あんまし進まなかったぜ...
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『タウムの天文神殿』への道のりであるアールグ街道には、一台の馬車がその緩やかな道のりを歩んでいた。
街道の周りには小高い丘がいくつかと、うっそうとする茂みがあるだけでそれ以外はきれいな更地となっており、気持ちのいいほどの快晴がよく映えた。
「勝てない...何故...?」
そんな晴天の空とは反対に鬱屈とした面持ちで馬車の中でグレンは横たわっていた。その理由はというと...
「あら♪また私の勝ちですね」
「あり得ない...こんなのあってはならない...」
「テレサ運強すぎないか?」
「僕も勝てる気がしないよ...」
満面の笑みでカードを握るテレサに、唖然とした表情でそれを見るカッシュとギイブル、そしてセシル。
最初はグレンが賭けとしていい始めたこのポーカーだったが、元々グレンはあっさり勝てるものだと疑っていなかった。これは自信過剰や見栄などではなく、経験としての話だった。
グレン自身、よくギャンブルと称してカジノに入り浸ってる訳なのだし、また同僚である《隠者》のバーナードから直伝でイカサマも教えてもらっている。
そんなグレンが負けるはずがなかったのだが、それをテレサの剛運が全て塗り替えていく。
いざやってみるといくらグレンがイカサマを仕掛けようと、テレサはあっと言う間にデカい手を打ち込んでくる。最早神に好かれているとしなか思えないほどだった。
「まじでこれ現金賭けてなくてよかった...賭けてたらすっからかんだったわ...」
ついさっきポーカー最強の手であるロイヤルストレートフラッシュをされたグレンやカッシュ達の戦意は完全に折られ、悲しく空を仰いでいる。
そこでグレンは自分のいる馬車の一階から、上の女子がたむろしている二階へと目を向けた。
「聖歴前古代史は、創世記、神代、パンデモニアム紀、旧古代紀、中・後期、新古代前期・後期──...と何紀にも分類されているんだけど、このいわゆる今、アルザーノ帝国がある場所にかつて存在したという超魔法文明は───(略)。古代人が使用していた魔術は今の私達にとっての魔法であって、私達では理解できないものなの。だから────」
二階では考古学マニアであるシスティーナが目を爛々と輝かせながら熱弁を振るっており、それ以外の者はそれを苦笑いしながら見ていた。
「御愁傷様だな...」
生け贄となった何人かに合掌して視線を外そうとするが、そこでグレンは遠くを見るような目で座っているリィエルが目についた。
(やっぱ不安だな...今のあいつは遠征学習の時なみに不安定になっちまってる。あんなんじゃルミアの護衛もうまく勤まらねぇぞ...)
今のリィエルは少し目を離せば簡単に壊れてしまいそうな危うさを内包している。そこにグレンは不安を感じざるを得なかった。
(新しく増援が来るとは聞かされたが、情報が少なすぎねぇか?)
昨日の夜アルベルトと別れたグレンが家に戻ると、軍から正式にルミアの護衛に増援を寄越すとの書状が来ていた。そこに書かれていたのは以下の通り。
一つ、その者のコードネームは《吊られた男》。
二つ、その者はつい最近特務分室に入った者。
三つ、その者の情報は超重要機密のため情報公開は最低限となる。
(超重要機密って...特務分室自体が機密部隊なのに、それに輪をかけて秘密にする奴ってどんな奴だよ...)
半ば呆れながら考えるが、そこまですると言うことはかなりの腕利きなのだろう。グレンがいた当時は《吊られた男》の席は元から空席となっていたのでどんな者なのかは知らない。
(まぁ出来れば早く来てほしいもんだ。そうしてもらわないとこっちも色々と困る━━)
と、そこまで考えた時グレンは思考を止めざるを得なくなった。
乗っていた馬車が急に動きを止め、馬車を引いていた馬がけたたましく嘶いたのだ。
「なんだ!?」
驚いて外を見ると、辺りはさっきまでいた街道ではなくなり薄暗い森のなかに入っていた。
(ちっ!少し物思いに耽って辺りへの警戒が緩んでいた!いつの間にこんな所に...)
そこでグレンの視界の端に黒い影が動いた。そちらに視線を移すと、そこには何体もの狼型の魔獣の姿があった。
「シャドウ・ウルフか!また面倒な!!」
シャドウ・ウルフとは、真っ黒な毛並みに鋭い爪と牙が特徴的な魔獣だ。その鋭い牙や爪も厄介だが、それよりも脅威なのはそのスピード。シャドウ・ウルフの速さは、並みの魔術師でも狙うのは至難の技だ。
「俺が行くしかないか!」
腰に差していた愛銃であるペネトレイターを引き抜きながら馬車から飛び降り、とりあえず目の前の二体の眉間を、寸分違わず撃ち抜く。
「リィエル!手伝ってくれ!俺一人じゃ結構キツイ!!」
馬車に近づこうとするシャドウ・ウルフの三体をファニングという拳銃の操作技術で素早く撃ち抜いた。普通ならその高等技能を少しは周りに誉めてもらいたいところだが、現状それは叶わないとグレンは悲しくなってくる。
「リィエル!リィエル?」
いくら呼んでも来ないリィエルに不審に思ったグレンが馬車の上を見ると、リィエルは呆然とシャドウ・ウルフが迫ってくるのを見ていた。
「何やってんだあいつ!」
「先生!」
なぜか動かないリィエルに歯噛みしていると、上からルミアがグレンを呼ぶ声が聞こえ注意をこちらに向けたがもう遅い。
自分へと迫り来る二体のシャドウ・ウルフの姿が目に入ってしまう。
(ヤバい!!)
グレンは本能的に死を悟った。グレンの愛銃であるペネトレイターに入る弾丸の数は六発。最初の二体に二発、そのあとの三体で三発使ってしまっているため、今手元のペネトレイターの残弾は一発。
今が現役の魔導士の時ならば直ぐ様一体を撃ち抜いた後、一瞬でリロードして二体目を狙う事もできるだろうが残念ながら一年というブランクは重く、グレンは動くことが出来ない。
「!?グレン!!」
そこでやっと動けるようになったリィエルがグレンの名を叫ぶのだが、グレンはもう両手を前で交差し防御の姿勢になるしか出来ない。
来るであろう痛みに目をつぶる。だが、来たのは痛みではなく魔獣の悲鳴だった。
「は?」
グレンは目を開けると、自分の目の前には馬車を引いていたはずの御者が立っており、その手には一世代前の主流武器である
その剣は生徒の目から見ても十分過ぎるほどの業物だった。空から降り注ぐ太陽の光を鮮やかに反射するその剣は現在この世界で最高の素材、ミスリルで出来ている物だった。
「お前居たのかよ...」
鮮やかすぎるその剣に惚れ惚れとするシスティーナやルミアを尻目に、グレンはその剣を見るなりペネトレイターに弾丸を再送点して腰に収めた。
「後は任せたぞ?」
御者の方を見ずにグレンは馬車へと戻っていく。すると、御者の姿が消えた。
「え?」
システィーナが驚きからそんな声をあげる頃には、馬車を取り囲んでいた何体かのシャドウ・ウルフが屠られた後だった。瞬きする内にシャドウ・ウルフはどんどん数を減らしていく。その御者の剣技は、まさに神業に等しい物だった。
「なんですのあの剣技は...?」
「すげぇ剣士なんだなあの人」
「ばーか。あれは剣技じゃねーよ。白魔改【ロード・エクスペリエンス】だよ。」
「あれが...魔術...?」
システィーナは目を見張りながらグレンのその発言をアタマで反芻する。圧倒的な蹂躙を見ながら、グレンはその魔術の説明を始めた。
「物に蓄積された思念や記憶情報を読み取って、自分にそれを一時的に憑依させるもんだ。あの剣はかつて帝国最強の剣士と謳われた女の物だよ」
グレンは淡々と告げていくが、それがいかに凄いことなのかはその場の誰もがわかった。
他人の経験記憶を自身に憑依させる。それはとても大掛かりな準備が必要な物だ。それをこんな意図も簡単にやってのけるなんて、普通ならあり得ない。
その者が、普通であるのなら。
最後の一体を御者が屠ると、御者は身に纏っていた長い外套が脱ぎ捨てられる。
現れたのはシャドウ・ウルフと同じ黒のゴシックドレス。そしてそれに相反するような白い肌に、金色の髪が輝きを放つ。
「まったく、もっとかっこよく現れたかったんだがな...」
残念そうにそう呟くその人物を、誰もがあんぐりと口を開けて見た。それは大陸最強の魔術師でありグレンの師である...
「「「アルフォネア教授!?」」」
「よ。皆元気か?」
セリカ=アルフォネアは不敵に笑いながら、生徒達に手を降った。
━━━
遺跡に到着したのは、日がくれた頃だった。
「すごい作りですね先生...」
「俺も来るのは始めてだが、やっぱ生で見るのはまた違うなぁ。」
ルミアとグレンが感慨深く見る視線の先には、巨大な半球状の本殿に無数の柱、さらには意味がよくわからない模様が至るところに描かれているなんとも不思議な光景だった。
もう既に周りでは各各がテントを張ったり、夕飯の準備に取りかかるなか、神殿の近くを通る生徒達もその光景に興味津々と言わんばかりにそこへ視線が誘導されているのがグレンにもわかった。
「あれ?そういえばリィエルはどこに行ったんですか?」
「あいつならセリカと一緒に周りの哨戒を頼んだ。今頃森の辺りをウロウロしてんじゃないのか?」
「アルフォネア教授が一緒なら安心ですね」
ルミアが胸を撫で下ろすようにそう言うと、グレンは少し渋い顔になった。
「やっぱり心配だったのか...」
「はい。リィエル、シン君がいなくなってからどこかおかしかったですし」
悲痛な面持ちで話すルミアは、手を強く握っていた。
「先生...シン君は帰ってきますよね?」
「......生きてはいる。俺はまだそこしかわからない。けど、俺はあいつが戻ってくると信じている。それしか出来ないんだけどな...」
自嘲気味にグレンは笑って見せた。もう一番の有望株だったアルベルトがそこまでしか話せなかったのだ、グレンに出来ることはもうなにもないと言っても過言ではない。
グレンも、シンシアの無事の帰還を祈る他ないのだ。
「だから、気長に待とうぜ?」
「はい...」
苦し気な二人の声に、月はもうしなさげにだけ光を照らしていた。
━━━
森のなか、リィエルとセリカが剣を振るいながら魔獣を退けているが、二人の様子は正反対だ。
セリカは片手で余裕そうに魔獣を払い除けているのに対して、リィエルの動きはぎこちなくミスが多い。それに珍しくもう息が上がっている。
「ええいやめだやめ!」
「?」
一通り片付けたとき、セリカは大きな声を出して剣を地面に刺した。それにリィエルは不審げにセリカを見やる。
「動きも雑だし注意も散漫!だめっだめだぞリィエル。」
「ん...」
少ししゅんとした感じでリィエルは答えた。その表情には陰りがあるのをセリカは見逃さなかった。
「シャドウ・ウルフに襲われた時もお前動けなかっただろう?何を迷ってるんだ?」
「......」
両手で持つ大剣の先が少し震える。リィエル自身もわかっているのだ、シンシアがいなくなったことで自分の中に迷いが生まれていることを。
咄嗟の判断が前までのようにうまくできなくなった。いや、それが本当に正しいのかわからなくなったと言った方が正しいのかも知れない。
「私は何をするのがいいのか、わからなくなった。今まではそんなの考えてこなかったけど、そのせいでシンに迷惑をかけてた。だからシンは捕まる事になった...」
リィエルはシンシアが何故捕まったのかというのを、グレンからかいつまんでだけ話されている。難しい事はリィエルにはわからなかったが、ただ一つ、自分の勝手な行動がこの結果を生んだということは理解していた。
「だから、また私のせいで誰かに迷惑をかけるんじゃないかって...それが、私には怖い...」
グレンには吐露できなかったその言葉を、セリカは静かに聞いていた。そしてすべて聞き終えると、彼女は話始めた。
「シンはな、よく私の所に来てたんだよ。」
「?」
いきなりの発言に、リィエルは意図がわからず首をかしげた。
「あいつはなかなか向上心があるやつでな、やれこんな魔術を教えてほしいだのやれこの文献の意味はなんなんだだのもうかなり質問されたよ。まるで昔のグレンを見てるみたいだった。」
楽しげに話すセリカは近くの木に背中を預けながら、話を続ける。
「そこである日あいつが私の部屋で質問している時、たまにはこっちから質問してみようと思ってな、なんでそんな必死になって魔術を覚えるんだって聞いたんだよ。そしたらあいつ、なんて答えたと思う?」
「......わかんない」
首を横に降りながら、リィエルはそう答えた。
するとセリカはニヤリと笑いながら、こう答えた。
「『正義の魔法使い』になるんだと、もう本当に昔のグレンの写し見だと思ったよ」
クックッと笑いながら話すセリカを、リィエルはまだその話の意味を理解できずに首をかしげている。
「お前達三人組やクラスの奴ら、困っている人や泣いている人を助けられるような人になりたいって言ってたよ。」
そこまで話すとセリカは体を木から離し、リィエルの方へ笑顔で向き直った。
「自分が何をすべきなのかわからなくなるときは確かにある。それは私にだってだ。そんな時は、誰かの願いや思いを借りるのが良いと、私は思うぞ?」
「誰かの...思い...」
ぼそりと呟くその言葉に、リィエルは思考を巡らせる。誰の願いを借りるのか、それはもうわかりきっていることだろう。
「私は、ルミアやシスティーナ、みんなを守りたい。シンがしていたみたいに。ここが、シンの居場所だから。私が守りたい場所だから」
そういつも通りの無表情でリィエルが言うが、そこにはもう暗さはなく固い意志が込められていた。
それを見たセリカはどこか安心したように微笑んだ。
「なんだ、そうやって自分の意志が言えるんじゃないか。成長したな、リィエル。」
セリカは地面に刺した剣を抜いて、グレン達がいるテントの方へと戻っていった。
二人が戻ったあと、いつも通りに戻ったリィエルを見てルミアとグレン、システィーナにクラスメイトがほっと胸を撫で下ろしたのはまた別の話だ。
━━━
ほぼ同時刻、帝都オルランドの特務分室室長室には室長である深紅の髪の女性とは別の人物が訪ねていた。
「もうそろそろ出発ね。あなたの任務はわかっているわね?王女エルミアナの護衛を《戦車》、そしてあちらにいるグレン=レーダスと協力して行うこと」
月明かりが窓から入り込む部屋のなかでは、大きなデスクの前にある椅子に座る室長のイヴ=イグナイト。特務分室で《魔術師》のコードネームを持つ彼女が話す相手は、なかなかに奇妙は格好だった。
服は特務分室用の対魔術戦用の黒を基調としたローブに黒のスーツを着込む全身真っ黒と言った具合の見た目。顔には真っ白の仮面がつけられており顔は見えず、髪も服と同じく漆黒で肩までの長髪。
イヴの前で立つ青年は言葉を話さず、変わりにポコポコという音と共に、つけている真っ白の仮面に文字が浮かび上がってきた。
『フェジテに向かえばいいのか?』
「いいえ、今二年次生二組はグレンの先導のもと『タウムの天文神殿』に向かっているわ。あなたにはそこへ向かってグレンに接触しなさい。」
『了解』
響くのはイヴの声のみだが、その青年のつける仮面のお陰で会話は成り立っている。
『今から向かっていいのか?』
「ええ構わないわ。精々私の駒として働きなさい、あなたはそのために私が直々に引き入れたんだから。」
『確かにあなたには感謝している。あなたのお陰で色々助かっている。』
きれいな姿勢のまま、男は微動だにせずに仮面の奥からイヴを見る。仮面の特殊な作りにより、仮面には視界を開けるための穴は空いていないが、魔術によって男からはイヴが見えているのだ。
「なら行きなさい。私も暇ではないのよ。ここから『タウムの天文神殿』まで五日程度ね。それまで馬車で過ごすことになるわ」
『問題ない。』
そう言うと、仮面の男は踵を返して部屋から出ていった。それを確認すると、イヴは窓から見える月を眺めながら呟く。
「お手並み拝見といこうかしらね。コードネーム、《吊られた男》」
さっきまで自分の目の前にいた仮面の男のコードネームを口にしながら、まるで新しいおもちゃを手に入れたかのようにイヴは笑った。
次回!天文神殿の本当の姿が露になります!!
お楽しみに!!