女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】   作:笹の船

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セカンドオピニオン

 どんよりと曇った空、ゴミが散乱する道。屋根が一部破損して、木の板なんかで補修されたみすぼらしい家。

 R06地区にもいわゆるスラムというのは存在する。基地の最寄街にはそう言ったエリアは大分少なくなったし、他の街も大分キレイになった。

 それでも、無くなったというわけじゃない。それに、純粋に生活が貧しい人我だけが集まって出来たスラムというわけでも無かったりする。

 私が今来ているのはそういう訳ありの奴らが集まって出来たスラムだ。私が、正規軍から抜け出した直後に活動拠点にしていた場所でもある。

 そんなスラムの一角。比較的出口に近い通りから少し奥に入った木製の扉を、私は拳でノックした。

 相変わらず殴れば壊れてしまいそうな軽い音が二回、人気のない裏路地に響く。

 

「誰だ。今日は休業…………シーラ」

「ん、ドクター。元気にしてた?」

 

 壊れそうな扉を開けて出てきたのは、50代くらいの幸薄そうな男だ。ダボダボのズボンによれよれのシャツと白衣を着て、とても衛生的とは言えないのが幸薄さに拍車をかけている気がしないでもない。

 

「いまさら何をしに来た。……まあいい、とりあえず入れ」

 

 あからさまに面倒な奴が来たと言わんばかりに、毛の薄くなり始めた頭をガシガシとかきながらドクターは私を中に招き入れてくれる。

 

「突然悪いわね」

「全くだ。俺が健康な被害妄想野郎を相手にするのが死ぬほど嫌いって分かってて来てんだろうな」

 

 ため息を吐きながら、ドクターは玄関からすぐの診察室に私を通す。私が彼の世話になっていた時と、何ら変わらないあの時のままの部屋だった。

 

「ドクター、私ここを出る時にアナタに医療費と手間賃含めたお金渡したわよね? その割にはここも変わりないように見えるけど?」

「ハッ。お前みたいな小娘の金に手を付けないと生きて行けねぇほどもうろくしてねぇんだよ」

 

 そう言ってドクターは椅子に座りながら煙草に火をつけた。医者のくせに不健康極まりないものの代表格をまだ吸ってるのか。

 

「まさか、医者の不養生の為にお金を使ったとかじゃないでしょうね?」

「アホ抜かせ。こんなスラムでそんなことやってみろ。あっという間におけらになる」

「まあ、そうだけど」

 

 こういうスラムにあるブラックマーケットじゃ粗悪品も正規品もすべからく法外な値段で取引されることが多い。ドクターほど手慣れれば上手いこと値引きもできるだろうけど、馴れてない奴が買い物をしようものなら金目のものが全部すっ飛んで消えることだろう。ここはそういう街だ。

 

「で、今日は何の用だ。近くに寄ったから顔を出したとか、そういうんじゃないんだろ」

 

 ドクターの目が鋭くなる。勿論そうだ。旧交を温める為に来たわけじゃない。

 用件を伝えなきゃいけないけど、伝えても大丈夫かちょっぴり不安になった。思わず、ドクターから視線を逸らす。

 けれど、ドクターはそれがどういう意味だったのかを見抜いたらしい。

 

「……お前、被爆したのか?」

「……確定したわけじゃないけど、その可能性はある」

 

 言って、左肩に手をやる。N03で受けた傷。あれからもう2か月くらいは経ったような気はする。傷は治ったし、変異する兆候もない。

 それでも、本部横の大病院で不自然な診察を受けた。その上、R05地区ではE.L.I.Dの研究がおこなわれているという。

 これだけの情報がある以上、その可能性を考えないというのはちょっと良くない。

 

「なぜグリフィンの病院を使わない? ここよりもずっといい設備もスタッフもいるだろう?」

「そのグリフィンに、崩壊液技術やらE.L.I.Dの悪用を企むクソッタレが混ざってる可能性があるの。本部の横にある大病院にもそういうクソがいるかもしれない以上、グリフィン傘下の病院は使えない」

 

 そこで私が知っている限りで最も腕が立ち、信頼できる医者と言ったらドクターしかいなかった。彼の腕は一流だ。

 何せ、蝶事件の時に正規軍から逃げ出して大怪我をした瀕死の私を治したのは、他でもない彼なのだから。

 

「……信頼してもらうのは医者冥利に尽きるがな、設備的にもグリフィンのものと比べればここのはガラクタもいいところだ。正確な検査が出来るとは限らんぞ」

「分かってる。そこの伝手もなくはない。でも、とりあえずはちょっと見てくれると嬉しい」

「……はぁ、分かった。じゃ脱げ」

 

 相変わらず容赦がないなこの男は……。まあ、ドクターは私を襲わない確率は比較的高めだし、いいんだけど。

 グリフィン制服ではない、黒のジャケットを脱ぐ。どうせ脱がなきゃいけないと分かっていたから、ジャケットの下は白いタンクトップだ。

 

「ふん。こっちの手間を取らせずに済むような服装出来たのは褒めてやるよ。座れ」

「優しくしてよ?」

「ふん。元軍人が泣き言言ってんじゃねえ」

 

 私の冗談交じりの泣き言を鼻で笑い、ドクターが私の左肩に触れる。男に触れられるということに、一瞬あの日の出来事がフラッシュバックして体がびくりと跳ねあがった。

 そんなことはお構いなしにドクターは気を遣うそぶりも見せず、私の肩を掴んで小さなスキャナーみたいな機会を近づける。

 

「ほら、意味ねェだろうがとりあえず崩壊液の濃度測るぞ。ホントに被爆してるなら、肌にくっつけりゃなんかしらの反応が出るだろ」

「手早くお願いね。結構寒いし」

「注文の多い患者だな。高くつくぞ。ったく……」

 

 それからはあっという間だった。センサーを使った崩壊液の検査、採血など。やはり機材の関係で大病院より簡素なものではあったけれど、やってる内容は大差ない。

 一通りの検査が終わり、診察前に脱いだジャケットに袖を通す。無防備にさらされていた肌が薄皮一枚程度とはいえ、外皮に覆われた様な感じがして一種の安心感を覚える。やっぱり、肌を晒すのはあまり好きじゃない。

 

「先に言っておくが、今回の検査内容を鵜呑みにするなよ。いくらそこらの闇医者よりも俺がしっかりした設備と薬品を取り揃えてるったって、PMCお抱えの病院のソレと比べれば粗末なもんなんだ」

「分かってるつもりよ。それでも、変な奴らが噛まないって分かってるだけでもマシでしょ」

 

 そうかい、と言いながらドクターがどっかりと椅子に座り込む。それにならって、私も彼の前にある患者用の椅子に座った。

 

「とりあえず単刀直入に結果だけ言うぞ」

 

 ドクターが真っすぐと私の目を見据える。言われた事実はしっかりと受け入れろと言外に言われた気がして自然と背筋が伸びる。

 

「……陰性だ。今のところはな」

「今のところは……って?」

「言葉通りだ。崩壊液の反応は無いし、血液も何か変異とか起こしているわけでもない。が、診察中に聞いたが、E.L.I.Dの爪に肩貫かれたんだろ? 肩に風穴空けるレベルの大きさの個体だったら、爪の先って言っても汚染されててもおかしくないのは俺も同意だ」

「じゃあ、どうして反応が出ないのよ」

「考えられるのは二つ。幸運にもお前は被爆しなかった。もう一つは、お前が崩壊液に耐性……いや、この場合解毒とでも言おうか。被爆したのに、検査で異常が出ないなら反応が出ないレベルまでお前の体の中で浄化、あるいは鎮静化されたと考えるのが筋だろう」

 

 ……やっぱり、そう言うことなんだろうか。

 

「そんな顔するな。最初に言っただろ、鵜呑みにするなって。状況からそうかもしれないといってるだけだ。この診療所の機材やら薬剤では見つけられないだけで、普通に被爆してる可能性だってある」

「慰めにもならないわね」

「そもそも、普通はE.L.I.Dに攻撃されて五体満足でいられる奴のが少ねぇんだよ。俺だってお前みたいなケースは見たことがない。……ともかく、今のところは何も問題ねぇよ。なんかあったらまた来いとしか言えねぇな」

 

 結局は分からずじまいか……いや、今は深く考えるだけ無駄ってことが分かっただけでも収穫かもしれない。

 当面は、私の体よりもE.L.I.D研究を進めてるやつらを追うことを優先しよう。

 

「ありがと、ドクター。診察代はいくらかしら?」

「お前が出てく時に置いてった金から引いてやるよ」

「気前がいいのね。珍しい」

「次からは有料だ。ちゃんと金持って来いよ」

 

 言って、ドクターはまた煙草に火をつけた。煙たい紫煙が私の鼻腔をくすぐって、思わずむせこんだ。

 

「なんだお前。ここを出てから吸ってねぇのか?」

「けほっ……吸う暇が無くなっててね。気が付いたら結果的に禁煙してたの」

 

 ドクターのところに……正確には伝言屋時代には私も結構吸っていた。あの時は精神的にも余裕がなかったし、吸わないとやってられないところもあったし。

 グリフィンに来て、いつの間にか吸わなくなってたな。たまには吸いたいと思うこともあたけど、結局吸わずじまいのままここまで来た。

 

「ドクター、一本頂戴」

「やらねぇよ。俺の副流煙で満足しやがれ」

「うわ、ケチくさいわね。ていうかオッサンの臭い意気が混ざった副流煙で満足しろとか変態なの?」

「いいから早く帰れ。そろそろ日が暮れる。今のお前にゃここはヤベェだろ」

 

 シッシと手で追い払うようなジェスチャーをしてくるドクターに、私は肩をすくめるしかなかった。仕方がない、そのうちカリーナに頼んで入れてもらうか。

 

「じゃあ、ありがとね。また来るかも」

「二度と来んじゃねぇ」

 

 久しぶりの再会だというのにこの扱いだ。だけど、なんだかそれがちょっと懐かしくなって思わず笑みがこぼれた。図書館のオッサンもだけど、私が世話になったオヤジ共はいつもこんな風に接してきてたっけ。

 もしグリフィンを追われるようなことがあれば、またこのオッサンたちの世話になるのもいいかもしれない。その時は、私ともう一人になるかもしれないけど。

 

「じゃあねドクター」

 

 再度の別れの言葉に、ドクターはもう何の反応も示してはくれなかった。

 そんな彼に背を向けて、私は小さな診療所を出る。

 さて、私の体に関する当面の不安もなくなったし、まずはクソッタレ共の尻尾でも掴みに行こうか。

 

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