「諸君、この戦い共に勝利を得ようではないか!」
MTDの会議室で、純白の金属鎧を着た男が高らかに叫んでいた。
彼は今回の指揮を取ることになった『ルキウス』という名のプレイヤー。
予備隊の1つを任されていたらしいのだが、今一つ記憶にない。華々しい戦果を上げた人物ではないようで。シンカーの肝いりで抜擢されたであろうことはこの数日で調べがついていた。
25層の攻略は、24層に比べれば遅いものの順調に進んだ。
すでに迷宮区はボスフロア直前まで探索が終了しており、転移のマーキングも終えている。
DKBは今、内ゲバで攻略どころではないらしい。
彼らも大きくなりすぎた組織の弊害として一枚岩ではなくなっている。そこへ取得アイテムの隠匿が発覚。敵対派閥をこれみよがしに攻撃していたが、突如メンバーがPKによって死亡する事件が起こった。
死亡したのは優勢だった派閥の幹部。一致団結して事件を調べるかと思いきや、裏では相手の派閥を陥れる罠を幾重にも張る有様だったらしい。
PK事件は相次ぎ、今の主流となっている情報では互いにPKを雇い、敵対派閥の主力メンバーを襲撃しているという内容だ。
最初の一件はそうではなかったが、PoHの話によると彼らは現在本当にPKを雇い始めたらしい。
このまま壊滅するんじゃないだろうか?
「それでは作戦の確認だ。説明を」
「はい」
情報班の代表が、いつものようにボードに張られた紙を指揮棒で指す。
彼らが今回の作戦から抜けないでいてくれたのは不幸中の幸いだ。現場指揮官どころか作戦立案者まで普段と別とかやっていられない。
「ボスフロアの探索が昨晩予備隊から上がりました。ボスの名称は『The Dual Giant』。略称を双頭巨人とします。ですが普段通り攻略中のフロアボスはボスと呼んでいただいて結構です」
よく通る声に耳を傾けていないプレイヤーはいない。聞き逃せば自分や隣にいる仲間の命を脅かしかねないのだから当然だ。
指揮棒で刺された紙面の中央にはデフォルメされた頭の2つある生き物のイラストが描かれている。
「HPのバーは5本。身長は約8メートル。蛇の頭が2つ。金属鎧を着ており、尻尾がありますがその部分まで覆われています。武器は
そこで言い澱むな。その部分で一番怖いのは私なんだぞ!
「攻撃力が極めて高く多くの情報が入手できていません。お手元の資料に攻撃を受けたタンクの防御力とダメージ量が記載されています」
金属鎧は斬撃防御力を確保しやすいため、斧のような武器に対して通常のタンク装備で有利が取れるはずだ。偵察に出た予備隊のメンバーも例に漏れずガチガチに固めているが3連撃のソードスキルでHPが3割削られていた。タンクでこれということはフルヒットすれば軽装では即死だろう。全員に緊張が走る。
「質問っす。ボスの
「低かったようです」
当たるな系のボスか。タンク泣かせであるがアタッカーの心労も総じて高い。
避けるのが簡単でも当たれば即死な攻撃より、避けるのが難しくとも即死しない攻撃の方が皆好きだろう。
「続けますね。頭部からはそれぞれ特殊攻撃があり、どちらも着弾地点から円形のエリアを長時間発生させます。右頭部からは毒による継続ダメージ。左頭部からはAGI減少効果が確認済みです」
こちらを遅くして、高威力攻撃を叩き込んでくる寸法か。
配布資料にはターゲット条件が不明と書かれているので私以外のところに飛ぶ可能性が高い。運要素が絡むのはかなり嫌なのだが文句を言ってもしょうがない。気持ちを切り替えよう。
「また、モブが継続的にポップします。確認されたものは牛、蛙、鼠。これらはボスからのダメージを受ければ即死しますが、代わりにそれぞれ攻撃力アップ、不明、AGIアップのバフを長時間ボスに与えます。バフの解除方法は不明です」
それは普段通りモブ狩りのパーティーに任せる他ない。
「ボスフロアについてですが崩れかけの遺跡がモチーフのようです。一部激しい高低差があります。ご注意ください。地形にはギミックは確認されていません。質問はありますか?」
挙手が起こり次々に質問が上げられる。
それを配布資料に書き加えて一通りの確認作業は30分もかからず終わった。
作戦はいつも通りのことをいつも通りやるだけ。変わったギミックがあるわけではないので、誘導、分断、各個撃破だ。
「では60分後正面広場に集合。食事アイテムは各自指定の物を食べるように。集合後はすぐにフロアボスの攻略に移る。では解散!」
ぞろぞろとパーティーメンバーと最終確認を始める攻略隊の面々。
私もメンバーを集合させてパーティーを組む。
第一パーティーはメインタンク、サブタンク、アタッカー3人、サブアタッカー1人で構成されている。サブアタッカーの仕事はギミック処理から緊急時のタンクと様々で、いうなれば雑用係である。
「エリさん。今日はよろしくお願いします!」
「よろしくっす」
サブタンクに任命されたのはユウタだった。
かなり不安だ。ここ数日の迷宮区攻略で私の方は癖を把握しているが、彼の方は微妙なところ。私はちょっと癖の強い動きをするから無理もないが当日までに煮詰めておけなかったのは悔やまれる。
「今回はボスの攻撃がかなり痛いみたいっすから、3人でローテ組むかもしれないっす。サブアタッカーのローズさんは覚悟しててくださいっす」
「おう」
攻略隊の正規メンバー、ローズさんが野太い声で返事をしてくれた。
ローズという名前だが彼は筋肉ムキムキの成人男性である。ネカマプレイをしようとして、あのはじまりの日に夢破れたのだろうか。それともあえてミスマッチの名前を使っているのだろうか。
タマさんのことが少し頭をよぎる……。
集中できてない証拠だ。良くない傾向である……。
「ユウタはどの武器使うっすか」
「こ、これです」
彼が腰から抜いたのは刀身の短い片手直剣。
許可をもらってデータを確認すると頑丈さが売りの耐久重視強化がされているようだった。
「悪くないんじゃないっすかね」
「エリさんは……なに使うか聞いても?」
「もちろんいいっすよ」
タンクの攻撃力が大まかにでもわからない全員のヘイト管理が上手くいかなくなる。ヘイトの基本値はタンクで決まるのだ。
私は腰に下げているものではなく、武器スキル派生Modによって習得できる『クイックチェンジ』のインベントリから生産品ではなくモンスタードロップの武器を装備して、パーティーメンバーにだけこっそりと見せた。
「なんですか、これ!?」
「とっておきっす」
悪戯が成功したのが面白くて、私はつい笑ってしまった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「行くぞ。諸君!」
巨大な鉄扉が鎮座する迷宮区の最奥。
意匠の凝らされた鉄扉は軽く押されると、中に犠牲者を誘い込むがごとく内側に開くのをステータスを一時強化するポーションを飲みながら見届けた。
攻略隊の顔色は大きく分ければ3パターン。
緊張しているか、興奮しているか、リラックスしているかのいずれかだ。
興奮しているのは予備隊上がりのプレイヤーが多い。
リラックスをしているように見えるのはベテランの攻略隊正規メンバー――もいなくはないが、現状を把握していないんじゃないかという連中。
緊張しているのが中核メンバーに当たる攻略隊の正規メンバー。かくいう私もこの中の1人だ。慣れたとは言い難いメンバーとの戦闘は敵もさることながら味方を警戒しなければならない。それ故の緊張だ。
扉が開ききると、暗闇のベールが各所に点在する松明に炎が灯ることで剥がされる。
100メートルはあるんじゃないかという広大な奥行。フロアボスの初期位置は中央よりも奥。そのシルエットが遠目からでもうっすらと確認できた。
地面を蹴る。先頭を走るのは私の役目だ。
少しでも移動速度を上げるため手にはなにも持たずにいる。STRに傾倒せざるを得ないため決して速くはないが、タンクが先に当たらなければ戦いは始まらない。
左右には別のパーティーのアタッカーが並走している。彼らはボスを迂回するルートを取り、出現したモブの首を取りに行く。
間近で見るボスの大きさは見慣れたものよりもだいぶ大きい。
「シャァアアア!」
2つの頭からは威嚇するような擦れた鳴き声。
ボスはプレイヤーが使う武器の何倍もある戦斧をそれぞれの手で軽々と構えると、ソードスキルの発動体勢を取った。
私はようやく腰に下げた武器を抜く。序盤に使うのはこの隙が少ない速度重視の片手直剣だ。
ソードスキルの発動を
背後で風を割る音。それから地面を砕く音がする。
それを聞いてから私のソードスキルが金属鎧に覆われた足の関節部分にヒットする。
戦端はここに開かれた!
開いている左手を動かしクイックチェンジで即座に大盾を呼び出す。
前からくるか。それとも後ろか……。
身体を横に向けフェンシングのような体勢を取り、視線を左右に振って視界を広げる。
ソードスキルは使用後に一瞬の硬直が発生する。それは使用するソードスキルや装備の重量で変わってくるのだが、私の場合着ている金属鎧が重いため長く待たされてしまう。
当たってはいけない系に属する今回のボスはノーガードで受ければ回復のためのスイッチは必須。時間を稼ぐためにも技術だけでコンスタントに攻撃を当て続けなければならない。
――足蹴りっ!
ボスの右足が大きく踏み込まれる。
通常攻撃の直撃ほどにはならないだろうダメージだと予測する。いわゆる削りを目的とした弱攻撃。だが喰らってやる謂れもない。
軸をずらし目の前を素通りさせる。
剣は腰だめに。相手の勢いで刃を通す!
「セイッ!」
背後の足が引き戻す予備動作を見せた。
私は戻した際の空間をフォーカスロックして、ソードスキルの攻撃点を置く。
姿勢を戻した瞬間に命中したのは片手直剣単発攻撃『ホリゾンタル』。
剣を腰だめにした体勢からはこのソードスキルにノーモーションで繋がる。
ボスの背後では回り込んだアタッカーが隙の少ない単発ソードスキルで様子を窺い始めた。
ボスのHPは未だ最初のバーの1割も減少していない。
ボスが巨大な戦斧を振り上げる。
この位置ならソードスキルは命中しないはず。全方位攻撃か? モーションの初動を見逃すまいと挙動を注視する。
想定されたのは薙ぎ払いによる全方位攻撃。空中系のアクロバティックな足元への攻撃。それから――、
「後衛、注意!」
私の背後、つまりボスから見た正面の地面へ戦斧が振り下ろされた。
戦斧はまるで当たる様子がない。だがそこから発せられる衝撃波のエフェクトは別だ。ソードスキルは剣が様々なエフェクトを纏って綺麗な軌跡を見せる。だが中にはエフェクトを飛ばすなりして射程を延長するタイプのものがある。片手直剣で代表的なのはスネークバイトだ。
これも同じ原理。スネークバイトが射程の延長であるなら、こちらは攻撃範囲の拡大。
回避不能。必中の間合い。
大盾に身を潜め、次の瞬間手が痺れそうな衝撃に襲われる。
私のHPは1割減少。損害は軽微。ただしガードの上からこのダメージだ。
防御力を斬撃属性に傾倒し過ぎた。AGIを確保するために防具重量の低いものを選んだせいでもある。
戦斧を持っているからといって斬撃属性オンリーなんてことはないか。
体当たりをすれば打撃属性になるし、噛みつきは刺突属性扱い。継続ダメージのエリアは毒属性。ボスの鏡といわんばかりに幅の広い攻撃が期待できそうだ。
ああ、厄介だな。目下の問題は戦斧のダメージは極めて危険だが、現在HPを削られている攻撃は斬撃属性以外によるということだ。
突如ボスがチロリと舌を出してはあらぬ方向を向く。
今度は何だ。タゲが外れるような甘い立ち回りはこの中の誰もしていないだろう。
それは事前に報告のあったブレス攻撃だった。
じっと狙いを定める右の蛇頭が、モブを攻撃しているプレイヤーへ向かって紫色の液体を放った。
着弾点を体の向きを反転させて確認する。遠くで黒々とした水溜りが生まれ、今戦っていた鼠型エネミーが1体消滅した。
ボスのHPバーの上にバフのアイコンが1個表示される。たしかAGIアップだったか。アイコンの端には小さく1と書かれていた。
動きが見違えるほど速くなる、ということはなかった。
若干速くなってはいるがまだまだ遅い部類で、対応も難しくはない。
控えめの攻防。未知の行動に警戒を繰り返し、機知の行動から推測を立てる。
目まぐるしいソードスキルのぶつかり合いは起こらない。戦いは地味に進み、プレイヤーが一方的に攻撃を当て続ける。
元より人間と
攻撃力も防御力も桁外れに違う。わずかな優勢を積み重ね、数と戦術、特化した能力の組み合わせで相対する。
ボスの取った行動で一番厄介だったのはソードスキルではなく、バックステップだった。
大きく後ろに下がる。言葉にしてみればそれだけだが、詰められた間合いを外すのにこれほど最適な行動はない。
頑強なタフネスは後退時の隙を支払っても十分な余裕がある。
再接近するときは強力な戦斧に警戒しなければならず、範囲攻撃を織り交ぜられれば安易に突進系ソードスキルは使えない。
もっとも、モブを狩っているパーティーからすれば遠距離攻撃が一番嫌だろうが。
とはいえじりじりと互いのHPが削られるものの所詮はバーの1本目。未だ手の内を見せないボス相手に後れを取るようなことはない。
「スイッチッ! 3分、交代!」
だがこちらのHPに比べ相手のHPは膨大だ。特に今回のようなガチガチに防御を固めた相手となれば尚更である。
「了解っ! ……スイッチ!」
前衛が要請し、後衛がタイミングを計り合図を送る訓練通りのスイッチ。
ユウタの合図を信じて私は大盾を使ったシールドタックルを足へと当てた。
ボスは倒れるどころか体勢が崩れることさえない。
そこに背後からソードスキルでユウタが割り込んだ。
――片手直剣ソードスキル『ホリゾンタルスクエア』。
相手を巻き込むように繰り出す4連撃の軌跡は、ボスの片足を中心に空中へ四角のエフェクトを描く。
押したところに反対側から力が加えられることでほんの少し足がグラついた。
その隙に私は攻撃圏内から出るよう後退する。
だがユウタの事前に稼いでいたヘイトが足りていなかった。ユウタではなく未だヘイトトップの私へ戦斧が振るわれる。
完全な戦斧の間合い。
大盾を前に掲げ、私は地面を
身体はボールのように弾き飛ばされる。姿勢の軸だけは崩さない。
数メートルを滑空した後、私は
私のHPはそれほど減ってはいなかった。衝撃波の方がよほど痛かった。
理由は直撃と同時に後ろへ跳んだのだからだ。それ以外にも斬撃防御に特化した鎧の防御力が桁外れなのもある。
「すいませんっ!」
「いいから前見るっす!」
後ろを向いたユウタの顔が少し青くなっていた。だが視線を外したユウタに私は気が気でない。
ボスはこれ以上私へ追撃してくることなく、攻撃を当て続けるユウタへターゲットを変えたようだ。
「3分休憩! 再開は次のスイッチからっす」
攻撃していたアタッカーも手を緩める。
私は一息吐いて、アイテムストレージからポーションを取り出し喉を潤した。
ポーションのお供にチョコレートも一口。
戦闘中の小休憩。このチョコレートは食事バフのかからない疑似食事アイテムという謎のアイテムだ。だがこれがとてもありがたい。食事バフが上書きされないおかげで、こうして戦闘中の休憩に食べることができるのだから。まさかカロリーの代わりにバフを気にして食事制限をする羽目になるとはソードアートオンラインを始める前には想像もしていなかった。
時計を見ると戦闘開始から10分が経過していた。
ボスのHPは残り1割といったところ。5本あるバーうちの1本が1割だ。かなり遅い。
HPバーを失うことでボスは行動が解放されていく。その能力は大概やっかいで、ここからが本番であるということを意味している。
しかし私の懸念は別にあった。指揮官のユリウスだ。彼はモブへの攻撃指揮を執っていたようだが、お世辞にも上手いとは言えない。バーを削りきる前に行う休憩の指示も本来は彼の役目である。
最低限モブを処理してボスへ近づけないようにはしているが、遠距離攻撃の回避はプレイヤー任せ。その結果4体のモブがバフに変えられていた。回避できたのはたったの1回。それもプレイヤーの個人的技量の賜物でしかない。
また、攻撃隊のローテーションも上手く回っていない。
他パーティーの手隙なアタッカーも普段であれば純繰りにボス攻撃へ加わる。そうすることでアタッカー1人1人のヘイトを低くしたままダメージを稼ぐことができるのだ。
ルキウスも一応やろうとはしている。だがいつもの流れるような連携とは言い難い。もっとも、これはアタッカーも予備隊上がりの新規がいるためルキウスの責任だけではないが。
「どうっすか?」
戦場を見渡すルキウスに声をかける。
「悪くない状況だ」
不安を見せないようにして、士気を保たせようとしているのか。
それとも現状を認識していないのか……。微妙なラインだ。
「もう少し北西側に寄せないっすか?」
「ふむ……。いや、その必要はない」
「了解っす」
現在、ボスの発生させたダメージエリアとAGI低下エリアは東に偏っている。
偶然だろうか。ともあれそのエリアから離したかったのがひとつ。もうひとつは出入り口が北にあるからだ。
撤退のときは転移結晶を惜しまず使うが、転移までの待機時間は移動が行えず、攻撃を受けると行動がキャンセルされてしまう。そのため敵と接敵中には使う暇がない。ボスと接敵しているタンクは、そのせいで転移結晶での離脱が不可能なのだ。
おかげで撤退時はいつも出入口からとなり死にそうな目に合う。
安全を確保するならなるべく出入口から戦線を離さない方がいい。
今回の攻略はまず撤退になる。
キバオウからの指示もあるが、フロアボスが強く、それに反して味方が弱い。キバオウが指揮を取っていたとしても情報を収集できるだけ収集したら、撤退して作戦を練り直すだろう。
ユリウスはどのくらいを試算しているのだろうか?
3分はあっという間だ。
残り1分。私は手早くメニューウィンドを操作して、防具を所々変更していく。
鎧は斬撃属性特化ではなくオールラウンダーに。大盾は中盾に変更。アクセサリーをレアなAGI強化の効果がついた一式で固める。
機動力を上げて戦斧はすべて回避する算段だ。
私のスキルスロットの1つは『所持重量増加』で埋められている。元々採取アイテムを沢山持てるくらいの気持ちで習得したが、採取に出掛けなくなった現在はこうした変更用の装備を持ち歩くために役立っている。
あとは……、武器はどうするか。これは少し悩ましいが撤退を前提にするならもう使うべきだろう。
私がクイックチェンジで取り出したのはとても粗野な武器だ。
――『ストーンファング』。私のとっておきの魔剣だ。
岩盤から削りだしたような赤茶色の塊。
刀身はまるで研がれていない。それどころか平たく、これで剣と言い張るには無理があった。どうにか柄と鍔と刀身部分を見分けることができるだけで、子供の作った失敗作の玩具であると言われた方が納得がいく。
材質が凄いのか要求STRの高さに比例して攻撃力の補正が高い。これより基本攻撃力の高い片手直剣はいくらでもあるが、STRの補正が高いおかげでタンクのようなSTRにかなり傾いたステータスを持つなら十分張り合えるほどだ。
だが特徴的なのはこの武器に施されたユニーク効果。この武器による攻撃は打撃属性として扱われるというもの。
重いのは難点だがそれでも重たい槌と比べればマシな部類。
スキル制によって武器種の変更が難しいソードアートオンラインでこの効果はかなり強い。
二度、三度重い柄を握りしめ私は呼吸を整えた。
「休憩終わり。DPS上げてくっすよ。スイッチ準備!」
中盾の表面を剣の柄尻でカンカンと鳴らし全体に合図を送る。
なんで私がしないといけないのか……。指揮はルキウスの仕事だろうに。
「スイッチ準備っ!」
「……スイッチっす!」
余計な考えは一端置いていく。フロアボス相手にそんな余裕はない。
私は一際軽くなった体で風を切り、未だ健在なボスの鎧へソードスキルを叩き込んだ。