女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
本部横の病院で検査もどきをさせられてから1週間と少し。
あれから独自に情報を集めて見たものの、これと言ってめぼしい情報は手に入らなかった。
図書館のオッサンからも続報はないし、動きはないとみていいんだろうか。
R05にいる後輩指揮官ことモイラや、ヘリアントス辺りに直接状況を確認してみれば一発なのは確かだけれど、本部横の病院に直接私を呼び出せるだけの権限、あるいは立場にある人間が敵方に回っている可能性がある以上、下手な動きは取れない。
敵がグリフィン内部に存在する可能性が高い今、グリフィンの通信回線を使ってしまえばこちらの動きが相手に筒抜けになってしまうことも考えられる。
そうなった場合、それこそ無関係のモイラやヘリアンを巻き込んでしまい、最悪彼女達がひどい目にあわされるってことも有り得るだろう。それは絶対に避けたい。
つまり、現在の状況はいるかどうかも分からない相手に向かってひとり相撲をしているようなものだ。精神的な疲労感は普通の作戦を行うよりもずっとひどい。
出来ることなら、あの日の検査がR05地区に広まりつつあるグリフィンがE.L.I.Dの研究をしているって噂と無関係なものなのだと思い込んでしまいたい。
ただでさえ家族がE.L.I.Dになっていて自分でとどめを刺さなきゃいけなかったのに、この上自分がE.L.I.Dを生み出す片棒を担がされると思うと思わず自分のこめかみに銃口を押し当てたくなる。
勿論、そんなことをしたところで奴らが悔い改めて研究をやめてくれるなんてことはないだろう。
「……どうしたものかな」
「どうしたの、シーラ」
私の呟きを聞いたらしい45が、手を止めてこちらに問いかけてくる。
声色もやや硬めだったけれど、何よりもその視線が「隠し事は無しだ」と言わんばかりに鋭いものになっていた。
「なんでもない。……って言ったら信じる?」
「ええ。G11が昼寝ばかりの生活規則を正すって言いだしたのと同じくらいにはね」
それはつまり信じないと同義じゃないの、とわざわざ口に出す気にはならなかったので軽く肩をすくめる程度に抑える。隠し通すのは難しそうだ。
今私達は司令室にいるけれど、この部屋には私と45以外誰もいない。それでも、リスクを避けるために廊下に出るための扉を施錠した。
「……ヤバそうな話ね」
「思い過ごしというか、被害妄想で終わってほしいけど、ちょっと見過ごせない問題がね」
そう切り出すと、45の表情が引き締まる。流石に404をまとめ上げるだけあってスイッチの切り替えもバッチリだ。特に存在自体が秘匿されている404の隊長である彼女であれば、よっぽどのことがない限り下手に喋ったりすることもないだろう。
「この間、私本部横の大病院に左肩の検査に行ったでしょ?」
「ええ。あの日帰ってきてから、アナタ少し様子おかしかったわね」
バレてたのか。ちょっと怖いくらいによく見てるな。今回は本気で隠すつもりだったから、バレない自信があったんだけどな。
「……あれが、正規の医者の検査じゃない可能性が高いの」
「本部横の大病院に、スパイでも入ったの?」
「いや、スパイじゃない。むしろG&Kの医者って意味では多分これ以上ないくらいに潔白よ。ただ、G&Kの一部が独断でE.L.I.Dの研究をしているって情報が手に入ったの」
「情報の入手経路が気になるけど……まあ、いいわ。で、それとアナタの検査にどういう関係が?」
「私、N03でE.L.I.Dの爪に肩を貫かれたでしょ?」
「ええ。だからあなたが崩壊液に被爆していないかっていうのをこれまでずっと経過観察してきたんで……待って。まさか……シーラ、アナタ……」
聡い45は答えに行き着いたらしい。仕事がらみの話とかをする時の彼女にしては珍しい、随分と動揺した表情だった。
「私が今まで何の問題もなく今日まで過ごせたのは、被爆してないからだとずっと思ってた。今回も運に助けられたと……でも、もしかしたら違うかもしれない」
E.L.I.Dの研究をしているかもしれないクズ共の情報は手に入らなかったけれど、崩壊液について調べている内にある情報を見つけることが出来た。
どうやら、この世界には崩壊液に耐性を持つ人というのが確かに存在するらしい。それも、何の因果かおばあちゃんの故郷の日本に。
最も、その人達は崩壊液に対して完全な耐性を持つ代わりに崩壊液で汚染された地域でしか過ごせない体となっているようだけれど。
話を戻そう。
つまるところ、私には崩壊液に対して耐性がある、あるいは抗体を持っているという可能性がある。
今までの検査で被爆していると伝えられたことはない。ただ単に変異の兆候が見られないといわれていただけだ。
先入観から【変異の兆候がない=被爆していない】だと勝手に思い込んでいたけれど、もしかしたら被爆していて耐性があったから変異を起こさなかったという可能性もある。
まあもしかしたら先入観通り、本当に被爆していない可能性は十分ある。被爆したと伝えられなかったのは、それまで私の診察を担当した医者も被爆していないと思い込んでいたからかもしれないし。
が、どっちにしても私の血やら何やらが後ろ暗い研究に使われるかもしれないという状況は変わらない。
それに、たとえ私が崩壊液に対して耐性があったとしても、それが『私はE.L.I.Dにはならない』ということとイコールで結ばれるわけじゃない。
さっきの日本にいる完全耐性持ちの人達が汚染区域でしか生きていけないのが事実であるなら、そうではない場所での活動に全くの支障がない私は少なくとも完全な耐性を持っていないのは確実だ。
「今はまだ、何にも起きてないだけかもしれない。もしかしたら、私は明日にでも化け物になってしまうかもしれない」
「シーラっ……」
45が私に何かを言おうとして口をパクパクさせる。本当は言いたかったであろうその言葉は「そんなことあるはずがない」とかその辺じゃないだろうか。
でも、そんな現実逃避まがいの言葉がどれだけ無責任で、気休めにもならないものであるか45も十分に分かっている。だから言えなかったんだろう。
「そんな顔しないで45。もしかしたら本当に被爆してないかもしれないでしょ」
「……うん」
ただの気休めの言葉だ。私だって、本当に被爆していないってオチであって欲しい。
でももし被爆していたらもう今までみたいに何事もなく、いつものように明日を迎えられないかもしれない。
……そう考えるだけで胃の中のものを吐き出しそうになる。
今日、この場で45にゲロってしまったのは大失敗だったかもしれない。
改めて口に出してしまったことで、嫌でもそのリスクを認識してしまうことになった。明日から、私は平静でいられるだろうか。
考えたくはないけれど、もしものことがあったら最期はどうするべきかを今から考えるべきなのだろうか。
どっちにしても、これは皆には隠しておくべきだろう。士気に関わるし、外に漏れればスキャンダルにもなる。
現状を把握する為にもその道の専門家に診てもらいたいところだけど、本部横の大病院はもう使えない。
少なくとも、前回みたいな不自然な診察なんかが二度と起こらないと確証を得られるまでは使うわけにはいかないだろう。
でも、時間は有限だ。少なくとも、動きがあるまで何もしないで待っているなんて選択肢を取れるほどの余裕が私に残っているとは思わない方がいいと思う。万が一が起きてからじゃ遅いのだ。
「45」
「何かしら」
「404小隊に仕事をお願いしたいの」
「何なりと。今のクライアントはアナタだからね」
「ふふ。頼もしいわね」
「R05地区で広まっているというE.L.I.D研究の真偽を確かめてほしい。真実なら、出来ればその証拠も」
「了解。バックアップは期待できそう?」
「残念だけど、正直指揮も援軍も出せないかもしれない。私を本部横の大病院に呼び出せる相手だから、通信は盗聴されている可能性もあるし」
「専用回線もあるけど……もしかしたら何か対策も打たれてるかもしれないわね」
「そういうこと。それに相手には立場もある。捕まっても助けるのに時間がかかるかも……」
正直、そこが一番怖いところでもある。何かあった時、私はすぐに動けない。404小隊は存在しない部隊なのだから、存在しないものを助けになんていけない。
ふと、私の頬を温かい何かが包み込む。
45の両手だったと気づくのに、時間はいらなかった。
「大丈夫よシーラ。私達を誰だと思ってるの?」
「……そうね。期待してるわよ?」
「あら、愛しのお姫様に期待されたなら頑張らないとね」
言って、45が微笑む。
不安は尽きない。だけど、だからと言っていつまでも下を向いてもいられない。
不安を取り除くためにも、また安心して45と二人で笑いながら過ごすためにも。まずは実体のない奴らの正体を暴かないと。
正体が暴けたその暁には、一体自分達が何をしでかそうとしていたのか骨の髄まで分からせてやるとしよう。