女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
もう離さない。
薄暗い廊下を一人歩く。
純白のドレスが闇を払おうと通路の灯りを反射しようとしているけれど、その輝きは弱々しい。
控室まではもうすぐそこだ。思ったよりも長かった。
理由は簡単だ。着慣れないドレスを汚さないように気を使って歩いていたから。
ついでに靴も普段の歩きやすいブーツではなくて、お洒落なヒールなのだ。
服装、靴、慣れない施設。これだけの条件が揃えば、なんてことない通路だって途端にアスレチックフィールドのようなものに早変わりだ。
控室からスタジオへの行きの道すがらは、あのカメラマンが話し相手になってくれたから退屈をしのげていたのだと、今更になって気づく。
メディア関係のプロと話す機会っていうのは職業柄ほとんどないから知らなかったけど、どこの業界も一流っていうのはやっぱりすごい。
そんなことを考えている間に、控室の前にたどり着いた。
できればこのまま終わりになって、このドレスを脱げる時間が早く来るといいのだけれど。
スタジオでカメラマンから聞いた話じゃないけれど、私はこんなものを着ることなんてとうに諦めていたのだ。
それを今更着て仕事しろなんて、当てつけのつもりかと喚きたいところだ。
いくら着飾ったって、私が祝われるわけでもないのに。
「はぁ……」
ダメだな。ちょっと泣きたくなってきた。
これでまたもうすこししたら、笑顔を作らなきゃいけないのか……。
気が重い。逃げ出したくなる。
控室に入って、ドレスを汚さないように慎重に椅子に腰かける。
そのまま、ぼんやりと天井を眺めた。シミはない。あっても困るけど。
そういえば45達はどうしているんだろう。
ここに来た時、彼女たちにも撮影の被写体になってもらうという話は聞いた。
彼女たちも私のようにきれいに着飾って写真を撮っているんだろうか。
みんなは、純粋に女の子としての夢ともいえる花嫁衣裳を着られるチャンスに浮かれていたりするんだろうか。
そうだったらいいな。人形と言えど、彼女たちは間違いなく一人の女の子なのだから。
こんな機会に恵まれたのだし、ぜひ楽しんで仕事をしてほしいと思う。このご時世、こんなチャンスなんて滅多に出会えないからね。
ふと、開けっ放しにした控室の扉をノックする音が聞こえた。
「……? フュンフ、どうしたの」
扉の方を見れば、純白のウェディングドレスに身を包んだフュンフが私の方を心配そうに見ていた。
「指揮官さま、今大丈夫ですか?」
「ん? うん。大丈夫よ」
心配そうなフュンフに向けて、笑顔を浮かべてみる。
唇の端はピクピクしていない。
大丈夫、ちゃんと笑顔は作れてる。多分。
どうやら本当にうまく作れていたみたいだ。フュンフがぱあっと明るい笑顔を浮かべた。
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれませんか?」
「え、いいけど……」
困惑気味の私の手を取って、フュンフが私を椅子から立ち上がらせる。ヒールでドレスの裾を踏まない様に気を付けた。
「行きますよ、指揮官さま!」
「え、え? ちょ、フュンフ!?」
小さな花嫁に手を引かれて、私は控室から引っ張り出される。
薄暗いスタジオの通路。モノクロームの世界に、一輪の百合が咲いている。
冷たさすら感じられる通路の灯りを、目の前の百合の花は温かな光に変えて、私の視界を明るく照らした。
そんな光を受けながら、けれど私は困惑していた。
「ね、ねえフュンフ……どこへ向かっているの?」
「んふふー♪ 秘密です」
そう言って百合の花は――フュンフは笑顔を見せながら顔だけ振り返った。
なおも私達は通路を歩く。静かなモノクロの世界に、足音が二人分響いている。
どのくらい歩いただろう。不意に、もう一つ白い花が見えた。
いや、花じゃない。もっと大切で素敵なものだ。
彼女は私の姿を認めると、柔らかい微笑みを向けてくれた。
「よんごー……?」
「あら、遅かったわね。……綺麗よ、シーラ」
そこにいたのは、普段はワンサイドアップにしている梅染色の髪をハーフアップにして、花の髪飾りで彩り、純白のウェディングドレスに身を包んだ45だった。
唇には主張しすぎない程度に綺麗さをアピールするピンクベージュの口紅が塗られていて、アイシャドウも控えめの色だ。
それでいて45の美しさを際立たせているのだから絶妙なメイクであるというほかない。
ズルい。
「…………」
いつものウィンドブレーカーにブラウス、スカートという出で立ちの彼女からは想像できない程の美しい45の姿に、思わず見惚れずにはいられない。
私のパートナーは、こんなにも綺麗な人だったんだ。もっと早くに気づけばよかった。
こんなに綺麗だと、私には勿体ないくらいとすら思えてしまう。
「シーラ。あんまり見つめないでよ。……ちょっと恥ずかしい」
両肩を抱くようにしてから、体を隠す様に上体を捻る45を見て我に返る。
「あ、ご、ごめん……あんまり綺麗だったから、つい……」
「30点」
「え?」
目の前の素敵なパートナーは、今や不満そうに唇を尖らせていた。
「もっと気の利いた誉め言葉くらい言ってよ」
「無茶言わないでよ。とっさにこんな綺麗な45見せられて、私だってびっくりしてるんだから」
いつもの調子で頭をかこうとして、やめた。
私も今日はいつものポニーテールではない。
ポニーテールであることは変わらないけれど、ボリュームを出すために少し編み込みをしてもらっている。
いつもの調子で頭をかいてしまったらたちまち台無しになってしまうだろう。
「ふふ。でも、シーラだってとっても素敵よ。……その傷跡も、今のシーラを引き立てるアクセントになってると思う」
一瞬、胸がずきりと痛んだ。
褒めてもらえるのは嬉しいけれど、やっぱりこんな傷だらけの体で彼女の前に立つというのは気が引ける。
今の世界の技術力なら、この程度治すことなんてワケないのだ。
それでも治さないのは、ひとえに私のワガママでしかない。
私のワガママで、45に気を遣わせてしまっている。
その事実が、重く私の心にのしかかる。
その重みで、思わず視線が足元へと落ちた。
「シーラ」
不意に温かい何かが私の頬を包んで、私の顔を持ち上げた。
目の前に45の顔がある。
「私だって、この左目の傷を残しっぱなしでドレスを着て、アナタの前に立つなんて後ろめたさはあるの。でもね」
愛しい人がふわりと微笑む。
「アナタはこれを治せとお願いしなかった。それに、今の私が好きだって言ってくれた」
今の45が好きっていうのは別件だった気もするけれど、まあツッコむのは野暮だろう。
「だから、今だからいうね。私も、今のアナタが好きよ」
「……何それ。酔っぱらってるの?」
いつもの軽口をたたく私の声は、けれども普段より張りがなかった。
「そりゃあ、こんな綺麗なドレスを着ているんだもの。場酔いくらいするわ。それに、これからもっと素敵なことが待ってるから」
「……もっと素敵なこと?」
一体何が、と思って聞き返せば私達のすぐそばにあった両開きドアがフュンフによって開けられた。
そちらに目をやれば、そこには真っ白な布が部屋の奥まで敷かれていた。
「これは……」
「さあシーラ。行こう?」
気づけば45が私に向かって手を差し伸べていた。
悩む暇もなく、体は勝手に動いた。
差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねる。
45が嬉しそうにはにかんで、ゆっくりと開かれた扉の中へ――ヴァージンロードへと歩み始める。
扉を潜る。ヴァージンロードの上に足を踏み出す。
薄暗いモノクロの世界に、突然色がついた。
自分達の足音しかしなかった静かな世界に、音が溢れ出す。
辺りから響いてくる拍手の音。その主は……
「み、皆……」
R06地区前線基地の――私の部下であり家族でもある人形達だった。
皆一様に笑顔を浮かべて私達に向かって拍手をしている。
それぞれが自分に似合ったドレスを着て、いつもの彼女達より何倍も美しい姿で私達に向けて拍手をしてくれている。
その間も、45は私の手を取ってゆっくりと歩みを進める。
やがてヴァージンロードの終点にたどり着いた。
そこに聖書を持って待っていたのは、いつもの軍服姿のスプリングフィールドだ。
彼女だけが正装でもある軍服でいるのは、神父役を買って出てくれたからだろうか。
全てを包み込んでくれそうな優しい微笑みを浮かべながら、スプリングが聖書を開く。
拍手が自然と収まり、スプリングが聖書の一部を読み上げ始めた。
……なんだか、本当に結婚式を挙げているみたいだ。
ちらりと隣を盗み見る。45が穏やかな表情で前を向いている。
彼女は綺麗なウェディングドレスにその身を包んでいる。夢じゃなさそうだ。
そんなことを考えていると、スプリングの声が私の耳に飛び込んできた。
「汝UMP45は、この女シーラ=コリンズを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
ハッとなる。どんな時でも、私は45と共にいることをここで誓わなければならない。
……誓えるだろうか。私は、彼女と共に生きることを。
この先、死ぬまで何年あるか分からない。明日死ぬかもしれないし、何十年も後かもしれない。
果ての見えない未来を、ずっと彼女の隣で生き続けることは、できるだろうか。
そんな不安を抱いた私の横で、45が小さく息を吸い込んだ。
「誓います」
静かに、それでいて芯の強さを感じる誓いの言葉を、45は口にした。その目に迷いはない。
……そうだ。迷うことなんてない。
それに約束したじゃないか。私は、この子の帰る場所を守るって。幸せにしてみせるって。
自分のした約束を反故にするほど、私はもうろくしたつもりなんてない。
スプリングが私の方に視線を向ける。
「汝シーラ=コリンズは、この女UMP45を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
スプリングの視線が、優しさの中に私の覚悟を問うような鋭い視線が私を貫く。
けれど私は臆さない。真っすぐとその目を見つめ返して、小さく息を吸い込んだ。
「誓います」
不安なことはいっぱいある。45に話せてないことや、話してもらっていないことだってきっといっぱいある。
けれども、私達はこれからずうっと一緒だ。
二人でなら、きっと乗り越えられる。いや、乗り越えてみせる。
「それでは二人共。誓いのキスを」
ゆっくりと45と向き合う。彼女と目が合った。
とても美しい目の前の花嫁は、けれども私のよく知るどこか勝気な笑みを浮かべている。
きっと、それは私も同じだろう。唇の端は吊り上がっているけれど、それが普通であるかのような自然さを感じているのだから。
そしてどちらともなく頷いて、私達はその唇を重ね合わせた。
周りから歓声が上がる。はやし立てるような声や、指笛のような音まで響いてきた。
ああもう。挙式中は静かにしないとダメなのに。
でも、そんなことはどうでもいい。
私は今、確かに花嫁として皆に祝われている。
綺麗なドレスを着て、綺麗なドレスを着た大事な人と将来を誓い合って、キスをしている。
不意に、さっきのスタジオで撮影している時のカメラマンの言葉がフラッシュバックした。
『諦めた夢も、忘れなければいつか叶う日が来るかもって話よ』
ああ、そうか。アレは嘘でも、お涙頂戴物の良い話ってだけのものじゃなかったんだ。本当のことだったんだ。
唇を離して、目の前の愛しい45の姿を見る。彼女は花が咲いたような満面の笑みを浮かべてくれた。
周りを見渡す。フュンフ、スコーピオン、M14、G36、スプリングフィールド、9、416、G11……それだけじゃない。基地にいるたくさんの家族が私達を見て笑っている。
改めて自分の姿を見下ろした。純白のドレスが、部屋の灯りを吸い込んで温かな光を放っていた。
ああ、間違いない。
私は今、ずっと憧れていた女としての幸せを確かに手にしているんだ。
そう思ったら、自然と涙が溢れてきた。
周りが騒然となる。そりゃそうだ。突然私が泣き出したんだから。
でも違うんだ。この涙は今まで流してきた、悲しみや苦しみの涙じゃない。
これは、喜びの涙なんだ。
だから、泣きながらでも私はこう言わないと。
「皆ッ……ありがとね……!」
涙でぼやけた視界のまま、笑顔を作る。
上手くできているだろうか。綺麗に笑えているだろうか。
いや、綺麗じゃなくてもいいかもしれない。
ただ、この喜びが皆に伝われば、それで。
そんな私の願いは、ちゃんと届いたらしい。
ぼやけた視界の中で、皆が笑ったような気がした。
私は緩みっぱなしの涙腺をどうにもできないから、45の肩に顔をうずめることにする。
仕方ないわね、なんて45の呆れたような、それでいて優しい声が真上から聞こえてきた。
次いで、優しく私は抱きしめられる。温かい。落ち着く。
遠い昔に別れを告げたあの頃の夢は今、確かに私の手の中にある。
追いかけ続け、けれど追いつけなくて別れを告げたあの光と私は再び出会い、そしてこの手の中に収めることができた。
なんて言えばいいんだろう。また会ったね? 遅かったじゃない? やっと捕まえた?
いいや、きっとこうだろう。
ということでひとまずドレスを着せられちゃった指揮官のお話は一段落です。
最後にもう一話、後日譚を書いて終わりになります。
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