五等分のルルーシュさん。 作:ろーるしゃっは
夢を最後に見たのは、もういつだったか覚えていない。
あちこち回った学祭の一日目、そして最終日の二日目を終えた夜。いつも通りピアス穴の消毒を終えた中野家の長子は、ごちゃごちゃとした着衣溢れる自室で静かに床に就こうとしていた。
最近は寝つきが悪いし眠りも浅い。アイメイクはいつからか、ただ目の下の隈を消すためのものに変じて久しい。朝方に急いで塗った化粧が落ちているのを姿見で雑に確認すると、そのまま気絶する様に寝台へと倒れ込む。格好は既にして下着だけだ。
気怠げに灯りを落として目を瞑る。買ったばかりの空気清浄機の稼動音が気に障り、手探りで電源をオフにした。
我ながら、こんなに神経の繊細な
やはり手探りで薬箱から睡眠剤を取り出そうとして、咄嗟に思い留まる。常用して耐性がついてもシャクだし、そもそも汚部屋過ぎて何処に置いたか分からない。
(…………昔は、もっと綺麗にしてたんだけどなあ……)
「空き巣に荒らされたハムスターのゲージ」と二乃に評される惨状から、布団を被って目を背ける。女優業が立て込むにつれ学生生活との両立で手一杯になり、掃除にまで手が回らない。普段から片付けておけば問題ないのだが、悪癖とは簡単に除けないから悪癖なわけで。
面倒だし掃除はまた今度でいいか、と安易な妥協でお茶を濁す。俗に部屋は心を映す鏡という。ならば今の自分の心とは、どれ程に滅茶苦茶な状態なのだろうか。
散らかった心に浮かんでは消えるのは、未だ曇ったままの将来への展望。自身の夢、女優について思いを馳せても。
(これから、どうすれば良いんだろ……?)
悩むも道理。
俳優業とは水物である。成る程華やかで憧れる若者も数多いが、大したコネもなく業界で生き残っていける人間など、考えるまでもなくほんの一握り。10年後、20年後に果たして食べていけるのか。貰っているのが端役ばかりの駆け出しの身で、断言出来る豪胆さは無い。
なまじ一時は赤貧生活を送っていただけあって、もやもやとした不安は募るばかりだった。
まずお金。義父からの仕送りは潤沢だが、勿論永遠に続くものではない。高校生の間は大丈夫かもしれないが、でもそのあとは?
役者として身を立てていきたい一花は、現在のところ大学進学の意図はない。
しかしいい歳して「女優になりたいから金くれ」などとぬかす子供の話に感銘して融資する親が、果たして世の中にどれ程存在するだろうか。大物YouTuberになれるくらいの超高倍率だ、普通は翻意させられるがオチである。「ほならね、自分で稼ぐしかないやん(意訳)」と自己完結してお金を貯めてる一花は人間の鑑だろう。姉の鑑かは知らないが。
次いで時間的制約。本気で役者を志したいのなら、全日制の黒薔薇やアッシュフォードに通ってる時間は無い。これが
その為に一時は通信制高校への転入だって検討したのだが、結局は妹達と足並みを揃えることを優先した。…してしまった。
降って湧いたような創立記念日も、正直サボって午睡していたかった。休みの日に新品のショーツを穿いて朝寝すること程、すげェースッキリすることはないのだから。……実は行ったら行ったで学祭、結構楽しかったんだけど。
早いものでそんな記念祭も恙無く終わり、頭がアイドリングに移行。
一度しかない
当然、姉として最後の選択肢以外は保持すれど優先すべきではない。頭の中ではそう思ってはいるのだけど。
(……ホントに、それが私の……したいこと?)
思ってから、ハッとなってかぶりを振る。
まただ。気を抜くとすぐこうだ。自分のこういうところが嫌いだ。隙あらば顔を出すエゴイズム。ナチュラルに妹を……
普通の家の子なら、或いは許された欲望だったのかもしれない。しかし自分は片親が居ない五つ子姉妹の長女。皆で同じ格好をしていた幼い頃とは違う。我儘なガキ大将は、もう卒業したんだから。
懊悩を縛って押し込め、強く瞑目。ひたすらに、暗示のように言い聞かせる。眉間に皺が寄っているのを、果たして彼女は自覚しているかは分からない。
☆
(8分で終わるとは上出来だ。今月のノルマは無事達成、と)
学祭も無事終わり、振替休日で休校となった翌日。新宿は歌舞伎町方面から台東区に向け、一路車を転がす男が一人。
左ハンドルのじゃじゃ馬を巧みに操るは、主人公というより悪役が似合う高校生、ルルーシュ・ランペルージその人。格好はフルオーダーの
後部座席に積まれるは道楽貴族から巻き上げてきた、
飛び込みチェスで荒稼ぎした総額10万ブリタニアポンドを獰悪な笑みを浮かべ持ち帰ったその様、とても昨日まで真面目くさった顔で執事コスをやっていた男とは思えない。
バニーガールにセクハラしてたので標的にした今回のカモは、顔芸が中々に面白い相手だった。客層が懐を荒らしても良心が痛まない奴ばかりなのは、それはそれでどうかと思うが。
ただ自分の尻をしつこく触ってきた色ボケ貴族がすってんてんになったのが、よっぽど琴線に触れたのか。帰り際に件のバニーの彼女から、なんとキスマークと携帯番号の入った名刺を渡されてしまった。 正直言うと現在進行形で処分に困っている。
(厚意で渡してくれたんだろうが、持っていてもな……)
気慰みついでに、カーステレオのチャンネルを適当に切り替える。FMラジオに波を合わせると、程なく「本日は先頃より数回の順延となっておりました、隅田川大花火大会がいよいよ開催されます。既に河川敷には一万人近い人々が各々詰め掛けており、お近くにお越しの際は公共交通機関のご利用をお願い致します………」なる旨の注意アナウンスが流れてきた。
台風やらでずっと延期になってたのを、結局9月も末の今になって実行するらしい。現地は交通規制でてんやわんやだそうだ。明日から肌寒くなるらしいので、ギリギリのタイミングとは正にこの事だろうか。
そのまま5kmばかり走行し都道を2本経由。後楽園駅前を通過しようとした、ところで。
(……ん?…アッシュフォードの女生徒か、あれは)
大型ドームとスパリゾートに挟まれた歩道。そこで男性と何やら揉めている様子の、制服姿の女子を発見。クリーム色に近い女子学生服は、比較的シックな男子のそれと比べて目立つ。そしてご両人、剣呑と言うほどではないが、しかし到底円満とも言い難い。
(まさか援助交際か?遊園地の真横でウチの生徒が売春?おいおい…)
冗談じゃない、
自分が非合法の賭場に入り浸ってることは完全に傍におき。さてご尊顔を拝んでやろうと、スピードを落としてさりげなく車を寄せると。
(……一花じゃないか。…なぜ?)
なんと女子の方はよく家にお邪魔してる生徒、兼同級生だった。中年男にウリを持ちかけたとでもいうのか?……いや、一花は経済的には困窮していない。興味本位で春をひさぐ手段に手を出す程、短絡的な人間でもないだろう。
(売買春でも拉致でもない、誘拐にも見受けられん。ならばタチの悪い勧誘か、若しくは大穴で彼氏か)
出歯亀は野暮だ。しかし家庭教師として教え子がトラブってるのを静観するわけにも行かない。今日はこれから、河童橋の道具街に行って和食器を買いたかったのだが。
「……仕方ない。また後日赴くとしよう」
独り言を言うが早いが、死角になる場所に素早く車を停め、シフトレバーをPに入れてブレーキを下ろす。待機状態への移行を確認すると起動キーを引っこ抜き、ガルウィングを跳ね上げて車外へと躍り出る。
(丁度いい、サシで話がしたかった頃だ)
計画とは異なるがまあ、いつもの事である。自分の予定通り上手くいったことの方が少ないことに、今更ながら少しばかり虚無感も覚えつつ。鋭い目つきを更に尖らせると、声を幾分硬めに調整。
さも今通りがかったかのように横合いから現れ、善意の通行人Aを演じて割り込んだ。
「何やら穏やかではありませんね。いったん離してあげたらどうですか?」
……さて、どう出る?
ところが誰何が終わるか終わらないかくらいで、既に男は猜疑に満ちた眼を向けてきた。「なんだこいつは」とお互い思ったに違いない。やおら首から上だけをこちらに向けた、中年男が発したのは。
「ん?……何か用かね、うちの
……返ってきたのは、斜め上の答えだった。
☆
「女優…?」
努めて反応を顔には出さないようにしたが、内心首をかしげるルルーシュ。言葉が思い切り引っ掛かった。女優。アクトレス。銀幕やドラマで、麗しき花となる存在。誰が? ……一花しか、状況的には該当しない。じゃあこの男は差し当たり芸能事務所のマネージャーか、マスコミ関係者といったところか。
ついでに近付いてわかったが色気が微塵もない。両者が恋人の線は薄いとみた。
「で、何処の誰かね、君は?」
他方、誰と聞かれたルルーシュは「一花に聞くべきことが増えたな」、と冷静に考察。確かに斜め上の展開だが、完全に想定外という程ではない。
意識は既に、話しかけてきた男の分析に移っていた。
(吊るしのスーツにそれなりの腕時計、薬指には指輪。……中流家庭の既婚者、とみた。中肉中背の黄色人種、恐らく40代後半の日本人。俺を知らないと言う発言が正しければ、アッシュフォード学園の生徒の保護者ではない。そもそも学園関係者は用務員や調理師含め、父兄らの顔まで全員把握済。可搬記録媒体は右手に持っているスマホのみ。録画は……されていないな、問題ない)
撮られてないなら好都合。口から出まかせを言うのに最適だ。
実時間に直して0.2秒フラットで解析を終えると、
「成る程。私をご存知ないと?」
「知らんねえ。まさかとは思うがこのタイミング、彼女の交際相手か何かかね?」
「ち、違いますってマネージャー! この人は……」
マネージャーで確定なのか、理解。ついでに何故か慌ててる一花が、話の腰を折ろうとする。バレると何か不都合でもあるのだろうか。ひょっとして女優業は秘密にしてたいのか?確かに把握してなかったが、別に言いふらすつもりも無いのに。
「困るんだよねえ、デートがしたいのなら…」
「彼女の言う通り違いますよ。ここからは私が説明します」
その場で一花を遮るだけでなく。おもむろに自分のジャケットの左側内ポケットに右手を突っ込み、
この動き、銃社会であるブリタニアで無断で行った場合、「懐から銃を取り出そうとしている」と見做され、実は即座に射撃されても文句はいえない危険動作である。
が、男性に何も警戒した様子はない。軍人や工作員なら真っ先に制圧に飛びかかって来るアクションに無反応。……確定だ、彼は素人。軍事のプロでもテロリストでもない。単なる極東の民間人なら、自分の正体を知る者などまずいない。
(素晴らしい。この場に於いて、最も
或いはより朴訥なシスコン兄に誰何したなら、もっと違った答えを用意しただろう。しかし総身を嘘で塗り固められるこの口達者が、まともに答えるわけがない。
先程までの発言と矛盾しないよう思索を巡らせ、淀みなくでっち上げを口にする。
「何、単なる通りすがりの外国人です。本日はドームで野球観戦を、と思いまして」
一応今さっき通りすがったブリタニア人なので、嘘は言っていない。「彼女と面識がある」とも言っていないだけだ。いけしゃあしゃあと屁理屈を吐く家庭教師に、密かに呆れる一花だった。私が後で口裏合わせなかったらどうするつもりなんだ。
適当な動機をくっ付けると、氏素性について問われる前に打って出る。
「失礼、申し遅れましたね。私の名はアラン・スペイサー。父はブリタニアの公爵です。ああ、パスポートならココに」
弄っていた懐からコイルガンの代わりに取り出した偽の身分証明を、これ見よがしに提示。ブリタニア外務省に(裏金を積んで)発行してもらった、本物と寸分違わぬ見た目の偽造品である。当然一見したくらいで、真偽を見抜けるわけもなく。
「な、貴族……!?」
慌てるは高圧的だった相手側。
(……ええ、そこまでやる…?)
小道具まで持ち出してきた技巧派詐欺に驚愕半分、更に呆れ半分なのが一花。一応「説明する」と言われたので任せたけど、何を言い始めるつもりなんだ。もう後にひけないじゃないか。
しかし彼女とうって変わって、おっさんの方は物凄く張り詰めていた。まずい。最友好国のブリタニア出身の貴族、それも公爵ときた。失礼があってはならないどころか、下手を打てば国際問題。世界一の超大国、その上流階級と事を構えればそこらの芸能事務所など、圧力の余波だけで吹き飛んでしまうだろう。
遅ればせながら虎の尾を踏んだ事を理解したマネージャーの顔色が、覿面に悪くなっていく。明日の今頃、依願退職という名の懲戒処分を貰う自分でも幻視しているのだろうか。
「こ、これはとんだご無礼を……!」
「いえいえ、貴殿もきっと
「ネチネチと嫌味を言う貴族」をテーマに即興芝居。幸か不幸か帝都ペンドラゴンで幼少期より豊富に実例を見てきたので、参考資料は山ほど記憶している。
本当は相手が泣くまで続けるのがブリタニアの流儀だが、流石に陰湿過ぎるのでやらない。目的は一花を連れて撤収することだし。
「しかし見たところ、彼女の制服はかのアッシュフォード学園のもの。そうですね、
「え。あっ、はい」
目線を向けて一花に振る。予想通り端的な解答を貰ったため、弾みをつけて次に繋げる。
「成る程、ではここでお会いできたのも何かのご縁。いい機会ですから学園に出資しているスペンサー家次期当主として、学生から暫しお話を伺いたいのですが」
言外に、「俺の要求を飲むのがお前の非礼を黙っておく交換材料だ。安いものだろう?」と据わった目で語る。相変わらずの悪役振りだ。別位相でロクな死に方しなかったのも分かる気がする。
「な、ならばここで話してしまえばよいのでは…」
「校外秘の事柄を多く伺いたいのです、
更に畳み掛ける。即興の交渉で肝心なのはスピードだ。たとえ粗があろうと、気付かれる前に大筋を詰めてしまえば良い。
「私もプレイボールに間に合わせたいのでね、宜しいかな?」
「…不純異性交遊は慎むようにして頂けるなら」
「無論。家名に傷を付けては貴族の名折れですからね」
「………今日の撮影はキャンセルせざるを得ないでしょう。どのみちもう間に合いませんので」
よし、獲った。
「英断に感謝します、ブリタニアと日本の将来に幸多からんことを。…ではミス、此方へ」
かくして王の力も隠し持った
しかし一花の方はというと。ルルーシュの名乗った偽名が、喉元につっかえた小骨みたく心に引っかかっていた。何故か、その名をかつて聞いたことがある気がしたのだ。思考をとられて仕方ない。証拠に話を振られても生返事だった。
(………アラン・スペイサー…)
昔、何処かで。
☆
オーディションが終わったところで、急なモデル撮影の依頼がきてさ。大きいところだから受けろって言われて、それで。
揉めた理由を淡々と口にした彼女は、珍しく沈んだ様子だった。
「17時半以降はオフの予定だったんだけど、ただでさえ前の仕事が長引いてたところにそれだったからさ。妹達と、花火大会行きたかったんだけどなあ……」
……でももう間に合わないし、いいや。
グループに断りの連絡を入れながら、諦観交じりに長女はぼやく。
現在時刻は8時半をとうに回っている。隅田川方面行きの電車はいずれも激混み、車全般は交通規制で物理的に通れない。ヘリとドローンはテロ対策で飛行禁止だ。第一、花火を上空から見たって風情がない。屋台にも行けないし。
たかだか4km先の会場が、これ程までに遠いとは。なんだか泣きたくなってきた一花だった。しかし。
「5人で見るのは確かに無理だ。…だが、花火を見るだけなら丁度良い穴場を知ってるぞ?」
「え?」
「善は急げだ、直ぐ向かおう」
言うが早いがルルーシュ、起動キーを捻って愛機を点火。カーナビに「GEFJUN FIELD DISTURB」なる表示が点いたと同時、設定したジャミング機能がオンになる。最早「車の形をしたKMF」というべきか、なんとも無駄なハイテク技術の結晶体である。にしても何の意味があってこんなもん搭載したんだろう。
5秒足らずで100kmをマークするその鋼鉄の愛馬でもって、たどり着いた先はというと。
「ええと、だからってなんでこんなところに……?」
戸惑う一花の反応は、至極自然なものだった。小高い坂の上ながら、右を見ても左を見てもどうみてもホテル街。それもラブホテル。艶かしい空気とピンクなネオンのこの場所、どうみても高校生が来るところではない。制服着てる今見つかったら補導確実である。
……もしかしてワンナイトカーニバル(意味深)を目論んでいるのかこの男。だとしたら酷い、信用してたのに。そうでなくても今、この車内で本気で迫られたら逃げられないのに。いくら美形だからって無理矢理は…。
どっちかというと自分も虚言を弄するタイプなのを棚に上げたJKが、ピンクな猜疑心を強めたところで。
「あと7秒待ってくれ。それで分かる」
「?どういう……」
答えは明解、暫し待て。疑問を遮ったのは、間も無く打ち上がった花火の轟きだった。
☆
「わ………!」
思わず口から、感嘆が漏れた。目線を上げると描かれていたのは、碧青、緑黄、真紅に虹色。色とりどりの大輪の花が、雲一つない夜空にいくつも咲いていく。
「ラスト15分のスターマイン…ギリギリで間に合ったな」
(もう、カッコつけすぎだって。…そういうところなのかな、三玖が…………ああ、うん、やめやめ)
折角連れてきてくれたんだ、今は絶景を楽しもう。
なんでもないようなフリをして、上を見る。昔母と観覧したのも、こんな盛大な花火だった。妹達と灯す線香花火とはまた違った美しさが、鮮烈に花開いては散っていく。
「…ねえ、このためにわざわざ……?」
「ああ。合流は無理だったがな」
「いや、十分だって。……ありがとね」
それに……見てる景色は、皆同じ筈だから。
独白を紡ぐと、不意に暫しの沈黙が訪れた。お互い黙するタイミングを見計らっていたのだろうか。ややあってから「…他言するつもりはないが」と前置きされて、彼は女優業の話の続きを促した。
「………妹達には内緒にして、くれるなら」
当然というべきなのか、即答でイエスを貰った。報告も連絡もしなかった不義理を怒ってるようには見えない。ただ「教えてくれ」、と。それだけ。
「いつか…もっとちゃんとした役を貰えたら、話そうと思ってたんだけどね」
君にも妹達にも、何処かで言わなきゃいけないタイミングが来るとは思ってた。引き伸ばしてしまって今に至る。
訥々とした語りを、ゆっくり聴いてくれた。
「誤解しないでね?話すつもりがなかった、ってわけじゃないんだ」
言い訳にしか聞こえないかも知れないけど。
「気持ちは分かる」とだけ、彼は端的に応答した。想定してたよりずっと淡白な反応で、でも柔らかい視線から…………無形の思い遣りも感じた。普段は多弁なのに、こんな面もあるんだ。
「……そっか。なんていうか…」
「意外、と思ったか?」
「うん。やめろって言われると思ってた」
皮肉交じりに「おいおい、まずは机に向かったらどうだ?」とか言われると考えていただけに意外だった。ところが。
「逆に奨励したいさ。何もせずただ生きているだけの人生など、緩慢な死と同義だ」
返ってきたのは何か、重い心情が乗せられているような言葉。何やらこの手の話題には一家言あるようだった。過去に何か、やらずにいて悔いた事でもあるのだろうか。
「本当はね、………自分が一番やりたいことをしたいなって、思っちゃう時もあるんだ」
我儘じみた、エゴを吐く。そんなものいつまでも抱えてるのは許されない。だって私、お姉ちゃんなんだから。眦を決すべきものに、いつまでも固執すべきじゃない。思考が内向の一途を辿ってた時。
「そうか。だから……辞めたいのか、
見透かされていたような不意打ちに、息が止まった。
☆
「……っ……!」
なんで、そう思ったの?咄嗟に返したのはそれだけ。読心術でも使えるのかと思う程に鋭い。身内でここまで直感に長けるのは四葉くらいだ。
その場を繕うために投げた問いは、しかし思いのほかあっさり返ってきた。
「自分に経験があるからに決まっている」
「俺も昔、ブリタニアのエレメンタリースクールを中退してな。実は学歴はアッシュフォードの中等部からなんだ」。あっけらかんと大したことないように言い放つその様は、心を読んだとかそんなものでなく、ただ本心から言っているらしかった。
「てことは小学校を?…なんでそんなに早く?」
「
ああもう。本当に、いちいち心臓に悪い。仮面を貼るたび剥がれてくる。言葉の裏を読むのなら、彼は自問自答を促してるのだ。私がすべきことは何?私のやりたいことは何?私の守りたいものは何?
「…………後悔しない、選択……」
昨日寝る前に、やはり一度は考えた問い。
「働いてお金を稼ぐのが家のためだ」。最初はそう思って始めた女優業だった。
エキストラから始まって、台詞のある端役を務めるくらいにはなった。そしていつのまにか、目指す夢になってしまっていた。でも最近は忙しくて、家族と過ごす時間も減った。勉強が出来ないから、何より学業を優先すべきだと考えもした。
今の私は、どうしたいんだろう。
「……一応これだけは言っておくと、勉強は別途で教えたっていい。いずれにせよ決めるのは一花だがな」
言い切ってから飲み物でも買うかと思い立ったのか、やにわに車を降りて近くの自販機に向かってゆく彼。背を向けた長身痩躯に、自分と同じ影を垣間見た気がして。
気付けば思わず背後から「…ねえ」、と問いかけていた。
「……なんで、私にそこまでしてくれるの?」
溢す。分からなかった。生徒会役員としての義務感? それとも契約のうち? もしくはそのどちらでもない何か?
「キミにとって、私って何?」
問われて彼も口元に手をあてる。自分と私を表す的確な表現は?
「何、と言われるとな…………」
単なる教師と生徒?同級生?いや、関係はそれだけにはとどまらない。だからといって勿論恋人でもないし、何が適当な表現なんだろう。パートナー?……いいや、この廃スペック男子と肩を並べるにはまだまだ荷が重い。私が潰れる。
そもそも彼との実質的な付き合いはこの一月程。お互いに深い仲というには浅すぎる。とすると。
「そうだな……
「共犯者?」
「お互い妹に隠し事をしている長子。本質はエゴイストなのを取り繕って生きている。その方が世渡りには都合がいいから。共通点はこんなところか?」
「…けっこー言うね。私、そこまで言われたのは初めてかも」
「事実だからな。全て認めたその上で、俺は明日が欲しいんだ」
「なーるほど。じゃあ……」
ちょっとだけ溜める。で、つつく。
「後部座席の怪しいジュラルミンケースも、その『明日』には含まれてるの?」
ガンッ、と彼が先程買った缶コーヒーを落とした。普段ならボロを出さない場面だろうに、どうにも油断してたみたいだ。ひょっとして不意打ちには意外と弱い?
「……馬鹿と自称する癖して敏いじゃないか。やっぱり立派な嘘つきだよ、一花は」
拾った無糖ブラックを懐に持ち、新たに買った微糖を「受け取れ」とだけ言って手渡してくれた。奢り、ということらしい。両手で受け取って小さくお礼。…不意打ちに弱いのは私もみたいだ。
………やっぱり、こういうところなのかな。ねえ、私が立派な嘘つきっていうのなら。
「ほんの意趣返し。つくづく優しい嘘つきだよね、キミ」
ストレートな時と、一周回ってフォローかけてくれる時がある。二乃もそうだけど、これがツンデレってやつなのか。
「秘密が増えるな、お互いに」
「内緒にしてよ?二人だけの」
「いいだろう。今日聞いた事は全て秘匿する。俺も俺の話をバラされると困るんでな」
「ふふ、ホントに共犯者、って感じだね」
なんか、しっくりきた。共犯者。キミと、私は。聴き慣れぬフレーズが、かつての自分を呼び起こす鍵になったみたいで。
あれも欲しい、これも欲しい。そういえば、昔はそんな子供だったっけ。
(……ああ、そうか………)
私は
昔の自分と今の自分。そしてこれからなりたい自分。等しく融けて、混ざり合う。
「……さっき、さ。『後悔しない選択を』、って言ったよね?」
「ああ」
なら。
「……キミは今も、後悔してる?」
ニセモノ? それとも。面映ゆいのかどうなのか、色々とごたまぜになった表情をみせた彼は。
「言うまでもない、そんなもの……」
後悔しない選択を。必要なのは結果。じゃあ、私が選びとって、得たいものは。
気付けば拳を握っていた私に向けた、彼の答えは。
「……あるわけないさ。
中野一花は欲張りさんだ。そんな女が掴むべきは。……私の中で、踏ん切りがついた瞬間だった。
☆
花火も終わって宴の後。
普段なら帰る手筈なんだけど何故か名残惜しくなってしまい、気付けば「もうちょっとだけここに居たい」などと呟いてた一花。よくよく考えれば彼に気があるかのような発言だが他意はない。
マネージャーに君のことを聞かれたら口裏あわせとかなきゃとか、雑談めいたことをお互い話してるうちに。
「なーんかね、今日はゆっくり眠れそう……」
あふ、と欠伸をかみ殺すまでになる。舟を漕ぐのも時間の問題だろうか。うつらうつらしているのは、余程に疲れている証拠だ。
「ところで一花。俺は日本に住んでそこそこ長く経つんだが………」
意図的に声量を絞って、続ける。
「……特に好きな日本語が、三つあってな」
「……ほへ?」
「『ただいま』と『ありがとう』。それから……」
そこまで続けた時。不意に、ルルーシュの肩に重みが掛かる。…も、構わず言い聞かせるように続けた。
…………『おやすみ』、だ。
最後の言葉は、恐らく聞こえていなかっただろう。帰ってこない返答が、彼女の今の様子を結論づけていた。
ブレーカーが落ちたみたいに、こっちの肩に頭を寄せて静かに眠りこけている。C.C.と同じく、寝る時にいびきをかかない
(確実に寝違えるだろう、この格好)
そのまま数十秒程、躊躇ってたが。
(………起きてくれるなよ、頼むから)
腹をくくれば思い切りの良いルルーシュ。起こさないようにゆっくりと、自分の大腿部に彼女の頭を誘導していく。程無くして己が膝を枕がわりとする……も、我に返って独り思う。
普通、逆じゃあないか?と。野郎の膝枕とやらに需要はあるのだろうか。まあ減るもんでもないし構わないが。
胎児のように背を丸めて眠る彼女の寝顔は、実はここ数日で一番穏やかだとは彼は知らない。果てはいい夢でも見ているのか、と思うに留まった。
手持ち無沙汰な己が左手を彼女の赤髪に添え、起こさぬように慎重に、虚空へ囁きを溶かす。昔ナナリーを寝かしつける時、よくやっていた様に。
「
☆
「お、起こしてくれても全然構わなかったんだけど…………」
約30分後。
今の今までオレ様同級生男子に逆膝枕をされていた、よくある乙女ゲーの主人公みたいな少女が覚醒の時を迎えていた。いつの間に寝こけていたのだろう。
(涎とか垂らしてなくてよかった……もしやらかしてたら顔向け出来ない…)
主に亡くなった母親あたりに。ルルーシュファンクラブの女生徒だったら垂涎間違いなしの状況を、全く気付かぬ間に堪能してた一花。惜しむらくは殆ど覚えていないことだった、感触とか匂いとか。
(…っていや違うでしょ!?ここは私が膝枕して「頑張ったね、お疲れ様」とかばっちりキメるところでしょ!なんで爆睡してたの私!?)
王道ヒロインムーブを逃したことに、遅ればせながら気付いたらしい。これまで数多くの男の告白を袖にしてきた一花にさえ、野郎の癖して無駄に高い女子力を持つこの主夫は難攻不落だった。いや攻め落としたいわけじゃないんだけど。
こんな書き方すると一花がやたらに男を眩惑する悪女みたいに思えるが、実際は割とピュアな性格だ。たぶん。
「気にするな、別に追加料金など発生しない」
冒頭の遠慮に答えるはルルーシュ。誰がオプションを頼んだと言ったのだろうか。
実を言うとずっとそのままの姿勢だったので、若干脚が痺れているが痩せ我慢してるのは秘密。本当に嘘ばかりつく男である。
「そ、そうじゃなくてさあ……!」
あの、その、…………。口ごもった彼女から、次に出てきたのは。
「……あ、ありがと」
「どういたしまして」
「うん」
そのまま暫し、お互い黙して星空を見る。先程と違って、今度は訪れる静寂が、無性に心地良く思えた。
久しぶりに夢を見るくらいぐっすり眠れた後だからだろうか。頭が冴えてきた一花には、掘り起こした昔日の記憶がよぎっていた。
制服のシワを軽く直して様子を伺う。…と、身じろぎだけで何か勘付いたのか、丁度お互い目があった。堰きとめられない好奇心が、思わず口をついて出る。
「…ねえ、ルルーシュ君」
夢の中で思い出した。憑き物が落ちたような、そんな気分。
それはずっと昔。まだ五つ子皆で同じ髪型と格好をしていた、あの頃のこと。旅先で偶然出会った、とある一人の男の子。
彼の名は、確か。
「さっきの、君の偽名のことなんだけど……」
……私、昔一度だけ聞いたことがあるの。同じ、名前を。
☆
(……何?)
明瞭に、二人を取り巻く空気が変わる。弛緩から、緊迫へ。
アラン・スペイサー。それはルルーシュが用いる幾つかの偽名の一つ。そして彼の記憶ではアッシュフォードに入る前、昔お忍びで日本旅行に行った時に……
(俺にカマをかけてるのか? 記憶違いや同姓同名の線だってあるだろうに。いやしかし、ここで一花が俺を謀る意味が無い。ならば…)
……
いや、留意しろ。相手は嘘つき、自分と同類。演技派を称する故、自分をからかってるだけかも分からない。一先ずシラを切っておこう。
「EU圏内ではありふれた姓名だから、そんな事もあるかもな。思い過ごしの線ではないのか?」
「いいや、違うよ」
ぼかしに抗するかの如く、明確な否定が飛んで来る。拳を握って目線を上げた彼女は、委細を交えて断言した。
「……今でも覚えてるんだ。
彼女の述べた服装は、まさしく。
(……7年前のあの日の、俺の洋装と一致する…)
「初日にあれ?とは思ったけど、判断が付かなかった。顔立ちは大人びててわからないし、声も低くなってるし、背は物凄く伸びてたから」
「おいおい、確証どころか傍証もないのなら……」
「信じて、お願い。名前だけじゃないの。
中野一花は思い出す。綺麗なアメジストの持ち主を。天然発現確率自体、約1000万分の1程度と言われる紫眼にあの日、人生で初めて遭遇したから驚いたものだった。使った名前まで被っているなら、聞いてみる価値はある。
ルルーシュ・ランペルージは回想する。あの日出会った、白ワンピースに麦わら帽の少女を。鮮やかな赤髪と碧眼、柔らかい声を今でも昨日の事のように思い出せる。だがその少女が成長して、「一花」になった、とでも?…ならば知りたい、真実を。
そう、あの日。
「私
キョウト。7年前。それはルルーシュが『野望』を抱く切っ掛けとなった……始まりの日。
「……答える前に、一つだけ聞かせてくれ」
敢えて直ぐには肯定しない。あの時の少女と今の一花の話には、
目線を合わせて慎重に。7年越しに向き合うのは、互いの嘘の答え合わせ。止まった時計の重い針が、動き始める音がした。
「俺の記憶では、あの子は『一花』とは一度も名乗らなかった。彼女の名は、確か─────」