レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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注意。
この二次創作はオリ主が無双するタイプのものではありません。


アインクラッド編
1話 躓きすぎたプロローグ(1)


 人を殺してはならない。

 

 なんてことは誰かに教わるまでもなく、常識だ。

 法律で定められているから。倫理的に問題があるから。殺されたくないから。社会を維持するには必要だから……。

 理由は人それぞれだだが、殺人を良しとする人間はそうそういない。

 それはこのデスゲームと化したソードアート・オンラインの中でさえそうである。

 

「い、嫌だ! 死にたくない!」

 

 男性プレイヤーは腰を抜かして惨めに這いつくばって距離を取ろうとしていた。

 腰には剣を下げてはいるが抜いて立ち向かえる人間とは意外にも少ない。普段最前線で凶暴なエネミーを相手に命懸けで戦っているプレイヤーでさえそうなのだ。中層で絶対安全な戦いだけをしてきたこの男が戦えないことは驚くようなことではなかった。

 命の危機が迫ったこの瞬間でさえそうなのだ。

 それほどまでに人は人を殺すことを躊躇う生物らしい……。

 

「金ならいくらでもやる。お前たちの傘下にも入る。なんだって要求は呑む。だから見逃してくれよ!?」

 

 彼は殺されるべき極悪人というわけではない。

 利害の不一致で都合が悪く、殺しても大ごとにならない程度の人間だったというだけだ。

 

「ここまできて、それは無理な相談っすよ」

 

 彼を殺すための準備でそれなりの時間が消費されている。資金やコネもだいぶ使われただろう。人を殺すにはいくらかの準備が必要なものだ。

 

「なんなら内緒でお前にだけアイテムを融通してやる。その方がお互いメリットがあるだろ?」

 

 私は首を横に振った。

 知られたからには生かしておけない、というやつだ。

 ここで彼を見逃すことは、どのようなメリットとも釣り合うことはない。

 剣を構えてソードスキルを起動。システムアシストによって繰り出される連撃は、これまでの反復通り彼の胸を貫き、四肢を切断してHPを0に変える。

 

「ひ、と、ご、ろ、し……」

 

 死体はポリゴンに変換されてエネミー同様の演出で四散し消滅する。

 怨嗟の声もどこ吹く風。恨み言よりも彼が生きて逃げ延びられることの方がよっぽど恐ろしいと考えてしまうほどに、私はこの行為に慣れていた。

 彼は所詮は他人。テレビの画面越しに見る殺人事件と同じだ。

 自分が手を下したといっても関係のない人間であれば心を痛めるようなこともない。

 

 人を殺してはならない。

 そう口にする一方で、人は殺人を娯楽にする。

 歴史を遡れば剣闘士の殺し合いがそうだ。

 フィクションであればスプラッタージャンルは絶えず人気があり、完全規制には至らない。

 ニュースや新聞では連日のように殺人事件や事故は大々的に取り上げられている。

 死体を見つければ救急車や警察を呼ぶより先にSNSへ投稿する人間は多くいるだろう。

 いじめによる自殺教唆なんかは法を犯さないで済む高度な娯楽的殺人だ。

 

 もっとも、これは快楽を追求した殺人というわけではない。

 死刑や戦争といったものに近い、全体利益を求めての行為だ。

 

「クヒッ……」

 

 かといって面白くないのかと聞かれれば……。

 私はきっとお茶を濁すだろう。

 随分落ちぶれてしまったものだが、いったい何時からこんな人間になってしまったのか。

 初めて人を殺した時も心を痛めることはなかった。

 であるなら分水嶺はもっと前にある。

 もしもあのときの私が慎重で思慮深ければ。

 少なくとも私の居場所はここではなく、罪を重ねることもなかったはずだと思いたい。

 

 ――などというのは言い訳に過ぎないが。

 

 しかし私はすべてが始まったあの日を悔やまずにはいられなかった。

 それは2022年の冬。ソードアート・オンラインが始まってすぐの頃の話だ。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

――2022.11.6――

 

 

 世界初のVRMMO『ソードアート・オンライン』の正式リリース初日。

 ついに……この日がやってきた……!

 βテストに当選したときに感じた喜び。アインクラッドの地に足を踏み入れた時の衝撃は今でも忘れられない。

 広大な大地を闊歩するエネミーたちを相手に、己が身と剣で立ち向かう高揚感といったら、これまで味わった事のない最高の体験であった。

 βテストが終わってこの方、あの興奮が忘れられず、毎日のようにMMOトゥデイのサイトにアクセスして、同じβテスターと語り明かし、私の知りえなかった情報を貪欲に収集した。

 予習はバッチリ。効率的なクエストと、その周囲のデータはすべて頭に入っている。

 

 だというのに……!

 私は未だ開始地点の噴水広場から動けずにいた。

 他にすることもないため、水面に映る自分の姿を見つめる。

 

 そこに映っていたのは、長身でスレンダーな体形をした大人の女性。

 無表情では格好良く、笑みを作れば人懐っこさがうかがえる絶妙な顔立ち。

 口元を染めた桃色のリップは周囲の視線を集めること間違いなし。

 腰まで伸びた銀髪はCMで見かけるほどに艶やかで、結ったそれが風に棚引き実に優雅である。

 完璧だ。現実の私とはまるで違う、理想の容姿がそこにあった。

 欲をかくならば、もう少し胸囲があっても良かったかもしれない……。

 いいや駄目だ! あれは激しい運動の邪魔になる。それが地味に近接戦闘で足枷となることを私はβテストで嫌というほど体験していた。だからこれでいい。

 

 しかしだ……。

 惚れ惚れする容姿であるが、こんなこと私は30分もしたくはなかった。

 できることなら今すぐフィールドへ飛び出したい。

 そしてあの、ソードスキルの練習台にしたフレンジーボアへ、再び下段突進(レイジスパイク)を叩き込んでやりたい。あるいは縦斬り(バーチカル)でも横切り(ホリゾンタル)でも構わない。

 だがそうもいかない理由がある。それが――。

 

「遅くなってごめんねー」

 

 甲高い、少女の弾むような声。しかし少女というにはどこか、あどけなさが足りていない。作り物めいているのだ。それは実際作り物の合成音声だからだろう。

 

「遅いっすよ!」

「あれ、まだ2人は来てないんだね」

「見ての通りっす。とりあえずフレンド登録してパーティー組んじゃうっすよ」

 

 虚空を指で切る動作をするとメニューウィンドが浮かび上がる。

 そこからいくつかのページを移動して彼女をパーティーへ招待すると、リストの中に『タマ』という名前が表示された。

 ……彼女というのは語弊があるだろう。

 決して明言はせず、その手の話題を巧みにはぐらかしているものの、たぶんタマさんは男だ。

 とはいえゲームではよくあること。出会い厨だとか、現実を侵食してくるやからでもない限り、別段気にすることでもない。

 

「タマさんは……、相変わらずロリコンっすね」

 

 タマさんの外見は身長が140センチ以下で、だいぶ小さい。

 このゲームは推奨年齢が12歳以上だったはずだが……。アウトだろう。中身がおっさんだったら完全にアウトだ。

 

「いやいや。これにはちゃんと理由があるから!」

「STRで筋力が決定されるなら、被弾面積が小さい方が有利である、だったっすか?」

「そう! つまりこれは私の趣味だけではないんだよ」

「つまり趣味ではあるんすね?」

「……偉い人は言いました。可愛いは正義!」

「開き直ったっすよ、こいつ……」

 

 まあ、いいのだけども。

 ゲームの世界ではそれが許される。自分以外の誰かになるという、本来できないことが。

 

「それにだ。そんなこと言ったらエリにゃんの名前もキツイんじゃないかな?」

「……いいじゃないっすか。カフェインさんも可愛いって言ってたっすよ」

 

 エリにゃん。それがこの世界における私の名前だ。

 別にタマさんが変な語尾を使っているとかではなく、『エリにゃん』という名前。

 VR(フルダイブ)ではないMMOで使ってた名前をそのまま使ったのはよろしくなかったかと、ちょっと後悔はある。口に出して呼ぶには少々キツイ。

 

「おっと……。可愛い子たちに名前を呼ばれた気がするんだな」

 

 息を荒くして私たちに寄ってきたのは長身の男性。

 無精髭を生やし、背には両手用の長槍。捲った袖から見える腕は筋肉質で、彼の逞しい体格を表している。もっとも、ステータスは初期状態のはずだから見掛け倒しの筋肉だ。

 

「あ、どもっす」

「こんばんわー」

「こんばんは、なんだな。その、二人ともすごく可愛いんだな。特にタマさん!」

 

 柔和な笑みを浮かべるも、武人然としたその顔立ちには違和感がある。

 彼は名前の挙がったカフェインさん。こっちは本当にロリコンな可能性がある。

 ちょっとだけ身の危険を感じるが……。おおらかで優しい人だし、ゲームの中なのだから多少オープンになってしまうのは人の性だ。仕方がない。

 名前の由来は普段からカフェインを常用してるからだという。

 話を聞けば、彼は栄養ドリンクの味について苦しげに解説してくれる。味自体は好きらしいのだが、必要に迫られる状況を思い出すため苦し気になるのだとか。だからたぶん社会人だ。

 

「あれ、僕が最後かと思ったんだけど彼はまだなのかな?」

「後ろだ……」

 

 私たちの背後から低い声が聞こえた。

 別段驚くわけでもなく、私たちがゆっくりと振り向けば、そこには全身黒一色の衣服を身に纏った青年がいた。

 彼は片手を額に当てポーズを取っている。

 気が付くのをずっとその姿勢で待っていたのだろうか? 待っていたのだろう……。

 

「抜刀斎さんも来てたんだね」

「おまえたちが鈍いだけだ。初めからいた。そう、初めからな!」

 

 強めの口調は怒ってるようにも聞こえなくはないが、たぶんこれは喜んでいるのだ。

 

「隠蔽スキルを使用してたんだな?」

「よく気が付いたな。まさにその通りだ」

「目立ちたいのか目立ちたくないのかハッキリするっすよ……」

「いつ俺が目立ちたいなどと言った? それは貴様の勘違いだろうよ」

「あ、そうっすか。じゃあそれでいいっす……」

 

 隠蔽スキルはパーティープレイではあまり役に立たないという話をしたと思うが、まあいいか。

 

「そんなことよりフィールドに行くっすよ! 早くソードスキルを撃たせるっす!」

「焦らない焦らない。まずはどこ行くか決めるよ。とりあえず隣村まで抜ける? この辺りは流石に出現数(ポップ)に対してプレイヤーが過剰だろうから」

「そうっすね。それも致し方なしっす」

「僕も賛成なんだな」

「フッ、異論はない」

 

 私たちが町の出口へ足を向けたそのときだった。

 

 リンゴーンリンゴーンリンゴーン。

 鐘のSEが、焦燥感を駆り立てるように大音量で響いた。

 周囲では青白いエフェクトが輝き、どこからともなくプレイヤーが次々に転移(テレポート)してくる。

 スタート地点たるここ『始まりの街』の中央広場は、イベントスペースにも使えるようにと広大なスペースがあった。そこに所狭しとプレイヤーがひしめき合っているのだから、すべてのプレイヤーがここに集められているのだろう。

 

「なにかのイベントかな?」

「どうですかな。ゲーム開始直後に強制イベントで時間を取られるのはあまり良い案ではないと思います。なにかトラブルがあったのかと」

「耳を澄ましてみろ。どうやらログアウトができなくなってるらしいぞ」

 

 抜刀斎の言う通り、周囲のプレイヤーからは「これでログアウトできるのか」「ビックリさせんなよ」「おい運営。補填アイテム配れよ」などと声があがっている。

 メニューウィンドからトップページを開いてみれば、βテストのときに何度も使った『LOG OUT』のボタンがなくなっている。試しに他のページを調べてみるも、流し見た限りでは見当たらない。というか何故こんなにもメニューウィンドが複雑なんだろうか。

 ページから別のページに飛んで、そのページからさらに別のページへといった感じにごちゃごちゃしている。

 この使い難さを求めたような仕様は、βテストでも散々文句を言われていたはずだが、運営に改善する気はなかったらしい。

 

「うわ、本当みたいっすね……。これやばいんじゃないっすか?」

「そういうことなら今から全員強制ログアウトしてメンテナンスかあ。がっかりだよー」

「待ってないでさっさとフィールドに出てればよかったっす……」

「そんなつれないこと言わないでよー」

「はいはい。冗談っすよ」

 

 などとタマさんとじゃれついていると上空――空ではなく第2層の底であるが――に赤い模様が現れる。システムアシストによる注視《フォーカス》をしてみれば、それは『Waring』と『System Announcement』という文字が、赤いフォントで交互に並んでいるためだというのがわかった。

 重大なエラーを知らしめるような色調は、本来使われるものではないはずだ。

 こんな不安を煽るような警戒色が、システムメッセージとして使われないのは電子機器に触ったことのある人間なら誰だって知っている。少なくともユーザーの目に留まるようには使われない。

 

 ――だからこれは演出だ。

 文字列の中央が血液のように零れ堕ちた。

 それは空中で形を変えフードつきローブを纏った巨人に変貌する。巨人の被るフードの中には、あるはずの顔が存在しない。

 いつの間にか、遠くで鳴り響いていた楽し気なBGMも消えていた。

 

「ほう。なるほど、そういうことか……」

「なにがわかったんすか?」

「…………フッ。いや、なんでもない」

 

 抜刀斎は意味有り気に喋るのはいつものことだ。

 ほっといてもいいが、ついつい構ってしまう。

 1人でやっているのはイタイタしいが、誰かが相手をしてやればそれは気心の知れた仲で行う冗談(ジョーク)に変わる。そっちの方がつき合っていく分にも心の平穏が保てるというものだ。

 

「プレイヤー諸君。私の世界へようこそ」

 

 ローブの男は厳かな声で語り掛けた。 

 

「私は茅場明彦。現在この世界をコントロールできる唯一の人間だ。聡明なプレイヤー諸君はすでにログアウトボタンがメニューから消失していることに気が付いているだろう。これは不具合ではない。ソードアートオンライン本来の仕様である」

 

 それからローブの男――茅場明彦はゲームがクリアされるまでログアウトはできないこと。

 ゲーム機(ナーブギア)が実は殺人マシーンで無理に取ろうとすれば脳を破壊できるということ。

 すでに何人かがそれにより死亡しているが、関係機関に情報をリークしているため今後そのような事態になる可能性は低いこと。

 HPが0になったプレイヤーは現実でも死亡することを説明した。

 それと、このままでは現実世界に放置された肉体は遠くないうちに死亡してしまう。そのため、最大2時間のオフライン猶予が設けられており、病院へ運ばれるまでの間、通信が途絶しても殺害はしないことを付け加える。

 

「最後に、これが悪趣味な冗談の類ではない証拠を提示しよう。諸君のアイテムストレージにプレゼントを用意した。確認してみるといい」

 

 ストレージに送られてきたのは手鏡というアイテムだった。

 アクティベートして覗き込めば、よくできた美しいアバターの顔を見ることができる。

 流石は私。会心の出来だ。これのためにメイク系の雑誌を久々に読み漁ったほどなのだから当然である。

 その芸術作品が白いエフェクトに包まれると、見るも無残な顔に変更されてしまった。

 

「ふざけんなっ!?」

 

 即座に私は手鏡を地面に叩きつけた。茅場明彦は悪趣味だった。

 プレイヤーには例外を除いてダメージを発生させない圏内であろうとも、オブジェクトの安全は守られていないらしく、耐久力が少ししかないアイテムは衝撃によって砕け、霧散した。

 

 一瞬見えた顔はよく知っているものだ。

 隈の濃い鋭い目元。

 脂肪を貯め込んだせいでふっくらとした頬。

 染みも隠していない荒れた肌。

 どこのトリートメントを使えばそうなるのかという艶やかな髪は、ぼさぼさの痛んだものに成り果てていた。

 ああ、間違いなく――現実世界における私の顔だった。

 叫んだ声からもボイスエフェクトは消えており、やや低音の肉声に戻っている。

 

「どうどう……。落ち着きなよ」

 

 冷静さを促してくる声は男性のもの。

 そちらを睨み付けると――。タマさんのいた場所にはえげつない人物がいた。

 この人が男性ではないか、という想像はしていた。

 しかしだ。茅場明彦。これはない。

 

 少女の格好をした青年がそこにいた。

 それもただの女物ではない。少女の格好、つまりパッツンパッツンの服装である。

 顔はいい。私と比べるのもおこがましいくらい整っている。その笑顔はテレビに出演する俳優のように綺麗だ。

 だがその格好で、すべてが台無しになっていた。

 

「通報はメニューのどこでしたっけ?」

「運営に通報してもあそこに浮かんでる茅場明彦を捕まえてははくれないと思うよ?」

「違うっす! あんたを! 通報するんすよ!」

「なぜ!? 俺に恥ずかしい所はどこもないのに!」

「鏡見てから言えっす!」

「うーん……。俺だ」

「顔じゃなくて格好っすよ!」

「はははっ。わかっているよ」

 

 こいつ、どんな精神構造してるんだろうか……。

 

「抜刀斎さんはあんまり変わんないっすね。カフェインさんはまだマシっすね」

「おおお俺の顔が……!?」

「あー……。お恥ずかしい限りですな」

 

 抜刀斎の中身はあんまり変わってなかった。

 少しひょろっとして目つきが悪くなっているがおおよそそのまま。少し若くもなっていて、たぶん私と同じ中学生くらい。

 カフェインさんは身長が縮んだ代わりに横幅が広がり、逞しい武人顔は頼りない中年男性の顔になっている。

 

「エリにゃんはだいぶ若かったんですな。もう少し、その……、大人びた印象を持ってたんだな」

「ぐはっ。その名前は私に効く」

 

 胸を抑えてたたらを踏む。

 というか顔だけじゃなくて体形まで現実の肉体そのまんまだ。

 これではカフェインさんのこと言えない。……私とカフェインさん。どっちが太ましいだろうか? 並べば私の体格も誤魔化せ――そうにない。むしろ圧迫感が増すまである。

 

「俺の顔が……。クッ!」

 

 いつまでも顔を抑えている抜刀斎(アホ)が一人。

 なんでこんなアホやってる彼が一番被害少ないんだろう? 元の評価が低いからか。

 などと別のことに気を散らしていたせいで茅場明彦の演説は佳境に入っていた。

 

「――そしてすべては達成せしめられた。以上でソードアートオンラインの正式チュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君。健闘を祈る。私の世界を楽しんでくれたまえ」

 

 周囲のプレイヤーからは「ふざけるな!」だの「きっと外部から助けが来るはずよ!」だのと喧騒が鳴りやまない。

 彼らの気持ちも少なからず理解できる。

 ただしどこにでも例外はいる。

 考えてみるといい。脱出不能なゲームとはつまり、現実のしがらみを捨て去れる理想郷ではないだろうか? 誰に憚る事もなく好きなだけゲームをしていられるのだ。ああ、でも外見は現実のままか。クソッ。なんてことしてくれたんだ!

 まあ過ぎたことはしかたない。

 

 この場所では数値こそが価値であり強さだ。

 いかに才能があろうとも、同じようにモンスターを狩れば同じようにしか経験値は取得されず、同じステータスであれば同じパワーしか発揮されない。多少のリアルラックによるアイテムドロップなどの差があろうとも、それは歴然とした差にはなりえない。

 

 そうだ。ここでなら私は一番に成れる。

 

 ゲームの世界であろうともトッププレイヤーと呼ばれる人間は一握り。

 それは歴然とした才能と努力により裏打ちされるものだということを、舞い上がった私の脳は完全に失念していた。

 βテスターというアドバンテージは私の目を確実に曇らせていた。

 そうでなくともこの非現実的状況は冷静な判断力を失わせるには十分な劇物であった。

 そんな劇物に侵されたのは私だけではなかったようだ。

 

「これからのことを話し合おう」

 

 タマさんは冷静そうに言い放つ。

 

「まず服屋に行ってその格好をどうにかするって話っすか?」

「いや、それは後回しでも構わない」

「マジっすか……」

 

 こいつ、この格好を楽しんでるんじゃないだろうか?

 タマさんとのつき合い方を真剣に考え直す必要がありそうだった。

 

「俺たちに取れる選択しは大きく分けて2つある。1つはこの圏内で外部からの救助を待つこと。空腹のペナルティーは耐えられないほどじゃない。なにもしなくともこの世界では生きていくだけなら可能だ。そしてもう1つは――」

「街を出て力を求めるというわけか」

「そうだ。弱いよりも強い方が安全なのは間違いない。いつまでも圏内が安全という保障もない。なら少しでも多くのリソースを獲得して、自身の強化に当てるのは悪い選択じゃないだろう? 今後の身の振り方だって幅を持てる。そして俺たちには他のプレイヤーよりもアドバンテージがある。βテスターというアドバンテージだ。しばらくはプレイヤー間の交流も混乱していて、まともに行われないはずだ。その間だけでも有利な状況を作っておくべきだと俺は考えてる」

 

 私は彼の言葉を吟味する。

 正確にはどのようなリソースを獲得するべきか、という吟味だ。

 キャラクターの持つ性能は多岐に渡る。

 それはレベルであったりお金であったり、装備であったりスキルである。

 どこを強化するのが最短で強くなる道だろうか……。

 

「森の秘境クエストだ。あれなら経験値と装備が一度に稼げる」

「報酬品もしばらく高値で取引されるだろうし、悪くない。俺たちは2人が片手直剣持ちだ。でも抜刀斎君はいいのかい? 君は曲刀スキルだろう?」

「構わん。経験値の旨味はある。ただし後で曲刀の入手には付き合ってもらうぞ」

「もちろん。エリにゃんもカフェインさんもそれでいいかい?」

 

 いつの間にか2人で話は纏められてしまっていたが、概ね彼らの考えは正しい。

 

「いいっすよ」

「うん……。まぁ、悪くはないんだな……」

 

 カフェインさんは歯切れ悪く答える。この事態に動揺しているのだろう。

 この人の装備は両手槍だ。一部の例外を除けば近接武器オンリーのこのゲームでは最も射程のある武器で、後方支援系の役割に該当する。

 最悪後ろからチマチマ削ってくれるだけでも十分だ。だからなんとかなるだろう。

 

「なら、まずは隣の村まで移動だ。そこで一度レベル上げをする。全員が4レベルに達したらクエストを受けに行こう」

 

 タマさんの自身気な宣言に、緊張よりも大きな期待を胸に抱いて、私たちは外へと駆け出してしまった。


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