五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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回想回。今話より「残酷な描写」タグを追加。


TURN 10:凶と狂告ぐキョウトのシ者

 

 

 七年前、ブリタニア帝国は首都・ペンドラゴン。

 

 言わずと知れた世界最大の軍事力と経済規模を誇る、並ぶものなき先進国の雄にして頂点。有史以来最も強き国家の中枢は、いつもとはまるで異なる喧騒に包まれていた。

 

「ハッ、はぁ、はァッ…………!」

 

 先日の京都旅行から帰国して間もない少年、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。彼はこの日、アリエス宮内部のある方向へ一目散に走っている最中だった。護衛もろくに付けずに払暁の夕陽が射す廊下を、息急き切って駆けていく。

 

(嘘だ……そんな、有り得ない筈だ……!)

 

 宮廷内にけたたましく鳴り渡る、警報。それが書斎で読書に耽っていた彼を、音の方向へ急かせる理由。ただでさえ貧弱な体力を振り絞り、もつれそうになる脚を必死で動かして前に進む。向かう先は、母や妹達が歓談している筈の談話室。

 

 脳裏に浮かんでくるのは、京の旅路で最後に出会った少女──自らを零奈(ゼロ)と名乗った少女が、彼に残した意味深なフレーズ。

 

『……貴方に、大事な、大切な話が有って()()()来たの。間も無く貴方の妹君と母君に、大きな厄災が降りかかる。確定された悲劇を避ける為に、貴方に其れを防いでほしい。先ず、ご実家の警備を見直して───』

 

 訳がわからなかった。意味不明だ。理解不能だ。ただその前に数回会って遊んだ相手が電波な発言をしたところで、信じられる訳がない。自分だって旅行の間中は偽名で通していたが、相手もどうせそうだろう。

 最後に会った時だけ急にシリアスな雰囲気を醸し出していたのだって、考えればおかしかった。

 証拠に「そこまで言うなら何がどうなるのか詳しく説明しろ、そうしたら信じてやる」、といったら口ごもっていたのだから。

 

『……確かに、詳しいことは言えない。でも理由があるの!あまり具体的に言い過ぎて派手に動けば彼女に……()()()()()()に、目を付けられてしまう。そうなったら、また……』

 

 …………世迷い言と断じた言葉が、脳裏にフラッシュバックする。

 

 嘘だ。嘘だ。何もないはずだ。あれは単なる与太話か何かだろう。

 大方こっちをからかいたくて変なことを言っただけ。家族構成なんかを伝えていたから、話を膨らませて適当に作ったんだ。きっとそうだ。

 

 だから、彼女の話は大人達に伝えなかった。自分でも、何もしなかった。時空の管理者がどうだとか珍妙な事を言ったり、災厄がどうたらなんて…………()()()、思ったから。

 

(……これが、これが杞憂であってくれ……頼むッ!)

 

 逸る気持ちのままに、些か乱暴に扉を開けた。その先は。

 

「ナナリー、母上、皆……!?」

 

 …………()以外が、足りなかった。

 

 

 ☆

 

 

 煌びやかな装飾溢れる、バロック様式のアリエス宮。普段は柔らかな日差しと緑溢れるこの箱庭に広がるは、人体から漏れ出した赤、紅、赫。

 壁に嵌め込まれたステンドグラス。折り目なくテーブルクロスのひかれた楕円机と、紋様麗しいレースのカーテン。薪の燻る暖炉に豪奢なシャンデリア。それら全てに返り血が付着し、噎せ返るような死の匂いが漂っていた。

 

 びちゃり。シルク生地の服が汚れるのも構わず、血の滴る室内にルルーシュは膝をつく。この状況で、立っていられそうになかった。信じたくなかった。受け入れたくなかった。

 こんな、まるで……悪意ある何者かの銃撃に、大事な人が巻き込まれたかのような、現実を。

 

 母を慕い警護をかって出ていた異母姉、コーネリア。肩で息をつく彼女は、大腿部を撃たれて出血が酷いだけではない。抜剣しようとしたところを狙われたのか、右肩から右手にかけて穴だらけだった。美しかった顔は死人の様に真っ青で、豪奢な軍服は見る影もなかった。

 

「う……」

 

 昨日一緒にお茶会をしたばかりの、仲の良い歳上の女性、C.C.。華奢な体躯を穿つように、数えきれぬ程の弾痕が刻まれていた。人の身ならば、その死は避け得ぬ絶対の理。筋痙攣か何かだろうか、血塗れた指先がピク、とかすかに動いていた。

 

「あ、」

 

 傍に横たわるはアーニャ・アールストレイム。行儀見習いに先日から来ていた、桃色髪の可愛いらしい少女。まだ幼い彼女にも、明確な凶弾の痕があった。(からだ)が小さく当たりづらかったのか、致命には至らなかったようだったが…………それだけに、痛々しさはより増してみえた。

 

「あ……」

 

 辺境伯の近衛兵、ジェレミア・ゴットバルト。倒れ伏す彼は誰かを庇ったのだろうか、左半身に夥しい数の銃創が付着していた。それでも血濡れた懐剣を手放していないのは、ひとえに彼の持つ矜持故か。

 出血で額に張り付いた、アッシュの前髪の奥。端正な彼の面立ちを構成していた、眼窩に収まっているはずのものが……無い。

 

 血の海の中で手をついたルルーシュの掌に、何かがグニャ、と違和感を伴って触れる。わざわざ拾い上げるまでもなく、手を退ければすぐ分かった。

 ……零れ落ちた、彼の()()がそこにあった。

 

「……あ、ア、ア」

 

 そして、敬愛する母親と、目に入れても痛くない妹はあろうことか…………血溜まりの、中心にいた。無遠慮な銃弾に脚を、腰を、腕を撃たれて。真白い絨毯を真っ赤に染めるほどに、ぼろぼろで。

 血色を失った母親の懐に抱えられた妹が、息も絶え絶えにルルーシュを、いや、彼の声がする方を向いた。

 

「お……にい、さま…………」

 

 生気の無い虚ろな眼で、昨日まで元気に宮廷を走り回っていた彼女は呻く。あるはずのない希望と明日へ、もがくように手を伸ばし。

 

「…………たす、けて」

 

 言葉と共に力なく、小さな手が垂れ下がった。それが、トドメだった。

 

「う嗚呼あアアアッッッッ!!!!」

 

 凄惨な暴力のもたらした血濡れた結末に、少年は人目も憚らず、慟哭した。

 

 

 ☆

 

 

 死者五名、ならびに重軽傷者一三名。犯人らはその場で斬殺。身元の洗い出しと動機解明を急いだものの、詳細は不明。遺体のDNA鑑定をするも該当者なし。それが後に「アリエスの悲劇」と呼ばれる事件の顛末だった。

 大逆罪を適用されてもおかしくない大事件に、当然ながらブリタニア皇族は大きく揺れた。詳細を公表しICPOにも掛け合って全世界へ手掛かりを求めるべき、とする意見もあったが……結局、見送られた。

 

「皇族を死なせかけた」、という不手際を諸外国や衆目に晒すのが憚られたこともある。関係者がダース単位で更迭され、お取り潰しや縮小を危惧し組織防衛に走らざるを得なくなった、宮内省や国防省上層部の動きもあった。

 そして最も懸念されたのは、「猫の子一匹通さぬ程の強固な警備を、なぜ下手人が掻い潜って来れたのか?」ということ。しかも、精鋭である近衛すら苦戦するレベルの強者を引き連れて。

 

 …………どこかに、彼らと手引きした内通者がいるのでは?関係者がそんな疑問を抱くのは、ある種当然の帰結だった。皇帝シャルルが腹心のビスマルクらに内偵調査を命じたのもそのためである。

 

 故に表向きは、「不発弾の爆発による死傷者」という形で事件を改竄。ヴィ家は服喪名目で当面の皇室外交や社交会などの行事を全て中止し、メディアを一切シャットアウト。関係者皆が暫く隠遁生活を送ることでコンセンサスを取り付けた。

 そうして後ろ暗い隠蔽ながら、事件は政治的には一応の幕引きが成されることとなる。

 

 さて。波乱含みの事件を強引に片付けようとすれば、当然それに伴ってひずみも発生する。宛ら、小さな蝶の羽ばたきがやがて竜巻を発生させるが如く。

 後世の歴史家は述べている。この「アリエスの悲劇」こそ正に、二一世紀で最も大きな世界史的事象を引き起こした端緒であった、と。

 

 

 ☆

 

 

 事件発生の翌々日。

 渾々と眠り続ける病床の人々の部屋の前で、黒衣の幼き皇子は呆然と立ち尽くしていた。

 金に糸目を付けぬ迅速で賢明な治療の結果、何とか一命をとりとめた人達もいる。不幸中の幸いか、異母姉も行儀見習いも、優しい部下も生きている。母も、そして妹も。

 ……そう、()()()()()()

 

 コーネリア・リ・ブリタニア、右上腕部以下切断。

 アーニャ・アールストレイム、左脚膝下切断。

 ジェレミア・ゴットバルト、左目失明及び左半身麻痺。

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア、頸髄損傷により全身不随。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニア、全治不明の半身不随。

 

 手元に握りしめられたグシャグシャのカルテには、残酷なまでの処置と診断結果が記されていた。

 意識を失う程の大出血により、脳への酸素供給が一定時間以上低下し続けた結果、ほぼ全員が歩行障害や視力低下、視野狭窄を併発。一際身体の小さいナナリーは症状が特に重く、全盲判定までが付加された。

 

 慟哭を抑えられぬ事実は、温室育ちの少年には俄かに受け入れ難かった。錯乱しかけた。何度も吐いた。初日は幾度も泣き続けた。次の日は回復を祈り続けた。しかし。

 

(……何も、変わらなかった…………)

 

 涙は、単に目が腫れ上がっただけだった。懺悔室で己を悔いても、何の気休めにもならなかった。死者の冥福を祈ったところで、彼らが生き返るわけではない。重病の怪我人の快癒を祈ったところで、実際に治るわけではない。

 神への祈念など自己満足。現実とは非情なものであり、思うだけでは何も変わりはしないのだ。

 

 普通の日々が、これからも続くものだと思っていた。何不自由なく家族に囲まれ、優しい異母兄妹達がいて、従者達がいて。

 それが、たったの一瞬で壊れてしまった。

 心に去来するのは、限りなく虚無に近い絶望。光明はいずこかへ消え、一寸先までも暗闇に覆われる。

 

 更に。足りぬ人が、もう一人。

 

「…………………………C.C.」

 

 彼女もまた、生存者カルテの中にいない。

 残酷で冷厳な現実に、ますます目の前が暗くなる。彼女の事を、ルルーシュは詳しく知らない。つかみ所のない雲のような女性だった。放っておくとどこかへ行ってしまいそうなくらいの、儚さを感じるヒトでもあった。ミステリアスで、気付けばふと何処へやら失踪しているような人だった。

 …………こんな形で離別したくないくらいには、自分にとって大切な存在だった。

 

(…………僕が、殺したのか……?)

 

 近衛らに彼女の、零奈の言葉を伝えていれば、防げたかもしれなかった。自分が注意喚起をしていれば、何か変わったかもしれなかった。

 それは、考えるに何の意味もないif。断片でしかない可能性。選べたかも知れないより良い未来。

 

 常人と比較にならぬ程に賢く聡い麒麟児であっても、精神性は歳相応のものでしかない。益体も無い思考に絡め取られるほどに、彼は追い詰められていた。あらぬ罪悪感で押し潰されそうになっていた。

 風水、降霊術、或いは占星術。それらの類に近い、聞き入れずとも仕方ない怪しい預言。だから、彼自身に非はないと言っても良いのに。

 

 フラフラ、ふらふらと。ルルーシュは気付けば、覚束ない足取りで霊安室へと足を運んでいた。アリエス宮内の共同墓地横に位置する、冷却機能の効いた冷たい部屋の片隅。

 最後に彼女を、C.C.を看取ろう。心の何処かでそう思っていたのだろうか。

 安置された柩の一番奥に、彼女は居た。慌ただしさゆえ血まみれだった衣装のままだが、明日にでも納棺師の手により清められることだろう。

 

「C.C.」

 

 ついぞ、本当の名前も聞けなかった。

 頭がショートしたみたいだった。全く分からない。何をすべきか掴めない。これから自分はどうすれば良い?自分のせいで奪ったような五つの命。不具となった忠臣、異母姉、母、妹。

 散り散りな思考のまま覗き込んだ彼女の瞼は、未だ固く閉じられたまま。ぞっとするくらいに、嘘みたいに綺麗だった。まるで、()()()()()()()()()()()ほどに。

 

「C.C.ッ…………」

 

 血塗れの咎は、幼子が背負うには荷が重すぎた。緑髪の張り付いた頬に、思わず小さな手を添えた。

 

「……『さよなら』くらい、……言わせて、くれよ…………!」

 

 搾り出した嘆きの涙が、ぽたりと彼女の顔へ落ちた。

 

 しかし。

 流した悔恨の雫は、未だ別離の手向けにはならず。

 

 

 

「…………勝手に殺すな、童貞坊やめ」

 

「うわぁああああ!?!!??!?」

 

 

 ☆

 

 

 話してなかったな。故あってこんな体なんだ。

 

 見下ろしていたルルーシュの顔を、冷たい両手で掴んで一言。ざっくりしすぎた彼女の説明では、ルルーシュが復旧するのに結構な時間を要した。

 

 当然の如く追加説明を求めた彼に語られたのは、人史の開闢より紡がれてきたチカラのこと。ギアス。コード。饗団。人目を忍びルルーシュの寝室で声を潜めて語られた話も、やはりにわかに信じがたかった。しかして穴だらけだった身体が綺麗さっぱり元に戻っているのを目の当たりにすれば、信じない選択肢は存在しない。

 統合すれば、彼女は。

 

「……不死身、なのか」

 

「ああ」

 

 短く、ぽつり。なにかを堪えるように自らの肩を搔き抱いたC.C.の胸中には、愛されることを望んだ昔日の記憶が蘇っていた。ギアスを貰ったあの夏の日と、それからのこと。

『残念でしたぁ!貴女、騙されちゃったの!』……そう言って、狂ったように嗤いながら死んでいったシスターの断末魔は、今でも耳にこびりついている。最初こそ恨みもしたが、可哀想な人だったと今は思う。長く生きすぎ、摩耗するうちに変わり果ててしまったのだろう。

 

 不老不死とは魔法ではなく、呪いなのだ。そして眼前の幼子は、あの時の修道女と同じような、重く昏い眼をしていた。

 

「ギアス、饗団………」

 

 異能の力を持つ敵組織。潜入出来たのもそれが理由か。そんな連中、どうやって捕まえるんだ。この時の彼は、諦観に気持ちが大きく傾いていた。

 

「なあ、ルルーシュ」

 

 思わずC.C.は声をかける。見ていられない。無垢な子供が壊れていくのは。その血筋ゆえ普通の生き方は出来ないだろう。でも、せめて心根だけは普通の人間でいて欲しい。

 

「今のお前に必要なのはカウンセリングだ。然るべき医療機関を受診して……」

 

「やめてくれ。憐憫も慰撫もいらない」

 

 遮るように返ってきたのは、呻くような声だった。悔しかった。自分が情けなかった。今もなお、自分を責め続けている。

 

()()()()()、僕の無為無策が人を傷付けた」

 

 幼い少年の、血を吐くような慟哭だった。歯を食いしばり、握りしめた拳からは悔しさからか血が滲んでいる。

 

「だから、僕のせいだ」

 

 だと言うのに、自分だけは無傷でのうのうと生きている。自罰的思考に沈む彼に、彼女は。

 

「…………逃げてしまうか?」

 

「え?」

 

「何もかも捨て去って、私と二人で生きていくか?」

 

 選べ。それは、実に甘美な言葉だった。停滞の泥の中で老いず、死せず、腐らず。ただ悦楽と酒色に溺れて生きていく。人の営みからも、理からも外れて。鈍った脳髄に沁みていくような妖しい囁き。只人ならば頷くしかない局面で。

 

「────莫迦を言うな」

 

 咄嗟に、ノーを突きつけた。

 

「そんなものは逃避だ、現実から逃げているにすぎない……ッ!?」

 

 そこまで喋って、気がついた。現実と向き合ってないのは、一体何処の誰だ?唯々諾々と心の何処かで誰かの裁きを求めてる今の自分だって、……逃避している、だけじゃないか…!

 

「……気付いたか?」

 

 問い掛けに目線をあげると、此方を見下ろすC.C.の眼とかち合った。「私みたいになってくれるな」。無言の瞳が、どんな弁舌より雄弁に語りかけていた。

 

「………ああ」

 

 お陰で、曇っていた目が覚めた。手を休めるな。頭をヒネろ。あらゆる事象を捻じ切れるまで考察しろ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。お前の今やるべきはなんだ。家族を、家臣を害されて、泣き寝入りするのが正しいのか?

 

(………いや、違う。絶対に、間違っている…!)

 

 否。否、否、否!跳ね返せ。不条理を、暴力を、理不尽を。そして手に入れろ、全てをひっくり返すチカラを!

 捕縛も逮捕も生温い。恩赦するなど以ての外だ。悪は捉えて敵を討て。下手人を引きずり出して、この手で眉間に風穴を開けてやる。自分で招いた災厄は、根元から断ち切ってやる。

 

 不具になった?死に掛けた?一生後遺症が残る?()()()()()()()。怪我に苦しむ人がいるなら、怪我を()()()()しまえば良い。手脚が無いなら生やせば良い。神経、頚椎、内臓、血管、表皮、血液、筋肉、エトセトラ。自分の軽率さの責任は、自分が贖うべきだろう。

 言ってただろう、妹が。「たすけて」、と。兄が命を賭ける理由は、もうそれだけで十二分だ!

 

「……感謝するよ、C.C.」

 

「老婆心だ、気にするな」

 

 自惚れではない。傲慢でもない。これは自信で、確信だ。我が頭脳をもってして、出来ぬ事なら誰にも出来ない!

 幸い、必要な人間は目の前にいる。敵は全て殺す。大事な人は全て救う。大それた野望を叶える為には、この女が不可欠だ!

 

「………そして、貴女こそが僕の希望だ」

 

 握り込んだ拳から血が滴る音をBGMに、彼は真っ直ぐ言い切った。

 

「希望…?」

 

「貴女が魔女を名乗るなら僕は、いや………()は、魔王にでもなってやる」

 

 纏う雰囲気が一気に変容した彼に、彼女は敢えて焚き付ける。鼓舞するには、これくらいが適温だろう。

 

「………変わるのは、ぞんざいな口調だけか?」

 

「いいや、世界だ」

 

「…これはまた、大きくでたな」

 

「ああ。…俺についてきてくれないか、C.C?」

 

 宣誓には、口先だけでない重さを感じた。悠久の時を生きる魔女が、思わず瞠目する程のそれ。先程までの腑抜けとは違う。王の血脈に秘められし、煉獄の如き猛々しい決意を感じた。十歳かそこらの子供が、こんな獰猛な眼をするのか。決して揺るがぬだろう強固な意思が、其処にはあった。

 

(………此奴なら、もしかしたら)

 

 諦め掛けていた願いが、叶うかもしれない。突如として垂らされた蜘蛛の糸は、無間の獄に囚われし魔女にとって長年待ち望んだもの。永年の苦痛を終わらせる、どんでん返しをどこかで期待していたのだろうか。分の悪いだろうギャンブルに、賭けてみたくなってしまった。

 

「一つ、条件がある。受諾してくれるなら……」

 

「いいだろう」

 

「…………内容くらい、聞かないのか?」

 

「予想は付いている。私と契約して私の願いを叶えろ、とでも言いたいんだろう?ならば寄越せ。ギアスとやらをな」

 

 不敵に笑う彼の顔は、既に憔悴しきっていた子供のそれではなく。それどころか、何やら腹案でもあるらしかった。

 

「王の力は、やがてお前を孤独にするぞ?」

 

「警告か?」

 

「宿業だ」

 

「ならば踏破してやるさ。どれだけ深い業だろうとな」

 

 ルルーシュの決意は既に定まった。覚悟を持てぬ腰抜けが、何かを為せる筈もない。

 この姓を棄て身分も捨てる。濯げぬ程の咎を見つめて心に刻む。昨日までの己を殺し為すべきを為す。弱きままでは、いずれ悪しき獣に喰われてしまうだろうから。

 

「分かっているなら何も言わん。ならばこれからどうするんだ?」

 

「頭は切れるが予算不足で燻っている研究者が、日本に何人かいてな。彼らと手を組む予定だ」

 

 サイエンス誌やネイチャー、ニュートンあたりを定期購読していて助かった。

 キョウトの大学に在籍している日本人教授と、トウキョウの理研に居るインド人の若手女性。それから少々偏屈らしいが、アスプルンド家の次期当主兼伯爵。密かに目を付けていた有能な人材を集めれば、可能性が生まれてくるだろう。必要なのは()()だ。そのために。

 

「……そのためには、皇位継承権が邪魔だな」

 

 これからやる事業は、皇族の道楽などと思われたくはない。何より宮廷内の権力争いから抜け出したい。衰退したヴィ家の再興を狙っている、と勘繰られるのも面倒くさい。饗団を破壊する前に追っ手を差し向けられて命を狙われるのは、こちらとしても心許ない。ただでさえアリエス宮はマークされているだろうに……ん、マーク?……そうか!

 

(饗団の警戒の薄い国で、計画を進めれば良いんじゃないか……?)

 

 先ずは基礎研究と情報・人員召集から始めたい。しかし何もブリタニアに研究者を招聘するのではなく、外国でやったって良いのでは?さすれば最適な場所は、世界で最も犯罪率が低く、治安の良い国。軍事費も比較的少なく、かつ戸籍制度とマイナンバーの併用により、テロリストの背乗りがしづらい国。即ち。

 

(……翔ぶか。日本へ)

 

 決めてからは早かった。事件から一週間後、皇帝と謁見したルルーシュは、その場で日本行きと皇籍離脱を希望。併せて研究機関と会社を独自に立ち上げると宣言。リミットとして五年の猶予を勝ち取った。

 そして。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという男は、確かにこの日、一度死んだ。

 

 

 ☆

 

 

 日本への長期滞在を求めたルルーシュの請願は、呆気ないほどにあっさり受理された。皇帝の問答もそつなくクリア。拍子抜けする程トントン拍子に話は進み、気付けば出立の当日を迎えることとなった。

 

「……慣れんな、このコンタクトというのは」

 

「我慢しろ。暴発されても困るからな、寝てる時以外は付けておけ」

 

「目薬が欲しい」

 

「あとで買えば良いだろう……っておい、ネクタイ曲がってるじゃないか。もっとちゃんと締めろ」

 

「いっ、待ってくれ締まる絞まる!」

 

「皇子がだらしない格好をするな、まったく」

 

 絵面的に恋人ではなく、子供の卒業式に出る若い母親みたいな二人だった。

 児童の方は言われた小言を一応全て聞き入れている点は、歳相応に素直といえよう。……進言を受け入れるかはまた別なあたり、歳不相応に頑固者でもあるのだが。

 

「にしても」

 

 トランクに詰め込んだ荷物の最終確認をしながら、事務的な会話は進む。

 

「本国から遠ざかりたいから、ブリタニアに研究者を招聘しなかったのか?」

 

「ああ。親族にも間諜がいる可能性すらあるからな」

 

 信頼できるやつだけで固めたい。それこそ今の本心だった。

 既に事件からひと月近くが経過した。その間幾度か行われた話し合いの結果、ナナリーは本人の希望でルルーシュ達に同行することに落ち着いた。

 死んでたはずのC.C.がルルーシュの部屋から抜け出し、ふらりと現れたことで箝口令をしかねばならなかったり、と一悶着あったのだが、そのやりとりはここでは割愛。

 

「ついでに、ギアス饗団を壊滅させる」

 

「!」

 

「俺の求める世界に奴等は必要ない。だから俺は、俺のエゴで奴等を潰す」

 

「……誰かを殺したら、もう後には引き返せんぞ?」

 

「覚悟は既に出来ている」

 

 心は定まった。人を殺す作戦と人を救う作戦、同時並行で進めねばならない。だから。

 

「ということで、さしあたりはお前の遺伝子をくれ、C.C.」

 

「…………は?」

 

 目が点になるのはC.C.。何言ってんだこいつ。饗団壊滅と何の関係があるんだ。

 

「その尋常じゃない再生能力、『コードを持ってるから』というだけでは腑に落ちん。デオキシリボ核酸の一片まで解析したい」

 

 常人には存在しない、物理的に欠損した細胞を補い、活性化させる何がしかの超細胞みたいなのがある筈だろう。ギアスが人の上に立つ力ならば、コードとは人を進化させる力なのではないか?ルルーシュはその特異性にも目を付けていた。

 

 不老不死という荒唐無稽な前提を成立させるギミックが、彼女の身体には秘められている。そう考えていたからこそ、彼女を希望呼ばわりしたわけである。構造を隈なく読み解き反映させたい。調べれば何か分かるだろう。今のところ生体解剖までやるつもりは無いが、まあ採血くらい別に良いだろう。

 傍らで「……遺伝子って、え……?」とか言って戸惑うC.C.を放置し、黒髪をかきあげる少年は思考を彼方へ飛ばしていく。

 

(……待っていてくれ、ナナリー、母上、皆。必ず助け出してみせる。俺はそれまで……)

 

 …………ブリタニアには、戻らない。

 

 

 ☆

 

 

 再生医療の研究。

 ランペルージ家に匿われ、学園と研究機関の潤沢な設備を使って尚、それを推し進めることは多大な困難を極めた。

 無論、いつかは実現するだろう。しかし問題は、タイムリミットをルルーシュが五年で区切ったことである。

 

 無茶を通り越して無謀だった。確かに多くの外科医や内科医が夢想した領域の医療。しかしそれは未だ、フィクションの中の夢物語。どう低く見積もっても二〇年は先の技術、というのが医学者の共通見解だったのである。

 

 類似例として、いわゆるES細胞なるものは既に存在していた。しかし受精卵を用いるというその性質上、生命倫理の問題をクリア出来ず、予算をつけるのにも批判がなされるご時世である。研究は遅々として進んでいないのが当時の世相だった。

 四半世紀はかかると言われたものを、僅かに五年で成し遂げる。それがどれだけ艱難辛苦な道のりかは、さして現代医学に詳しくない人間にでもすぐ分かった。

 

 ルルーシュにとってそれからは、長いようで短く感じた日々だった。

 毎夜研究と臨床に明け暮れ、生活は不規則になった。同年代の貴族がスポーツや武道に明け暮れる時分の不摂生は、肉体が痩せ細る遠因となった。今でも痩身なのは、この時の悪影響だろうか。身長も、本当ならもう少し高くなっていたかもしれない。

 

 穏やかだった目付きは、疲労と精神的負荷で目に見えて鋭くなった。資金稼ぎとストレス解消に始めた賭けチェスの影響からか、感情を鋳潰す声とポーカーフェイスが板についた。株式運用や投融資申請で他者を出し抜く言動を繰り返すうち、常日頃から計算高くなった。

 組織運営や人心掌握術を実地で学び、各方面に協力者とコネクションを構築していった。

 

 PDCAを幾度も共にし、気付けばいつの間にやら、C.C.の本名を知るまでになった。既に彼女はルルーシュにとって、単なる親代わりという存在ではなくなっていた。ナナリーや東京で出会ったスザクと同じくらい、心の中で大きな比重を占めていた。

 

 基礎体力を養うべき年齢の時に、妄執にも似た意地でもって初志貫徹をなさん、と馬車馬の如く頭を回転させ続けた。

 体力がないのに負荷を掛けていたところに無理が祟ったのか、何度か倒れたこともあった。それでも時に点滴を打ちながらでも、PCを起動して研究を繰り返した。

 

 そして、四年後。今より三年前のこと。

 

「……見えるか、ナナリー?」

 

 文字通り血反吐を吐いて辿り着いた「結果」でもって…………

 

 

「………はい、お兄様………!」

 

 ……彼はついに、報われた。

 

 

 ☆

 

 

 現代医学の時計の針を二十年早めた男は、息つく間もなく本国へ帰還。手術と投薬を行なったマリアンヌらも、リハビリを進めるうちに皆五体満足に回復した。

 

 ラクシャータ・チャウラー、ロイド・アスプルンド、ならびに他三名の共著で発表された、再生細胞の基礎理論と実証の成功。医学の世界で大きな驚きと賞賛をもって迎えられたこの成果、当然が如くノーベル賞を受賞し、一躍耳目を集めることとなった。

 

 しかし。発表会見の場にも、授賞式にもルルーシュは姿を現さなかった。非実在説が流れる程に、徹底して己を隠匿した。

 彼の関与を唯一示せるものといえば、「他三名の研究者」の欄。その中に「ジュリアス・キングスレイ」なる偽名が在ったのが、彼の実存を表すわずかな痕跡である。

 

 閑話休題。事件発生から四年を経て帰国したのち、アリエス宮でささやかながら催された四年越しの快気祝いは、それはそれは快活な空気に満ちていた。

 

 ……ジェレミアだけは、なんか違う感じになってたのだけど。こう、なんかロボットみたいな。軍属時代の人間に聞かれたら「輻射波動兵器のテストやってたら事故った」とかなんとか言うつもりらしい。五体満足どころか五体大満足な男であるが、ザルすぎるので言い訳とか考えとく必要がある。あとで相談せねば。

 

 にしても、思えば。

 

「随分、突っ走ってきたものだな」

 

 数年ぶりにアリエス宮の自室を訪れたルルーシュは独りごちる。ただ生憎と一つのタスクが終了したからといって、そこで思考を止める程彼は単細胞ではない。

 大仕事を成功させ余裕の出来た彼には、次の課題が見えてきていた。

 零奈の残した預言の内容を、ルルーシュは全て記憶している。そして、その全てを信じることにした。預言を元に構築した、10年単位で計画している三つ目のプランは現在四年目。これはそのまま進めるとして、問題は……

 

「うん、クワトロ・フォルマッジも悪くはないな。ブルーチーズがいいアクセントになっている」

 

 ………問題は我が世の春とばかり、人の部屋に転がり込んでルームサービスを貪るピザ女との契約だ。

 

 この死にたがりを翻意させるにはどうしてくれよう。理詰めの説得はまともに聞かないし、こっちが駄々捏ねたって聞く女ではない。

 もさもさと今度はマルゲリータを食べてる自堕落魔女に、「おい」と声をかけてみる。最近身長で追い抜いたばかりの彼女の背丈は、やはり昔となんら変わっていなかった。

 

「お前確か『この計画が成功したら、貴様の言うこと何でもひとつ聞いてやろう』、とか言っていたよな?」

 

「んん?…………知らんな、忘れた」

 

 ………ついに認知症が始まったか、嘆かわしい。

 

「よし分かった、願いを増やせ因業魔女」

 

「女性になんて口の聞き方だ、偶にはエスコートくらいしてみろ」

 

「チーズ臭い女をエスコート?一億ポンドもらっても御免だな」

 

「いちいち格好つけるな、そんなんだからいつまで経っても彼女が出来ないんだ。女の口説き方くらい習ったろう?」

 

「口の周りにトマトソースつけた女を口説く趣味はない、落としてこい」

 

「ほう、落としたら口説くのか?耳年増な童貞如きがこの私を?卑猥な妄想も大概にしておけよ?」

 

「何を勘違いしてるか知らんが、思春期どころか更年期もとっくに超えてる老人を俺が口説くとでも?詰まった耳垢を取ってから話せ」

 

「……おい、今のは流石の私でも腹が立ったぞ」

 

「それは心配だ。お前の動悸がな」

 

「いいだろう、後悔するなよ……!」

 

 バタン!とシャワー室のドアを勢い良く閉めたC.C.をよそに、ルルーシュは我関せずと晩酌をし始めた。

 

(……チーズ臭いと言ったの、気にしてたのか)

 

 ならばもうちょっとしおらしく出来ないのか、これでも自分なりに感謝はしてるんだけど。今度プレゼントで老人用紙オムツでも贈ってやろうか。…いや、やっぱりあとが怖いからやめとこう。

 

「………む、これがヴィンテージの赤ワインか。香りだけでも凄いな」

 

 こっそり親父の酒蔵から失敬したボトルを、試しに栓抜きで開けてみる。

 人生で初めての飲酒だが、両親とも強いらしいので大丈夫だろう。今日くらいは快気祝いの無礼講だ。ナナリーに怒られると思って部屋飲みにしたが、まあバレなければ問題ない。酩酊するまで飲む気もないし。

 グラスに注いで格好つけてテイスティング。C.C.は放任主義だが酒には煩いかも知れない。さっさと開けて証拠隠滅を図ろうか。果たしてロクなアテもつけずにルルーシュ、くいっと一杯飲み干した。

 

 売り言葉に買い言葉。この時双方がムキになった結果の顛末は、結局今でもお互いだけの秘密にしている。

 

 




※未成年飲酒と一気飲みはやめましょう。皇子様でもダメなものはダメです。
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