女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】 作:笹の船
喫茶店を後にした私は、街の人に聞き込みをしながらジェリコ達を探していた。
とはいえ、彼女たちが店を出たのは1時間以上も前の話だ。彼女の足取りを追うのは容易ではなく、手掛かりを見つけることもままならない。
目撃者らしい目撃者も見つからないまま、時間だけが過ぎていく。その間にも何度か連絡をしてみるけれど、未だに応答はない。
最悪の予想が頭をよぎり始めたころ、ふと猫の鳴き声が耳に入った。
耳を澄まして鳴き声のする方を向くと、日が暮れ始めた街の中で一点だけが闇に包まれたような場所があった。
よくよく見てみれば、それは黒い子猫だった。光を吸い込むような毛並みの中に金色の瞳が二つ、救いを求める様に右往左往している。
何もなければ撫でに近寄るか何かするところだけれど、今はあいにくとそんな暇はない。
けれど、その場を立ち去る前に私はその子猫と目が合ってしまった。
子猫は、私の方を向いてしきりに鳴き始める。首には赤い首輪がつけられていて、首輪の中央には金色の鈴がつけられていた。かなり裕福な家庭の飼い猫みたいだ。
迷い猫だろうか。無視をするのも忍びないが、私はグリフィンで会って街の何でも屋じゃない。それに、今は迷い猫に構っている余裕がある状況でも無いのだ。
「……どうしたの?」
だというのに、私は自然とそんな言葉をかけていた。
すると、子猫は私が自分に構ってくれると思ったのかこちらに背を向けてトテトテと歩き出す。
数メートル進んだところで、子猫はこちらを振り向いた再び鳴きだした。
「……ついて来いってこと?」
正直、迷った。もしも私の言葉を理解して鳴いたのであったとしても、あの猫が連れて行ってくれる先にジェリコ達がいるとは限らない。
むしろいない確率の方が高いし、ついていった先が料理の匂いが漂う店の目の前だったなんてオチが待っていることだろう。
普通に考えて無視をするべきだ。今は可愛い子猫の誘惑に流されている場合ではなく、一刻も早くジェリコ達を見つけ出さなければならない。
それでも、どうしても私はあの黒猫を放っておく気にはなれなかった。勘と言ってもいい。ついていけば、何かが分かる……そんな気がした。
だから、私は意を決して黒猫の後をついていくことにした。これでジェリコ達が見つけられなかったら、基地に連絡を入れて皆で探すことにしよう。
意を決して子猫の後をついていく。子猫は私がついてくることが分かると、途端に走り出した。
追いつけない速度ではないけれど、見失わない様に慌てて私も駆け出した。
道行く人々の間を縫うように走り抜けていく子猫を必死に追いかけながら、街の中を進んでいく。
やがて大通りを外れて、小さな路地へと入っていった。とても掃除が行き届いているとは言えない、薄汚れた路地だ。
この街にスラム街は無いにしても、それでもこういった荒れがちな場所は存在する。今私がいる場所も、記憶が正しいなら収入の少ない人々が済む住宅街だったはずだ。
薄暗い裏路地で、黒猫を追いかけるというのは中々に神経を使うモノだった。
それでもどうにか見失うことなく追いかけていると、路地の奥から小さな破裂音が聞こえてきた。サプレッサーを付けたピストルの射撃音だと、私はすぐに気が付いた。
もう子猫の案内など気にしている場合じゃなかった。ギアを上げるような意識をして、地面を蹴る力を一気に強くする。
「なア、いい加減ガキを渡せよ。人形ども。お前らも、こんな薄汚いところで死にたくはないだろ?」
路地の角を曲がった時、5人ほどの銃を持った男に囲まれた黒髪と桃色の髪が見えた。
考えるよりも先に腰のホルスターからM1911を引き抜く。当然、その時には私の足音に気づいた男達がこちらを振り向いていた。
「なっ!? グリフィ……」
「ジェリコ、ネゲヴ! 交戦許可! 叩き潰せ!」
言いながら、一番近くにいた男の膝に向けて引き金を引いた。派手な銃声が路地一杯に響き渡り、男達はさらに動揺した。
それでもこの手の荒ごとにはちょっとはなれた連中だったらしい。男たちが一斉に私の方へと銃口を向けた。……それが最悪の選択だとも気づかずに。
当然、完全にフリーになったジェリコとネゲヴが男達の死角から襲い掛かる。意識外からの攻撃に、男達はなす術もなくやられ地面と熱烈なキスをする羽目になった。
私が交戦許可を出してから、ここまで5秒弱と言ったところか。一人は膝を撃ち抜かれて痛みに悶絶しているし、他に3人が倒れ伏している。
だが、リーダー格の男だけはジェリコとネゲヴの間合いの外へ逃れた。そのつもりになって、男は唇の端を吊り上げる。銃口の先には、二人が守っていたと思しき身なりの良い男の子が立っている。
私の位置からではジェリコとネゲヴが射線上になってしまって、うかつな射撃が出来ない。
けれど、私達は誰一人焦らなかった。路地に再び銃声が響き渡る。
「ぐっ!?」
痛みの悲鳴を上げたのは男だった。撃ったのはジェリコだ。彼女達の実力なら、こいつ等程度を叩きのめすことなど造作もない。
その隙に、ネゲヴが男を取り押さえた。私は銃を下ろして、男に近づく。その際、ジェリコにアイコンタクトを送る。
ジェリコは私の意図を察したのか、小さく頷いてその場に倒れ伏した他の男達の拘束を始めた。
「クソッ、話が違う! 人形は人間様に手が出せねぇんじゃねえのか!?」
「ええ。アナタの言う通りよ。普通は、戦術人形と言えども人間に危害はくわえられないようになっている」
当然だ。鉄血の暴走が始まって以降、それまでに稼働していた人形もそれ以降に製造された人形も等しくそのためのセーフティがかけられている。
それは簡単には外せないし、ましてや人形が自力でそのセーフティを解除することなんてできない。
が、何事にも例外というモノは存在するものだ。
「さて? 今の銃声で色々騒ぎにもなっただろうし、アナタ達には色々と吐いて貰うことにはなるわよ。……結構やばいことするつもりだったらしいしね」
言いながら、ちらりと男の子の方を見る。
私をここまで連れてきてくれた子猫を抱きしめて、安心したように頬ずりをしていた。子猫の方も、気持ちよさそうに目を細めている。
そこへ、銃声を聞きつけた治安部隊が路地へと押し寄せてきた。
「まったく。とんだ災難だったわね」
チンピラどもを治安部隊に引き渡し、私達が基地への帰路につく頃には辺りは真っ暗だった。
今はジェリコに車の運転を頼んで、安全運転でのんびりと帰り道を走っている。
事件について一段落してから、ジェリコもネゲヴもどうにも居心地が悪そうな表情をしていて一言もしゃべらない。
まあ、理由の想像くらいは付くものだけど。
「ところで二人共。どうして私の電話に出なかったの?」
少しだけ低い威圧的な声で問いを投げかける。あの状況で電話に出ろというのは無茶な話かもしれないが、それならそれで無理だったという口を二人から直接聞いておかなければならない。
理由はどうあれ、上官からの連絡を無視し続けたのだ。そんな行動をした理由を、しっかり彼女達の口から言わせることでケジメはつけてもらいたい。
私の問いかけにはジェリコがすぐに切り返して来るものかと思ったけれど、見ればかなり苦い表情をしていた。
ジェリコは何を言うべきか迷っているように口を何度か開いたり閉じたりしていたけれど、やがて意を決したように口を開いた。
「指揮官……その……私は」
「私が悪いのよ指揮官! 私がジェリコを変に連れまわしちゃって、そしたらチンピラに追いかけられている男の子を見つけちゃって……」
「そのまま守ろうと逃げ回ったり、応戦してたから応答できなかったと?」
聞き返すと、ネゲヴは俯きながら首を縦に振った。その目は何かを恐れていて、それでいて私に対する敵意にも似たものが混ざっている。
でも、今はその敵意についてを問い詰めるべきではないだろう。それよりも先に、ネゲヴの発言が正しいものかジェリコに確認する必要がある。
「ジェリコ。ネゲヴの言っている通りで間違いない?」
「……はい。その、指揮官」
「何かしら」
ジェリコが、何かを悔いるように視線を下に落としたように見えた。
「すみませんでした。勝手な行動をとってしまって。いかなる処罰もお受けします」
「なっ……ジェリコ! 違うの、指揮官! 悪いのは私よ! だから……」
「ネゲヴ、黙りなさい」
ジェリコがネゲヴを冷たく突き放す。ネゲヴはショックを受けた様に目を見開いて、それから悔しそうに唇をかみしめて再び俯いた。
この子達は、今までこうしてずっと二人でお互いをかばいながらここまで来たんだろう。
多分、こうやってジェリコが自分ひとりで責任を負おうとしてネゲヴがそれをかばって。ジェリコだけが何らかの処分を受けることになれば、ネゲヴはわざと別の問題を起こして自分も一緒に処罰を受けようとしたんじゃないだろうか。
この二人の関係は、なんとなく私と45を感じさせるものがある気がする。
むしろ、私達よりも悪い意味でお互いのつながりが強いんだろう。一つ所に留まれず、頼れるのはお互いだけ。
だから、ネゲヴはお互いが離れることを何よりも恐れて無茶をする。ジェリコは彼女に責任や重責を押し付けまいと自分で抱え込もうとするけれど、多分内心じゃネゲヴのそういうところに甘えているんじゃないだろうか。
本気でネゲヴを守ろうというのなら、おそらくジェリコだけが先にどこかへ飛ばされて二人一緒にいるということはなかっただろう。
人形としては失敗作と言ってもいいくらいかもしれない。上官の指示を無視して、挙句謝罪の言葉も処罰を受けるその理由も、ただお互いが一緒にいたいから。
まるで子供だ。それもわがままな子供。
ここで人形として不適切な行動だったと、責めるのは簡単だ。いや、実際に不適切だったんだからそこを追求する必要はある。
そもそも、二人が私の元を勝手に離れていかなければ彼女達はこんな問題は起こさなかっただろう。
でも、忘れちゃいけない。その身勝手な行動が、結果的に一人の少年を救った。
問題行動を追及はすべきだ。それでも、彼女達は自分達の正義に従ってあの故も知らない少年を守ったのだ。
「二人共。事情はどうあれ、私からの連絡をすべて無視したことについては大いに問題があるわ。それも、あんな銃を持った連中に囲まれて応援を呼ぼうともしなかったこともね」
二人の表情が硬くなる。悪いけど、ダメなことはダメといっておかなければならない。
「処罰は、甘んじて受けるつもりです」
「わ、私も……いや、私が!」
「ジェリコ、ネゲヴ。まだ私の話は終わってないわよ」
二人の言葉を遮って、私は続ける。
「アナタ達の問題行動について、そもそも私がアナタ達の単独行動を許したことにも問題はある。でも、問題行動は問題行動。処罰をしないというのは他の子達に示しがつかない」
いつだってそうしてきた。情状酌量の余地があったとしても、私は必ず問題行動を起こした子達には相応の処罰を下してきたつもりだ。AR小隊の時も、スコーピオンの時もだ。
二人が覚悟を決めた様な、死地へ赴くような表情になる。……まあ、処罰を下すと言われてそんな顔になるのは仕方がないか。
「二人共、明日中に始末書書いて出しなさい」
「……は?」
素っ頓狂な声を上げたのはジェリコだ。運転しているから私の方をじっと見ていたりはしていないけれど、一瞬だけ向けられたその目は、驚きとやはり敵意だろうか。
「それだけ、ですか?」
「不満?」
「私達は人形です。人形が、指揮官の指示や連絡を無視するなんて本来はあってはいけない事態です。それこそ鉄血のように反旗を翻したら、どうするんですか」
「そう。じゃあ、もう一つ処罰追加ね。……今度私とカフェで同席して。ついでに甘いモノ食べて感想も聞かせて」
私の『処罰』を聞いてネゲヴはあっけにとられたような表情を、ジェリコもそう言う表情を一瞬見せて、けれどすぐに怒りの形相に変わった。
「……バカにしてるんですか」
「あいにく大真面目よ。ジェリコ。特にアナタにはウチのやり方をしっかりと理解してもらう必要があるからね」
「私達は戦争の道具です。指揮官のお茶のお供じゃないです」
「だから?」
「だから、もっとマシな処罰を下してください。解体するとか、本部に送還するとかあるでしょう」
「そうね。アナタ達がいなくてもウチの基地の戦力は十分だし、そうするのもアリね」
私の言葉に、ネゲヴが怯えた表情を見せるのが視界の端に映った。
「でも、あいにくソレは出来ないの。アナタ達にはしばらくウチにいてもらうし、私のやり方にも慣れてもらう。だから処罰は変えない」
ここで彼女達を放り出したら、何のためにクルーガーがここに二人を送ってきたというのか。
普通に考えて、たらいまわしにするくらいなら解体してメンタルモデルを初期化した方がずっと楽なはずだ。それをしないで、あのヒゲオヤジは私のところに二人を送ってきた。
そこにどんな理由があるかは分からない。案外、感情に基づく理由かもしれない。それでも、理由もなしにそんなことをする男ではない。
であれば、私が今までの指揮官と同じような対応をするわけにもいかない。
それに、二人の態度はとても他人事のようには思えないのだ。
他者に対する擦れた態度、たった一つの心の支え、それを守るためならどんな犠牲もいとわないその姿勢。
もしも私が、私と45が彼女達と同じ立場になったとしたら……。
「すぐに私のやり方に慣れろとは言わないし、納得しろとも言わない。アナタ達の過去は知ってるけど、今はソレについて聞く気もない」
「…………」
「まあ、のんびりやっていきましょうよ。アナタ達は、人間を見たらすぐに銃をぶっ放す鉄血ではないんだし、時間はあるでしょ?」
私のその言葉を最後に、二人はそのまま喋らなくなった。
自分でも言ったけれど、時間はある。また、時間をかけなければいけないことでもあるだろう。
私が45と心を通わせるのだって時間がかかったんだ。じっくりゆっくり、運が良ければ一気に心を開いてくれる日が来るかもしれない。
……とりあえずは、帰った後で45とかに今日のことをどう説明するか言い訳考えておかないとなあ。
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