女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
「零 刺青の聲を見たシーラさんと45姉」です。
零 刺青の聲のネタバレがあるので嫌な人はブラウザバック
どうやら9はレトロゲームを遊戯室で遊ぶということが完全にマイブームになったようだ。
以前のホラーゲームでギャラリーもそれなりにいたということもあって、皆で一緒に――とはいえプレイするのは9一人だけど――ゲームをする楽しみを知ったらしい。
あれ以来遊戯室に9が入り浸るようになったとナタリアから聞いた。
で、どうやらこの間やっていたホラーゲームの続編を入手できたらしい。良いゲームだったのでまた皆でどうだろうとのお誘いがあったとナタリアが伝えに来たのが5分前。
「…………」
「…………」
こう、なんだろう。9のプレイを見ている私とナタリアのテンションは既に最底辺に落ち込んでいた。
いや、ゲームが悪いわけじゃないのだ。ただその……冒頭から主人公の女性が交通事故で婚約者を失うシーンからのスタートだったのだ。
大事なヒトを失くす悲しみや辛さ……そういったものは私達にとって馴染み深く、そしてこれ以上味わいたくないものだ。
私は家族ともいえる部隊の皆を、ナタリアは姉――カーター将軍の一件の後、ボディを変えたナタリアに彼女の記憶はないかもしれない――をそれぞれ失い、その後はお互いにとって代わりのない大事なヒトを一時は失った。
そんなわけだから、主人公の女性の境遇や気持ちが痛いほど分かってしまうのだ。
ゲームの中では死んだはずの婚約者の姿を見つけた主人公が、その姿を追いかけ始めたところだった。
死人は蘇らない。失ったものは戻らない。理屈だけなら誰にだってわかる。
それでも、と思ってしまうのが
婚約者を追いかけた主人公は、いつの間にか仕事で来ていた廃墟ではない場所に来ていた。
モノクロ映画そのものと言っていいような、色のない世界で見たこともない屋敷の中に彼女は立っていた。
その屋敷の奥へと進んでいく婚約者の姿。必死に追いかけるも彼には追い付けない。
道中に生きている人間はいない。人間だった者……はちらほらといたようだけど。
そうして屋敷の一番奥と思しきところまで入り込んだところで、髪の長い女と出会う主人公。
ふと気が付けば、四肢を拘束され何事か猟奇的な儀式の対象となっていた。主人公の体に浮かび上がる刺青のような跡、そして彼女の手に杭を打ち付けようとする少女の姿……
次の瞬間には、主人公は仕事で来ていた廃墟で立ち尽くしているだけだった。まるで白昼夢でも見ていたみたいに。
背後から髪をポニーテールにした可愛らしい助手の女の子に声をかけられ、なんでもないと主人公はその場を後にする。
これは強烈な経験だろう、と思った。
二度と会えないと思っていた大事なヒトの姿を見てしまった。ただの白昼夢と片付けるにはあまりにもリアルな経験と共にだ。
しかも、自宅の暗室で現像した写真の中には確かに死んだはずの婚約者の姿が映りこんでいた。
これで「もしかしたらもう一度あの人に会えるんじゃ」と考えないわけないだろう。
私が彼女の立場なら、間違いなく「もう一度だけ」と考えると思った。
その日から、主人公は悪夢にうなされるようになった。
夢の中で主人公は白昼夢で見た屋敷の玄関に立ち尽くしている。違うのは世界に色が付いていること。
屋敷の奥に進む主人公は、やがて以前の姉妹の時と同じような蛇腹型のカメラを見つける。今度もこれで幽霊を退治していくようだ。
そうしてある程度進むと、膝を抱える女性を見つけた。見たところ方々で襲ってくる幽霊ではなく、生きているようにも見えるが極端におびえていて会話にならない。
ふと、気配を感じる二人。膝を抱えていた女性は怯えの原因が寄ってきたと気づき絶叫と共に逃げ出していく。そこには全身に刺青のある髪の長い女性の姿が。
まだ状況を飲み込み切れていない主人公は、その場に立ち尽くす。気が付けば、女性の姿はなかった。
恐る恐る懐中電灯を女性のいた方へと向けた主人公。その瞬間、いなかったはずの女性が目の前に現れる。
遊戯室にいくつかの悲鳴が上がり、私の左手が強く握られた。痛いんだけど!? ナタリアもしかしてフルパワーで握ってない?
それはそれとして必死に逃げた主人公は何とか髪の長い女性から逃げきって屋敷の外へと飛び出す。その瞬間、ベッドの上で目が覚めるのだった。
しかし、事態はそれで終わりじゃなかった。逃げるときに髪の長い女性に触られた肩に激痛が走り、刺青のようなものが主人公の体に浮き上がる。
リアルな夢、写真に写りこんだ婚約者、そして体に浮かび上がる刺青。主人公達の失ったモノを追いかける物語が始まった。
物語が進むにつれ、悪夢が現実を侵食してくる。
膝を抱えていた女性は現実にもいたが、真っ黒な人型の燃え跡のようなものを残して消えた。
その晩から主人公へ危害を加える悪霊と化して襲い掛かってきた。
ポニーテールの可愛い助手ちゃんは過去作で兄を失っていて、ずっとその影を追っていた。
前作の姉妹の叔父にあたる若い男が主人公達に協力することになった。前作で最後に残された妹は精神的にかなり参っていたらしい。
夢と現実を行き来しながら、屋敷の謎を少しずつ解き明かしていく三人。
だが、真相に近づけば近づくほど悪夢は現実を侵し、安全なはずの現実世界にも怪奇現象が多発するようになる。
個人的にはこの描写が一番怖かった。安心できるはずの場所がどんどん安心できなくなっていくのは、流石にクるものがある。
ナタリアの小さい悲鳴も間隔が短くなっていて耳が幸せだったけど。
だがそんなことも言っていられなくなるほど状況は悪化していった。
悪夢はかつて屋敷で行われた儀式が失敗したことで様々な人を取り込むようになったことが明らかになった。
そして主人公達も取り込まれる側の人間になってしまい、このままでは膝を抱えた女性の様に永遠に屋敷に囚われる状態になっていることも。
それでも三人は歩みを止めない。
生き残る為ではなく、大切に思う誰かの為に。
やがて協力関係になっていたあの若い男がなんとかその悪夢の真相と、悪夢に囚われなくなる方法を手に入れるところまではたどり着いた。
つまり儀式を正しく終わらせるための手段を手に入れたわけだが、いざその儀式を行おうと屋敷の最深部に潜り込んだ男が目にしたのは既に儀式が完了した姿で地面に横たわる元凶の姿。
初めて屋敷に主人公が訪れた時、そして随所で襲い掛かってきたあの髪の長い全身刺青の女性だった。
愕然とする男。その目の前で儀式に使われていた女性の両手足を地面に縫い留めていた大きな杭が抜けていく。
身の危険を感じ、引き返そうとした男だったが判断が遅かった。最深部へ至る扉は、男がそこを潜り抜ける前に無情にも閉じられてしまったのだ。
翌日、主人公が現実で目を覚ます。だが、男が寝ていたリビングのソファには膝を抱えた女性と同じように真っ黒な人型の燃え跡が残るだけだった。
それでも止まるわけにはいかない主人公だが、助手の子の夢を見た。死んだ兄の背を追い続ける助手の子を必死に呼び止める主人公。
しかし、助手の子はそんな主人公の声など聞こえていないかのように奥へ奥へと走り去っていってしまった。
目が覚めた主人公が慌てて助手の子の部屋へ駆け込む。だが、そこには眠る助手の周りを囲むように立つ黒い影たちが何人もいたのだった。
いよいよ最後の一人となった主人公。同時に悪夢との決着をつける準備も整いつつあった。
悪夢の始まりの時行われた儀式。それは完全なものではなかった。
様々な人の
そんな巫女達は自分の想いを鏡に託し、それを割ることでこの世への未練を断ち切ることで守り人としての役目を果たしてきた。
だが、その巫女達をこの世に縫い留めるまでが儀式ではない。彼女たちを常世へと送り出し、弔う。そこまでが儀式の真の姿だった。
けれど、そんな儀式も完全な形で継承され続けることはなかった。
その結果、ただ大切な人を忘れられなかった巫女とその愛しい人、そして不完全だと知らず儀式を完遂させることを使命とした屋敷の当主が起こした悲劇によって悪夢が始まったのだ。
儀式を終え、守り人になった後も愛しい人を想い続けた刺青の女性。
そんな彼女を迎えに来た愛しい人。己の体を蝕む痛みを癒してくれる存在が目の前で殺され、動かなくなった姿を見続けるという地獄。
それが悪夢の真相だった。
もう逢えない、大切なあの人にもう一度逢いたい。
誰にも言えない、言ったとしても聞かれることはないかもしれない。それでも聞いてほしい。私はここにいるから。
……あまりにも、あまりにも身に覚えのあるテーマだった。
私は、私達はきっととても幸運だったんだろう。
私達が再会できたのは、あの世ではなくてこの世だった。
触れればぬくもりを感じて、安らぎを得られる。それは、望めばいつだって手に入る距離にある。
思わずナタリアの手を握り返した。人形と言えど、柔らかくぬくもりを感じるその感触に安堵する。
そして画面では巫女を撃退し、主人公が彼女を弔っているところだった。
儀式は真の意味で完成し、この世とあの世の狭間である悪夢の世界に縛られていた人々は皆行くべき所へと向かう。
その中には冒頭で死んでしまった主人公の恋人の姿もあった。
この世で一番愛しい人との二度目の別れには耐えられない。貴方がいたから生きていられた。
だから今度は。そういう主人公を抱きしめ、彼女の身に刻まれた呪いを引き受けて一人彼岸へと渡る恋人。
最後に一言「君が死んでしまったら、本当に僕は消えてしまう」と残して。
そうして主人公と助手の子は遺された。愛しい人を失った痛みを抱えたまま、現実の世界に戻ってきた。
死は永遠の別れではない。その痛みがある限り、愛しい人は自分の中に生き続ける。
美しく、そしてとても残酷な話だと思った。それは遺された側にとって生きる活力になるかもしれない。
でも、同時にこれ以上ない呪いだとも思った。
大切な人を本当の意味で死なせないために、遺された側は生きなければならない。
それは、決して他人ごとではない話だ。
私も今はただの人間だ。いつかは死ぬ。大切な誰かを残して。
出来ることなら、ナタリアとは一緒に死にたいところだ。どちらかがどちらかを残して逝くなんて、あまりにも辛すぎる。
けれど、きっとそんなのは無理な話だ。
正規軍で一緒に過ごしたアイツらが私を遺して逝ってしまったように。私を巻き込むまいと故郷で死んでいった両親がそうであったように。
ナタリアの姉が彼女を置いて逝ってしまったように。
生きている限り、誰かと歩みを共にする限り。誰かに痛みを遺すことは避けられない。
それでも生きなければならない。その痛みを抱えたまま。
このシリーズは本当に生きるという呪いを描くことが上手だと思う。
でも私達は知っている。生きている限り痛みを失くすことは出来なくても、それを癒すことの出来るぬくもりがあるということを。
この手のぬくもりが、痛みを活力に変えてくれることを。
「ナタリア」
「……なあに?」
「……んーん。呼んだだけ」
「そっか」
ほんの少しだけ握った手の力を強くする。すぐに同じように握り返す力が強くなった。
このぬくもりが痛みに変わる日が来る。それでもぬくもり全てが痛みになるわけじゃない。
私達は遺されて痛みと共に今日も生きている。でもこの世の中、痛いことばかりじゃない。
遺されたのは痛みだけじゃない。彼らが残したぬくもりだって確かにある。
それなら、私達だって誰かに痛み以外を遺していくことができるはずだ。
そんなことを考えていたら、不意に頬を指でつままれた。
「今、死んだ後のこと考えてたでしょ」
ナタリアだった。彼女の方を見れば頬を膨らませていた。可愛い。
「ダメよ。私達はまだまだ生きるんだから」
「でも、こんな仕事だものいつ――」
「生きるのよ。アナタがヨボヨボのおばあちゃんになるまでね」
強く言い切られてしまった。
「確かに何時かは私達も死ぬ。誰かを残してね。でも、今じゃない。そんな日なんてすぐには来させない」
気が付けば、私達の周りには他の人形たちも集まってきていた。
「きっとまた戦いが始まる。大きな戦いかもしれない。でも、今日みたいな平和な日を失くさせたりなんてしない」
ナタリアの言葉に皆が頷く。それだけで、皆の想いは同じだと言葉にしなくても分かった。
「だからシーラ。そーいうのを考えるのは、ずっと先にとっておいてよ」
そういってナタリアはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
「……仕方ないわね。それじゃあ、代わりに今日の夕飯のことでも考えようかな」
「ちょっと! そこは私のことじゃないの!?」
遊戯室に笑いが溢れる。そこには確かに私達が抱えた痛みを癒してくれるぬくもりがあった。
うん。確かに、湿っぽいことを考えるのは後でもいいかもしれない。
きっとこれに関しては後回しにしたって誰も怒ったりしないでしょう。
だから今日も明日も。このぬくもりに浸って行こうと笑いながら、私達は遊戯室を後にした。