女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
ドクターのところで診察を受けてから数日後。日々の業務をこなしながら、私は派手になりすぎない程度にR05地区周辺の情報を集めていた。
でも、結果は芳しくない。例のE.L.I.D発生の対応は古参の方の基地が対応しているようだし、鉄血の方はモイラが上手くいなしているようだった。
本当は直接ヘリアンなりモイラに聞ければそれが良い。でも、私は奴らに血を取られている。グリフィン本部横の大病院でそれをされたということは、私のパーソナルデータはおおむねすっぱ抜かれていると思っていいだろう。
つまり、奴らからすれば私がR05の状況を怪しんで調査に乗り出すのは想定の範囲内ということだ。
相手から想定されていることが考えられる以上、下手に動けば私だけじゃなくヘリアンやモイラにまで危険が及ぶ。
恐らく、向こうもかなり警戒を厳重にしているはずだ。もしかしたら、直接連絡を取るだけで『処理』を始める可能性すらある。
それに、グリフィンの内部に入り込めているということは通信内容も筒抜けになっていると考えた方がいいはずだ。
あぁ、胃が痛くなりそうだな……
「指揮官。仕事の手が止まっていますよ」
「おっと。ごめんごめん」
まあ、奴らの動きは404小隊に探らせている。私が集中すべきは、日々の業務をこなす上でわずかな違和感も逃さない様にアンテナを張っておくことだろうか。
そんな私の考えを知ってか知らずか、今日の副官を務めてくれているジェリコは黙々と書類をさばいてくれている。勿論、人形でも処理できるような内容のものだ。
前に街ではぐれてからそれなりに経ったけど、前ほど敵意をむき出しにすることはなくなってきたと思う。
まあ、私がちゃんと仕事をすれば彼女も口うるさくは言わないしね。色々と納得いかないというか、馴れないことが多くて戸惑うような表情はよく見かけるけど。
「……指揮官。私の顔に何かついていますか?」
「ん? いや、そろそろうちの基地にも馴れてきてくれたかなーって」
私がそう返すと、ジェリコはこれ見よがしなため息を吐いた。
「仕事中です。そういった無駄話はしないでいただけますでしょうか」
「あら、事務仕事は単調な作業なのよ。適度な息抜きをするための軽い雑談くらいは、付き合ってくれてもいいと思うんだけど」
言いながら書類に目を通しながらサインをする。全く。どうして今どきアナログな紙とペンで書類を処理しなきゃいけないのかなあ。
それにしたって毎日毎日よくもまあこんな書類が発生するもんだ。この量を印刷する為の紙とインクだって安くないんだぞ。
「……本当に。この基地にいると調子が狂います」
ボソリと聞こえたのは、ジェリコの呟きだった。顔を見上げれば、何とも言えない味のグミでも噛んでいるかのような微妙な顔をした彼女の顔がそこにはあった。
「あら、何か不満なことでもあったの?」
我ながら意地が悪いとは思う。ジェリコがこの後絶対に更に苦い表情をすると分かっていてこんな質問をするのだから。
「……指揮官。私がその問いに対して、気持ちのいい顔をしないと分かっていて質問していますね?」
「ふふ。アナタも基地に馴染めているようね?」
「ええ。おかげさまで、私の電脳には負荷がかかりっぱなしです」
額に軽く手を当てて、ジェリコが小さく首を左右に振る。こうしてみると、やっぱり戦術人形がただの機械兵器には見えないな。こんなリアクション、本当にヒトみたいだもの。
「指揮官。その……一つ質問よろしいですか」
「ん? いいわよ」
思わず顔をを上げた。なんたってジェリコの方から質問をしてくるなんて珍しいものだったから。
「あ、事務仕事はそのまま続けてください。大した質問じゃありませんから」
「そう言われると余計気になって仕事に手がつかないんだけど?」
「アナタも指揮官ならそこは自制してください」
おいおい……指揮官って肩書はそう言う時の方便に使うためのモノじゃないんだぞ。まあでも、それくらい真面目に聞かれると恥ずかしい質問なんだろうか。
ジェリコは完璧な真顔だけど、この真顔の裏で恥ずかしがってると思うとなんか可愛いな。
仕方ない、ここは言われた通りにしてあげようかな。部下の言うことを聞いてあげるのも優秀な指揮官の役目だし。
「はいはい。じゃあ適当に仕事をしてるから、好きに聞きなさい」
「はい。……っ」
そう言って視線を書類に戻す。ジェリコが一瞬息を吸い込んで、声にすることなく吐息を吐き出す音が聞こえた。……彼女がそこまで迷うって、何を聞くつもりだろう。
すごく視線を彼女の方に向けたいけど、ちょっとここは我慢しよう。これまでずっとジェリコは私に対してどこか遠慮というか、距離を詰めることを拒否するような雰囲気を出していた。
それがこうして彼女の方から何かアクションを起こそうとしてくれているのだから、このチャンスを無駄にするわけにもいかないでしょう。
「あの……指揮官。何故、アナタは私達にヒトであることを望むのですか?」
ジェリコの口から漏れ出た声は、彼女らしかぬ弱々しいものだった。
「ジェリコ。逆に聞くけど、アナタはヒトとして扱われるのが嫌なの?」
「当たり前です! 私は戦術人形で、アナタ達人間の為に戦う道具なんですよ」
視線を上げれば、ジェリコがキッとこちらを睨みつけていた。けれど、その眼光は初めて会った時のソレに比べれば大分弱々しい。
私は書類とペンを置いて、ジェリコの目を真っすぐと見返す。
「確かに、アナタは……アナタ達は戦術人形よ。私と違って、体の中は鋼鉄やら電線で出来ているんでしょう。頭の中は柔らかい脳みそじゃなくて、精密な電子機器で出来てるんでしょう」
「分かっているのなら、何故!」
「でもねジェリコ。ただの機械は。人に使われるだけの道具は、そんな顔をしないものよ」
「え……」
私の目の前にいるのは、決して心無い機械人形なんかじゃない。今にも泣きだしそうになるのを堪えている、一人の女の子だった。
「体のつくりが違う? そもそも感情だって人を真似したもの? 確かにそれは事実ね。でも、それが一体何だっていうの?」
彼女達にはやっぱり感情があって、泣きもすれば笑いもする。悲しむこともあるし、怒ることだってある。
理屈の上では確かにそれらは人間に似せるために作られた疑似モジュールの働きだろう。人に似せるための真似事。それが人形達の感情の正体なのかもしれない。
それでも。
「ただの兵器に感情はいらない。敵を倒すだけなら最悪ヒトの形である必要すらない」
「指揮官は、私達戦術人形を否定するおつもりですか?」
ジェリコからほんの少し殺気と呼べるものが飛んできた。事実、その眼光は私を刺し貫かんばかりのものになっている。
「そうね。アナタ達を兵器としてみるなら三流品でしょう」
ジェリコからの殺気が一段と強くなる。もしかしたらホルスターに手が伸びているかもしれない。彼女の方から奥歯を噛み締める音が聞こえてくるのはきっと気のせいじゃないと思う。
「でもねジェリコ。私はアナタ達を部下だと思ってる。何だったら、この基地にいる子は私の家族と思ってるといってもいい。それは最初に会った時言ったとは思うけどね」
「つまり、お人形遊びで悦に浸っているとでもいうつもりですか」
「んー。捉え方によってはそうかもしれない。それでも私は、皆を大事な存在と認識してる。兵器じゃなく、部下として。戦士として。家族として。……ヒトとして」
「……意味が……分かりません……」
そう呟くジェリコは、弱々しくうつむいた。
「難しい話じゃないのよ。私はアナタ達をヒトとして扱いたい。そこに理屈は無いの。私がそうしたいからそうする。だってそうでしょ? 今私の目の前で何かに悩んで、俯いてるアナタを見て、どうしたらそれをただの兵器だと思えっていうの?」
ジェリコは答えない。俯いているからその顔も前髪に隠れてしまっていて、その表情も良く分からない。ただ、その肩が小さく震えているようには見えた。
「ジェリコの考えが間違ってるわけじゃない。戦術人形の役割は人の為に最前線で敵を打ち倒すこと。それが一番の役割。だから、アナタがそう在りたいと願うのはきっと自然なこと。それでもねジェリコ。私はアナタ達をただの使い捨ての道具みたいには思えないのよ」
「……アナタは、指揮官には向いていないと思います」
うつむいたままのジェリコから漏れ出た声は震えていた。
思わず苦笑する。確かに、きっと私は指揮官には向いていない。
「そうね。私はきっと、指揮官には向いてない。よく言われるわ」
それでもいいと思う。向いてなくても、守れたモノだってあった。この先もずっと守っていける保証はどこにもない。いつか失う日が来るかもしれない。
でも、そんな日が来ても諦めない。皆がいれば、きっとまた立ち直れる。
ああ、そうか。
「ジェリコ。私がアナタ達をヒトとして扱う理由、もう一つあった」
「……?」
「私はね。弱い人間なの。一人じゃ転んでも立ち上がれない、そういう弱い人間なのよ。独りで皆の前に立って、導くなんてことはとてもじゃないけど出来ない」
そうだ。私がつらいとき、挫けそうな時。立ち直れたのは、踏ん張れたのは。
「私が指揮官であるためには、アナタ達が必要なのよ。一緒に手を繋いで歩いてくれるヒト達がね。それは、ただの戦闘機械には出来ないことだから」
「手を……繋ぐ……」
ジェリコが自分の手を見つめた。彼女にだって覚えはあるはずだ。今まで、ずっと一緒にネゲヴといたのだから。
「だからさ。私はいつか、アナタやネゲヴとも手が繋げたらいいと思う。そんなところかな」
「……そうですか」
そうですか、とは言うもののきっとジェリコは納得しきれていないだろう。もしかしたら、私の言っていることが良く分からないかもしれない。
自分がイレギュラーなことを言っているのは分かっているつもりだし、指揮官として部下に対する感情の向け方としては適切なものじゃないっていうのも分かっているつもり。
それでも、私はいつだって誰かに支えられてきた。それに嘘を吐く気にはなれない。
今日の話が、ジェリコとの溝を埋めるきっかけになればいいけど。
「さ、ちょっと長話しちゃったし残りの仕事も頑張りましょ」
「……ええ」
返事をしたジェリコの表情は、いつもと変わらない仏頂面だ。
今日の話が彼女にどんな変化を与えるのか……それはまあ、この書類を捌いてからゆっくりと観察すればいい。
「ああ、指揮官」
「ん? どうしたのジェリコ」
「その書類、明日までなので」
「…………マジで?」
「はい。ですから、早めにお願いしますね」
「そっかー。ところでジェリコ、私さっきも言ったけど弱い人間だからさ……」
「ええ。逃げない様に見張らせていただきますね」
……違う、そうじゃない!
「……ふふ。そんな顔しないでください。対応の終わった書類をまとめる位は手伝いますから」
そう言って、ほんの少し悪戯っぽくジェリコが笑う。
くそう……もっと気楽な場面で変化を知りたかったぞ。
そんな文句を心の中で言いながら、私は書類の山と向き合った。……終わるかな、これ。