女性指揮官と戦術人形達のかしましおぺれーしょん【完結】   作:笹の船

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恋する乙女はままならない

 いつもの書類仕事も一段落したので息抜きでカフェに顔を出してみれば、416がカウンター席で何か本を読んでいるのが見えた。紙媒体の本なんて、このご時世結構レアじゃないかな。

 

「あら、416。隣いいかしら?」

 

 私が声を掛けると、416は髪を耳にかけながらこちらをちらりと見た。うーん、大人の色気。私もこういう動作したらもうちょっと大人っぽく見えるんだろうか。

 

「ええ。いいですよ」

「ありがと。スプリング、ココア頂戴」

「かしこまりました」

 

 私のオーダーに、スプリングが飲み物の用意を始める。416は再び手にしている本に目を落としていた。

 

「紙媒体の本なんて珍しいわね。何を読んでるの?」

 

 邪魔しちゃ悪いかなとは思ったけど、珍しいものを見てしまったので気になって仕方がないのだ。何を読んでるか位は教えてもらってもバチは当たらないと思う。

 

「これですか? ……9から読め、と押し付けられた恋愛小説ですよ」

 

 恋愛小説とはまた意外だな。この子はあまりそういうのを好かないイメージだったけど。

 

「あら、アナタそういうのに興味あったの? 意外」

 

 私の言葉に416がため息を吐きながら首を横に振る。表情もどこか嫌々、といった感じだ。

 

「違います。最初は興味が無いって断ってたんですけど、9が余りにも読めとうるさいから黙らせるために読んでるだけです」

 

 ああ……まあ確かに9はその辺結構押しが強そうだ。でも、そこまで押すっていうコトはよっぽど読ませたかったんだろうか。9がそこまで推す小説、どんな内容なのかが気になる。

 

「ねえ416、それどんなお話なの?」

「え。指揮官、興味あるんですか?」

「そりゃ、アナタが根負けするまで9がおすすめする本よ? ちょっと気になるじゃない」

 

 ああ。と416が納得したように声を漏らす。そして一瞬また苦い表情に戻った。よっぽど強引にプッシュされたみたいね。

 そうして、416からどんな感じの話なのかのあらすじを聞かせてもらった。

 どうやら、優秀な技術者の男が一体の戦闘ロボット用AIを作成し、そのAIを搭載した女性型ロボットと行動を共にするうちに情が移り、やがてその情は愛へと変わっていく。そして、二人は仕事よりも愛の為に組織から逃げ出す、という話らしい。

 

「私には、組織から逃げ出そうなんて考える二人の行動が理解できません。……って言ったんでしょうね。ほんの少し前の私なら」

 

 そう言った416は、柔らかい微笑みを浮かべた。どこか自嘲的な笑みでもあったけれど。

 

「あら。じゃあ、今は理解できるの?」

 

 私の問いかけに、416の表情が少し困ったような微笑みへと変わる。

 

「いえ。理解が出来るか、というのNOですね。そもそも、誰かを好きになる、ということが良く分からないんですから」

「あら、それじゃあなんで理解が出来ない、って言いきらないの?」

 

 私の問いに、416はクスクスと笑ってこちらを見た。

 

「だって、私の前にいるじゃありませんか。人とロボット。そんな違う存在を愛し合ってる二人が。実例を目の前にして、あり得ないとか理解できないと思考停止するほど私もバカじゃありませんよ」

「あ、あはは……なるほどね」

 

 なんかちょっと恥ずかしい様な、複雑な気分なような。改めて言葉にされると、いかに自分が人としておかしなことをしてしまっているのかが分かる気がする。

 別に、45と一緒になったことに後悔はない。でも、後ろめたさのようなものを全く感じていないかと言われれば、正直微妙なところだ。

 ふと、416が私を見つめていることに気が付いた。そのライトグリーンの瞳に、自分の顔が映されている。

 

「ねえ、指揮官。誰かを好きになるって、どういうことなんですか?」

 

 飛んできた質問は、この話の流れなら至極まっとうなもの。けれど、彼女のそんな問いを満足させられるような答えを、私は持ち合わせていない気がした。

 思わず、眉間にシワが寄る。一体、どういうことだろう。

 

「……そうね。恋は盲目、って言葉があるんだけどさ。知ってる?」

「いえ……ですが、この小説を読んでて意味はなんとなく分かります。あの男性も、ロボットも。理性的な判断が出来ていれば明らかにするべきでないと分かる選択をしていましたから」

「まあ、そういうことなのかも。誰かをどうしようもなく好きになっちゃうとさ。本来やるべきだったこととか、そういうの全部ほっぽり出して相手と一緒にいられる道を選びたくなっちゃうのよ」

 

 もし、あの世でも45と一緒にいられる。そういう保証があって、私と45のどちらかが死ななければならないという状況になってしまったら。きっと私は、45と一緒に死ぬ道を選ぶ。45が同じ選択をしてくれるかは分からないけれど……。してくれたら……嬉しいけど、それはそれで悲しい様な気もするな。

 416は、どこか納得したような表情をしていた。

 

「確かに、45と喧嘩した時は指揮官も熱出して安静にしているべきだったのに、わざわざ私達を迎えに来てましたよね」

「あ、あー……そうね。……人を好きになるって、中々ままならないものよ。やっぱり」

「そうなんですか?」

 

 コトリ、とすぐそばでカップが置かれる音が聞こえた。

 ふと顔を上げれば、スプリングがニコリと笑いながらココアを置いてくれたところだった。

 ありがとう、と一言お礼を言ってココアを一口飲む。甘くて、まろやかな味が口いっぱいに広がった。

 ふう、というと息が思わず漏れる。

 

「……で、どこまで話したんだっけ?」

「人を好きになるって、中々ままならないものってところまでですよ」

「ああ。そうだ。誰かを好きになる、その人に好きになってもらいたい。そうなるとね……たまらなく怖くなるのよ」

「何が、怖くなるんです?」

「嫌われること。あるいは、失望されること。……そして、必要とされなくなること」

「…………」

 

 あの風邪を引いた日、45と喧嘩をしたのだってこれが理由だ。戦術人形の指揮官という肩書。それはつまり、前線に出て戦うことが出来ない立場になったということでもある。

 私は、いつも前線で戦ってきた。敵を叩きのめして、誰かを守る。あるいは救う。日本でいうところの一殺多生の概念に近い生き方をしてきた。それが、私が出来るただ一つの生き方だったから。

 ソレが出来なくなった。いや、やろうと思えばできる。でも立場がそれを許さない。私は、今まで自分がやってきた生き方が出来なくなった。

 最初はそれでもよかった。とにかく、復讐さえできればと思っていたし。

 

「今でもさ。ときどき思うのよ。私は、もう前線じゃ大して役に立たなくなった。だから、指揮官としてやるべきことくらいやれないと、ここにいるべきじゃないんだって」

「…………」

 

 416は何も言わない。けれど、その透き通ったライトグリーンの瞳はじっと私のことを捉えて離さなかった。

 

「怖いよ。皆に、45に必要とされなくなってしまったら……って思うとさ。そうなった時、私はどうやって生きていけばいいか、もうわからない」

「そんなことはないと思いますけど。宿舎にいる時の45、アナタの話になると普段より笑顔が増えてますから」

 

 それはいいことを聞いた。見えないところで、あの子が私のことを好いていてくれるというのが分かる話っていうのはいつ聞いても嬉しいものだ。

 それでも、そんなあの子に嫌われる日が来ないという保証はどこにもない。私自身の行動次第で確率を限りなく0に近づけることは出来ても、0にはならない。心というのは、感情というのはそういうモノだ。

 また、ココアを一口飲む。少しぬるくなってしまった。そのせいか、まろやかな舌触りが粘着質なそれに代わってしまった気がした。まるで、気持ちの冷めてしまった相手へのネガティブな感情そのものみたいだ。

 

「なるほど。確かに、ままならないものですね。……でも、少し羨ましい」

「416?」

 

 ふと416の方へと向き直れば、彼女はほんのちょっぴり寂しそうな笑顔を浮かべていた。

 

「自分ではない、誰かのために心を乱すほど夢中になれる。私には、そんなことできないですから」

「アナタM16に随分ご執心だったじゃない」

「アレは恋とは言わないと思います。どっちかというと、嫉妬と羨望ですよ」

「ふぅん? まあ、それが出来るならアナタも恋は出来そうね」

 

 私がそういうと、416は良く分からないといった風な表情をした。

 

「私もね。最初は45が嫌いだったのよ。未熟な自分を見せられているみたいで、すごく見ていて気分が悪かったから」

「確かに、最初は指揮官達露骨に険悪でしたものね」

 

 あの頃はひどかった。指揮官だというのに、私情を優先して場の空気を悪くするようなこともしてしまっていたものだ。何度スプリング辺りに小言を貰ったか分からない。

 

「でも、気が付いたら好きになってた。……まあ、恋なんてそんなモノよ」

「適当ですね」

「そのくらいの方がいいのよ。きっと。好きになろう、なんて考えるよりはさ」

 

 再びココアを口に含む。とろりとした甘さが口の中で引っかかって、そして喉を奥へと落ちていった。

 

「指揮官。ありがとうございました。これで9には満足してもらえそうな感想を返せそうです。お礼に、ココアご馳走しますよ」

「あら、嬉しいわね。じゃあ、甘えちゃおっかな」

 

 その後、二人でまた他愛のない会話をしているところにM16と45がカフェへとやってきた。

 416はいつものごとくM16に噛みついて、私は45に引きずられるように司令室へ戻る。

 変わらないいつものやり取り。これが、ずっと続いてくれたらいいな。

 

「ねえ、45」

「? どうしたのシーラ」

「好きよ。これからも、ずっと」

 

 それは不安をかき消すための愛の言葉だったかもしれない。心変わりするのは自分の方かもしれないという、そんな不安。それをかき消したくて。

 そんな私の心中を察したのか、45は柔らかな笑みを浮かべて私を抱きしめてくれた。

 

「私も。ずっと、アナタを愛してる」

 

 ふわりと、45の香りが鼻をくすぐった。うん。きっと、大丈夫。そうだよね。

 お互いの気持ちを確かめ合うように、私達はそのまま抱きしめ合っていた。

 




ちょっとまた最近調子悪いので、更新ペース落ちるかもです。

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