女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】   作:笹の船

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喫茶店でパンケーキを食べる指揮官の話


食べすぎ注意

 面倒くさいことに、指揮官の仕事っていうのは司令室での書類仕事だけじゃない。

 自分が管轄の地区の街で何か問題が起きたり、要請があった場合はそれに対応をしていかなければならないのだ。

 今日は要請、と言うよりは街の治安部隊が私達に援護要請をする場合の打ち合わせ……のようなものであったけれども。

 とにかく、そんなわけで私と45、そしてスプリングフィールドがR06前線基地の最寄街の役所にやってきていた。

 今は私がこの街のトップである市長と一対一で応接間で打ち合わせをしているところだ。

 45は部屋のすぐ外で、スプリングは役所の屋上から私達を狙撃するバカがいないか確認している。通信は繋ぎっぱなしだから、私達の会話は二人には筒抜けだ。

 

「では、定期的にコリンズ指揮官と部下の方々にはお手数ですが、お越しいただくということでよろしいでしょうか?」

「ええ。私達が街に来ることで、犯罪者や反戦過激派の行動を抑制できるというのなら喜んで協力いたします」

「ありがとうございます! それではこれからも何卒よろしくお願いいたします」

 

 市長が私に対して深く頭を下げる。

 正直、私は頭を下げてもらえるような立派で綺麗な人間じゃない。お偉いさんからの純粋な感謝を示されると、どうにもモヤっとしてしまう。

 それでも、これも仕事だ。そんな私情を表に出したりはしない。

 

「市長。貴方のご期待にこたえられるように、私達も精一杯尽力してまいります。こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

 自分でもそんな丁寧な話し方ができるものなのか、と内心苦笑しながらそんなおべんちゃらを口にして、私達は役所の応接間を後にした。

 

 

「うーん! やっと終わったぁ……」

 

 役所を後にし、グリフィンのジャケットを脱ぐ。このジャケットは着れば気が引き締まるから、そういう意味では重宝しているけど息苦しいのだ。精神的にも、物理的にも。

 主に胸周りが苦しい。肩幅が合うことだけを確認して、胸周りを確認しなかったのは失敗だった。下手したら胸元のボタンが締まらない。

 変にボタンを開けっぱなしにしてると、オス猿共の視線がなあ……。

 

「シーラ、私今喧嘩を売られた気がした」

「アナタ、胸のことになるとすぐに殺気出すわね。あのね、45。おっぱいは大きけりゃいいってもんじゃないのよ?」

 

 相も変わらず胸に対して過剰なコンプレックスをむき出しにする45をなだめながら(もう正直45としてもネタの域に入っていそうな感じはするけど)、私達三人は街を歩く。

 

「あ、シーラさん! こんにちはー!」

『こんにちはー!』

「こんにちは、皆」

 

 途中、何人かで固まって家に帰っているであろう子供達とすれ違う。

 だいぶ前、私が指揮官として着任して幾ばくかもしない頃だ。この街が鉄血に襲撃されたことがある。

 彼らは、その時に知り合った子達だ。あの子達からすれば私は命の恩人。

 でも、私にとってもあの子達は恩人でもある。何せグリフィンの指揮官、なんて恨まれたりしやすい存在である私を、街の一員として迎え入れてもらうきっかけを作ってくれたのは、他でもない彼らなのだから。

 そんな皆がニコニコ笑いながら過ごせているところを見ると、自分が戦う理由ってのを思い出すことができる。

 

「シーラ、意外と人気者なのね」

「ふふ。指揮官はこの街の子供達にとってはヒーローのようなものですから」

「やめてよ。私はそんな柄じゃないって。そもそも、ヒーローじゃなくてヒロイン。性別が違うわよ、スプリング」

 

 スプリングにヒーローと言われ、なんだか急に恥ずかしくなってしまった。

 そりゃあ、命の恩人をそういう風に見るのは仕方がないことかもしれないけどさ。

 改めてそんな風に言われると、なんだかこっぱずかしい。

 あー、もう。気晴らしに甘いモノ食べたくなってきた。

 

「スプリング」

「この先に美味しいパンケーキを作る喫茶店がありますよ」

「まだ何も言ってない」

「シーラ、アナタ甘いモノが欲しいとき、唇を舐めて湿らせる癖があるって気づいてる?」

 

 えっ、嘘。そんな癖あったの私。

 思わず45の方を振り向けば、そこにあったのは楽しそうに唇の端を吊り上げる45の顔。

 

「嘘よ」

「……45、最近鈍ってるって言ってたアナタにぴったりの仕事があるの。この街のパトロールって仕事なんだけど」

「それ、第四部隊にでも回しておけば?」

 

 下らないやりとり。緊張感のかけらもない会話。けれども、殺るか殺られるかの世界に身を投じている私達にとってそれはとても大切なものだ。

 そうこうしているうちに、スプリングが一軒の店の前で足を止める。

 【Honey Up】という看板がかかったその店は、オシャレな喫茶店といった佇まいだ。店名は【Hurry】と【Honey】をかけ合わせた感じなんだろうか。

 木製の扉には【Open】と書かれた札がぶら下がっている。良かった。ここまで来てお休みとかだったらどうしようかと。

 スプリングが入口の扉を開けて、中に入っていく。私と45もそれに続いた。

 こじんまりした店内に、何人かの客がいる。カウンター席と合わせれば、座席の数はおおむね24席ほどだろうか。

 カウンターの内側には壮年の男性が洗い物をしている。黒髪をオールバックにして、綺麗に整えられたアゴ髭をたくわえた男性だ。

 

「いらっしゃいませ。……お、スプリングフィールドじゃねェか」

「こんにちはマスター」

「こんにちは」

 

 スプリングに続いてあいさつをすれば、マスターは驚いたように目を見開いて、それから優しく微笑んだ。

 

「これはこれは。シーラ指揮官も一緒でしたか」

「シーラ、でいいわよマスター。あと、その堅苦しい敬語もいらない」

「じゃあシーラ。今日はどうしたんだ?」

「スプリングに美味しいパンケーキを作るお店があるって聞いてね」

 

 そう言いながらカウンター席に座る。そんな私を挟む様にスプリングと45が両隣に座った。

 なんか、45の方が妙に距離を詰めてきている気がする。

 

「はは。そうか。それじゃあ気合入れねェとな」

「そうですよマスター。……いえ、師匠とでも呼びましょうか」

「えっ!?」

 

 スプリングから飛び出した言葉に思わず声を上げてしまった。

 そんな私の反応に、マスターは苦笑いを浮かべながら手を顔の前で左右に振る。

 

「そんな大層なもんじゃねェよ。コイツが勝手に俺の技を盗んでいっただけだ」

 

 ま、たまに横から口出しはさせてもらったがね、と言いながらマスターはパンケーキを作る準備に取り掛かった。

 

「道理でスプリングのパンケーキが美味しいわけよね」

「お店で通用するんじゃないかって思ってたけど、まさかこんな秘密があったなんて……」

 

 私と45の言葉に、スプリングは照れ臭そうにはにかんだ。

 

「まあ、その。あの時はもっとパンケーキを作るの上手くなりたくて、基地のカフェの買い出しのついでにいろんなお店を回ってたんです」

「初めて来た時、コイツ俺のパンケーキ食って泣き始めやがってよ。あん時は焦ったな」

「マスター! それは言わないでくださいったら!」

 

 これはレアなものを見た。恥ずかしがって顔を真っ赤にするスプリングっていうのはめったに見られない気がするもの。この子、いつも大人の余裕みたいなものを漂わせてるから。

 そんなことを考えながら唇の端が釣りがっていくのを感じていると、マスターが不意にこちらを向いた。

 

「んで、シーラ。パンケーキは何枚にする? 2枚と3枚があるが」

「んー……3枚!」

「ちなみにトッピングでアイスクリームもつくぜ」

「じゃあそれも!」

「パンケーキにはメープルシロップとハチミツがあるが」

「ハチミツ!」

 

 むふふ……アツアツのパンケーキに甘ーいハチミツ。その上に冷たくて甘いアイスクリーム……夢が膨らむなあ!

 

「シーラ、欲張り過ぎじゃないの? 食べきれる?」

「イケるでしょ。今の私はお仕事終わりで甘いモノがとっても欲しい気分だもの」

「UMP45、アナタはパンケーキ食べますか?」

 

 スプリングが45に向かってそう問いかける。

 それに対して45はほんの少し悩む素振りをしてから、マスターの方へと向いた。

 

「マスター。私はパンケーキ二枚、メープルシロップでお願いします」

「はいよ。シーラの分も作るからちょっと時間かかるが、勘弁な」

「お気遣いなく。待つのは慣れてますから」

「それじゃあ私はマスターを手伝いますね。他の方のオーダーは私が受けます」

「お、すまねェな」

 

 マスターの言葉に「好きでやってることですから」と笑いながらスプリングは店の奥に消えていく。……勝手知ったるなんとやら、って感じのスムーズな動きだなあ。

 

「マスター」

「なんだ?」

「ありがとう。あの子に色々教えてくれて」

 

 指揮官として言うなら、自分の部下が勝手に街の人に、それも押しかけ当然でモノを教わっていたなんて、監督不行き届きと言われても仕方がないところではある。

 でも、きっと今私が言うべき言葉は「ごめんなさい」よりも「ありがとう」の方がふさわしいのだろう。

 

「気にするな。俺もな、アイツが来るまではちょっと不貞腐れてたんだよ。客は来ねェ、金はねェ、面白みもねェ。そんな無い無い尽くしの生活でな」

 

 語るマスターの目は自分の手先を見つめながら、けれど懐かしい光景を見ている、そんな目をしていた。

 

「そんな時、アイツが来たんだ。随分な別嬪が来たもんだと思った。礼儀もなってるし、金も出す。久々の上客だったが、あの時の俺は不貞腐れてたからな。早く帰って欲しかった」

 

 過去を懐かしそうに語りながら、けれどマスターは手際よくパンケーキを作り上げていく。

 

「パンケーキを頼まれたんで作ってやったが、そんなモノ作るのは久しぶりでな。正直不味いなんて吐き捨てて帰っていくだろうと思ってたのさ。そしたら……」

「マスター。あまり私の恥ずかしいエピソードを吹聴するのはやめてもらえませんか」

「いいじゃねェか。ありゃ俺にとっても大事な体験だったんだよ」

 

 見れば、エプロン姿を身に着け、髪を邪魔にならない様に後ろでまとめたスプリングが頬を膨らませて立っていた。可愛い。

 

「指揮官も! そんな楽しそうにマスターのお話聞かないでください! この人、女性に対して二言目には『電話番号教えてくれ』っていう人ですよ!」

「おま……んなこと言ってねェだろうが。ほら、エプロンつけたなら働け小娘!」

「言われなくてもそうしますとも。誰かさんは新しい女性を口説くので忙しいみたいですし」

 

 プイっとマスターから顔をそらす。それと同時に、入口の扉につけられたカウベルが鳴った。

 それに反応して、スプリングは素早く新しいお客の元へ行って案内を始める。

 

「マスター。スプリングって、ここにいるときはいつもあんな感じなの?」

「ん? あぁ。手間のかかるガキが一人で来たみたいな気分だよ。おかげで退屈しねェがな」

「ふぅん。そっかそっか」

 

 なんだか、ちょっと嬉しくなった。いつも頼れるお姉さん然としたスプリングが、あんなふうに子供っぽい立ち振る舞いをするのはほとんど初めて見たのだから。

 そんなことを普通に出来る相手を、あの子が見つけられたっていうのはきっと喜ばしいことなんだと思う。

 私が、その相手になれなかったのはちょっと悔しいところでもあるけれど。

 

「はい、お待ちどうさん。パンケーキだ。そっちのお嬢さんはもうちょい待っててくれよ」

「ええ。待ってるから、マスターもあんまり慌てなくて大丈夫ですよ」

「悪いな」

 

 マスターが45に向けてそう言いながら、私の前にパンケーキを乗せたお皿とハチミツの入った小さな容器、それとアイスクリームを出してくれた。

 

「おぉ……これは美味しそう」

 

 見るからにふわふわ感を感じさせる厚みのあるパンケーキが3枚に、たっぷりの生クリームがお皿に添えられている。

 ここにハチミツをたっぷりとかけて、その上にアイスクリームを乗せて……。

 うーん、実に背徳的だ。たまらない。

 ということで、それを敢行する。

 小さな容器に入ったハチミツを、パンケーキ3枚全てにまんべんなくかける。

 とろりとした粘度を感じさせる黄金色の液体が、ふわふわパンケーキにかかって、少しずつ染みこんでいく。

 

「いただきます」

 

 フォークとナイフでパンケーキを一口大に切り分けて、フォークに突き刺したパンケーキにナイフを使って生クリームをつける。

 それを口に運んで、ゆっくりとパンケーキを噛み締める。

 噛むほどに舌の上でとろけるように消えていくパンケーキに、生地に染みこんだハチミツの甘味、そして生クリームのなめらかな風味が口の中で絶妙なコラボレーションをする。

 あぁ、これぞスイーツ……。スプリングのも美味しいけど、流石彼女が師匠と言うだけある。とても美味しい……これは3枚余裕かもしれない。

 再びパンケーキを一口大に切り分ける。今度はパンケーキとは別に用意されたアイスクリームをスプーンですくう。ちなみにバニラアイスクリームだ。

 スプーンですくったアイスを、フォークに突き刺したパンケーキに付けて一緒に口の中に放り込む。

 出来立てパンケーキのほのかな温かさに、ハチミツの甘さ、滑らかな生クリームはさっきと同じで、そこに冷たくまろやかなバニラアイスの味が加わって気分はまさにスウィート!

 甘さという甘さを組み合わせた、乙女の舌を満足させるフルコンボだ。

 ナイフとフォークと時々スプーンが、私とパンケーキの間を乱舞する。

 あっという間に1枚目のパンケーキが消え、2枚目もあっという間に半分ほど消えた。

 異変はそこで起きた。

 

「うっ……意外と……溜まるわね、このパンケーキ」

 

 そう。満腹感という敵が己の内側から湧いて出てきたのだ。

 アイスクリームはあと半分。パンケーキも1枚丸々残っている。

 パンケーキもアイスクリームも美味しいのだ。美味しいのだが、いかんせんお腹のキャパシティが既に悲鳴を上げ始めている。

 あれだけノリノリで頼んだ手前、残すわけにはいかない。食べ物だって昔に比べたらずっと貴重なのだ。そんな粗末な真似は断じてできない。

 

「ほらぁ。言わんこっちゃない」

 

 私の隣で優雅にパンケーキを楽しむ45が呆れた表情でこちらを見てきた。

 彼女は2枚の、それもアイス無しを頼んでいたからか余裕のある表情をしている。

 何かムカつけど、こればっかりはなあ……。

 

「いいもん。頑張るもん」

 

 そう言ってパンケーキを口の中に入れる。

 美味しい。めっちゃ美味しい。幸せ。

 だが満腹だ。

 噛むほどに生地に染みこんだハチミツが染み出してきて、噛むという行為に楽しみを与えてくれる。素晴らしい。

 だが満腹だ。

 時間が経って解けてきたバニラアイスを乗せて食べれば、溶けたアイスが記事に少しだけ染みこんでまた違った甘さが口の中に広がる。美味しい。

 だが満腹だ。

 つまるところこのパンケーキを食べるということは、やはり甘いモノが好きな私にとっては間違いなく至福の時間であるということは疑いようもない。

 だが、満腹だ。

 

「45……ハチミツの染みこんだパンケーキ、美味しいよ?」

「食べられないなら最初からそう言いなさいよ」

 

 そんなことは……そんなことはッッッ!

 

「シーラ、大人しく認めた方がいいんじゃねェのか。その、旨そうに食ってくれてるのは分かったし、頑張るのもいいと思うんだけどよ……無理はダメだろ」

「うぐぅっ!」

 

 マスターまで……!

 

 

 結局、3枚目のパンケーキは45と半分に分けて一緒に食べた。

 色々と負けた気分ではあるけれど、総合的にはとても満足できた。

 

「あ、指揮官。言い忘れてましたが、ここのパンケーキ、ボリューミーですから女性だけで来た時なんかは3枚をみんなでシェアする、って食べ方が一般的ですよ♪」

「スプリング……それ、先に教えてよ」

「くすくす……ごめんなさい♪」

「スプリングフィールド……お前、自分の上司にイタズラするんじゃねェよ……」

「部下は上司に似るものですから」

 

 遠回しに自業自得だって言ってるのかなソレ!?

 くっそ! どっちにしてもシェアが普通だって知ってたら、最初からそうすればよかった!

 そしたらもっとパンケーキ込みで甘々なひと時が過ごせたかもしれないのに!

 でもまあ、美味しかったからいいか……。

 

「次来たときは大人しく2枚にするわ……」

「アイスはつけるかい?」

「マスター、やめて。また同じ轍は踏みたくないの」

「その言葉、いつまで持つかしらねぇ」

「指揮官、しばらくはダイエットも考えなければいけませんね」

 

 チクショウ! どいつもこいつも私をいじりやがって!

 

「……でも美味しかった。また来るね、マスター」

「おう。定休日以外ならいつでも歓迎してやる。待ってるぜ」

 

 待ってるぜ。その言葉が、私の心にしっとりと染みこんでいく。

 私が来ることを許してくれる。歓迎してくれる。

 そういう人がいるっていうのは、やっぱり嬉しい。

 これからも、そんな人が笑えるように頑張らないとね。

 でもその前に……。

 

「ダイエット、しよう」

 

 しばらく体重計には乗りたくない。




先日、大阪に行ってその時にふわふわのパンケーキを食べたんです。
調子に乗って3枚+アイスを頼んだんですが、思ったよりも多くて完食後は食休みが必要になってしまった。
でも旨かったです。また食べたい。

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