あれから体内のオラクル細胞の調整を終えた少女はフライア自慢の庭園で生えている小さな花を踏まないように気負つけながらゆっくりと進んでいた。
「えっと・・・・・・・。ここにブラッドの隊長がいるって聞いたんだけど・・・・・・」
「俺になんかのようか?」
「うひゃいっ!?」
後ろから突然声を掛けられた少女は驚いた声を上げ、恐る恐る後ろを振り向く。
そんな少女の姿に後ろに立っていた背の高い、世界がこんな状況でなければステージの上で黄色い歓声を浴びてそうな美形の青年が笑みを浮かべる。
「そんなに驚いてどうした?それじゃあ戦場で驚き疲れてしまうぞ」
「す、すいません。それでブラッドの、隊長さんですよね?」
「ああ。フェンリル極致化開発局所属特殊部隊、通称『ブラッド』隊長のジュリウス=ヴィスコンティだ。お前は新しく入った・・・・・・」
「神威レイです。これからよろしくお願いしますっ!!」
少女が勢いよく頭を下げると青年は一つ頷いた。
「ああ。これからよろしく頼む。あと俺の他に君と同期の新人と二人の隊員がいるが今は出かけていてな。後で一度顔合わせをしよう」
青年が手を差し出して少女と握手するとエレベーターに向かい、ふと思いついたように少女に振り返った。
「そうだ。適合後すぐにはあまり動けないだろうからすこし休んでからゆっくりフライア内を見て回るといい。俺のおすすめはそこの木の根元に腰かけることだ。空調によるものだが風が気持ちがいいぞ」
「あ、ありがとうございます」
「ああ、ではな」
青年が行ってしまった後、少女は言われたとおりに木の根元に座ってもたれかかりゆっくりと目を閉じる。
「ああ。確かにこれはいいかも」
目を閉じた分、より研ぎ澄まされた聴覚が、住みついているのか小鳥のさえずる声やゆっくりと咲いている花が揺れている音をすくい上げる。
ガラス張りの天井から少し強めに差し込んでくる光を青々と茂った木の葉が遮り、ちょうどいい気温が保たれていた。
「あ、やばい・・・・。ちょっと眠くなってきた・・・・・・」
どうやら少女の体は予想以上に体力を消耗していたらしく、気が抜けた一瞬に襲来してきた睡魔には敵わず寝息を立て始めた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゆっくりと浮上した意識はふと頬に当たる日差しが弱まっているのを感じ、少女が目を開けると太陽は先ほどの位置からかなり下まで下っていた。
「ん・・・・・・、っ!!どれくらい私眠ってた!?」
「どうだろうな。俺が来てから軽く二時間は経ったし、よほど疲れてたんだろ。飲むか?」
「あ、いただきます」
いろんなことでグチャグチャになった思考のまま、あまり考えもせずに差し出された缶のプルタブを開けると甘い香りが立ち上ってくる。
しばらくその香りを堪能してから、人肌よりすこしだけ温かい中身をゆっくりと味わいながら飲んでいく。
「おいしい・・・・・」
このご時世食糧難にあえぐ人々が多いうえ、今まで訓練所にいたのでまともな物を食べていなかった少女が手に持った缶をジッと見つめているとクスリと頭上から小さな笑い声が聞こえてきた。
「ああ。それはここの施設内にある温室で育てられたカカオなんて豆を使って作られた物だからな。外じゃめったに見かけないだろ?」
「ええ。初めて飲みました。・・・・・本当においしいですねこれ」
「ここの責任者はこんなご時世なのにメチャクチャ舌が肥えてて、不味い物は置きたくないんだそうだ。あんな陰険ダルマだがそこには感心してるよ」
糖分を摂取したからかようやく頭が働いてきた少女はふと誰かと話していることに気が付き、隣を見上げると片目を眼帯で隠した背の高い青年と目があった。
「あぁああああああああああああああああああああああっ!!」
「っ!?どうした?何か不味かったかっ!?」
「アレルギーがあったかっ!?湿疹とかは出てないなっ?体にかゆい所とかは無いかっ?」
「い、いえ。大丈夫ですっ」
「よかった・・・・・」
驚きで固まっていた少女は、先ほどの好青年と言った雰囲気をかなぐり捨てて焦った様子で少女の手にある缶を調べ始めた青年の姿に耐え切れず、今度は小さく笑い出してしまう。
突然おかしそうに笑う少女に青年は一瞬だけ不思議そうにしたものの、先ほどまで固まっていた表情を崩しほっとしたような顔をした。
「心配かけてすみません。突然知っている人と会ってびっくりしたんです」
「ん・・・・・?どこかで会ったことあったっけ?」
「たぶん、あなたは覚えてないですけど」
少女は一つ頷くようなしぐさをしてから青年の目を見据えた。
「私はあなたに追いつくためにここに来ました」
「なんで一度しか会ったことのない俺にそう思ったんだ?」
青年が怪訝な顔をして少女を見ると、一瞬少し迷ったような表情をしてから口を開いた。
「あなたの背中が、少しさみしそうだったからです」
言い切ってから少女は勢いよく頭を地面に叩き付ける勢いで下げた。
「す、すみません。・・・・・子供の時にふとそう思ったんです」
少女は言ってから後悔の念が胸の中に渦巻いた。
いきなり小娘がそんなことを言うのは身の程知らずだったのではないかと、どんな反応をされるかと恐怖していた少女は青年の顔を見ることが出来ず、ひたすらに地面を見つめ続けた。
「・・・・・そうか」
少し時間が経ってから、青年はゆっくりと下げられたままの少女の顔に手をやり下げ続けようと抵抗する少女の顔を少し無理やりに上げさせる。
そして固まっている少女と目を合わせると柔らかな笑みを浮かべた。
「ありがとうな。期待して待っておくよ」
「・・・・・っ。はいっ!!」
「じゃあ行こうか?そろそろミーティングの時間になりそうだ」
先に青年が立ち上がりエレベーターに向けて歩き出すと、少女は急いで服に着いた草などを払いその背中を駆け足で追いかけ始める。
青年が呼んだエレベーターが来る前にはドアの前までやって来た少女は前に立つ自分の物よりも二回り以上大きな背中を見つめる。
「(いつか絶対に追いつきますから)」
少女は心の中で再度自分に宣言した。