レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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12話 ギルド内抗争(6)

 辛い。苦しい。嫌だ。逃げ出したい。どうして私だけがこんな目に……。

 フルレイド48名。現在は47名に減ってしまったが、フロアボスと戦っているプレイヤーはそれほどの人数がいる。

 しかし私は寂しかった。

 この一瞬の油断が命取りになるフロアボスを前に、その凶悪な攻撃力でも、尋常ならざる連続攻撃でも、遅々として削られない防御力でもなく、私は孤独が最も恐ろしかった。

 誰も助けてくれない。

 失敗すれば私は死ぬが、他の誰かが失敗しても彼らは死なない。場合によっては私の死期を早める手伝いになるだろう。

 

 なんでこんなコンセプトのボスを作ったのか?

 まるでメインタンクにすべてを押し付けるような戦いだ。勝てば確かにタンクを最後まで務めたプレイヤーは称賛されるだろう。すべてがこのタンクに集約されるからだ。今の状況は極めてわかりやすい演劇だった。

 

 近づくことすらできない連続攻撃。

 これを一身で捌き、攻撃のチャンスまで他プレイヤーを観客に変える。

 見ればわかる。あんな化け物と戦うのは無理だと。どこかで致命的な失敗をした。もう一度最初から仕切り直すべきだ。情報収集が足りていなかった。

 誰もがそう思うような状況の中、それでも前に立ち攻撃を受け続けなければならない。

 なんなんだ、このボスは!

 

「くふっ……」

「シュルルルルル……」

 

 なんだか笑えてきた。こいつも笑っている気がする。

 そうしていると5回目の連続攻撃が開始された。

 気の狂ったような猛攻。それを掻い潜るごとに私の精神の歯車が狂っていくような気がした。

 クールタイムは未だ不明。開始前に特殊な鳴き方をすると思いきやそうでない場合もあった。攻撃パターンは存在しない。いや、連続攻撃と仮称したがこれはそもそも攻撃ではないと考え始めていた。

 この技の正体。それはおそらくAGIの上昇と硬直時間の無効化だ。

 ひとつひとつの動作を分解して見れば、それは今までの行動の組み合わせだということがわかる。ブレスや噛みつき、咆哮などのわかりやすい行動は使わなくなり、ソードスキルのエフェクトも発生しなくなるためわかりにくいが、半ばそうだと確信していた。

 

 足元に攻撃する方法は3種類。

 バックステップ。足蹴り。ソードスキルの衝撃波。

 見るべき個所を見ればどの攻撃を行うかは事前にわかる。

 今回は引き足をしておらず戦斧を振り上げていないから足蹴り。それを判断した瞬間にはすでに動いていた。私だけでもボスだけでもなく、お互いに。

 風圧が髪を揺らす。なんとか避けれた。そう安堵する間もなく次の攻撃は繰り出されている。

 

 ダダダダダダダッ!!

 

 再び足蹴り。足蹴り。足蹴り。繰り返されるモーションが掘削機のような騒音を奏でる。実際に地面はその威力によって削られている。

 次の攻撃が到達するまでの時間を稼ぐため、どうしても足から距離を置かなければならない。そうしなければ再び足蹴りだった場合回避に必要な距離が足りなくなる。

 だがそれは戦斧の殺傷圏内に誘い込まれることと同義であった。

 より当てやすい攻撃を選んでいるのか戦斧の攻撃は衝撃波を多く使ってくる。

 盾でガード。HPが2割減る。しかしこれで終わりではない。反対の腕がすでに同じモーションを取っている。再び2割のダメージ。さらにもう一度!

 しかしもう受けはしない。攻撃の衝撃で加速して私は股下を潜り抜ける。

 ボスへ近づいているプレイヤーがいないのは、ボスの攻撃を一方向に固定しなくていいというメリットもあった。

 だがボスは攻撃の手を緩めない。バックステップですぐに私を追い越す。その上なんと戦斧が()()で振り下ろされた。

 

 スローに映る視界が、虚空を滑りながら近づいて来る衝撃波を捉えた。

 

 盾の面積が足りない。すり抜けるっ!

 剣を持った手で回復結晶を割る。HPが減少を始めた。6割から5割、4割、3割と下降してそこから持ち直し4割で停止する。

 着地する前にボスは反対の手で薙ぎ払いを繰り出し、私はガードを合わせて弾き跳ぶ。

 空中で即座に回復結晶を割る。赤色に変わるHPに冷や冷やしながら突進系のソードスキルで私を追いかけるボスに突進系ソードスキルを合わせて位置を入れ替える。

 一瞬の交差。着地と同時に受ける硬直時間がとても長く感じた。

 

「はぁ……、はぁ……」

 

 背後からの殺気はない。8回目でも私は死ななかった。

 息苦しさはないのはずなのに呼吸が荒い。無駄なところに意識が割かれている証拠だ。

 仮想の肉体は酸素がいらない。呼吸をしなければ窒息によるペナルティーを受けるが、こうまでして無理に空気を吸う必要など本当はないのだ。

 だからこれは無駄なこと。無駄を省けばもっと上手くやれる。

 

「回復結晶っ!」

 

 ポーションでの補給(回復)。もう甘味を口にしている余裕はない。

 緊張の糸はインターバルの間でも張りつめたまま。一度途切れればそのまま死ねる。

 集められていた回復結晶をポーチに装着。防具の耐久力をチェックするがかなり消耗している。だが重量は増やせない。軽い防具へ交換し防御力を犠牲にスピードをキープする。

 ああ……。もう戦闘に戻る時間だ。

 

 ボスHPは3本目のバーが残り1割あるかないか。ボスの鎧も所々擦り切れ、戦いの激しさを物語っている。

 連続攻撃モードはクールタイムは判明していないが最低1分はある。だからこのまま一気に押し切る事も可能なのだが、解放されるであろう新行動に怯えて誰も手出しはできまい。

 

 ユウタとスイッチを行い、私は前方へ立ち塞がる。

 通常状態での行動は止まって見える。どのような組み合わせで攻撃してこようとも、もう当たる事さえない。これでもSTR型なのだが……。

 ソードアートオンラインの基礎ステータスはレベルアップの割り振りと装備による強化で構成される。レベルアップで割り振れるのはSTRかAGIの2種類のみ。かなりシンプルである。

 STRの高いプレイヤーは高威力、高防御。AGIの高いプレイヤーは多攻撃、高回避となる。防御方法が変わり、有利な敵タイプこそ違うものの平均してDPSは同じくらいに落ち着く。

 このボスはAGI型が不利だ。連続攻撃では回避不能な組み合わせが存在する。しかしAGIが足りなければガードさえ間に合わない。

 絶妙な配分のバランスが必要とされるといえば聞こえはいいが、実際のところレベルが足りていない。

 25層の安全マージンは35。フロアボス相手でもギリギリ足りるが、可能なら38は欲しい。私のレベルは42でこれを大きく上回る。理論上なら32層の敵を安全に倒せるはずなのだ。

 

 なにかギミックがあるはず……。あるいは、もう手遅れなのかもしれない。

 ボスのHPバーの上に並ぶバフアイコン。時間経過で減少しないのは確実で、積もりに積もった強化は、ミスを取り返せないことを意味している。

 このバフが重なり過ぎたのが原因なら、すでに攻略するための前提は破綻しているのだろう。

 

 9回目の連続攻撃。

 一呼吸の間に3度は繰り出される攻撃。それでは到底終わらない。指をすべて折って数えてもまだ足りない。数えているプレイヤーなどいないだろう。傍目から見て、目で追えるのかは甚だ疑問だ。

 一撃でHPの半分が削られる。回復結晶をHPが減少している合間に差し込む。

 これで最後なら剣はいらないか。最初のとき同様ストーンファングを手放し、利き腕で結晶アイテムを握る。

 消耗しているのだろう。軽くなったことで若干スピードが上がっているはずなのに、防御が間に合わなくなっている。このままでは逃げきれない。

 ならもっと軽く。もっと速く……。

 連続攻撃の残り時間はおそらく5秒。盾を捨てる。左手に回復結晶を握った。ガードの代わりに回復で受ける。

 

「――――――っ!」

 

 声は出ない。息継ぎのする間はない。

 横薙ぎの戦斧を飛び越える。叩き落とそうとする反対の戦斧。私は刃の上に乗りそれを避ける。振り落とされるまでは一瞬。地面をバウンドする私を掬い上げるように振るわれた戦斧。駄目だ避けられない。直撃と同時に回復結晶を使用。ダメージと回復がせめぎ合いHPバーの緑色がガタガタと小刻みに振動する。

 打ち上げられた私にもう逃げ場所はない。HPは残り3割。

 

 ボスの双頭がニヤリと笑った気がした。

 

 

 

 単発ソードスキルによる渾身の攻撃。

 

 

 

 

 

 手を虚空へ伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 目を潰すほどの激しいエフェクト。

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリさんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから聞こえる叫び声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はまだ死んでいないっ!

 ガバリと起き上がり、瓦礫の中から這い出る。

 蓋をするように私の上に覆いかぶさっているのはガード性能の最高峰、大盾(タワシ)

 さっきのエフェクト光はクイックチェンジで呼び出された盾と戦斧が干渉し合って起こったものだと思う。

 大盾の中央には刃型の穴が開いていて、私の身代わりにポリゴンとなって崩れ去る。

 だいぶ遠くまで弾き飛ばされたようだ。遠くに動かなくなったボスが見える。だが動かなくなったのはプレイヤーも同じ。どうやら私が死んだと思っているらしい。

 

「やれぇええええええええ!」

 

 声を張り上げた。

 私の生存に喜んだ彼らは、武器を握りしめボスへ斬りかかる。

 回復処理と補給処理を手早く済ませる。

 ああ……。長かった。

 HPバーの3本目が消える。

 彼らはきっと達成感に打ち震えているのだろう。私だってそうだ。

 だが理解しているのか?

 ボスはまた1つ戒めを失い、さらなる力を振るうということを。

 

「た、退避しろ馬鹿者どもっ!」

 

 最初に反応したのはルキウスだった。なんだ、やればできるじゃないか。

 私はボスから離れすぎている。ユウタが残っているがさっきのアレを1度でも凌げるかと聞かれれば不可能だろう。彼には実力が足りていない。それ以上の行動――もはや想像がつかないが――が解放されたとすれば万に一つもない。

 つまり……。つまりユウタは……。

 

「クソっすねっ……!」

 

 走り出す。

 間に合うか? いいや間に合え!

 何が起こるかわからない。たぶん私でも今度は死ぬ。

 それでも……っ!

 

 ボスに変化が起こる。

 首が――抜けた。

 鎧から這い出たのは大蛇だ。それも2匹()()()()

 ガントレットが、グリーブが、キュイス解けていき中から手足から4匹、合計6匹の大蛇が現れた。音を立てて落下する鎧は私の大盾同様にポリゴンに変わり消滅する。

 

『The Giant Eater』

 

 それぞれが1本のHPバーを有する6体のボス。

 ステータス上昇バフは全員が元のまま保有している。

 

「散開! 各パーティーのタンクはボスを誘導しろ!」

 

 セオリー通りにルキウスは分散を選ぶ。

 訓練されたレイドパーティーの強みとして、こうした全体行動の迅速さがある。

 パーティー番号による散開時における区画の割り当ては誘導先がかち合うことを未然に防いでくれる。特にこのような多数の散開は大ギルドでなければ事前情報なしには成し遂げられないだろう。

 いや。それでも難攻している。

 ただの散開であれば可能だったが、今回はフロアにAGI減少と継続ダメージのエリアがばら撒かれているのが障害となっていた。

 よく観察すると汚染されているエリアはそれぞれ若干範囲が違う。おそらく蛙バフは特殊攻撃の範囲強化だったのだろう。

 

「私がパターン読むっす。スイッチッ!」

「お願いします!」

 

 ユウタと場所を入れ替わる。

 分裂したボスはヘイトがリセットされているようだ。そうでなければ6匹の群れに私は襲われていただろう。一からヘイトを稼ぎ直す。

 問題はこの形態がどれほど強いかだ。こいつには私たちを倒してもらわなければならない。

 

 身体をばねのようにしてボスが跳びかかる。

 動きは速い。高速戦闘を要求されるタイプだ。盾で受けるがダメージは低い。毒属性の継続ダメージがメインなのか威力は低い。

 防御力はかなり低くなっているがそれでもフロアボスとしてフィールドに出るエネミーよりはだいぶある。

 ブレス攻撃のターゲットはタンクに変わった。これは厄介で使用されるたびに場所を変えなければならない。AGI低下しか使ってこないところを見るにどちらか片方の種類しか使えないのだろう。

 だがAGIが低下してもこのくらいの基礎スペックであれば余裕だ。

 

「ちっ。なかなか手強いな……」

 

 パーティーの誰かが呟いた。

 そんなことはない。ハッキリ言えば弱かった。ユウタでもこれなら相手が務まる。

 もしかすれば呟いた彼はこれまでの戦闘全体を通してそう言いたかったのかもしれない。それなら納得だ。

 だが。困ったことになった……。

 まさかさっきの状態が最高スペックで、後半戦が弱いタイプのボスなのか?

 このままでは勝ってしまう。だが手を抜いたところでもう遅い。私一人がやり気を出さないだけで負けるような戦闘など本来そうそうないのだ。

 

 余裕があり過ぎてユウタと交代して周囲の戦闘を観察する。

 チョコレートが疲れた脳髄に染みわたる。

 私のパーティーに比べ他のパーティーは攻撃力が高いのでかなり削れているようだ。

 分裂したボスのうち2匹は口に戦斧を咥えて戦っていて、そいつらは他の蛇よりちょっとだけ強そうだった。

 レイドパーティーは6人パーティーが8つで結成されるので6匹に分散しても2つ余る。そういうとき余らせるのは指揮官のいる予備戦力的パーティーだ。

 ルキウスは戦場の中央あたりに2人の護衛を伴って立っている。残りのメンバーは他のパーティーに合流させ各個撃破に移っていた。

 突出した攻撃力を得たパーティーと戦っているボスは見てわかるほどの速度でHPを失っている。

 もうじき片が付く。もうどうしようもない。こうなったら普通に勝とう。

 

「はぁ……。よしっ!」

 

 回り込んでチマチマダメージを入れ始める。

 確かにこうして戦うには速い敵だとちょっと面倒だ。体当たりなんかの攻撃は範囲が広く接近していればうっかり命中することも……あるんだろう。攻撃に集中していればありえなくはない。そしてアタッカーの防御力は低い。2、3回当たればポーションを飲むくらいにはダメージを受ける。

 

 ポリゴンの爆散するSEが遠くで聞こえた。

 余所見をすると分裂したボスの1匹が撃破されたようだった。

 視界の端で私のパーティーが相手をしてるボスが不自然な行動を取り慌てて集中する。

 タゲが外れたのではない。他の4匹も同様に1カ所へ向かっている。移動速度はAGIの高さによって桁違いで、あっという間に攻撃圏外へ逃亡されてしまう。

 集まった蛇は不気味に絡み合い人型のシルエットを模す。それぞれが手、足、頭となり、手を担当する蛇の口には戦斧がそれぞれ咥えられていた。鎧の中はおそらくこうなっていたのだろう。

 

「まずいっす」

 

 私は即座に出入口へ走った。

 

「逃げ――」

 

 ボスが消えた。土煙を目で追うと少し離れた場所に、戦斧の薙ぎ払い後のモーションで立っているのが見つかる。

 パーティーの一集団――そのうち4人が砕けた。

 

「――るっすよ……」

 

 ――『The Dual Giant』

 

 元の名称に戻ったボスのHPは残り1本。

 その上に表示されるバフアイコンのスタックした数字は、5倍になっていた。

 鎧を捨て軽装扱いになった重量。重複したAGIバフが爆発的な速度を生み出し、STRバフによるダメージ上昇は最高峰の装備とレベルを持った攻略隊のプレイヤーを一太刀でポリゴン塊に変換して砕いた。

 

「ルキウスっ!」

 

 オーバーフローしているルキウスを呼び起こす。

 彼には撤退の指示を出してもらわなければいけない。

 

「撤退の指示を出すっす」

 

 パーティの残る2人が殺される。タンクは流石に一撃ではなかった。もっとも、それが慰めになるようなスピードではない。

 

「わ、私はこの戦いを……!」

 

 別のパーティーに狙いを定めたのだろう。新たな犠牲者が1人出た。蜘蛛の子を散らすように攻略隊は各々で逃げ惑う。

 多少頭の働く者は転移結晶で離脱を計っていた。

 

「もう無理っす。負けたんすよ」

 

 敗北を決したのは一瞬の出来事だった。

 真綿で締められるようなゆったりとした敗北ではない。一刀の元切り伏せられるような敗北だ。

 まだ負けたことに気が付けていないプレイヤーはルキウスの他にも多くいた。

 

「駄目……だ……。あと1本、たった1本なのだ……」

 

 転移結晶の使用に高いヘイト設定でもされているのだろう。

 転移中のプレイヤーは身動きの取れないまま死亡した。距離なんて関係ない。転移が終了するまでの時間があればボスは部屋のどこにでも攻撃が届くだろう。

 

「エリ君、ヘイトを稼げ……。君の、仕事だ……」

「無理っす」

「命令だ! 持ち場に戻りたまえ!!」

「見てわからないっすか」

 

 ボスはモーションの硬直時間が終了すると別のプレイヤーに目標を変える。

 今度のプレイヤーは古参の正規メンバー、ホノルル。タンクの彼は盾でのガードをなんとか成功させダメージを6割で抑えた。衝撃の余り彼の身体は地面を滑る。単発攻撃だったおかげで彼は無事だった。

 ソードスキルの硬直時間が終わる。

 ホノルルは優秀なタンクだ。モブを纏めるのが上手く、スムーズな遊撃を行うためアタッカーに追随できるほどのAGIを確保している。ガードよりも回避の上手い人だった。

 彼がボスの攻撃を避けることは終ぞ叶わなかった。

 先程の焼き回し。違うのはHPが0になったという結果だけ。

 ホノルルさんのアバターは青白い光に包まれ爆散する。

 

「タンクでも抑えられないっす。そもそも、ヘイトを稼ぐ隙さえないんすよ! 近づけないほど速い相手になにをしろって言うんすかっ!?」

「それでも、なにか……。秘策が、あるのだろう? 誰にも見せてないとっておきのテクニックだとか、そういうものが……」

「そんなものはないっす! クソッ! 撤退。撤退するっす! 転移結晶用意。ヘイト上昇があるからすぐには使うなっすよ! 散開して他プレイヤーと距離を取るっす! 転移用意、5秒前――」

 

 ルキウスを押しのけ指示を飛ばす。撤退の責任を追及されかねないからしたくなかったが、長引かせれば誰も生き残れない。

 私たちに残されたのは自分が狙われないことを祈って全員で転移するという、ロシアンルーレットくらいだった。このロシアンルーレットは誰かに絶対当たる。

 タイミングを合わせるためカウントダウンを取ろうと声を張り上げるが、悪寒がして即座に動く。

 私のいた地面が抉れた。

 

 音に対するヘイト設定っ……!?

 

 耳のあるエネミーには多く見られ、しかしあまり気にされない設定。たまにエネミーを集めるため利用することはあれど、これにより指揮しているプレイヤーが狙われる事態などそうそう起こらない。

 こうなったのはヘイトのリセットが原因だ。

 

「まずいっ!?」

 

 出遅れた。タイミングもばらけてしまっている。

 私が合図を送れなくなったと判断したプレイヤーは5秒きっちりで転移結晶を使用するが、そう判断しなかったプレイヤーは転移結晶を使っていないか少し遅れて使用する。

 ボスの姿が再び消える。

 私への攻撃が止んだ。代わりに転移中のプレイヤーが1人、また1人とポリゴンに変えられ爆散していく。

 

 転移結晶での逃走は無理だ。

 このまま出入口を目指す。

 途中AGI減少のエリアがいくつも道を遮っている。迂回せざるを得ないため、かなりの距離があった。

 

「嫌だぁああああああ!」

「なんなんだよ! なんなんだよこれ!?」

「嘘だろ。ホノルルっ! どうして、そんな……」

 

 阿鼻叫喚。数人が転移に成功して離脱したと思われる。それはもはや私の生存確率を減らす要素でしかない。

 転移結晶を使う者は流石にもういない。

 それをしたときが自分の最後だと、誰もが理解していた。

 当然全員が出入口を目指す。

 ボスにとってはターゲットが集まりさぞや倒しやすいことだろう。

 

「死ねっ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」

「お先にどうぞっす」

 

 ボスへ特攻していくルキウスの背を蹴り飛ばす。

 彼の両手剣はボスへ触れることない。残像を残して彼は遥か彼方へ打ち捨てられた。HPは0。すでに何度も見た死亡の演出が開始される。

 なにかを小声で呟いているが耳に届かない。彼のいまわの際の言葉は誰にも届かない。

 

 残り20メートル。

 ルキウスの肉盾でも稼げたのはせいぜい1秒。

 あと少し。その距離が果てしなく遠い。

 ボスは集まるプレイヤーを出入口を背に鎧袖一触にしていく。

 誰かが死ねばその分時間が生まれる。それでも立ちはだかる攻撃を掻い潜らねば逃げられないことに変わりはない。

 一か八かに賭けて、誰かが反対側で転移結晶を使ってくれればチャンスになるが、集団心理とは嘆かわしいもので、全員がここに殺到していた。

 

 盾を装備。気休めにはなる。

 エネミーはどうやってターゲットを取っているか? 

 それを調べる実験をしたことがある。検証の結果は彼らもプレイヤーと同じくフォーカスロックを使用しているのではないか、というものだった。もちろん目があれば、だが。

 盾でのガードなどやすやすと貫通してくる。それどころか衝撃でバランスを崩し動けなくなるのが関の山だ。

 迫る戦斧。盾に身を隠して身体を一歩引く。手放した盾だけが砕かれ私は未だ健在。

 視界を制限して動作を読ませない、ちょっとした手品だ。何度も通用するとは思えないが。

 ソードアートオンラインのエネミーは自己学習機能がある。プレイヤーの傾向を理解して、対処手段を学習するのだ。

 二度目はない。残り10メートル。

 

「シュルルルルル……」

 

 嫌な音を聞いた。

 発生するはずの硬直を無視した動き。この状態でもそれを使うかっ!?

 速度は多少上がっただけのようで、あの連続攻撃はバフを一時的に合算してただけなのだということがなんとなくわかる。だがそんなことはもうどうでもいい。

 戦斧か? 一度だけなら避けられる可能性はある。

 全神経を集中。予備動作は見逃せない。

 これは……、ブレスだ……。

 どす黒い悪意の塊が地面へ吐き出された。

 広がる液体に触れた途端、水の中を歩いているかのように空気が重たくなった。

 出入口の丁度前。そこにAGI減少のエリアが設置される。

 もう、誰も逃げられない。

 

 こんなところで死ぬのか?

 ああ……。でもしょうがない……。

 本当は嫌だった。

 ボスの前に立つのも、人間関係を調整するのも、嘘を吐くのも、人を殺すのも……。

 でも必要とされるのが嬉しくて、目を反らしてきた。

 これはきっと報いだ。

 このゲームを私はクリアしたくなかった。できることならずっとこのままが良かった。だからここで終われるのは、もしかしたら幸せなのかもしれない。

 そう考えると、案外悪くない。

 最後まで自分勝手だけど、うん……。しょうがない……。

 

 

 

 背に衝撃を受けて私は倒れる。

 

 

 

 

 

 HPがだんだん減って……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから……。それから…………。


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