五等分のルルーシュさん。 作:ろーるしゃっは
女優の卵を夜間労働させようとしたマネージャー。疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう。行状を誹られすべての責任を負ったマネージャーに対し、車の主、ルルーシュ・ランペルージが言い渡した取引の条件とは……。
「
機先を制して一花が述べたその名は、ルルーシュの掘り返した過去の記憶と、
七年越しの答え合わせの結果は「嘘」。
お互いに偽名を名乗って行動していたことが、時を経て白日の下に晒された。己は身分を明かせぬ立場から。他方、一花に関しては動機がいまいちわからない。加えて彼女は、果たして単独犯だったのかも疑わしい。
(「昔はよく姉妹で同じ格好をして、偶に入れ替わっていた」と、五月が先日言っていたな。ならば……あの二日間の邂逅も?)
かつて京都に滞在していた二日の間、零奈には
(……手癖、微妙な声の抑揚、服や靴の目立たぬ汚れや縫製の小さなほつれ具合。再び俺の前に表れて以降の彼女は、それらが全て異なっていた。妙に感じたものだったが…)
記憶の中の彼女は「一人」。差異はあれど、顔立ちも髪型も同じだったから。これまではそう認識していた。
ところが「一卵性の五つ子が入れ替わり立ち代わり彼女を演じていた」、という想定外にも程がある仮定を当てはめると、疑惑の種が解消できる。手癖と抑揚の差異はよく似た別人だから。服と靴は揃いのセットが複数あったから。
しかしここまで符合していてもあくまで
(
ゼロ。
正解に辿り着く緒が見えた気がして、名乗る彼女に探りを入れる。
「中野
「概ね当たりだよ、
…そうか、
幼き日のルルーシュは、「彼女」の言葉を一度は聞き入れなかったばかりに、重い
「ご明察だ、名探偵」
七年前。ルルーシュが
『私の名は、ゼロ。零奈であって、零奈でない者』。
言い残されたいくつかの言葉を、今でも一字一句記憶している。
過去の彼女の言葉を信じるなら、アレは
そして恐らく、其奴は
さらに言えば彼女が、
(五人の中で嘘が一番上手いのはお前だ、一花。この場で絞り込ませてもらうが、判断がつかなければ、或いは……)
コンタクトが乾かぬよう、眼疲れするたびこまめに点眼している左眼付近に指を添える。指先一つで剥がせる蓋の下に秘められしは、掟破りの
「質問に答えろ」とでも命ずれば、瞬く間に従順な人形が出来上がるだろう反則技。その気になれば喜んで自殺させることだって可能な、外法。
だが。
(……いや。出来得る限り、使いたくはない)
訳あってこの力を得て、既に数年経つ。しかし今迄も、殆ど全くと言って良い程使わずに生きてきた。我が身可愛さにも、彼女のことを考えても……出来ない。この平和な時世に、我欲だけで用いて良い代物ではない。何より躊躇わずチカラを使うには、既に…彼女に情が湧きすぎた。
(つくづく嫌になるな、自分の甘さが……!)
非情になれないのは、紛れも無い俺の欠点だ。心の底で渦巻く自嘲の抑えに努めて、探りを入れる。この力は
「一花は零奈の内の一人。彼女を演じていたのは五つ子複数人。君と俺が京都で会ったのは一度だけ。ここまでは相違ないか?」
「うん。私はキミが妹達と何してたか、大体聞いたけどね。でも、なんで
「…ほう、
反応を伺うに虚偽ではないらしい。しかし、死角からの一撃に引っかかった方はというと。
「……ひどい。勝手にハメるとか」
ぷー、と器用に片頬だけを膨らませていた。どうにもご機嫌を損ねたらしい。承知の上と思ってひっかけたんだけど。
「おいおい、お互い様だろう?」
「うわー、ほんっといい性格してるよキミ……」
「ブリタニア人なんて大体こんなものさ」
「私も半分ブリタニア人だけど絶対違う」
否定が容赦なかった。仕方ないから対価を払うか。
「なら俺にも何か聞けば良い。なんでも良いぞ」
「むー。……あ、なら折角だから、あの日、
これでどうだ、と言わんばかりの難題。当てずっぽうで言えば確率は二割を切るが、そんな博打は願い下げだ。頼りになるのは記憶力。幸い自信のある分野。
さて七年前。時折ルルーシュに小悪魔じみた笑顔を向けてきた、どちらかといえばお姉さんキャラの零奈は。
「トランプ、だろ?確かチョイスはポーカーだったかな」
間断なく即答。流石にゼロ確とは思ってなかった一花、今度はしっかり首を傾げた。
「……それも、カマかけ?」
「いいや。一番からかい上手な零奈は彼女だった」
決め手は個々の僅かな差異。確かに零奈は一人称は「わたし」、口調は中性語でキャラクターは自由人。これらは姉妹達の素の形質であったのだろうが、微細な挙措動作は異なっていた。
例えば一花なら、両手を後ろ手に組む癖があるとか。この手癖、七年経っても変わらなかったらしい。あとは単に消去法だ。
「…………そっ、か。…やっぱり、あの子は君で合ってたよ」
しみじみとした表情の一花を、初めて見た気がする。何やら彼女の中で、過去の記憶に改めて得心がいったようだった。
「…いずれまた、あの時の再戦とでもいくか?」
「賛成。勝率、確か五分五分くらいだったからね」
「案外覚えてるものだな、お互いに。最後はストレートフラッシュで丁度五分、だったか」
「うんうん。わたし前半はからっきしだったけど、なぜか後半はするする勝てたんだよねえ」
「ツキが回ってきたんだろう、カードゲームは運否天賦だ」
(………序盤はイカサマで勝ちまくっていたが、良心が咎めて後半からやめました、というのは黙っておこう)
黙秘して正解だ。ひとえに純真な一〇歳とひねくれてた一〇歳の違いだろう。同い年で何故こうも異なるんだろうか。生まれも育ちも良いはずなのにこの捩くれ様、実に不可思議な男である。
ただ収穫として、情報アドバンテージがまた一つ増えた。会ったのは一度だけ。やったのはトランプ。
ならば一花は零奈ではあるがゼロではない。とすれば容疑者は残り四人。早急に特定して話をつけたい。
しかし既に時刻は夜の十時過ぎ。もういい加減夜の帳が下りて久しい。警邏に見つかって補導されるのも面倒だ。というわけで。
「………そろそろ帰るか。いい加減、渋滞も緩和されてるだろうしな」
なるはやで都合のつく時間でいいから、五人まとめて集まって欲しいという旨の連絡を伝え。一旦別れて、また後日ということにした。
尚就寝前のルルーシュの携帯に、「みんなに言っといたよー!p.s.今日楽しかったー、また今度デートしてね♡」なるメールが届いたのは全くの余談である。
☆
翌日。悩める生徒に向き合わんとしていた黒髪の家庭教師は、自身の立てた計画通りに事が進んでいる……わけもなく、焦り気味にせかせかと廊下を歩いていた。
「早めに彼女達と話をつけておきたいのに、もう拘束時間終了間際とは……どうしてこう想定外のことばかり……!」
本日話をしようと思っていた一花達にメールを送信しながら、紫眼を尖らせた男は足早に歩みを進める。予定が朝から狂いっぱなしになった原因は明快、母マリアンヌが暇な時に気分でかけてくるありがたいお電話のせいである。なお内容は十割雑談でオチがない。そのくせ長い。
しかも丁度、理事長室に会長講話の打ち合わせで呼ばれて油断しきってたところに、だ。「報告・連絡・相談は基本じゃないか。よりによって御母堂とのソレを軽んじるとは、君らしくないねルルーシュ君」、などとルーベン理事長には痛いところを突かれてしまい、老人の説教じみた長話を聞く羽目に。
挙句の果てには「いいですか、そもそも殿下は皇家の青き血を引く御身分なのです。常日頃より君臨者としての資質を疑われぬようになさって下さい」などと口調を変えて臣下モードで捲したてられ、時間が見る間に無くなった。
普段なら百や二百は言い訳を考える男だが、忠臣の諫言とあらば無碍にも出来ない。
「お前が着拒してるのが悪い。これに懲りたら偶には直接連絡くらいしておけ馬鹿息子」
独り言じみた愚痴に対し、横から火の玉ストレートをぶち込むのは緑髪の担任教師。何を隠そう、母マリアンヌは彼女の携帯に電話をかけてきたのである。丁度C.C.が学園閉架書庫の図書一覧表を受領するため、理事長室に居たタイミングと鉢合わせたのが息子の不運だった。
今日で五回目くらいの溜息をついた彼は、疲れた目で担任にスマホの画面を向けて問う。
「誰が馬鹿だ誰が。あのなあ、この通知を見てどう思う?」
表示されていたのは、『ねぇールルちゃん元気〜?最近遅レスだからおかーさん悲しい、えーん(ノД`)。あ、ところでいい加減彼女くらい出来たでしょ?写真うpはよ( ՞ਊ ՞)』なる内容だった。
「うわあ………」
ブリタニア皇帝の嫁さんとは到底思えない、やたら砕けた文面に絶句。かの女とは付き合いが長いが、何故息子とここまで方向性が違うのだろうか、これが分からない。
「分かっただろう?着拒は俺の精神衛生を保つ為の手段なんだ」
思わず同調しかける担任。成る程理解はした、この思春期男子は相変わらず親と上手く折り合ってない(昔は仲が良かったのに)。しかし彼女にも教師としての立場があるのだ、個人として
「いいや、だからと言っていらんお説教など貰うんじゃない。いつ終わるか分からん上司の長話に付き合うなんて、賞与増やされても御免だぞ私は」
「どうだかな。減俸されてピザ代が減るのが嫌なだけだろう?」
「分かっているなら話は早い。減らされたらお前が作れ」
「おいおい、生徒を顎でこき使う前に先ず体重計に乗ったらどうだ。食べ過ぎで最近少し太ったんじゃないか?」
「……ほーう、担任にセクハラとはいい度胸だな」
ピキ、と青筋を額に浮かべる金眼の魔女。この数百年、体型が全く変わってないのに太るわけあるか。彼がここまで言う女性は後にも先にもC.C.だけなのだが、そんなこと彼女は知る由もない。
てことで手持ちの出席簿の個人備考欄に、意趣返しがてら特記事項をさらさら書き込んでいく。
「『ルルーシュ・ランペルージ、理事長から指導を受けるも反省の色なし』。ああ、ついでに『非合法の賭場に出入りしている可能性大、要調査されたし』、っと」
「待て、俺が悪かったC.C.!俺のプランには緻密な戦略があったんだ、具体的には昨日の時点で既にだな……」
あっさり謝って慌てるのは、今しがた鼻を明かしたと思ってたルルーシュ。生徒会役員にあるまじき素行不良をバラされては困る。
前にユフィにバレて(見かねて仲裁しようとしたスザク共々)雷を落とされてから、一応改心したという事になってるのだ。
「……そうじゃない」
前を歩くC.C.が、気に入らんとばかり立ち止まって振り返った。
☆
守秘義務に触れるような話でもするつもりなのだろうか。さりげなく距離を詰め、耳元に顔を近づけてきた。
高いヒールの爪先が、男物のローファーにコツン、とぶつかる。
「焦りすぎだ。年内は残りの定期考査だけでも二回、抜き打ちテストだって私の口からは
一理ある。結局毎回成功させてはいるが、予期せぬイレギュラーで苦労することは多々あった。今回だって抜き打ちの考査、この口ぶりからだと………あるとみて良いだろう。拙い。
やはり秘したい話ゆえ周りの耳目を警戒し、今度はルルーシュが彼女の鼻先に顔を近づけ、小声で器用に捲したてる。
「C.C.が先達者の立場から言いたいことがあるのも分かる。が……」
「ならば汲め。昨日今日だって…」
「しかし俺に大それた『野望』があるのも知ってるだろう?準備に現時点で
優しい世界が欲しい。ナナリーを護りたい。明日が欲しい。全てはそれに帰結する。
資金繰りだって、賭けチェス等を駆使した危ない橋をいくつ渡ってきたことか。家庭教師を引き受けたのも、仕送りと学園への多額の寄付金カットを親にちらつかされてのこと。元はと言えば資金節約の為に請け負ったのだ。
「知ってるさ、共犯者だからな。だが来月は林間学修、再来月は月またぎでハロウィンパーティ。師走はクリスマスフェスがある。全ての行事と勉強を並行して、今月転校して来たばかりの生徒に十全にこなせると?」
「問題ないさ。それ以前に俺が重要なイベントを把握してないとでも?」
ところが言い終わるか終わらないかというタイミングで、おもむろに頬を掴まれた。その減らず口をやめろ、とでもいうような行動。おい、と返すが彼女、そのまま頬を引っ張ってきた。笑顔だけれど目が笑ってない。
「そうかそうか。なら来月の三者面談はどうするんだ?テレビ電話越しでも良いと決まっているのに、お前は毎回親の参加を拒否してばかりじゃないか。把握してようが自分の準備すら出来てなかったら意味ないだろう。他人の世話を焼く前に先ず自分の面倒をみたらどうだ?」
ぐうの音も出ない正論。板に付いてる保護者ムーブが頼もしくもあり小憎くもある。しかし屁理屈は止まらない。引っ張る手を負けじとひっぺがして抗する。
「必要ない。お前が二者と三者を兼ねてる。故にこの面談は俺とお前がいれば成立する」
「反抗期やってないで、親がいるうちにもっと孝行しておけ」
「孝行なぞ
「あのな、『彼女くらい』という催促だって一応意味があるんだ。世継ぎに恵まれければヴィ家は先がない。実質三人しかいないんだからな。それとも何か、ナナリーに適当な男でも見繕ってくるか?」
形だけとはいえ皇籍を離脱していても、高貴な血統は変えられない。養子を迎える気が全くないマリアンヌは、いずれは実子にヴィ家を相続して欲しい、という願いを持っていた。ちなみにこの件で揉めたのも、親子仲が拗れた理由だったりする。
「馬鹿を言うな、そんなものナナリーが自分で決めることだ。それに俺だって、
「なんだいつの間に。また随分と奇特な女なんじゃないか?」
「ああ、加えて美人だ。偏食家なのが玉に瑕だが」
「惚気は結構。精々愛想を尽かされんようにしておけよ?」
そこまで言うと彼女、満足した様に踵を返して立ち去ろうとした。なんでもこれからコーネリア達と備品一覧の精査をしなければならないらしい、のだけれど。
(……おい、
それとも、分かってて背を向けようとしてるのか?
……いい度胸だ。この俺の迂遠な意思表示にスルーを決め込むとは。ならば普段から皮肉と注文ばかりつけるこのピザ女に、思いの丈を
(いつも何時も、肝心なところで遠慮ばかり。長生きしすぎて係累を喪うことを過度に恐れすぎだ、お前は。気付いているのか?無意識に周りと線を引こうとしていることに)
柄にもなく熱くなっている自覚はある。が、はっきり口に出さねば伝わらないなら、絶対に聞き逃さない距離で届けてやろう。有り難く思え果報者め。
(俺の野望に、お前は必要不可欠なんだよ)
あの光明の見えない日々。学校を退学してまでやりたかったこと。誰も至っていなかった未知の分野を手探りで進むしかなくて、悩み抜いて苦しんだ数年間。常に側で叱咤激励してくれていたのは、他ならぬC.C.だった。彼女なしでは……折れていたかも、知れなかった。
だからだろうか。その日「人生の大局を見据えていたとはいえ、全くもって俺らしくなかった」と述懐する行動を彼が取ったのは。
「……そうか、なら精々愛想を尽かされんようにするとしよう」
背を向けた彼女の右手を、行くなとばかり掴んで引き留める。勢いのままあろうことか、そのまま……
「……お、おい…!」
珍しく戸惑いを露わにした彼女が、大きな眼を見開くのが新鮮だった。こういう真似はジノみたいで軽率、と敬遠していたが、やればやってみたで意外とアリかもしれない。
「面談?彼女?それがどうした」
バサリ。逃がさんとばかり壁際に誘導された彼女が小脇に抱えていた出席簿が、音を立てて溢れ落ちた。
「ちょっ……」
お互いの吐息が伝わるこの距離なら、聞こえなかったなんて言い訳すらさせてやらない。ルルーシュにとってナナリーが死守すべき人ならば、彼女は。
「C.C.。お前がいなければ俺こそ先が無い。だから俺に付き合え、最後までな」
「は、はあ!?」
唖然。まあ正確には(契約の終わる)最後まで、という意味なんだろう。そうでなければおかしい。
「ナナリーより優先するものがある」みたいな発言をこの男がする筈がない。彼女はそう思う事にした。主に己の平常心を保つ為に。
「……とりあえず落ち着け、ルルーシュ」
ここ学内だし。それにお前そんなキャラだったか?なんでここまでいきなり火が付いてるんだ。吐いた台詞の何かが琴線に触れたのか?確かに「愛想を尽かされんようにな」、とは言ったが………まさか。
(……
一方彼はというと、混乱の渦中にある彼女に更に密着。昔一緒に入浴した時だってこんな………いや、何でもない。というか距離感おかしいだろう。いやに積極的すぎるし、昨日変なものでも食べたのか?それとも、この奇行も計画の内なのか?
「伊達や酔狂で言っているんじゃない、その程度の分別はある」
あ、これ素で言ってる。付き合いの長い彼女には、声のトーンですぐ分かった。……いや、余計問題だろう。こいつ拗らせすぎじゃないか色々と。
「一回で伝わらんなら何度だって聞かせてやろう。耳を貸せ」
「……校内で盛るなスケベ。発情期の猫かお前は」
「心外だな、今の俺に邪な気持ちなどない。一体どんな淫靡な想像をしたんだ淫乱教師?」
「黙れマセガキ。胎児からやり直してこい童貞坊やめ」
「ついにボケたか?いつの話をしてるんだ」
「……………」
「おい、人の鎖骨に頭突きをするのはやめろ」
「離せ」
「断る」
ここまでお互いの顔がくっつきそうなくらいでの遣り取り。しばらくそうして揉み合っていたのだが、ややあって彼女は「はぁ…」とため息一つ。不本意ながら観念したようにゆっくりと、此方に頭を預けてきた。
「………育て方間違えたか、私………?」
「いいや、これは俺自身の意思だ。ギアス抜きの、な」
「悪趣味」
「女の趣味は良いと自惚れている」
「こんな時ばっかり女扱いするんじゃない……」
くい、と尚も顎に手を添える。目線が再びかち合うと、彼女の目が心なしか細まった気がした。
ヒールを履いていつもより視線の高い彼女を見据える。これだけ近いとはっきり分かる。年嵩を全く感じさせぬ白い柔肌、艶やかな唇に通った鼻梁。ブラウスから覗くデコルテと胸元。そして……前髪に隠された、緋い鳥の紋章も。
そういえば、彼女の背丈を追い抜いてからもう何年経つだろう。C.C.への見方が変わったのは、思えばその頃からだったか。
いつになく潤んだ上目遣いの金眼に、吸い込まれそうな感覚を覚えたところで。
「………何してるの、ルル?」
後方は生徒会方面から、見知った少女の声が耳朶を打った。
☆
だん、と瞬時に眼前の彼女に突き放された。咄嗟に下を向いた彼女の眼は、伏せた前髪に隠れてよく見えない。
しかし、今のルルーシュにとっての懸案事項はそれではない。
油の切れたジェレミアみたくぎこちなく、恐る恐る後ろを振り向く。やましいことは無いはずなのに、何故か浮気現場を覗かれた駄目男みたいな挙動になっていた。
はたと見れば、いつの間にやら生徒会メンバープラスαが集まっているではないか。内訳は。
「し、シャーリー、カレンにスザク!?何故ここに…!?」
「ごめん、取り込み中みたいだね………?」
頭を掻いて苦笑を浮かべてたのはスザク。出来れば旧友に見られたくなかった犯行現場だった。なぜお前がここに。お前はここに居てはならないはずだ、大人しくユフィとでもイチャついてろリア充め。
「ルルーシュ……?」
嘘でしょ、と顔に書いてあるレベルなのはカレン。「もっと早く逮捕すべきだった」、などと後でお小言をもらう羽目になるのを、この時のルルーシュはまだ知らない。
シャーリーは………鎮火を待とう。今はなんか触れてはならない気がする。例え流体サクラダイトの爆発に巻き込まれて父親が殺されたとしても、こんな表情は浮かべないんじゃないだろうか。
「……よし、仕事があるから私はお暇させてもらう。後は頑張れよ、お前達」
気付けばC.C.はというと、すたこらさっさと一抜けしていた。乱れた髪をさっと手櫛で整え、ファイルも拾い上げての鮮やかな撤収劇。
伊達に長年生きてはいない、流石の危機回避能力である。ひらひらと去り際に手を振ってニヤリ、と妖しく笑う様は、もうすっかり何時もの彼女だった。
(あ、あの女、後始末を全て俺に押し付けたな…!?)
廊下を曲がって去っていく姿が恨めしい。やめろ、俺を一人にしないでくれ。なんでもしますから。そうだ、ルルーシュ・ランペルージからとってL.L.というのはどうだ(錯乱)。置いてかないでくれC.C.。
……ああもうくそう、腹をくくるか。いざ爆処理だ。愛してるぞナナリー。遺言めいた台詞を心で吐いたシスコンが、犯行動機を取り繕おうとした時だった。
「生徒会いつまで経ってもこないし、電話しても出ないからあちこち探し回ってたのに……」
おどろおどろしく聞こえた言葉に、素早く内ポケットから、マナーモードにしていたスマホを取り出す。着信が七件入っていた。どうあがいても申し開きが立たない。
加えて普段快活な彼女が凹んでいると、こう……心にくる。これには鬼の副会長もなだめに回るほかない。怒ってるならまだしも、ショックを受けているみたいだったから。
「…すまない。職務放棄の形になったのは事実だ。その事について抗弁はしない」
「だからって、サボって学校で先生と逢引だなんて…」
………待って、そんな風に見えてた?
「シャーリー、違うんだ。これには深いわけが」
「廊下で真っ昼間からハグしてるのが?」
「……いや、客観視すればそう思ったかも知れんが…」
遅ればせながらルルーシュ、先程までの自分とC.C.が客観的にどう見えるか今更ながら気がついた。
人気の少ない放課後。髪や着衣の乱れ。やたらに近い距離感。熱く見つめ合う二人。うん、完璧である。てか言い訳するだけ無駄じゃね?まあやろうと思えばできるかもだけど。
(良心が咎める!スザクなら出来るがシャーリーは無理だッ!)
スザクなら出来るあたりどうなんだろう。
一方で破局手前のカップルの痴話喧嘩を見た気分になってるのは、シャーリーに気を遣ってさりげなくフェードアウトしたカレンである。ルルーシュと何やら話したかったらしい彼を「あとにしなさい」と首根っこを引っ張り、ご両人の死角となる曲がり角まで距離を取った。
スザクはよくロイド先生達と一緒にアッシュフォード大学附属・特別派遣嚮導技術部なるものに入り浸ってたりするので、どうにもそっち関係の話だろうか。
だが影ながら友達の恋路を応援する身として、コマンドはシャーリー優先の一択であった。
(…いい加減察してあげなさいよ。生徒会で気付いてないの多分あんただけよ、ルルーシュ)
フラグ乱立男の方角に向けそっと手を合わせる。どうか彼が痴情の縺れで刺殺されたりしませんように。放っとくと一〇代くらいで早死にしそうで実にハラハラする。この年齢で友人への
「合掌は故人にするものだよ、カレン?」
ピンボケ男の突っ込みが入った。これだからユフィと揃って天然コンビとか言われるんだお前は。まあお似合いだけど。
「いいからあんたもやっときなさい、ほら」
「いや僕は別に」
「明日は我が身よ、あんたも結構人気あるんだから。はい、分かったら二礼二拍手一礼」
「カレン、それは参拝の作法」
ああもう噛み合わない。片方鈍感、片方天然。悪気が無いのがタチが悪い。ジノとは別ベクトルで酷い。この幼馴染コンビどうしてやろうか。
(…頑張れ、シャーリー。てかここまでいくと、レイラ先輩辺りにアドバイス貰った方がいいと思う)
他人の色恋沙汰でこんなに悩みたくないというのに。ラクシャータ先生みたく面白がって傍目から見られれば楽なんだけど、友達が絡んでるため台風から離れられないのである。あたしだってキセル片手にニマニマしながら「青春ねえ」とか言ってみたいわ。
姉御肌故か、気付けば生徒会でリヴァルの次くらいに対人関係で骨を折ってる彼女だった。にしても。
(……平和ねえ、なんだか)
人それを現実逃避という。
小声で「…フケツ」などと副会長をそしるシャーリー、ジト目で涙目の彼女をなんとか宥めんとするルルーシュ、という奇妙な光景を横目に。「あたしもラクシャータ先生に呼ばれてるんだけど、もうあの自業自得バカの捜索終わったし戻っていいかな…」とか考えてたカレンであった。
シャーリーはかませじゃない、決して当て馬のままじゃない筈……信じて…