救済の魔女 Kriemhild Gretchen 作:Takan
夢から覚めるとき、人の意識はそこから切り離される。夢の残滓を繋ぎ止めておくことはできなくて、いずれは忘れていることさえ忘れてしまう。
「……………」
それでもどうにか手放さないよう足掻いてみるけれど、全ては掴んだ端から零れていって。なにを無くしたのかさえ分からなくなっていくことが、とても恐ろしい。
なにより、それを忘れてしまいたくない。確かに辛いことも悲しいこともあったけれど、でも決してそれだけじゃなかったもの。――だから、それを失いたくない。
だから、お願い、待って。いやだ。私はこの夢を、どうしても忘れたくない。
「……」
気付いたら、天井を見上げていた。とても心地の良い感覚だけはあるのに、私はそれを覚えていない。でも、それはいつものこと。そのはずだ。
「んっ……」
目が醒めてしまえば、ありふれた現実を認識させられる。そんなここは適度に心地よくて、しかしほどほどに退屈だ。でも、だからこそ、そのことに安堵してしまう。
「はぁ……」
とても、とても悲しい夢を見てしまった。
何度も何度も友達を死なせてしまう、そんな悪夢。私は同じ時間を繰り返して、けれど結局救うことなんてできなくて。
「………」
戦って、戦って、でも勝てなくて。大切な人たちを襲う悲劇は繰り返されて、救えたとしてもなにかをとりこぼして。そんな光景を見せ付けられ続ける、そんな悪夢――。
「……」
それが夢だったんだと、そう分かって安心してしまう。
「起きなきゃ……」
ともかく、今日は学校だ。いつものように行かなくてはならない。そんな感じで、今日もまた似たような時間を過ごすのだろう。でも、きっとそれでいい。
「おはよう、暁美さん」
「ええ、おはよう」
特別なことなんてなにもない、ありふれた日常。適度に退屈で、でもそう悪くはない、そんな時間。この場所は、争いとは縁遠い。
「じゃあ暁美さん、この問題を解いてみて」
「はい」
夢で見たような光景はここにはない。魔法も、奇跡も、なにもかも。
「はい、よくできています」
普通に考えて、この世界に魔法少女なんているはずがない。少女の心を擽るような、そんな退屈さと縁遠いものなんてあるはずがない。それが現実というものだ。
「……」
だからだろうか。現実はそんなものだから、夢で出てきた魔法少女のシステムもまた、残酷で救い難いものだったのだろうか。そう考えると、なんだか切なくなってくる。
「………」
それにしても、今日の夢はいつになく鮮明だった。午後の授業に入っても、私の記憶にしっかりと残ったままだ。夢の中で抱いた感情も、何も変えられない無力さも、あの子の声も、薬品や血の匂いでさえも。
「……」
でも、ここにあの子はいない。教室も町もいつも通りだ。夢で見たあの子達はどこにもいなくて、私は普段通りに過ごしている。
「……――」
けれど、夢の内容があまりに鮮烈過ぎて、酷く落ち着かない。いつも通りにしているはずなのに、喪失感や無力感が胸を締め付ける。いてもたってもいられない。なにかしなくちゃと心が逸る。
「ふぅ……」
深呼吸をしても落ち着かない。どうしようもなく不快で、ひたすらに気持ちが悪い。吐きそうだ。
「……」
明日になれば、この感覚はなくなってくれてるんだろうか。このどうにもならない苛立ちを、忘れることはできてるんだろうか。――ああ、気持ちが悪い。吐き気がする。
「……――――」
この感覚から逃れるために、私はいったいなにをすればいいんだろう。その答えは出ないまま、時間は淡々と過ぎていった。
夢って、いったいなんなのだろう。
現実って、いったいなんなのだろう。
夢の中では、そこを夢だとは思わない。現実の中でも、そこが現実なのかは定かでない。二つを区別する境界は曖昧で、見分けるための指標があるとするのなら、それはきっと記憶だけ。であるならば、今という現実はいったいなんなのだろう。
「……」
繰り返し、繰り返し、私は夢を見る。来る日も来る日も見続けるものだから、夢から覚める度に胸が痛くて。それでも、何度も何度も私は同じ夢を見続けた。
「………」
目を覆いたくなるような惨劇。
立ち向かうことさえ恐ろしい強大な敵。
大切な友達の、死。
救えなかったという、絶望。
いつしかたった一つのこと以外を諦めてしまって――――、
「……」
でも、私はそれを忘れられない。――忘れたく、ないんだ。
だって、辛いことばかりじゃなかった。決して、それだけじゃあなかったんだ。どうにもならない現実に押し潰されそうになっても、あの子との思い出が私を支えてくれた。
笑顔を向けてくれて、優しく声をかけてくれて。ただそれだけで嬉しくて、楽しくて、そして切なくて。いつしか時間のズレは大きくなりすぎて、気持ちを共有できなくなってしまっても、その思い出はどこまでも美しいままで。
「………まどか」
もう一度、あの子の声が聴きたい。あの優しくて暖かい笑顔を、もう一度。私はきっと、ただそれだけの理由であの悪夢を見続けている。――でも、それは当然のことなのかもしれない。
「……」
なぜなら、それが私の願い。
魂を捧げてでも願った、たった一つの奇跡なんだから――――。
*
日に日に、自分がいったいどちらにいるのかが分からなくなっていく。
夢が、現実を侵食していく。
「……」
いや、逆なのかもしれない。夢こそが、現実に侵食されているのだとするのなら――、
「………」
当然、なにを馬鹿なと思う冷静な自分もいる。
所詮は夢だ。いつかは見ることもなくなっていって、思い出せなくなっていって、忘れていく。普通に考えて、夢を優先して現実を蔑ろになんかしない。してはならない。
「おはよう、暁美さん」
「ええ、おはよう」
そんなの考えるまでもない。だって私はここにいて、こうして生きていて、それなりに楽しく過ごしている。友達もいて、運動もそこそこできて、勉強もできて、それなりに充実した学校生活を送っていて、控えめに見ても順風満帆な日々を過ごしていて――、
「……」
今の時間に大きな不満なんてない。捨て去る理由もなければ、蔑ろにしていいものでもない。適度に退屈で、けれども大切な時間だ。
「……」
朝起きて、ご飯を食べて。学校へ行って、授業を受けて。仲の良い友達とお喋りしたり、お食事したり、帰りにお買い物したり。特別なことはなにもなくて、けれども適度に充実した日々。
これはこれで一つの幸せの形だと、私は思う。今日も見るだろうあの夢を見てからか、よくそんな風に思うようになった。
「………」
優しい友達や、愛情を注いでくれる両親。クラスみんなのことを思いやる教師に、素敵なクラスメイト達。そんな人たちに囲まれている私は、間違いなく恵まれている。
「……」
これが幸せでなくてなんだというのか、私には分からない。――そう、幸せなんだ。間違いなく。これ以上を望むだなんて、そんな贅沢はいらない。
「………」
けれど、それはそうなんだけれど、でも――、
ここには、まどかがいない。あの子がいない。私の大切な友達が、いないんだ。その事実が、胸を焦がす。
「……」
狂人の所業だ。夢に見る子を想い続けるだなんて、どう考えても正気じゃない。いや、元から正気なんかじゃないのかもしれない。狂っていると言うのなら、いつも同じ夢を見てしまうのはなんなのか。ましてや夢の内容を忘れられないだなんて、どう考えてもおかしい。
「……まどか」
疑念と常識が鬩ぎ合う。おかしなことが起きているということは、もしかしたら――、いや、そんなことあるはずがない。あると考える方がおかしい。思考は同じところをぐるぐる廻って、明確な答えは出ないまま――――。
「……」
今生きている私にとって、超常の現象は常識の範囲外だ。――けれど魔法少女として生きてきた私にとって、そんなものはありふれている。そちらをベースに物事を判断するのなら、私が見続けている夢は、恐らく夢ではない。
真っ先に思い浮かぶのは、魔女の存在という可能性だ。記憶を書き換えることのできる魔女が存在するのなら、この今に説明がついてしまう。
「……」
でも、そんな考察を常識が否定する。魔法少女や魔女が存在するなんて前提が、そもそも馬鹿げてる。神や悪魔が存在していることを前提にするような話だ。そんなものと関わった覚えなんてない。たまたまおかしな夢を見てしまっていると考えた方が、まだ現実味がある。
「………」
それに魔女だとするのなら、明らかに説明のつかない部分がある。
まず、私が無事な理由だ。わざわざこんな形で生かしておく理由なんて魔女には無いはず。
次いで、その能力の規模だ。世界を一つ作れるほどに強力な魔女なんて、私は知らない。
更に言うなら、どうして奪った記憶を返すような真似をするのかも分からない。
考えていけば似たような理由がいくらでも出てくる。となると、魔女であるという可能性についても疑問が出てくる。
「……」
ここまでは良い。ここまでは、まだそんなにおかしなことじゃない。幻覚症状や妄想の類なんて、そう珍しい話じゃないだろう。問題となる部分は、もっと根深いところにある。
「………」
私はこの今が好きだ。素敵な人たちに囲まれた、適度に退屈で、けれども確かに幸せな時間。悲劇とは無縁で、誰も苦しむことなんてない。そんなこの今を、私は愛おしいと感じている。
「…………」
でも、そんな時間を過ごすことよりも、私はあの子に会いたいと思ってしまっている。
「……まどか」
会いたくて、会いたくて、たまらない。
たとえどんな悲劇を繰り返し見ることになっても。どんなに辛く苦しい想いをすることになったとしても。夢を見ている時間が、あの子に会えるその瞬間が、恋しくてたまらない。
「……会いたい」
私はここにいるはずなのに、ここにいない子に会いたくて仕方がない。そんな自分を常識は否定するけれど、感情は否定してくれない。――ああ、そうだ。私はただ、あの子に会いたいだけなんだ。
あの時にそれだけを願って、私は奇跡に手を伸ばした。
「……」
だから、夢っていったいなんなのだろうと。現実って、いったいなんなのだろうと。分かっているはずなのに、どんどん分からなくなっていく。
「……」
現実にただ一つだけ存在する欠落が、私に現実を拒絶させる。
夢にただ一つだけ存在する奇跡が、私に夢を求めさせる。
穏やかで優しい世界に生きている今を幸せだと感じているのに。悲惨で残酷な世界に生きた私は、それを拒絶する。まどかのいない世界に生きていることに、意味を見出せないでいる。
「……――――」
約束を思い出せ。あの子のくれた残酷な優しさを、私は忘れてはならない。
まどかの魂を砕いたあの瞬間から、私に諦める権利なんて無くなってしまっている。でなければ、生かされた意味が無い。――あの時、諦めていた私にくれた、まどかの願い。それを果たすまで、私は決して立ち止まってはならないのだから。
*
天秤の針は動かない。片側に乗ったものに釣り合うものなんてどこにもなくて、針が揺れることさえない。そう、答えは最初から決まっていて、それを覆すに足るものなんてどこにもなかったんだ。
「………」
私は常識人か。それとも狂人か。そんなの、分かり切っている。
「……………」
私は、ここにはいられない。この優しい場所は、私のいて良い場所じゃない。私の現実はここじゃなくて、あの子のいる世界の方だ。そう、どちらかと言えば、こちらの方が夢なのである。
「そうなんでしょう?」
私は重大なことを見落としていた。――大き過ぎる見落としだ。気付いてしまえば、見逃していたことがあり得ないようにさえ感じる。
いや、私は単に認めたくなかったのかもしれない。
「まどか」
一つの世界を構築するほどの、強大な力を持った魔女。――ああ、そうだ。そんな魔女は確かに存在していた。そう、こんなことができるのは、彼女をおいて他にはいない。
「………」
でも、どこかで認められない自分がいる。
なにせ、確証がない。そのことを示す証拠がどこにもない。記憶の齟齬は存在せず、世界も閉じていない。見滝原市の外側の世界は確かに存在し、そこには人が溢れている。
「…………」
それに疑問はまだ残っている。
一つは、私が生かされている理由だ。いろいろ考えたが、結局は想像の域を出ない。
他にも、記憶を奪ったり、返したり、植え付けたりと、一貫しない行動が目立つ。
魔女の行動原理なんて知りようもないけれど、経験上、魔女は人を害するように行動するものだ。それをしないのはなぜか、こちらも想像の域を出ることはない。
「………」
これらの事実を無視できないことから、この仮説に確たる証拠は存在しない。確証が得られない以上、全ては仮説のままとなる。
だから願ってしまうのだ。どうか、まどかが魔女になんてなっていませんようにと。
「………」
ともあれ、全ては狂人の戯言だ。今を生きる私にとって、そんな考察は考慮にも値しない。
だって、これまでいろいろ試してみて、そのどれもがダメだったじゃないか。
世界に果てはなくて。知らない情報は溢れていて。眠ってもまたここで目を覚まして。知らない人間も普通の反応を返して。常識的なものは常識的なまま、超常の現象なんてなに一つ起こらない。
「……いや」
でも、ただ一つだけ、毎日のように見続ける夢だけが異常を示す。たった一つだけ存在するその亀裂が、狂人の言葉を裏付けてしまう。
「………」
ああ、認めるしかない。私は狂っている。
この夢のような現実よりも、あの残酷な夢を選ぶというのだから――。
私の名前は暁美ほむら。見滝原に住む、ただの中学生。
素敵な人たちに囲まれて、恵まれた今を生きている。
私は暁美ほむら。見滝原に住む、中学生。
友達との再会を願って魔法少女となり、残酷な世界で生きている。
あなたはいったい、どちらを選ぶ?
「……ん」
そんなの、分かり切っている。聞かれるまでもない。
私は、暁美ほむら。まどかとの再会を願った、魔法少女だ。
「さて」
ともあれ、全ては仮説の域を出ない。この現実が魔女によって創られたものなのかも。私が魔法少女ではなく、普通の少女であるのかも。何一つ確証は持てなくて、だからこそ、選ぶしかない。
「……やっぱり、怖いわね」
帰還の目途は立たない。ここからあの世界に帰る術を、私は終ぞ見つけられなかった。となると、最終的にはこんな選択肢しか残らない。
「――………」
深夜帯、建設途中の高層ビルに忍び込む。そこから屋上に出れば、目的を達するまであと少しだ。――そう、夢から覚める定番と言えば、やっぱりこれだろう。どんな形でも良い。死にさえすれば、もしかしたら。
「……」
思わず小さく笑い声が漏れる。まあ、今からしようとしていることを思えば、それも致し方ないだろう。
ああ、酔っ払いよりも酷い。下手したら薬をやっている人よりも酷いだろう。これはそんな、狂った人間による狂った行為だ。
「……」
とはいえ、勝算はある。
私が魔法少女であるとするのなら、この体は仮初のものだ。なぜなら、ソウルジェムが無いのに稼働し続けている。ということは、本体はここにはないと予想できる。だから仮にここで死を迎えたとしても、問題は無いはずだ。
「可笑しい」
ついつい笑ってしまう。でもしょうがないだろう。だって、全ては仮説、予想の域を出ない。
つまるところ、私は不確かな根拠を元に命を投げ出そうとしているわけだ。それも、理性を以ってして。
「………」
普通に死ぬ可能性もある。そうして普通に死んだのなら、本当に、ただの狂った行為で終わる。そうなると、きっと皆を悲しませることになるんだろう。
「……未練が無いわけじゃ、ないけれど」
優しい両親や、素敵な友達。私のことを大切にしてくれる彼らを想うと、少しだけ足が竦んでしまう。
「まどか、もし……」
でも、私は立ち止まらない。なぜなら、もしこの世界があの子の望んだものだったとするのなら――、
「いや、でも、そんなはず……」
いったい、この世界はなんのために存在していたんだろうか。それを考えた時、どうしても都合の良い妄想が脳裏を過ぎってしまって。
「いえ、だとしたら、ありがとう、まどか……」
もしそんな都合の良い理由だったとするのなら、私はなおのことここにはいられない。こんな綺麗な世界は、私には勿体なさすぎる。
「でもね」
ここは眩し過ぎる世界だ。
ここでは誰も傷つかず、誰も苦しまない。素敵な人たちがたくさんいて、彼らはたくさん優しくしてくれる。痛みも、苦しみも、悲しみも無い、そんな理想郷。ここは穏やかで、美しい場所だ。
「それでも私は、あなたとの約束を忘れない」
けれど、ここにはまどかがいない。
一番いて欲しいあなたが、ここにはいない。それだけが、この世界には足りないのである。そんな、あなたのいないこの場所に、私はいられない。
「それが、私」
私は決して、あなたとの約束を忘れないのだから。
「そうじゃなければ、私とは言えない」
それを果たすためなら、手段を選んだりしないのだから。
「だから」
そのためなら、全てを投げ出せる。
だから、宙に浮いたなにもかもを放り出して、そのまま――――、
*
ふと、目を覚ます。気付けばゾッとするような浮遊感は消え去っていて。
「……………」
どうやら、私は賭けに勝ったらしい。
とはいえ特に感慨はない。過ぎた夢は夢らしく、忘却の彼方へと流れていく。そこでの記憶も、感情も、全て、何もかも。僅かな余韻を胸に残して、綺麗に溶けて無くなっていく。
でも、きっとそれでいい。夢は夢のまま、醒めてしまえばそれまでだ。
「……ここは」
虚脱感からか、起き上がるのに少し時間が掛かる。それから辺りを見渡そうとして、――私は自身の傍らに見覚えのあるものを見つけてしまった。近くにあるそれを見て、私の思考は一瞬、空白に呑まれる。
「……まどかっ!?」
遅れて、不測の事態に戸惑う。真横に倒れ伏していたのは、見間違えるはずもない、まどかである。慌てて何かをしようとするが、混乱していて動くに動けない。――なぜ? どうして? なんで、まどかはここに倒れているの?
「あ……っと」
ともかく、固い地面の上に寝かせておきたくない。そう思って抱きかかえる。そのまま右腕で頭と肩を支えつつ、まどかの状態を確かめた。――気が気ではない。まどかが意識を失っているというだけで、血の気が引いていく。
お願い。無事でいて。そう願うけれど、すぐに息をしていないことに気付かされる。
「なんで!?」
急いで魔力を行使する。腐敗を防ぐくらいにしかならないけれど、しないよりは遥かに良い。――それより、そうだ。怪我は、無い。なら、こんな状態になっているということは、ソウルジェムが。
「……あった」
探してみれば、すぐ目の前に落ちていた。そのまま急いでソウルジェムを握らせたが――、
「……そんな、どうして!?」
体は冷え切ったまま、動く気配はない。ソウルジェムは確かに握らせているのに、なぜだか体に生気が戻ることはなかった。――どれだけ待っても、ピクリとも動かない。
なぜ? 分からない。確かにソウルジェムは手元にあるのに。
「いやっ! まどか!」
なにか、できることはないか。考えて、考えて、乱れた思考で必死に蘇生を試みるが、何も思いつかない。
「無駄だよ」
――そこに、奴が現れる。
「……キュゥべえ」
無駄、という言葉につい反応してしまう。
「やあ、暁美ほむら」
この緊急時になんなのか。先ほどの言葉も相まって、激しい苛立ちに呑まれてしまう。――ダメだ。そんな場合じゃないんだから。もっと冷静に、正確に、やれることを探さなくては――。
「………」
そう思いはするが、何も思いつかない。癪ではあるが、キュゥべえの言葉を覆すことはできそうになかった。
「鹿目まどかは、もうそこにはいないよ」
そこに、再度言葉が投げかけられる。うるさいと感じはしたが、その内容を聞き逃すことはできなかった。
「……どういうことよ。ソウルジェムは、確かに」
そこで、ようやく気付く。まどかのソウルジェムがどういう状態にあったのか。
「……濁り切っている?」
その色は呪いに染まりきっていて、彼女の色は失われてしまっていた。――これは、いや、しかし、であるならばどうして――、
「……グリーフシードに、変化していない?」
疑問の多さに混乱してしまう。なにが起きていて、いや、起きるべきことが起きていなくて。
「そうさ、不思議なことにね」
考えてみるが、それらしい答えは出てこない。ソウルジェムがこうして呪いに染まっているのなら、魔女になっているはず。それがどうして、こんな――、
「それもそうだけど、まさか君がこうして起き上がるなんてね」
答えの出ない疑問に埋もれつつも、インキュベーターの言葉は耳に入ってくる。事ここに至って、私に理解できることはほとんどない。その言葉の意味も、現状の把握さえ。
「………どういうことよ」
分からないことが多すぎる。いったいなにが―――、
「忘れてしまったのかい? 君は――」