女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】   作:笹の船

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シーラさんが45姉とストレス発散する話


ストレス発散には運動が一番

 シーラの様子がおかしい。

 朝からずっと上の空だし、仕事でもケアレスミスを連発している。

 それだけでもおかしいのだが、それ以上に問題なのが……。

 

「失礼します。指揮官さま、報告書を提出しに来ましたよ」

 

 MP5が報告書のデータが入った記憶媒体を持って司令室にやってきた。

 それに対してシーラは、ちらりと横目で一瞥しただけですぐにMP5から視線を外す。

 

「ああ。うん。そこ置いといて」

「え……あ、はい」

 

 抑揚のない冷たさすら感じさせる声でMP5にそう指示を出して、シーラは手元の書類とラップトップとのにらめっこを再開した。

 普段見せない余りにも冷たい態度に、MP5が何か粗相をしたのかと困惑と焦り、恐れの入り混じった表情を浮かべる。

 そんな彼女を安心させようと、私はMP5に耳打ちをした。

 

「MP5、大丈夫。今日はシーラなんだか機嫌悪いみたいで」

「え……何かあったんですか?」

「まあ、色々」

 

 正直こればっかりは勝手に話すわけにはいかない。

 理由とはしては間違いなく今朝方のことだろう。

 私は昨日の夜、久しぶりにシーラと一緒に寝た。

 そこまでは何も問題はなかったし、シーラも寝る前までは特に普段と変わりなかったように思う。

 問題はその後だ。日が昇るかどうか位の時間に、突然眠っていたシーラが絶叫と共に目を覚ました。

 落ち着かせようと手を伸ばしたけれど、錯乱していたらしく手を払われた挙句「放して!」と叫んできたのだ。

 とにかくこのままではいけないと無理やり抱きしめて、声を掛け続けた。

 相当キツイ悪夢を見ていたのか、私が自分の名前を叫ぶまでシーラは夢と現実の区別がついていなかったらしい。

 目が覚めて、抱きしめた相手が私であると気が付いた彼女は安心感からだろうか。私に抱き着いて涙を流し始めた。

 怖い思いをして涙を流す小さな子供のようだった。あんなシーラは初めて見たかもしれない。

 

 ともかく、その後一度は眠ったけれど次に目が覚めた時からはずっとあんな感じだ。

 あれだけ錯乱する辺り、相当キツイ悪夢でも見たんだろう。多分、シーラにとって忘れることすら許してもらえないような記憶だ。

 私の知らない、シーラの過去。

 話してほしい、とは思う。けれど、聞き出そうとしても彼女は話してくれないだろう。

 人は皆、誰にも話せないような過去を持っているものだから。私は人形だけれど、私にだってそういう話したくない過去というモノは持ってる。

 だから、彼女が話したいと思うまでは待とうと思う。

 それはそれとして。

 

「シーラ。ちょっと仕事いったん止めて訓練所行きましょうか」

「はァ? 何言ってんの45。まだ全然終わってないでしょ」

 

 棘のある声での返答。仕事が終わっていないという割に手は全然動いていない。

 集中力なんて今のシーラにはないに等しい。そんな状態でダラダラ仕事をしても、後でそのツケを利子付きで払わされるだけだ。

 故に、今の彼女にはストレス発散が必要だと私は考えた。

 

「仕事をかけらも進められてない今のアナタじゃ、このまま仕事続けたって大したことできないと思うけど?」

「チッ……まあ、そうね。ちょっと体動かしてすっきりしようかな」

 

 露骨に舌打ちしてきたわね。でも私の言うことに理があるってことを理解してくれるくらいにはまだ理性的みたい。

 気だるげに立ち上がって、グリフィンの赤いジャケットを脱ぎ捨てる様に椅子に掛ける。

 

「行きましょ」

「……はいはい」

 

 私の方を見向きもせず、ツカツカと司令室を後にするシーラに思わずため息を吐きながら、私も彼女の後を追った。

 

 

 

「それで、今日はどういうルールでやるの?」

 

 訓練所で着替えながら、シーラが私の方も見ずに今日のテスト科目でも聞くような気だるげな調子で問いかけてきた。

 

「それなんだけど、今日は趣向を変えて素手での近接戦闘の練習しようかな、って」

「練習?」

 

 シーラが怪訝そうな顔をする。

 それもそうだ。普通の人形はロールアウト時からCQCなどの近接格闘の術をインストールされて出てくる。

 が、私は違う。

 電子戦に特化したチューニングの為に、電脳の大半の容量をそれ用のモジュールで埋め尽くされているのだ。

 だから、火器管制、姿勢制御と言ったものすら搭載できていない。

 それでも一定以上の戦闘力を持てているのは、ひとえにそこらの人形とは比べ物にならない経験値を積んできたからだ。

 

「どうしたのシーラ? 私が格闘戦の練習しようって言ったのがそんなに意外?」

 

 けれどそんな私の秘密はわざわざ語らない。語れない。

 だって、これをシーラに知られてしまったら幻滅されてしまうかもしれないから。

 いや、シーラがそんなことで私を捨てたりなんかしないっていうのは分かっている。

 それでも、やっぱり怖いものは怖いのだ。

 もしもシーラに失望されてしまったらどうしよう、と。

 そんな恐れを隠すために、私は嗤う。悪夢を振り切れず、今もどこか怯えた表情を隠しきれない愛しい人のことを。

 

 

 

 

 私は朝から機嫌が悪かった。

 理由は明白だ。今朝方見た悪夢のせいだ。

 よりにもよって隊長達が死ぬ瞬間と、私が犯される瞬間を夢という形で追体験するなんて最悪だった。

 どうして。45と誓約をすると決めた時、私はあの過去と決別をしたつもりだった。

 いつまでも過去に縛られていないで、現在(いま)を、未来を見て皆と歩いていこうと決めたはずなのに。

 そんな決意を裏切るように、そしてこのところの幸せな時間を台無しにするようにあんな夢を見たせいで、私の機嫌は最悪だった。

 だから、思わず皆に対して辛く、冷たくあたってしまっていた。

 八つ当たりなのはわかってる。それでも、このモヤモヤした気持ちを処理する手段を他に見いだせなかったし、胸の内に留めることもできそうになかった。

 そんな私を見かねてか、45が訓練所に行こうと言い出した。

 妙に45の視線が痛い。自分が自意識過剰になっていることを加味しても、その目線は責めるような、失望するようなソレであったような気がした。

 だから余計にイライラした。

 勿論分かっている。45はそんなことをしないってことくらい。

 それでも、もし本当に今日の私の振る舞いで失望されていたら。

 ドロドロしたものが私の心を覆いつくしていく。

 もしも本当に45が私に失望しているとしたら。

 私達はちょうど訓練所にいる。そして、どういうわけだか45は素手での格闘戦の練習を提案してきた。

 力づくでねじ伏せて、どちらが上なのかをハッキリさせる。そして逃げられない様にするのだ。彼女は私のモノなのだと、証明する。きっと45はソレに逆らえないだろう。

 そんな汚泥にまみれた心を抱えて、私達はジムへと入っていった。そこの奥には、格闘戦をするために十分なスペースが取られているのだ。

 

「ルールは?」

 

 自分の声が氷の刃の様な声をしていることをぼんやりと自覚した。冷たく、そして触れた相手を切り裂くような声だ。

 そんな私に対しても、45はいつもの飄々としたような調子を崩さない。それが妙に、私の勘に障った。

 

「ないわ。強いて言うなら相手が気絶するか『参った』って言うまで続行よ」

「……上等じゃない」

 

 45を傷つけたいと思っているわけじゃない。

 それでも、なんだか無性に目の前に立っている小生意気なクソガキをぶちのめしたい欲求に駆られた。

 自然と唇の端が吊り上がっていく。きっと、今の私は野蛮な肉食獣みたいな面をしていることだろう。

 

「用意はいいかしら?」

 

 言いながら構える。相対する45も、同じように構えを取る。

 

「いつでもどうぞ」

 

 どうぞ、と45が言い切る前に私が地面を思いきり蹴飛ばして45までの距離を詰める。

 左足を踏み込み、右足を鞭のようにしならせながら彼女のこめかみへ叩きこまんと振りぬいた。

 足刀が45のこめかみに吸い込まれる刹那、彼女の姿が不意に消える。

 けれど私は焦らない。これくらいは想定の範囲内だ。それに、どこに消えたかは見なくても分かる。

 振り回した右足を遠心力のまま背後まで戻しながら、左足で地面を蹴り一瞬体を宙に浮かせる。

 その左足の真下を45の水面蹴りが通り過ぎていくのが見えた。

 

「甘い!」

 

 すぐさま右足が地面につく。同時に、左足を正面へ向かって蹴り出した。

 残った遠心力を上乗せした私の蹴りが、45の顔面に突き刺さる。

 

「くっ!」

 

 いや、ギリギリのところで両腕を顔の前でクロスさせてガードしたな。

 それでも、私の重い蹴りをまともに食らった45は後ろに吹っ飛んだ。衝撃を緩和する為に自分から飛んだのもあるだろう。

 間髪入れず再び地面を蹴って、開いた45との距離を詰めなおす。

 すると、真下から鋭い足刀が襲い掛かってきた。

 すんでのところで立ち止まり、上体をそらす。顎の数㎜先を、45のつま先が通り過ぎて行った。

 スカートの中身が丸見えになるが、残念ながら45はレギンスを着用しているから下着が丸見えと言うわけではない。

 それに、今はそんなことを考えている場合でもなかった。

 人形の義体性能にモノを言わせた、しゃがみ姿勢からのサマーソルトキック。45が繰り出してきたのはそれだ。

 何とかかわすことは出来たけれど、距離を詰めなおして攻め続けるのには失敗した。既に45は体勢を立て直している。

 体勢を立て直した45が、今度はこちらの番だと言わんばかりにこちらに距離を詰めてきた。

 正面からの右ストレート。それをいなすとすぐに左、右、左。

 強弱をつけた拳が次々に繰り出されてくる。

 勿論、私もただ黙って防いでいるだけではない。

 どんな戦士も戦うときは癖やパターンというモノがある。人形とてその例外ではないし、下手をすれば人形の方がパターンが一定かもしれない。

 上体を右に軽くひねりながら突き出された45の左の拳をいなすと、すぐに強めの右ストレートが飛んできた。

 集中力が極限まで高まる。世界がスローになった。

 右に捻った上体を戻しながら左手の甲で45の右ストレートをそらす。

 その時には、私の渾身の右ストレートが突き出されていた。

 ストライク。私の拳は狙い(あや)またず45の顔面へと突き刺さった。

 

「ぐぁっ!?」

 

 カウンターしながらの顔面ストレート。私が得意とする戦法の一つだ。

 形勢逆転。もろに拳を受けた45の体が揺らいで、後ろにたたらを踏む。絶好のチャンス。この機を逃す手はない。

 即座に一歩踏み込み、左のボディーブローを打ち込もうと左腕を引いた。

 その直後、想像だにしないことが起きた。

 突然私の顔面に強い衝撃が走ったのだ。

 

「がっ!?」 

 

 不意を打たれたことで私も体勢を崩す。その瞬間、私が使っているシャンプーの香りがかすかに漂ってきた。

 ああ、そうか。痛みに顔をしかめながら理解した。

 45は、私のストレートを食らった衝撃で思わずのけぞったのを逆に利用して、頭突きを出してきたのか。

 それなら足を踏み込んで頭を振り下ろすだけでいい。拳を引いて、突き出すという2ステップを踏む私のボディーブローよりも速くて当然だ。

 たたらを踏む私に向かって45が踏み込んでくる気配を察知した。

 後ろに下がった右足で力強く踏ん張って、重心を後ろに預ける。同時に左足を体に引き付ける様に持ち上げる。45はそのまま突っ込んでくる。

 次の瞬間、私は持ち上げた左足を上へ伸ばして体の右側へ振り降ろす様に蹴りを放った。

 

「くっ!」

 

 45は直前になって気づいてステップを踏んでかわそうと試みたみたいだけど、反応が遅かった。私の踵が45のガードした腕に突き刺さる。クリーンヒットとはいかないまでも、それなりに手ごたえはあった。

  燕旋降脚(えんせんこうきゃく)。体を引くことで相手を誘い、カウンターを取る足技だ。第10部隊にいるとき、武術が得意な奴から教わった。今じゃ私の得意技だ。

 けれど、流石にクリーンヒットじゃないからすぐに45は体勢を立て直す。追撃は難しそうだった。

 

「やるじゃないの……」

 

 やや忌々しそうな表情で私を睨みつけ、45が吐き捨てる。

 

「私だってこれくらいは出来るのよ?」

 

 苦い表情の45とは対照的に、私は得意げな笑みを浮かべていることだろう。

 少なくとも、私は得意技のカウンター右ストレートと燕旋降脚が決まっている。対する45は頭突き一発だけしか決めていない。一点は私が先制してる。

 あ、45が悔しそうに顔を歪めた。そそるわね。

 いつも得意げな表情や飄々とした態度が目立つ45だから、こういう顔が見れるのは貴重だ。

 じゃあ、完膚なきまでに叩きのめしてやるとしますか。

 

「さあ45、選びなさい」

「? 何を?」

 

 私の問いに聞き返しながら、油断なく構える45。

 そんな彼女に向けて、どう猛な笑みだと自覚するくらい唇の端を吊り上げて挑発を叩きつけた。

 

「ギブアップするか、クタバルか、よ!」

「ッ! 上等ォ!」

 

 互いに一歩、思い切り踏み込む。

 そして、踏み込みながら引き絞った拳を同時に突き出した。

 

 

 

「指揮官、45。いつまで訓練……ちょ、アンタ達!?」

 

 ぼんやりとした意識の中、416の声が聞こえてきた。

 あれから、とにかく殴って殴り返されての連続だった。

 私の拳が45の顔に刺されば、彼女の拳が私のみぞおちにめり込む。

 45の蹴りが私の胴を捉えれば、吹っ飛んだ私の起き上がりと同時に放った飛び膝蹴りが彼女の顔面に突き刺さる。

 そんなのばっかりやってたので、二人共もうボロボロだ。

 ちなみに最後は第二ラウンドの始まりの時のようにフルパワーのストレートをたがいに繰り出して、それがお互いの顔面に突き刺さってのダブルK.Oだ。

 私達は今、ジムの地面で大の字になってぶっ倒れている。

 

「指揮官! しっかりしてください!」

 

 416の大きな声が頭の中でガンガンと鳴り響いた。うるさい。

 

「416……うるさい……頭に響く……」

 

 45が泥でも吐き出す様な気だるさで文句を言えば、416がなおもデカい声で反論した。

 

「そりゃ怒鳴るわよ! 執務ほっぽった指揮官と副官がズタボロになるまで殴り合いしてたなんて知ったらね!」

「だってシーラが……」

 

 ちょっと、なんで私が悪いみたいになってるの。

 

「異議あり……もとはと言えばアンタが誘ったんでしょうに……」

「そうでもしないと碌に仕事出来ないくらいストレス溜め込んだままだったでしょ……」

「二人共おだまり! ……全く。ストレス発散するにしたって限度があるでしょうが」

 

 416がママだ……。そうなるとさしずめ私達はバカやった姉妹といったところか。

 

 結局、決着はつかなかった。

 正確には、どっちがより攻撃を決められたかなんて途中からどうでもよくなっていたのだ。

 煽って煽られて、殴られたら殴り返して。

 そんなことばっかりやってるうちに、もうとにかくお互いに負けたくないと言わんばかりに拳を振るっていた。

 結果はダブルK.Oなんて、引き分けじみたものだけど。

 まあ、当初の45の目論見通り、私のストレスは吹き飛んだと言って良い。今は、結構清々しい気分だ。

 

 

 その後、私は医務室へ、45は修理ドッグへと送られて治療をすることになった。

 ちなみに医務室で絆創膏やらシップやらを張り付けられた私を執務室で待っていたのは。

 

「指揮官。何か申し開きは?」

「ゲッ……スプリング」

 

 穏やかな笑みに鬼の様な雰囲気をまとわせたスプリングフィールドだった。

 お、お説教は後日に……あ、ダメですか。そうですか。

 また正座させられるぅ~……。




燕旋降脚の元ネタが分かった人はお友達。

感想、評価は執筆の支えですのでどうぞよろしくお願いいたします。
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