救済の魔女 Kriemhild Gretchen 作:Takan
この世界は悲しい。
後悔しても悲しんでもなにも変わらないし。嘆いても足掻いても、誰も助けてはくれない。
この世界から悲劇が無くなることなんてなくて、大事なものは奪われ続ける。
いやだいやだと言い続けたところでなんにもならなくて。大事なものは傷つき続けて。
こんな世界――――、
「――――――――――――――――――――」
そうだ。悲劇はいらない。――だって悲しくて辛いから。だからいらない。いらない。それを生んでしまうものも。
そうだ。悲劇を生むものもいらない。元を断てば、悲劇は消える。
だったら、それはいったいなんなんだろう?
たとえば人間? ――分からない。けど、それっぽいから、全て量って持ってきて。罪を量って、慈悲を与えるから。
さて、他にはなにがあるだろう。
たとえば、運命とか? ――ああ、なんだかそれっぽい。分からないけど、きっとこれもそうだ。だったらそんなものも変えてしまおう。なにもかもわたしが決めれば、それで解決するから。
後はそう、この世界とか? ――ああ、これもそれっぽい。分からないけど、それっぽいから無くしてしまおう。
そうだ。すべてを造り変えてしまえばいい。それできっと悲劇はなくなる。
ああ、そうだ。――悲劇を生むものは、全部いらない。なにも必要ない。そんなもの、全てわたしが造り変える。
そうやってこの世界から全ての悲劇をなくしてしまって。全ての悲劇が無くなれば、そこがきっと望んだ場所になる。そうすればきっと、もう二度とこんな想いをすることもない。
そうだ。だから、そんなもの全部なくなってしまえばいいんだ。
―――なら、だったら無くしてしまおう。
ぜんぶぜんぶ取り除いてしまえば、それで
「――――――――――――――――――――」
気付いてしまえば簡単なこと。――理想郷を創って、そこに全てを押し込めればいい。
完成された箱庭の中で、誰も傷つかない世界を創り上げてしまえば――ああ、そうすればきっとみんな救われる。きっとそうに違いない。
だから、だから、だから、遠くへ遠くへ手を伸ばそう。天に向けて手を突き出して。そこに全てを集めよう。そこに理想郷を創り上げるんだ。
全て綺麗に収めてしまって、全ての悲嘆を取り除いて。こんな世界に生きていても辛いだけなんだから、すべてを変えて、理想郷へ。
「――――――――――――――――――――」
悲劇を生む、人なんていらない。
不幸な運命も、必要ない。
救いのない世界なら、いっそ壊してしまえ。
そんなものぜんぶぜんぶ造り変えて、なにもかも覆して――――、
「――――――――――――――――――――」
どうかな? こうかな?
――これで、悲劇はなくなった?
もう、誰も傷つかない?
分からない。分からない。――分からないけど、頑張ろう。
誰も助けてなんてくれないんだから、ただ、自分にできることを精いっぱい。
「――――――――――――――――――――」
手を伸ばして、掴んで、配置して――、
みんなみんな、わたしの指示通りに。
なんだかまるで、お人形遊びみたいに。
「――――――――――――――――――――」
まだかな? まだな気がする。
悲劇は止んだ? 不幸は消えた?
いや、まだなくなっていない気がする。
どこかで誰かが助けを呼んでいる気がする。
だったら――だったら、まだだめだ。
「――――――――――――――――――――」
――もういいかな? もう、誰も傷つかないかな?
分からない。まだ、分からない。
だって、誰かがどこかで悲しんでるかもしれない。
誰かが誰かを傷つけてるかもしれない。
――そんなのダメだ。見落とし一つあってはならない。
全ての悲劇が無くなるまで、わたしは足を止めるわけにはいかない。
「――――――――――――――――――――」
―――わたしの思う、わたしの理想郷
そこに悲劇はいらない。――許さない。
そこなら誰も傷つかない。――傷つけさせない。
ああ、だったら。――そうだ。あの子を招待しよう。
かわいいかわいい、わたしの子。
いつまで経ってもわたしを好きでいてくれる、とってもかわいい女の子。
わたしのために全てを捧げてしまう、愚かでかわいい悲劇の子。
――ああ、どうしてあなたは傷つくの?
傷つくだけで、わたしはこんなに辛いのに。どうしてそんなことを?
だめだよそんなの。もうわたしが許さない。
だから大丈夫――ここにいれば、もう二度と傷つかない。
誰もあなたを傷つけない。
わたしが傷つけさせない。
そんな存在、わたしが絶対に許さない。
だから、わたしのために死んじゃうくらいなら、もうずっとここにいて。
ここから出なければ、誰も傷つかない。
――わたしも、あなたも。
「――――――――――――――――――――」
嗚呼、この瞬間こそが歓喜の時
宿願は果たされ、救済の象徴は天へと昇る
運べや運べ、悲劇の役者
無いなら創れ、常世の楽園
戯れ踊れ、慈悲の子よ
我が理想郷にて悲劇は要らず
不幸も痛みも在りはせず
「――――――――――――――――――――」
何者であっても、もうわたしたちを傷つけることはできない。
この此岸の浄土こそ、わたしたちのいるべき場所だ。
――そう、悲劇はいらない。
それを生み出すものもいらない。
――痛みもいらない。
なにもかもすべて忘れて楽しんで、ただ幸せを噛み締めていればいい。
――それこそが、救済
誰も傷つかない、理想の体現
この場所こそが、永遠の楽園なんだから
――やめて
「――……」
もう、やめて
「――………」
わたしはそう、何度も呟く。
何度も願って、何度も止めようとして。でも、わたしが止まることはなかった。
「……」
いや、わたしはそもそも止めたかったんだろうか。――分からない。
だって、この結末も一つの答えだって、そう思ってしまうから。これでも良いのかもしれないって、どうしても思ってしまうから。
「………」
だから、この光景を見て考えてしまう。わたしは、本当は何が欲しかったんだろうって。
「そうだ……」
――わたしは自信の無い子だった。自分なんか、なんの取り柄もない。このまま誰かの役に立つこともないまま、ただ生きるんだって。でも、そんなのやだって。そんな風に思ってた子だった。
だから、誰かのためにって――、
「ほむらちゃん……」
あの子もそうだった。――わたしといっしょ。
そんなほむらちゃんが手にいれたのは、あの結果――。
そうして、わたしがやっと手にいれたのが、この今――。
「……」
誰かを救う。あの子を救う。その願いの結果がこれだ。
――悪くもないし、良くもない。
否定なんてできなくて、でも認めることもできなくて。結局、わたしは自分に自信が欲しかっただけなのかもしれないなんて、そんな風に思えてくる。だから、こんな中途半端な結果になったんだって。
自分勝手で、独り善がりで、そして取り返しがつかなくて。――そこにはなんにもなくて。
「……………」
気付いたら、家にいた。
わたしのお家。
ここにはパパもママもタツヤもいる。いつも通り、わたしの自慢の家族たちが暮らしていて。
「……どうした? まどか」
「……んー、なんだかボーっとしちゃって」
「寝不足か~?」
「そうなのかも……」
ああ、なんて穏やかで安らかな光景なんだろう。ここには苦痛も不幸も悲しみもなくて。あるのは温かな幸せだけ。だから、この光景を悪いものだなんてどうしても思えなくて。
「………」
わたしはわたし。魔女は魔女。魔女はわたしで、わたしは魔女。
そんなわたしの望んだ世界は、確かにわたしの望んだ形をしていて。
「……」
穏やかな日々。
いつも通りの優しい家族。
誰一人欠けることなくここにいて、誰も不幸になることはない。
「……………」
学校に行けばさやかちゃんが、仁美ちゃんが。
――そして、ほむらちゃんがいて。
「……ほむらちゃん」
抱き締めてみて、その温もりを確かめる。――ああ、ここにいるんだ。確かに生きて、鼓動を刻んでいる。なによりも大切な、わたしの希望の象徴が。
「……そっか」
わたしはわたし。魔女は魔女。――そして、わたしは魔女。
手にした奇跡は、確かにこうしてここにあって、だからこそ――、
「……もう」
だからこそ、もうほむらちゃんをここから出したくないと思ってる。この場所に縛り付けて、もう二度と外に出したくないって。
だって、外に出したら傷ついてしまうから。苦しんでしまうから。悲しんでしまうから。
なにより、外に出して死んでしまったらって、そう考えるとすごく怖いから。
「……」
だからもう、出さない。出したくない。
わたしがわたしを否定しても、これだけは譲れない。
――だって、もういやだから。
手にした奇跡を、もう二度と失いたくないから。
「……………」
これが、わたしの思う救い――この子が救われる、唯一つの方法。
「……ほむらちゃん」
抱き締めて、頬擦りして、もう離さないようにしっかり掴んで。もう二度と傷つくことがないように、大事にしまって傍に置く。
「まどか?」
ああ、これで。これですべて、うまくいく。なにもかも、なにもかも、ぜんぶぜんぶ、余すことなく。
「………」
これから先に不安はない。不幸も苦痛も、悲嘆もない。
そんな舞台はもうなくて、戯曲に変える必要もない。
――だからもう、ただ楽しもう。
何もかも忘れて、平穏と幸福に包まれて、ただ楽しい時を過ごせばいい。
「……だから、ほむらちゃん」
――いつもみたいに、わたしを受け入れて
――いつもみたいに、わたしを肯定して
――いつもみたいに、わたしを許して
――いつもみたいに、わたしを好きでいて
――いつもみたいに、わたしを愛して
そして、そして――――、
――続く、続く、永遠に終わらない幸福な劇場
わたしたちはただ、そこで延々踊り続ける。
苦痛もなく、不幸もなく、悲哀もなく。
ただただ笑顔で踊り続ける。
「今日はあっち!」
「うん」
手を繋いで、寄り添って。微笑みを交わして。
したかったこと、できなかったこと。いろんなこといっぱい、たくさんやって。
「………」
ほむらちゃんは、そんなわたしを受け入れてくれる。肯定してくれて、許してくれて。好きでいてくれて、愛してくれる。
「……」
――でも、なんで?
どうしてわたしを拒まないの?
どうしてわたしを責めないの?
どうしてわたしを罰しないの?
どうしてわたしを嫌わないの?
どうしてわたしを憎まないの?
そんな想いに常に苛まれて――、
「まどか?」
「……」
わたしは魔女。呪いから生まれる者。
そして、あなたに呪われた運命を強いた者。あなたを忘れてしまう薄情者。
――あなたを置いて、去ってしまう者
「……」
こんな存在を、ほむらちゃんはどうして許すの?
――わたしは許せないのに。憎くて憎くてたまらないのに。
「………」
――そうだ。そもそもなんで、どうしてわたしなんかがここにいるんだろう。今まで気にも留めてなかったけど、わたしこそ、ここにはいらない不純物だ。ほむらちゃんを苦しめ傷つける、そもそもの元凶だっていうのに。
「……まどか?」
いなくなるべきだ。ここからすぐに消え去るべきだ。
消えてなくなれ。お前なんてここにはいらない。
「……」
そう思うのに。――そう思うから、ここから去ろうと思うのに。
「こんどはあっち、どうかな?」
手が、声が、わたしをここに繋ぎ止める。
「……」
何度も何度も去ろうとするのに。何度も何度も引き留められて。
ずるずるずるずる――――、
「――………」
でも、だから、そんな調子だから、近頃はほむらちゃんに不安を与えてしまっている。
――だめだ。ここにそんなものはいらない。そんな感情を与えてしまうわたしなんて、いらない。だからますます去らなくちゃいけないのに。
「――まどか」
名前を呼ばれる度に、手を引かれる度に、立ち止まってしまう。
「ほむらちゃん……」
わたしが笑うと、ほむらちゃんも笑う。
ほむらちゃんが楽しそうだと、わたしも楽しい。
だから、ほむらちゃんが望むなら、わたしはここにいるしかない。
――いや、いるしかないんじゃない。ただ、わたしがここにいたいんだ。
不純物のくせに。
「今日もありがとう」
囁くように、祈るように、今日も感謝が奉げられる。
――そんなの、わたしには不相応なのに。そのはずなのに、何度も何度も、噛み締める様に口にして。その気持ちを、わたしの心に沁み渡らせる。
儚く微笑んで、控えめに手を引いて、そして――、
「――……」
そんなありふれた言葉で、わたしは満たされてしまう。なんでもしてあげたくなるくらい、嬉しい気持ちになってしまう。
手を引いて、抱き着いて、微笑んで、楽しんで。――ああ、ここはなんて心地の良い場所なんだろう。
「………」
でも、だからこそ、わたしはここにいちゃいけない。ここはわたしに相応しくない。救われるべきはこの子であって、わたしじゃないんだ。
――だって、わたしは魔女。すべてを救う、救済の魔女。
この子を悲しませる、その元凶を排除する者
「……ごめんね、ほむらちゃん」
でも、それでも――、
「……………」
わたしはきっと、ここにいたいんだ。
この子が笑っているこの場所で、ただこの子と一緒に過ごしたいんだ。
「……まどか、あのね?」
そしてまた、手を引かれる。声に引き留められる。
「なあに?」
――でも、もう行かないと。
「……ありがとう」
わたしはもう、いい加減ここから去らなくちゃいけない。――だって、だって、どう考えてもわたしはここに相応しくないんだから。排すべき存在なんだから。
だから、わたしに感謝なんてしなくていい。
「……」
だって、そもそも、これはわたしがやりたかったことだもの。わたしの独り善がりで、自分勝手なものでしかない。だから感謝なんてしないで欲しいし、わたしなんか拒絶して欲しい。
「……私ね、もっと頑張れるから」
――そう思っているはずなのに。その言葉に、思わず足を止められる。
「……」
――分からない。なにも分からない。
ほむらちゃんのその言葉の意味が、わたしには理解できない。
「……まどか?」
頑張るって、どういうことなんだろう。あんなに傷ついて、あんなに苦しんでいたのに、それでもまだ?
「……」
沸々と、いやな感情が湧き上がってくる。――落ち着かない。気持ち悪い。なんだか、自分を絞め殺してしまいたくなるような、そんな衝動に駆られてしまう。
「……まどか、謝る必要なんて、ないから」
でも、決してそれだけじゃなくて。そして、それだけじゃないからこそ、わたしはこんなに――、
「だから、そんな顔しないで」
どうしようもなく嬉しくて、満たされてしまっていて。――この感情を抑えきれない。
「……」
ああ、わたしはなんて罪深い人間なんだろう。この子にこんなものを背負わせて、それで、こんな――、
「……」
もう、なにも分からない。なにが良くて、なにが悪いのか。
感情は善悪と等しくなんてなくて。だから、なにも分からない。
「……」
それに、わたしはいったい、この献身にどうやって報いればいいんだろう。どうすれば、ほむらちゃんに相応しいものを返せるんだろう。――分からない。なにも、分からない。
「……」
考えて、考えて、けどやっぱり分からなくて。
――でも、うん。そうだ。だから、きっと。
「うん、わかった」
こうすれば――――、
溶けていく。消えていく。なにもかも、不要なものは綺麗にすべて。
「――――――――――」
相応しき者は天上へ
わたしのような不純物は、もういらない。
だから消えてなくなって、ここからいなくなればいい。
でも――――、
「……」
ほんとは、離れたくなんかなかった。
ほんとは、ずっと一緒にいたかった。
あのままずっと、ずっと、ずっと――――、
「……――」
でも、それでも、わたしは自分を赦せないから。
だからここからいなくなる。
ほむらちゃんの前からも消えてなくなって。いずれはわたしなんか思い出せなくなっていって。そうすればもう、苦しむ必要もなくなって――、
「………ほむらちゃん」
あの子はもう、二度と傷つかない。あそこはもう、そんな世界になってるんだから。だからきっと、これでいい。これで、いいはずだ。
「――………」
下へ、下へと墜ちていく。ただ、どこかへ墜ちていく。白い白い、なにもない場所へ。
「………」
そこに漂う、無数の天使たち。
――その一体が、わたしの胸を貫いて。
「っ……」
そうして抜かれた心臓の、その罪の重さは幾許か。――すべては、魔女の前で暴かれて。
「……」
そうして全てを暴き見て。全ての者へ、慈悲と恵みの制裁を。
咎人達へは、より深き慈悲を与えて――、
「あぁ……」
だったら、わたしにはより深き慈悲が相応しい。
――でも、もう、なんだかすべてがどうでもいい。
だって、ほむらちゃんはもう大丈夫なんだから。
もう二度と、誰もあの子を害することはないんだから。だから――、
「よかった……」
白く、白く、溶けていく。なにもかも、なにもかも――――、
「……――」
痛みも、苦痛もない。
微睡の内に眠ってしまうように、ただ温かさと倦怠感に包まれて。
最期の時は、思っていたよりも安らかに訪れた――――。
*
インキュベーターから、事の顛末が明かされる。私が今まで何をしていたか。どうして私が、こんな状況に直面しているのか。――それでも、私の疑問は一向に尽きない。
焦りはより増して、思考は千々に乱れる。とてもではないけれど、こんな状況じゃ冷静でいられない。――けれども状況がそれを許さないことも理解できている。だから静かに深呼吸を繰り返して、とりあえず記憶を辿っていく。
そもそも今の自分はなにをしていて、これからなにをすべきなのか。まずはそれから、ゆっくり、確実に。
「……そう、わたしはワルプルギスの夜に負けて」
覚えている最期の光景は、あの瞬間。――わたしのソウルジェムが砕け散る、あの瞬間だ。
「その通り。君の魂は、そこで一度役目を終えた」
「……じゃあ、なんで生きて」
そう、私はあの時、確かに死んだ。ソウルジェムは確かに砕け散ったはずで、生きているはずは――、
「……まさか」
「そう、そのまさかだよ」
死者の蘇生――そんなことができるとするなら、それは、
「まどかは君の救いを願い、その魂を捧げた」
奇跡以外に、あるはずがない。
「……………」
そう、つまりはそういうことだ。
まどかが魔法少女となり、こうして私が生きているという事実。
これだけ分かり易ければ、間違いようもない。受け入れがたい結果ではあるけれど、記憶を辿ればすぐにその結論に行き着いてしまう。
「そう、また、私は負けたのね……」
なるほど。またしても、またしても、私はこの子の運命を変えることができなかったのか。
どうして、なんて考えるまでもない。私が不甲斐ないせいだ。だから結局、この子に後を押し付けてしまって。
「……」
――まただ。またこうして、私はこの子に救われてしまった。
それに対して私はなんだ。一度だって、この子を救えたことがあっただろうか。
「………」
でも、まだ、なにか。なにか。とにかく、繋ぎ止める方法を考えなくては。
「……ソウルジェムは」
そう、まどかのソウルジェムはまだ健在だ。穢れ切ってしまっているけれど、まだ魔女にはなっていない。
ここにグリーフシードは無いけれど、なんとか浄化できさえすれば、まだ――、
「周りを見てごらん」
思案中に、不意に声をかけられる。――煩わしい。周りがいったいどうしたというのだろう?
「……ここは」
ともかく、辺りを見回してみる。――すると、そこは見覚えのない場所で。
「……どこなの?」
宙に無数の椅子が漂っている。遠くには黒と桜色の縞模様が広がっていて。――とても現実とは思えないような、そんな空間に私はいた。
「……魔女の、結界?」
現実とは思えないような空間――そんな光景の不自然さに疑問を抱けば、ここがどこか、凡その見当がついてしまう。
「その通り」
けれど、だとしたら――いや、でもソウルジェムが――、
「卵は既に割れている」
そこまで考えて、インキュベーターの言葉が突き刺さる。そのせいで予測は確信に変わってしまって。無情な現実という結末を、受け入れざるを得なくなってしまった。
「まどかはもう、そこにはいないよ」
分かりたくもないのに。知りたくもないのに。目も耳もすべて覆ってしまいたいのに。どうしても、理解してしまう。
「……だったら、どうして?」
けれど、なら、どうしてソウルジェムは変化していないんだろう。その疑問だけが微かな希望として残るけれど。――何度見ても、既に濁り切っている。グリーフシードも手元にない。
そしてよく見て見れば、ソウルジェムは少しだけ割れていて。
「なんで、まだソウルジェムの形を保ってるの?」
「さあ、それは僕にも分からない」
魔女は確かに孵化している。だというのに、ソウルジェムは形を保ったまま?
「………」
前例の無い事態だ。今まで、濁り切ったソウルジェムは例外なくグリーフシードへと変化してきた。まどかに関してもそれは例外ではない。だとすると、この結果は――、
「……まさか」
起こらないはずのことが起こる。その事態を説明できるものがあるとするのなら、それは一つだけだ。
「……まどかは、私を救いたいと願ったのよね?」
「うん、そうだね」
「……そう」
まどかがなにを想って願ったのか、それは分からない。それに、その願いの範囲も掴めない。私の蘇生を含め、気付けば傷まで完治している。だとすると、その願いの範囲はどこにまで及んでいるのか。――分からないけれど、つまりはそういうことなんだろう。
「………」
でも、だったらどうして?
「なんで……」
まどかは、わたしなんかのために。
「………」
いや、それはそんなに難しい話じゃない。まどかがそういう子であるという、ただそれだけの話だ。
「なんでって、ほんとは分かってるんだろう?」
「………」
そうだ。分かってる。――そもそも、私は負けちゃいけなかったんだ。まどかの未来を望むのなら、私は決して負けるべきじゃなかった。
「鹿目まどかは、誰かの役に立つことを望んでいた」
そう、まどかはそんな子だ。自信がなくて、けれども強い。
「だから君の役に立ちたいと、そう願った。それはそんなに変な話かい?」
「………」
変じゃない。そんな底抜けの優しさを持っているからこそ、まどかは私なんかにも優しくしてくれる。
「それでなくとも、親しい友人が死んでしまったんだ」
――そうだ。今思えば、その点についても反省しなければいけない。
仲良くしたいだなんて。一緒にいたいだなんて。そんな甘えを自分に許してしまったから。結果として、まどかに契約する理由を与えてしまった。
「そして、彼女なら救えてしまう」
まどかは、誰かを救うために契約してしまう。あの子は、いつだってそうしてきた。
「更に言うなら、まどかは救える命を救わないような子ではなかった」
「………そうね」
それを知っていたはずなのに。分かっていたはずなのに。私はまた、同じ失敗を繰り返してしまった。
「ただなるようになっただけ」
――力が抜けていく。今はもう、なにをする気にもなれない。
「君が死亡したその時点で、彼女が契約することは決まっていたのさ」
「………」
――まただ。また、私は生かされてしまった。
救われるべき人は死んでしまって、私なんかが生き残ってしまって。
「……………」
――嫌だ。こんなの、もう嫌だ。
生きていて欲しい人は救えなくて。
知っていても悲劇を回避することはできなくて。
欲張り過ぎれば誰も救えず、だからといってすべてを捨ててもこの有様。
「………あぁ」
それに加えて、私はどれだけの罪を重ねてきたのか。
大事な人を殺し、恩人達を見殺しにし、彼女たちの想いを尽く踏み躙って。
「……」
――あまりにも罪深い。
だというのに、誰もこの罪を裁いてはくれない。
ましてや、償うこともできはしない。
償おうにも、償う相手はもうどこにもいないのだから。
「………」
だからもう、自分で自分を罰する他にない。でも、罰したところでなんの意味もない。ただ自己満足が得られるだけだ。だったら償いならどうかと考えてみるけれど。
「……」
私が持っているものは、私が持っているものだけ。
なら、せめて、私は自分の全てを捧げて償わなければならない。そのために、全てを賭けて――、
ああ、そうだ。そうだった。そう思ったから、私は――、
「……そっか」
なるほど、私は終わりたかったんだ。もう、こんなことしたくなかったんだ。
「……」
誰かになにも明かせないのも。
誰かの死に逝く姿を止められないのも。
誰かが傷ついてしまうのを見過ごすのも。
誰かを傷つけてしまうことに理由を見出すのも。
誰かを救えずに諦めるのも。
守りたい人を、自分の手で殺してしまうのも。
「………」
もう、嫌だった。そんなことをするのは。
だから勝てないと分かっていても挑み、戦場を移し、そして敗れた。
「……」
思えば、それは逃げだったのかもしれない。
約束は果たせず、罪の意識から逃れることもできない。
そんな現実に耐えられなかったから、私は――、
「………」
悔しくて、情けなくて、けれどどうしようもなくて。どうしようもないから、なにかをしなければと思う気持ちが失われていって。足は止まって、体は動かせなくなっていく。
――それに、これからもずっと続く孤独を思うと。積み上がり続ける罪悪感を思うと。
あまりの恐ろしさに、体の震えが止まらなくなる。
――もうこんなの嫌だ。寒い。寂しい。
この世界は耐え難いくらいに冷たくて、凍えて死んでしまいそうだ。
「……まどか」
そこでふと、腕の中にある温かさに意識が向いた。――腕に抱えた彼女の亡骸は、意外にも冷え切ってはいない。まだ温かくて、そのおかげで寒さに耐えることができて。
そうだ。私はいつもこの温もりに救われてきた。この優しい温かさに。
「……」
――まだ、温かい。
息も鼓動も止まっているのに。
魔女となって死んでしまったはずなのに。
「………」
その温かさのおかげで、体に少しだけ力が戻る。
そうだ。まだ、まだ終わりじゃない。――終われない。終わりたくない。この温かさを守るために、私はまだ終わりたくない。
「……まどか」
それに私の今は、まどかが魂を賭して繋いでくれたものだ。決して無駄にはできない。無駄にしていいはずがない。無駄にしてしまったら、まどかはいったいなんのために。
「……」
なにもかも、このまま終わらせるわけにはいかない。
――そうだ。終わりなんてないんだ。
すべてを成し遂げるまで、立ち止まることなんて許されない。そうしないと、まどかの死が無駄になってしまう。そんなの絶対に許されない。許してはならない。
「………」
――だから、立ち上がれ。
立って、ただ歩き続けろ。
今回のように立ち止まることなく。
どんな絶望に足が竦んでしまっても。
冷たさに身も心も凍らされても。
今度こそ、次こそは勝つために。
「……ッ」
だから、その前にまどかを――、
次に挑む前に、まだやり残していることを終わらせよう。
「……それが、あなたの望みなら」
なぜ、ソウルジェムは形を維持したままなのか。
なぜ、未だにまどかの身体が温かさを保持しているのか。
なぜ、私は魔女に生かされているのか。
すべての謎の答えは、恐らくまどかの願いによるもの。
であるならば、すべてをこのままにしておくわけにはいかない。
たとえそれが無意味な行為に終わろうとも。私の自己満足でしかなかったとしても。
「……私は、あなたの願いを叶える」
決して、まどかの想いを無駄にしてはならない。まどかの願いを、そのまま終わらせてはならない。たとえ不本意な結末に至ろうとも。まどかの理想とはかけ離れていたとしても。それでも、まどかの尊厳だけは守り抜かなければならないと思うから。
「……っ」
不意に、濁り切ったソウルジェムが光を放ち始める。
――この現象には見覚えがある。間違いない。
「ようやくだね」
ソウルジェムがグリーフシードへと変化する、その兆しだ。
「さあ、孵化の時だ」
これを放置すれば、まどかは完全な魔女になってしまうんだろう。
「君も見届けると良い」
だとするのなら。
「最強の魔女が遂に殻を脱ぎ捨てる、その瞬間を」
――私のやるべきことは、決まっている。
「……」
まどかは、いつも魔女になることを拒んできた。そして今回もまた、まどかは同じように願ったはずだ。――そう、だからきっと、ソウルジェムは未だにこの形を保っている。
どんなに辛くても。どんなに苦しくても。決して腐らず、自分を犠牲にしてでもなにかを守るために。
魔女になってしまわないよう、抗ってるんだ。
「……なにをしてるんだい?」
でも、すべては私の予想に過ぎない。
判断材料の多くは仮説でしかなくて、確証はなにひとつ得られていない。すべては私の勝手な想像でしかなくて、だから、もしかしたら間違っているのかもしれない。
「それは鹿目まどかだよ?」
けれど、それでも、あの子がこんな結末を望むとは思えないから。
「ああまでして守ろうとしたのに、今度は殺してしまうのかい?」
だから、私はきっとこうすべきなんだ。
「まどかは君を救ってくれたっていうのに」
「……」
インキュベーターの言葉が、的確に私の心を抉る。
「それは不合理だ」
その言葉は私の心を否応なく苛むけれど、そんなことは分かってるんだ。なにもかも、私は分かってる。だからこそ、やらなければならない。どんなに酷い仕打ちであっても、それが彼女の望みだったから。
「殺したところで、滅んだ世界は元に戻らない」
だからどれだけ苦しくても、私はあの子が望んでいたことを。
――その想いを、叶えてあげたい。
「ここで鹿目まどかを殺すくらいなら、初めから殺しておくべきだった」
「……」
「その行為にはなんの意味もない」
ああ、うるさい。そんなこと、私が一番よく分かってる。
これがただの自己満足でしかないことも、それこそ意味が無いことも。
「それこそ、鹿目まどかの犠牲を無駄にする行為だ」
無駄? 無意味? 今更そんな話をしてどうなる?
どうせ、私は巻き戻す。この世界の今後を放置して、一か月前に遡る。
――でも、それでも、この世界でのまどかの想いを無駄になんてしたくない。
たとえ無意味に終わろうとも、それこそ無駄であったとしても。
それが、置き去りにするせめてもの償いだと思うから。
「……だから、なんなの?」
「………」
「あなた達の事情なんて、私の知ったことではないわ」
セーフティは解除してある。弾も装填済み。後はトリガーを引くだけだ。
ソウルジェムの輝きも増してきている。もう急がなければならないだろう。
「……おやすみなさい、まどか」
本当は、こんなことしたくない。
きっと誰だってそうだ。――誰も、大事な人を殺したりなんてしたくない。
「あなたが繋いでくれたものは、決して無駄にしない」
でも、あなたは私をこうして頼ってくれたから。
あなたの尊厳を守るために、私に役目を与えてくれたから。
「ありがとう……」
だから、私は迷わない。――迷わずに、引き金を引くことができる。
「さようなら……」
指を引くだけで、残酷なまでにあっけなく魂は砕け散る。
私にとって最も大事なものは、たったこれだけの動作で、簡単に失われてしまう。
その事実を認識すると、今度は力が抜けていって。
なんだか、自分の中のなにかがごっそりと抜け落ちたような、そんな喪失感に苛まれる。
強くなっていく耳鳴りがひたすらうるさくて。
無力感と憤りで居ても立ってもいられなくなって。
だというのに、なにをすればいいのかもわからなくて。
――もう、涙も流れない。
「……………」
こんな思いをしたところで、なにも得るものなんて無い。
ただ全てを失っただけで、残るのは空しさだけだ。
「………」
悲しみは、いつからか枯れてしまっていた。
あの子の死を悼むことはあっても、ゆっくりとなにも感じなくなっていって。気付いたら、どこか麻痺してしまっていて。誰かが死んでも心は揺れず、諦めだけが心を支配して。
「………」
でも、それでも、立ち止まるわけにはいかない。
まどかの願いを抱いて、私は歩き続けなくてはならない。
何度も何度も、どれだけ折れてしまいそうになっても。
まどかの想いを無駄にしてしまわないように。
「……」
もう、ここではすべてが終わってしまった。積み上げたものはすべて失われて、残ったものは空しさだけ。――けれど、それで終わりにしてはならない。全ては無駄だったんだと、そう思ってはならない。
だから、また挑もう。たった独りでも、どれだけ苦しむことになったとしても。
「――……なに?」
唐突に、地響きのような音が辺りを満たす。音の位置が分からずに辺りを見回すが、特になにも分からない。
「……上?」
音源を辿って、空を見上げてみる。
「…………――」
――空が、崩れていた。縞模様にできた空色の穴が広がっていって。
「―――……」
そうか。主を失った結界が――、
「…………」
崩壊はあっという間に進んでいく。気付けば上空は空色に染まり切っていて、結界の名残はどこにも見当たらない。世界を覆うほどに巨大な結界も、こうなるとあっけないものだ。
「………」
その光景は、まるでなにもかもが夢かなにかだったようで。
あらゆるものが、広がる景色に溶けていった。
そうして残った地平線に広がる群青は、ただそこにあって、ただそこにあるだけなのに――、
「綺麗ね、まどか……」
まどかの顔に視線を落とし、静かに語り掛ける。
――あなたも、この光景を見たんだろうか。
「……まどか?」
思わず、胸に温かさが満ちる。
こんな時になって、私はようやくまどかの表情に気付いて――、
「……まどか」
私には、まどかが何を考えていたのかは分からない。どうして私なんかを助けてくれたのか、それすらも分からない。だって、こんな、こんな結末を迎えてしまったのに、あなたはどうして、
「……」
私はあなたの優しさを知っているけれど、でも。
それでもどうして、こんなに穏やかな表情を浮かべているのか、私には分からない。
なにもかもを失って、行き止まりの運命に絶望しながら、それでも。
「………」
霞む目を擦って、何度も何度も確認する。
けれど、何度見てもその表情に険しさはなくて。
むしろ微笑んでいるようにさえ見えてしまって。
「……」
私は、まどかのことを良く知っている。
けれども、やっぱりよく分からないところもある。
だって、こんなことになってしまったのに。
私はあなたを守れなかったのに。
あなたは死んでしまったのに。
なのに、どうして最期にこんな表情を浮かべることができたのか。
私には分からない。
「……」
でも、それでもいい。
――最後の最後に、あなたが笑えていたのなら。
あなたがそう思えるだけの何かを手にできていたのなら。
もう、それでいい。
ただそれだけで、私は救われてしまうんだから――――。
*
「……あーあ、やってくれたね」
しばらく空を眺めていると、無機質な声が聞こえてきた。
――なんだ、まだいたんだ。
「君たちは本当に理不尽な存在だよ」
「………」
その言葉の内容を理解するのに、少し時間が掛かる。
――ああ、なるほど、そういうことか。
期せずして、私はこいつらの目的を妨げてしまったわけだ。けれどまあ、そんなことはどうでもいい。それに理不尽というのなら、私なんかよりもよっぽど――、
「……あなたたちほどじゃないわ」
なかなか、動く気になれない。
でも、この場所での私の目的は達せられた。文字通り、最悪の最低ラインで。だから、次へ行かなければ。
「そうかい?」
何も残らなかった。誰も救えず、誰も助からない。
けれど、その全てを無駄にはさせない。無駄のまま終わらせたりしない。
「君はどれくらいのことを知ってるのかな?」
――またしても声がかけられる。まだ会話を続ける気なんだろうか。こっちにはその気があまりないのだけれど。
「……勝手に想像するといいわ」
ともかく、絶対に、無駄になんてしちゃいけない。次は、次こそは。
「――仮に知っていても、知らなかったんだとしても、今回の行為で君は何を得たんだい?」
「………」
相対する敵は強大で、到底勝ち目なんて無いように感じるけれど。
どうしようもない運命に屈しそうになるけれど。でも、今度こそは。
「今回のことは、僕たちにとっては絶好の機会だった」
「……」
「それを訳も分からず不意にされたんだ」
「――……そうなるのかしら」
「ほら、そっちの方がよっぽど理不尽だろう?」
「……かもしれないわね」
そのためには、もっと、もっと、強くならなくてはならない。
決して折れないように。
挫けないように。
どんな相手にも負けないように。
まどかのように、強く、強く――、
「……君たち人類にとっても、宇宙の存続は重要な問題だと思うんだけど」
「………」
――そこでふと、思う。
こんなとき、まどかならどうするだろうかと。
目の前に敵がいて、そいつらと会話をする機会があって。
そんな時、まどかなら――、
「まどかの犠牲によって、いったいどれほど多くの存在が救えたのか」
対話を試みる。
その価値は、あるのかもしれない。
敵を知るというのも、強くなるための一つの条件だ。
「……」
冷静に、相手の言葉を吟味してみる。感情を抜きにして、冷静に。
そうすれば、私はインキュベーターの言い分を理屈の上では理解できる。
でも、宇宙の寿命と言われても。なんだかあまりにもスケールが大き過ぎて、実感が湧かない。
「こんな結末じゃあ、彼女の犠牲を無駄にしたようなものだ」
――だから思う。こいつらは、私達とは違う価値観の生き物なんだと。
「……あなたに、あの子のことをどうこう言われたくないわね」
きっと多数決で正しさを決めるのなら、こいつらの言い分は正しいんだろう。
それはある種、この世界の本質だ。
――だからこそきっと、私は勝てないでいる。
けれど、そうだとしても、私は思うのだ。
私の想いも、願いも、きっと間違いではないのだと。
だって――、
「そもそも、まどかが死ななきゃ救えない宇宙なんて、滅びてしまえばいいのよ」
まどかが犠牲になることが、正義?
そんなこと、あるはずがない。
「やっぱり君たちは理不尽だ」
だからきっと、これは互いに正しいことを問う話じゃない。
互いに主張を押し付け合う、ただそれだけの話だ。
「そんな風に考えて、不必要な犠牲を招くんだから」
こいつらの主張は、大多数のために必要な犠牲を払うというもの。
私の主張は、まどかが幸せであってほしいという、ただそれだけのもの。
どちらの主張も相いれない以上、私たちは互いの主張に妥協点さえ見出せない。
「そんなの知らないわ」
――それに、私は本気で思ってしまう。
「あなた達の問題は、あなた達でどうにかしなさい」
いっそ、滅んでしまえばいいのだと。
まどかに頼らなければ救われないのなら、救われる必要なんてないのだと。
「私やこの子には関係無いんだから」
人がいつかは死ぬように、ただ寿命で亡くなるだけ。
それを受け入れたくないからと延命したところで、いったい何になる?
そのためになにかを犠牲にして、それを繰り返す?
そんなの結局、最期はすべてを犠牲にしてなにもかもなくなるだけじゃないか。
そうまですることになにか意味があるとは、とても思えない。
「君たちにとっても無関係な話ではないよ?」
「いいえ、無関係よ」
だから私は無関係だと主張する。
本当に、心の底からどうでもいい。
「少なくとも、私とまどかにとっては」
「そんな認識で、君は他に犠牲を強いるのかい?」
滅びるというのなら、滅びるに任せればいい。
無理に延命する必要なんてあるとは思えない。
ましてや、まどかを犠牲にする価値なんてあるはずがない。
「今回まどかから得られたエネルギーがあれば、犠牲の数は飛躍的に少なくなった」
それがたとえ、まどか以外を犠牲にするという方向へ話が進んだとしても。
「しかしそうはならなかった以上、僕たちもまた他に多くの犠牲を出さざるを得ない」
それは、私たちには関係がない。
「つまり結果として、君は無数の命を犠牲にしたわけだ」
多くを救うために、一人を犠牲にする? よくある哲学的な命題だ。
でも、こんな話に正解なんてない。
ましてや、それを義務のように押し付けるだなんて、そんなのは絶対におかしい。
「それでも君は、自分が正しいと思うのかい?」
「ええ、私は間違ってない」
だから、私は抗い続ける。
まどかの運命を変えるために。
「どうせ滅びるのよ。滅ぶに任せればいい」
たとえ、まどか以外の誰を犠牲にするのだとしても。
その罪もすべて、私が背負えばいいのだから。
「――あなたも、もうこんなこと止めればいいのに……」
「それは無理な提案だ」
こいつを諦めさせることは、きっとできないだろう。
私に私の事情があるように、これにはこれの事情がある。
互いに妥協は引き出せない。
「君は自然災害があるからといって、それに抗うことを止めるのかい?」
それに、これの言い分もまた間違っているとは思えない。
「抗わず、救えるはずの存在を放置すると?」
正しいとも思えないけれど、でも、確かにそれで大多数を救えるんだろう。
「いや、君たち人類はそんな決断をしてはこなかった」
こいつらの言い分は正論だ。それこそ機械のように、最適解を突き付けてくる。
「君たち人類もまた、常に抗ってきた」
犠牲を最小限にすることを悪だというのは、確かにおかしい。それもまた、確かに正義なんだろう。
「遡れば、僕らもまたそうだった」
でも、私はそれに抗う。
その犠牲にまどかが選ばれた以上、私はその運命を変えなくてはならない。
「死にたくないから知恵を絞って、犠牲を最小限にする方法を見出してきた」
たとえ、その相手が大多数という正義であったとしても。
「だからこそ、今があるんだろう?」
それでも抗って、私はまどかの運命を変えてみせる。
大多数なんかのために、まどかを死なせはしない。
「だから、たとえ僕たちがいなかったとしても、人類もまた同じように犠牲を選ぶ」
「だったら、私が抗うのも当然の話よね」
「それが僕たちにはよく分からないな」
何度だって挑んでやろう。
それこそ、どれほどの犠牲を払ったとしても。
「それに、仮に僕たちがやらなかったとしても、他の存在がやり始めるだろう」
「……」
「宇宙の存続は僕たちにとって重要な課題だ」
犠牲、犠牲。――どこまでいっても、それはなくならない。
まどかの救いも、言い換えれば他に犠牲を肩代わりさせるということに他ならない。そういう風に捉えれば、なるほど、私の言い分もまたおかしいのだろう。
でもやはり、改める気にはなれない。
まどかの幸福が間違いだなんて、どうしても思えない。
「どれだけ多くのものを犠牲にしてでも、結局は誰かがやることになる」
「……そうなのかもしれないわね」
「そうだろう?」
「……」
「だったら、いずれ誰かがやるなら、犠牲は最小限に抑えるべきじゃないかい?」
「そうかもしれないわね」
どれだけなにを言われたところで、やはり私は自分が間違っているとは思えない。
意志は固くなるばかりで、その芯は小動もしない。
「でも、それでも、私は自分が間違ってるなんて思えない」
私は、なにがあろうとまどかを救ってみせる。
この願いは、決して間違いなんかじゃない。――それだけは確かだと、そう感じる。
「平行線だね」
「そうね」
そう思えるから、私はもう決して折れない。
どんなことがあったとしても、守りたいものを守り抜こう。
たとえ、どれだけ多くのものを犠牲にしてでも。
なにを失うことになったとしても。
「――言っておくけれど、僕らはなにも、君たちに悪意があって犠牲に選んだわけじゃない」
「……」
「すべては偶然さ」
「……そうなんでしょうね」
「ああ、そうさ」
私にだって、悪意なんてない。誰も、好き好んで何かを犠牲にしたりはしない。
それこそこいつらの言うように、すべては偶然なんだろう。
「偶然、僕らは感情をエネルギー源とする方法を発見し、偶然、君たちは感情を有していた」
私はまどかを救い、その結果、他の誰かが偶然犠牲になる。
「だから、君たちは犠牲者に選ばれたんだ」
それが善悪ではないというのなら、まどかが救われることだって――。
「まどかが選ばれたのも、すべては偶然、彼女が途方もない才能を有していたから」
だったら、それこそまどかを犠牲にする必要なんてない。
たとえ、それで多くの誰かが助かるのだとしても。
「分かるだろう? 最も犠牲の出ない方法を、僕たちは常に選んでいる」
それでも、私はまどかに生きていて欲しいから。
だから、私はまどかを選ぶ。
結果、より多くが犠牲になるのだとしても。
「時間だって長い目で見ているし、最もエネルギー回収効率の良い素体を選んでもいる」
「……」
「更に言うなら、契約はきちんと同意を得て行っている」
「……そうかしら?」
「そうだろう?」
だから、この願いを否定するやつらとは、決して分かり合えない。
「――だって、僕たちはきちんと言ったじゃないか」
互いの主張に妥協点が存在しない以上、私たちは争い合うしかない。
「なんでも一つ願いを叶えてあげるから、魔法少女になって欲しいって」
話しを続ければ続けるほど、どうしようもなく分かってしまう。
こいつらとは分かり合えないと。
戦うしか、ないのだと。
「これ以上の配慮を望まれても、僕たちにはどうすればいいのか分からない」
「そう……」
だったらもう、それでもいい。
私もそうするのだから、こいつらもやりたいようにやればいい。
それでも、私は絶対にまどかを救ってみせる。
行き止まりの運命を、必ず変えてみせる。
それをたとえ、多くの誰かが望んでいなかったとしても。
その結果、他に多くの犠牲が出るのだとしても。
それでも構わない。――その罪は、私が背負う。
あの子には、なにひとつ背負わせない。
「………」
――道は険しい。
なにをすればいいのかも、まるで分からない。
敵は強大過ぎて、排除することは叶わない。
かといって、分かり合うこともできはしない。
そんな相手との戦いは、いったいいつ終わるのか。
どれだけ繰り返せば、願った先へと辿り着けるのか。
それさえもまるで分からないけれど。
それでも、何度でも繰り返そう。
あるともしれない出口を探して。あると信じて、歩き続けよう。
その旅路でなにを失うのだとしても。
まどかとの絆さえ失ったとしても。それでも――――、
「………」
盾に手をかける。
ここでやるべきことは、すべて終えた。
――だから、次だ。
次こそは、まどかの運命を変えてみせる。今度こそ、次こそは、絶対に、必ず――、
「次は、こうはさせないわ」
「やっぱり、君は――」
――目の前の惨状をしっかりと記憶に焼き付けて。
まどかの願いを噛み締めて。
誓いを胸に、時計の針を巻き戻す。
――そして私は繰り返す。何度だって繰り返す。
まどかが犠牲にならない結末を求めて。
まどかが笑っていられる、そんな未来を手にするために――――。