女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
深夜、皆が寝静まったころ。私ことSPAS-12は宿舎からこっそりと抜け出した。
私はカフェに隠されているというスプリングフィールド特製の激うまプリンを我が物にするべく、潜入作戦を開始した。
一番の関門であるスプリングフィールドは今日、任務で基地を離れている。次点で融通の利かないG36も同じく後方支援任務で基地にいない。
まさに、絶好の潜入チャンスというわけだ!
第一関門の宿舎は抜け出せた。次は食堂までの道のりだ。
曲がり角に差し掛かる度、足を忍ばせて慎重に角の先に誰かいないかを伺う。
クリア。歩を進める。
今日を逃せば、幻ともいえるあのスプリング特製のプリンを手に入れる機会はもうないかもしれない。
そんなものがあるという噂そのものがデマかもしれないけれど、美味しいものを食べることが好きな私にとっては、デマでも何でも確認しなきゃいけない重要な案件だ。
故に、今夜の作戦は非常に重要な意味を持つ。
美味しいものがあるのかどうか。それは私の今後の作戦遂行のモチベーションを維持するうえで、非常に大事なことだ。
勿論、普段のスプリングフィールドの作る料理や、食堂で食べられるジャンクフードに不満があるわけじゃない。
けれど、甘くておいしいモノというのはいつだって女の子にとっては極上のご褒美なんだ。
カフェまであと少し。今のところは誰ともすれ違っていないし、監視カメラには映らないぎりぎりのラインをしっかりと攻めて行けている。
時間もそれほどかかっていない。この作戦は時間との戦いだ。もたもたしてると、他の子に宿舎を抜け出したことが気づかれてしまう。
再び曲がり角。クリアリングはきっちりやる。人影無し。カフェまではもう目と鼻の先だ。
「え……?」
思わず声が漏れた。
カフェから光が漏れている。営業時間はとっくに終わっているはずだ。そして、スプリングフィールドやG36が戻ってきたような形跡もない。
まさか。
嫌な予感がした。幻プリンの情報は、噂程度とはいえ基地全体に既に行き渡っている。
であれば、私と同じようなことを考えるような人形がいてもおかしくない。
つまり、カフェから光が漏れていることが意味するものは恐らくただ一つ。
――先を越されたのだ。
もう忍び足などしてはいられない。あの幻プリンは私の、私だけのものだ。他の誰にも渡すわけには――
「あら、SPAS。鼻がいいのね」
「え、指揮官……?」
カフェの扉を勢いよく、とまではいかないまでもそれなりの速さで開けてみれば、普段のグリフィン制服ではなくタンクトップにカーゴパンツというラフな格好をした指揮官の姿がそこにはあった
「あ、あの……何をしてるの?」
「ん? ……ちょっと料理をね」
ほんの少し照れくさそうに笑う指揮官は、ちょうどその完成した料理をお皿に盛りつけているところだった。
黄色いラグビーボールみたいな形をした料理に、ケチャップをかけている。
「……オムライス?」
「正解。食べる?」
「いいの!?」
きっと、今の私の目はとても期待に輝いているのだろう。幻プリンも気になるけど、普段料理をしているという話を聞かない指揮官お手製のオムライスだ。こんなレアなシチュエーション、中々出会えるものじゃない。
そんな考えが顔に出ていたからだろうか。指揮官が優しく微笑みながら私に手招きをした。
はやる気持ちをおさえて、カウンターを挟むように指揮官の正面に座る。
その直後、ケチャップをジグザグにかけられたオムライスが私の前に出された。
「味は食べられない程じゃない、程度に思っておいて。間違ってもスプリングのなんかと比べないでよ?」
そんなことを言いながら、指揮官は料理に使ったフライパンなんかをシンクで洗い始めた。
「じゃあ、いただきます」
「召し上がれ」
スプーンをオムライスの端の方へゆっくりと差し込む。一口サイズにオムライスをスプーンで切り取って、少し熱いくらいのそれを口の中へといれた。
たまごのほんのりとした甘さと、ケチャップ炒めされたライスのきつすぎない刺激的な味が、私の口の中で優しいハーモニーを奏でる。
「ん……美味しいよ、指揮官」
「そう? そう言って貰えると嬉しいわね」
洗い物をしながら、指揮官が嬉しそうに頬を緩める。良いモノを見たかもしれない。
二回、三回とスプーンがオムライスと私の口を往復する。
正直な話、極上には程遠い。美味しいのは確かだけど、スプリングフィールドが作る月一回のタンポポオムライスには見劣りする味だ。
けれど、どうしてか指揮官のオムライスはもっと食べたいと思えるような何かがあった。
そう言えば、なんで指揮官はこんな時間にオムライスなんか作ってたんだろう。
「ねえ指揮官」
「なぁに?」
「なんでこんな時間にオムライス作ってたの?」
問いかけた後、再びオムライスを口に運ぶ。うん、なんだか安心するっていうかそんな感じの味な気がする。これはこれで好きだ。
そんな感想を抱きながら、指揮官の方を見る。
指揮官は、ほんのちょっぴり寂しそうな顔をしていた。……地雷ふんじゃったかな!?
「誰にも言わない?」
洗い物をしながら、私の方を見ずに指揮官がそう問いかけてきた。
「え……うん」
「45にも、スプリングにも言わないでよ? 特に、私が今日ここでオムライスを作ってたことはね」
え、秘密にするのソッチなんだ。なんか理由とかソッチかと思ってた。
そんな肩透かしを食らった私を余所に、指揮官は寂しそうに笑いながら語り始める。
「……お母さんをね、思い出したくて」
「お母さん……て、指揮官の?」
問い返せば、返って来たのは小さな頷きだけ。そこには、いつもの仕事が出来て、茶目っ気もあるユニークな指揮官の姿はなかった。
もっと弱々しい、迷子の子供の様な顔をした一人の女性がいた。
「私さ。小さい頃……E.L.I.Dの襲撃に遭ってお父さんとお母さんを失くしてるのよ」
珍しい話じゃない。崩壊液に汚染されたこの星において、E.L.I.Dの脅威から完全に身を守れる場所なんて数えるほどしかない。指揮官の様な子供は、たくさんいることだろう。
「もう二人の顔も、名前も、声も思い出せない。どんな人だったのかとか、何が好きだったのかとか……何も」
思わず、オムライスを食べる手が止まってしまう。
指揮官の唇の端は緩く吊り上がっているから、ぱっと見は笑っているように見える。
けれども、その顔は今にも泣きそうな少女のソレだった。
「覚えているのは、二人の間でそれぞれの手を握って笑いながら歩いている記憶と、お母さんが作ってくれたオムライスがとっても美味しかった、ってことだけ……それ以外は、もう何も思い出せない」
食器や料理器具が洗い終わり、指揮官は泣きそうな顔のまま、けれども手際よくそれらをふきんで拭いて、水気をとっていく。
「でも、オムライスもどんな味だったのかよく思い出せなくてね。形にできる繋がりは、もうこれしかないから……せめて、その味を再現出来たらって思ってるんだけど」
そこまで言って、指揮官は小さくため息を吐いた。
「これがどうしても上手くいかないの。それなりに美味しく作れるようにはなったけど、なんか違うような気がしてさ。……まあ、覚えていないものを、再現なんてできるわけがない。当然の結果と言えば、そうなんだけど」
それでも、諦められないのよね。と指揮官は再び弱々しい笑みを浮かべた。
「……SPAS、オムライス残ってるわよ。……口に合わなかった?」
「え……ううん! 違うの。美味しいんだよ? でもほら、ちょっと食べながら聞いていいような話じゃない気がして……」
危ない。今一瞬、本気で泣きそうな顔をしてたぞ、指揮官。
「そっか。ごめん。食事中にする話じゃなかったかな。食べ終わってから話せばよかったね」
「ううん。そもそも聞いたのは私の方だから」
そう言って、私は残ったオムライスを食べ始める。もうだいぶ冷めてしまったけれど、それでも十分に美味しい。スプリングフィールドのはオシャレで美味しいけど、指揮官のは素朴で美味しいといった感じかな。
どっちにしてもまた食べたい。
そうこうしているうちに、お皿の上のオムライスはいつの間にかなくなっていた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした。食器は私が洗っとくわよ」
そう言って手を伸ばして来る指揮官に、けれども私は首を横に振る。
「これくらいは私もやるよ。食べさせてもらってばっかりじゃ悪いしさ」
「そう思うなら、出撃任務とかで成果を上げてくれた方が嬉しいけど?」
「うぐ……」
なかなか痛いところをついてくる。別に最近の作戦でへまをしてるわけでもないけど、かといって目立った戦果を挙げられているわけでもない。
苦い薬でも噛んでしまったような気分になっていると、クスクスという笑い声が聞こえた。
「冗談よ。それじゃあ、洗い物はお願いしようかな」
「もー! 指揮官ったらそういう意地悪はヤメてよね!」
「3割くらいは本気だけどね?」
あー、あー。聞こえなーい聞こえなーい!
でも、ようやくいつもの指揮官に戻ってくれたような気がする。優しくて、頼もしくて、でもちょっと意地悪。そんな指揮官が、やっぱり一番だと思う。
勿論、辛いときは頼ってほしいとも思うけど。
……ああ、そうだ!
「ね、指揮官!」
お皿を洗いながら指揮官の方を向く。今、落ち込み気味の指揮官を笑顔にするとってもいい方法を思いついた。
「ん? どうしたの、SPAS」
「指揮官は、カフェにまつわるあの噂、知ってる?」
「噂……? 多分、知らないかな」
お、これは良い感じかもしれない。きっといい気分転換になる。
「実は、スプリングフィールドがとっても美味しいプリンを作って隠してるって噂があるんだ。せっかくだし、一緒に探そうよ!」
「鼻がいいなと思ったら、アナタが今日ここに来たのはそれが目的だったのね」
呆れたように、けれども優しげな雰囲気をまとわせて指揮官が微笑む。彼女は大の甘党だ。この話題に乗らないという手はないはず。
「でもそっか。噂って、それのことだったのね」
……アレ? この口ぶりもしかして……。
「SPAS、それってこれのことじゃない?」
そう言って指揮官がゴソゴソとカウンターの内側の隅を漁り始める。
少しして彼女が取り出したのは透明な容器に入ったカスタードプリンだ。
底の方にはこげ茶のカラメルソースが見えていて、その上に乗せられているプリン部分と合わせて食べればとっても美味しいであろうことは容易に想像できる。
そう、まさにこれこそ私が求めていたもの!
スプリングフィールドが作って隠しているという、幻のプリン!
けれど、感動はすぐに疑問に取って代わった。
「……あれ、でもどうして指揮官がこれの隠し場所知ってるの?」
そんな私の問いかけに、今度こそ指揮官はイタズラっ子みたいにクスクスと笑い始めた。
「私が何回、この時間帯にここへ来てると思ってるの?」
「えー! じゃあ指揮官、これ何度も食べてるの!?」
「月に一回あるかどうかの楽しみね」
得意げに胸を張る指揮官に、ちょっと悔しさを覚えて歯噛みした。くっそお、こんなおいしいものを指揮官はいつも食べてたなんて!
「ずるーい! 指揮官、それはずるいよ!」
「何言ってんの。早い者勝ちよ。スプリングも分かった上で隠してるんだろうしね。噂ももしかしたらスプリングが出所じゃないかな」
「え!? あの噂スプリングフィールドが流してたの!?」
これは意外だった。隠すくらいだから、きっと別の人がそれを嗅ぎつけて流したものだとばかり思っていたのに。
「勿論最初は本気で隠してたと思うわよ。でもほら、私が見つけちゃったからさ。開き直って表向きは隠すけど、見つけた人は好きに持って行けば。ってスタイルに変えたんじゃない?」
そう言いながら、指揮官はスプーンをとって容器のふたを開ける。思わず唾を飲み込んでしまった。
くっそう。せっかく食べれるかと思ったのに、思わぬダークホースに出くわしてしまった。
そんなことを考えていたら、突然目の前にプリンとスプーンが差しだされた。
「……指揮官?」
「そんな顔しなくたってあげるわよ。ただし、オムライスのことは皆には黙っておいてね。特に45にバレると夜更かしして何をやってるんだってうるさいから」
「……ふふ、口止め料ってやつですね!」
「ええ。そんなところね」
指揮官からプリンとスプーンを受け取って、早速一口プリンを口に運んだ。
ミルクのコクと卵のまろやかな風味がやみ付きになりそうなカスタードプリン、それに加えてちょっぴり苦めのカラメルソースが合わさって美味しいという電気信号が口の中で大暴れし始める。
口の中でショットガンを発砲したんじゃないかというくらいの美味しさに、思わずほっぺが落ちそうなくらいの心地良さすら覚えた。
「ふふ、美味しい?」
「うん! あ~……このために生きてるんだなあって思える!」
「後でスプリングにこっそり教えてあげてよ。きっと喜ぶから」
「それは……意外と勇気がいりそうかも」
「そうね。最初は良い笑顔で怒られるわよ。でもほら、あの子なんだかんだ褒められるの好きだから」
うわ、遠回しに褒め殺せば誤魔化せるって言ったぞ指揮官。ズルいなあ。それ使えるの、多分指揮官だけだと思うんだけど……。
「ふ~ん? それじゃあ、私のことも褒めてほしいなあ。しきかぁ~ん?」
突然、私たち二人のものではない声がカフェの入口から聞こえた。
瞬間、世界が凍った。
誰の声だか、認識することは出来た。
でも次の瞬間、意識は途切れた。
あ、プリンとられちゃ……。
…………
………………
……………………
目が覚めた時、私は自分のベッドの上にいた。
……昨日の夜、何かあった気がするんだけど、なんだったっけ?
まあ、いいか。
司令室に顔を出してみると、指揮官がG36特製のグリーンジュースをすっごい苦い顔をして飲んでいたけど、どうしたんだろう。朝からあれを飲むなんて、珍しいなあ。
反対に副官のUMP45は随分とご機嫌だった。何があったんだろう……?
まあいいや。今日も一日、頑張るぞ!
オムライス、大好きなんです。
ポムの樹っていうオムライスチェーン店のオムライスがすこすこのすこ。
感想、評価などは執筆の励みになりますのでどうぞよろしくお願いいたします。