五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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二乃回。


TURN 04:黒揚羽青春謳

「ルルが先生!?…あ、だから昨日生徒会室来なかったんだ……!」

 

「え、仕事すっぽかしてきたってこと?」

 

 

 五姉妹達の転校三日目。一花がスザクとお喋りしてた同時刻、早朝の二年C組にて。

 三日前にクラスに配属されたばかりの五つ子の次女・中野二乃。

 彼女は現在、前席に座る生徒会メンバー、シャーリー・フェネットとのかしまし女子トークを繰り広げていた。

 

 クラス一高いコミュ力の持ち主たる彼女と、流行りのコスメやファッションやらについて語ったのち。話の流れの中で何の気なしに二乃が切り出した、「ルルーシュとかいう家庭教師が来た」という話。

 しかし「ルルーシュ」なる単語にシャーリー、予想外に強い反応を示したのだ。

 

「ううん、仕事自体はパーフェクト。むしろ来週処理予定の決算書類とかまで全て終わらせてあったよ」

 

「そこはキッチリしてるのね…」

 

「ルルは完璧主義だしね。ただ机の上に『本日私用のため先に失礼する』って書き置きが置いてあったから、何で?と思ったんだけど」

 

「うんうん」

 

「『どうせナナちゃん関連だろ』って、満場一致で気にも留めなかったんだ……」

 

 そっかー、家庭教師始めたのかあ…と呟き揺れる、橙髪の持ち主に、遠慮がちだが未知の単語を問う。

 

「ええっと、シャーリー。そのナナちゃんって…?」

 

「え?ああ、ルルの妹さん。中等部にいるんだけど、すっごく性格良くて可愛い女の子だよ。写真あるけどみる?」

 

「どれどれ…わ、ホントに可愛い」

 

「でしょー?」

 

 シャーリーのケータイ画面に映し出されたのは、癖っ毛の特徴的な優しそうな女の子。ナナリー、というらしい。

 

 しかし件の彼女を評しつつも、彼が家庭教師のために生徒会に顔をあまり出していない、という事実を知ったシャーリー。気のせいか少し気落ちしているようにもみえた。

 

「……ねえ、カテキョのルルってどうだった?」

 

「どう、って?…そうね……」

 

 ぽつり、と滲み出た彼女の問い。不意な質問を受け、二乃は彼に暫し思いを馳せる。

 

 ルルーシュ・ランペルージ。生徒会副会長を務めるブリタニア人の二年生。

 生徒のみならず教師陣からの信任も厚く、全国模試ではマーク・記述とも常に一位。海外留学の話もひっきりなしに舞い込んできているばかりか、その道の学者達に第一線で用いられるようなレベルの論文を何本も発表。加えて本人はあの美貌で、実家は相当な資産家らしい。

 一体どんな完璧超人だ、って話だけれど。

 

「……気を悪くしたらごめんなさい。正直、私は彼とはあまり合わないわ」

 

 嫌い、ではない。合わないのだ。自分達の家に来なかったなら、或いはもっと違った感情を抱いていただろうに。

 

 見た目は全く文句なし。むしろ面食いな二乃にとり、ルルーシュの顔形はどストライクだった。

 白磁の肌に、烏の濡れ羽色をした艶やかな黒髪。紫水晶の如く輝く切れ長の双眸。これでもっと野生的な面があれば尚良かった。

 

 でも彼は……彼は異物、なのだ。姉妹達の家に割って入ってきた、異分子。家族を何より大事にする二乃にとって、本心としてそんなイレギュラーは排除しておきたい。

 どうせなら睡眠薬でも盛った飲み物なり出して、タクシーで自宅に叩き帰してやろう。そこまで思っていたのに、いざとなると出来なかった。何故って。

 

(あんな顔されたら、追い出すなんて出来ないわよ…)

 

 ……末っ子の五月が彼を見る眼が、あまりに信頼に溢れていたからだ。男に媚びるような真似は絶対に嫌がる、あの五月がだ。

 家庭教師が誰か分からずガチガチに緊張していたのに、相手が彼と判明した途端、一気に顔が華やいで歓待ムードになっていた。なんたって終始隣に座ってたくらいである。

 

(よっぽどあいつの何かが、五月の琴線に触れたんでしょうね)

 

 アッシュフォードに来ることで母の墓と前より遠くなる事もあってか、転校が決まってからは五人の中で一番気落ちしていた五月。編入初日の見学の時も空元気で、「先にご飯でも食べてきなさい」と食堂にけしかけたくらいだ。

 まさかそんな彼女を変えたのが五つ子の誰でもなく、突然やってきた家庭教師だったとは。感謝はしているが、姉としては複雑な思いもある。

 

 そして彼の持つ「何か」の正体は、未だ二乃には分からなかった。

 

 

 ☆

 

 

 「合わない、か。実を言うとね、私も最初はそうだったよ?」

 

「そう…なの?」

 

 シャーリーの返答は、二乃にとっても意外だった。生徒会が同じ、ということもあってより彼を深く知っているのもあるだろう。敬意すら抱いているようにもみえる、そんな彼女が。

 

「うん。頭いいのに使い方おかしいし。ぶっちゃけ最初は、ルルにあんまり好印象持ってなかったんだ、私。色々あって今は勿論違うんだけどね?」

 

 口ぶりからするに、あくまで過去のことらしい。しかしそれより何より二乃にとって気になったのは、彼女がルルーシュについて話す時の、瞳の熱のこもり具合だった。

 特段話せるような恋愛経験なんてないけれど、二乃だって年頃の女子。コイバナくらいこれまで散々してきたのだ。その経験則から言うと……。

 

 「…あ、ねえ、これ聞いてもいいかな。二乃ちゃんの好きなタイプって、どんな人?」

 

 そんな考え事をしてる時。割に突っ込んだ質問が飛んで来て、テンパって答えたのが。

 

「え、あ、私?ええっと…ワイルド系でかっこいい人、かな……?」

 

「へぇー!じゃあ、ウチだとD組のジノ君とかかな?」

 

「あ、確か金髪でイケメンの子よね?妹が隣の席になった、って一昨日言ってたわ」

 

「話し上手で聞き上手だから、妹さん楽しいと思うよー?それにスポーツも万能だし人気だよ、ジノ君。ただ、若干チャラいけどね……」

 

「うーん、タイプでも軟派過ぎる人はちょっとムリね……」

 

「あー、それは私も同意かなー」

 

 そこは二人して意見が一致。

 なんたって二乃の一番好きなのは、実は「白馬の王子様」タイプなのだ。子供っぽいと言われようとこればかりは譲れない。

「どうにもならない窮地の中、颯爽と現れたカッコよくて素敵な王子様に掻っ攫われていきたい」みたいな、人前では到底恥ずかしくて言えない恋愛観が彼女の中にはある。あるんだけど。

 

(……いるわけないのよねー、そんな人。少なくとも、私の周りに)

 

 タイプはタイプ、あくまで幻想。あまり理想の男性像やら妄想やらに固執していると、将来的には行き遅れて嫁の貰い手が無くなるだろう。

 根はメルヘンチックの癖してこういう時はシビアな思考をするくらいには、彼女は割とスレていた。

 

 

 

 ☆

 

 

 その日の放課後。何故か同伴でマンションに来たルルーシュと何やら機嫌の良い五月を訝しがりつつも、二乃は一応、自宅にて渋々机に向かっていた。

 

「一花は仕事で四葉は部活の見学。三玖はまだ帰ってない、か」

 

 五人全員揃わない日はままある。用事が入ってればそうもなるのだ。が、先の二人は兎も角、三女の無断欠席は理由が分からない。どこで油を売ってるんだろう。

 と思ってたら先程、部屋の人員を把握するなり「……三玖を捕まえに行って来ます」と五月が宣言。居場所に心当たりがあるのかはさておき、来た時の柔和な表情が一変、目が据わってしまった彼女を止めるのはちょっと出来そうになかった。

 ルルーシュですら「()()()くらいまでにはどうにかなる筈だから大丈夫だ」、と言ってたのが剣幕に圧されたのか、最後の方は「…無理のない範囲でいいからな?」と返すのがやっとだったぐらいだ。

 

 まあそんな訳で、「序盤なのに対象者が一人しかいないのは効率が悪い」と、指導もそこそこに取り敢えず二〇分の小休止を言い渡した我らが家庭教師。彼は今しがた部屋の外へと出て行った。帰りがその分遅くなるので家に電話するらしい。

 

 室内には自分だけ。彼がいる時は小うるさい五月もいないしこれ幸い、とばかり、だだっ広いペンタゴンの一室でだらりと寝転ぶ。いつも丁寧にケアしているロングヘアが、はらはらと数本顔にかかった。

 一抹の鬱陶しさを感じて思わず「…邪魔ね」と独り言。でもまだ切ろう、とまでは考えない。長髪はかつての五つ子の象徴なのだから。

 

(こんなことなら今日はシャーリーと、ウィンドウショッピングの約束でもすれば良かったかしら…)

 

 気さくな友人の顔を思い出しながらも、寝返りを打って横を向く。するとついさっきまでルルーシュが羽織っていた、紺色のテーラードジャケットが視界に入る。少し部屋が暑かったのか、畳んで文机の傍に置いてあった。後で暖房の設定温度を変えておこう。

 

 手持ち無沙汰もあってか寝転がったまま思わず、滑らかな光沢のある其れに手を伸ばす。あくまでその行為は、興味本位のものだったのだけれど。

 

(わ、この手触り、凄い良い服……)

 

 ファッションに明るい二乃なら分かる。高級衣料は生地の質感と、縫製の丁寧さがまず違う。自分の持ってるアウターの中にも、このレベルの製品は滅多にない。思わず何処のメーカーだろう、と少し広げて中を見てしまった。

 

(あれ、首元にタグがない。…あ、切ってある)

 

 なぜわざわざ切ったんだろう。…と、ジャケットの裏地の左側、かなり目立たない部分に小さく何か文字の刺繍がしてあった。読み方は……。

 

(「H.I.H.P.L.V.B.」……?…ブランド名、にしては聞いたことないわね。どういう意味かしら?)

 

 個人名でもないだろう。もし本人の名前を刺繍するなら、「Lelouch.L」とでも入れる筈だから。ならまあ、私の知らないローカルブランドか何か?とその場は自己完結。あとで調べておこうかな、と思うに留まった。

 

 しかし彼なりに遠慮してるのか知らないが、何も床にそのままアウターを置かなくたっていいだろうに。

 

(シワになっちゃうじゃないの、せっかく良い服なのに。……仕方ない、ハンガーに掛けといてあげますか)

 

 やれやれと思いつつ立ち上がり、ジャケットを掴んだその時。ゴトリ、と。服の内側から何やら、不自然に硬質な音がした。名刺入れでも入ってるのだろうか。

 

(……?…あ、右の裏地に隠しポケット付いてる。この中かしら)

 

 でも、パスケースとかにしては嫌に重量感のある音だった。訝しさがどうにも収まらず、悪いと思いつつ手探りで発生源を弄る。すると程なくして出てきたものは。

 

 

「…コ、コイルガン…!?」

 

 掌大の鈍色に煌めく金属塊。サイズこそ小さいながらもよく海外の刑事ドラマなんかで出て来るそのブツの正体は、なんと実銃だった。

 

(思いっきり銃刀法違反じゃない!何でこんなもの持ってるのよコイツ……!?)

 

 それもおそらく模造品ではない。コンパクトなホルスターに収まった銀塊は、ところどころ使用感があった。おまけにグリップ部分の刻印は丁寧に削り取られており、この銃本来の所属先が分からないようになっている。もしかするとどこかの軍からの横流し品だろうか。いずれにせよ普通ではな……

 

「────何をしている、二乃?」

 

 

 

 ☆

 

 

 

「!?」

 

 斜め上からの鋭い声に振り向くとそこに居たのは、いつになく厳しい顔つきをしたルルーシュだった。何時戻ってきたのだろうか。此方を見下ろす目線は勿論、彼女の手元に向いている。

 誰何は怒気を孕んでこそいない。が、昨日五つ子を問い質した時のような、余人を圧倒する覇気がまた漏れ出ていた。

 

(ヤバっ…バッチリ見られた……!)

 

 一挙に緊迫する空気に、思わずゴクリと唾を飲み込む。

 しかし、中野二乃の持ち球に敬遠球なぞ存在しない。迷ったらど真ん中に投げ込むのもまた、この次女の潔さである。

 

「……勝手に私物を触ったのは謝るわ、ごめんなさい。でも何よ、この銃?他人の家に持ち込むには物騒すぎやしないかしら?」

 

 生来気の強い性質ゆえか勢いよく立ち上がり、声を張り上げ彼を見返す。二〇センチ近い身長差から見上げる格好になるが構わない。そのままお互い見つめ合う。

 他方、暫く腕を組んだまま彼女を、いや正確には彼女の持つ()()()()()()含めて見ていたルルーシュ。その場で「()、か」と小さく呟くと、一度瞑目したのちに、唐突に妙な話をし始めた。

 

「昔の話だが、俺はかつてアッシュフォード学園のファイアウォールを、クラッキングして数秒で突破したことがあってな」

 

 腕試しで過去にやった、紛れも無い事実だった。ちなみにその時潜ったセキュリティホールは、入学してから彼自身がパッチを作成し塞いでおいたが。

 尤も二乃がそんなエピソードを知るはずもなく。いきなり脈絡も無い話を振られれば、当然戸惑うわけであり。

 

「は、はあ?だから何?今になって懺悔でもしようっての?」

 

「いいや違う。続けるぞ、クラッキングは確かに悪だ。ただし大元のハッキングという技術自体に罪は無い。登録外の銃を持つことも同義だ。銃自体は単なる凶器に過ぎん。肝要なのは悪事を成す人間が、予め覚悟を決めておくことだ」

 

 その場で適当に思いついた理屈をすらすらと並べ立てる。どこまで本心で思ってるかは知らないが、窮地に追い込まれても変わらず口達者なのがこの男の特徴だ。

 

 ちなみにコイルガンだが、実は昨日まではこのマンションには持ち込んでいない。気が変わったのは今朝、理事長に彼女達の()()()()()を聞いた時。

「これからは保険として、()()()()()にも携帯しておこう」と決意し、家からこっそり持ってきたのだ。放課後に一旦、自宅に立ち寄ったのはこの為だったりする。

 尤もこんな裏事情は五つ子達には話さない。そして現在淀みなく二乃に語る彼の懸念は、銃ではなく全く別のモノにある。それは。

 

(…危なかった。昨日届いたばかりのジャケットだったが、あんなところに小さく刺繍が入っているとは。「家紋は入れるな」、という言い付けは守ってくれたようだが)

 

 客の個人情報を他者に決して喋らぬことで有名な、ブリタニア皇室御用達の仕立屋(テーラー)。今日着ているジャケットを注文したその店、有り余る皇室への忠誠心ゆえか、なんと余計な気を回してくれたらしかった。

 サービス価格で安くしておくから、と半ばお任せしておいたのが良くなかったようだ。次回以降の発注には重ねて、「名前も入れないでくれ」と頼まねば。

 

 余計な事で自分が皇族と知られるのは、絶対に回避しておきたい。鬼札は使わずに済むのが穏当。芋蔓式にナナリーへ面倒事が降りかかるのはもっと願い下げだ。

 

 閑話休題、ルルーシュとしては「彼女のことだ、弱みを握ったのを奇貨として非難の嵐、なんなら罷免要求までして来るだろう」と、反論を二〇〇パターン程考えて身構えていたのだが。

 

「……もしかしてあんた、『必要なら法など度外視しろー』、とかそういう系?」

 

 返ってきたのはお咎めではなく、問いかけだった。何故その質問?と思案しつつも即座に返答。

 

「そうしなければ大事なものを守れないなら、躊躇いなく破るだろうな」

 

 この銃だってそうだ。元々ナナリーを守るためなら拳銃のひとつやふたつ、入手するのに全く躊躇はなかった。結果自分が撃たれても、たとえ処罰を受けようとも。

 

「…へえ、ちょっと意外かも……」

 

「そうか?」

 

「てっきり『ルルーシュ・ランペルージが命じる、遵法精神無き者は死ね』、とかいうタイプだと思ってたわ」

 

「人をなんだと思ってるんだ」

 

「俺様?」

 

 もしくはナルシストとか。

 

「よーく分かった、もう聞かん」

 

 しかし。そこで軽口が返ってくるかと思えばそうではなく。むしろ好機とばかり何やら決意したらしい二乃が、印象通りの強い語調で語りだした。

 

「あと、ひとつ約束して。ソレ、今後ウチの中では取り出さないでね?」

 

 今度は真剣なトーン。これには流石に居住まいを正して答える。ブリタニアでは帯銃なぞありふれたものだが、日本では常識を外れた事だ。今後の事を考えても、誠意ある対応をすべきだろう。

 

「確約しよう。もし俺が禁を破ったら煮るなり焼くなり好きにしろ。何なら家の中ではお前に預けても良いぞ?秘密にしていてくれるなら、な」

 

「……流石にそこまではやめとくわ。使ったことないし」

 

 顔を若干引きつらせた二乃が述べる。引き気味の対応、予想通り。…間が出来た今が頃合いか。そろそろ斬りこもう。

 

「了解した。…ああ、それから話は変わるんだが……」

 

 ……度外視と言えば理事長に今朝、編入の真相を尋ねておいたぞ?

 

 

 ☆

 

 

 分かっていてもその言葉に、彼女は食いつかないわけにいかなかった。

 

「!…えっ、……あの、なんて言ってたの……?」

 

 もろに話題をジャケットからも銃からも逸らしながら、気になるであろうトピックを彼は振る。対象の控えめだが強い食いつきを見て「いける」と判断。肩をすくめてごく自然に、()()()()()を口にする。

 

「『俺の指導が前提で受け入れた』、だとさ」

 

「あんたの……?」

 

「俺の親に先に渡りをつけてあったんだ。『じゃあウチの息子に指導させれば良いじゃないか』と結論付けられて決まったことらしくてな。理事長には『卒業まで彼女達の面倒を見てくれ、君なら出来るだろう?』とも言われたよ。全くどいつもこいつも大概、事後報告ばかりで困る」

 

 ちなみに大嘘である。これらはルルーシュが今朝、理事長と示し合わせて捏造した方便だ。両親に関しては渋々、……本当に渋々だがマリアンヌに電話をかけて口裏を合わさせた。大人達には泥を被ってもらう形になったが、実際結果として子供が一人タダ働きに甘んじている。このくらいの不名誉は許容してもらおう。

 

 尚、本当の入学許可理由は……話せない。いたずらに彼女達を不安がらせたくないということもある。自分達を()()()()で庇護下に置かねばならなかったから、などと。

 ……そう、止むに止まれぬ事情があれば、彼は幾らでも嘘をつく。良心の呵責があれど、何遍でも。

 

「親同士知り合いなのよね、そういえば。…ていうか、アリガト。わざわざ聞いてきてくれたのね。五月達にはもう話したの?」

 

「いいや、二乃が最初だ。全員揃ってから改めて周知するがな」

 

「そ、そう……私が、ね……」

 

 「二乃が最初」。言葉以上の意味などないのに、たった一つのフレーズに何故か彼女は、自分の心の奥がざわめくのを感じた。

 最初は彼と二人きりなんて、到底間が保たないと思っていた。むしろ気まずいとすら。…が、もう少しくらいお喋りしてもいいかもしれない。この時間は、彼は、昨日よりは嫌いじゃない。むしろ……。

 

「そういうわけで俺とは卒業まで一連托生だ。精々気張れよ、問題児?」

 

 ……前言撤回。やっぱりムカつく!

 

「あ、あんたに言われなくてもやってやるわよ!赤点取らなきゃいいんでしょ!?」

 

「言ったな?言質はたった今獲ったぞ?」

 

「あっ………!?」

 

 売り言葉に買い言葉で、気付けば口車に乗せられてしまった。ルルーシュがツンデレの取り扱いは(日頃のカレンとの交流で)十分心得ていることを、露ほども知らなかったのが二乃の敗因である。

 

 そして気付けば、休止してから二〇分という時間は、あっという間に過ぎ去ろうとしており。

 

「ではそろそろ再開するか。次は数学からだ」

 

 学生の本分は勉強と言わんばかりに、ルルーシュが畳み掛けてきた。

 しかも悔しいことに妖しげな微笑(二乃視点)を浮かべる彼の笑顔は、掛け値無しに美しく。会って数日の野郎の顔に魅入るだなんて、と思ったが、そういえば至近距離で真正面から直視したのは初めてだった。

 

「えっ……わ、私、先に御手洗い行ってくるわ!」

 

 踵を一旦返して急遽離脱。しかし教師側にとっては、生徒が「数学」という言葉を聞いて逃避したように見えてしまい、ついつい嘆息。

 

「……おいおい、どれだけやりたくないんだ…?」

 

 一方の二乃はというと、素早く個室にこもって悶々としていた。

 本音を言えば別に勉強したくないわけではない。それ以上に何となくだが、あの場であれ以上、彼を凝視してはいけない気がしたのだ。今はこの、ぐちゃぐちゃな頭の中を整理する時間が欲しい。

 

 改めて一人になり、些か勢いよく閉めたドアノブをそのまま握りしめる。振り返ると暫く彼と二人きりで居た、今の彼女の心中は。

 

(………意外と、優しいところあるのね)

 

 裏口入学の経緯なんて正直聞き辛かっただろうし、自分達にそこまでしてやる義理もない。なのに昨日の今日でよく尋ねてきてくれたと思う。神経質そうな優男かと思ったら帯銃してるクラッカーだとか、とんでもない一面まであるし。

 

 更にシャーリーから聞いたけれど、生徒会業務に充てる時間を削ってまで自分達に付き合ってくれてるみたいなのに、それをおくびにも出さない。

 何よりあれだけつっけんどんな態度の自分にも、憎まれ口を叩きこそすれ指導自体は真摯で親身だ。口惜しいが分かりやすいし。

 なんだ、これではまるで。

 

(……これじゃあ私、彼に矢鱈に楯突く只の、我儘な子供(ガキ)じゃない…!)

 

 五月が懐く理由が分かった。彼の毒舌や偉そうな態度の裏にある優しさを、彼女は克明に感じ取っていたのだ。五つ子の中では少しだけ長い彼との付き合いが、それを可能にしたのかは分からないが。

 比べると、今までとってきた己の態度が身につまされる思いだった。

 

(……少なくとも腹が立とうと、非協力的な姿勢くらいは改めましょう。自分で自分が情けなくなってくるわ)

 

 ルルーシュ・ランペルージ。自分達の家庭教師。一見すると嫌味だらけの俺様毒舌キャラであるが根は優しい。加えて超美形で、しかも必要とあらば法律も侵す系男子。白馬の王子様…では多分ないけれど。

 

 さてさて、では彼の外見だけでなく内面も含めると、二乃にとっては。

 

 

(……あれ?)

 

 

 ………もしかしてツーアウト?私?

 

 

 

 

 




・「H.I.H.P.L.V.B」
…His Imperial Highness, Prince Lelouch Vi Britannia

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