女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】   作:笹の船

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シリアス話5話目です。


私達だっているんだから ⑤

 夢を見た。

 私と45が離れ離れになる夢だ。

 どんなふうに、とかは覚えていない。

 ただ、離れ離れになったということだけが記憶に残っている。

 左手薬指がズキリと痛んだ。

 熱は大分収まったみたいだ。

 喉はパサパサだけど、頭痛は無い。体の節々もまだ少し痛むけれど、司令室で倒れた時ほどの痛みは無いし、体のだるさもある程度マシになっていた。

 

「ん……」

「あ、指揮官。起きたんだ。はい、水」

「ありがと、キャリコ。……メイド服、似合ってるじゃない」

「そう? ありがと」

 

 ゆっくりと起き上がった私に、メイド服のキャリコが水を差しだしてくれた。

 I.O.Pが作ったらしいこのスキンを、初めこそ着ることに抵抗感を覚えていたみたいだけど、今じゃすっかり馴染んだようだ。

 差しだされたコップに入っていた、少し冷たい水を飲む。

 乾いた喉をうるおしてくれる水が、なんだかとてもおいしく感じられて一気に飲み干してしまった。

 

「ぷは……生き返る」

「顔色もだいぶ良くなったね。汗拭く?」

「あ、うん」

 

 パジャマを脱いで、キャリコに汗を拭いてもらう。絶妙に温かい濡れタオルが肌の上を滑る感触が心地良い。

 べたべたとした汗が拭われていく心地良さに目を閉じていると、部屋の扉がノックされた。

 

「指揮官。失礼します」

 

 返事を聞く間もなく部屋へと押し入ってきたのはスプリングだ。

 

「ちょ、スプリング……!」

「キャリコ、いいの。……何かあったの?」

 

 普段の穏やかさの感じられないスプリングの表情に、異常事態が発生したことを察する。

 スプリングは一瞬言おうか迷っているように視線をさまよわせた後、意を決したように私の方を真っすぐと見つめた。

 

「404小隊が護衛任務中に鉄血と交戦。その過程でUMP45とUMP9のオリジナルが被弾したそうです」

 

 心臓がどくりと跳ねた。さっき見た夢のことが思い出される。

 けれど、ここで焦ってはダメだ。

 

「……被害状況は?」

「UMP45のオリジナルが腹部に被弾。UMP9のオリジナルは脚部に被弾しているとのこと。既に戦闘は終了し、現在安全区域に向けて移動中だそうです」

 

 ……胸騒ぎがする。

 昨日、45に言ってしまった酷い言葉が頭の中に浮かぶ。そして、それを聞いた時の45の茫然とした表情も。

 そして今聞いた報告。今回は鉄血の支配地域傍を通ること、そして積み荷の重要性が高いことから大事をとって404小隊とそのダミーを動員して護衛任務にあたってもらった。

 正直過剰戦力なのは否めない。恐らくそれは45も分かっているはず。

 そんな状態で臨んだ任務で、オリジナルが被弾したなんてことになったら、私だったら情けなくて自分に銃口を向けたくなる。

 そしてもし私が45だったら、同時にきっと捨てられちゃうんじゃないかとか考える。

 

「スプリング」

「ダメです」

「まだ何も言ってない」

 

 咎めるようにスプリングを睨むけれど、逆に鋭い視線で見返された。

 

「彼女達のお迎えになんて行かせられません。今のアナタは病人です。彼女達の迎えに行くというだけのために、正常な判断力が失われている指揮官を前線に出すリスクは犯せません」

 

 スプリングの言うことは正しい。恐らく、こんなことを考えている時点で私の判断力や思考力は健康な時のソレと比べれば酷いものなのだろう。

 それでも、今は引いちゃいけない。そう私の心が叫んでいた。

 

「指揮官、どうか冷静になって――」

「スプリング、ヘリの準備を。10分後に出ます」

「指揮官! ですから……」

 

 咎めるように声を上げたスプリングを私は睨むでもなく、横目で見やった。

 

「スプリング。これは『命令』よ。ヘリの準備をしなさい。護衛にフュンフ、モシン・ナガン、PK、キャリコを連れていきます。質問は」

「ッ……ありません」

 

 苦いものを無理やり口に押し込まれたのを我慢しているかのように、スプリングが顔をしかめるのを横目で見ながら、私はベッドから起き上がりパジャマを脱ぎ捨てる。

 どうやら私が寝込んでいる間にキャリコが整理整頓をしてくれたらしい。クローゼットの中にはブラウスやジャケットが規則正しく並べられていた。

 手慣れたいつもの感覚で下着や洋服に袖を通していく。ものの数分で、私はパジャマからいつもの仕事着であるグリフィン制服へと着替え終わっていた。

 化粧とか髪をまとめるのは面倒だし、時間がない。髪はおろしたままで行こう。

 

「指揮官!」

 

 部屋を出ようとした私の腕を、スプリングが掴む。

 そんな彼女の手に、優しく自分の手を重ねた。

 

「ごめん、今回ばかりは私のワガママを押し通させてもらうわ。……そんな顔しないで。ちょっと迎えに行くだけだから」

 

 そう言って私はスプリングに微笑みかける。けれど、彼女の表情が晴れることはなかった。

 そのまま部屋を出た私の後ろを、静かにキャリコがついてきた。

 

「キャリコ」

「何、指揮官」

「看病、ありがとね。今度カフェで何かご馳走するわ」

「私としては寝ていてくれる方がありがたいんだけど」

「あはは。ごめん。それと、励ましてくれて、ありがとう」

 

 そう言えば、キャリコは余計なことを言っちゃったかな、とバツが悪そうに後頭部をガシガシとかいた。

 さて、それじゃあ行きますか。きっと、私が迎えにいかないと45はとんでもないことをしでかすだろうから。

 もしかしたらもう既にとんでもないことをしようとしているかもしれない。

 例えば、そう。この基地から去ろうとしているとか。

 ただの考えすぎならいい。けれど、45は切羽詰まるとそういう選択をとるようなタイプだってことはなんとなくわかっている。

 確証はないけれど、この予測が外れるとも思ってない。

 そんなのは許さない。そもそもの原因が私にあるのだから、私が直接行ってあの子の顔をちゃんと見て謝らなければいけない。

 

(絶対に、勝手に私の元から離れさせたりなんかさせないんだから)

 

 心の中でそう決意して、私はヘリポートへと向かった。

 

 

 

 

「で、いつ壊すの」

 

 416の声が私の耳に刺さる。

 護衛任務は無事に終わった。物資は依頼対象が指定したポイントへ無事に送り届けることができた。

 私はと言えば、指輪を薬指から外したもののすぐに破壊するということが出来ずにいた。

 誓約の指輪は意外と頑丈だ。戦術人形達が戦場に出ることを考えて、多少の衝撃や力を加える程度では破壊できない。

 とはいえ所詮は指輪。銃で撃たれれば流石に壊れる。だからと言って、護衛中に敵と遭遇したわけでもないのにハンヴィーの車内で発砲するわけにもいかない。

 故に、任務が終わった後で破壊すると宣言をして、実行を先延ばしにしていた。

 そして、今まさに任務が終わったところなのだ。

 

「そう急かさないで。今やるから」

 

 護衛対象と別れた後、私達は護衛対象から少し離れた場所にいた。

 周りには民家もなく、人気もない。ここで銃声がしたところで、誰も気にすることはない。

 そうは言っても念には念を、だ。サプレッサーを装備して銃声を抑えられるようにする。

 シーラとの誓いの証。誓約の指輪をこれから破壊する。

 そんなことを今からやろうというのに、その場にいる誰もがいつも通りの気負わない雰囲気を漂わせていた。

 9くらいはやめようよとごねると思ったのだけれど、ちょっと意外かも。

 それはともかく、さっさと終わらせてしまおう。もたもたしていると司令室にいるであろうスプリングとかそのあたりから帰還の指示が出されてしまいそうだ。

 その前に、決着をつけてしまおう。幸せな日々は続かないのだ。

 これ以上溺れてしまう前に、ここでピリオドを打つ。それが、お互いの為なんだ。

 そうすれば、万が一私か、シーラが戦場で命を落としても心が折れることはない。それに、一方的に関係を打ち切った私を、彼女は恨んでくれるだろう。

 恨んだ相手が死んだところで、多少の虚無感はあるにしても突然首をくくるなんてことにはならないはず。

 私としても、恨んできた相手が先に死んでくれれば気楽に生きられるようになる。完璧だ。

 

「じゃ、やるわよ」

 

 サプレッサーを装着した愛銃を、地面の上に無造作に置いた指輪へと向ける。

 後は引き金を引くだけ。それだけで、全てに決着がつく。

 楽しい日々だった。腹が立つことだってたくさんあったけど、それ以上に輝く思い出をたくさんもらった。

 恩返しは……あんまりできなかったけど、それはこれから仕事をこなす合間にやっていこうと思う。

 私達の仕事は汚れ仕事だ。彼女を毒牙にかけようとする愚か者を陰ながら始末する仕事だって、きっとあるだろう。というか、ヘリアン辺りにその辺を融通してもらえばいい。

 存在しない私達を受け止めて、笑顔にしてくれた。何より、地獄のような世界から一時的にでも引っ張り上げてくれた。

 色んな思い出がメモリーに浮かんでは消える。

 初めて一緒にベッドで夜を過ごした時の記憶。スプリングのカフェで美味しいショートケーキを食べさせあいっこさせた記憶。

 416をシーラと二人でからかった記憶。私の寝顔をとったシーラを基地中走り回って追いかけまわした記憶。落ち込んだシーラを抱きしめて慰めた記憶。

 ホワイトデーにモモの花のネックレスをもらった記憶。……アレはただのアクセサリーだし、どこにでも売っている既製品だ。壊さなくてもいいだろう。

 記憶の中のシーラは、いつだって私に笑顔を向けてくれいた。

 ――ねえ45。

 ――あー、よんごーひどーい。

 ――UMP45! 私と誓約してくれない!? 幸せにするよ、必ず!

 

 突然視界がぼやけた。頬を温かい何かが伝わって落ちていく。

 指先に力が入らない。いつまで経っても引き金が引けない。

 指先うんぬんともかくとして、目が見えないのは面倒だ。

 銃を下ろして、目元を拭う。温かい水分が私の指先を濡らした。なんだかはすぐに分かった。

 

「あ、あれ……? やだ、なんで……?」

 

 指先を濡らしたものがなんであるか分かってしまった。ソレは次から次へと流れだして、止まらなくなる。

 

「なんで……止まらないの……!?」

 

 流れ落ちる涙を無視して、無理やり銃を構える。けれど、その銃口はさっきよりもずっと不安定でフラフラしていた。

 それでもどうにか照準を指輪に定める。今度こそ。

 また、シーラの笑顔がメモリーちらついた。引き金にかけた指先から力が抜けていく。それだけじゃなく、今度は足の力も抜けていった。

 崩れるようにその場にへたり込む。

 

「45。アナタのその態度、R06地区からは離れないという意思表示として受け取って構わないかしら?」

 

 呆れた様な416の声が聞こえる。そうだ、ここで指輪を壊さないと私は基地に戻らなくちゃいけなくなる。

 そうしたら、私はどうしたらいいんだろう。きっとシーラは私のことを捨ててしまう。お手伝いロボよりも役に立たない戦術人形なんてお払い箱行きなのは間違いない。

 私だったら、そうするもの。

 そんなのは耐えられない。面と向かって、シーラに「アナタはもう必要ない」なんて言われてしまったら、私は二度と立ち上がれないかもしれない。

 だから、その前に行かなくちゃ。別れを告げるのは、私の方じゃないと……。

 416の言葉に首を横に振る。それなのに、立ち上がろうと足に力を入れようとしても、私の足は言うことを聞かなかった。無理に力を入れようとする。

 

「うっ……うぐ……」

 

 力の入れ方を間違えたのか、お腹の傷が痛んだ。思わずお腹を押さえてその場にうずくまる。

 後ろで、誰かの大きなため息が聞こえた。多分416だ。

 

「らちが明かない。隊長、R06地区を離れる意思は変わらないのね?」

 

 416の言葉に、首を縦に振った。お腹が痛くて、声は出せない。

 

「じゃあ私がやる。隊長サマは怪我で動けないみたいだし」

 

 私の隣に416が歩いてくる足音が聞こえた。続いてサイドアームをホルスターから引き抜く音、そして薬室に弾丸を送り込むコッキングの音が聞こえた。

 ああ、自分で出来ないのはちょっと情けないけど。これで終わるんだ。

 そう、これで終わる。あの甘く、優しく、暖かい日々がこれで終わりを告げる。

 もう二度と、記憶の中の彼女の笑顔を見ることはない。

 ――いやだ

 もう二度と、あの優しい声で自分の名前を読んでもらうことはない。

 ――いやだ、いやだ

 もう二度と、あのかしましくも穏やかな場所には戻れない。

 ――いやだ、いやだ、いやだ

 もう二度と、あの温かい腕に優しく抱かれることはない。

 ――いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!

 もう二度と、あの幸せで、温かくて、心安らぐ時を過ごすことは出来ない。

 416のサイドアームのセーフティレバーが操作される小さな音が聞こえた。

 

「ダメェェッ!」

 

 叫び声が聞こえた。果たしてそれは、私の口から出たものだったんだろうか。

 それを確かめる間もなく、その直後に耳をつんざくような銃声が私の耳に鳴り響いた。




もうちょっとだけ続くんじゃよ。
多分後1,2話で終わると思う。


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