女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
「……ラ。お……ろ、シー……!」
誰かが私を呼んでいる。けれど、どうにもその声は遠く、そしてくぐもって聞こえていた。
起きなきゃ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、けれど瞼は錆びついたシャッターみたいに上に上がることを拒否する。
もう少し、もう少しだけ眠っていたい……。
「おい! 起きろ
「誰がお嬢ちゃんだぶっ殺すぞ!」
もう諦めて寝てしまおうかなと思っていた時、懐かしい呼び名が私の鼓膜を叩いた。
そして、その呼ばれ方が私は大嫌いだ。タブーを冒したバカはぶん殴らないと気が済まない。
体を起こして声がした方を顔を向けると、そこには黒い夜戦服に身を包んだ男が立っていた。
金髪のベリーショートヘアに、整ったあごひげ、透き通ったサファイアブルーの瞳をした若い男だ。
若いと言っても、私よりは年上だ。年齢は30歳前後だろうか。
「どうしたんだ
目の前の男が面白いものでも見ているかのようにニヤニヤし始める。
「ハァイ、ダニー。アタシの前で他の子にナンパ? しかもよりにもよってシーラに? いい度胸してるわね?」
けれど、私の拳がつきだされる前に凛とした女性の声が聞こえ、その直後に男の後頭部に誰かの拳が振り下ろされた。
相当な力が込められていたであろうソレを受けて、目の前の男がうずくまる。
「おはようシーラ。今日も寝坊助さんね」
「あ、おはようございます。デボラさん。……あと、その寝坊助っていうの止めてください」
事実でしょ、と栗毛色の髪をポニーテールにした女性――デボラさんが笑った。
青紫色の綺麗な瞳が特徴的な彼女は、目の前でうずくまっている男の――ダニエル隊長の奥さんだ。同時に、部隊の副隊長でもある。
ああ、そっか。私、作戦行動までの時間で仮眠をとっていたのだ。
第10部隊の皆はもう準備が終わっているのかな。だったら早く起きて、私も準備しないと。
じゃないとまた『
いや、デボラさんにそう言われた時点でアウトかな……。
「おい、おい
「デボラさんに殴られたくなかったら、もう少し下半身よりも頭で物を考えて動くべきでしょ、隊長」
すがるように私を見上げてくるサファイアブルーの瞳に、そんな冷たい言葉を投げつけて私は立ち上がった。
また座ったまま眠ってたのか。我ながら器用だよなあ。
……また? 私、正規軍の時そんなことをしてたかな。そもそも、なんで私正規軍にいるんだ……?
視界が歪んだ。意識が遠のく。いや、この言い方は少し違う。世界がぐちゃぐちゃにかき回されて、真っ暗になっていくような……。
不意に左肩に痛みが走った。
痛み、と言うには不明瞭なその感覚に、けれども体は痛みと同時に体に受けた衝撃を逃がしきれずその場に倒れ込む。
ああ、撃たれたんだ。とボンヤリとした頭で理解した。
誰かが私を引きずって、射線の通らないところへと引きずり込んでくれた。
私の目の前で勢いよく扉が閉じられ、近くにあった鉄製の棚で扉を塞ぐ。
開けろと命じる様に、扉から何かが叩きつけられる音が響いてきた。
周りを見渡せば、隊長やデボラさんと同じように黒い夜戦服を着た奴らが息を切らして、けれども油断なく自分の銃にリロードをしていた。
……なんで、夜戦服を着た奴らの顔にもやがかかってるんだろう。知っているはずの顔なのに、なぜか見えない。
「おい、シーラ! 大丈夫か!?」
不意に聞こえた聞き馴れた声は、隊長のものだ。
この危機的状況において、彼の声が聞こえるのは頼もしい。少しだけ、元気が出た気がした。
だから、左肩が使えるかを確認するために力を入れてみた。
「グッ……! な、何とか……行けそうです」
激痛が走るけれど、処置をして鎮痛剤を使えばどうにかなりそうだ。
それで、今はどういう状況だったっけ……?
「ねえ、ケースは大丈夫!?」
デボラさんの声が聞こえた。ケース……?
ああ、思い出した。廃棄された鉄血工造の兵器工場で、崩壊液を使った研究がされているらしいって情報が司令部に入ったんだ。
崩壊液は世界を文字通り崩壊させた、未知の文明の兵器だ。そんなものを勝手に研究しているとなれば、世界のパワーバランスが最悪変わる。
だから、私達は司令部の命令でその崩壊液が保管されている兵器工場に潜入して、崩壊液を奪取する任務についた。
作戦エリアが汚染区域ギリギリだったから、鉄血人形を連れて安全なルートの確保や陽動をしてもらっていて、結果崩壊液の奪取には成功した。
けれど、撤収をしようとした時に突然私達が連れて来た鉄血人形を含んだすべての人形が私達に銃を向けてきて……。
後は御覧の有様だ。今私達がいる部屋は、小規模なランドリーエリアだ。逃げ場なんてない。扉を塞いだといっても、相手は人形だ。果たしていつまで持つか……。
「で、隊長……どうするんですか?」
デボラさんに応急処置をしてもらいながら、隊長の指示を仰ぐ。
絶望的な状況だけど、諦めなければ活路は見いだせる。少なくとも、私達は今までそうやって生き延びてきた。
まあ、今回ばかりは年貢の納め時かもしれないけど……。
同じようなことを考えていたのか、隊長が渋い顔をしている。
しかし、唐突に彼の顔が何か良いモノを見つけたように明るくなった。
「シーラ、お前まだ走れるな?」
「勿論」
間髪入れずに答えれば、隊長は満足そうに笑いながら頷いた。
「よし。シーラ、俺達はツイてる。ここの近くには川が流れていたよな? そして、この工場はその川に直接ゴミやら何やらを廃棄していた」
「ということは、ゴミの廃棄ルートをたどれば、外に出れる?」
「そうだ。だからシーラ。お前が一人でそこのダストシュートに入って、地下から脱出口を探せ。そして脱出したら、応援を呼ぶんだ」
隊長の指示に、思わず体が固まった。
彼の視線の先にあるのは小さなダストシュートだ。確かに女の私でならあそこを通ることは出来るかもしれない。
けれど、隊長達男連中では無理だ。デボラさんは、と思い彼女を見れば、彼女の左足は血で真っ赤に染まっていた。アレでは走れない。
「でも隊長、それじゃ隊長達が――」
言い切る前に、ひときわ大きな音を立てて塞いだ扉が内側に歪んだ。
隊長が厳しい表情で私の右手を掴み、立たせる。
「いいか。俺達はここで死ぬつもりはない。生きて帰るためにお前を行かせるんだ」
「でもッ……!」
「いいから先に行けクソガキ! いつまでも俺達に甘えるな!」
隊長の怒号に、そしてその言葉に含まれた意味を理解して涙が出そうになった。
「了解……しました!」
声が震えた。けれど、これ以上駄々をこねるわけにはいかない。
私がもう守られるばかりの
「必ず、助けを呼んできます……!」
そう言ってダストシュートへと駆け寄る。
そんな私に、他の隊員達が頼むぞ、とか生きて帰ったら結婚してくれよ、とか笑いかけてくれた。
ダストシュートに片足を入れ、もう片足で滑っていかない様に体を突っ張る。そこで隊長の方へと振り返った。崩壊液のケースを貰わなければ。アレの奪取が今回の任務だから。
けれど、振り返るとほぼ同時に塞いだ扉が内側にはじけ飛んだ。
「行けっ!」
「なっ、隊長! 隊長!!」
隊長の切羽詰まった声と同時に、体をダストシュートに押し込まれる。
体は無情にも重力に従って入口から遠ざかっていき……そして、ダストシュートは閉じられた。
いくつもの銃声と、何かのはずみに繋がってしまった無線越しに聞こえてきた皆の悲鳴を私の耳に響かせながら。
そこで世界が再びゆがみ、暗闇の中に落ちていく。
次に視界が戻った時、辺りは森だった。
けれどそれも直ぐに終わり、見覚えのある建物が視界に飛び込んでくる。
私達が作戦に向かう前、立ち寄った前線基地だった。
これで助けが呼べる。そう思ったと同時に、再び世界が暗闇に落ちた。
気がつけば私は両手を背中側で縛られ、猿ぐつわを噛まされてベッドに寝かされていた。
驚いて辺りを見回そうとして、自分が裸になっていることに気づく。
下衆な笑い声が聞こえた。
ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを張り付けた前線基地の軍人どもが、私の方を見て嗤っていた。
何が待っているか、本能的に理解した。
軍服にジャラジャラと勲章をつけた見覚えのあるデブが近寄って、私の顔を舐める。
余りのおぞましさに全身に虫が這いまわったような感覚が私を襲った。
デブは、私の耳元に粘着質な気持ち悪いと息を吹きかけながら、ゆっくりと語り始めた。
「第10小隊、作戦ご苦労だったな。キミたちは立派に作戦をこなし、しかし不運にも鉄血兵の暴走に巻き込まれて名誉の戦死をしたのだ」
そこで全てを察した。私達はハメられたのだ、と。
捨て駒なんてモノじゃない。あの作戦は最初から私達を始末するためのモノだったのだ、と。
悔しかった。私達をハメたコイツ……あるいはその裏に奴を絶対に殺してやると誓った。
懐かしい感情だな。あの頃はあの復讐心だけを心の支えにして生きていたっけ。……あの頃?
僅かに混乱しているせいか、ブタ野郎に胸を鷲掴みにされても何も感じなかった。代わりに、思い切り頭突きを決めてやった。
上手いこと鼻っ柱が折れたらしい。鼻血をたらしながら、みっともなくもんどりうってブタ野郎が転ぶ。
ざまあみろ。そう心の中で吠えてやった。
けれど、そんな威勢も次の瞬間に全て吹き飛んだ。
銃弾を受けた左肩を思いきりブタの側近に踏みつけられたのだ。
激痛のあまり視界に星が散った。けれどその痛みもどこかあいまいだ。
けれど激痛は激痛だから、悲鳴が漏れた。漏れ出た悲鳴が猿ぐつわを噛まされているせいでくぐもったものになっていることさえ、他人事のように感じていた。
痛みに悶えていると、両足が誰かに押さえつけられたことに気づいた。
気づいた時にはもう遅かった。強引に足を開かれ、私の秘部がブタ野郎どもの前にあらわになる。閉じようにも、男の力には逆らえない。
そして見えた。ブタ野郎がズボンを下ろし、汚らしいソレをこちらに向けているのが。
死に物狂いで抵抗しようとするたび、肩の傷口を踏まれる。
恐怖と屈辱と痛みで涙が止まらなくなった。
もしかしたら、隊長達に助けを求めていたかもしれない。
でも、そんな願いもむなしくソレは私の中へと勢いよく突き立てられる。
そして痛みとショックのあまり、視界が真っ白に染まって…………
「あああああああああああああああああああああああああッ!!?」
肺の中の空気をありったけ絶叫に変換して、飛び起きた。
「シーラ!? どうしたの!?」
「いやっ! 来ないで! 触らないで!」
誰かの声が聞こえたから、捕まるものかと両手を振り回す。
けれど、すぐにその手は掴まれて、そして突然抱きしめられた。
再び、体中を虫が這いまわる様な感覚に襲われて、振りほどこうと抵抗する。
「シーラ! 落ち着いて!」
「放して! 放してよ!」
また犯される。その恐怖でいっぱいになって、必死にもがいた。
けれど、私を抱きしめる力はびくともしない。
だから、何度も抵抗する。諦めてたまるか。こんなところで……!
「シーラ!! 私よ! UMP45よ!」
耳に届いた、一つの言葉。いや、名前か。
私の愛する、大切なヒトの名前。
急速に体から力が抜けていく。そして、私を抱きしめている人の方へとゆっくりと顔を向けた。
「よん……ごー……?」
「シーラ、大丈夫?」
左目にキズのある年頃の少女が、心底心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。
見慣れたその顔は、間違いなく私の大切なパートナーであるUMP45だ。
つまりさっきまでの光景は。
「ゆ……め……?」
自分の体を見下ろす。タンクトップにショーツと言う涼し気な格好だ。けれど、裸ではない。
どうやら、本当に夢だったようだ。
夢だと分かった瞬間、言葉にできない感情の渦が涙と言う形をとって溢れ出してきた。
「う、うぅ……あぁああぁあああ……」
もう吹っ切ったはずだった。過去に囚われるのはやめて、皆と一緒に歩こうと決意したはずだった。
どうしてこんな……今になってこんな夢を見てしまうんだろう。
優しく45の胸に抱き寄せられる。
私を包む優しい感触と、傷だらけの私を癒してくれる温もりに、だんだんと瞼が重くなっていく。
45がとん、とん、と子供を寝かしつけるように優しく私の背中を叩いたり、ゆっくりとさすってくれる。
夢の中のキモチワルくて、乱暴なあの感触を丁寧に拭い去る様なその感覚に、私は安心感に包まれた。
「大丈夫……大丈夫だよ。シーラ」
子守歌の様な45の言葉に、私の意識が徐々に薄れていく。再び世界が闇に包まれていく。
けれど、今度はさっきまでとは違う。
この温もりがあれば、きっとさっきみたいな夢は見ない。そんな確信があった。
「よん……ごー……ありが……と」
意識が完全に闇へと落ちる前に、私の大事なヒトにお礼を言う。
彼女がいなかったら、きっともっと酷かっただろうから。
「うん。おやすみ、シーラ」
愛しいヒトのその言葉を最後に、私の意識は完全に闇へと落ちた。
ああ。どうか今度は、幸せな夢が見れますように。
ということで正規軍としてのシーラさんの最後の方の記憶でした。
次回はほのぼのします(予定は未定)
感想、評価は執筆の励みになりますのでどうぞよろしくお願いするでござるよm(__)m