残骸を見ながら、私はだんだんと冷静さを取り戻して行く。

 

 

 

 

ーー私はこの瞬間が嫌いだ。

気づくと仲間が傷ついているから。

 

 

 

 

サァーっと血の気が引いて行き冷汗が出る。

勘違いだと思いたがる自分を押しのけて、その時の記憶を何度も思い出す。

 

 

 

そして、思わず膝をついてしまった。

 

 

 

「ぁ、ああ、ああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

私はまた、やってしまった。

仲間を撃ってしまった。

あれは、大破以上だ。

 

ーーーよりにもよって、弥生を。

 

 

必死に周りを見渡すが、弥生は見つからない。藁にもすがる思いで無線機に向かって叫ぶ。

 

「弥生! 弥生!! どこ!? 返事して!? 弥生ぃ!!!」

 

『卯月!? どうした!?』

 

「弥生ぃ!! 弥生ぃ!!! 弥生ぃぃ!!!」

 

『おい! 卯月!! しっかりしろ!』

 

「な、長門さん!! や、弥生が! 弥生がいない!! ささ探さなきゃ! う、うーちゃん、ま、また、またやっちゃった! し、しし沈んじゃったかも、し、しれな………… ぁあ ああっ ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

『お、おい! 落ち着け! 卯月!!」

 

 

迫り来るパニックと押しつぶされそうな絶望の中、水しぶきの向こうで長門さんがこちらに来るのを見て、私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 


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