五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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TURN 03:魔女と白騎士

 五つ子編入の真相をお聞かせ願いたい。

 

 姉妹達との邂逅の翌日。朝イチで理事長室に赴いたルルーシュの口から飛び出したその言葉に口角を上げたのは、部屋の主たるアッシュフォード理事長だった。

 

「……君にはつくづく敵わないね。まさか、昨日の今日で全て看破してくるとは」

 

 口調と裏腹、微動だにせず好々爺を演じる老人に、若き俊英は一抹のまだるっこしさを覚える。この男討論も口論も大得意だが、無駄なお喋りは好まない。

 今日は中等部校舎までナナリーに付き添う、という大役を咲世子に任せてまで来ているのだ。それ相応の収穫を得るまでは帰るつもりは更々無かった。

 

「看破も何も、面接で態とらしい発言をすれば気付くでしょう?」

 

 「無論、気づいてもらわねばならなかったからね。ただ君がその彼女達の家庭教師を始めた、とC.C.先生から昨日伺った時は、流石に予想外だったよ」

 

「彼女達も不安がっていましたよ?私に直接言いこそしませんでしたが、ね」

 

 お陰で懐柔にえらく苦労した。姉妹達だって編入に裏があるのは察していたけれど、理由は何か分からない。かといって生徒や職員にすらろくな面識もない状態で、私学の理事長に聞きづらい事を尋ねるなど出来るわけがない。

 

 ましてやこのアッシュフォードは、日本の学校の中でもブリタニア人が最も多く在学する場所。学校暦だってブリタニア準拠の()()()()だし、異国に放り込まれたのと大して変わりないだろう。五人とも、今は環境への適応で手一杯に見えた。

 そしてルルーシュは元来世話焼きで情に厚い性質ゆえ、そんな五つ子達を決して放っておけない。

 

「だからこそ彼女らの名代として、物怖じしない君がここに来たわけか」

 

「当然です。時に教師()が直接動かねば、生徒(部下)は付いては来ないでしょう」

 

 それでも昨日好意的になったと評せるのは四葉のみ。二乃と三玖との間にはまだしこりがある。一花は多少良くなったとはいえ、腹の底に何か一物抱えていそうだし。五人の中では今のところ、五月の安定性が貴重な清涼剤だ。

 だが、話はそれで終わりではない。

 

(………まだだ。昨日、気にかかる点が二つあった)

 

 一つは部屋に置いてあった備品。少しでも目に入った物は配置から大きさまで全て覚えているが、リビングルームに置かれた二つの写真立ての中身が特に彼の目を引いた。

 

 一枚目は、妙齢の美女の周りでロングヘアをはためかせる、白いワンピースを着た笑顔の幼い子五人の写真。顔立ちの似通ったところからおそらくは、幼少期の五つ子と母親かと思われた。

 二枚目は最近撮ったものだろうか、いささか緊張した面持ちで黒髪の男性を取り囲む姉妹達の写真。こちらはうって変わって、両者の関係のぎこちなさが伺えた。

 あまり部屋に寄り付かないのか、男親の生活感や私物などが殆ど無かった事もそれを助長する。

 

 更に疑問に感じたのが、()()()()()()家族写真、及び母親と最近撮った写真が部屋に無かったこと。ついでに言えば母親の私室と思わしき部屋も見当たらなかった。

 家庭教師を依頼してきたのは医者である父親のみだったし、もしかして離婚でもしたのだろうか?しかし日本では離婚すると、子供の親権は母親が持つ事が多い。

 加えて気になる二点目が、五人の容姿だ。全くもって父親らしき人物に似ていない、そればかりか。

 

「五つ子揃った碧眼と、真白い肌に赤い髪。……まるで、カレンをみているようでした」

 

 いずれも、モンゴロイド系人種の多い日本人には珍しい身体的特徴だ。五月と食堂で話した時も、ルルーシュは最初ブリタニア人かと思っていた。

 日本人であることは後で知ったが、似た容姿の例として日ブ()()()である生徒会の同僚、紅月カレンの存在が頭をよぎった。

 身近に実例がいるからこそ、類推は容易い。確度が決して高い訳ではないが、彼は一つの仮定を述べる。

 

「彼女達の本当の父親は別の人間であり、かつ外国人の血を引いている。今の御父君とは再婚。母親とは離婚もしくは死別した。違いますか?」

 

 部屋に仏壇なりがあればもっと絞り込めたが、そこまでは確認出来なかった。さて、結果は。

 

「……全て正解だ。御母堂は何年か前に亡くなっておられるそうだよ」

 

 ビンゴだったか。ならば彼女達の男親はハーフかクォーターの日本人どころかブリタニア人、いやひょっとすると何処かのお貴族様の御落胤の可能性だってある。例えば。

 

「では誰です、彼女らの実父は?まさかシャルルとでも?」

 

(ルルーシュ視点で)いけ好かない肖像画を拡大コピーし、こっそりダーツの的にしたこともある父親の名を提示する。まあわざと言ったんだけれど。

 

「いや、違うぞルルーシュ君。…それからだね、周りに誰もいないとはいえ、一応陛下とお呼びした方が……」

 

 もしくはせめて父上とか。一応自分達の母国の君主なんだし。一歩間違えば父と子で大騒動が起こりそうな現状には、学園の古狸も心中で苦笑い。

 

「あの縦ロールは呼び捨てが適当ですよ、理事長」

 

 ……それで、一体誰なのですか?

 

 にべもない若人の眼は、いつの間にか部下を案じる優しき王のそれに変わっていた。声までも、気付けば幾分いつもより低いのだ。

 

(おや……?)

 

 何かが違う。還暦をとうに超えた理事長は、一見すると分かりづらい彼の変化を、長年培った年の功で感じ取る。今そこに居る彼は、生徒会副会長としても、家庭教師としても立ってはいない。声に覇気が籠っている。ジェレミアらが心酔する、ルルーシュから意図せずして時折発せられる、王の天凛が発露しているのだ。

 

 ならば、正しく今の彼を呼ぶならば、きっと。

 

「……………では、殿()()。これより話す出来事は、全て密に願えますかな?」

 

 瞑目ののち、約一〇秒後。彼に向けられたのは老獪な理事長の眼ではない。狂信に近い忠誠心すら秘めた、家臣のソレだった。

 ピク、と。殿下と呼ばれた男の柳眉が、小さく跳ねる。決して口外せぬように。依頼に対する返答、いや下命は。

 

「───我が魂と家名に誓おう、()()()()()()()()()

 

 自分の家の名に拠って、発言に箔をつける行為など本来好きではない。むしろ嫌悪している。そればかりか家格など不用とばかり、ルルーシュは(少なくとも表向きには)皇籍を離脱し名字を変えている。

 

 しかし。どう足掻いたところで自らの生まれは変えようがないし、それより重い栄誉栄達など今は持っていない。賭けられるものは捨てた筈でも付いて回る家名と、精々が命くらいしかない。

 だからこその大仰な発言。長年ブリタニア皇家に仕えてきた忠臣は、その老骨に今一度力を込めて切り返す。

 

「…イエス、ユアハイネス。受け入れ理由はただ一つ。彼女達を()()ために御座います。そして、五つ子の()()()父親の名は………」

 

 

 家庭教師の任に着いて早二日目。黒き皇子は、着々と姉妹達の核心に迫りつつあった。

 

 

 ☆

 

 

「ルルーシュが家庭教師?」

 

「うん。彼って学内にファンクラブまであるんだね。あのルックスだしそりゃそっかーって、何か納得しちゃったけど」

 

 副会長が皇子ムーブしてた同日同時刻、五月の属するA組の隣、2年B組にて。

 転入してきたばかりの五つ子の長子・中野一花は現在、同じクラスの男子生徒にして生徒会員、枢木スザクとの雑談に興じていた。

 

 一昨日、毎度のことながらテンションが振り切れてるB組担任、ロイド教授(化学担当)に連れられて入ってきた彼女。持ち前の人当たりの良さもあって、隣の席となったスザクとまずコミュニケーションを始めたのがクラスメイトとの初取っ掛かりだった。

 

 編入して早や三日目となった今ではそれなりに打ち解けてきた気がする一方で、知己となったスザクはというと。

 

(あのルルーシュがタダで?しかも放課後に?ナナリーとの憩いの時間を削るだなんて、ついに麻薬(リフレイン)でもキメたのかな……?)

 

 ちなみに家庭教師の対象生徒が同じ学校に五人もいる時点で、既に緘口令は敷けないと諦めたルルーシュ(現に今もダダ漏れである)。

 学園屈指の人気を誇る美男子につきっきりで教えてもらえるなんて事が露見すれば、一部の女生徒が涙を流して羨ましがるのは確実だがもう手遅れだ。

 実際この後、家庭教師発覚により五つ子達は学内で広く認知されていくのだが、それは今はさて置いて。

 

「……ねえ、ルルーシュ君て、スザク君からみてどんな人?」

 

 生真面目で異性への警戒心が強い末っ子の五月。彼女があれだけ男の子に懐いている(姉視点)のは、これまでで初めてだった。加えて卒業まで付き合う相手なのだし、長女としても気になった。

 

 初日に一花から「枢木君」と呼ばれたのを「名前で良いよ」、と即座に訂正して今に至るスザク、問われると程なく。

 

「うーん、………優しい嘘つき…かな?」

 

「嘘つき?」

 

 彼女にとって、至極意外に聞こえる返答を送った。

 嘘つき、だって?昨日あれだけ非協力的な態度を取った自分達にも誠実な謝罪をくれたルルーシュと、スザクの評する彼は見事に一致しない。が。

 

「うん。普段は実直だけど、たまに物凄い嘘つくよルルーシュ。あと基本人使いが荒いし、顔は良いけど口は悪い。荷運びとかしても『箸より重いものはお前が持て』とか平気で言うし」

 

「え、ええ……?」

 

 この話だけ聞くと単に嫌な奴である。思わず微妙な表情になった一花に対し、「でもね」と構わず彼は続けた。

 

「でも、彼は止むにやまれぬ理由なくして嘘は吐かない。それから、何だかんだ今までで……」

 

 一拍おいて、スザクは呟く。

 

 そう、栗色の癖っ毛を揺らすこの男は誰より理解している。荒いとはいえ、ギリギリ達成可能なラインを目一杯見極めて人を使う彼の気遣いと采配を。

 あまりに飛び抜けた美貌ゆえ、放っておくと外見だけの「白馬の王子様」扱いされるのを防ぐための処世術たる毒舌を。

『俺より断然体力があるから効率が良い、だから持て』という意味で自分に色々と頼み込むことを。

 

「……一番の親友なんだ、僕の」

 

「……!…そっか」

 

 心酔、ではない。これは『信頼』。人の良さそうなスザクにここまで言わせるのは、果たして彼の人柄ゆえのものなのだろうか?

 まだ彼等と付き合いの浅い一花には、その区別はつきかねた。分かるのは、彼等が旧友と呼べるに値する仲であることのみ。

 

「まあね。ルルーシュは気難しいけど優しいし、余りある長所は付き合ってく内に段々分かると思うよ?」

 

 言ってから「…割と気恥ずかしい事言ったね」、と頬をかくスザクを尻目に、中野家の長女は一つの意を決した。

 

(…なら、勉強ついでにルルーシュ君の為人(ひととなり)、ってのを……時間をかけて、これから知っていこうかな)

 

 「俺に従え」と言い切った、自信満々な家庭教師の顔を思い出す。彼の内面を、この先も続くだろう友誼を通して識る由としよう。正直未だにその全貌は分からない。役者を志し演技派を称する自分ですら、彼がどこまで「演じて」いるのか掴みきれていないのだ。

 しかし幸い自分の家庭教師だ、今後も機会は沢山ある。

 

「いやいや、ありがとねスザク君♪」

 

「僕でお役に立てたなら」

 

 トーンを努めて軽快に。ああ、ついでに一つ聞いとこう。

 

「……あとさ、ウソって例えばどんなの?」

 

「嘘?……ええっとね、あれは確かユフィ…ああ、僕らと仲良い隣のクラスの女の子なんだけど、彼女が珍しく本気で怒ったやつでね………」

 

 と、そこまで言いかけたスザクの顔色から、傍目でみて分かるくらいに血の気が引いていく。何か恐ろしい過去のトラウマでも喚起されたのだろうか、腹部の辺りをそっと片手で押さえ始めた。

 少なくとも、胃が痛くなるようなことがあったらしい。

 

「……ごめん、あんまり思い出したくない」

 

「そんなに!?」

 

 

 ☆

 

 

「ここがルルーシュさんのお家ですか。なんだか、ウチのマンションと似てますね」

 

「外見はな。立地にだけは恵まれてる、と言ったところだ」

 

 その日の午後。アッシュフォード学園の直ぐ隣にある高層マンションに、中野五月はルルーシュと共に赴いていた。

 

 生徒会の書類は昼休みと授業中に全て処理した。一旦家に帰り、それから五つ子のもとへ向かう。

 放課後のHRで家庭教師本人からそう聞いた五月は、「ならば私もご一緒します、よろしければ道中でも勉強教えて下さい」との意見を陳述。車で下校するのをキャンセルしてルルーシュに同行。

 スパルタ方針に協力してくれる向学熱心な彼女の主張は快く引き受けられ、そのまま口頭説明でもって彼女は英語を教わっていた、そこまではいい。

 

 しかし彼の部屋のドアを開け、いの一番に出てきた住人は彼の妹でも、はたまた左隣の部屋に住んでるメイドでもなく、なんと。

 

「お帰りルルーシュ、ナナリーなら咲世子の部屋に行ったぞ。ん?後ろの娘は……なんだ五月か、いらっしゃい。学校にはもう慣れたか?」

 

「せ、先生!?いや、おかげさまで、…ってそうじゃなくて!なんて格好してるんですか!?」

 

 ランペルージという表札の下がったマンションの一室。そこから黒いレースの下着にYシャツ姿、というあられもない格好で出てきた妙齢の美女は、なんと担任教師のC.C.であった。

 

「と言われても、部屋だとこんなものだぞ私は?」

 

 などと意味不明なことを述べるこの担任教師の、しかしパリコレモデルもかくや、と言うほどに整ったボディーラインのなんと綺麗なことだろうか。ちょっとした仕草が艶かしくて思わず見入ってしまう。特にお尻から脚の曲線美にかけては、同性の五月でも感心するくらいに美しかった。

 が、今は彼女の裸体の感想よりも、教育的指導を優先しなければ。

 

「せめて前くらい留めてください!男の子の前ですよ!」

 

「減るものでもないし気にするな。というか五月はどうしてここに?夜這いにはまだ早いんじゃないか?」

 

「夜ばっ……違います!大体先生こそどうして…ここ、ルルーシュさんのお宅ですよね!?」

 

「抜き打ち家庭訪問だ、何故なら私はC.C.だからな」

 

 前半は兎も角、台詞の後半部分は意味がわからない。

 

「それでも下着姿はダメです、一花じゃないんですから!」

 

「別にルルーシュの前くらいでしかやらんさ、問題ない」

 

「えっ」

 

 彼の前でしかしない?下着の御開帳を?それってつまり……?混乱する堅物娘に、今度は件の彼が被せる。

 

「……大丈夫だ五月。実はこいつのこういう奇行、割とよくあることなんだ」

 

「えっ」

 

 更に爆弾。よくあること?下着に彼シャツで担任が自分の部屋から出てくるのが?

 フリーズする末っ子をほっといたまま話は進む。フリーダムな担任の言動に拠るものか、眉間を指で揉んで溜息をついてる辺りに彼の心労が伺えたが。

 

「…おいC.C.、俺のYシャツを勝手に着るんじゃない。今月で何度目だこれで?」

 

「小姑かお前はケチケチするな。ほら担任教師の萌え袖だぞ、感想とかないのか?」

 

「洗って返せ。当然費用はお前持ちだ」

 

「新品は下ろしてないから断固断る。これはお前が昨日着て洗濯カゴに放り込んだ使用済だ」

 

「尚更悪い!だから今日クリーニングに出した時一着足りなかったのか!」

 

 突如始まった立て板に水の如きやり取りは、まるで。

 

(……えっ、ちょっと、なんですかこの夫婦漫才!?この二人新婚さんか何かですか?)

 

 もしくは痴話喧嘩か。彼氏のいない女子高生に何をみせつけてくれてるんだ。また美男美女だから絵になるのが何とも言えない。

 パパ活ならぬママ活?それとも学生と教師との禁断の愛?身体だけの爛れた関係?

 あらぬ妄想が浮かんでは、思春期の少女の頭の中でどんどんと膨らんでいく。

 

「……あの、お二人ってもしかして……」

 

 そう言う関係なんですか。……と聞きたかったけど、流石にそこまで踏み込むのは憚られた。

 皆まで言わずとも彼女の意図に予想がついたのか、頭を掻いたルルーシュは珍しく控えめに切り出す。

 

「…ああ、五月。多分君が思っているのとは違う。俺達は、そうだな………所謂、腐れ縁というやつだ」

 

「大体合ってるな、その表現で。…ああ、私はルルーシュの両親と古い付き合いでな、その時期からの縁なんだ。ブリタニアに居た小さい頃からもよく知っている」

 

「小さい頃?」

 

「こいつの背がこーんなだった時とかだ」

 

 扇情的な格好のまま、自分の腰元あたりで手をヒラヒラさせた担任教師をみて思う。

 とんでもなく端正な容姿をした彼の幼少期。さぞ可愛くて仕方ないだろう。別に五月はショタコンではないけど、つい声に出していた。

 

「……ど、どんな感じだったんですか…?」

 

「アルバムがあるぞ、あいつの部屋のクローゼットの中だからとってこよう。それから慌てずともゆっくりしていけ、ついでに車で家まで送ってやる」

 

「わあ、楽しみです!」

 

 急にテンションの一変した五月に対し、今度は彼が慌てる番だった。具体的には「アルバム」というフレーズに、だ。

 

「待て五月、まともに受けとらなくていい。それからC.C.、何故俺の部屋の備品を逐一把握してるんだ?そもそもお前の自宅は隣室だ、いい加減巣に帰れ」

 

「ルルーシュ、無駄口を叩いてないで客人に紅茶ぐらい出しておけ。気の利かん男に育てた覚えはないぞ?」

 

「聞けこの大年増。というかアルバムテロはやめろ!」

 

 とたとたとルルーシュの部屋に侵入していく担任の背に向け話しかけるが、返答は返って来ず。そればかりか間も無くアルバムを二、三冊、的確に抜いて持ってきた。しかも。

 

(…おい、あの金背の表紙のやつは確か……!)

 

「待たせたな五月。これは生後半年くらいかな、私がルルーシュにミルクをやっていた時の写真で」

 

「やめろと言っとろーが!!」

 

 自分の同級生にそんなもの晒すな。こっちだってキャラとかあるんだ、学内じゃ優等生で通してるんだから。

 

(このままではマズイ、針のむしろだ…!)

 

 思ったルルーシュは厨房の方へ向かうことにした。逃亡ではない、戦略的撤退というやつである。どうもあの魔女、年増と言ったのはしっかり聞こえていたらしい。

 

 一方でちゃっかりアルバムを捲っている五月は、担任とトークタイムと洒落込んでいた。やたらふかふかなソファの感覚が腰に優しい。

 

「そういえば、ルルーシュが家庭教師になったんだって?襲われたりしてないか?」

 

「お……いや、そんな事ありませんよ!指導だってすっごく分かり易いんです、彼。でも……」

 

 問題はルルーシュには全くない。むしろ。

 

「私の姉達の一部が、困ったことに彼に反抗的でして……」

 

 真面目な彼女にとって姉、特に二乃あたりの反抗的態度は悩みの種だった。無給でやるとまで言ってくれてるのだ、それ相応に遇しなければ失礼だろうに。

 

「そうかそうか。まああいつ、身形(ナリ)は良いが仮面を被るタイプだからな。いけ好かないと思われたんだろう」

 

 しょうがない奴だ、とばかり苦笑した彼女に、突然。

 

「わっ、ちょっ…先生?」

 

 わしゃわしゃと、頭頂部のアホ毛の上からいきなり頭を撫でられた。そういえばよく母にこうしてもらったなあ、とか昔の事を思い出して、なんだか胸の奥がこそばゆくなる。

 

「悪い悪い、可愛くてつい、な。ルルーシュなら大丈夫、あれは何だかんだで人誑しだ。その内改善されていくさ」

 

「…任せて大丈夫、ってことですか…?」

 

「ああ。それに私も一応担任、もし何か困り事ならこのC.Cになんでも聞け」

 

 台詞に思わず目を見開く。転入初日の彼と似た、その言い草に。

 

「……実は一昨日、ルルーシュさんにも同じ事言われました」

 

「はは、なら鬼に金棒じゃないか、どっちも上手く使うといい。…そうそう、ちなみに私の担当教科は世界史だ、楽単だからしっかり点数取るんだぞ?」

 

「…は、はい!頑張ります……!」

 

 くすり、と柔らかく笑う彼女の、慈愛に満ちた金色の瞳。彼女を通してまた一つ、彼について理解できた気がする。

 きっと彼も、小さい時から彼女にこうやって育てられて来たんだろう。他者に手を差し伸べる性質は、C.C.の背を見て学んだのかも知れない。

 

 ルルーシュとC.C.。この二人の関係は親子でも恋人でも夫婦でもない。切っても切れない宿業に近い腐れ縁。

 そして、黒き皇子は不死の魔女に、この先も多分ずっと。

 

(……なるほど。ルルーシュさん、頭が上がらないんですね)

 

 彼の弱みを唯一全て知る女、それがC.C.でもある。証拠に。

 

「……全く、俺を顎でこき使うとは信じられんぞ。…ああ五月、折角だしお茶にしよう。これが君の分だ、食べ終わったらマンションに向かうぞ」

 

 ぶつくさ文句を言いながらも、ルルーシュが手早く紅茶を三人前淹れて持ってきたのだ。ご丁寧にケーキも添えて。反射でお礼を述べた五月、いただきますと言うことも勿論忘れない。

 しかし。その間も写真を見ていくうち、ある一つの疑問が浮かんできた。

 

(あれ、でも………?)

 

 二〇年近く前の写真にも関わらず、このC.C.なる担任教師、全く見た目の変化がないのだ。仮にルルーシュの母親と同じ歳としても、アラフォーでなければおかしいのに。

 ひょっとして体型維持やアンチエイジングにでも一家言あるのだろうか。だったら是非教えて欲しいんですけれど、と実は密かに己のウエスト周りが気になる五月は思う。

 

 隣でアルバムの説明をしてくれる彼女は、下手をすれば二〇歳かそこらにも見えた。

 

(……先生って、一体おいくつなんでしょう?そもそも、本名だって分かりませんし……)

 

 C.C.はただのイニシャルだから、別にきちんとした名前があるはずだ。しかし当然の事ながら、名前は兎も角成人した女性に歳など聞くべきではない。

 奇しくもアッシュフォード学園七不思議の一つに数えられるC.C.の年齢。彼女が優に一世紀以上は生きていることを五月が知るのは、果たして何時になるのだろうか。

 

(あっ、このチーズケーキ凄く美味しい)

 

 

 

 

 ……いやもしかしたら、終生知らないかもしれない。

 

 




・ロイド教授……2年B組担任。客員教授として大学に出向する傍らで高等部クラスも受け持つ。ブリタニア軍のシンクタンクとかにも出入りしてたりしなかったり。尚B組の副担任、セシルによく手料理を振舞われている。

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