最後にその手が掴むもの   作:zhk

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水着沖田早く来ないかな~

石の貯蔵は十分だ!!

さぁ来い!!絶対お迎えしてやる!!

まぁ関係ない話はさておき、本編どうぞ


わたしを優しく包んだのは

オルタンシアside

 

最初はただの憧れからだった。

 

皆の前で先導するように立つ、母の凛々しい姿に惚れ惚れしたのがすべての始まりだった。

 

『お母さん!私もそんな風になれるかな?』

 

『ふふっ、オルタンシアもなれるわよ。でもそのためにいっぱい勉強しなきゃいけないの。出来るかしら?』

 

『出来るもん!私もうお姉ちゃんだし!』

 

『頼もしいわね』

 

微笑みかける母に、私は尊敬と憧憬の瞳を向けていた。

 

数年経って、私は魔術を使うことが出来るのがわかった。

 

最初はほんの小さな火を起こすくらいしか出来なかったのに、私にとってはとても嬉しく感じた。

 

巫女になる最低条件は、魔術師であること。一先ず第一関門を突破出来た事が、まだ幼い私には十分喜ばしいことだったのだ。

 

『お姉ちゃん!私も魔術が使えたの!!』

 

『そうなの!?よかったですね!!お姉ちゃんも負けないように頑張らないと!!』

 

当時、私よりも先に魔術が使えていた姉は、まるで自分のようにそれを喜んだ。そんな姉を越えて、私が龍の巫女になるんだとその時は意気込んでいた。

 

が、地獄はそこからだった。

 

『あそこのお姉さん、学院で首席だったんですって!!』

 

『聖リリィ女学院始まって以来の天才って呼ばれてるらしいわよ!!』

 

『さすがは聖女様だわな。』

 

『それに万人に優しいんだもん。あそこまで出来た人はなかなかいないよ』

 

姉は天才だった。

 

入学試験はトップで合格し、他の追髄を許さない圧倒的な実力は、すぐに町すべてに広まった。

 

それと合わせ、どんな人に対しても分け隔てなく接する優しさを兼ね備えた姉は、その実力のせいで敬遠されることもなく、皆に愛されるようになった。

 

『でもそれに比べて・・・』

 

『オルタンシアちゃんも頑張ってるんだけどねぇ・・・やっぱりぱっとしないというか・・・』

 

『必死すぎて周りが見えてないし、この前も上手くいかなくて周りに当たってたらしいぞ?』

 

『マジかよ・・・お姉さんとは大違いだな・・・』

 

私には、姉のような才能はなかった。

 

一を聞いて姉が百出来るなら、私が出きるのは十に満たない。そんな私と姉を比較するような声がよく飛んだ。

 

貶すように、バカにするように。

 

『リリィちゃんは偉いねぇ、まだ小さいのに物知りで。』

 

『私は魔術が使えないので、皆の役にたつような知識を蓄えておいた方がなにかといいのです!論破です!』

 

『すごい子よね、まだ十歳にもなってないのに・・・』

 

『秀才なんだろうな。将来が楽しみだ』

 

少し時間が経つと、今度は妹が皆の注目の的になっていった。私や姉と違い生まれつき魔術が使えなかった妹は、姉や私よりもたくさんの本を読み、たくさんの知識を蓄えていった。

 

そんな健気な姿勢がよかったのか、妹も姉と同じように町の人気者になっていった。

 

私だけが、日陰者だった。

 

町を歩けばひそひそと陰口を叩かれ、後ろ指を刺されることなんて何度あったかわからない。

 

けれど、それでも諦められなかった。

 

あの時見た母の凛々しい姿が、私の頭から離れることは一度たりともなかったのだ。

 

だから私は、周りがなんと言おうと努力をやめなかった。がむしゃらに、ただひたすら走り続けた。そして━━━

 

『次代の龍の巫女は、オルタンシアです。より精進するように』

 

遂に私は龍の巫女に指名された。本当に嬉しかった。今まで夢にまで見た者に、私が遂になれたんだという達成感が心を占めていった。

 

姉も、妹も、母も父も祝福してくれた。これからさらに私も頑張っていこうと思った。

 

だが、周りはそうではなかった。

 

『なんで 龍の巫女があいつなんだよ・・・』

 

『実力ならお姉さんの方が高いのにな・・・』

 

『あの人も見誤ったか・・・』

 

『でもお姉さんは元から体があまりよくはなかったから、消去方なんじゃない?』

 

『あーあ・・・リリィちゃんが魔術を使えればなぁ・・・』

 

『しっ!!滅多な事言わないの!!聞かれてたらどうするのよ!!』

 

町中の人々が、私に向かって冷たい視線と言葉を送ってきた。やれ姉の体が丈夫だったら、やれ妹に魔術が使えたら。誰一人として私の次代龍の巫女の継承を喜ぶものなどいなかった。

 

私がこれになるためにどれだけ努力したか、こいつらにわかるのか?私がどれだけ血の滲むような思いをしてきたわかっているのか?

 

『周りの言葉なんて気にしないでください。あなたはお母様が選んだんですから、もっと胸を張っていいんですよ?』

 

姉はそう言って私をよく励ました。

 

けどそれはあんたに実力があるからだろう?あんたも他と同じように思ってるんだろう?

 

『シャンとしてください!それじゃベーテン家の名折れですよ!!もっと頑張ってくださいね!!』

 

妹はそうやって、私に激励を送った。

 

けど私はこれ以上何をがんばったら皆は認めてくれるの?もっと具体的に教えなさいよ。

 

日に日に増えていくストレスによって、私は姉や妹に八つ当たりをする日々が続いた。それによってさらに周りの視線の温度が下がっていき、それに苛立ちまた力を奮う。最悪の悪循環だ。

 

もう、龍の巫女なんて肩書きすら私には重荷になってしまった。あれだけ望んで焦がれた物を手に入れた結果がこれなんて、悲しすぎやしないだろうか。

 

その時くらいからだろうか。授業をサボるようになっていったのは。

 

もう今さら頑張ったところで何も得るものはないし、得たいものもない。したところでどうにもならないのなら、やらない方がマシだ。

 

そんな惰弱な日々を過ごしている時だった。あの女が私に声をかけてきたのは。

 

『私と来るなら、あなたを嗤うすべてを焼かせてあげるわ。あなたの実力を十二分に評価してあげる場所に連れて行ってあげる。どう?魅力的じゃなくて?』

 

魅力的なんて言葉では片付けられなかった。私の弱い部分を優しく包み込むような甘い甘い言葉。

 

息苦しかった場所から解放され、今まで自分をバカにしてきた奴等への復讐が出来るのだ。断る理由がない。

 

私はその誘いに、二の句を言わせずに了承した。

 

そこに、幼い頃の純粋な憧れに満ちたオルタンシア=ベーテンはおらず、ただ嫉妬と憎悪の炎に焼かれた、哀れな女が佇んでいるだけだった。

 

━━━━

 

夜の暗闇の中を走る列車から外の景色を眺める。どんどんと移り変わる景色は、まるで昔の自分の思いのようで反吐が出る。

 

「オルちゃん・・・なんで・・・」

 

「無様ねエルザ、それが利用され続けた人形の終わりよ。」

 

自分の足元で黒魔【スペル・シール】によって拘束されたエルザが涙目でこちらを困惑げに見つめる。

 

「なんでって聞いたわね?復讐よ。私を認めない、私を卑下する奴等すべてへの復讐よ。それはあなたもよエルザ」

 

「っ!?そんな、私はそんな事一度も・・・」

 

「口ではなんとでも言えるわ。」

 

エルザの言い訳を切り捨て、腰に差した剣を握りながら席を立つ。

 

エルザのとなりには同じように拘束されている青髪のチビの姿もある。だがここまで拘束されている状態ならば、いくら優秀な特務分室の執行官といってもなにも出来まい。

 

「ここまで外道だとは思わなかった。白髪頭」

 

「何を言っても、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわね。あなたは今捕虜なのだから無駄口はあまり叩かないことね。」

 

「・・・・・・」

 

じっと睨み付ける青髪のチビを見て、私は心底歓喜する。

 

今まで自分を見下してきた奴等をこうやって地べたに這いずらせるのは楽しくて仕方がない。だがこれはまだ始まりだ。復讐はまだまだ続くのだ。

 

(もう誰にも私を嗤わせたりしない!私を嗤ったすべてを、私が━━━)

 

ニタリと笑みを浮かべたその時、ガンっという大きな衝撃が列車に走った。

 

「っ!?なに!?」

 

「どうやら侵入者のようね」

 

マリアンヌが何事もないようにそういってきた。その顔には微笑が貼り付けられている。

 

「大方グレン=レーダス、いや、それにしては早すぎるわね。ならシンシア=フィーベルかしら?あれだけの大怪我でこちらに来るなんて自殺行為に等しいのだけれど」

 

「あの死に損ないがここに来たの・・・なら、私は止めを刺しに行くわ」

 

「ええ、頼んでいいかしら。私はもう少しゆっくりしていたいし」

 

「それが私の目的への一歩なのだもの」

 

冷酷な笑みを見せつけると、マリアンヌは満足したような顔になった。そんな彼女に背を向けて後方車両へと歩を進めようと━━━

 

「あなたはシンに勝てない」

 

「・・・なに?」

 

後ろから、青髪のチビがそう呟いた。

 

「あなたじゃ、シンに勝てない」

 

「はっ!あんなボロボロの能天気に私が勝てないですって?今までは力を見せてなかっただせで、もう敵ですらない」

 

「・・・・・・」

 

変わらぬ表情でじっと見つめる青髪のチビへそう返しながら、もう振り向かずに私は侵入者のもとへと歩いていくのだった。

 

オルタンシアsideout

 

━━━

 

「《雷精の紫電よ》っ!!」

 

「《白き冬の嵐よ》っ!!」

 

「《大いなる風よ》っ!!」

 

数多の波動が一車両の中で吹き荒れる。それらはすべて一点を狙って放たれたのだが、衝撃の中にはなんともなさげな人の姿。

 

「な、なんなのよこいつ・・・」

 

「バケモノっ!」

 

「 バケモノ?結構結構。てかバケモノで合ってるからな」

 

恐れ戦く少女達の眼前に現れたのは、人ならざる何か。

 

顔のほとんどを黒に染め、背中からどす黒い色の粒子を翼のような形で形成しながら固定し、光の灯っていない目でじっと彼女らを見つめるシンシアがいる。

 

「もう終わりか?呆気ねぇなぁ・・・シス姉くらいはやってくれるって期待してたんだけど、期待外れか・・・おもんな・・・」

 

両手を横に広げ、呆れるようなしぐさをとるシンシア。だが、彼女らからすればシンシアの方が異常なのだ。

 

何十発と撃たれた魔術を何らかの方法で防御しながら、それでも平然としているその態度。それに加えて彼から放たれる強烈なプレッシャー。ただの学生が浴びるには大きすぎるのだ。

 

だが種を明かせば、シンシアが背中のマナを巧みに向かって盾にし、魔術を防御しているだけなのたがそんな事彼女らが知るよしもない。

 

「時間の無駄だな。俺も急いでるし。んじゃ・・・《■■■━━》!!」

 

獣の叫び声が、車両内に響き渡る。それと同時に、その車両に居合わせた女生徒達は白目を向きながら力なく倒れていく。

 

「これ便利だよな。確か打ちのめす叫び(スタン・ローター)だっけ。叫ぶだけで行動不能に出来るんだからありがたいもんだよ」

 

床に倒れる生徒達を歯牙にもかけずに、頭をかきながらぼやく。

 

「もっと強い奴来いよ・・・俺を殺してみせられるくらいのさぁ・・・」

 

と、そこまで喋ると背中のマナが一気に体に戻っていく。顔の黒の紋様もいつもの頬へと移動し、おぞましげなプレッシャーが消えていく。

 

それと同時に、シンシアはカクンと膝をついた。

 

「はぁ・・・はぁ・・・やっぱこんな体でこれを使うのは反動がきついな・・・」

 

肩で息をし、たらたらと流れる血を踏みしめながら立ち上がる。そしてふらつく足元に力を入れ直して、シンシアは次の車両へ行くために扉を開く。

 

「あら、やっと来たのね。その辺りで野垂れ死ぬんじゃないかと思ってたわ」

 

「お気遣いどーも。目的達成まで俺は倒れられないんだけどな」

 

次の車両にいたのは他と違いただ一人、だがこの列車内にいる敵の中で一二位を争うレベルの強さの相手。

 

オルタンシア=ベーテン。

 

「私はあなたの骨を折るくらいの勢いで【ストライク・エア】を撃ったつもりなのだけど、どんな体をしてるわけ?」

 

「ちょっとした裏技があるんだよ。まあどっちにしろ満身創痍にゃ変わりないんだが」

 

「それもそうね。それに━━━」

 

すっと黒い剣をシンシアへと向けながら、冷酷な微笑を見せて告げる。

 

「今からあなたは、ここで私に殺されるんだから。」

 

その宣言通り、黒い剣には炎が灯り初めオルタンシアの戦意を表している。

 

が、それにも関わらずシンシアは不敵に笑って見せた。

 

「なによ、なにがおかしいわけ?」

 

「いんや。ただ少しだけ、俺の話を聞いてくれないか?」

 

「死ぬ前の遺言かしら?」

 

「いいや違うね」

 

真剣な目でしっかりとオルタンシアの瞳を見つめながら、はっきりそれを口にした。

 

「ヒーローによる、救出宣言だ。」

 

「・・・は?あなた頭でも打った?」

 

本当に心配するような口振りのオルタンシアだが、シンシアはいたって真剣である。

 

「洗脳されて裏切った仲間と、囚われた仲間の三人をヒーローが救いに来たって話をするんだよ。それとついでに、お前の魔術についてのネタバラシかな?」

 

「洗脳?あいにく私は自分の意志でこちら側に━━━」

 

「嘘だな」

 

オルタンシアの言葉をぶったぎってシンシアがそう宣告する。それにオルタンシアは目を見張って驚いた。

 

「なんでわかったって顔だな?簡単だよ、お前なんさ俺に似てるんだよ。昔の」

 

「私が、あなたと?」

 

「そう。」

 

近くの壁に背を預け、まるで寛ぐような態度でシンシアはオルタンシアへと話し初める。

 

「誰かに認められたくて必死になってる。けど誰も自分を見てくれないから、いじけて拗ねて周りから目を背けてる。そんな感じ」

 

「っ!?」

 

的の中心を綺麗に射抜いたシンシアの発言に、オルタンシアは内心動揺のあまり剣先が震える。

 

「そうだろ?オルタ。合ってるから、そんな表情を歪ませてるんだろ?」

 

「黙れ・・・」

 

「もっと落ち着いて周りを見ろよ。誰も見てないなんてそれはお前の思い込みだ」

 

「黙れぇ!!!」

 

オルタンシアが怒りの咆哮と共に剣を前に突き出すのと同時に、炎が一直線にシンシア目掛けて飛んでいく。それを横に転がりながら回避するシンシアはどこか余裕そうだ。

 

「あんたに何がわかる!わたしの苦労が、わたしの思いが、私の辛さの何かわかる!!あんたのように誰からも認められる天才には、わたしの事なんて━━━」

 

「わかるよ。だって、俺も一緒だから」

 

淡々と、静かな口調のまま話す。その自分も一緒だという発言に、オルタンシアの動きは止まった。

 

「確かにお前らから見れば、漆黒魔術(ブラック・スペル)は天才の証なんだろうな。こんなの15で作ったなんて言われりゃそりゃそうだ」

 

言葉だけならまるで自慢のように聞こえるそれは、今オルタンシアの耳にはまるで後悔と哀しみに似た何かを込めた独白にしか聞こえなかった。

 

「けど、これは俺の力じゃない。足掻いてもがいた結果、色々捨てて手に入ってしまったもんだ。こんなの俺の力なんて言わねぇよ」

 

手から迸る黒い稲妻を握りつぶして、片手をポケットに突っ込んだ。

 

「実は俺、身体強化と錬金術以外ろくに魔術なんて使えなくてな!【ショック・ボルト】も撃てないんだぜ?」

 

「な・・・」

 

シンシアの宣言に、オルタンシアは絶句した。が、それと同時に納得もした。

 

この十五日間、彼は一度たりとも自分から黒魔術などを使用しなかった。そこにオルタンシアも不審に思っていたが、まさか使えないとは思わなかった。

 

「俺にも夢があったから真剣に頑張ったよ。でもシス姉が超がつくくらい優秀だからさ、俺比較される訳よ。姉貴はあんなに出来るのにって感じで」

 

「・・・・・・」

 

どこかで聞いたような話だ。いや、自分が感じてきた事と彼は同じ事を感じてきたんだ。

 

「だから似てるんだよ。俺とお前。」

 

「ならわかるでしょう?わたしがしようとしている事の意味を。だからあなたは回れ右して━━━」

 

「わかるからこそ、俺はお前を止める」

 

ポケットから手を抜き、手のひらを開けながらシンシアは言った。

 

「お前は努力の意味をわかる奴だ。諦めずに夢を追いかけられる奴だ。そんな奴を、暗い闇になんか落とさせるかよ」

 

「なにあなた、英雄でも気取るつもり?生憎わたしはそんな事を願ってなんかいないわよ」

 

「ならなんでお前はそんな泣きそうなんだよ」

 

はっとした表情になってオルタンシアは車窓から自分を見る。そこに映るのは、まるで大切なおもちゃを壊してしまった子供のような顔。今にもその目から雫を溢しそうな、そんな顔。

 

「お前の努力が誰も認められない?んなことねぇよ。」

 

「いいえそうよ!誰もわたしを認めなかった、誰もわたしを見なかった!!見るのはいつも姉や妹ばかりでわたしはただの比較対象!!」

 

泣き叫ぶような言葉が、オルタンシアの口から溢れた。もう自分の顔を見て、抑えていた感情が爆発してしまったのだ。

 

「皆がそろってわたしをバカにする!あの残念な無能だって!わたしが今までしてきたことも知らないで!!だからわたしの努力なんて誰も認めないのよ!!!」

 

「俺が認めてんだよ!!!」

 

そこで初めて怒鳴ったシンシアにピクッと体を震わせてオルタンシアはシンシアを見る。

 

「あそこまで魔術戦が出来るのはなかなかいねぇよ。うちの学院でもお前を相手出きるのは多分シス姉か俺だけだ。そこには、何度も何度も繰り返さなきゃ出来ないような物がたくさんあった」

 

「それはわたしが龍の巫女になりたかったから・・・」

 

「自分がやって来た事を卑下するなよ。もっと自分を誇れ。そこまで出来る自分自身を」

 

「誇る?そんな事出来るわけないじゃない・・・こんなベーテン家の恥さらしを」

 

「ああもうわっかんない奴だなおい!!」

 

苛立ったように荒い口調でそう言うと、シンシアはガンと床を強く踏んだ。

 

「俺は今!オルタンシア=ベーテンに話してんだよ!ベーテン家だとか、龍の巫女だとか!!そんな外聞どーだっていいんだよ!!俺は、ただ一人の女の子、オルタンシア=ベーテンに話してんだからな!!」

 

「っ・・・」

 

オルタンシアが一歩下がる。

 

シンシアが一歩前に出す。

 

「お前は誰よりも称えられるべき人間だ。俺が誰よりも称えてやるよ。お前はすごいんだって、ここまで頑張れる奴なんだって。他の奴に知らしめてやる」

 

(やめて・・・)

 

「夢のためにひたすらがむしゃらになれることのどこが誇らしくないんだよ。そこまで一途に頑張れる奴なんてそういねーよ」

 

(お願いだから・・・)

 

私に希望を見せないで。

 

これ以上聞けば、きっとわたしはおかしくなってしまう。

 

固かった決意も、すべて砂の山みたいに簡単に崩れ去ってしまう。

 

だからこれ以上・・・

 

(わたしのヒーローにならないで!!)

 

「あああああああああ!!」

 

慟哭に似た叫びと共に、オルタンシアが剣を振り上げる。すると周りに空気の槍が何本も姿を表した。

 

「最後にお前の魔術のネタバラシだ。妙だと思ったんだよ。お前が(予唱呪文(スペル・ストック)なんて高等技術を、俺との一戦で使わなかった事が」

 

無我夢中なオルタンシアには、そのシンシアの声はもう聞こえない。そうわかっていても、シンシアは話すをやめることはなかった。

 

「ならなぜか?答えは簡単だ。(予唱呪文(スペル・ストック)はお前自身の技術ではなく、なんらかの補助によるもんだ」

 

オルタンシアから放たれる風の槍をすんでの所で避け続ける。ある時はしゃがみ、ある時横に飛び、相手に読まれないように多種多様に動きながら。

 

「んで話は変わるんだけど、シス姉って考古学マニアなんだよな。そのシス姉が前に言ってたんだよ。あのメルガリウスの天空城の話のなかで、龍の巫女は無詠唱の武具っていう物を使うって」

 

風の槍を再装填するオルタンシアの顔が、驚愕に満ちていく。

 

「そいつは、使用者の魔術発動を補助して、ほぼ無詠唱で思うがままに魔術を使えるって代物なんだと。そのお前が持ってる剣が、無詠唱の武具なんじゃないのか?」

 

「っ!?」

 

「ビンゴだな!」

 

オルタンシアの反応でわかったのか、シンシアは満足げに笑って見せた。

 

「だ、だからなんだと言うのよ!?あなたに出来ることなにもないわ!!大人しく死になさい!!」

 

「出来ることならある。俺の持つ最強の魔術がな!!」

 

そう叫び、シンシアは走る。それに合わせ、周りに準備していた風の槍を、オルタンシアは一斉にシンシアに解き放つ。その数およそ七本。

 

一つ一つが致命傷になりかねない威力をほこるそれらを見ても、シンシアは焦らない。それどころか、悠長に詠唱し初める。

 

「《乖離せよ・遊離せよ・━━━」

 

それは、オルタンシアも聞いたことのない魔術。けれど迷っている暇はない。ひたすら風の槍を撃ち続ける。

 

そして最初の一発がシンシアの目前に迫ったとき、

 

「我が腕手(かいなで)に・崩壊の兆しあれ》!!」

 

詠唱を終えたシンシアが右手を風の槍に突き出した。すると・・・

 

風の槍が、跡形もなく消え知った。

 

「なっ!?」

 

驚くのもつかの間、シンシアは一気に距離を詰める。その間にも飛んでくる風の槍を片手で遮り消滅させていく。

 

「くっ!!」

 

咄嗟にオルタンシアは無詠唱の武具である黒い剣を突き出すも、シンシアはそれを回避。そして、

 

手を黒の剣に添えた。

 

パリンという気持ちのよい破砕音と共に、無詠唱の武具は跡形もなく砕け散った。

 

「な・・・なんなのよ今のは・・・」

 

「錬金改【マテリアル・クラッシュ】。俺の人生15年をかけて作り上げた、俺だけの切り札だ。」

 

青い光を灯らせる腕を見せながら、シンシアは自慢気に答えた。

 

通常、錬金術とは元となる物質を一度分解し違う物に作り替える技術だ。これから剣を作ったり、壁を作ったりとなにかと応用がよくきく魔術でもある。

 

ならば、この錬金術の過程の一つである物質を分解するというところで止めればどうなるのか。

 

その魔術が触れたあらゆる物質は粉々となり、最強の矛となり得るのだ。

 

この魔術をエンチャント風に腕に宿し、その腕で敵を殴るこれこそがシンシアの切り札、【マテリアル・クラッシュ】である。

 

【マテリアル・クラッシュ】を無効化させ、シンシアはオルタンシアを見つめる。その目は、何かに絶望したようだった。

 

なにも言わず、シンシアは静かにオルタンシアを抱き締めた。

 

「っ!?!?!?ち、ちょ、ちょっと!!」

 

「つらかったな。もう大丈夫だ、お前が頑張ったのは俺がよく知ってる。だから・・・」

 

「もう素直になっていいんだぞ」

 

その言葉を切り目に、オルタンシアの視界は歪む。

 

怒りや憎悪、哀しみからではない。

 

純粋な嬉しさが、彼女の目から水を溢れさせたのだ。

 

「ううっ・・・わたし・・・わたし・・・!!」

 

「よく頑張った」

 

「誰も・・・誰も見てくれなくて・・・でもわたし頑張って・・・みんなに認めてほしくて・・・!!」

 

「わかってる。だから安心しろ」

 

優しく声をかけながら、背中をさするシンシアの胸に顔を押し付けながら嗚咽を鳴らして涙を流すオルタンシア。

 

今日という日まで、誰も理解してくれなかった自分の心を、理解してくれる人が現れてくれた。

 

自分のヒーローが、やっと来てくれたのだ。

 

籠らせていた感情を吐き出し、涙に濡れるオルタンシアが顔をあげようとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルタンシアの体が、シンシアに横に突き飛ばされた。

 

「え?」

 

何が起こったかわからずに呆然とするのもつかの間、彼女の顔に何かがかかった。

 

それは赤く、暑く、鉄の臭いのする液体。

 

血だ。

 

飛んできた方向をすぐ見て、オルタンシアは絶句した。なぜなら・・・

 

「ごっ・・・かはっ・・・」

 

「あなたなら最後まで自分の意志を通してくれると思ったのだけど。残念ね」

 

自分に優しい声をかけてくれていたシンシアの胸へ、マリアンヌが持つ剣が深々と刺さっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 





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