レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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11話 ギルド内抗争(5)

 HPバーの1本を失ったボスに追加された行動は全方位攻撃と噛みつき攻撃だけだった。

 咆哮(ハウリング)による全方位攻撃は近距離なら回避不能だったが威力は極めて弱く、アタッカーでさえノーガードで1割削れるかどうかという代物だった。タンクなどミリで削れるだけのチャンスタイムにしかならない。しかもノックバックの判定はない。

 最初は設定ミスかと思ったがそれはまったくの誤解だった。ボスはかなり性格の悪いやつがルーチンを組んだに違いない。

 咆哮は範囲に優れ射程は10メートルもあり、これを突進系のソードスキルやバックステップに組み合わせて使ってくる。それが問題だった。

 モブにボスの攻撃が当たるのだ。

 ここに登場するモブはボスの強力な配下ではなく、ボスを強化する餌である。攻撃が当たれば残りHPに関係なくモブは撃破され、ボスはバフを獲得して強化される。

 

 バフはどれもが厄介だった。

 鼠バフのAGI強化は勿論のこと。牛バフの攻撃力増加、と思い込んでいたバフは実際はSTR強化で、これも貯まるとボスは速くなる。

 STRは筋力を表すステータスだ。装備に必要ステータスとして要求され、要求値が高いほど大抵は重たいものとなる。装備は重ければ重いほど攻撃後の硬直時間が伸び、AGIにマイナスの補正がかかる。

 ここでいう重たいとはSTRに対しての相対的な値のことだ。STRによって装備できる重量は決まっていて、一定の割合を超えると大きくAGIが減少する。

 重量級装備より中量級装備の方が、中量級装備より軽量級装備の方が速いというイメージだ。

 今はまだ重量級装備に収まっているが、いつこれがボスにとっての中量級になるのかはわからない。

 中量級になってしまえばこのボスは、遅いが威力のあるタイプから、遅くないのに威力のあるタイプに変身してしまう。軽量級になれば素早く動き攻撃が当たれば相手は死ぬ、というバランスブレイクした姿になるだろう。

 

「ローズさんっ。いけるっすか!?」

「無論だ。合図を出す」

 

 まだユウタに余裕はある。もちろん私にも。

 だが他の箇所は分からない。

 ルキウスはこれまでに「いいぞ!」だの「その調子だ!」なんて言葉しか発していない。モブの狩り漏らし――咆哮攻撃に当たっているせいだが――まで出ていては気が気でなかった。

 最低限、ボスのモーションを見て各パーティーへ警戒を促してもらいたい。

 

「スイッチ! ハァアアア!」

 

 ローズの武器は重量級の両手槌。

 ボスに追加された噛みつき攻撃は頭部が接近するため相性が良いはずだ。タイミングを合わせればスタンが狙える。

 今のうちにタイミングを肌で感じてもらい、その間私はルキウスと協議する算段だった。

 

「ルキウスさん」

「なんだ? 今は忙しい……」

 

 なにが忙しいんすかという言葉を寸前で飲み込む。

 

「攻撃の事前モーションから、ターゲットされたプレイヤーに注意を呼びかけることは可能っすか?」

「それは……。うむ……」

「ブレス攻撃の直前はターゲットプレイヤーを不自然に視線で補足するっす。あと舌をチロチロしてるからそれも見分けるコツになると思うんすけど」

「そういうのはだな、もっと早く言ってくれたまえ」

 

 見てわかれ、というのは横暴だろうか? もう10回以上も使ってきているんだから、そのくらいわかるだろうという気持ちの方が大きい。いや、初見で気がつけ。

 

「それで、できるっすか?」

「ああ。やっておこう」

「それとどこまで進めるつもりっすか?」

「どこまでというと……。撤退を考えているのか?」

「そうっすね。今回は行動パターンの割り出しで手いっぱいっすよ。まだ2本目であれだけバフが溜まってるのも不味いっす」

「それはこれ以上積み重ねなければいいだけの話だ」

 

 ブレスによるエリアの汚染はかなり長い。

 最初に放たれたいくつかは時間経過で消えたが、それ以外は未だその場に留まっている。解除条件があるかもしれないが、今回で見つかるのは望み薄だ。

 行動範囲が絞られモブの撃破難易度はかなり上がってる。ルキウスが危機感を覚えていないのはアタッカーへの負担が今回大きいのに、それに気がつけないトリックがあるからだ。

 モブと戦うアタッカーが押されていると感じるのは、モブが強力でHPを削られる状況だろう。今回のモブはその点はかなり簡単だ。攻撃パターンは少なく、攻撃力も然程高くない。迷宮区のエネミーの方が断然強い。

 しかしここに行動制限が加わる。ボスの攻撃をモブに当ててはならないという制限だ。

 これに失敗してもアタッカーは問題を感じられない。モブが強化されるわけではないのだから。被害を被るのはいつだってタンクの仕事だ。

 ボスは着実に強化されている。前衛が破綻すれば、今までに見たことのない凶悪なスペックでプレイヤーをずたずたに引き裂くだろう。

 

「3本目が限界っす。4本目は認められないっすよ」

「……それを決めるのは私だ。だが考えておこう」

 

 かなり不味いことになった。

 タンクの強権を使って無理やり撤退に追い込むことはできる。

 わざと前線を支えなければいいのだ。そうすれば被害は出るだろうが撤退せざるを得なくなる。あるいは信頼をチップに撤退を呼びかけるという手もあるだろう。攻略隊を二分しかねないが、こちらのほうが穏便に終わる可能性が高い。

 

 しかしそれで足りるのか?

 

 ここにきて私はようやく自分の立場について考え始めた。

 この攻略はシンカー派のルキウスによる失態で失敗しなければならない。

 つまり失敗することが前提の作戦。どれだけ私や()()()()()に被害が出ないようにするかが重要で、最悪ルキウスにはここで死んでもらってもいい。

 

「持ち場に戻りたまえ」

 

 ルキウスはそういう意味では優秀な指揮官――なのだろうか?

 上手く失敗するというのは失敗が許されているのとはまったくの別だ。これが考えていた以上に複雑で難度の高い仕事だと私は今更になって気がついた。

 

「………………」

 

 このまま攻略は続ける。ルキウスには死んでもらう。結果は撤退ではなく敗走に。

 どうやってルキウスを殺すか。敗走戦でどうやって生き残るか。問題はこの2つか。

 このままいけば前線が破綻するのは確実だ。それでもボス戦を続けさせるだけの勝ち筋をチラつかせれば喰いつくのではないか?

 ルキウスはこの攻略にかなり積極的だ。彼も彼で、どうしても勝たなければならないという役割がある。

 

「どうした? まだなにかあるのか?」

「ルキウスさんは勝てると思うっすか、今日の攻略で?」

 

 信頼している、という意思を込めた眼力でルキウスの瞳を覗き込む。

 ルキウスの目には不安がある。それを振り払おうとして視野が狭まっているのだと思う。だがそれは彼には本来高い実力があるという意味ではない。

 

「勝てる。勝つのだ。勝たなければならない!」

「そうっすね……。私たちは多くのプレイヤーに支えられてここにいるっす。信頼されて始めて、こうして戦える。言われるまでもない話かもしれないっすけどね。だから……。その信頼には私も答えたいっす。少しでも早くこのクソみたいなゲームを終わらせる。それが私たちにできる信頼に答えるってことなんすよね!」

「……そうだとも。我々は彼らのために勝つのだ。私利私欲のためではない。手伝ってくれるか、エリくん」

「もちろんっすよ」

 

 まあこんなところでいいか。

 話した内容はどうでもよかった。信頼されていると思わせることができればそれでいい。信頼できる仲間がいるというのは、それだけで人をなんだか勝てる気にさせてくれる。

 勝て気がるのだから、逃げる必要はない。

 

「そうだ。消耗品、わけてもらっていいっすか?」

「そうだな。君のようなタンクは特に消耗も激しいだろう。代わりにボスの相手は頼んだぞ」

 

 力強く頷き、回復結晶を分けてもらう。

 これは別に珍しいことではなかった。所持限界数のあるアイテムは余ってるプレイヤーからこうして戦闘中に分けてもらう。どうせルキウスは余らせるから私の手元で保管したほうが有意義なだけだ。

 

「お待たせしたっす」

「よし交代だ」

「スイッチッ!」

 

 ローズのかち上げから懐に入り、ダメージの高いソードスキルでヘイトを取り戻す。

 

「エリ。こいつは頭部への攻撃でスタンしない。気をつけろ」

 

 ローズの忠告が背後から聞こえる。

 頭が2つあるからか、面倒な特性を持っている。折角の打撃属性がダメージの上昇にしか役立たないではないか……。

 しかし文句を言いたいのはローズも同じだろう。気持ちを切り替えてボスのヘイト稼ぎに勤しむ。

 

 戦闘開始からどのくらい経ったのだろうか。ボスのバフは結構な数、累積している。最初に比べればその速度は雲泥の差だろう。

 速度重視の状態ならまだ平気だ。だがここからもっと先へ加速しなければならない。

 この先ボスは重量級の鎧が中量級にまでSTRは上昇するのだから、私はここで足踏みをしてはいられない。

 

 眼前に迫る蛇頭。毒状態による継続ダメージと、牙による刺突ダメージを与えてくる噛みつき攻撃。

 身体を後ろに倒すが蛇の首はかなり長くどこまでも私を追いかける。首というよりもむしろ蛇の胴体のようだ。

 物理演算によって倒れる身体を足で支えることを放棄すると天井が視界に広がった。このまま地面に倒れても蛇頭の攻撃は命中するだろう。そうならないために私はソードスキル『レイジスパイク』を起動する。

 

 ソードスキルのモーションは物理演算の影響を受けない。

 空中で使えば落下は一時停止するし突進系であれば移動も可能だ。吹き飛ばされたときに使えばブレーキにもなる。使えればという条件付きだが。

 ではその方向はどうやって設定されているのか。

 フォーカスロックが第一ではあるが、それは攻撃の終点を決定しているだけに過ぎない。基本的な軌道は体勢によって決定されるのだ。すなわち体を向けた方向に前進する。

 突進技は地面に足を着けた状態の姿勢が発動モーションに設定されているため難しいが、斜めに傾いた状態で正しく姿勢を取れたのなら、ソードスキルは斜めに飛び出す軌道を描く。

 ソードスキルは斜めに傾いた状態を起点として、思い描いた通りの軌道で剣と共に私を走らせた。

 システムアシストに合わせてアバターを動かせば威力が上昇する。だから私はシステムアシストと共に存在しない地面を蹴り加速した。

 

 ガリガリと仮想の肉を引き裂くような感触。ボスの防具で覆われていない唯一の箇所を打撃属性の攻撃が斬撃属性のモーションで引き裂いた。それは切り傷ではありえないズタズタに裂けたような荒い傷のエフェクトを残すが、仮想世界のアバターが薄皮の下に秘めているのは血の通った体ではなくフレームに押し込められたポリゴンだ。傷痕はグロテスクでない、よくわからない色彩くらいにしか見えない。

 

 ソードスキルが終わった私に物理演算が思い出したかのように仕事を始め、勢いのまま放物線を描いてボスの胸元に飛び込もうとしていた。

 剣をさっと逆手に持ち返し体重を乗せて叩きつける。乱暴な使いかたをしても耐久値がなかなか減らないのもこのストーンファングの良い所だ。

 

「HP、残り3本!」

 

 ついにボスのHPバーの3本目に傷が入る。

 まだまだ折り返し地点。私は残り2本になったところで解放されるであろう強力な行動を皮切りに戦線を崩壊させる腹積もりであった。

 

「シュルルルルル……」

 

 威嚇ではない。蛇語はわからないがそう感じた。

 だが意味のないまばたきや呼吸のモーションとは違う。

 呼吸にしては静かで長い。まるで息を整えるかのような……。

 

「シィィイイイイイッ!!」

 

 身体が浮く。

 背後から襲い掛かった戦斧に絡め取られたのだと遅れて気づく。

 高速で接近するものに盾を向けるのは条件反射だった。直撃ではなく不完全なガードの上からのダメージだ。それでもアバターを通して送られてくる不快感。自身のHPバーを見れば4割が一度に失われていた。

 バックステップに斬り払いを組み合わせた攻撃。問題はそのモーションが桁外れに速くなっているということ。

 

 注意すれば目で追えるか?

 

 すでに私は頭の中で対処手段を考え初めていたが、ボスの行動はまだ終わっていなかった。行動後の硬直モーション。特に移動系の行動には顕著に表れるそれを過信していた。

 

「う、うぉおおおおおおっ!?」

 

 蹴り飛ばしをガード。横薙ぎをかがんでやりすごす。地面を叩くような斜めの斬り降ろし。それを左右の手で途切れることなく繰り返すがステップで避け続けるが何度か掠る。剣を投棄してポーチに括りつけてある回復結晶をワンモーションで砕いた。振り下ろされた戦斧の片方が地面に刺さり、それが力任せに振り上げられると石畳を砕きながら石飛礫が飛びかう。石飛礫にはダメージはほぼない。当たるもののHPはミリでしか削れていない。だが反対の腕はすでに薙ぎ払いのモーションに移っていた。地面すれすれ。下にスペースはなく、上に飛べば続く連撃にすり潰される。攻撃の手がこれで終わる保証などどこにもないのだ。ソードスキルによる離脱? 剣はない。却下。思案は一瞬。考えるより先に身体を動かし盾に空いた右腕を添えて防御態勢を取る。後ろに引く手段は今は取れない。下がれば戦線は崩壊だ。吹き飛ばないよう重心を落とす。激しい衝撃。盾が捲られる。視界が開け、次の挙動へ心構えをする。そこでようやくボスの猛攻は終わった。

 ボスは力なく戦斧を下げ、肩で息をしている。

 

「スイッチ……」

「へっ? は、はいっ!」

 

 今の光景を見ていた者は動けずにいた。

 ボスがいつ息を吹き返すのか。そのとき側にいれば自分がどうなるのか、簡単に想像できたからだ。

 いや。それだけではない。

 身をもってそれを証明したプレイヤーがいた。

 ガラスの砕けるような音が木霊する。パーティーリストに並んだHPバー。その1つは完全に空になっていた。名前が灰色に変わる。

 死んだのだ。たった一瞬の攻防で。レベルや残りHPの安全マージンなどあってないようなものだった。私のHPも黄色に変わっていた。途中の瞬間回復がなければ脱落者は2人になっていただろう。

 

 これまでか?

 静まり返った空気がそう物語っている。

 駄目だ。()()()()()()

 1人死んだ。それは痛ましい事件だろう。だが決定的な問題にはならない。この程度ならPKにでも頼んで殺させた方がマシだ。

 だから私はルキウスに強い視線を向ける。私はまだ戦えるぞ、と。

 その視線がルキウスと重なった。

 

「なにをしている、攻撃を続けろ!」

 

 ルキウスの号令で止まっていた時間が動き出す。

 

「連続攻撃後は長時間隙を作るようだ。そこ()()を攻撃しろ! それ以外は決して近づくな!」

 

 そうなるか……。

 一気に削れるタイミングこそ得たものの、釣り合わないリスクだった。クールタイムが分かるまでボスへのダメージは激減するだろう。

 私はポーションを飲みながら消費した分の回復結晶をオブジェクト化してポーチにつけ、他プレイヤーから余りを受け取る。落とした剣は回収を任せ、装備は初期の斬撃体制特化を混ぜる。AGIの確保をしなければ防御力だけで対処はできない。増えた総重量は武器を軽くすることで少しだけ誤魔化す。

 ボスが活動を再開した。停止時間は1分ない。

 

「スイッチ!」

「はいっ!」

 

 ユウタは攻撃を受け流し、すぐに離脱した。

 なんでこんなことになっているのだろうか?

 悲しいかな。この問題はキバオウの側近である私が死んでも解決してしまう。メインタンクの不在は今後の攻略に支障が出るからだ。

 だが死にたくない。死にたくないが下手に退けばどうなるか。PoHの顔を思い浮かべてみればわかる。駄目だ。顔わからん。だが殺されるんじゃないかくらいは思ってる。それだけ今回の件は重たい。

 

 ソードスキルは使ったが最後、タイミング悪くあの発狂モードが始まれば私の頭も電子レンジでチンとなるだろう。

 システムさえアシストしてくれない孤独な戦いが幕を開けた。

 もう、頼りになる『ローズ』はいない。

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