五等分のルルーシュさん。   作:ろーるしゃっは

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一花回、前哨戦。


TURN 07:突発学園祭

 顔色、見違えたよ。元気になって良かった。

 

 四葉がルルーシュと共に家路についた数日後、夕刻。中野家は三玖の寝室にて。

 優しくかけられた長女からの言葉に、三女は内心大いに慌てていた。

 

「……わ、私、そんなに様子酷かった……?」

 

 問いかけに対し、まるで御見通しとばかり長姉はこともなげに首肯する。分かんないわけないでしょう、と。

 

「…これでも一応、貴女達のお姉ちゃんなんだからね?」

 

 口調だけは努めて軽く、一花は呟く。…ついこの間まで、本当に気掛かりで仕方なかった。

 母を亡くして以来、気勢を張って全員の親代わり足らんと無理をする五女が。自分のせいで姉妹全員を転校に付き合わせた、といらぬ負い目を引きずる四女が。

 そして黒薔薇女子にいた頃のある時からずっと、時折痛々しげな表情を浮かべていた三女が。

 何かに堪えるように唇を噛み締める時があった三玖が、お風呂場で一人密かに声を殺して泣いていたのを偶々聞いてしまった日は、すわ誰かに虐められでもしたのかと疑ったくらいだ。

 

 それが今やどうだ。二人きりの時に思い切って聞いてみたけど、姉妹有数の頑固さでもって「四人にだけは話せない、ごめんなさい」の一点張りだった彼女が、溌剌とした笑顔を浮かべているのだ。五月は五月で抱えていた険が薄れ、四葉も大分肩の力が解れてきた印象を受ける。

 これらを勘案し三日前、二乃とノンアルドリンクで「皆が落ち着いて良かったー!」と三人の就寝後にこっそり祝杯を挙げたのは、上の姉二人だけの秘密だったり。

 

「……ま、それはいいとして。最近学校はどう?友達出来た?」

 

「友達?うん……」

 

 まるで母親みたいな一花の台詞に三玖が思い起こすは、怒涛の様な記憶のライブラリ。

 思考は時に、一週間前。初めてこの学園へ来た日のホームルームまで遡っていた。

 

 

 ☆

 

 

 ……中野三玖です。よろしくお願いします。

 

 編入初日。それだけの淡白な自己紹介を終えて、そそくさと指定された席へ着いた。

 特に二言三言言う事はない。あまり馴れ合いたくもないし、取り敢えず卒業出来ればそれで良い。正直さっさと不貞寝したい。学校生活自体に思い入れはないし、打ち込みたい部活も今はない。

 前の学校で感じた疎外感や窮屈さは、それだけ彼女の心に棘として残っていた。ところが。

 

「ミクさん、と仰いましたよね。どこからいらしたんですか?」

 

「え?」

 

 話しかけるなオーラを暗に全開にして。

 いびつな静寂を己に纏わせようとした三玖の思惑は、しかしごく自然な声かけによって破られた。

 声の主は左隣の席の女子。目をやればそこに居たのは、ピンクの淡い髪色に人懐こそうな笑顔を浮かべる、良家の令嬢然とした少女だった。

 しかも今日が初対面の筈なのにその顔、どこかで見たことあるような。

 

(……この娘、確か前にTVで……)

 

 喉元まで出かかってるけど出てこない。ああ、一応聞かれたし答えなければ。

 

「…ま……前は、黒薔薇女子ってところにいたけど…」

 

「まあ!たしかアイチにある有名な女子校でしたよね?遠い所からわざわざ来られたんですか、大変だったでしょう?」

 

 凄いグイグイくる。ニコニコしたまま自然に距離を積めんとするこの少女、リア充ムーブが強過ぎる。考え過ぎてしまって上手く言えないことの多い三玖にとり、こういうタイプの相手はあまり得意ではない。勿論嫌いじゃないんだけど。

 その後も流れるように話し出す彼女だったが、途中でハッと何かに気付いたような顔をしたかと思うと、手早く居住まいを正して切り出した。

 

「すみません、申し遅れました。わたくしユーフェミアと言いますの。どうぞ気軽にユフィとでも呼んでくださいな」

 

「あ、うん……」

 

 ユーフェミア!その名で思い出した。この子って。

 

(ブリタニア皇族の、お姫様だ……!)

 

 去年日本に留学してきた、とニュースでやっていたけど、まさかこのアッシュフォードに来てたとは。そう思って改めて見てみると、如何にもドレスとか似合いそうな品のある娘さんだった。大事に大事に箱入りで育てられてきたのだろうか。

 …にしても隣の席の女の子は、隣国のプリンセスでした、なんて全く予想外だ。偏に自分のリサーチ不足が仇となった。

 

(……ど、どうしよう…)

 

 三玖が密かに立てていた、新天地での学生生活をひっそりと過ごすと言うささやかな目標は、どうにも叶いそうに無い。こうして転校初日から彼女は、いきなりの方針転換を迫られることになったのだった。

 

 

 ☆

 

 

(…なんだか、嵐みたいな数日間だった………)

 

 首にかけてたヘッドホンを静かに外して机に置き、私は暫しの回想を終える。

 ユーフェミア・リ・ブリタニア。天真爛漫でよく笑う可愛い女の子。皇族という事で最初は緊張もしたけれど、のっけから提案されたユフィという呼び方にも慣れてきた。クラスの中心にいる彼女のおかげか、それなりに馴染めたのは何だかんだで感謝している。誰とも話さないよりかえって気楽、という事に気付いたから。

 総評すれば悪くない。それどころかむしろ楽しい。初めて小学校に通った日よりもワクワクしているくらい。

 ……そして。

 

(今、そう思えるのは、きっと…)

 

 ……きっと、()のおかげ。

 転入三日目。あの日、腫れた眼を隠せてたかは分からないけど。()の隣にくっついて教えを乞うてた私の様子がそれまでと違うのを見て、皆言わずとも察してくれていた。そんな姉妹達への感謝と同じくらいに、優しく心を込めて名を呼ぶ。

 

(…ねえ、ルルーシュ)

 

 貴方にとっては、あの放課後の屋上での出来事は、何気ない日常の中のいつもの一ページに過ぎないんだろう。溢れる才気や明晰な頭脳をもってすれば、人助けの難易度など、きっと呼吸するも同然の筈。気負わず掛けた言葉で、今までも幾人もの人を助けてきたのだろう。或いは転入生の私に手を差し伸べたのだって、生徒会役員としての義務感から仕方なくだったのかも知れない。でも。

 

(……私が、その優しさに…どれだけ、救われたと思う?)

 

 初めてだった。付き合いが深いわけでもないのにお見通しとばかり易々と己を看破し、同情も憐憫もせずただ真っ直ぐに寄り添ってくれた人は。

 みっともなく零れた涙と一緒に、ブリキの重石は無くなった。再び色付いた世界の中で一番最初に映った、鋭く輝くアメジストの双眸に祓われて、私は今此処に在る。

 そうして助けられた己自身に問い掛ける。認めよう。未だ私は至らぬ女。自分自身で自立も出来ぬ未熟者。でもこれだけは、毅然と胸を張って言える。

 

「いい人達に恵まれたよ。……転入してから今は毎週、月曜日が待ち遠しいんだ」

 

 成し遂げたい()()がある。自分の帰る場所がある。慈しい友人がいる。時に喧嘩もするけど、何だかんだで大好きな姉妹達が居る。

 学校はどう?と聞かれて、ありのままを素直に答えられる。ただそれだけで、幸せというには十分過ぎた。

 

「……そっか。じゃーそんな素敵な妹に、私からもう一つ」

 

 本心から放った言葉は、果たして長女にも届いたらしく。慈愛に満ちた表情を眦に浮かべた一花がまたも切り出した。「後から話、聞いたんだけどね」、と。

 

「…何で五月ちゃんが、貴女を捕まえにいけたのか分かる?」

 

 穏やかに語る長子の問い。…答えは、今なら痛い程によく分かる。

 

「……こないだまでの五月と、私が同じ顔してたから?」

 

「大正解♪」

 

 行先を伝えてないのに、屋上まで来たのはそういうこと。何だかんだ似た者同士の五つ子だ。五月が同じ心境なら、きっと私と同じ行動をとるだろう。確信があったから、真っ直ぐに向かえたのだ。

 ……うん、今言おう。この数日間折を見て姉妹一人一人に伝えた言葉を、彼女にも今ここで。

 

「…………ありがとう、一花」

 

「いーってことよ♪」

 

 五人でいれば大丈夫。そして()がいるなら私達、どこまでだって行ける気がする。そんな確信めいた予感が私にはあった。たかだか会って数日の人間に対して、だ。普通なら何を馬鹿なと思うだろう。しかし心の中には確かに、彼への無形の信頼が醸成されていた。

 

「……あとね、面倒見の良い人だよ、彼。私、よく分かってなかった」

 

「みたいだね。『デフォで上からだし口調は辛辣。でも中身は人情家ね』って、あの二乃ですら言ってたんだから」

 

 入学してから一年間で彼のファンクラブの会員数が一〇〇人を超えた、なる話は伊達ではない。

「ルルーシュが専任で教師に就くのか?ならミク、お前は相当に運が良いぞ」。先日面談した時にそう言っていたクラス担任、コーネリア先生の言は嘘ではなかった(ちなみに、TVで見た顔だなと思った先生も普通に皇族、しかもユフィのお姉さんだった。この学園は色々と規格外過ぎる)。

 …まあ、それは今はさておき。

 

「…うん。優しいし、何より聡い。……だからね、一花」

 

 ここ数十日を回顧するにつれ思う。私達は、一人じゃない。姉妹がいる。友人がいる。頼れる大人が周りにいる。ならば次は、きっと私の番ではなく。

 

「………貴女の悩みも、打ち明けてみて?」

 

 え、と虚を突かれた声が虚空に溶ける。正対する長女から、素で発せられたものだった。

 

「……お願い、一花。今じゃなくてもいいから、いつか」

 

 いつになく真剣な声音を意識して話す。

 知っている。姉が家計を支えようと、長女足らんと自分に枷を科しているのは。何やら学業の合間に仕事を詰め込んで、かつ苦手な父との連絡も欠かさず行うパイプ役を務めているのは。

 損で大変な役回りばかり押し付けられてるのに、余裕のあるお姉さんぶろうとするのは、きっと彼女なりの姉としての矜持なのだろう。

 だから皆の前ではこんな事言わない。二人きりの時しか、聞かない。ささやかながら心に決めた、自分だけの約束事だった。

 

 懇願にも似た要請にむむ、とひとしきり悩む風な様子を見せた一花は、迷った末にふわり、と。

 文字通り花が咲く様な笑顔を浮かべて………感情を、()()()

 

「んー。……じゃ、考えるだけ考えとくね?」

 

 ……手応えは、薄い。これでは暖簾に腕押しだ。はぐらかす様に曖昧に答えた彼女の真意は、未だ不明瞭なまま。そして、この手の問題は本人が隠し通す限り理由まではわからない。たとえ同じ五つ子といえどもだ。何故って、ずっと黙っていた私がそうだったから。

 

「…………………分かった。…一花が、そういうなら」

 

 納得できない。根掘り葉掘り聞いてやりたい。けれど、不承不承に了解をする。

 矯正を試みてはいるけど、自分が未だ口下手なのは自覚している。正直言って話術で一花に勝てる自信はない。姉妹一の演技派たる彼女にはぐらかされたなら、もう底意は見通せない。間違いなく彼女の内に沈むナニカに気付きはしたけど、全容把握は到底出来なかった。

 …しかし、同時に思った。こんな時、彼なら。ルルーシュなら、どうするだろうと。

 

(……聞いて、みようかな)

 

 灯ったのは仄かな決意。そうだ。此処に居るのは、殻に閉じこもっていただけの以前までの私ではない。踏み出す一歩が世界を変える。お節介でも構わず焼こう。手遅れになってからでは遅いのだから。

 

「ごめん、ちょっとトイレ行ってくるね」

 

 一花に適当な断りを入れて部屋を出る。静かにドアを閉めるとほぼ同時、意を決してポケットから私はスマホを取り出した。

 

 

 ☆

 

 

 タレント、という言葉がある。

 古代ギリシャ語で重量単位や貨幣単位に用いられた「talanton」・「talant」が語源とされるこの言葉は、ブリタニア語では才能・技能を意味し、転じて今日の日本では芸能人の呼称に用いられることが多い。

 

 中野一花という少女は、そんな人を惹きつけ魅了する技能、即ちタレントとしての才能に恵まれている。

 知っての通り、彼女を含めた中野家5姉妹は皆美人揃い。アッシュフォードの生徒の中では小柄な方ながら顔もスタイルも良く、既に彼女らを密かに狙う男子もいるくらいだ。

 しかし中でもひときわ目立って、一番モテるのは誰か?と問われたら。紛れもなく彼女、一花の名が妹達からは挙がるだろう。

 そんな一花はというと現在、自宅の寝室でそれはそれは深い眠りについていた。ちなみに布団を1枚剥ぐと装備はショーツのみ。ひとつ間違えばとんだ痴女だ。…まあ、世の中には自宅では終始全裸で過ごす人も存在するらしいので、それと比べれば幾分マシだろうか。

 夢見心地の只中にある彼女が、幸せな惰眠を貪っていた時だった。

 

「起きろ一花。流石に遅刻してしまうぞ」

 

 ぐうたら眠り姫を起床へと誘ったのは、姉妹ではない誰かの呼びかけ。最近は8時間くらいしか睡眠を取れてない彼女、茫洋とする状態のまま、半ば反射でぶつぶつ答える。

 

「むー、あと5分………」

 

「5分は無理だな。陸路移動では間に合わなくなると同義だ」

 

 やはり返ってきたのは先程と同じく理知的で、どこか色気ある男性のウィスパー。寝ぼけ眼を擦りながら、一花は発声源へと顔を向ける。うなじが震えてこそばゆくなるようなこの声、何故だか最近よく聞く気がする。義父の声はもっと低いし、さてこの主は一体。

 

「…うーん、誰……?」

 

「誰、だと?…君のお父君より家庭教師を仰せつかっているルルーシュだが」

 

 

 ☆

 

 

「る、ルルーシュ君!?」

 

 吃驚、覚醒。慌てて布団から跳ね起き目を向けるとそこに居たのは、半ば呆れ顔の我らが副会長であった。

 朝一だろうと相変わらずの怜悧な美貌と、艶やかな紫眼に黒髪。完璧なプレスの効いた指定制服に留まる、磨き込まれたボタンが眩しい。そんな彼は現在、カーテンから洩れる陽光を受けて輝く腕時計で以って、冷静に時刻を確認していた。ただ、今大事なのはそんなことではない。

 

「え?な、なんで私の部屋に!?」

 

 待て待て待て待てちょっと待て。不法侵入だ不法侵入。義父だって入ったことないのに、何故こうも気安く部屋に居るのだこの男。異性を招いた事自体初めてなのに、こんなロマンのカケラもない起こされ方しても嬉しくない。

 飛び起きた拍子に掛け布団がズレ、胸元あたりが大変なことになってるのに焦りで気付いてない一花に、しかし我関せずとばかり事務連絡。

 

「姉妹達から許可を得たからな。4人は既に()()まで送らせたぞ?」

 

 尚ルルーシュの私用車─ブリタニアで日ブ互換運転免許所得済である─で送った。代行の運転手は咲世子である。篠崎流体術を駆使して自宅から駆け付けてもらった彼女には、後日時間外手当を多量に弾んでおく腹積もりだ。ナナリープラス4姉妹を乗せた車は、今頃は学園の駐車場に向かっている頃だろう。

 閑話休題。

 

「学園?」

 

「ああ。そういう訳で一花、悪いが今日は俺と通学してくれ。ちなみに集合時刻まではあと17分42秒だ」

 

「ちょ、ちょっと待って?今日、()()だよ?」

 

 アッシュフォード学園に基本、土曜日課はない。

 それに慌ててはいるが彼女だって、学校の時間割くらいは把握している。通常、1限開始時刻は朝9時ジャスト。SHRは8時40分から50分まで。ここから学校までは車で10分、かつ今は8時2分だから、平日はまあ25分くらいに家を出れば余裕で着くのだ。なのに何故。

 

「いや、今日は特別日課で部活も全休だが登校日だぞ?学園の創立記念日だからな」

 

「…あっ」

 

 そうだった。立て込んでる女優業と勉強で頭がいっぱい、昨日は仕事で帰ってきたのが皆が寝静まった夜遅く。そんなこんなですっかり忘れていたが、今日は。

 

(…アッシュフォード学園創立記念パーティー、当日じゃん……!)

 

 思いだす間に「俺は外で待っている。学校までは飛ばせば5分で行けるから、それまでに頼むぞ」と言い残して退室した彼の言葉を受け、彼女は慌てて身支度を整え始める。

 

(わー!マズイマズイマズイマズイっ!)

 

 混乱しつつも急いで着衣し洗面台へと駆け込む彼女をよそに、さっさと玄関前に出たルルーシュはというと。

 

「……ジェレミアか?すまんが至急、()()の手配を頼む。ペンタゴンマンションの屋上ポートに接地してくれ。……ああ、一機で良い。感謝する」

 

 アッシュフォードに何やら大層な電話を平然とかけていた。後でジェレミアにも心付けを渡さねばな、とかしゃあしゃあと呟いてる辺り、どうにもこの手の事態に慣れすぎてる気もするが。

 

 …ところで、うら若き女性の部屋に立ち入った上に同級生のあられもない姿をみたこの男。そこら辺の童貞なら赤面して何も出来なくなりそうな状況で、終始淡々としていたのは何故だろうか。

 

(…見た目は完璧だが、プライベートはズボラな点があるな、一花は。特にあの寝室、C.C.の私室が可愛く見えるレベルの汚部屋だ。折を見て収納術でも教えておくか…?)

 

 何のことはない、前例があって慣れてるだけだった。

 

 

 ☆

 

 

「あのねえ、だからってヘリコプターで学校来る!?」

 

「いやあ、玄関開けたらいつの間にやら、屋上のヘリポートに連れていかれまして……」

 

 その日のお昼時、自由時間。アッシュフォード学園高等部2年A組にて。

 模擬店出店も許可される創立記念祭において、趣向をこらしたコスプレ喫茶を開店したA組では、本日はプレオープンという扱いで特別に軽食を振舞っている。

「ブリタニアンカフェ・アーサー」と銘打たれ、アール・デコ調の豪奢な飾り付けがなされた教室内は、主に多くの女生徒(客)達でひしめきあっていた。

「記念に五月との合流も兼ねていってみましょう」と言った二乃の提案でここに集まった、五月を除く四姉妹達もその例に漏れず。彼女達は現在、一花へのプチ質問大会の真っ最中。

 

 何でもあの後急いで来たので、集合には間に合ったそう。自宅を出るまでに秒で着衣し、寝癖直して洗顔メイク歯磨きした…までは良い。登校手段に関しては突っ込み所満載だけど。

 

「…見事に朝食、食べ損ねたと」

 

「うん。今なら五月ちゃんくらいご飯食べられそう…」

 

「あの量を常食してたら、流石にまずいんじゃないかしら?」

 

 一家の食卓を預かる二乃は冷静に突っ込む。主に血糖値とか体重とか大変なことになりそうだ。

 

「…にしても一花、今日は全然起きなかった。体調が心配」

 

 お次は一昨日、部屋で一花と話してた三玖。長姉が寝坊助なのは今に始まったことではないけれど、やはり一昨日()()()()()()()電話した結果を踏まえると気掛かりだった。

 

「そうね。私が枕元でフライパン叩いて鳴らしても、布団剥がしても起きないんだもの。いっそ水でも掛けようかと思ったわ」

 

「ほ、ホントにごめんね………?」

 

 一花は区分すればロングスリーパーに属するためか、長時間寝ないとコンディションが覿面に悪くなる。最近は仕事入れすぎてオーバーワークの気もあり、正直くったくただった。今なら机が枕でも爆睡出来そうなくらいには。

 

(…うーん、このまま突っ込まれてるとボロが出ちゃうかな。…よし、逸らそう)

 

 漏らす気はない。知らなくて良い。背負うのは私だけでいい。メイクで隈を隠した長女は、本心までもひた隠して平静を装う。

 

「…ていうか、なんで今日ルルーシュ君がウチに来たの?」

 

「あ、それね、実は五月が一緒に行き……」

 

「わーっ!よ、四葉!それはちょっと」

 

「五月!?」

 

 何やら四葉がこぼし掛けたところで、横合いから慌てた風な五月が急に登場。しかし飛び込みで混じった彼女、いつもの学生服姿ではなく。

 

「「わあ、可愛い!」」

 

 長女と四女から上がるは歓声。其れもそのはず、褒められて思わず照れくさそうな表情をみせた五月は、クラシカルなデザインのメイド服を身に纏っていたのだ。事前に採寸しておいたのだろう、寸分の狂いもないジャストサイズの洋装が醸し出す清楚な空気感が、五月にはまた妙に似合っている。

 

「あら、似合うじゃない」

 

「うん。これは写真とらなきゃね」

 

「ありがとうございます。…でも、本命は別にいるんですよ?」

 

 スマホをむけてポーズを取るよう要求する姉ふたりへのお礼もそこそこに。「感心すべきは私ではない」とばかり珍しく、悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべた五月。事実彼女には謙遜どころではなく、もっと楽しみなことがある。

 

「本命?」

 

 四葉が尋ねたその時だった。

 調理スペースの向こう側から誰かがやって来たのを視界に捉えたある女子が、にわかにざわつき始めたのだ。教室にさざ波のように広がる原因は。

 

「…ねえ、あのお姿、ひょっとして…!」

 

「え、嘘!?こちらまで来られるの…!?」

 

 横合いの席の女生徒達からも黄色い声が上がる。なんだなんだと周りの生徒も視線を向けた先に居る、その人をみるなり無理からぬ歓声が伝播する。

 近付いてくるのはたった一人の、A組の男子生徒。しかしその間も、期待感からボルテージはガンガンに高まっていく。一体、()()()()()彼は来てくれるのか、と。

()の普段の姿を見慣れてるアッシュフォード学園生でこれなのだ。外部からも人が来る明日なら、更なるブーストが見込めるは確定。同じくクラスメートの五月はそう勘定を弾いていた。

 

「ねえ、本命ってまさか…!」

 

「はい。来ましたよ、ウチの真打です」

 

 視線が釘付けになってる、三玖の疑問に即答しつつ考察。

 

(…宣言通り生徒会の仕事を終わらせたのでしょう、通知した12時半ピッタリの登場。計ったように正確なのは流石です)

 

 そう、()()男子生徒こそ五月を含むA組女子全員が結託して組織票を投げ込み、クラスの模擬店を絶対多数でコスプレ喫茶に確定させた最重要要因。奇しくも「大切なのは過程より結果」と説く彼の信条そのままに行動した、女生徒達の願いの結晶。

 

(そして彼こそ、試算によれば9割超えの確率で我らがA組が圧勝できる決戦兵器。記念祭の模擬店で最も多く売り上げたクラスにのみ贈呈される優勝景品・一か月連続学食デザートフリーパスは、これで私達が頂きますッ…!)

 

 心中で新世界の神みたいな笑みを浮かべるスイーツ大好き女子・五月。迎賓館や五つ星ホテルで働いていたパティシエらを雇う、アッシュフォードの学食デザートがどれも垂涎の出来栄えなのは、この数十日間食堂に通い詰めた五月にとっても周知の事実。アレらの絶品がひと月もただで食せるなら、淫獣と契約して魔法少女になることだって吝かではない。

 

(抜けがけでごめんなさい、皆。でも、この戦いだけは譲れません…!)

 

古の美食屋有名レビュワーM・A・Yの二つ名にかけて、私は私のフルコースを完成させなければならないのだから。たとえ死兆星が見えたとしても、闘わなければ生き残れない。

 五つ子の中で入学初日から最も長く件の彼と過ごしてるためか、「目的の為には手段を選ばない」という悪影響を受け始めている五月。彼女にとっての切り札が、今五つ子の席に舞い降りた。

 

「───お待たせ致しましたお嬢様方、ご注文の品で御座います」

 

 

 ☆

 

 

 最高潮のタイミングで両手に盆を携えて現れた彼。しかし、その装いはいつもの黒い学生服姿ではなく。

 

「……なんで、執事服…!?」

 

 何処ぞの悪魔執事そっくりな髪型と服装で身を固めて現れたのは、悪辣家庭教師にして俺様副会長のルルーシュその人であったのだ。

 

「実は推薦によりバトラーを拝命しましてね。僭越ながら明後日までは誠心誠意、職務に邁進する腹積りです」

 

 慇懃な口調で以って、テーブルクロスの上に先程二乃達が注文した紅茶やらを手際よく並べていく彼。どうにもこの妙なキャラで通す算段らしい。

 

「…る、ルルーシュ君?」

 

「どうしました、馬子にも衣装とでも仰りたいので?」

 

 しかし口調こそ意識して変えていると分かるが、その上品な所作はなり切っているどころではない。まるで()()()()()()()()()()()()かのような、一分の隙もない立ち居振る舞い。付け焼き刃ではない、洗練された従者(サーヴァント)そのものの在り方をを体現していた。

「なーに気取ってんのよ」とか普段なら言うかもしれない二乃ですら、驚愕の視線とスマホのカメラを向けている。「…シャーリーに送らなきゃ」という使命感に溢れたフレーズだけが、かろうじて一花の耳に届いた。

 至近距離だと破壊力が高いのか、何やら余裕こいてた五月ですら思わず魅入って、供されたばかりのパンケーキを食べる手が止まってるくらいだ。花より団子の末っ子を停止させるとは恐るべし。

 

「……提供時間にホスピタリティ、クリームの滑らかさに生地の加熱時間、全てが完璧。かつて原宿で食べたものより美味しい…模擬店の軽食、とどこかで侮っていた私の負けです…!」

 

 …と思ったらなんか語り始めていた。感銘を受けたのはどうやら執事コスの同級生ではなく持ってきた料理の方らしい。食戟の審査員ごっこまで始めてる始末だ。

 同じく目の前の皿に集中せんとする一花だが、生憎とそこまで花より団子ではない性分ゆえ、思わず考え込んでしまう。

 

(…学祭の模擬店だよ?どうしてここまで力を入れる必要が…?)

 

 材料だけを取ってみてもそうだ。すすめられるまま一口食べただけだけれど、使ってるのはメープルシロップではなくマヌカハニー、マーガリンではなく発酵バター。茶葉もパックではなく恐らく淹れたて、鼻に抜ける香りが全く違う。茶器に至ってはマイセンだった。ここまで凝ると赤字は確実、原価率は3割どころに留まらない筈。接客だってなんでまたこんな丁寧に?バンダナだけ巻いて屋台みたいに気楽にやればいいだろうに。

 ……まさか。

 

(そこまでして得たい、何かがあるって言うの……!?)

 

 一花も勿論、学祭の優勝景品のことは知っている。それでも何故ここまで全力投球!?疑問に思ってるその間も攻勢は止まない。圧されて見蕩れてるのをいいことにルルーシュ、メニュー表からオススメを紹介し始めた。既に隣席の五月はパニーニとアヒージョまで頼んでいる、もう手遅れだ。

 

(追加注文しろと!?しかもけっこーいい値段するし、ええ!?)

 

 でも、うまく断れない。打開策が浮かばない。差し向けてくる笑顔を曇らせたくない。……いいや違う、自分だけに、もっと視線を向けて欲しい。独占欲と母性を的確に拘束しにかかる毒牙に、頭で理解していても踊らされる。これは麻薬だ、しかも相当に濃い。

 

(こ、こんなの、頼むしかないじゃない……!)

 

 男に貢いでしまうダメな女の気持が分かってしまった。いや、分からされてしまった。自身の内に巣食う、俗に言うジャイアニズムに気づいてからというもの、自分は長子だからと必死に抑えてきた歪んだ欲望。自ら被ったペルソナがこんな、たかが模擬店の接客如きで剥がされてたまるものか。耐えろ一花。相手は演技。自分に今向けられてる美貌は営業用スマイルだ。その台詞は二枚舌で、彼は希代の大嘘つき。クラスメイトのスザク君だって言ってただろう。騙されてはいけない、いけないのに。

 

「あ、あの、ルル…」

 

 しかし、土壇場で口が上手く回ってくれない。落ち着け、落ち着け。女優志望が台詞をトチるな、噛むなんて以ての外だ!言い聞かせるも無情にも。

 

「いけませんか、お嬢様?」

 

 調子に乗ってくっさい台詞を吐いたルルーシュに追い込まれる。さりげなく手まで握ってるあたり、普通ならセクハラと言われ臭い飯を食う羽目になっても反論出来ない。が、ここまで美形だと簡単に場が成立してしまう。案の定(もげろ)

 

「…え、ぇえ…!?」

 

 見下ろす目を見つめ返そうとして、慌てて逸らす一花。……何か、今良くないスイッチが入った気がした。この扉だけは超えてはいけない。ちょっとぞくぞくキましたとか、そんなわけは断じて無い。

 

(あと何秒続くのよ、このイベント!?)

 

 このままだと冗談じゃなく、思考回路がショートする!窮地にタキシード仮面を求めるセーラー戦士みたいな心境に、彼女が陥った時だった。

 

「……五月。シフト交代の時間だからそのまま休憩しておけ、私が代わりに入ろう」

 

 その時。彼女達の後ろからひょっこりA組の担任C.C.先生が顔を覗かせた。しかも何故だか生徒でもないのにメイドコスだった。

 

「あ、有難う御座います!」

 

 教室への突然の闖入者。見慣れぬ格好の女性に一瞬目を奪われたルルーシュだが、相手が彼女と分かると途端に毒気を抜かれたようになり、口調をやっと素に戻した。

 

「…恩に着るC.C.俺もありがたく休んでおこ…「お前は次は調理係だ、厨房に行け」何故だ!?」

 

 担任教師からの命令一下。哀れこの一日執事、抗議の甲斐なくキッチン(隣接の家庭科室)へとあっという間にドナドナされていったのだった。急展開に目をぱちぱちさせてた姉妹達だったが、徐々に言葉を取り戻していく。エッグタルトを食べていた二乃が最初に口火を切った。

 

「……手製でこれだけ美味しいとは、さては料理男子だったのねあいつ。…胸元押さえてどうしたのよ、三玖?動悸?」

 

「………いや、心臓に悪いなって…」

 

「真打ってこれのことですか、五月……」

 

「はい。でもタピオカドリンクも頼みたかったです……」

 

 空気感にアてられてたのから解放されて、(一部を除き)思い思いに安堵する姉妹達。ただ全員密かに残念半分なのは、思ってるけど悔しいから言わない。一方で長女はというと。

 

(危なかった…!本当に危なかった…!)

 

 でも、やりすごした。嵐は一先ず過ぎ去った。台風一過をこれ幸いとし、さっきまで集中砲火を食らっていた一花、渾身の精神力で再起動。いつもの自分を取り戻さんと妹達に乗っかる。

 

「いってらっしゃーい。大変だねー、ルルーシュ君も?」

 

 笑顔を作って軽快に。…そう、これでいい。いつでもどこでも余裕綽々な一花おねーさん、これぞ私だ。男の子に言い寄られて赤面するなど、私のキャラじゃないだろう。

 大丈夫、私はまだまだ大丈夫。反復させて心で復唱。ズキ、と痛んだナニカには、気付かないフリをした。

 

 

 ☆

 

 

 傍目からみても完璧に明るく振舞う一花を、頬杖をつきつつ見つめていた二乃。わずかに傾げた首を直して幾度か瞬きしたかと思うと、取り直したように先の言葉を拾い上げた。

 

「…そうね。色々と大変ねえ、あいつも」

 

「ルルーシュさん、このカフェの調理と接客で全部陣頭指揮とってますからね」

 

 五月が続く。加えて彼は生徒会の仕事で会場の警備配置や動線配置、挙句に予算折衝と執行、学園内外への寄付募集に記念祭パンフレットの草案作成までこなしている。給料も出ないのに不可思議な男である。

 疲労蓄積が懸念されるが、担任曰く「この程度の頭脳労働ではあいつは全く疲れない。憂慮すべきは肉体労働のほうだろう」、とかいうことらしいので心配は半分無用らしい。

 

 さてその末っ子、今度は目配せをさりげなく四葉に振ると。

 

「C.C.先生、後ろ姿まで美人ですねー……」

 

 四葉の呟きに皆で同意。家庭科室にルルーシュを放り込んで戻ってくるなり、枝毛ひとつない緑髪をまとめた彼女は五月とはうって変わって、ある種現代的?なミニスカメイド姿で手早く、かつ正確に注文を取っていた。

 にしても際どい。ガーターベルトが思いっきり見えているし、歩き方に気を付けないとショーツまで見えそうだ。でも着こなしも含めて様になっているし、主に臀部あたりに女生徒達が羨望の目線をやる始末。女子高生には到底出せない妖艶さを秘めた容姿は、アッシュフォードの美魔女と密かに謳われるだけはある。

 

「でも、なんで先生までコスしてるの?確かに売上は上がるだろうけど……」

 

「勿論、最初は教師だからと固辞してらしたんですが、A組全体で説得にあたりました。とどめに職員室に来たナナリーちゃんが『説得のため超長時間演説(フィリバスター)も辞さぬお覚悟です。お兄様が』とか言い出したらしくて、半ば呆れた先生が折れたのがつい昨日です」

 

 一花の懐疑に五月が代返。普段控えめなナナリーだが、どうにも今回は兄と共謀したらしい。

 

「そこで自分じゃなくて、ナナリーちゃん使うあたり()()()わね…」

 

「同感……」

 

 行きがけの車内で件の彼女と話してた二乃と三玖が追随。C.C.先生からしてみればやりづらすぎる。教師陣の眼の前で、傲岸不遜・唯我独尊を体現した天才副会長サマではなく、楚々として大人しい印象の可愛い女生徒にせがまれるのだ、却下しづらい。勿論彼ならそこまで計算づくだろう。ナナリーの行動の裏に、腹黒家庭教師の意図を感じた姉妹達だった。

 

 

 ☆

 

 

 一方、噂の主たるルルーシュはというと、家庭科室でいくつかの料理を並行して作成しながら心で愚痴っていた。

 

(……ええいッ!前にも言った気がするが、あんなキャラは俺のジャンルでは断じてないッ!あれでは執事ではなくホストだ!大体俺は会計を担当する予定だった筈だろうが!!)

 

 よどみない手つきでスコーン(皇室御用達)を盛り付けながら、彼は内心ひとりごちる。本人的には、さっきのナンパしてるときのジノみたいなキャラ付けはいたく不満であった。

 これは対価として「じゃあお前は執事服で接客しろ。私が満足できるレベルまで演技指導してやる」、なる案をC.Cに飲まされたのが運のつきだろう。こき使われてる面も包含すれば、試合には勝ったが勝負に負けているともいえる。

 ついでに一番得してるのは、演技指導と称して「営業スマイルがなっとらん」だの駄目出しを繰り返し、終いにはルルーシュに肩まで揉ませたC.C.である。損して得取れとはこういうことかも知れない。

 ただナナリーの見込み通り、彼女もそれなりに楽しんでくれているみたいなのは彼にとっても僥倖だ。慣れない接客もあってか、おかげで気を抜くと瞼のあたりが引きつりそうだが。

 

(……にしても)

 

 今度はブリティッシュマフィンをトースターに放り込んだ料理上手の副会長は、努めて顔色を変えず思考を巡らせる。目下の関心事は五つ子の一人たる、長女のことについてだ。

 

(…なかなか尻尾を見せんな、一花め。やはり俺とは似た者同士か)

 

 既に姉妹四人と()()()では協力関係にある。今朝だってそう。わざとらしく一花だけ1人部屋に残したのだって、考えれば不自然だろう。疑問が回らないのは、それだけ心が張り詰めている証左だ。

 心の傷をみせまいとしていた三玖とは別ベクトル。彼女は吐露を佳しとしない。むしろ誤魔化す。そして気負いの根っこにあるのは恐らく……長子として家族を支えんとする、姉妹愛といったところか?

 シスコンで嘘つきとは、どこかに似たようなやつがいるな。冷血漢を気取りながら情に棹される男は自嘲する。も、その時やにわに響いた扉の開閉音でもって現実に引き戻される。目線をやるとオーダーをまとめてきたのだろう、C.C.がそこにいた。

 

「…ルルーシュ、流石に事を急いてないか?あれではパンクしてしまう」

 

 周囲に聞こえぬように小声だが確りと。先程わざと止めに入ったC.C.は危惧を口にする。

 

「理解っているさ、時間はある。次善策を講ずるまでだ。それに…」

 

 今の一花のメンタルは、例えるなら膨らませた風船のようなもの。あの調子だと早晩ではないが、なんらかの切欠があればいずれ破綻してしまうだろう。見立てではもって……半年といったところか。仮に決壊したら、修復不可能な何かしらの事象が自他に生起するリスクもある。ヒトの精神とはかくも恐ろしきものなのだ。

 

「それに?」

 

「…俺に壊せぬ仮面など無い。何人の如何なるものであろうとな」

 

「その絵面で格好つけても締まらんぞ」

 

 格好付けたらジト目で速攻突っ込まれた。この先生辛辣すぎやしないだろうか。…ああいや、いつもこんな感じか。会話のタッチが変わった為、ルルーシュもこれに応対。

 

「やかましい。大体厨房に何の用だ、つまみ食いは許さんと言っただろう?」

 

 真面目な話は終わりかと予想した彼としては、このままいつもの流れに差し掛かるかと思われた、のだが。

 

「……差し入れだ、この鈍感め」

 

「ほぁ?」

 

 予想外の展開に、思わず変な声が出た。手渡されたのはタンブラーに入ったハーブティー。彼女が手ずから淹れてくれたのだろう、市販品にはないフレーバーだった。

 それにこの覚えのある馥郁たる香り、確か疲労回復に効果のあるやつだったな、と思い起こす。茶器も予め白湯で温めてから供されたブレンドの一杯は、ルルーシュの嗜好を知りつくした彼女でなければ作れない。匹敵するのはナナリーのそれくらいだ。

 

「邪魔したな。持ち場に戻る」

 

 自分でも似合わぬ事をしたと思ったのだろうか。渡すなりそそくさと接客に戻っていく彼女の、華奢な背中に一声かける。

 

「C.C.」

 

「…なんだ?」

 

「有難う。ついでによく似合ってるぞ、その格好?」

 

 ホイップクリームとキャラメルソースでフルーツパンケーキを可愛くデコリ、野郎の癖して高い女子力を見せつけるなんちゃって執事は、振り向いた彼女の眼を真っ直ぐ捉えて嘯く。

 

「……いくらでも淹れてやるさ、このくらい」

 

 返事は小さく、一言だけ。それっきり、ぷい、とそっぽを向いて退室した彼女の頬に少しばかり朱がさしているのを、果たして彼が気付いたかは別として。気紛れ魔女の内助の功は、魔王を更に加速させる。

 

(…今度は正々堂々語ろうじゃないか、嘘つき同士で。なあ、一花?)

 

 妙に家庭的な皇子の魔の手は、今日も留まるところを知らない。

 

 

 




つづく。

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