五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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五つ子集合……の前のシャーリー回。


TURN 12:晴れのち涙雨

 いつからだろう。気付けば彼の姿を目で追うようになっていたのは。

 

 シャーリー・フェネットは回想する。今より三年前。彼とこれまで過ごした時間、その始まりを。

 ……最初は、なんていけ好かない人なんだろうと思っていた。

 

 中等部の二年時に編入試験満点という結果を引っ提げ入ってきたその男は、程無くして学園で知らぬ者の無い存在にまで駆け上がった。

 

 スタイルは抜群で顔も良い。弁が立つからトークも上手いし、おまけに手先も器用ときた。頭脳に至っては転入してこのかたずっと全国一位をキープする天才児。スペックが高過ぎてクラス長なんかにも必ず推薦される、そんな人。

 だというのに、授業はいつも寝てばかり(しかもバレないように上手いこと)だし、口を開けば悪徳弁護士もかくやというくらいの毒を吐く。おまけに気質はナチュラルに俺様で、イベント事では当然とばかり人をこき使う。

 更に巷では「夜な夜な違法カジノに入り浸ってる」とか「実は皇室にも顔が効く」、なんて得体の知れない噂が数知れず。

 勿論、そこまで大仰なのは嘘だとすぐに分かるけど。兎角雪だるま式に噂に尾ひれがつくくらいには、彼は注目の的で。

 

 総合すると、頭良いのに使い方おかしい、いけ好かない人。ルルーシュという人間に対する評価は、精々そんな程度だった。が。

 

(……え、あれもしかして、ランペルージ君?)

 

 入学してひと月ほど経過してからのことだったか。交通事故の現場に遭遇したところを、彼が両者の仲裁に入って上手く纏め上げてしまったのを目撃したのは。

 

 

 ☆

 

 

(……どうして?)

 

 最初に浮かんだのは疑義だった。「動く凶器を扱う癖に事故を起こすなど頭脳が間抜けな証左だ、()く死ね」、とか言い放って捨て置くタイプだと思っていた。損得勘定が得意そうだから、金にならない事なんてやらないだろう。偏見で、思い込んでいた。

 

(揉め事に、わざわざ割って入るなんて……)

 

 意外と、情に厚い人なのかな。彼女の疑惑は、程なく確信に変わっていった。

 理詰めで物事を考える思考の緻密さと裏腹に、彼は存外に人情家らしかった。特に弱い立場にある人々が虐げられているのは我慢出来ない性質らしい。

 こういった点は普段ポワポワしてるがいざとなると恐ろしい程冷徹になる彼の親友・スザクとは極めて対照的だと、後年のシャーリーは述懐している。

 

(……こんなトコも、あるんだ)

 

 彼女が彼に抱いていたイメージは、かくして徐々に変わっていった。でもこの時は、まだ彼の事を……好きだったのかは分からない。どちらかといえば憧憬や、羨望の方が強かった。すごい。同い年でこんな飛び抜けた人がいるのか、と。

 

 嫌悪が好意に変わり、やがて恋慕に変じてゆくのは、やはり生徒会で一緒に過ごした時間が大きい。

 徐々に分かってきたのは、兎角彼は「デキる男」だったということ。事務処理は早く折衝も巧み。複数の作業を並列でこなし、立案企画に一切のハズレなし。運動部や文化部の対外成績を向上させ、文化祭やバザーで過去最高の売上を記録。扇動と鼓舞に長けるため、体育祭なんかでは生徒の士気は鰻登り。でも、全く偉ぶらない。

 

 とどめは、一緒に編入してきてから暫くは松葉杖生活をしていた実妹を気遣い、介助していた姿を幾度も見たこと。優しい声音と真摯な態度こそ、彼の本来持つ形質だと、漸く気付いた。

 思えばその頃からだ。彼に、ルルーシュという少年に懸想したのは。

 

 そして。時期を同じくして、父の職場があるナリタ連山で土砂崩れが発生したのも、丁度その頃だった。

 

 

 ☆

 

 

 山肌どころか火山が噴火したかという規模の災害は、しかして天災ではなく人災であった。下手人は流体サクラダイト。これを用いた発破に成功すれば、工期の大幅短縮と予算削減が見込めるは必定。関わった技術者らの期待を一身に集め、土建業界に於ける画期となる筈だった事業は、予想に反して見事失敗に終わった。

 シャーリーの父が勤め、東京に本社を置くとあるゼネコンもその例に漏れず。丁度現場視察に赴いていた彼も、無傷で帰還することは出来なかった。

 

 ただ案ずるかな、結論から言えば彼女の父は、崩落した土砂に対して巻き込まれる事もなく軽傷で済んだ。石の飛沫で軽い擦過傷を負い、打ちどころが悪くとも肋骨に一本ヒビが入った程度。部位が部位ゆえギプスで固める事もなく、安静にするよう指示されたのみである。労災認定も下りるだろうから、特段心配することはない。

 

 ……そう、()()

 

「………救命措置の結果、一命は取り留めました。患部が全て壊死した訳ではないので、切断の必要もありません」

 

 昨日、命からがら被災現場から脱出したジョセフ・フェネットは、病院の診察室で拳を震わせながら医師の話を伺っていた。傍らには自宅から駆けつけ、顔面蒼白になりつつある妻の姿もある。無論、自分の容態を聞いていたのではない。

 

「但し、……長期間重機と山肌に挟まれていた影響もあってか、下肢の恒久的麻痺は避け得ないでしょう」

 

 レスキューの手により大学病院に担ぎ込まれて緊急手術を受けたのは、ジョセフ・フェネットではなく。

 

「そんな、何とかならないんですか!?」

 

「………申し訳ありません」

 

 外科医は沈痛な表情で、ふるふると首を横に振る。

 

「ここまでが我々の………()()()()()、限界です」

 

 ナリタ連山崩落事故。フェネット家の中で最も深刻な怪我を負ったのは……夫妻の愛娘、シャーリーだった。

 

 

 ☆

 

 

 自らの経過と現状を、彼女は半ば茫然と聞いていた。娘を抱き締めて泣き崩れる母の横で、放心状態だった。

 時間だけが刻々と冷厳に過ぎていく。告死が如き宣告を受けた衝撃も冷めやらぬまま。非常灯の明かりだけが頼りなく灯る病室で、彼女は絶望感に潰されそうになっていた。

 

(どう、して)

 

 ほんの、軽い職場見学のつもりだった。張り切って朝からお弁当も手作りしてたから、昼時にお父さんに渡そうかな、なんて考えてもいた。働いてる父の姿を見てみたいと、思っただけだったのに。

 

(私が、お父さんが、何か悪いことでもしたの?)

 

 腰から下が、動かない。砂袋でも入ったみたいに、全く。走るどころか、自分の意思で歩けない。

 酷薄な現実の与える衝撃に心は折れた。病院食はろくに喉を通らなかった。携帯に沢山入っていた着信を、かけ直す気にもならなかった。バタフライでもクロールでもお任せあれ。体型維持にも気を使って維持していた美脚は、密かに彼女の自慢だった。だと言うのに、今では一人では寝返りを打つことすら億劫な身体。

 

 もう、今までのようには泳げない。誰かの介助なしでは、満足に生きていくことも出来ない。スポーツ推薦どころか五輪だって狙える、と太鼓判を押された水泳を再び出来るかと問われれば…………どう贔屓目にみても、不可能だった。

 

 気付けば、涙が幾筋も頬を伝っていた。

 

 一度しかない学生生活を目一杯楽しもう、と加入した中等部の生徒会は、大変だけどやっと慣れてきたところだった。

 アスリートとして鍛えている身体は、着々と全盛期に近付いている。最も高いパフォーマンスを発揮出来るだろう時期に、世界に挑戦してみたい。そんな志も、勿論あった。

 ささやかな願いだけど、好きな人と付き合って………結婚して、一緒に生きていきたいなんて夢もあった。

 

 でも、今は。

 

(………………………もう、死にたい)

 

 人並みの幸せに溢れていた筈の人生に、突如襲い掛かった悲劇。シャーリーにとってその夜は、紛れもなく最悪の一夜だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 翌朝、早朝9時。コンコン、と響いた2回のノックで、彼女の意識は微睡みから目覚めることとなる。

 

(………誰?)

 

 食欲が沸く筈もないので朝食は断ったから、看護師の診察だろうか。朝一からとは頃合いかと思い、オートロックを手元のリモコンで解除し、どうぞと一声。発した声が意気消沈しているのに自分でも気付いた、刹那。

 

「失礼する」

 

 スライドドアを音も無く開けて入ってきた人物は、しかし医者でもなんでもない彼女の知己で。

 

「生徒会を代表して見舞いに来たぞ、シャーリー」

 

 中等部の男子制服を纏うは、自分が今一番会いたくて……会いたくなかった、人。

 

「……ルル!?」

 

 転入してこの方その英才を存分に発揮し続けるばかりか、現在は中等部の生徒会副会長まで務めている同級生は、両手に花と菓子箱を携えていた。

 

「如何にも。つまらん物だがこれは差し入れだ。序でに今から少し、時間を貰っても大丈夫か?」

 

「いい、けど……なんで、此処に……?」

 

 どうしよう。朝シャンも済ませて無いし、梳かしてないから髪はボサボサ。おまけにすっぴんだし、第一身体、臭わないかな…?

 御礼を言うのも忘れて、自身の酷い容体を一瞬でも忘れられるくらいには、彼女は年頃の女子らしい悩みを心に浮かべていた。

 

「ああ済まない、居室にいきなり立ち入る不躾は許して欲しい。緊急性が高い話なんだ。……ところでこの様子だと、ご両親は不在なのか?」

 

「え、うん……一旦私の荷物取りに、ね」

 

「そうか」

 

 相槌を打ちながらも、彼は備え付けの花瓶に手際良く切り花を生けていく。手先が器用なのか、あっという間に作業は完了。しかもシャーリーの好きな花ばかりというのも心憎い。生徒会の顔合わせの時に一度だけ言ったのを覚えていたのだろうか、なんとも出鱈目な記憶力だ。

 

「………それで、君の容体についてなんだが…」

 

 核心へ慎重に切り込もうとしたルルーシュに対し。ピク、と身体を強張らせた彼女は思う。

 この副会長の先読みと洞察力は常人のそれではない。黙っていてもいずれ全て露見してしまうだろう。けれど。

 昨日の今日でこの現状を、彼女はまだ……受け入れたく、なかった。わざわざ見舞ってくれた彼に、余計な心配をさせたくなかった。

 ……想い人に、こんな自分を知られたくなんてなかった。

 

「……ごめん、折角来てくれたのに悪いんだけど、私は大丈夫だから」

 

「いや、しかしな」

 

「生徒会も、退院したら復帰できるから。だから心配しないで、ね?」

 

 遮る様に、取り繕って語るのは、もちろん嘘。こんな状態で碌に業務が出来るわけがない。水泳だって諦めざるを得ない。五輪の強化選手だって視野に入ってた泳ぎを取り戻すのは……もう、無理だ。学校自体にだって、正直行きづらい。皆が求めているのはいつだって元気な少女、シャーリー・フェネットの筈。腫れ物みたいに扱われるのは御免だし、耐えられない。

 どうしようか。いっそ………学校、辞めてしまおうか。思わず自棄になるくらいには、精神的に切羽詰まっていた。気丈な台詞を吐きながらも気付けば、ベッドのシーツを指先が白くなるくらいに握りしめていた。

 

 しかしその挙措を、目敏いルルーシュが見逃すわけもなく。鋭く煌めくアメジストが、飢えた猛禽のように細まったかと思うと。

 

「脊髄損傷に拠る半身麻痺、か」

 

「……え?」

 

「大方、『このままでは一生車椅子』とでも言われたんだろう?」

 

 淡々とした言葉が、耳朶を打った。弾かれたように目線を上げると、感情を鋳潰したような彼の表情が目に入った。

 

「なん、で…………」

 

 何で、知ってるんだ。本人がつい昨日聞かされた事を、部外者が。

 

「勝手に閲覧した。院内データベースのカルテをクラッキングしてな」

 

 今日の献立でも諳んじるような調子で、稀代のクラッカーは事情を知り得た顛末を語る。

 

「今回の土砂崩れ、死者を除けば最も症状が重篤なのは君だ。だから俺は真っ先に此処に来た」

 

 いつも穏やかな笑みを湛えているだろう顔立ちは、今は能面を貼り付けたように如何なる感情も宿していない。

 

(何………何……?)

 

 目の前のヒトを、理解していたと思っていた。その筈なのに、一分も理解出来なかった。病床の患者への遠慮や慎重さは、カケラも見受けられない。自分の目的を達成する為に、まるで手段を選ぼうとしない。他人への配慮や倫理観が、そこには毛ほども感じられない。人を気遣い思い遣りに溢れる彼とは全く、違う。

 

(………誰…?……ホントに、ルルなの………?)

 

 生理的な嫌悪ではない。例えるなら未知の存在へ対する、畏怖。まるで何か、世に有らざる生物が直ぐそばに居るみたいで。背が粟立ち怖気立つ程に、急に恐ろしくなった。

 

「……帰って。…………部屋から、出てってッ!」

 

 フラストレーションと、畏怖。それらを混ぜ込んでぶつけるみたいに、思わず手渡された菓子箱を投げつけた。衝撃で中に収まったクッキーが、丁寧な個包装ごと吹き飛んで辺りに散らばる。八つ当たりだと分かっていても、気付けば腕が勝手に動いていた。

 

「……………お願い、一人にして」

 

 俯いて、一言。乾ききった雑巾から更に水を絞り出すくらいに一杯一杯な心根のまま、苦心を吐露する。何も考えたくなかった。何もしたくなかった。呼吸すら億劫だった。立ち直るには、前を向くには、途方も無い時間が必要だと感じた。……生きることさえ、諦めたくなった。なのに。

 

「断る」

 

 箱をぶつけられようが何処吹く風。あくまで冷静に、彼は続ける。

 

「君に今必要なのは諦観じゃあない。最善の結果を手にする()()だ。だから俺は今日、君に契約を持ち掛けるため此処に来た」

 

 言うなり手提げの中からバサ、と。彼は一冊のなにかを取り出した。彼女の手元に差し出されたのは、五〇ページ近くの冊子。英語で何やら詳らかに記されたそれは、一見しただけで複雑な公式や理論が幾つも羅列されている。

 中でも特に多く紙面を割いていたのは、「C因子」と「R因子」なるものを導入して得たという、分化万能性と自己複製能を持たせた細胞について。それらは到底中等部に通う一学生が解せるような難易度でも、ましてや提示できるような内容でも無かった。さらに言えば、既存の現代医学で解明されているものでもない。

 

「何、この書類………」

 

「奇跡の結晶、とでも言おうか」

 

 述懐するように、彼は呟き。

 

「超人工多能性幹細胞・『R2-Cell』を用いた再生医療。この誓約書にサインして行われる手術と投薬、リハビリに同意すれば、君の身体は元通り動くようになる。後遺症どころか目立った手術痕すら残らない」

 

 ………雲を掴むような、馬鹿みたいな話だった。有り得ない。身体が元通り動く?奇跡の結晶?覚醒剤か何かの類か?死刑を控えた囚人にだって、もっとマシな言葉をかけるだろう。第一、再生医療なんて未完成のオーバーテクノロジーだ。病人へかける冗談にしては悪質すぎる。

 

「そんなもの、存在するわけ……!?」

 

「あるんだよ。無かったから俺が()()()

 

 ……創った、だって?

 

「医療サイバメトリクスにおいて次世代をひた走る企業・『黒の騎士団(ブラックナイツ)』。聞いたことくらいはあるだろう?」

 

 黒の騎士団。その大仰な名前は確かに耳に残っている。最先端技術を用いた画期的医療により、現代医学のステージを数段上に引き上げたとされる新興医療会社の名称だ。

 

「名前だけなら。それが…何?」

 

 しかし。彼等の提示する理論は理論は難解過ぎて意味不明な上、シャーリーは企業実態まで知ってはいなかった。

 でも病院(ココ)で、このタイミングでその名前を出すということは、彼はそこの関係者、とでも?…降って湧いた疑問を差し挟もうとした時。彼は唐突に、何やら懐から一枚の黒いカードまで持ち出した。

 

黒の騎士団(ブラックナイツ)代表取締役社長兼最高経営責任者(CEO)、ジュリアス・キングスレイ。又の名を……」

 

 提示されたのは、社員証と思わしき黒いそれ。添付された顔写真は、眼帯をつけている以外は目の前の人と全く同じ。即ち。

 

「……黒の騎士団筆頭株主、ルルーシュ・ランペルージ」

 

「……!?」

 

 は?え??…つまり…………彼の言う事が法螺ではないなら……同期の生徒会副会長は、実は生き馬の目を抜くベンチャー企業の最右翼を飾る会社の社長にして経営者で、そして敏腕投資家でした、って事?

 

「…どうして偽名、なんて……」

 

「色々だ。騒がれると面倒な事情があってな、普段はAI越しに経営指示をしている。……さて、俺の情報は開示した。信用するかしないかは君次第だが」

 

「……嘘、だったら?」

 

 もし嘘なら?…同意すれば保険適用外の手術でもって、身体を弄り回されることになる。あまりにもリスキー過ぎる。昨日医師から悲観的な通知を受けたばかりの彼女には、自分の未来に暗雲が立ち込めているようにしか考えられなかった。

 けれども。

 

「数は少ないが、俺の正体を知る社員もいる。裏取りしてみると良い、カレンに聞けば直ぐ分かるぞ?彼女の兄君は我が社のエースだからな」

 

 次から次へと、飛んで来た。

 

 

 ☆

 

 

 30分程外に出ている。その後に可否を伺いたい。紋切型に述べた彼は、言葉通り本当に退室してしまった。

 

 ぼつねんと取り残されたシャーリーが選択した行動は……実際に、かけてみること。

 震える手で携帯番号をプッシュすると、ワンコールですぐカレンに繋がった。事前に話を合わせておいたのだろうか。何やら彼女の声以外にも後ろから色々と聞こえてきたが、拙いながらもなんとか説明。すると。

 

『……うん、確かに働いてるわよ。ルルーシュから聞いたのね』

 

 至極あっさりと、彼女は認めた。おまけに。

 

『どーせあいつカッコつけて外で待ってるとかそんなんでしょ?だからバラすけど…』

 

 今しがたの彼の行動パターンまでお見通しだった。そればかりか。

 

『…この手術は既に成功例があるの。ナナリーちゃん、っていうね』

 

「え?」

 

 もう既に、実用化していたのか?聞けば夏休みでブリタニアに帰省中の彼の妹・ナナリーは、今は手術を終えてリハビリをしているそう。車椅子生活が長かったので感覚を取り戻すには暫くかかるかもしれないが、「兄様の御顔に泥を塗らせるわけにいきません」と、鬼気迫る勢いで励んでいるらしい。

 

『リハビリだって大丈夫よ。開発に関わった先生方も、今度からアッシュフォードに出向するって話になってるから』

 

 なんでも利害の一致とのこと。ルルーシュがいるとスパコン使わなくていい上に性能が上位互換なので、各々やりたいことが早く進むのだと。彼は彼で有能な人材を集めたい目的があるので、お互い願ったり叶ったり。あわよくばアッシュフォードに集う日ブの有能な人材に若いうちからツバつけときたい、なんて魂胆も込みで。

 

『ルルーシュね、シャーリーが巻き込まれた、って知って血相変えて病院まで飛んでいったの。ポーカーフェイス気取ってるだろうけど、きっと内心大慌てだから』

 

「なんで、そこまで………」

 

『ほっとけない、って言ってたわよ?憎からず想ってるんじゃないの、シャーリーのこと』

 

 本当か、それ?共謀されている、という説は……?…いや、私を謀って二人に何のメリットがあるんだ。カレンは気質的にそういうやり口、好まないだろうし。悶々としかけた時、不意に。

 

『……学校で、待ってるから。だから…あとは貴女次第よ、シャーリー』

 

「………!」

 

 励まし序でに二言三言。近況報告を混じえたトークを交わして、そこで一度携帯を置いた。そして。計ったように丁度きっかり30分後に戻ってきた彼に、詳しく聞いてみたところ。

 

「無論、他にセカンドオピニオンを求めるも大いに結構。その上で俺は聞きたい。乗るか、乗らないか?」

 

 ごくり、と生唾を飲み込んだ。真摯に、しかし冷静に此方を見つめる紫の目に映るのは、お伽話に縋りたくなるくらいに、絶望に満ちた表情の自分。

 彼は悪魔か、それとも救い主(メシア)か。

 

「……失敗する、可能性は?」

 

「砂の海で砂金を見つけるほどになら」

 

 あることはある。エラーはつきもの。100%なぞ有り得ない。当たり前の事実なのに、手渡された万年筆を持つ腕が震える。

 

「ただ」

 

 不安げな問いに彼は少し瞑目したのち、呟いた。

 

「そうなったら如何様にでも責任を取ろう、俺自らがな」

 

「………ホントに?」

 

「ああ」

 

 間髪いれず間断なく。明瞭な言葉に否やはない。躊躇いもない。彼にあるのは不退転の決意と覚悟。無論口だけではない。痩身に五つの墓標を背負った男は、救えなかった数以上の人々を、既に救っているのだから。

 

「ルル」

 

 見上げた綺麗な顔立ちは、不敵な微笑を湛えているように映った。…こんな、例えるなら男の子って感じの顔もするんだなと、どこか他人事のように感じて。

 

「私ね、……まだ、ちゃんと学校行きたい」

 

「戻って来い。待っている」

 

 筆を執り、紙を引き寄せ。

 

「……皆と一緒に、卒業したい」

 

「同じ気持ちだ」

 

 震えを堪えて、一筆一筆。

 

「これまでみたいに、泳ぎたい」

 

「出来るさ、直ぐにな」

 

 その一言で、署名を終える。

 

「……………………助けて、ルル」

 

 そうして、彼女は。

 

「────待っていたぞ、その言葉」

 

 賭けに、()()()

 

 

 ☆

 

 

 全身麻酔から覚めると、あっさりと正常な感覚を取り戻した自分がいた。

 転院の後退院したのは、僅かに一週間後。一月後には部活に復帰出来る、とのことだった。拍子抜けするほど即座に社会復帰を果たした彼女は退院予定日より一足早く、思い人にしてお世話になった彼のもとへ馳せ参じていた。

 

「ルル!」

 

 クラブハウスのドアを息急き切って開けると、やたらに分厚い日本語?の本を読んでた彼に突貫。ここ数日の間に毎日せっせと見舞いにくる彼と話すうち、お互いの距離も心なしか縮まった気がする。

 すっかり見知った顔を見るなり目を丸くした彼は、書籍をパタン、と畳んで応対。

 

「シャーリー?退院予定は明日じゃなかったか?」

 

「許可貰ってきたの!いてもたってもいられなくて、ね」

 

「それは良かった。にしても何故此処に?」

 

 ぱちくりと、不思議そうに瞬きひとつ。脚を組んで本読んでただけなのに、どうしてこんな様になってるのだろうか。あれか、惚れた欲目か。

 

「皆と、カレンと………る、ルルに会いたかったから、って言ったら?」

 

「特に何処にも異状は無いか?」

 

「うん、おかげさまで健康体です!…て、じゃなくて!スルーしないでってば!」

 

 慌てて切り返す。このまま彼のペースではぐらかされたら、お礼だけで終わってしまうところだった。

 しかし話を差し戻すと、腕を組んで難しそうな顔をされた。……ひょっとして、迷惑だっただろうか。

 

「うーん、しかし俺に会っても、もう大して出来ることは無いんだがな」

 

「いや、何して欲しいとかじゃなくてね?」

 

「ああ、工事関係者を訴える手伝いなら出来るか。原告を纏め上げて集団訴訟というのもアリだな、幾ら分捕りたいんだシャーリー?本気を出せば相手方を社会的に抹殺できるぞ?」

 

「違う違う!そんな理由でもないの!」

 

 心配は杞憂だった。それどころか恐ろしいことを平気で言い出した。この男に毟られたら一銭どころかぺんぺん草も残らないだろう。それに怪我はお陰様で治ってるんだし、もう彼らへの禍根は個人的にはない。先ずすべきは。

 

「……ありがとう。何から何まで、お世話になりっぱなしで」

 

 一〇度に頭を下げながら謝辞。その上であの、その、と。暫く口ごもっていたのだけど。

 

「お金……手術代!必ず返すから、だから……」

 

 無料(タダ)にして、なんて考えは毛頭ない。でも大金だろうし直ぐには払えない。せめてバイト代が貯まるまで待って欲しい、と言おうとした矢先。

 

「なんだそんなことか。心配するな、金などいらん」

 

「えっ…」

 

 簡潔に過ぎる言葉だった。口ぶりからして、本心から必要を感じていないらしい。だが気持ち的にそうはいかない。どうにも収まりが悪いのもあり食い下がる。

 

「でも、高かったんじゃ」

 

 べらぼうな値段だろう。ジェネリックどころか認可外の薬品の投薬に、手術。保険適用が成されるわけがない。開発費用の試算を入院中にネットで調べてみたけれど、とんでもない額だった。研究費をペイする為には薬代だけでも物凄い金額になるだろう。数年単位での返済を企図し、覚悟していたのだけど。

 

「金目当てでやったんじゃない。君に恩を着せたくてやったのでもない。だから気に病むな」

 

 訴訟も示談もせずに事を収めるなら、今回のことは野良犬にでも噛まれたと思えば良い。もう、いつも通りの日常に回帰するんだ。

 含むように、言いつけて。

 

「親御さんに元気な姿を見せるのが先決だ」

 

 穏やかな口調はそのまま。言いたい事をあらかた言い終えたのか。それきり用は済んだ、とばかり何やら机の引き出しを開けようとした彼。スルーしまくりは仕様なのか?……でも、でもせめて。

 

「………ない」

 

 せめて、お礼くらい言わせて欲しい。

 

「?」

 

「…思えるわけ、ないでしょ……」

 

 最初は、一方的に悪印象を持っていた。それから徐々に彼の言動を見て見直した。内面を覗くにつれ、いい人なんだと認識を改めた。近づけば近付くほど、カッコいいと思い始めた。気付けば、大好きな人になっていた。……あまつさえ、助けられてしまった。

 

「私が」

 

 想い人からここまでされて、心が動かない人間がいるとでも?初恋は実らないと言うけれど、これ以上の恋心を抱ける自分がいるなんて……思えない。言葉一つで嬉しくなるし、彼が疲れてたら心配だし、側で支えていたくなる。思いつめてれば問い詰めたいし、相談に乗ってあげたい。一緒に歩くだけでも楽しくてたまらない。重い女と、自覚してても止められない。

 

「私が一番、ルルに言いたいのは……」

 

 

 

 




次回も!シャーリーの!ターン!

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