五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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写真回。


TURN 11:誰が為の写真

 

 アッシュフォード学園の内装は、一般的な私立校と比べてもやけに近未来的な施工が成されている。高等部の一角にある職員室も、勿論その例に洩れない。

 

 電子ロックのスライドドアに、白とアースカラーで統一された目に優しい内装。人体工学に基づき設計された流線的なソファチェアと、各人完備のタワー型PCとタブレット端末。出前を頼めば学食から直ぐ届けてくれるし、空調と温度・湿度管理も当然行き届いている。常にルンバ擬きみたいなガジェットが掃除をしているためか、床には埃一つ落ちていない。

 

 さて。至れり尽くせりの快適な放課後の室内で、何故かこの世の終わりみたく、どんよりとした表情で紅茶を啜ってる先生方がお二人。

 

「……コーネリア、本国からは何と?」

 

 問いかける片割れは、昨日廊下で不埒な副会長に迫られていたC.C.女史。吊り目がちな金眼が特徴のこの方、因みに不老不死である。

 

「…やはり向こうには無いそうだ。国立図書館もあたったが存在していないらしい。ということは()()は、学園の書架に保管されている線が濃厚だ」

 

 同僚の誰何に答えるはヴァイオレットの長髪を揺らす、硬質な印象を与える美人。なお実は皇族である。

 割ととんでもないバックボーンを抱える妙齢の女子二人のトークは、尚もトントン拍子に続く。

 

「と言ってもな、学園(ウチ)に開かずの書庫がいくつあると思ってるんだ?」

 

「……やめてくれ、私も気が滅入ってくる」

 

「学園創立から優に1世紀以上経っている。埃を被ってるどころじゃ済まないぞ?」

 

「頼みの綱のルーベン理事長も知らないのに、我々にどうしろと?」

 

「…地道に探すしかない、か。途方も無いのが玉に瑕だが」

 

「……お前は何か、知っていないのか?」

 

 コーネリアからの小声での問いかけ。どうにも何か古本をお探しのようである。理事長より遥かに長生きしてるC.C.に対し、暗に「()()()学園に来た事とかないのか?」と問うてみたものの。

 

「解らん。アッシュフォードに()()()()()今だって、この学園の全容は掴めてないしな」

 

 嘆息混じりに彼女は返す。自分がかつて在籍していた頃より更に大きくなった学園の全体像は、もう十全に把握出来る気がしなかった。

 

 アッシュフォード学園の開闢は今より150年近く前。明治時代に御雇い外国人として来日した、ルーベン・アッシュフォードI世が設立した私塾が源流である。震災などで被害を被ったこともあるものの、それでも数多くの貴重な歴史的史料が残存し、一部は日本やブリタニアの博物館で展示されていたりする。

 問題は歴史の長さゆえ、資料も相応に多いこと。更に建物自体も増改築を繰り返してるので手に負えない。

 

 無論地上階だけみれば、設備がでかいだけのシンプルな学び舎だ。しかしアッシュフォードの真髄はその()()にある。厳重な防犯シャッターと耐火扉、防振ゴムを隔てた下にあるのは、魔窟と称される広大な空間。耐震シェルターや資料・食料備蓄庫をはじめ、KMFの整備ドックと格納庫まで設置されてる始末。要人脱出用のリニアレールがある、なんて噂も囁かれている。

 …それらはまるで将来、来たるべき()()に備えているかのようだった。

 閑話休題。有り体に言えば曇っていた2人の背中に、遠慮がちに。

 

「あ、あのう……」

 

「お疲れ様、です…?」

 

 戸惑い半分の声が二つ、かけられた。

 

 

 ☆

 

 

「「レポート探し…?」…ですか?」

 

「ああ、かれこれもう40分ばかり書類と睨めっこしててな」

 

 日直の当番で偶々二人して来ていた三玖と五月の質問に、当直日誌を三玖から受領しながらコーネリアは答えた。にしたっていくら学年主任(コーネリア)と副主任(C.C.)とはいえ、この二人だけで面倒そうな仕事をやる事は無いだろうに。

 

「図書委員の学生に手伝って貰ったりとかは……?」

 

 首をひねるは三女の問い掛け。彼女は武将好きが高じて日本史コーナーの歴史書やらを漁ってるためか、姉妹のなかでは最も多く学園の蔵書をレンタルしている。故に察する、人海戦術でやらないとラチがあかない、と。この学校は図書室と別に図書館、更にまた別に資料館が敷地内にあるくらいなのだから。

 

「ユフィの手なら既に借りている。でもな、ミク」

 

「はい」

 

「この学園でデータベース化されている蔵書記録は、コンピュータを導入した1970年以降のものに限る。それ以前は紙媒体の記録のみなんだが、……1923年以前の書類が収まった六つの閉架書庫を、開けられる鍵が無いんだ」

 

「鍵がない」

 

「正確には保管場所ごと消滅した」

 

「鍵を開ける鍵がない」

 

「セキュリティとしてはある種完璧なんだがな」

 

「なるほど」

 

 遠い目をする担任にひっそり同情する三玖。到底一国のうら若き皇女がたたえるべき眼差しではない。煤けた表情をしてても美人に変わりはないんだけど、なんだか可哀想になってきた。

 

「でも消滅って、一体どうして………」

 

「関東大震災で被災して、建物毎木っ端微塵だ」

 

 そのくせ書庫は無傷だったそう。何故だ。

 

「…べ、別の場所にマスターキーとか無かったんですか?」

 

「二本あったが、やはり震災の折に両方紛失したらしい」

 

「鍵を統べる鍵がない」

 

「ちなみにピッキングは試したが開かない」

 

「思い切って爆破するとかは…」

 

「重要文化財なんだ」

 

「重要文化財」

 

「うん」

 

 有難いはずの歴史的価値が邪魔でしかない。どうしろってんだ。

 

「…もし、閉架書庫の中に探し物があったら」

 

「詰みだ」

 

「なるほど」

 

 察した。建設時は欧化政策の影響もあり、学園も西洋チックな石造りの建物ばかり。当然、五重塔みたいな免震構造は備わっていない。大地震に見舞われ全壊するものも出たのは自明の理だった。

 優に90年以上前の話だが、被災後は数年間建て直しのため休校していたので、書庫に用のある人間など居なかったそう。

 

 加えて今まで別に盗人に侵入(はい)られたこともなく、大して貴重でもない(筈の)古臭い資料なんぞ閲覧する機会も必要もなかったので、今日までなあなあで放置されてきたらしい。今更鍵を複製して中を検めようにも、当時作成した職人はとうの昔に故人である。

 詰まる所、八方塞がりだった。

 

「……えーっと、肩でも揉みますよ?」

 

「ありがとう、だが大丈夫だまだやれる」

 

 生徒に心配させてたまるか、みたいな意地を張る担任皇女。気が強いのは異母弟と若干似たところがある。にしても今の彼女の待遇、ダールトンあたりがみたら憤死するかもしれない。

 

 こんな事ならブリタニアで軍人をやっていた方がまだ楽だったかもな、と自嘲気味にコーネリアは心中で呟く。あっちならお高い官給品を紛失すると連帯責任になるから、人海戦術で探し物が出来るし。

 ちなみに彼女はブリタニア帝国軍士官学校を首席で卒業しており、今は予備役として(形だけ)軍に所属している。尤もこのご時世、世界大戦でもなければ皇女に召集がかかることはまず無いだろう。

 

 尚、教職資格はアリエス宮で負傷し、右腕を失っていた四年の間に取得。腕の再生とリハビリを終えた後、大使として日本に赴任し一年間の任期を満了。その後は「日ブ友好の架け橋とならん」とか適当な名目を付けて学園に赴任した。わざわざユフィの入学と合わせたあたり、どこぞの兄に負けず劣らずのシスコン振りである。

 

「なんなら二人ともこの学園に就職するか?給料だけはホワイトだぞ。繁忙期は使う暇がないがな」

 

 D組勢の間隙を縫うように横合いからC.C.が茶々を入れる。正直言って忙しい時期は(アーサー)の手も借りたいレベルなのだ。要領が良いので普段はすぐに仕事を片付けさっさと帰宅してるC.C.だが、受験期は膨大な面接者を捌いたりと色々面倒くさい。

 

 入試の時は年間通して最も忙しい時期だ。アッシュフォードは日ブ各政財官方面に強いコネを持つため、将来の就職先にまず困らない。監査こそ厳しいものの金満校ゆえ設備も潤沢。おまけに授業は評判が良く、生徒も教師も美男美女が多い、ともっぱらの噂だ。倍率もそれ相応に高く、日本のインターナショナルスクールでは現在、一番の人気校なのである。

 

「勤め先としては魅力的ですね。学食も美味しいですし」

 

「司書とかならやりたいかも……」

 

 教師志望の五月に続き、なんと三玖も色よい返事。二人ともまだ多忙な時期を知らない為かもしれない。どころか「図書館散策がゆっくり出来るなら古文書探しとか楽しそう…」とか考えてた三玖。信長公記やら太閤記を愛読書にしている彼女、妙案を抑えきれぬとばかり、珍しく思い付きを直ぐ口にした。

 

「……宜しければ、手伝います…よ?」

 

「いや、流石に生徒にやらせるのは拙い」

 

「いやいや、でもユフィもやってますし……」

 

「ユフィはいいんだ、妹だからな」

 

 にべもないコーネリア。曰くこれは「ノブレス・オブリージュ」の一環とのこと。人の上に立つなら然るべき務めを果たすべしとは、妹にダダ甘な彼女らしくない方針というべきか。だが。

 

「相変わらず堅物だなお前は。私としては手伝ってくれるなら御の字なんだがな」

 

「おいC.C.」

 

「まあまあ。…五月はどうだ?お礼と言ってはなんだが、後日ケーキくらいなら奢るぞ?」

 

「謹んで拝命します。やりましょう三玖」

 

「五月、今はちょっと静かにしてて」

 

「行きますよ、時は金なりです」

 

「聞いてないし…」

 

 人参ならぬケーキにつられてやる気が出たのか、手早く担任からマップを受け取った妹に、ずるずると半ば引き摺られるようにしてドナドナされていく三女。

 ご両人の同意が取れたか知らないが、「いいのかそれで」とC.C.にアイコンタクトした学年主任に対し。

 

「気をつけてなー」

 

 副主任は、堂々と猫の手を借りることにした。

 

 

 ☆

 

 

 教え子二人が図書館へ向かって暫し経過した時分。「1950〜1960」と銘打たれたファイルを捲ってたコーネリア、C.C.へ小声でそっと呟いた。

 

「なあ」

 

「ん?」

 

「第13閉架書架の件なんだがな」

 

「ユフィに次にチェックする予定のところか。それがどうした?」

 

「ユフィか。…今更とは言え正直、私としては妹は余り関わらせたくはないんだが」

 

 先程とはまるで違う事を申し立てるコーネリア。だが声のトーンからするに、どうもこちらが本音らしい。

 

「これもルルーシュの戦略の内なんだ。何より彼女自身が納得してるだろう?」

 

 そう、同意は得ている。

 しかし姉としては手塩にかけて育てた筈の妹が、腹黒い異母弟の企みに一枚噛んでいるのは複雑だった。

 勿論ルルーシュには感謝も尊敬もしている。幼いながらに前人未踏のレガシーを築き上げ、しかし全く以って名誉も名声も求めない。飄々とした顔で学生をやってる現在の彼をみれば、実は既に史実に残る偉人レベルの事をやってのけた人間であると、誰が感知できるだろう。この腕だって彼がいなければ元には戻らなかったし、また剣を取れるとは思っていなかった。正直、血が繋がっていなかったら惚れていたかもしれない。

 

 ……でもそれはそれとして、やっぱりマイシスターが絡むのはちょっとアレだ。自分が協力するだけなら躊躇いないんだけど。

 

「頭では分かってるさ。でもな、蝶よ花よと育てた筈のユフィがな………」

 

「もうスザクに収穫されてるだろうがな」

 

「やめろ」

 

 そこで妹の彼氏の話題を出すんじゃない。「一目惚れでした、私を好きになりなさい(※意訳)」なる男らしすぎる告白をぶちかましてあの天パとくっついたユフィの晴れ晴れとした表情は、忘れたくても終生忘れる事はないだろう。皇女の癖して思い切りが良すぎるのだ、あの娘は。

 ……政略結婚の伴侶を見繕おうとしてた矢先にそれを知った母親の顔を見た時は、正直胸がスカッとしたものだった、が。

 

「キョウト六家に嫁になど行かせんぞ、政争でユフィの胃に穴が空く」

 

「入り婿で向こうが来るなら?」

 

「………………………………………ユフィ次第だ」

 

「妹離れしたらどうだ、いい加減」

 

「んんっ!……もういいだろう、話を戻すぞ」

 

(…相変わらず揃ってシスコン姉弟だな。弟もだがこの皇家、やはり何処かおかしいんじゃないか?)

 

 但し思うだけで言いはしない。乱暴な咳払いでリセットを図った同僚の意を汲んでやり、C.C.はあっさりと軌道修正。閉架書架の件に話をスライドさせた。

 13閉架書架。それは通常、一般生徒の学生証では立ち入れないエリアの一つ。KMFの地下格納庫などと並ぶそれは、学園の有する秘密の一端が眠る場所でもあるのだが。

 

「五月達は入れるだろう。()()()()入学したのではないからな」

 

 そう。彼女達は事情が事情ゆえ、他の一般生徒と学生証の区分けが異なる。理事長自らが「彼女達を護るために編入を許可した」と言ってるのは伊達ではない。鍵代わりの学生証には、普通は立ち入れない場所へのアクセス権が付加されている。

 

「そうだな。……いずれは知らねばならん、か」

 

「ああ。真実を、な」

 

「………態とだろう?さっきあの2人を書庫に向かわせたのは」

 

「どうだろうな。想像に任せるさ」

 

 彼女達がモラトリアムを過ごす間に、真実へ向かおうとする意思を持ってほしい。それは人生の先達二人の、密やかな願いだった。

 

 

 ☆

 

 

 ぺたり。ひんやりとした図書館に、新品同然のスリッパの音が木霊する。学校指定の室内靴から館内入口備え付けのそれに履き替えた三玖が、五月と二手に分かれた後、回廊に足を踏み入れること間も無く。

 

「このフロアは初めて来たな……」

 

 教師陣の意味深な会話も露知らず。バインダーを帯びた彼女は、迷路のように広い書庫をマップ片手に探しているところだった。

 

 ここ約50年分のデータベースの中に、C.C.らが探している資料がない事は既に分かった。残る紙媒体オンリーの資料も、1960年以降の分は持ち出し済。約25の閉架書架のうち、開かずの書架は別棟の1から6。14以降は調査済なので、残るは7から13とのこと。

 ならばと手始めに13書架から当たっていこうか。「何、当たり前だが全てやる必要はない、今日は一棟終えてくれたらそれで良い」と、言われた言葉を反芻しつつ、検索機の方へ向かった時だった。プシュ、と空気の抜ける音と共に、やにわに後方の機密扉が開かれた。誰かいるのかと身を翻した、先に居たのは。

 

「……あれ、ユフィ?」

 

「あら、ミクじゃありませんか?」

 

 背後から現れたのは、同じクラスのお姫様だった。ブリタニアから遠路はるばるやって来た、天上人にしてはやけに気さくな女の子である。ピンクに近い髪をいつも通り結んだ彼女は、思わぬ来訪者が出たとばかり、珍しく目を丸くしていた。

 

「どうして一般生徒がセキュリティレベルAのエリアに入って……あ」

 

 ……ごめんなさい、今のは忘れて下さい、と小さく付け足した。

 

「?」

 

 要領を得ぬ発言に首を傾げる三玖だったが、どちらかと言えばそれよりも、彼女が両手に抱えている写真の束が気になった。10や20どころの数ではないが、そんなにたくさん抱えてどうするんだろうか。資料でも作るというのか。

 

「えーと、申し訳ないのですがわたくし、所用があるので失礼致しますね」

 

「え、あ、うん」

 

「また後日お昼でもご一緒しましょう、御機嫌よう!」

 

 上品かつ快活に一言置いてタタタ、と駆けていってしまった彼女。おっとりした普段の彼女とは大分様子が異なるが、何か変事でもあったのだろうか。

 

「何だったんだろ………」

 

 まあ忙しそうだし、それこそまた今度聞くか。同じクラスだし機会はいくらでもある。気を取り直して機密扉横のカードリーダーに、真新しい学生証をタッチ。

「第13閉架書庫」と銘打たれた部屋の中に流れるように入室するとまず目に入ったのは、最新式と思わしき巨大なプリンタだった。「古写真の着色サービス」なる機能も付属しており、興味本位で解説欄をぽちぽち押してみる。白黒写真の微妙な濃淡の違いを元に色味を解析、淡いながらも当時の彩色に近付ける、なる謳い文句が踊っていた。

 歴史的資料のあれやこれやに色付けが出来るのでは、との可能性を感じ後々活用することを決めた折。

 

(……あれ?)

 

 よく見ると、プリンタ下部の排出口に1枚、刷りたてと思わしき紙切れが残っていた。前利用者を照会するまでも無い。今しがたまでここに居た彼女のものだろう。

 

「ユフィ、写真忘れてる……!」

 

 間に合うか。碌に内容も確認せず、写真を拾って回れ右。勢いのまま彼女の去った曲がり角まで走ったものの。

 

「あちゃー……」

 

 既に、影も形もなく。どうもそそくさとエレベーターに乗ってしまった後みたいだった。

 

(しまった)

 

 正直、自分の脚力では今から非常階段を上ってユフィに追いつける自信はない。四葉なら可能性はあるかもだけど。

 

(…………明日渡そう)

 

 至極まともな結論を導き出した三女は、そういえば急いでた様なユフィが何を印刷したんだろうか、とふと思った。皇女殿下にして気の良い友人がわざわざ刷ってまで欲しいものとは、一体何だ。……好奇心の虫に勝てず、心の中で「ごめん」と謝罪しつつペラ、と捲ってみた。ちょっと見るだけ、すぐ裏返す。そんな腹積もりだった。だけど。

 

「……嘘」

 

 気付けば、思い切り凝視していた。何故ならそこに写っていたのは、本来はあり得ぬ筈の()()だったから。

 鮮やかなカラーで彩色された元セピアの写真に写るのは、武将好きが高じて日本史に強い三玖にとって、驚愕の画像。

 

 場所は船上。人数は3人。正に歴史書の一ページといった趣のそれは、綺麗に着色されている為か個々人の眼の色まで鮮明に分かる。問題は真ん中の人物だ。スカーフの隙間から覗く、黄緑に近い淡い髪。琥珀のそれにも似た金色の眼。顔に煤がついていようとくすまぬ、()()()()()()()()()美貌。見覚えのありすぎる、その人は。

 

(C.C.、先生…?)

 

 よく似た別人、というには余りに似過ぎている。先程当人の顔を見てきたばかりだし、何より三玖は他者への巧みな変装を可能とする程の高い観察力を持つ。見分ける方法は色々あるが、耳の形を見れば大抵は一目瞭然だ。顔を変えても両耳まで整形する人間はまずいない。

 もう一度全体を俯瞰した上で、加味すると。

 

(どう見ても、本人……)

 

 …………いや。決めつけは早計か。落ち着こう。流石に穿った見方をし過ぎているかもしれない。

 例えばエキストラで時代劇とかにちょっと出てた、とか。捻くれて考えれば写真自体を合成で作ったんじゃないかとか、苦しいけど言い訳の余地はある。

 しかし。「何処かに撮影の日付とかあるのでは?」と探すと、隅っこに何やら流麗な字を発見。内容は。

 

(『学制発布ガ為サレテヨリ一年以上、西欧式教育機関ニテ尽力サレル女史ラト共ニ。日ブノ安寧ト皇弥栄(いやさか)ヲ祈念シテ』……え……「学制」って……)

 

 戦前の文書なのかどうにも片仮名だらけだが、普段から戦国大名の記した癖の強い崩し書きを見慣れた三玖にとって、この程度の判読なら可能だ。流石に英語の筆記体を読めと言われたら無理だが。

 さて「学制」。確か発布されたのは明治初期、という非常に古い法令だが……もし現代に映画の収録とかで撮ったなら、こんな厳つい文字列をわざわざ並べるだろうか。普通はアラビア数字あたりで年月日だけ走り書きするだろう。おふざけにしてはネタが分かりづらすぎる。

 

 更に、写真の下部に添えられた人名と肩書きらしき筆書きが、高まった疑惑を一層加速させる。

 

(…文部省御雇外国人教師、クレア・リ・ブリタニア……?)

 

 文部省。勿論現代日本では存在しない官庁だ。それに「ブリタニア」という姓。もし偽名でないなら、C.C.?の隣に写るこの女性は……皇族か?しかも「リ」家だって?

 

(ならこの人、ユフィとコーネリア先生の……ご先祖?」

 

 そう思うと何処と無く2人に似ている気がする、クレアなる女性。でも何より問題なのは()()だった。

 

「……明治六年、九月四日」

 

 即ち、約150年前。

 だが議論するまでもなく一般に認知される事実として、先進国に於ける現代人の平均寿命は70〜80歳前後。ギネス記録でも117歳が最高齢だ。故にこの写真はおかしい。厳然と存在するのに、何かの間違いとしか思えない。

 

 21世紀を生きる人間が1()9()()()()()()()()姿()()()()()()()なんて、どう考えても……有り得ないのだから。

 

 

 ☆

 

 

 三玖が一枚の写真から何かを掴もうとしていた時。五月は何故か、館内付きの検索用PCの前から離れることが出来ないでいた。ふと閃いた思いつきを実行するか否かを、考え込んでいたためである。それは。

 

(私達の実の父は、もしかしてアッシュフォードに通ってたんでしょうか……?)

 

 義理の父たるマルオから聞かされた数少ない言葉の一つを信じるなら、自分達の遺伝子提供者たる父は、ブリタニア人であるらしい。ならばもしかしたら、彼はアッシュフォードの卒業生かもしれない。

 ええいままよ。半ば開き直ったように、覚えている昔の父親の名前を、思い切って打ち込んでみる。しかし。

 

「………出てきません、か」

 

 当然のように、検索結果はゼロだった。

 

(まあ、それもそうですよね)

 

 アッシュフォードはなんだかんだ名門校。父親が馬鹿だったら普通は入れないし、頭の良し悪しがまず分からない。というか父を探したければ、少なくとも日本よりブリタニア各地のアカデミーを調べた方が早いだろう。

 

(逆にほっとしました。だって…)

 

 声や性格どころか、顔だって碌に思い出せない実の父について考える。名前くらいしか碌に覚えてない父は、残念だが今のところ、「女誑しのロクデナシだった」みたいなイメージしか浮かばない。

 置かれた後年の環境から類推するしかないのだが……スレてない時分の若い母を、恐らく誑し込んだんだろう。子供まで孕ませといて後は知らん顔。大凡男としても人としても最低だ。

 しかもその相手はバツイチになるどころか、自分たちと言うコブが五つもつく始末。お陰で母がどれだけ苦労したと思ってるんだ。あのルックスで器量良しだ、本来なら再婚でも引く手数多だったろうに。

 

(私が……私達が、お母さんの幸せの邪魔をしてしまったかも知れない)

 

 本当に、自分達は望まれて生まれた子供だったのだろうか。片親で五人の子供を育てるのは、相当に大変だったことだろう。結果的に母が体を壊し病に倒れ、早逝する一因になってしまった。

「結婚相手は、きちんとした人を選びなさい」。時折母がそう言ってたのは、実体験に基づく考えだったんだと思う。もっと、色々と聞いておけばよかった。今となっては手遅れだが。

 

 さて。母の死後その代役を請け負わんとしたあたりに表れてるように、五月にとって母の存在は一際大きい。言われた事は今でも遵守せん、と考えているし、個人的に結婚願望もそれなりにはある。

 翻って。

 

(私の理想のヒトって、どんな人でしょう…?)

 

 思わず頼み事も横に置いて、将来の亭主像に想いを馳せる。

 まず責任感が強いこと。子供が出来たらハイサヨナラ、なんて真っ平御免だ。次に優しいこと。DV男やネグレクト野郎は論外だ。

 稼ぎはまあ……窮乏しないくらいには欲しい。勿論自分も勤めに出るつもりだが、赤貧生活の辛さは五月自身がよく知っている。ああ、頭は良い方が好き。これは自分にないものだからだろうか。

 容姿や声は…好みはある。けれどルックスにまで贅沢言ってたらきりが無いだろう。清潔感が有れば良い、という大方の女子の妥協点に彼女も漏れなかったりする。

 

(二乃ほど面食いではない筈、ですし)

 

 あと美味しいご飯作れる人だとバイブスがアガってまじヤバい、セイク飲んで優勝する(意味不明)。大体こんなところか。

 

(焦らずゆっくり探す……いや、焦らなすぎても不味いですね。むむ、勉強もそうですが、旦那さん探しとは何と難しいものなのでしょう……)

 

 世の女性達はどうやって適当な男を見繕ってくるのだろうか。あのヒトは、一体どうやって彼と付き合いだしたんだろう。傍からみれば恋愛脳では?と突っ込まれかねない妄想を練り上げる彼女の脳裏に、かつて最も近くで見続けた女性の姿が浮かんだ。

 

(…入力して、みましょうか)

 

 丁度目の前にある、御誂え向きの検索機。カタカタ、と心の向くまま打ち込んでみたのは、五月にとってともすれば自分の名前より馴染み深く、とても大切な符号。でも父と違い、アッシュフォードにその人の名が出て来るわけはない、と思い込んでいた。

 しかし。

 

「検索結果、53件該当………!?」

 

 至極あっさりと、それらは出てきた。カラー写真に写ったその人は、五月の知る姿よりずっと若かったし、化粧っ気も薄かった。いつも鉄面皮な表情を浮かべていたにも関わらず、何枚もの写真の中の彼女は、一様に表情豊かだった。

 中には学祭の準備期間中にでも撮られたのだろうか、模擬店で女生徒と一緒に笑い合っているものすらあった。赤ペンキが顔に飛んだままでもにこやかに笑う姿は、五月の知るお固い母のイメージからは想像だに出来なかった。

 卒業式かと思わしきものもあった。大正時代の女学生風の袴姿にブーツという出で立ちで、綺麗に赤髪を結った彼女。友人らしき学生達に囲まれて、とても幸せそうだった。

 

 確定的だったのは、最後の一枚。出典元はアッシュフォード学園高等部、第XX期入学生名簿。緊張からか若干表情の固い彼女の顔写真の下に、はっきりと名前が記されている。

 その苗字こそ「中野」ではない。けれど、明記された名前と美しい容貌は、紛れもなく。

 

 

「お母、さん…………!?」

 

 

 




〈クレア・リ・ブリタニア〉……コードギアス「漆黒の蓮夜」より。時代設定は幕末の方を採用。

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