最後にその手が掴むもの   作:zhk

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さて、今回で八巻はシューりょ~でーす。

長かった・・・まぁ長かった理由の大半は僕にあるんですけどねはいすみません・・・

そんな訳で、どうぞ。


現実は、時に冷たく心を貫く

 とりあえず、リィエルを襲ったこの一連の騒動はどうにか収まった。

 

 俺が気絶したあと、すぐにグレン先生達がオルタンシアに合流。加えて仲たがいをどうにか解消したリィエルとエルザともなんとか出会えたのだとか。

 

 マリアンヌは列車の強盗と営利誘拐の罪で緊急逮捕。ざまぁ見やがれと言った感じだが、どうやら発狂したせいで自白の魔術を使ってもろくに今回の事件の全貌が把握できないらしい。

 

 他のメンバー、もっとわかりやすく言うとマリアンヌ側についていた女子生徒達はマリアンヌから洗脳を受けていた痕跡が残っていたため、一時的な停学と謹慎処分でどうにかなると言うのをグレン先生が言ってた。

 

 リィエルの傷もあまりたいした事はなく、俺も実質マナ切れだけだったので大事なし。

 

 そしてリィエルの短期留学も、上層部を強引にでも首を縦に振らせる結果をリィエルが残したので無理矢理だった落第退学も取り下げ。

 

 晴れてリィエルはルミ姉の護衛を続けることが出来る運びとなった。

 

 まぁ色んな事があったけれど、とにかくハッピーエンドで終われたのは終われた。

 

 終われたんだけど……

 

「ちょっとチビッ子、さっきから言ってるでしょ。そこの銀髪平和ボケを少し貸しなさい」

 

「いや。シンはあなたには貸さない」

 

 ちょーっと今は平和じゃないかもしんない……

 

 俺がいるのは聖リリィ女学院敷地内の駅構内。後ろでは蒸気機関車がガッタンゴットンと音をたてるなか、俺は額から冷や汗を流してます。

 

 だって、なんか目の前でオルタンシアとリィエルがピリピリとした状態なんだもん。その原因の一因が俺にもあるのだけど……

 

 元々、今日は俺達がアルザーノ帝国魔術学院に帰る日だ。俺とグレン先生が担当した月組は総出で俺達を見送りに来てくれたのだけれど、そこでオルタンシアは俺に面を貸せと言ってきた。

 

 俺としては別に断る理由もなにもなかったので、いいよの一言で答えようとしたその時、リィエルがそれを遮ってきたのだ。

 

 で、今に至る。

 

「いやなんでこうなるんだよ……」

 

 状況をもう一度確認し直しても、なぜこうなったのかまるでわからない。

 

 なぜリィエルはそこまで怒る? 別にちょっと話を聞くだけだろ? 

 

 なぜ二人してお互いに敵意マックスなんだよ……もう少し平和に行こうぜ平和にさぁ……

 

「なんて口にしたらこっちにまで火の粉が飛びそうだ……」

 

「ハハハ……最後まであの二人はあんな感じみたいですね……」

 

 隣から俺の声に反応したのは、苦笑を見せているエルザだった。

 

 エルザも今回、マリアンヌ側についた人間として停学処分を受けている。俺達とは違う列車でひとまず故郷へ戻るとさっき話で聞いた。

 

 残念だけど、俺はそこまでは助けられない。やはりやってはいけないことをしたわけだし、罰を受けるのは仕方のないことだ。

 

 そこについては、彼女も、加えてあそこでリィエルと口論を繰り広げているオルタンシアもきちんと理解しているだろう。

 

「あっ、そういえばさ」

 

「はい?」

 

 ふと、俺はそこで疑問が頭に浮かんだので、それをエルザへと投げ掛ける。

 

「エルザとリィエルは、どうやって仲直りしたんだ? なんか話によると炎のトラウマも克服したみたいじゃん」

 

「ああ、それですか」

 

 苦笑から微笑みに表情を変えると、エルザが俺に話し始める。

 

「リィエルが私に言ったんです。私がエルザを守るって……ついでにオルちゃんを一発殴って正気に戻すって。それが凄い心に来たんですよね……」

 

 何故かポワンポワンという効果音を後ろにつけてもいいような表情で言うエルザに、俺はそうかと言うしかない。

 

 これはなんと言うのだろう……コメントしにくいけれど……まぁいいや、しにくいならしなくていっか。

 

「それに……」

 

「うん?」

 

 そこで、エルザは俺に向けて何か視線をぶつけてくるが、その真意がわからない俺は小首を傾げた。

 

「いえ、何でもありませんよ。ただ、負けませんから」

 

「へ? 何に?」

 

「ほら、そろそろ仲裁しないとあそこの喧嘩も終わりませんよ?」

 

「えっ、あっちょっと押すなってエルザ!?」

 

 エルザの意味深な発言がすごく気になるが、確かにリィエルとオルタンシアの喧嘩もそろそろ止めなきゃマズイ。もうすぐ列車も出る頃だし、行きも帰りも列車に飛び込んで乗るなんて芸当はしたかない。

 

「なぁお前ら……そろそろ……」

 

「だーかーら!! 私はただこいつに話があるだけなの!! 邪魔しないでくれるかしら」

 

「うおっ!?」

 

 仲裁に入ろうとしたその時、オルタンシアが勢いよく俺の腕を掴んで自分の方へ引っ張っていく。

 

 そのまま話が進んでいくのかと思ったが、そうは簡単にリィエルは許さない。

 

 少し眉を潜めると、今度はリィエルが力強く俺を引っ張って寄せて、俺の腕へと抱きついてきた。

 

「話したい事があるならここで言えばいい。とりあえず、シンは渡さない」

 

「寄越しなさいっての!!」

 

「やだ」

 

 俺をまるで物のように引っ張り会うオルタンシアとリィエル。二人とも自分がそれなりに力がある方だと自覚はあるんでしょうか? 腕がみしみし言ってますよー痛いんですけどー。

 

「修羅場じゃないあれ!!」

 

「頑張れオルタンシアさん!!」

 

「いや、私はリィエルちゃんを応援するわ!!」

 

「それだときっとエルザが黙ってないわよ!?」

 

 おーい皆さん? なぜそんな楽しそうに話してるんです? こっち結構大変な状況なんですけど……痛い痛いリィエル全力で引っ張るなマジで腕千切れる。

 

「なぁオルタンシア、悪いけど今から違うとこへ動いてる時間はなさそうだからさ、ここで言ってくれないか?」

 

「はぁ!? なんでなのよ!」

 

 いや九割九分九厘あなたと未だに俺の腕から離れようもしないリィエルが悪いのだけどね。

 

「もうちょいで列車も出るし、俺らも悠長してられないからさ。出来ればここでがいいかなーって……」

 

「うぬぬ……いいわよわかったわよ! やってやろうじゃない!!」

 

 うーむなぜ喧嘩腰? 話したい事があるだけなんじゃないのか……

 

「た、た、た……」

 

「た?」

 

 少し、いやかなり頬を赤く染めながら、オルタンシアはどもり始めた。それにオルタンシアが話そうとしたとたんに、辺りで騒がしかった月組メンバーも静かになる。

 

 ちなみにグレン先生達は俺達より少し先に列車に乗って、窓からこっちを見てる。グレン先生のニヤニヤした顔がかなり鬱陶しいけど、その話しはまた後で。

 

「すぅー……はぁー……言うわよ! 一度しか言わないから、絶対に聞き逃さないことね!!」

 

「お、おう……」

 

 鬼気迫る勢いで言うオルタンシアに少し気圧されつつも答えると、オルタンシアはゆっくりと口を開いた。

 

「た、助けてくれて、あ、ありがと……そ、それと……す、少し……かっ、かっこよかったわよ……

 

 さっきまでガッツリ目を合わせていたのに、話が進むにつれて目をどんどんと反らしていき、加えてゴニョゴニョと消え入るような声で言い終えると、オルタンシアはついに俯いてしまった。

 

「ああ、その事か。別に気にすんなって。俺は俺がやりたいようにやっただけなんだし」

 

「そ、そう!? まぁ、まぁ!? あなたがそういうならそういうことに━━━」

 

「いやーでもこうやってカッコいいなんて言われるのは少しこっぱずかしいよな」

 

「……へ?」

 

「ん?」

 

 いきなりロボットみたいな動きになったオルタンシアに、俺は怪訝な声を出す。

 

「あんた……今なんて……」

 

「え? いや、こっぱずかしいなって

 

「そっちじゃない!! その前よ!!」

 

「え? カッコいいなんて言われるなんて……」

 

「~~~っ!!」

 

 俺がそう一言言うと、オルタンシアはまるで茹でたタコみたいに顔を真っ赤にすると辺りでのたうち回り始めた。えぇ……俺は言われた事を言っただけなんだけど……

 

「あんた聞こえてたの!?」

 

「いや耳はいいからさ。にしてもカッコいいっていいよな! なんかヒーローみたいでさ! オルタンシアもそう思ってくれ━━━」

 

 と、そこで俺の言葉は途切れた。

 

 否、途切れざるを得なかった。

 

 何故って? 

 

 全力でオルタンシアに蹴り飛ばされたからです。

 

「あがっ!?」

 

 俺はそのまま開いていた列車のドアから飛んで行き、壁へきれいに頭を打ち付けた。ガツンという衝撃が頭に走る。痛い。

 

「バッカじゃないの!? ヒーローなんてそんな妄想、次に会った時にバッキバキに!! もうバッキバキに折ってやるんだからぁぁぁぁぁ!!!」

 

 真っ赤な顔して早口で捲し立てていくと、オルタンシアはそのまま全力疾走して駅構内から立ち去っていった。

 

「なんだったんだ一体……」

 

「人気者は辛いな? シン」

 

「蹴っ飛ばされる人気者なんていたら、俺が見てみたいっすよ……」

 

 まだ打った頭がジンジン痛む……あいつ全力で蹴りやがったな! まったく、なに考えてるんだか……

 

 そこで、蒸気機関車の汽笛が鳴り響き、和やかな時間に終わりを告げてきた。

 

「そろそろ出発だな……じゃあなお前ら!!」

 

 グレン先生がそう言って、窓から身を乗り出し月組のメンバーに手を振った。

 

「またいつか会いましょう!」

 

「ええ、お達者で!!」

 

「元気でな!!」

 

 ジニー、フランシーヌ、コレットが代表してグレンの声に答えると、ついに列車が動き始めた。

 

 先生がそのまま列車の窓を閉めようとしたその時、エルザがそれを制した。

 

「リィエル!」

 

 呼ぶのは、きっと彼女を救った者の名前。リィエルはちょこんと窓から顔を覗かせると、エルザは少し泣きながら叫ぶ。

 

「私、もっともっと強くなる! そして、いつか貴女と肩を並べて戦えるようになるから……私も誰かを守れるようになるから……だからっ!!」

 

 必死に訴えるエルザに対して、リィエルは少し微笑んで、

 

「うん、待ってる。またね、エルザ」

 

 そう返すのだった。

 

 列車はどんどんと、スピードを上げて進んでいく。

 

 そのなかでも、最後のエルザの花のような笑顔だけは、俺達の目にしっかりと焼き付いていた。

 

 シンシアside out

 

 ━━━━

 

 エルザside

 

 行った、行ってしまった。

 

 私の中の闇を壊し、そして新たな道を見せてくれた人達は、元の居場所へと戻って行ったのだ。

 

(リィエル……私頑張るからね! そして、きっといつか……)

 

 この胸の気持ちを、彼女へ告げて見せる。

 

 そう強く決めた。

 

(それに……)

 

 自分の気持ちとともに思い出すのは、あの列車のなかでの出来事だ。

 

 

 列車のなか、私はもう完全に諦めていた。

 

 このまま列車のから出れずに終わるものだと、私はそう考えていた。

 

 けど、リィエルは違った。

 

 どうにかここから出てやろうと、

 

 どうにか助かってやろうと、

 

 そんな心情を全面に見せ、諦めるなんて選択肢を奥目にも出さなかった。

 

 そんな彼女に、私は聞いたのだ。

 

 なぜ、そこまで強くいられるのかと。

 

 そしたら、リィエルは言ったのだ。

 

 きっと、シンさんなら諦めないと。

 

『シンは……なにがなんでも諦めないから。どんな状況でも、どれだけ難しくても、絶対に。私はバカだから、難しい事はわからないから、シンのやり方が一番合うし、きっと出られる。それに……』

 

『私は、知りたい。私がシンの事をどう思ってるのか、なんでシンと一緒にいると心がポカポカするのか、システィーナやルミア、グレンやエルザと一緒にいるときとは違う、この気持ちがなんなのか、私はそれが知りたい。だからまだ、こんな所で倒れられない。それに……』

 

「まだシンさんと一緒にいたいから……か……」

 

「? どうかなさいましたか、エルザさん」

 

「ううん、なんでもないよ」

 

 フランシーヌさんの声かけに、私はなんでもないと答えた。

 

(シンさん……私は負けませんからね!!)

 

 今この場にいないヒーローに宣戦布告を胸のなかでして、私はそのまま皆と一緒に駅をあとにしていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なかなか濃い短期留学になりましたね」

 

「ったく……濃すぎるのも大概だっての」

 

 揺れ動く列車のなか、シンシアとグレンはそんな軽口を交わしながら通路を歩く。

 

 列車内は閑散とした空気が広がっており、蒸気機関の汽笛と、ガタガタという車輪の音だけが辺りを支配しきっている。

 

 そんななか、グレンに付き従うように歩いていたシンシアを背に、一室のドアを開けるグレン

 。

 

 そこへ二人は入っていくと、グレンは用心深く扉を閉め、シンシアは椅子に腰かけることなく、静かに壁へもたれかかった。

 

「で、なんのようですか? いきなり呼び出して、それも皆が疲れるのを待ってからなんて……」

 

 システィーナやルミア、リィエルの三人は元からグレンがとっていた席ですやすやと眠っている最中。そんな時にシンシアをここへ呼び出したのは、他でもないグレンだ。

 

「それも個室席を他に予約するなんて手の込んだ事までする……なにかあったんですか?」

 

 あの面倒臭いことは一切やらないグレンが、ここまで動いた事自体がシンシアにとっては目新しい。よほどの大事があったのか、シンシアのなかでそんな予想が浮かび始める。

 

 が、それに対して、グレンはふっと笑って見せた。

 

「なーに、ちょっとお前に聞きたい事があるだけだ。それが終わったら戻ってくれていい」

 

「なんだ、ビックリさせないでくださいよ。てっきり俺はまたなにか大事が起こるのかと━━━」

 

 一度安堵したシンシアはそう言うが、それは途中で絶ちきられた。

 

 グレンがなにかを、シンシアの前に投げたからだ。

 

 それを見て、シンシアの目は余裕そうな物から変貌し、驚愕で見開かれる。

 

「お前、それ知ってるよな。知らないわけないよな?」

 

「…………」

 

 シンシアはその投げられた物を凝視するだけで、なにも言わない。

 

 グレンが投げた物、それはある実験の内容が書かれたレポートだ。

 

 シンシアがそれを知らない。そんなことは絶対にあり得ないのだ。

 

 だって、それは……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。俺がわからないわけないじゃないですか」

 

 そう、そこにえがかれているのは人工龍人についての実験データ。能力、魔力、耐久力、すべてが事細かく記されているそれが一体誰からとったものなのか、

 

 そんな条件に合うものなど、このアルザーノ帝国においてシンシア=フィーベルただひとりだけだ。

 

「よく見つけましたねこれ。いや、クリストフ先輩辺りですかね。あの人はこの実験の間ずっと辛そうな顔してましたし……」

 

「んなことは今どーでもいいんだよ」

 

 ゆったりと落ち着いた口調のシンシアに対して、グレンが怒気を孕む声音でシンシアへ言う。

 

「俺の質問は簡単だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、あとどれだけ生きられるんだ?」

 

 はっきりと言われたその質問は、静かに列車の部屋で木霊することなく消えていき、完全に消えた頃、シンシアはふっと笑ってみせた。

 

「やっぱり、そこまで知ってましたか。まぁこの資料をクリストフ先輩が渡した時点で、なんとなく予想はしてましたけどね……」

 

 自嘲するように、哀れな自分を貶すように、冷たすぎる笑みをその顔に張り付けたままシンシアは言った。

 

「お前は俺達の前に現れたあと、俺に言ったよな? 処刑を免れるために、特務分室に入ったと。それは嘘だった。特務分室に入ったのは、本当に成り行きだった」

 

「…………」

 

 グレンの言葉に対して、シンシアはなにも言わない。それは暗に、グレン言葉に対して肯定しているのと同じ事だ。

 

「処刑を免れるための本当の条件、それはお前の体を使った人工龍人の実験だ。見て驚いたわこのデータ、一体どんだけ被験者の安全を考慮せずにやればここまでのデータがとれるのやら……」

 

 呆れるような言葉遣いだが、彼の内心には隠しきれない大きな怒りがあった。

 

 データには、非人道的な内容がわんさかと書かれており、被験者をまるで道具のようにしか扱っていなかったのだと如実に表している。

 

「なかなかキツかったですよ? マナが完全になくなるで竜言語魔術(ドラゴイッシュ)を撃ち続けたりするのは本当に死ぬかと思いましたよ」

 

 シンシアは意図も簡単に言うが、それが一体どれ程危険な事なのか、グレンは身に染みてよくわかっている。

 

 本来、魔術師にとってマナ切れというのはあってはならない状態だ。この状態が何度も起きれば、それこそ魔術師として再起不能になる可能性もあり、もっと言えばそのまま死ぬことすら珍しくない。

 

 だが、シンシアはそれを何度もやっていた。

 

 何度も、何度も、それこそ彼のマナが空っぽになるまで。

 

 この一連の事を、彼は一体何度繰り返したのだろうか。もはや今グレンの目の前でシンシアが立っていることすら、グレンには奇跡のように思えてならない。

 

「それで、ある程度、いや完全にデータが取れたお前は晴れて解放とはならなかった。そらそだわな、たった一人で町一個を簡単に壊滅させられるのが実験でよーくわかったんだから」

 

「けど上の人は俺という特殊な存在を捨てる事を拒んだ。なんせ今後同じような事例が出る可能性なんてゼロに等しいですらかね。だから……」

 

「特務分室という首輪を、お前につけた」

 

 免罪符としてシンシアは特務分室入りしたのではない。

 

 強すぎるその力が暴走した時、止める人間がすぐ近くにいる状況下が簡単に出来上がるから、シンシアは特務分室へと投げ入れられたのだ。

 

 否、止めるという表現は適切ではないだろう。

 

 殺す、これがきっと上層部が願う最高のシナリオだ。

 

「クリストフ先輩、そこまであっさり話したんですか。一応軍事機密で他言無用な事なんですけどね……」

 

「きっちり結界魔術を何重にもしてたわあいつ」

 

「わお、さすがですね」

 

 自分の先輩の実力の高さに今更ながら驚きつつも、シンシアは向ける視線を現実へと引き戻した。

 

「で、先生は俺の寿命がどれだけあるかという話でしたよね。はっきり言います」

 

 シンシアは少しだけ間を開けて目を閉じ、おもむろに瞳を開くと、落ち着き払った口調で言った。

 

「持って、あと半年が限界ですかね……」

 

「っ……」

 

 突きつけられた現実、非情な現実に、グレンはついに顔を歪めた。

 

「なんで……なんでなんだよ……」

 

「そりゃ仕方ないですよ。龍の力なんて本来人間が使える物じゃないわけですし、それを強引に使おう物なら何かしら代償は出るもんでしょう?」

 

 疑似龍化、そこから使える竜言語魔術(ドラゴイッシュ)、これらを使う度に、彼の残りの時間はどんどんと龍の因子に喰われていった。

 

 その喰い尽くしていくスピードは、ここ数ヶ月でたった一人の寿命を消すには十分すぎたのだ。

 

「いやー、どうにか隠し通して最後は他の仕事で遠くに行ったって事にして静かに消えるつもりだったんですけどねぇ。計画が丸つぶれですよ、まったく」

 

 頭をガシガシとかきながらシンシアが言った。

 

 まるで、なんでもないことのように。

 

 それこそ、明日の予定が急にキャンセルになって残念だとか、そんなレベルで。

 

「んじゃ、質問は以上ですね。俺も眠いんすよ……先に戻って一眠りさせてくだ━━━」

 

 グレンの横を通り過ぎ、そのまま元の席へと戻ろうとするシンシアだったが、

 

 それをグレンがシンシアの胸ぐらを掴んで強引に押し止めた。

 

 そのままグレンは勢いよくシンシアを壁へと押し付けるが、シンシアの表情は変わらない。

 

「お前わかってんのか!! 自分がそれを使って寿命が減ってくって!!」

 

「ええ、もちろんですよ」

 

「じゃあなんでお前はそんな躊躇いなくそれが使えるんだよ!!」

 

 防音設備が整った個室のなかで、グレンの言葉が反響する。

 

「死ぬんだぞ? 本当にわかってるのか? それをお前はほいほいと何度も!!」

 

「使わなきゃヤバかったじゃないですか」

 

「それは……」

 

 シンシアの一言に、グレンはぐうの音も出ない。

 

 遺跡調査の時も、シンシアが疑似龍化を使わなければグレン達はアール=カーンに惨殺されてしまっていただろう。

 

 社交舞踏会の時も、シンシアが疑似龍化を使わなければ、ルミアは天の智恵研究会に暗殺され、グレンの生徒達も皆無事ではすまなかったであろう。

 

 今回の短期留学でも、シンシアが疑似龍化を使わなければ、事態はさらに深刻になり、下手をすればマリアンヌの野望を阻止できなかったかもしれない。

 

 すべてが、すべてがシンシアのお陰で、シンシアが新たに得た力でどうにかなったとお世辞抜きに言えるであろう。

 

 だが、だがそれでも、

 

 代償があまりにも大きすぎる。

 

「お前……後悔はしてないのか?」

 

「後悔?」

 

 おうむ返しのようにシンシアはグレンへと聞き返すと、グレンは力なくああと答えた。

 

「自分の命を削って戦って、残りがほんのちょっとだけになって、お前は後悔━━━」

 

「するわけないじゃないですか」

 

 冷たくはっきりとシンシアはそう返すと、自分の襟を掴むグレンを突き飛ばした。

 

「後悔? なんでするんですか。だって俺は、俺はヒーローになれたんですよ? こんな出来損ないで才能なしの、ただ頑張るしか出来ないゴミにでも。感謝しかありませんよ!」

 

「この力のお陰で! シス姉が! ルミ姉が! リィエルが! カッシュが! ギイブルが! セシルが! ウェンディが! リンが! エルザが! オルタンシアが! 救えたんですよ!!」

 

 にたりと、狂ったように笑って見せるシンシアが、グレンには恐ろしく思えた。

 

 狂っている。そうとしか思えない。

 

 壊れたような自己犠牲、自己欺瞞、そんな物が、今のシンシアを作り上げていたのだ。

 

「後悔なんてするわけがない! この力があったからこそ、俺は戦えた! 正義の魔法使いになんてなれなかったとしても、身近な人達を泣かせないように守る事は出来たんだ! これのどこに! どこに後悔する要素があるっていうんだ!!」

 

「やめろ……」

 

「誰一人傷つく事なく、誰一人欠ける事なく、皆が笑っていられる、そんなハッピーエンドを! 俺はこの手で引っ張ってこれたんですよ!!」

 

「やめろよ……」

 

「皆が、笑顔で生きてられるなら、俺の命なんて安いもん━━━」

 

「もうやめろぉ!!!」

 

 悲痛な叫びが、部屋の中で響き渡る。

 

 もうグレンは聞きたくなかった。

 

 彼の言うことは合っている。だが、根本的なところが決定的に壊れてしまっている。

 

 なぜ、自分は彼のその部分に気がつけなかったのだろうか。

 

 自分は教師として、彼の、シンシア=フィーベルの何を見ていたのだろうか。

 

 それらの感情が、グレンに現実からの逃避を強制させたのだ。

 

「もっと……もっと自分を大切にしてくれよ……」

 

 だがら、もう彼にはそんな事しか言うことが出来なかった。

 

 何かを救うために、犠牲が必要になることはグレンもよくわかっている。

 

 わかってしまっている。

 

 だから、彼にはシンシアを言葉で止めることは不可能だったのだ。

 

 グレンの心のどこかで、

 

 彼の考えが正しいと、思ってしまっているから。

 

「先生……我が身大事じゃ、人は救えないんですよ。誰かが、誰かが人柱にならないといけないなら、そこには俺が立つ」

 

 もう話は終わりと言わんばかりに、シンシアは項垂れるグレンの脇を通っていく。

 

「あっ、そうそう、この事は皆には言わないでくださいよ? すべてを隠して、俺は消えていくつもりなんで。それじゃ……」

 

 個室の扉を開き、部屋を出る。

 

 部屋の奥からグレンがシンシアへ向けて哀れむような、哀しむような目で見ていたが、彼はそれを無視して扉を閉める。

 

「そうだ……俺は間違ってない……間違っちゃないんだ……」

 

 暗示のように、自分に言い聞かせるように、歩きながら彼はそんな事を口にしていく。

 

 今自分の手が震えている事は理解して。

 

 今自分の背中が弱く虚しい物だと気付かずに。

 

 

 

 

 

 

 

 





いかがだったでしょうか。

何事も、完璧には進みません。誰かが笑ってる裏では、きっと誰かが泣いてるのですよ?

感想や評価、お待ちしてます。

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