これも皆様の応援があってこそだと思っています。
ここで皆様に感謝を。
本当にありがとうございます!!
裏路地に佇むのは二人の青年。一人はシルクハットに燕尾服という場違いななりのジャティス=ロウファン。ジャスティスは自分に相対する、もはや青年とすら言っていいのかわからないそれを見て、顔を歪めた。
「遂に目覚めたようだね!僕の好敵手となりうる者よ!!」
興奮が込められた声音で、ジャスティスは叫ぶように言い放つ。それに対して、目の前の青年はケタケタと嗤い続けるのみ。
「シン...どうしちまったんだよ...」
「シン...」
その場で完全に置いてけぼりを食らってしまったシスティーナとグレンは、突如として現れたシンシアにそう言葉を投げ掛ける。それにシンシアはゆっくりと目を向ける。
その目に、二人は背筋がなぞられるような悪寒を感じた。まるで、獲物を見るかのようなその瞳にはいつものような優しさは感じない。
「オマエラハ...アとでだ...」
シンシアの口から出たはずのそれを聞いた二人は、直感的に理解した。
これは、シンシアではないと。
そのままシンシアの皮を被ったなにかは、もうグレンたちに興味を無くしたのか、視線をジャスティスへと向け直す。そして━━
それはグレン達の目の前から消えた。
「え?」
「は?」
二人が驚きを声に乗せるのと、
ジャティスが壁に吹き飛ばされるのはほほ同時だった。
「がっ!...は...」
ジャティスは自分の体に痛みが走ることで、やっと自分が攻撃されたのだと理解した。それほどまでにそれの動きは常軌を異していた。
だがジャティスはそれに、顔をより笑顔に歪める。
「くくく...それが!それが君の正義かシンシア=フィーベル!!歪み狂ったその自己犠牲、その極致がその姿ということか!!良いだろう!やはり君は僕が見込んだ通りだった!!!」
それを言い終わると同時に、ジャティスは手を振りかざす。
手袋から舞い散る
ジャティスの背後に並ぶように、
奇怪な姿をした精霊達は、狭い路地のなか高速で移動しながそれを貫こうとする。
「ヤバい!避けろシン!!」
それの脅威がどれだけの物かを理解しているグレンは、それに呼び掛ける。
だがそれは動じるような素振りも見せず、ニタニタと嗤いながら、
「《━━■■■》!!」
人には理解出来ない言葉を紡ぐ。すると、急激にグレン達の周りの温度が下がり始める。
「なんかやべぇ!!」
長年培ってきたグレンの戦闘勘が、異常な危機を察知したためシスティーナを抱きながら横に転がるように動く。すると、変化はすぐさま起きた。
シンシアを中心に、地面が凍り始める。そして【
その色は、まるでたくさんの絵の具を混ぜ合わせた濁った水を凍らせたかのような色をしており、シンシアへと近づく【
「ははは...あははははははは!!」
そしてシンシアは狂声をあげなからジャティスへと近寄っていく。そのスピードはさっきのような超高速ではなく、グレンの目でも追える速度だ。
近づくにつれてシンシアの両手に黒い稲妻が迸り、それは彼の両手にまとわり着くように流れ始めた。
だがそれを許すジャティスではない。直ぐさま再度
「あははははははは!コワレロ!コワレロ!!!」
それでもシンシアは止められない。もはや人の域を出た動きをしながら、【
それもただ倒すだけでは飽き足りないのか、徹底的に粉砕し原型すら残さない。それはまさに破壊の権現そのものだった。
さらにジャティスは【
強く風が吹き始めたかと思うと、それは渦を巻き始め巨大な竜巻を作り上げた。【
「くっ...!」
「きゃああああああああ!!」
飛びそうになるシスティーナをどうにか抱きながら、グレンはボロボロの体に鞭を打って堪えようとするがそれすら叶わないほど、裏路地に吹き荒れる暴風は強力だった。
そのまま飲まれると思った瞬間、グレンの体を何かが持ち上げ竜巻の発生地から遠ざけていった。
「ふう...どうにか無事のようだねグレン」
「なんで俺を助けた...」
グレンとシスティーナを助けたのは、なんとジャティスの
「君を倒すのはこの僕だ。それ以外に君は殺させないよ。それよりも...」
ジャティスはニヤニヤとした笑みを消し、真剣な表情になると収まっていく竜巻の中心地を見る。
辺りにあった家々は見る影もなく、石畳は剥がれ割れた窓ガラスが散乱している。そこに、最初見たよりも顔の黒の紋様がさらに広がったシンシアが、じっとこちらを見る姿が。
「彼をどうにかしないと、フェジテは消えてなくなるよ?」
「待て!あいつに何があった!!」
「聞きたいかい?彼の身に何が起きたのか...」
シンシアはまた獣のような咆哮を轟かせると、晴れやかだった空がどんよりとした灰色の雲に覆われていく。
そして、空から無差別に黒い雷が降り注いだ。
「ぐおっ!?なんちゅー火力だ!!」
「さすがは古き竜の言葉だ。まさかこれほどの威力とはね...僕の予想以上だよ」
「...ちょっと待て、お前今なんて言った?」
グレンはその時、ジャティスの口から出た言葉が信じられずもう一度聞き直す。聞き間違いであってほしいとグレンは切に願ったが、現実はそう甘くはなかった。
「彼が使っているのは、竜の使う言語による
「そんな事あるわけねぇだろうが!!あいつは人間だぞ!?人に
竜が唱える事が出来る特殊な言語によって放たれる魔術で、生息地一帯の自然現象と天変地異をも支配することが出来、この特性があるからこそ、竜は自然の王者として恐れられている。
それは人間には絶対に使えないはずなのた。そう、人間には━━━
「彼、シンシア=フィーベルはもう人間を辞めてるよ?」
「え?」
そこで素っ頓狂な声をあげたのは、先程から沈黙を貫いていたシスティーナだった。
「し、シンが人を辞めたって...」
「彼はついこの前あった遠征学習で起こった事件の中、敵側に拉致されていたそうだね?」
いきなりの脈絡のない話に、グレンもシスティーナも呆けたままジャティスの話に聞き入る。それを見たジャスティスは気にする事もなく、話を続けた。
「あの白金魔導研究所では、キマイラの製造も行っていてね。その一つとして、ある実験が行われていたんだよ。その名も...『
「なんだと!?」
その計画に、グレンは聞き覚えがあった。それは二年前、帝国宮廷魔導士団に所属しているときに資料を見たのだ。
「けどあれはもう何年も前に失敗してるはずじゃ...」
「話はここで終わらないんだよ。後日、宮廷魔導士団が白金魔導研究所を調べたところ、あるはずの物が一つ無かった。それは、たった一体だけの成功例の血が入ったサンプル。それが見つからなかったんだ。」
グレンの中で、最も想像したくない事が頭に過り始める。
「そして不審な事に、そのサンプルは最後に白金魔導研究所の前所長であるバークス=ブラウモンが持ち出していた痕跡が残っていた。注射器にいれてね...そしてその注射器は、ある牢の中で壊れた状態で発見された。その牢は、彼シンシア=フィーベルが拘束されていた牢だ」
「まさか...」
「そう、そのまさかだよ...」
グレンの顔からどんどん血の気が引いていく。一体シンシアに何があったのか、それを理解した。理解してしまったのだ。
「先生...一体どういう事ですか...?」
「......『
ぼそりぼそりと、グレンは告げたくない真実を告げていく。
「結局成功例はたったの一体、それにろくに生きる事も叶わずに死んじまった。けど、そのサンプルだけはあの時あの研究所に残っていた。そして......」
そこでグレンは言い澱んでしまう。言うべきなのか言わざるべきなのか悩むがそれは杞憂になってしまう。
「シンシア=フィーベルは、それを体に取り込んで半竜人となったということだよ」
ジャティスが無慈悲に、システィーナに真実を告げたからだ。
「え?シンが...竜人?そんな、嘘ですよね先生...」
「悪いけど、これはもう本当だろうね。そうでなきゃこんな天変地異は起こせないよ」
今も目の前で荒れ狂うように落雷が響き、暴風が吹き荒れ、絶対零度の黒い氷柱が至るところに作り上げられている。
その発生源であるシンシアは、先程からジャティスが話ながら放っている
「さてどうするグレン?このままほっておくと、本当にフェジテは跡形もなくなるよ?」
「わかってる!けど━━━」
グレンの言葉が最後まで言われるよりも早く、グレンは自分に向けられた強烈な殺気に即座に後ろに飛んだ。するとグレンが元いた場所に、黒い雷を全身から迸るシンシアが拳によってクレーターを作り上げる。
(こいつ...!!俺との距離は数十メトラはあったぞ!?それを一瞬で詰めたってのか!?)
あり得ないその動きに目を見張ると、グレンはあることに気がついた。シンシアの足や腕から、ボトボトと血が流れているのだ。だが、今のところシンシアに自分達がダメージを与えた覚えはない。
(まさかあの動きに、体が耐えれてないのか?)
よくよく考えればわかることだった。いくら竜の血をのみ、擬似的な竜人になったとしても肉体はただの人間であるのだし、これからそうなるのだとしても完全に馴染むほど時間は無かったのだろう。
「ちっ!こうするしかねぇのか!!」
グレンは懐から愚者のアルカナを取り出し、『愚者の世界』を起動する。それによってシンシアは
「ジャティス!今回だけだ、手を貸せ!!」
「元よりそのつもりだよ!!」
グレンの言葉に呼応するかのように、ジャティスは手袋から粉末を撒き散らす。
ジャティスが使う
だからこそ、今この状況では完全な優位をとることが出来るのだ。
ジャティスが呼び出した【
「あがぁぁぁぁ!!」
背中を大きく切り裂かれ、シンシアは弾かれたように距離を離す。だがジャティスの【
「先生やめさせて!このままじゃシンが!!」
「わかってる!けどこうするしかねぇんだ...」
システィーナはそこでやっと、グレンが拳を強く握るあまり手から血が流れているのがわかった。グレンも本当ならばこんな手は使いたくはない。
自分の教え子を救えないばかりか、その教え子を傷つける自分に罪の意識が襲う。
「がぁぁぁぁぁぁ!!!」
奇声をあげながら、シンシアは素手で【
まさに一方的な戦闘は、先程とうって変わってシンシアの劣勢となった。グレンもシスティーナも、予知に近い行動予測が出来るジャティスですらこのまま終わると思っていた。
だが、竜の血はそう甘い物ではなかった。
「がぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
シンシアが大きく叫んだその瞬間、シンシアの背中からどす黒い色の粒子が溢れ出た。そしてそれは徐々に形を作っていき、やがて真っ黒な翼となった。
その黒い翼をはためかせ、シンシアは空を飛ぶ。その勢いでジャティスが呼んだ
「まさか...自分のマナを具現化したとでも言うのか?」
ジャティスが感嘆の声を漏らしながら、今の現状を冷静に判断した。
今シンシアが行ったのは、自分の体内にあるすべての魔術のエネルギー源となるマナを強引に引っ張りだし、自分の好きなように形作ったのだ。
それは錬金術を極めたと言っても過言ではないジャスティスですら出来ない芸当。自分のマナ自体を操るなんて事は、まさに神業に等しい行為なのだ。
だがシンシアはそのまま飛び続けると、遂に『愚者の世界』の範囲から抜ける。抜けた瞬間、両手に黒の雷を宿し急降下する。
そしてその急降下でついた加速力が加わった一撃が、
ジャティスに叩きつけられた。
勢いのあまりジャティスがいた建物は崩壊し、瓦礫の山とかした。だがそれだけでは終わらず、再度浮遊すると今度は狙いをグレンへと変え、その翼をあおいで肉薄する。
もう既にジャティスとの一戦で満身創痍だったグレンに、それが避けられるはずもなく重い一撃がもろに体に加わる。
「先生っ!!」
システィーナの悲痛な叫びも意味は成さず、グレンはぼろ雑巾のように屋根の上をごろごろと転がっていく。肋骨が折れ肺に刺さったのか呼吸が上手く出来ず、口からは血反吐を吐く。
(くそ...体が...痺れて動かねぇ...)
シンシアの一撃によるダメージと、込められていた電撃による効果がグレンの動きを完全に止めてしまう。
そこへ、シンシアは最後のとどめを刺そうと近づいていく。一歩、また一歩とグレンにかけられた死神の鎌は着々とその命を刈り取ろうとしていく。
もうあと数歩で届くという所で、シンシアの足は止まった。システィーナがグレンの壁になるように立ちふさがったからだ。
「もうやめて...シン」
「......」
「もうこれ以上先生を傷つけないで!あなたはそんな人じゃないでしょ!!」
真っ黒な翼をはやし、顔を黒い紋様で埋め尽くした異形の存在となりつつあるシンシアはシスティーナの話を無表情で聞き続ける。
「あなたはもっと優しかったじゃない!無差別に暴力を振るったり、破壊を楽しんだりする人じゃない!!バカで、能天気で、軽口が多くて、困っている人をほっておけないぐらいお人好しで、努力家な人だった!だからお願い、戻ってきて!シンシア!シンシア=フィーベル!!」
「......」
シンシアはシスティーナの話を聞き終えると、またゆっくりと歩を進めながら殴るように腕を後ろに下げる。
「逃げろ白猫!!」
グレンがそう叫ぶがシスティーナは逃げることが出来ず、ぎゅっとその場で目をつむった。
そして振り下ろした拳は━━━
シンシア本人へと叩きつけられた。
「「え??」」
困惑のあまり、二人はそんな声をあげた。シンシアは殴ったダメージで少しふらふらと歩きながら声をあげた。
「オレハ...オレハ...シンシア...ソうだ、オれはシンだ!ノまれて、たまるか!」
狂喜に歪んでいた目の片方だけが、いつものシンシアの物へと戻った。顔の黒い紋様も、少しだけ消えている。
シンシアの中で、消えかけていた自分自身がシスティーナの真摯な呼び掛けによって蘇り始めた。心の中で、どす黒いなにかと復活したシンシアの意識が激突する。
取り込んだ竜にほぼ飲み込まれていた彼の内面を、少しずつシンシアが取り戻していく。
(なんで忘れていた...こんな大切な事を!もう、もう俺はお前に飲まれない!!)
(コワセ!ツブセ!コロセ!!)
(断る!俺は、俺は!!正義の魔法使いになるんだ!だから━━━)
「「シン!!!」」
「飲まれて、たまるかぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
先程までの唸り声ではなく、シンシア自身の言葉が口から出た。それと同時にシンシアの背中からはえていた黒い翼がシンシアの中へと戻っていき、顔の黒い紋様も頬に残るだけとなった。
すべてが収まると、シンシアは力なく膝をついた。
「シン!」
そこへシスティーナが歩み寄る。すると、
「へへっ。ただいま」
ぼろぼろの体にニカッとした笑顔を浮かべて、シンシアがシスティーナにそう応えた。
「もう...ホントに馬鹿なんだから...」
そしてシスティーナがシンシアに触れようと手を伸ばして━━━━
シンシアの体に強烈な重圧が乗り掛かった。
「がぁ!!ぐっ...重い...」
あまりの重みに、シンシアはそのまま屋根の上で横になる。いきなり起こったことに思考が追い付かないシスティーナとグレンに、しわがれた声が響いた。
「やれやれ。やっと押さえられたか...」
「だ、誰!?」
システィーナがそう叫ぶ。すると、辺りから魔導士のローブを羽織った者達が複数現れた。彼らは右手をシンシアへと向けており、全員がシンシアへと【グラヴィティ・コントロール】を使って拘束している。
「あのローブ、宮廷魔導士団だと!?」
グレンは彼らの服装に見覚えがあった。それはまさに帝国に忠誠を誓う魔術軍隊、宮廷魔導士団のローブそのものだったのだ。
「いったいなんで今さら...」
「それは簡単な事じゃ。」
その一団の中で、最も老齢の男性がシンシア達の前へと現れる。そしてシンシアを指差しながら、こう言った。
「帝国の脅威となりうる存在を、我々が放置しておくわけなかろう」
「脅威だと...?まさか...」
グレンがなにかを言おうとするよりも早く、その老齢の魔導士は口を開いた。
「シンシア=フィーベル。竜人であり、その力はアルザーノ帝国の多大なる脅威になりうるとして、貴様をここで捕縛する!!」
力強い言葉で宣言されたそれは、システィーナとグレンに大きな衝撃を与えるには、十分だった。