女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
今度は、夢で終わらせないから。
おばあちゃんの故郷、日本には『うたかたの夢』という言葉がある。
私は、今回の雑誌の被写体の仕事でそれを身をもって実感した。
人形達が自分達なりに調べて、用意してくれたあの結婚式は本当に一瞬で終わってしまったのだ。
時間にして30分もない、わずかな時間。
その束の間の結婚式で、私は確かに諦めた夢を取り戻し、幸せの絶頂の中にいた。
けれど、そんな幸せな時間は私を探しに来たカメラマンの登場によって終わりを告げた。
その後は化粧直しだ、撮影だとバタバタしてあっという間に時間が過ぎていった。
気が付いた時にはもうカメラマンと別れを告げていて、基地に帰る車両の中にいた。
それから数週間後。あの日の記憶は今でも瞼の裏に焼き付いて離れない。
けれど、時々考え込んでしまうことはある。
あれは、幸せな結婚式を挙げるという夢を諦めきれなかった私が見た夢なんじゃないか。
勿論、そんなことはない。
あれから45との距離も心なしか前以上に縮まった気がするし、ほんの少しだけ肩が軽くなったような気がしているから。
それと、私の中に明確な生きる目的が出来たのだ。
「ねえ、45」
「なに?」
いつものように、司令室の机で向かい合いながら書類を捌いてる45に声を掛ける。
「名前、考えよっか」
「……え?」
45が何の話をしているんだ、と言わんばかりに手を止めて私の方を見た。
あ、ちゃんと説明してなかったっけ。
「この間さ、雑誌の撮影の休憩で結婚式を挙げてもらったじゃない?」
「ああ、あれね」
「実は一つだけ不満があったんだ」
45の表情が途端に曇った。
不安そうな表情をして、ほんの少しだけ挙動不審になる。可愛い。
「安心して。嫌な思いをしたとか、そういうんじゃないの」
「じゃあ、何が不満だったの?」
私が何を不満に思ったのか、全く想像できないらしい45は捨てられた子犬の様な表情をして私を見てくる。
その顔が、この後私が言う言葉で再び困惑気味の表情になることは容易く想像できた。
「アナタの名前よ。UMP45、なんて女の子らしさのかけらもない名前をあの場で呼ばせたのは、失敗だったなって」
今度こそ45の表情が困惑一色になった。それはそうだろう。今まで自分を示してきた『UMP45』という単語を否定してしまったのだから。
でも、将来を誓い合う『人』の名前がそんな記号めいたものなんて、私は嫌だ。
……これは私のワガママだ。彼女が嫌がるなら、その時はこれからも『UMP45』と呼ぶことにする。
だけど、いつか私達が戦う必要がなくなったその時まで、二人欠けることなく生き延びられたのなら。
その時は、私は彼女を『一人の女性』として受け入れ、共に歩みたい。
だから。
「私はさ、45。アナタに女性としての名前を付けてあげたいなって思うの。……嫌?」
未だに困惑した表情を浮かべている45に微笑みかける。
それに対して、45は困ったような微笑みを浮かべてくれた。
「シーラ。私は戦術人形なのよ? 名前については嬉しいけど、それは……」
「分かってる。これは私のワガママだもの。でもさ、結婚式で呼ばれる名前くらい女の子らしいものにしてあげたいの」
そんな私の言葉に、45は呆れたように笑った。
「あはは。それこそ式ならこの間挙げたじゃない。それにシーラ、アナタよく言ってたじゃない。私に指輪を渡した、あの戦場が式場だって」
「気が変わったのよ。あれも確かに立派な式場だったと思うけど……やっぱりほら、アレはイレギュラーだから」
今更どの口が、とも思うけれどそう思っているのは確かだ。
45の名前を考えるその理由。それは私の今後の生きる目的にもつながる。
生きる目的。それは。
「もう一回さ、今度はちゃんとした式を挙げようよ」
「シーラ……」
「やっぱりさ。私諦められないんだ。あの日、皆にしてもらった式は嬉しかったし、間違いなく幸せだった。でも……」
それでも、と思う。あの日、確かに夢は叶った。でもそれは、ほんの一瞬の夢。『うたかたの夢』だ。
私は、思った以上にワガママで欲張りな人間らしい。
もう一度あの幸せが欲しい。そして、次はうたかたの夢なんかでは終わらせない。心にいつまでも残り続ける、現実のものにしたい。
「今度は、あんな隙間時間じゃなくて、挙式から披露宴までバッチリやる結婚式をさ。やりたいんだ。そこでもう一度、私はアナタに愛を誓いたい。人間と戦術人形じゃなくて、愛するヒト同士として」
そう言って45の目を真っすぐに見れば、彼女にしては珍しく顔を赤くして無言で顔を逸らした。可愛い。
我ながら歯の浮くようなセリフだと思うけれど、私の胸の中にある嘘偽りない気持ちであることに違いはない。
「だから、その式でアナタが名前を呼ばれるときは『UMP45』なんて記号めいたかたっ苦しい名前じゃなくて、もっとちゃんとした名前で呼ばれてほしいの」
「…………」
45は応えない。まあ、難しいお願いをしていることは分かっているつもりだ。
私だって突然『シーラ=コリンズ』という名前を捨てて、新しい名前を使えと言われれば困惑するし、反発もする。
自分を表す名前は、そう簡単には捨てられないし、捨てたくないものだから。
それを分かった上で。それでも、とも思うのだ。
「ねえシーラ。一つ聞いていい?」
「ん? なぁに?」
そんな風に切り出した45は、どこか不安そうな面持ちだ。
「もしも、私がそのお願いを受け入れたら、私はもう『UMP45』には戻れなくなっちゃうの?」
戻れなくなっちゃう、か。
どうなんだろう。私としてはずうっと、ヒトとしての名前で彼女を呼びたいところではある。
けれど、実際問題45が『UMP45』を完全に捨て去ることは無理だろう。
私が『スイートキャンディ』や『伝言屋』を捨てきれないように。
「戻れないとは言えないし、戻るなだなんてもっと言えない。でも、私としては45には『大好きなヒト』として接していきたい……かな」
結局、私に言えるのはこのくらいなのかもしれない。
そもそも、人間は一面的な存在なんかじゃない。
大体、私からして『グリフィンの指揮官のシーラ=コリンズ』という顔だけで生きているわけじゃないのだ。
『元正規軍兵のスイートキャンディ』であったり、『図書館の右腕の伝言屋』であったり。
事実は決して消えない。それと同じく、過去の自分も決して消えない。消せない。
だから、戻れないとは言えないし、戻るなだなんて口が裂けても言えるわけがない。
「そっか。じゃあ、私は9にとっての『45姉』でもいられるし、416達にとっての『45』でもいられるって訳ね?」
「勿論。大体、いくら私が45と愛を誓ったからって、そこまで縛る権利なんてないわよ」
「それもそうね。そんなことしてきたら、鉛玉で返答してやるわ」
「おぉ、怖い」
人差し指と親指でピストルの形を作ってきた45におどけて見せれば、彼女もまたおどけてその指で作ったピストルを撃った。
司令室に、二人分のクスクスという小さな笑い声が溶けて消えていく。
たまらなく幸せだ。それはもう、ほんの少し怖いと思ってしまうくらい。
そんな二人の時間に水を差す様に、不快感を煽る電子音が響き渡った。
本部からの通信が来たことを知らせる着信音だ。
ため息を一つついて、通信に応答する。
すぐに、司令室のモニターに映像が出力された。ヘリアントスだ。
『ヘリアントスだ。コリンズ指揮官、話がある』
「手短に頼むわ。今忙しいの」
『そうか。……まあ、そうだな。早めに終わらせてしまうか』
「……?」
なんだ? ヘリアンの奴、今日はやけに素直というか大人しいな。
『先日の雑誌の被写体の仕事、ご苦労だった。先方も良いモノが取れたと満足そうにしていたよ』
「そう? まあ、あちらさんが満足いくものを提供できたのなら私の演技もまだまだ捨てたものじゃないのかもね」
まあ、前半はウェディングドレスに身を包んでいることに対して後ろめたい気持ちというか、不貞腐れたところがあって迷惑をかけてしまったけど。
でも、あのなんちゃって結婚式が終わった後は結構いい笑顔を作れていたと思う。
皆がそばにいた、っていうのもあるかもしれないな。
なんてことを考えていると、ヘリアンの様子がおかしいことに気が付いた。
『演技……? ああ、まあ。そうだな。あんなに迫真の演技が出来るとは、私も知らなかったよ』
「……そう? そんなに良かったならちょっと自信持てちゃいそうね」
なんか変だな。確かに後半はいい笑顔作れたと思うけど、そこまでいい顔を作れていたんだろうか。
もしかしたら、あのカメラマンがそういう風に見える様に撮ってくれていたのかもしれない。
けれども、ヘリアンはどうにも腑に落ちないようで、眉間にしわを寄せて唸っている。
『なあ、シーラ。アレは本当に演技なのか?』
「さっきから何よ。そんなに変な顔でもしてたわけ?」
だんだんイライラしてきた。コイツは一体何にそんな疑問を抱いているんだろうか。
『いや、その。なんだ……同じ女として、不覚にも羨ましく思ってしまったんだよ。雑誌に載った、お前の笑顔があんまりにも幸せそうだったから』
「……はぁ?」
いくら私でも、そこまでの笑顔を撮影中に作った記憶はない。
せいぜいが穏やかな笑みと、ちょっと勝気な笑み位だったはず。
それとも、あのカメラマンがいい感じに編集でもしてくれたんだろうか。
『まさかお前、まだ読んでないのか? 先んじて現物は届けてもらっていたはずだが』
「あー……そういえば、来てたっけ。45、アナタは読んだ?」
「いいえ。後で読もう、って思ってそのまま」
45もか。私もそんな感じだったっけ。
少し前に封筒に包まれて届いていたんだけれど、重要度も高くないしいつでも読めると思ってほったらかしにしていたんだった。
しかし、ヘリアントスがこんなリアクションをしているとなると、どんなふうに乗せられているのかがぜん興味が湧いてきた。
ちょっと確認するか。
「45、ちょっとアレが入った封筒取って」
「はいはい」
ほどなくして、封筒をもって来た45が私にソレを手渡してくれた。
封を開けて、中身を取り出す。
そして、私は顔が恥ずかしさで熱くなっていくのを感じた。
「な、なななな……! なにこれ……ッ!? い、いつの間に……!?」
「あ、これ……」
ウェディング特集と銘打たれていた雑誌の表紙には、私の写真がでかでかと載せられていた。
問題なのはその写真だ。
それは、間違いなくあのなんちゃって結婚式で喜びのあまり涙でぐしゃぐしゃになりながら笑顔を浮かべた私だったのだ。
演技なんかじゃない、純度100%の私の笑顔。それが、雑誌の表紙だった。
あんのカメラマン……! だからあの日別れるときにご機嫌だったのか……!
そうなると、それ以外にも変な写真が載せられているかもしれない。
慌てて雑誌を開いて、ページをめくりながら写真をチェックしていく。
「うぐっ……! これもか……!」
「なぁっ……!?」
私と45がそろって唸り声をあげる。
私がいま開いている見開き1ページ使われた記事では、私と45が手をつないで嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、皆に囲まれている写真が載っていた。
『その様子だと、撮られたことにすら気づいていなかったみたいだな』
ヘリアンの呆れた、それでいてちょっと安心したような声が聞こえてきたけれど、私達はそれどころじゃない。
「45! コレ、差し押さえるわよ! こんなもの世間にバラまかれてたまるもんですか!」
「ええ! これは是が非でも差し押さえて、あのカメラマンぶっ飛ばす!」
45と二人そろって怒りの炎をたぎらせながら、差し押さえる為にどうすべきか考え、実行に移さんと動き出す。
が、そんな私達を見てヘリアンが大きなため息を吐いた。
『お前達……一応言っておくが、もうとっくにその雑誌は流通しているぞ』
「「え”……」」
ヘリアンの一言が、私達の動きを止めた。
私と45の視線が交わって、そのまま固まる。
一拍おいて、私達は二人そろってその場で崩れ落ちた。
「もうやだぁ……しばらく外に出たくないぃぃ……」
「終わったわ……ていうかヘリアントス。なんで検閲しなかったのよ……シーラはともかく、私は載ったらマズいでしょう」
『UMP45はお前一人じゃないからな。言わなければお前だとは分からんよ』
「そんなだから合コンの負け犬なのよアンタは……」
『おいコラシーラ。お前何喧嘩売ってきてるんだ』
モニターの向こうでヘリアンが青筋を立てているけどそんなことは知ったこっちゃない。
この雑誌は外部向けに作られた雑誌だ。グリフィン内部のみで流通するものじゃあない。
つまり、基地の最寄の街でも販売されているんだろう。
うわぁ……本当にしばらく行きたくないなあ……。
『ついでに言うなら売れ行きは好調だそうだ。お前の笑顔が効いてるらしいぞ、シーラ』
うるせい。そんなこと聞きたくない……。
「45ぉ……慰めて」
「私が慰めてほしいわよ……」
『報酬は弾んだぞ。後で口座見ておいてくれ』
ヘリアンが少し面白そうなものを見たと言わんばかりに笑ってそんなことを言って、通信を切った。
クソが。金なんて慰めにはならないっての……。
ああ、もう。これは目的を少し変えないとだめかもしれない。
「45」
「んー……?」
「式は知り合いだけを呼ぶ奴にしようね。メディア関係者は絶対呼ばないでさ」
「賛成……」
私達の幸せは、私達だけのものにしたいのだ。
幸せをおすそ分けしてもいいのは、この基地の家族とほんの一握りの人達だけ。
なんたって私は、欲張りだから。
だからその時まで。
ということで今回でウェディング特集の被写体にさせられちゃったシーラさんのお話はおしまいになります。
次回からはまた日常のお話をやろうかなとか。
DEEPDIVE? 戦力的に無理くさいのでE-3のストーリーとボイスログはネットの情報で確認することにします。
E-2-4で限界。
あ、40ちゃんはお迎えしました。
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