遅くなってしまいました。
だが私は謝らない!(嘘ですごめんなさい)
それでは六巻の内容です。どうぞ!
主人公のいない日常
システィーナの結婚騒動から、はや数週間が経った。
アルザーノ帝国魔術学院には今久しぶりの平穏が帰ってきている。
だが、平穏なのにも関わらず二年次生二組の教室はどこか暗い雰囲気だった。
それぞれが笑って会話はしている。しているのだが、その笑顔は少し固い。まるで、取り繕っているかのような笑みを皆が浮かべていた。
それは一重に、教室の中にポツンと空いてしまった席にある。
そこにいつも座って授業を受けていた級友は、もう教室にはいない。
結婚騒動の終わりと同時に宮廷魔導士団に捕縛されたその青年、シンシア=フィーベルはこの数週間まったく姿を見せていない。
あの後、彼らには宮廷魔導士団から直々に箝口令が敷かれ、シンシアについての事はすべて口止めされている。黒い雷や暴風が起きたことは、ジャティスとグレンによる戦闘の影響だと言うことに表向きはなっていた。
クラスの中でも中心人物であり、ムードメーカーであった彼の消失は、クラスの者達からすれば大きな物だろう。
だが、そのクラスメイトよりも彼の消失に心を痛める者達がいた。
空席になったシンシアの席の隣で、システィーナとルミアは悲しい面持ちで教科書を握っていた。
「もう数週間も経つのね。」
「そうだね...」
暗い声音で話すその内容はやはりシンシアについてだ。家族同然だったルミアと、実の弟が居なくなった事に二人は心を痛めていた。特にシスティーナはなぜ彼が宮廷魔導士団に捕縛されたのかを、身をもって理解しているため余計だ。
「私が、私が気がついてれば...私が自分の事ばっかりになってたから...」
「そんな風に言っちゃダメだよ!気がつかなかったのは私も同じだもん」
教科書を握る手を震わせながら、そう言うシスティーナをルミアが遮る。あのときから、システィーナはシンシアへの罪悪感で一杯だった。
あの時自分の事だけでなく、もっと周りが見えていれば。
あの時もっとシンシアに詰めよって、抱えている物を話させれば。
もうありもしないたらればの話だが、それがシスティーナを苦しめていく。それはルミアだって同じ話だった。
だが、そんな二人すらも越えるほど影響が出た少女はルミアの隣で光が灯っていない目で虚空を見ていた。
「リィエル大丈夫?」
「うん...大丈夫...」
そんな上の空で返すリィエルだが、彼女心中はまったく大丈夫ではなかった。
リィエルにとっての大きな柱となっていたシンシアが居なくなった事で元々少なかった口数がさらに減り、いつもよりも輪をかけて無表情となっていた。
リィエルはその特殊な過去から、何かに依存する癖がある。それは最初はグレンに向けてだったが、遠征学習の後からはその対象がシンシアへと変わっていたのだ。
その対象が消えてしまった、もう会うことが出来ないかもしれないという事実がリィエルに与えたダメージは計り知れない。
そんな重い空気が流れる教室のドアが勢いよく開かれるのは、ルミアとリィエルの会話のすぐ後だった。
「おーし授業始めんぞ~」
空気を読まないような声が教室にとどろいたと思うと、グレンが講師用のローブを翻しながら教卓の前に躍り出た。それによって喋っていた生徒達も各々が自分の席へと戻っていく。全員が席に座ったのを確認し終えると、グレンは話始めた。
「授業が始まる前に、お前らに一つ言いたいことがある」
と、教卓を叩きながら話すグレンに生徒達は真剣に耳を傾けている。
「お前らってそうやって教科書読みふけって満足するのか?」
いきなりのその発言に、教室はざわめき立つがそれを無視してグレンは話続ける。
「魔術師ってのは世界の真理を探求するんだろ?そんなちゃちな教科書にのってるもんで事足りん分けないんだよ!」
いつもの気だるげなグレンから一変、そこには魔術を熱く語る一人の男の姿があった。
「俺はお前達にもっと世界の広さを教えたい、お前達の魔術師としての未来のために!と、言うことで今度俺が行く遺跡調査にお前らを連れていくことにした。」
「「「!?!?」」」
クラス中がその言葉に驚きを隠せない。遺跡調査とはその名の通り、魔術的に何かしらが眠っているとされる古代の遺跡の調査の事だ。ここアルザーノ魔術学院でも度々メンバーを募集しているが、行けるのはほんの一握り。
それを連れていってもらえるのだから、生徒達が色めき立つのも仕方がないだろう。
「因みに今回行くのは有名な『タウムの天文神殿』だ。危険度は最低のFクラス、お前らが危険な目に合う可能性はほぼゼロだ。さぁ先着8名!行きたい奴は手をあげろ!!」
ザワザワと騒ぐ生徒達。そんななか、ギイブルがため息混じりに立ち上がった。
「おかしな人ですね、遺跡調査は
「だから言ってるだろ?お前らの見聞を広めるためだって━━」
「定期報告論文のネタがなく、首のかわをどうにか繋げようとしているけれど、そんな上位の魔術師を雇う金はないから生徒を使う、ではなくてですか?」
「ぎくっ!!」
グレンはあからさまにギイブルから目を背ける。その額には冷たい汗が流れており、動揺しているのはまるわかりだった。
「せ、先生!?本当に論文を執筆してなかったんですか!?」
「あんた何やってるのよ!!」
「ななななななんの事だか僕は知らないなぁ~」
裏返るその声は、それが真実ですと暗に告げているのとほぼ同義だったため、生徒達はすぐにそれを理解した。
「と、とにかく!遺跡調査に行きたい奴は手をあげろ!というか挙げてくださいほんとマジで...」
もう半分涙声になって懇願する我らが教師のあられもない姿に少し引き気味になるなか、二人の生徒が手をあげた。
「先生、その遺跡調査、私達にお手伝いさせてください」
「か、勘違いしないでよね!私はただ『タウムの天文神殿』の調査に興味があるだけだから!!」
「お前ら...」
そこで上げたのはシスティーナとルミアだった。二人の正反対な態度に、グレンは少し笑みが溢れた。
「サンキューな。お前らが行くなら...リィエル!お前も行くか?」
二人のとなりに座るリィエルにグレンは呼び掛ける。すると、緩慢な動きでリィエルはグレンの方向を見た。
「二人が行くなら...私も行く」
「わかった」
いつもよりも力のない声に、グレンは心配そうな目で見たが参加者のリストにリィエルの名前を書き加え視線をはずした。
その後メンバーは順調に決まっていき、メンバーはシスティーナ、ルミア、リィエル、ギイブル、カッシュ、セシル、リン、テレサ、ウェンディとなった。グレンの予定よりも人数が一人増えたが、それはグレンのポケットマネーでどうにかする事になった。
そんな慌ただしさのホームルームが終わり、今から授業を始めるというときだった。
「ちょっとリィエル来い。お前ら俺が戻るまで自習にしといてくれ。」
グレンはそのまま教室から出ていく。名を呼ばれたリィエルはゆっくりとした動きで席をたつ。
「ちょっと行ってくる」
システィーナとルミアにそう言って、リィエルはグレンのあとをおって教室から出ていった。
━━━
グレンがリィエルを連れていったのは、学院の屋上。爽やかな風が気持ちよく吹くが、二人の気持ちは爽やかではない。
「リィエル、大丈夫かお前...」
「......」
屋上に着くなり告げられたその質問に、リィエルは答えない。無言を貫きながら、その光が灯っていない目をグレンに向けるのみ。
「私は大丈━━」
「嘘つけ。毎日毎日そんな泣きそうな顔してて、大丈夫な訳ねぇだろうが。白猫やルミアの前で強がってるのはわかってんだよ。」
そう吐き捨てるように言うグレンの顔は、やるせなさが満ちていた。グレン自身も感じているのだ。自分の生徒を守れなかったこと、自分の無力さを。
今回、生徒達はグレンが論文を書き終えていないがために起こったと思っているが現実は違う。
実はグレン、もう既に魔術論文は書き終え学院側に提出してあるのだ。今回のこの遺跡調査自体、グレンが学院長であるリックに頼んで行かせてもらうことになったのだ。
目的は最初述べたような生徒の見聞を広めること。そしてもう一つは...
生徒の精神的な部分の回復だ。
グレンも今のクラスの重く苦しい雰囲気を察知しており、それが数週間前の事件によってシンシアがいなくなった事が深く関わっていることも理解していた。そんな生徒の気分転換に少しでもなればという、グレンの思いやりから始まったものだったのだ。
「俺の方でも、あいつについては調べてる。わかり次第お前や白猫達には伝えてやる。だから、今は待ってやれ。あいつは俺達に帰ってくるって言ったんだから」
手すりに体を預け、空をあおぎながらグレンは呟いた。それは後ろで少し涙を流すリィエルを見ないようにした、グレンの小さな配慮だった。
「けど、今ぐらいは泣いてもいい。ここには俺しかいないんだから...」
「うん...!うぅ...」
ポロポロと流れる涙は、止まることがない。
リィエルは悩んでいたのだ。
彼女はルミアの護衛としてこの学院に送り込まれたのだ。そんな自分が弱々しくしていてはいけないという感情と、シンシアという心の支柱がなくなった悲しみがせめぎあっていた。
それが今、グレンからの温かな言葉で少し溶けていくのがリィエルもわかった。
(会いたい...会いたいよぉ...)
リィエルはそう強く願うが、それは叶わない。
彼は今や国家に対する脅威と見なされ拘束中。下手をすればその拘束は一生外れることはないかもしれない。
わかっていても、グレンはリィエルに帰ってくると優しく言うしかない。それが嘘になるかもしれないとわかっていても、今目の前で泣く少女にそんな現実を突きつけるのは良心が許さなかった。
(早く...早く帰ってこいシン!いつまでこいつらを悲しませるつもりだよ!!)
その怒りが無力な自分への苛立ちを込めた八つ当たりであると理解していても、グレンはそう思わざるを得なかった。
━━━
それから一週間が経ち、ついに遺跡調査の前日となった。
この一週間山のようにあった仕事をどうにかすべてこなしたグレンは、フェジテの南にある小さなバーで一息をついていた。今日来たのはここである人物と待ち合わせをしていたからである。
「すまない、遅くなったな」
「そんな待ってないから問題ねぇよ」
「そうか」
バーの扉を開けてグレンの隣に座ったのは、グレンが帝国軍の宮廷魔導士だった時の同僚であるアルベルトだった。今日アルベルトをここに呼んだのはグレンだ。
「しかし、お前も変わったものだ。あれほど教師として仕事をするのを嫌がっていたのに、今ではその生徒のために仕事を増やすとはな」
「言ってろ...」
アルベルトは頼んだブランデーで喉を潤し、グレンの方へと向き直った。
「それで、俺をここに呼んだ用件はなんだ」
「お前もわかってるだろ、シンの事だ。あいつは今どうなってる?」
真剣な表情で、グレンはアルベルトを睨むように尋ねた。この数週間、グレンは講師としての仕事の傍ら、魔導士時代の知り合いを伝にシンの所在や現状を調べていたのだ。
だがこれと言っていい情報を得ることは出来ず、地団駄を踏んでいるときに有力株であるアルベルトに接触出来たということだった。
グレンの質問に唸るような声を出しながら、アルベルトは答えた。
「悪いが答えられない。」
「は?」
「聞こえなかったのか?それについては話せないと言ったのだ。お前らの生徒と同様に俺にも箝口令が敷かれている。だから答えられない」
「知ってはいるってことか!」
怒気を込めたグレンの声に、アルベルトは目を積むって答えない。それは暗にグレンのその問いかけを肯定しているのだと、グレンは即座に理解した。
「どこにいるかだけでも...」
「上の命令だ。悪いが答えられない」
そこには固い意志があった。これ以上は意味がないとグレンは悟り、苦い表情のまま手元の酒を一気に飲み干した。
「生きてはいるんだな...?」
「それは保証する」
「今はそれで十分だ」
その情報さえグレンにとっては大きな収穫だった。
「ついでだ。今天の智恵研究会は大きな動きは見られない。しばらくの間は安全だと言えるだろう」
「そうか...」
「だが今はそちらよりもジャティスの方が気になる。先日未明、宮廷魔導士団の討伐隊がジャティスを補足したが、返り討ちにあい全滅だ」
「あいつは一体何がしたいんだ!?帝国も天の智恵研究会も敵にまわして!!」
今最も帝国が警戒しているのは、つい最近あったフェジテでの騒動での容疑者であるジャティス=ロウファンだ。元宮廷魔導士団の所属で、凄腕の錬金術師。
そしてその予知とも思えるほどの正確無比な行動予測は、意図も簡単に帝国を手の上で踊らすことが出来るほどだ。
だが帝国だけでなく、天の智恵研究会の集まりですら攻撃の手を緩めないジャティスに、その目的は誰にもわからない。
「隣国のレザリアとの統治正統性を巡る緊張も高まりつつあるし、聖キャロル修道会の動向も気になる。今軍が懸念しなければいけないことは非常に多い。」
そう語り、アルベルトはグレンに切り出した。
「帝国軍は現状を鑑みて、俺を一時的に中央に戻すこととなった。」
「ちょ、ちょっと待てよ!!」
その無視できない発言に、グレンは席を勢いよく立ち上がった。二人以外誰もいない店のなかで、その音は気持ちいいほど響いていく。
「今のリィエルにルミアの護衛を一任するつもりか!?あいつは今精神的にも大変だってのに!!」
「お前の言うこともわかる。だがまだ俺も話を終えていない。少し落ち着け」
激昂するグレンをアルベルトが沈めると、グレンは納得してない表情のまま座った。
「こちらも今のリィエルの状態も理解している。そのため、王女の護衛に新しく人を寄越す事になった。」
「人?特務分室か?」
その問いにアルベルトは首をたてに振る。だがグレンには寄越される人に覚えがなかった。
ルミアの護衛となれば、学院に潜り込めるような年齢の人物と限られてくる。だがグレンが所属した登場、学院に入れるような年齢の者はリィエルと《法皇》のクリストフだが、クリストフは天の智恵研究会の方の仕事で追われていると聞く。
「てことは新人か?」
「ああ、お前もサポートしてやってくれ。」
そう言うと、アルベルトは代金だけを置いてバーから出ていった。
「新人か...また大変な奴じゃなきゃいいんだが...」
また増えるであろう心労に、少しため息がグレンの口から溢れるのだった。
そして、遺跡調査の日がやって来るのだった。
六巻は四話ぐらいで終わると思います。
次の投稿をお待ち下さい!