女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
R06地区を離れると言ってはばからない我らが隊長に対して、私は彼女が身に着けている誓約の指輪の破壊を条件にした。
私達は404Not Found。存在しない部隊。一時的にとはいえ身を置いていた基地から離れるのなら、ちゃんと後始末はしなければならない。理屈としては間違っていないだろう。
とはいえ正直な話、UMP45には壊せないと踏んでいた。彼女以外の部隊員全員が、だ。
案の定、破壊するべき指輪を前にしてUMP45は泣き崩れた。
それでも、離れる意思は変わらないのかと聞いてみれば、強情なことに首を縦に振った。
バカな奴。素直に離れたくないといえばいいのに。
それでも、隊長の意志が変わらないのであれば、指輪は壊すほかない。本人はどうやらやる気はあっても体が動かないようだから、代理で私がやることにする。
ホルスターからピストルを抜いて、薬室に弾を送る。セーフティを解除して、指輪に狙いをつけ……るふりをして少し離れたところを狙った。
そして、いざ引き金を引こうとした時。
「ダメェェッ!」
「ッ!? このバカ!」
UMP45が飛び出してきて、指輪をひったくってその場にうずくまった。
突然のことに反応できず、力の入ってしまった指先は引き金を引く。
それでもどうにか狙いをそらそうと腕に命令を下した結果、銃口から飛び出した弾丸はどうにかUMP45に着弾することなく地面を抉るだけに終わった。
もしも私に心臓があれば、間違いなく縮み上がっていただろう。今のは本当に危なかった。
「やだ……やだよ……! 行きたくない……! 捨てられたくない……!」
指輪を握りしめて、胸の前に抱き寄せたUMP45が子供のように泣きじゃくっていた。
やれやれ、やっとこさ本音を口にし出したか。
こいつは時々、私達をナメているんじゃないかと思う。
こうやって自分の本音を言わず、安易な逃げを選択することがあるのだ。それが私達にバレていないとでも思っているのか。
何でも悟ったような顔をして、その裏では辛いのを隠して涙を流している。
それが、UMP45という戦術人形の人に明かせぬ本性なのだ。
最も、それに私達がハッキリと気づけたのはコリンズ指揮官のおかげなのだけれど。
ともかく、今ではそんな彼女の本性を404の皆が知っている。
だからこそ、R06地区を離れるとUMP45が言い出した時全員が反対し、それでも離れるといった彼女に対して残酷な提案を私がしても誰も反対しなかった。
そして、UMP45が指輪を破壊するという段階になっても誰一人止める素振りも、気負う素振りすら見せなかったのは彼女が撃てないことを全員が確信していたから。
まさかここまで粘るとは思わなくて、賭けとして実際に指輪のそばを狙って撃つという手段に出てみたわけだけど、まあ結果的には成功か。
「ひっぐ……ぐずっ……やだ、やだよぉ……」
UMP45は変わらず子供みたいに泣きじゃくっている。いつもはへらへら笑ってるくせに、自分の悩みとかは誰にも話さずに抱え込んでいるからこうなるんだ。
「45」
「ひっぐ……うぁあ……」
ダメね。完全に錯乱してる。まずは落ち着かせることが必要だ。
とはいえ、どうしたものか。私には気の利いた慰め文句なんて思いつかない。
「9、お願い」
「416ちゃん、そこはもうちょっと頑張ろうよ。45姉を慰めるくらいは完璧な416ちゃんならできるでしょ?」
「悪いけどサービス対象外よ。完璧な私は、自分の不得手なことを把握するのも完璧なの」
私の言葉に、もーと頬を膨らませながら9が45のそばにかがみこんだ。
45に発破をかけるのは私の方が適任だろうけれど、彼女を慰めたりするのはやはり妹分の9に任せるのが一番だ。G11? アイツがこういうことに役に立つという想像ができない。
「416~、なんか失礼なこと考えてない?」
「気のせいじゃない?」
G11のちょっとだけ不機嫌そうな声が背後から飛んできたけれど、それを軽く流す。というか、私の顔を見ているわけでもないのに、どうして分かったんだろうか。まさか、45みたいに電子戦用のモジュールでもインストールが……いや、ないか。
そんなくだらないことを考えている間に、9が45を慰め始めていた。
「45姉。45姉はどうしたいの?」
「9……?」
泣きじゃくっていた45が、ようやく顔を上げた。……ひどい顔。涙でぐしゃぐしゃだ。
そんな45の顔を、9が優しく両手で包んだ。
「45姉、一人で抱えないで、どうしたいのか私達に教えて?」
「わ、私は……わたしは……」
まだ心の内を吐き出すことにためらいがあるのか、45が俯かせようと視線を下げる。
けれど、9はそれを許さない。45の顔を包んだ両手で、彼女の顔を持ち上げる。
「45姉。私達、家族でしょう? 家族は、嬉しいことや楽しいことを分かち合うだけじゃないんだよ? 辛いこと、分からないことだって分かち合って良いんだよ?」
「…………」
「私がダメなら416ちゃんでも、G11でもいいんだよ。でも、一人で抱え込まないでよ。そりゃあ45姉が一番気を許せるのは、お義姉ちゃんだけなのかもしれない。でもね、45姉」
9が、そこでいったん言葉を切ってこちらを見た。私は何も言わずに頷いて、彼女の言うことに賛同することを示した。きっと、私の後ろにいるG11も同じだろう。
「45姉を支えたい、支えようと思っているのはお義姉ちゃんだけじゃないんだよ。私達だってその想いは一緒なんだ。だからさ、言って? 45姉は、どうしたいの?」
「私は……私は……」
45が唇を噛んで、再び俯いた。9はそれを止めず、けれど両手は45の顔を優しく包んだままだ。
「私は……あそこに帰りたい……! シーラのそばに……シーラとずっと一緒にいたいよ……!」
大粒の涙を流しながら、消え入りそうな声でこぼした45の声は、けれど確かに私達の耳に届いた。
ようやくだ。ようやく意地っ張りな隊長サマの本音が聞き出せた。聞くまでもないことではあったんだけども。
「でも、怖いの……! こんな簡単な任務で、あんな失態を晒した私にシーラが愛想をつかしちゃったら……捨てられちゃったらどうしようって……!」
涙を流しながら、自分の両肩を抱きしめる45。気持ちは分からなくもない。
私達は公には存在しない部隊だ。それ故に何度も人間には使い捨てにされてきた。いや、そもそも使い捨てにされたり、されそうになったからこそ公に存在しない部隊に配属されるしかなかった。存在がバレれば、色々と不都合を感じる人間がいるからだ。
故に、私達は存在できない。日の光に当たることは許されず、闇から闇へと渡り歩くより生き抜くすべがない。なかった。
それを、コリンズ指揮官がひっくり返した。もしもそれで私達が狙われるのだとしたら、そいつらは全員返り討ちにしてやると言い切った。
今でも私達は存在しない部隊だ。その扱いがこの先変わることは絶対にない。それでも、私達は帰る場所が出来た。笑顔で帰りを待ってくれる人が出来た。
そんな笑顔を向けてくれる人に「必要ない」などと言われてしまったら。流石に私であってもショックを隠せないだろう。コリンズ指揮官と誓約まで交わした45であればなおさらだ。
それでも、だ。今回のことは少々軽率な判断だと言わざるを得ない。
「じゃあさ、一緒に謝ろう。情けない姿をさらすのは私も一緒だよ、45姉」
「その通りよ。元をたどれば、観測手を務めているG11がもっと早く敵に気づいていれば良かったのだもの」
「416~、酷くない? 私だって精一杯やってたってば。……まあでも、今回は認めるよ。私があと1秒でも早く見つけていたら、こんなことにはならなかったんだ」
G11のしおらしい声が聞こえる。まあ、ああは言ったけれどG11はよくやってくれた。正直、あれ以上早く発見するのは難しかっただろう。
何せ、G11が気づいた時には既に奴らは発砲してきたのだから。
普段はぐーたらなG11だけれど、任務中は別人のように働く。あの時も、ちゃんと観測しているのはなんとなくわかっていた。
やる気になったG11が見逃すというのは、相当巧妙にカモフラージュされているか、あるいは完全に不意を打たれるかしないとまずない。
今回で言えば後者になる。運が悪かったのかもしれない。あるいは、考えたくないが情報が漏れて待ち伏せをされていたか……。
ともかく、この件についてG11だけを咎めるのは酷というものだ。
閑話休題。
私達の言葉に、けれど45は駄々っ子のように首を横に振った。
「で、でも……部隊のミスは隊長が責任を……」
まだそんなことを言う気か。いい加減に頭に来たわよ。
「はぁ……まだ言うの? ねえ45、アンタが他人を信用しないのは知ってるけど、私達はそんなにも信用できない? アンタにとって、私達はただのお荷物なのかしら」
「ち、違う! そんな風には思ってない……!」
「じゃあ、今言うべき言葉は『私が責任を負う』なんて気取ったセリフじゃないでしょ」
「え……?」
コイツ、ホントに分かってないわね。涙でビショビショの目をまんまるにしてる。
全く、指揮官が指揮官なら副官も副官だ。どうしてこう、ウチの基地の指揮官と小隊長サマは他人に助けを求めるってことを知らないのかしら。いっつも一人で抱え込むところがそっくりだ。
「今アンタが言うべきなのは『助けて』でしょうが。あの指揮官にアンタが捨てられない様に、私達に『助けて』って言うのよ」
「たす……けて?」
「そうだよ45姉。確かに前なら言えなかったかもしれない。でも、今は言って良いんだよ」
「ラムレーズンアイスを要求するけどね」
G11はまた余計なことを……。まあ、貸し一つになるわけだから私も後で返してもらおうとは思うけど。
「アンタは一人じゃないでしょう。存在しない部隊には、私達だっているのよ。忘れないで」
「416……」
全く、なんでこんな柄でもないことを言わなくちゃいけないのかしら。……いや、こんな柄でもないことを言えるようになっていたのね、私。
とはいえ、正直私達が助けるまでもない。今回の件でコリンズ指揮官が私達を……45を捨てるかという問いに対しての答えは一つしかないのだから。私達がどんなことをしたって、その答えは絶対に変わらないだろう。
全く持って素晴らしい喜劇じゃない。本人たちは気が気でないでしょうけどね。
ヘリのローターの音が聞こえてきた。直後に、私達の無線に通信が入る。
『404小隊! ……よんごー! みんな無事!?』
ほら来た。風邪っぴきのはずの大バカ指揮官が、我慢できずにすっ飛んできた。
「し、指揮官……?」
『よんごー! まだいるわね!? ちょっとそこで待ってなさい!』
45がバイクから放り出された時の戦闘が終わった後、私はすぐに司令室に通信を入れて現状の報告をした。恐らく、その報告を聞いて、いてもたってもいられなくなったんだろう。
しかし『まだいるわね』か。バレバレじゃないの。流石に45と誓約しただけあって、彼女の考えもお見通しか。だからこそ無理をおしてでも基地を飛び出してきたんだろうけど。
やがて、私達のそばに
それと同時にヘリのドアが開き、指揮官が飛び出してきた。……顔色は良いとは言えない。やや赤らんでいて、息も少し乱れている。無茶をし過ぎよ、まったく。
駆け寄ってきた指揮官に私達は敬礼をする。そんな中、45だけは気まずそうに指揮官から顔をそらしていた。
「UMP45」
指揮官が45の名を呼ぶ。呼ばれた45はびくりと肩を震わせた。
その左手はきつく握りしめられている。薬指には、いつもの銀色の輝きは無い。
指揮官はすぐにそれに気づいたようで、顔を曇らせた。
「45、指輪は?」
「……ある」
おずおずと45が左手を開けば、その中には指輪が銀色の光を放っていた。
なおも気まずそうに顔を背ける45に、指揮官は黙ってその指輪を手に取る。
「あっ……」
45の表情が一瞬にして絶望に染まる。彼女の体が、小刻みに震え始めた。
そんな彼女のことなどお構いなしに、指揮官はその場にかがんで45の左手を掴む。
声にこそ出していないけれど、45はもうパニックになっているのだろう。何をされているのか全く分かっていない様に、指揮官のことを茫然と眺めていた。
そして、指揮官は手に持った指輪を45の左手薬指へと嵌めた。
再び、彼女の左手薬指にいつもの銀色の輝きが戻る。相変わらずこういう時はキザったらしいというかなんというか。
「45。ごめんなさい」
指揮官が45を抱きしめる。その声は、今にも泣きだしそうなくらい震えていた。
「え……え?」
一方の45は事態を飲み込めていないようで、目を白黒させている。
「報告は聞いた。今のアナタの様子から、私がアナタをとても傷つけちゃったことも改めて分かった。……ごめんなさい。私がアナタの言うことを聞いていれば、こんなことにはならなかっただろうに」
「シー……ラ」
「ごめんなさい……でもどうか、私のそばからいなくならないで欲しいの……」
そう言って、指揮官は45の肩に頭を預けた。その肩が小さく不規則に震える。
ほらやっぱり。私達が助けるまでもなかった。この結末は、最初から決まっていたのだ。
指揮官が45を捨てるわけがない。そもそも、私達は任務を達成しているのだ。
多少の失態を晒しているとはいえ、こなすべき仕事はちゃんとこなした。それが分からない指揮官ではないのだ。
それに、指揮官の45への溺愛ぶりは周知の事実。こんな程度で愛が揺らぐわけもない。
最も、本人達はお互いに自分が捨てられるじゃないか、みたいに考えて気が気じゃなかったみたいだけど……。
「シーラ……ごめんなさい……! 私、私……!」
再び涙をボロボロこぼし始めた45が、指揮官を抱きしめる。……あー、苦いコーヒーが飲みたい気分になってきた。今のうちにスプリングフィールドに連絡を入れて、作ってもらえるように融通してもらおう。
周りを見れば、9やG11、それと指揮官の護衛としてきたのであろうMP5、キャリコ、モシン・ナガン、PKがやれやれといった感じで肩をすくめたり、苦笑いをしていた。
これぞ雨降って地固まるってやつなのかしら。ともかく、どうにか丸く収まりそうだ。
全く持って割に合わない役回りを演じてしまった気がする。今日のカフェでの飲み食いは全部45にツケておこう。これくらいしたってバチは当たらないでしょうし。
そんなことを思いながら、司令室に通信をつなぐ。
応答したのは切羽詰まったようなスプリングフィールドの声だ。
『こちら司令室!』
「落ち着いてスプリングフィールド。ちゃんと全員無事に合流してるわ。仲直りもできそうよ」
『ああ……良かった。全く、指揮官には困ったものです』
「気持ちはわかるわ。意地っ張りな上司を持つと苦労するわね」
『ええ。全くです』
「ところで、後で美味しいコーヒーとスイーツを用意してもらえる? 45のツケでね」
『ふふ、そうですね。じゃあ私は指揮官に飛び切り高いスイーツでもいただいて貰おうかしら』
「ちゃっかりしてるじゃない」
『お互い様ですよ。ですから、ちゃんと無事に帰ってきてくださいね』
「分かってる。416アウト」
さて、それじゃあ帰りましょうか。二人はまだ抱き合って……あー、キスまで始めちゃってお熱いことで。
愛の言葉の代わりとなる、ほんのりと粘着質な音を背中に受けながら、私はヘリへと向かって歩き出した。
……アレ、すぐに終わるといいのだけれど。
次回で今回のシリアスシリーズも終わりです。
とは言っても、後はもうほのぼのフェイズを残しているだけなので実質今回が最後。
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