五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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四葉回。


TURN 06:長月、白詰、蜃気楼

「そういえばルルーシュさん、来週はどう過ごされる予定なんですか?」

 

 屋上でのやり取りから約三時間後。

 三玖を伴って(連行して?)帰還したルルーシュと、在宅していた五月と二乃との四人で行った花金勉強会後の雑談にて。ちゃっかり彼の左隣に陣取っていた末っ子のクエスチョンに対し。

 

「そうだな、とりあえず土日がオフなのは通達した通りだが……」

 

「……え、明日は家、来ないの……!?」

 

 これに驚くは右隣に座ってた三玖。そんな話寝耳に水だったからだ。ところが言葉に直したのを、耳聡く横合いからつつかれる。

 

「初日に言ってたじゃない。…ぼーっとしてて聞いてなかったんでしょ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

(一応は聞いていた)二乃に、ジト目で指摘され困り眉。正直精神的余裕の出来た今日になるまで彼の話、しっかり覚えられてなかったし仕方のない面もあるが。

 

「構わん、なら今記憶しておけ三玖。基本的に俺が来るのは週に三日。週末は基本的に復習をこなせば、それ以外は各人の自由だ」

 

 初週の今週は今日を入れて水、木、金の三日連続コーチングだったが、週の半分以上が自習日程なのは勿論ワケあり。

 そもそもこの五つ子達、今まで継続的に勉強する習慣自体が身についていない。そんな人間に急に週七で講義してもまず内容を習得できないだろう。よって残り三日は復習に充て、残り一日は完全オフを当面の方針としている。

 ノー勉は認めないがオーバーワークも認めない。スパルタに慣れされるにも段階というものがあるのだ。最終的には喜んで勉強するくらいに仕立ててやろう、と密かに彼はほくそ笑む。

 

 黒い計画を進めるそんな敏腕教師は、現在二乃が淹れた紅茶の香りを上品に嗜んでいた。今日は彼女、あらかじめカップまで温めて人数分持ってきたのだ。

 昨日の課題終了後、好きな茶葉やらを彼から聞いていたのはこのためか? と傍らの五月は密かに思う。

 

「お言葉に甘えて好きに過ごさせてもらうわ。でもそう言うあんたこそ、今週末はなにするのよ?」

 

 物言いこそつっけんどんだが、興味ありげにルルーシュの様子を伺う二乃。そういえば何故か今日は、彼の着ていたライダースJKTを真っ先に受け取りハンガーに掛けていた。彼の方も「助かる。…漁るなよ?」とか苦笑して預けてたとこを見ると、わだかまりは無事解消されたらしい。

 

(……最初はあんなツンケンしていたのに、昨日からどんな風の吹き回しでしょうか、この次女は)

 

 妹がそう思ってる、などと露知らぬ姉はさて置き。

 

「生徒会に休日出勤だ。実は再来週の校内行事の計画に変更があってな。その草案の作成責任者が俺なんだ」

 

「……フツー職員がやるべきじゃない? そういうのって」

 

 にべもない社畜発言に、思わず二乃が突っ込んだのだが。

 

「……大丈夫? ルルーシュ、先生達に仕事押し付けられてない?」

 

 予想外の伏兵、まさかの割り込み。

 

 

 ☆

 

 

((……な、何で急に呼び捨て……?))

 

 加えて突然のファーストネーム呼びに、珍しく次女と五女の思考が同調。二乃もそうだが昨日の今日で何があった、この三女。密かに抱えてた何かは片付いたらしいが、昨日まで「貴方」呼びだった人間に急に懐きすぎだろう、と見解の一致をみるも。

 

「問題ない、俺がやった方が迅速かつ的確なだけの話だ。ソレに校内行事といったってフジへの林間学修だぞ? 例によって退屈はせんだろうがな」

 

 最早おなじみの語調で彼は一蹴。勉強がてらモラトリアムを全力で満喫することを至上とする学園の方針に、新しく生徒となった五つ子達も勿論帯同させる腹積もりの副会長だった。

 

(林間学修?……あ、まさか……!)

 

 ところが。「富士への林間学修」という言葉を聞いた二乃、この時機敏に何かを察する。

 良質なサクラダイトが産出されることもあり、日本政府が国有地兼国家戦略特区に指定している富士山麓。あそこはたとえ学修目的だろうと、()()()予約し政府からパスを貰っておかねば入れないプラントやらがいくつもある。

 

 建物のお洒落なデザインからか幾度かTV等でも紹介され、二乃の買ってた雑誌にも特集を組まれて載っていたそれらは……昨日ルルーシュが持って来てくれた修学パンフレット見本にも、見学場所として入っていた。

 ということは。

 

「……ねえ、計画変更で休日出勤って、もしかして……」

 

 ……急に編入して来た私達の分のパス申請も、向こうに掛け合ってくれてるからなの? 

 

 対面する彼と目を合わせて意思を問う。濡れ紅葉が如くほとんどくっついてた妹二人も、時を同じくして彼の意図に気がついたらしかった。

 

「……う……嬉しいけど、そこまでしてもらうわけには……」

 

「そうですよ!それに、多忙の中でお手を煩わせるわけには……」

 

 わたわたと姉に追随。特に五月は彼の自宅にも赴き、書斎に整理されていた膨大なファイルやらを直に見ているから分かる。

 ルルーシュは自身のキャパの高さと人脈の広さ故か、日頃からやる事が数多い。家事と論文執筆に職員との業務提携、生徒会の仕事に加えて何やら色々やってるらしいバイト、更に自分達の家庭教師。

 このままでは過労で倒れてしまう、と気を揉んでの遠慮は。

 

「決算期や受験期の慌しさに比べればこの程度朝飯前だ。そもそも学校行事で一部の生徒だけ見学出来ずに外待ちさせるなど、俺のプライドが許さん」

 

 一瞬だけ「失言だったか」という表情を浮かべた彼だが、返す刀で即座に両断。

 あくまで自分の勝手だと擬制させ、彼女らの負い目を削ぎ落とす。更に目論見を一切晒さず二撃目。

 

「なんだ、それとも行くのが嫌だったか?」

 

「とんでもない!むしろ行きたいで……って、あ……」

 

 五女が慌てて口を閉じたがもう遅い。しかし本音なら好都合。強い表現で二の句を塞いだところに差し込んだのが奏功したか。

 

「いや、五月が気に病む必要は無いんだが」

 

「面目ございません……」

 

 こんなところか。あとはフォローアップだ。

 

「まあ、なんだ。どうしてもというならそうだな、学んだ結果で応えてくれ」

 

 勉強で示せ。代案としてはお硬いが適当だろう。

 

「う、うん、皆で一緒に頑張ろ……?」

 

 対し色好い三女の返答。この辺で適当に重苦しさを散らそうか。

 

「その意気だ三玖。聞いたか二乃?見習えこのスタンスをだな」

 

「あんたはいつも一言多いのよ!私も素直に褒めれんのか!」

 

「偉い。お前は女子力の塊だ」

 

「よろしい」

 

「いや、それで良いの、二乃……?」

 

「ただの欲しがりさんじゃないですか…」

 

 ノリが良いのは良いことだ。次女なりに妹達をよく見ているのか、硬軟織り交ぜた対応を返してくれるのは実に助かる。

 ちなみに言っていない彼の日曜の予定だが、賭けチェスでシンジュク区のカジノにおもむいて荒稼ぎするつもりである。勿論本来は未成年参加禁止だ。……ああそうそう、話が脱線して五月の問いに答えていなかった。

 

「……で、元はといえば週明けの予定についてだったな?確か月曜はコルチェスター学院とのテレビ会議で、火曜は生徒会の予定が入っていた筈……」

 

 本革装丁の高価そうな手帳を何の気なしにパラパラ捲る彼の、伏し目がちな紫眼。それを思わず目で追ってしまうのは、最も至近距離にいる三女。

 

(……うーん、二センチくらいある……?)

 

 煌めくアメジストを取り囲むバッチバチの睫毛を、横合いから眺めての所見。五つ子達も長い方だが全く引けを取らない。これですっぴんとは驚いた。おまけに手脚どころか首や指まで長いときている。

 色白で細身だし正直、女装したら結構似合うんじゃないか、とか余計なことを考えてる三玖をよそに、スケジューリングの確認は淡々と行われる。

 

「……部活連からの陳情があるな。骨が折れるが直接査察に赴かねば」

 

 げ、と珍しく面倒くさそうな顔を隠しもせず、遅ればせながらルルーシュは五月に答えた。

 

 

 ☆

 

 

 週明け、九月半ばの月曜日。

 高等部は二年E組の教室に、髪留め代わりのリボンをぴょこぴょこ揺らしてクラスメートとお喋りするは中野家の四女、中野四葉だ。

 

「それでですね、三玖ったらすっかり温厚従順になっちゃいまして」

 

「ほうほう」

 

「あれはホの字ですね、ホの字」

 

「表現、微妙に古くない……?」

 

 苦笑しながらも相槌を打つは、外ハネが特徴的なセンターパートの赤髪と意思の強そうな碧眼を有する少女、紅月カレン。

 一見華奢な女子の身ながら、B組のスザクに匹敵する身体能力と速力を持つ韋駄天でもある。彼女が気にかけるのは、目下のところ四葉の内実。

 

「にしても眼の色とか似てるなー、って最初思ったけど、まーさか皆してハーフとはねー」

 

 そこまで共通していると、何か不思議な縁を感じる。日ブハーフにして名門シュタットフェルト家の令嬢でもあるカレンだが、名前自体は「紅月カレン」で通している。将来的にも日本国籍一本でいく気満々だ。

 

「いっそ私たち合わせて六つ子に……あ、でも胸はカレンさんの方がってむぐっ!?」

 

「……よ、四葉、声大きいって……!」

 

「ほ、ほへんははい」

 

 四女の口元に手を添えて緘口令。アッシュフォードは共学だから男子生徒もいるのだ、何処で誰に聞かれてるか分かったものではない。四葉のここら辺の感覚の違いは、まだ女子校のノリが抜けきってない事によるものだろう。

 両手を合わせてごめんごめんと謝る彼女は、思いつくまま自然に話題を切り替えた。

 

「ところでカレンさん」

 

「なーに?」

 

「カレンさんがヴァインベルグさんと付き合ってる、って噂が流れてるんですけど、これホントですかー?」

 

「んなわけあるかいっ!」

 

 明後日の方向からパスが飛んできた。ジノは気っ風も良いし格好も良い男だが、いかんせんあちこちにコナをかけすぎる。あんなのともし付き合ったらデキ婚で退学不可避だろう。

 

「わーあ超否定しますね!」

 

「そりゃそうよ。アレは知らない間に隠し子とか作ってるタイプよ絶対」

 

 カレンを気に入ってるのか、よく絡んでくるのは事実であるが。まあそんな奴でもMr. コンテストはいっつも上位なんだけどねー、とフォローはしておく。

 コンテストと聞いて何やら興味が湧いたのか、「じゃーウチのクラスで一番人気の男の子って誰なんですか?」と四葉が訊ねると。

 

「そこの席で爆睡してるアキトね。でも去年の時点で今三年のレイラ先輩と付き合ってたわよ?」

 

 言いながら二人してアキトこと本名・日向アキトに視線をやる。普段無口だがやる時はやる彼、実はルルーシュ、スザクあたりともクラスを超えて仲が良い。ついでにE組の副担任、シン・ヒュウガ・シャイング先生の異父弟でもある。この副担、担任のラクシャータがHRやらをサボりまくる穴埋めをする、不憫なお人だったりもする。

 

「なるほどー、日向さんはリア充なんですね!ちなみに全校だと?」

 

「合算だとルルーシュかしら。女子だとミレイ会長が人気なんだけどねー」

 

 あっちこっちに脱線する、とりとめもないよくあるお喋り。ポップなガールズトークの中で「あ、そーだ四葉」と思いつくまま彼女は切り出す。

 

「やりたい部活、決まった?」

 

「うーん、取り敢えずバスケ部行ってみましょうか、って!見学行ってちょっとやったら助っ人、頼まれちゃったんです!」

 

 入部するかは暫くやって、じっくり決めます!トレードマークのリボンを揺らして、快活に四女は笑った。

 

 

 ☆

 

 

 小さな決意の後の放課後。勇み足で進んだ体育館がもぬけの殻なのを不思議に思い、向かった女バス部室を開けた四葉の耳に飛び込んできたのは。

 

「だから、予算の増額お願いします!」

 

「いや、意見はあげとくけど決済で通るかは確約できないんだって!」

 

「そこをなんとか!」

 

(……う、うわあ……)

 

 部室に行きがてら挨拶でもしようかと考えた四葉を迎えたのは、爽やかに汗を流す少女達……ではなく、生臭い資金調達の現場だった。

 

 部長らに詰め寄られてたじたじといった様子なのは、生徒会メンバーの一員ことリヴァル・カルデモンド。ルルーシュの盟友にして、実は生徒会長のミレイに密かに想いを寄せている、人の良い好青年だ。しかし生来の気質が災いしてか、あまり強くものを言えないタチでもある。

 

「大体、なんでこんな緊縮財政なんですか!?」

 

「そうですよ!もしかして誰かピンハネしてません!?」

 

 険悪になりつつある空気に、つい耐え切れず四葉は口を挟んでしまう。

 

「あ、あの、喧嘩はダメですって!」

 

「いやいやもっと言わなきゃ!四葉ちゃんからも是非!」

 

「ええ!?」

 

「オブザーバーとしてお願いして欲しいの!」

 

「そ、そんな……!」

 

 まさかの巻き込み事故である。困った。競争は好きだが闘争は好まない四葉にとって、押せ押せの交渉など不得手でしかない。こういった場を切り抜けられるのは賢しく、かつ我が強い人間だろう。彼女の知る限り今最も欲しい人は、例えば自分達の家庭教師……とまで考えた時だった。

 

「───その陳情、少し待ってもらおうか」

 

 朗々とした声が、無機質な電子音に被さり。近代的な体育館の機密扉が、遅滞無く滑らかに解錠される音が大衆の耳朶を打つ。

 響き渡るはアッシュフォード学園に属する全生徒の学生証に付与される、何の変哲もない音。しかし、問題はそれに共するある役員の声である。

 

「な…………!」

 

 動作の主を観た生徒達に走る動揺。さもありなん、()()()は生徒で唯一、学内金庫や一般生徒に秘された()()()()()までも含む異例のアクセス権を持つライセンスを有する者。特例中の特例たる証、黒い解錠札(ブラックカード)を翳し現れるのは、学園始まって以来の鬼才の姿。名を。

 

「待たせたな。名代として陳情聴取に来たルルーシュ・ランペルージだ。ここからは俺が話を聞こう」

 

 煌めく紫眼と金縁バインダーを引っさげて。満を持し、真打登場。

 

 

 ☆

 

 

 黒き麒麟児の見参は、それだけで周りの空気を一変させるに十二分だった。時折やたらオーバーリアクションになるが、彼の普段の挙措動作は至って上品。ひとえに育ちの良さと性格に起因するものだろうが、それがかえって堂々とした振る舞いに見えるのだ。

 

「代行有難う、リヴァル。生徒会室に帰参して通常業務に戻ってくれ」

 

「サンキュー!ルルーシュ!」

 

 早々にバトンタッチを受け、心底「助かった」という顔でいそいそと楽園(当社比)へ帰還していくリヴァル。彼を見送った副会長は程なく女バス勢へ向き直ると、適当な手振りを交えてペラペラと話し出す。

 

「事前通知は査読済だ、陳情内容は粗方理解した。しかし、だ……」

 

 途端、冷ややかな目線が鋭くなって皆察する。あ、これヤバイやつだ、と。

 

「……女子バスケ部の予算は昨年度より1.2倍ベアした筈。今年度の不足原因は何なんだ?」

 

(げ、手強い…………!)

 

 女バスの総意である。学園一のタフネゴシエーターと論戦を挑んでも勝てるわけがないことは明白だ。ディベート大会の優勝者なんて可愛いレベル、大企業の顧問弁護士や総会屋のイチャモンよりタチが悪い。この場はもう、開き直って正直に答えるが最善だろう。

 

「え、遠征費用です!」

 

「去年もそう言ってただろう?臨時予算を組んで補填したじゃないか」

 

「うっ……」

 

「それはその通りですけど……」

 

 そこを突かれると頭が上がらない。昨年度にアッシュフォード学園の会計を預かる財政部門の鬼・星刻先生と侃侃諤諤の議論を交わし、追加で予算をもぎ取って来てくれたのは他ならぬルルーシュであるからだ。つまりはバスケ部の恩人なのである。だから尚のこと強く言えない。

 バインダー片手に象牙の万年筆を走らせ流麗な筆記体でメモを取る辣腕副会長に、しかし彼女達は引けぬとばかり果敢に意地を見せに行く。

 

「再来週の週末だって遠征があるんです!予算が到底足りなくて、部員でカンパしてるんですけどそれでも……」

 

「……再来週に遠征?林間学修があるのにか?」

 

 引っかかる。それも当然、昨年度末に出してもらった女バスの年次計画には、再来週の欄は何も書いていなかったから。白紙のところに無理矢理予定を詰め込んだのか、と思ったが。

 

「実は、親善試合でペンデルトン学園に行くんです……」

 

「な、マドリードまでか!?」

 

 予想外の言葉に、思わず瞠目を隠せない。

 ペンデルトン学園。E.U.域内のスペインはマドリード市に位置し、「教育機会の平等」という理念を掲げる全寮制の学校だ。フットボールとバスケットの強豪校として知られているのだが、事実ならそこへ日本から行こうというのか。欧州まで大荷物で旅するとなれば、全員の往復の交通費だけでもバカにならないだろうに。

 

「はい。当然旅費はこっち持ちですし、それで予算が足りなくなっちゃって……」

 

 しおらしくなってしまった彼女達の様子も加味すれば、この話は嘘ではないだろう。生徒会から後でペンデルトンに電話すればすぐに裏は取れるのだから。ならば何故、校内行事とわざわざ予定を被せたのか? 

 

「ホスト側に負担してくれ、というのは筋違いだしな。しかし再来週か……他の週末は無理なのか?或いは別日に他校との練習は?」

 

「ダメです!あそこはU-18最強のオズちゃんがいるところなんです!!」

 

「そうです!今回だって四ヶ月以上前から頼んでやっと叶ったんですよ……!」

 

「でも冬大会前に向こうが予定空いてる週末が、再来週しかないらしくて……」

 

 枠が決まっていたのか。ペンデルトンの強さと人気は広く知られるところであるから、理由としては得心がいく。ついでに言えば一〇月にはウィンターカップ予選がある。彼女達も冬の本番前に、強豪と練習しておきたかったのだろう。

 

 しかも間の悪いことに、今現在(名前は伏せるが)E.U.域内諸国の某国王の容体がとみに悪く、巷ではもって来月いっぱいと噂されている。

 数多くの王国・共和国の連合体であるE.U.は、加盟国の国家元首が鬼籍に入ると連合全体で最低一月ほど喪に服す。当然その間のイベントやコンサート、大会などは全て中止となるから、「十月上旬しか空いてない」という向こうの言い分を信じれば、実質今回を逃したら練習試合のチャンスは師走までない。その頃にはとっくに冬季予選は終わっている。

 彼女達も不敬と思い口には出さないが、噂は耳聡く知っているのだ。逸る気持ちも理解出来た。

 

「せっかくの強豪校と試合できるチャンス、潰したくないんです」

 

「だからわたし達、林間学修キャンセルするしかないかなって……」

 

「あと、四葉ちゃんにも来て欲しいんです!」

 

「わ、私ですか!?」

 

 ところがにわかに怪しくなる雲行き。どうやらついでに勧誘もしたいらしい。

 

「うん!昨日思ったんだけど、四葉ちゃん脚速いし体力あるし、やれば絶対伸びるよ!」

 

「今回だけでもいいからお願い!来てくれるよね!?」

 

「えー、あの、ええと……」

 

 しかし当の四葉はというと、明らかに狼狽え困った様子。本人の意思を無視するのは拙いが、ヒートアップして皆それどころでないようだ。この場は助け船を出さねば。

 

「……転校したての生徒を、欧州くんだりまでいきなり連れて行くのは認められん。少なくとも学校生活に十分慣れてからだ」

 

 とりあえず釘を打って先送り。強行されたら四葉が林間学修に行けなくなる上、遠征に長期間連れていかれれば彼女の勉強が遅れる。教師役としては絶対に認められない。

 これはマズイ、早急な対策立案が必要だ。話している合間を縫って、彼は膨大な脳内データベースからペンデルトンに付随するワードを析出。コンマ数秒で齎された、検索結果は。

 

(……ペンデルトン学園。ジヴォン家の影響下にある学校で、現理事長のオイアグロ・ジヴォンは特殊部隊への所属経験もあった武闘派だ。フットボールとバスケ好きで学生の試合でも欠かさず観戦する程であり、加えて現役時代の兵棋演習好きが高じて無類のボードゲームマニア、という一面もあったな。……ああ、成る程)

 

 ……決まった。如何様にでも()()()()()。柏手をパン、と一つ打って注目を集めつつ、「よし、全員聞いてくれ」と前置きし再び切り出す。

 

「分かった。この件俺がなんとかしよう」

 

 簡潔に、一言だけ。しかし自信満々にんなこと言われても、ハッタリかましてるだけだと思われるがオチである。

 

「何とかって、いくら副会長でも無理ですよそんな事……!」

 

「そうです、奇跡でも起こらなきゃ……!」

 

 案の定の反応。無理もない。しかし。

 

(……奇跡、か)

 

 自身に投げかけられたその言葉を、胸中で思わず反芻してみせる。「キセキ」。フィクションでは最早、ありふれたフレーズのひとつだが、一方で現実では中々あり得ないことの代名詞。

 ……しかしそんなもの、これまでの人生で既にそれ以上のことを経験済だ。

 

 幼き日にペンドラゴンで経験した()()テロ事件。母やナナリーが凶弾を浴びたあの日は、人生最大の憤怒と悔恨を覚えたものである。……しかし、彼女達は今日も無事生きている。何か一つ間違っていれば、疑いなく死んでいたのに。今生きているのは紛れもない奇跡だろう。

 

 比べればこの程度の問題、単なる些事でしかない。己が心に自問自答した彼は、瞬きを一つ挟んで言葉を紡ぐ。

 

「…心配無用だ。報告は明日行うから、今日のところは各人練習に戻ってくれ」

 

 折角の貴重なイベントだ。病欠や忌引ならまだしも、部活動が理由での生徒不参加など認めない。

 日本の最重要戦略資源・サクラダイトへの見識を深めることは勉強計画の一環だ。大学入試問題の頻出事項でもあるし、関連する企業も数多ある。現代社会を生きる上で、教養としても身につけておくべき事柄だろう。

 よって彼は一計を案じる。兎に角時間がない中で、なんとか形にしていくにはどうするか。答えは。

 

(一先ず、()()()行って()()直接連絡を取ろう。あそこなら人には聞かれない。ついでに()()のOS更新もしておきたいしな)

 

 己が計画を阻み、ナナリーの生活水準を1%でも下げ得る要素は全て排する。ルルーシュはこの時既に、目的達成の為の作戦構築を完了していた。

 

 

 ☆

 

 

 二〇分後。アッシュフォード学園最深部、地下格納庫。地上の光など一切届かぬ漆黒の領域に、学園が……いや()()()()()秘匿する()()()塊が静かに鎮座していた。

「Type-0/0A」と刻印された黒き人型機械の中で、一人悠々と佇むのは。

 

「『ウィザード』か?……ああ、察しの通り私だ、『L.L.』だよ」

 

 ……普段使いとは別機のスマートフォンを用い会話する、ルルーシュその人であった。

 人一人分が丁度収まる程度のスペースに座る、彼の手前にあるはキーボード。自身を取り囲むのは無数の計器やモニター、シフトレバーにシートベルト。例えるならこの空間はまるで……()()()()()()()()のようだった。

 

 口元にニヒルな笑みを浮かべ、自らを聞き慣れぬ呼称で名乗ったルルーシュ。「L.L.」とはなにかの符丁か暗号だろうか。

 相手側には「非通知」とだけ表示され発信位置も分からない通話は、彼の筋書き通りつらつらと進んでいく。

 

「再来週の末に打とうか、朝と夜に一局ずつ、な。画面越しでも悪くはない。他の予定は外しておいてくれよ?……どういう風の吹き回し?年度の変わり目は仕事が多いものだろう、それが落ち着いただけさ」

 

 何やら誰かとネット越しに、チェスかなにかの対局の約束でも取り付けているらしい。ボイスチェンジャー越しの会話で以って、再来週の予定は淡々と詰められていく。

 

「……何、どうしても生でみたいスポーツ観戦の予定があるからずらしてくれ、次はいつ出来るか、って?……最低でも来春になるかな、私も中々多忙でね。……分かった、調整してくれるんだな、ありがとう。しかしお互い大変だな。君の氏素性は知らないが」

 

 わざとらしい大嘘ひとつ。何故ならルルーシュはこの「ウィザード」なる通話相手の正体が、ベンデルトンの理事長、()()()()()()()()()その人であると承知で電話をかけているから。

 

「……ああ、よろしくウィザード。いいゲームをしようじゃないか」

 

 暫し歓談してのち快諾の意を得ると、そのまま流れで通話を終える。ホーム画面に戻ったスマホを傍らに置いたルルーシュは、さてもう一仕事とばかり目の前のモニタを立ち上げ、今度はキーボードを猛烈な勢いで叩き始めた。

 

(……とりあえず布石は一つ打った。一二時間以内に先方の動きがなければ次策を用いる)

 

 自身の乗る()()()()()のOS更新を進めながらも、善後策を整頓していく。しかし、ある程度いけるという確信もある。以前にも急に電話して尚、対戦の取り付けに成功した経験があるからだ。

 

『ウィザード』。これは実はオイアグロ・ジヴォンがネットチェスをする際に用いるハンドルネームである。

 以前クラッキングしたネットチェス運営の非公開個人情報欄を流し見した時、視界にパーソナルデータが引っかかったのを覚えていたのだ。スペイン有数の名士が無類のゲーム好きとは意外であったが、とかくルルーシュの記憶力が奏功した瞬間だった。

 

 そして『L.L.』とは、数年前より彗星の如く現れた賭けチェスの名手にして、現在は日ブ裏社会で賭博王として名を轟かせるギャンブラーの渾名。一日で1000万ブリタニアポンドを荒稼ぎしたという伝説を持つばかりか、どこからとも無くチェスに覚えのある者に便りを送っては対戦を申し込む、無類の戦闘狂(バトルジャンキー)として知られている。

 

 凄腕のバウンティハンター・L.L.。各国財務当局が血眼になってその正体を探しているにも関わらず、足どりどころか消息すら全く掴めない。が、勿論大人しく捕まる気なぞ、「L.L.」()()()であるルルーシュには更々無かった。

 

(俺の尻尾を捕まえたければ、並行世界から俺自身でも引っ張ってきて捜査するのが最短距離だ。少なくとも現状では、な)

 

 にしても過去の違法行為が役立つとは、人生何が奏功するか分からない。学園のトラブルシューターの一日は、今日もこのようにして過ぎていく。克明に、明日の流れを読みながら。

 

 

 

 ☆

 

 

 ──女子バスケット部のマドリードでの親善試合は来月半ば、冬季予選の一週間前に変更されました。旅費については来年度予算から前借りで付与されます。細目に質問のある方は、生徒会室までお越し下さい───。

 

 そんな公式アナウンスを校内放送と掲示板書面で通知された時、四葉は狐につままれたような気持ちに陥った。

 

(……ホントになんとかしちゃいましたね、ランペルージさん)

 

『俺がなんとかしよう』。彼がそう言った翌日、たちどころに懸案は解決されてしまった。まるで釈迦の掌の上で転がされているように。一体何をどうやったかは分からない。ただ、すごいなとは思う。

 

 頼まれごとは断れない自分と違って、彼は頼られずとも要諦を察する。右往左往する皆を手早く纏め上げ、瞬く間に正解へ導いていく。

 そもそもマンモス校の生徒会に属しながら全国模試一位を取り続け、全校レベルで生徒に慕われる英才、という点だけでも驚異的なのに、加えて論文執筆や教科書の作成にも関わっているときた。

 同い年でこれだけ突出した人間を見ると、自分の抱えた劣等感などとうに突き抜け、最早唖然とするほかない。

 

(何を見て、感じて、考えてたら、ああいう人になるんでしょう……)

 

 自分がこれまで出会った人の中でも、文句無しでナンバーワンに頭が良い。話術だってそう。彼があの場にいなければ、四葉はあれよあれよという間に遠征に参加させられていただろう。角を立てずに交渉を進める姿勢は、到底今の自分には出来そうになかった。

 

(……あ、そういえば今日、五時半から勉強でした)

 

 家庭教師への物思いに耽りながらも、今日の予定を諳んじる。そろそろ自宅に帰らねば。

 廊下から昇降口に向かい、靴箱に手を掛けた時だった。

 

「───ここにいたのか、四葉」

 

 後ろからかけられた声に振り向くと、件のルルーシュがそこにいた。少し息が荒いところをみるに、どうやら自分を探してくれていたらしい。今の今まで考えてた彼の登場に、何となく泡を食ったような気持ちになった。

 

「はい!……どうしたんですか、ランペルージさん?」

 

 思わず声が上擦ったのは、ばれていないといいんだけど。

 

「少し野暮用でな。五分でいいが時間はあるか?」

 

「むしろこれから帰ろうとしてたんで全然、大丈夫です!」

 

「そうか、なら」

 

 ……でも、その前に。

 

「……あの」

 

「ん?」

 

 どうしても知りたかった。彼が用いたウルトラCは、如何な手法であったのかを。快刀乱麻に煩雑を断つ、その斬れ味の真相を。「ひとつ聞きたいんですが」、と呟いてから。

 

「……どうやって、片付けたんですか? 今回の事……」

 

 思い切って聞いてみた。どんな努力をした果てに、今の貴方があるのですかと、言外にその意も込めて。すると。

 

「時にトップダウンで進めた方が、上手く行く交渉もある。それだけの話だ」

 

「え、ええ……?」

 

 超簡潔だった。

 

「案件を早く処理したいときは結構使える手法だぞ? 特にお役所相手となると、手順通り下っ端から宣っていたらいつ迄経っても仕事が終わらないからな」

 

 上層部に直談判してサインを貰えば半日でカタがつく事に、何月もかけるのは時間の無駄。合理主義者を標榜するルルーシュの発想の一つである。

 

「な、成る程……?」

 

 しかし四葉にはクエスチョン。参考になったような、ならないような。そもそもその手段、まず物凄いコミュ力とコネクションを作らないと無理じゃないか? 

 余りにも普通の事のように喋るが、この人は前提としている条件……いや、自分自身に課しているハードルが凄まじく高い。しかし本人のスペックも飛び抜けて高いので、少なくとも傍目からは苦もなくこなしてしまってる様に見える。

 

(ランペルージさんて、悩みとかあるんでしょうか?)

 

 この人にも解決出来ないようなことがもしあるなら、それは間違いなく自分の手にも余ることだろう。

 それた思考を是正するが如く、「そんな事より」と彼が前置きをし始めた。どうにも野暮用とやらをこの場で済ませるつもりらしい。何だろう、私何かやらかしちゃったかな、とか思ってたら。

 

「受け取れ、例の品だ」

 

 彼の懐から取り出された、一枚のチケットが彼女に手渡される。名刺大の大きさで、自分の写真付きで太めの明朝体が踊る書面。QRコードと11桁の番号が割り振られた、その正体は。

 

「?……これって……!」

 

「日本政府許可申請済・サクラダイト関連施設見学許可証」と、そこには確かに記されていた。通常は一月以上かかるとされたパスの発給が、申請からわずか数日で間に合ったのだ。

 

「『上記の者は、アッシュフォード学園高等部生徒として日本国・国家戦略特区施設内への一部立ち入りを、指定の時間内のみ許可する』。つまり……」

 

 シックなデザインのパスケースに入れられたそれは、許認可時刻が僅かに20分前。許可が下りてすぐ、プリントして持ってきてくれたのだろう。……そして、コレの意味するものとは。

 

「おめでとう。来月の林間学修、揃って五人全員参加だ」

 

「…………い、いいんですか、わたし達が行っても……?」

 

 湧き出るのは歓喜。二乃の買った雑誌を読んでた四葉だって、密かに胸躍らせて「此処に行ってみたいな」とは思ってたのだ。急に編入してきたのにこの厚遇、なんて至れり尽くせりだろう。普通なら行けなかったはずなのに。本音は正直、嬉しかった。

 ただ一方で憚れ、と思う心もある。日頃より気を遣いすぎるくらいに使う四葉から表出した遠慮に、彼は。

 

「当然だ。四葉はもう、この学園の生徒だからな」

 

「…………!」

 

 そう言って一瞬にこやかな顔をした彼が、なんだかとても新鮮だった。すぐに表情を元のクールなものに戻したソツのない態度が、どこか名残惜しく思えたところで。「だから」と彼は語り掛ける。

 

「…来てくれるか? 林間学修」

 

 通学カバンを掛け直しての、短いお誘い。返事は、当然。

 

「…………はい!」

 

 時刻は夕刻、午後の5時。リボンを手櫛でこっそり直し、彼女は彼と帰途に着く。

 

(……いつか、また。これからもっと仲良くなって、そうしたら……ゆっくり、お話ししたいです。……いいです、よね?)

 

 抱えた悩みと劣等感は、未だなくなってはいない。しかし、紛れもなく軽くはなった。

 

 皮肉屋にして毒舌家、減らず口などお手のもの。でもその中身は人情家。逢魔が時の帰り道、一緒に歩いた河川敷には、満開の白詰草が凪いでいた。

 

 




・ブリタニア式交渉術概要

Q. 人に何かを頼む時、押してダメなら?

A. 相手が折れるまでもっと強く押す。

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