レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

13 / 84
13話 ギルド内抗争(7)

「なんや。なんなんやこれはっ!?」

 

 キバオウは怒声と共に執務机の上にあったものを薙ぎ倒す。

 それでも怒りは収まらず、壁を蹴り、机をひっくり返し、調度品を破壊する。

 肩で息をするほどに暴れたキバオウは私の胸倉を掴み上げた。

 

「誰がここまでせい言うたっ!」

「………………」

 

 突き放され、私は床に倒れる。

 割れたグラスの破片が未だ消滅していなくて、手に刺さるが痛みはない。

 破片はほんの数秒で消滅して消える。私の手にはもうなにも刺さっていない。

 ゆっくりと立ち上がった私の顔に衝撃。殴られたのだ。私は再び倒れるがやはり痛みはない。

 圏内ではダメージが発生しないが、そもそもこの世界に痛みはない。

 また殴られるのはなんとなく嫌だと思いながらも、私は立ち上がった。今度は殴られない。ただ怒りに染まったキバオウが私を睨んでいた。

 

「そんなにシンカーの選んだ指揮官が無能やったんか? だったらジブンが音頭執ってればよかったやないか。そんくらいできるやろ! 知らんと思っとんのか!? ワイはなぁあ! こんなに仰山犠牲が出るまで、なにやっとったんやって聞いとるんやボケがっ!」

 

 殴られた。カーペットが熱を奪っていく感触が心地いい。

 

「クククッ……。派手にやったじゃねえか」

「まさか俺たち以上に殺してくるなんてさぁ……。正直嫉妬するなぁ」

 

 この部屋にはあの日のメンバーも揃っている。

 攻略後、私は待っていた幹部一同に結果を報告した。

 攻略隊48人。死者37名。帰還者はたったの9人だった。私以外の生存者は集団転移に成功した者のみ。

 出入口から出られたのは私を除いて誰もいない。

 衝撃的な報告は集まっていた幹部一同を動揺させるのに十分で、その事実を受け止めるために会議は一端保留となった。

 

 私はあの後ボスフロアの外に倒れていた。

 振り向くとそこにあったのはソードスキルを放った後のユウタの姿だった。

 彼は私を攻撃したことでカーソルがオレンジに変わっていた。彼の放ったソードスキル、そのノックバックが私を外へと弾き飛ばしたのだ。

 あのタイミングであれば、ソードスキルで彼が脱出することもできたはずだった。

 私を見つめる彼の表情は最初、やり遂げた後のような満ち足りたものだったが、すぐに恐怖に塗り替わる。涙を流しながら「よかった」とだけ言い残しユウタはボスに殺された。

 扉の外にいる私はなにもできなかった。

 他にも助けを求め、手を伸ばすプレイヤーは殺到してきたがAGI減少空間の中で無力に殺されていった。

 

「あんたももっと嬉しそうにしたらどうだ? シンカー派は二度と立ち直れまい。いや、シンカーという男が立ち直れるかどうかさえわからんな。おめでとう。これであんたの願いは叶う。そうだろう?」

 

 PoHがキバオウの肩を叩いた。

 握りしめていた拳を、キバオウはゆっくりと解いた。

 

「もっとやりようがあったはずや。こんなことになったら、攻略隊の再結成にどれだけ時間がかかると思っとるんや。それまでにDKBが抑えられんのか?」

「まあ、無理だな」

「ならどないせいっちゅうや!」

「そうだな……。俺なら組織を拡大する」

「しばらく攻略はできへん」

「だったら別のスローガンを掲げればいい。例えば、治安維持だ。今の組織規模と黒鉄宮のゾーンを保有しているメリットを考えれば他の組織じゃできないことだろう?」

 

 PoHの囁きをキバオウは真剣に吟味し始める。

 彼の沸騰しかけた頭も徐々に冷めてきているようだ。

 2人が真面目に議論を酌み交わす間、ジョニーの差し出された手を取ってソファの背もたれに寄りかかる。

 

「なあなあ。どんなトリック使ったんだよ。攻略組を38人も殺すなんてさ」

「普通に死んだんすよ。ボスが強かっただけっす」

「マジで?」

「見事に私もボロボロっす」

「じゃあ、あいつらが単に弱かったってだけじゃん。ギャハハハハッ! 普段あんなに偉そうにしてた癖に、笑えるんだけど。あ、エリにゃんは別ねぇ。あいつらと違ってちゃんと生きて帰ってこれたんだし」

「お前が、もしかすれば、俺の求める、強者、なのかもな」

「嫌っすよ。戦わないっす。装備も無事じゃないんすから。帰って寝かせてくださいっす」

「残念、だ……」

 

 装備の破損は酷く、今日明日に元の状態に戻ることは無理だというのは火を見るより明らかだ。特に盾。ストーンファングこそ『所有アイテム完全オブジェクト化』のコマンドで回収できたが、ふんだんに貴重素材を消費して作り上げた盾は破壊されている。防具の方は修繕すればまた使えるようになるから大丈夫だが……。

 ああ、そうじゃない……。そうじゃないんだ……。

 もっと別にやることがあるだろう、私。

 これだけ死んだんだ。葬儀とかも開かれる。私の知り合いも沢山死んだ。となればスピーチの原稿を用意しないと……。いや、だから、違う……。

 違うんだ。私は悲しい……。悲しいはずだ……。

 だったら泣くべきだ。そしてもう戦えないと地べたを這って懇願するべきなんだ。

 それをすることにどれだけメリットがある? 生産職に鞍替えか? それは無理だろう。私はもう戦闘職以外できない。なら管理職はどうだ。シンカーの席をキバオウが手に入れるなら、キバオウの席が空くのではないか?

 違う。メリットとかそういうことではない……。

 ならどうするべきか?

 

「最初からわかっていた事だろう? なら想定を上回ったくらいで慌てるな」

 

 PoHがキバオウに向けた言葉がやけに耳に残った。

 そう。私はわかっていたはずだ。

 誰かが死ななければシンカーを追いやるほどの失敗にはならない。それも1人や2人ではない、沢山の犠牲が必要だった。

 なら上手くやれたのではないか?

 そう私は上手くやれたのだ。上出来だ。これは失敗ではない。

 ならなんでこんなに苦しいのだろう? 苦しくてもやらなければならないことは世界には沢山あるのだ。これは、そういうものだったというだけの話。

 

「駄目だぜザザ。そいつは駄目だぁ」

「なぜ、だ?」

「エリにゃんを殺すのは俺だから」

「ほう。お前に、できるのか?」

「当り前じゃん」

「なら、そのときは、オレが、おまえを、殺そう。勝ったおまえが、強者、だからな」

「いいねそういうの。俺は好きよ」

「やめてくださいっすよ。私は嫌っす」

「えー。ノリ悪いなぁ」

「あんたらのは冗談じゃないっすからね」

「そりゃもちろん」

 

 私じゃなくて、この2人がPoHあたりを殺してくれれば……。ああ、駄目か。その次に狙われるのは私だ。

 そもそもこの2人では返り討ちにされる未来しか思い浮かばない。

 レベルや装備こそ下のPoHだが、こと殺人においてソードアートオンラインで右に出る者などいないだろう。いたらこの世界はもっと酷いことになっているはずだ。

 きっと彼の現実での職業はテロリストだ。占い師とか詐欺師なんてやってるわけがない。

 

「決まりや。その方向で行く……」

 

 どうやら話はまとまったようだ。

 細かいところは徐々に詰めていくのだろが。

 少なくとも今回の件が無駄にならずに済むならそれにこしたことはない。これで全部無意味だったら死んだ彼らも報われまい。

 いや、どちらにしろ報われないか……。

 

「エリ、さっきは悪かった。すまんっ!」

 

 頭が冷えたのかキバオウが私に向かって土下座をした。

 

「ワイも気が動転しとった。女の子殴るなんてどうかしてたんや。本当にすまんかった!」

「いいっすよ」

 

 ビックリはしたが、それだけだ。HPが減ったわけでもない。

 

「痛くなかったか? 跡は……。せやったな、ここはゲームの中や」

「そうっすよ。殴っても跡も残らなければ、痛くもないんす。だから気にしなくていいっす」

「そうか……。でも殴られてええ気もせんやろ。だからホンマ、すまんかったな。謝っても言葉だけじゃ納得できへんやろ……」

「いや別に……」

「せや。代わりにワイを殴ってくれ!」

「わかったっす」

「えっ?」

「え?」

「いや。男に二言はない。思う存分やってくれ!」

「フンッ!」

 

 どうせ痛くはないのだ。

 だから私はキバオウを思い切り殴った。錐揉み回転をして倒れるキバオウが起き上がると、もう一度殴った。マウントを取ってそれから何度も殴った。

 ジョニーの持て囃す声は鬱陶しかったが、ちょっとだけ心がすっとした。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 あれから1週間。

 信じられないことにフロアボスは攻略された。

 攻略したのはDKBではない。

 そのメンバーの大半は大規模ギルドに所属していないプレイヤーだったそうだ。

 だったそうだ――というのは私は参加しなかったからだ。

 参加の要請は四方から来ていた。

 

 まずはキリト。お前以上のタンクはいない。一緒に戦えるなら心強いと言われたが断った。

 次に結城さん。彼女はあまり熱心には頼んでこなかった。嫌そうな反応を返すと、その日は噛みついてくることなくしげしげと帰った。

 あとはDKBから何人か。情報を共有したい。ロストした装備の回収に協力もできる。一番まっとうな提案だった。私は情報の提供と引き換えにいくつかの装備の回収を依頼した。依頼したのは主に武器の回収だ。武器は持ち主の魂とは言わないが象徴するものではある。それらを墓標に捧げたり、墓碑として飾るのがこの世界での通例だ。彼らの手に渡るくらいならせめてと思うのは私の身勝手だろうか?

 

 最後に、ヒースクリフという男がやってきた。

 ユウタと一緒にフィールドを探索した思い出の階層へ足を運んでいたときに、彼は突然やってきた。

 知人の伝手を借りて居場所を知ったのだと、彼は言っていた。

 

「今回のことは残念に思う。勇敢な戦士が多く失われた」

 

 学者のような削いだように尖った顔立ち。アイテムで染めたのだと思われる鉄灰色の長髪を、オールバックにして後ろ手に結んでいる。年齢は20台後半から30台前半くらいだろうか。

 装備は赤色の全身甲冑で縁だけが銀色。剣と盾も同じようなカラーリングで、それぞれに十字の意匠が施されている。おそらくタンク。レベルのほどはわからない。ただ恐ろしく強いだろう。

 レベル、装備、スキル。いずれが強いかはわからない。もしかすればプレイヤースキルが高いということもあり得る。

 どこが強いのかわからないが、そのプレイヤーが強いかどうかは最近なんとなくわかるようになってきた。

 たぶん目だ。目が違う。こんな目をしたプレイヤーは見たことがない。

 彼の目には哀れみがない。死んでいったプレイヤーを誇りとさえ思っているのではないだろうか?

 彼の言葉は社交辞令が染みついていた。DKBのメンバーでさえ敵対関係にあるMTDのプレイヤーの死には悲しんでいたというのにだ。

 

「君から情報を提供されたと聞いてね。会いたくなった」

「ああ……。攻略組をかき集めてるのはあんたっすか」

「そうだ。知っていただろう?」

 

 暗にそれくらい知っていなければ話はないと言いたげな態度だった。

 

「単刀直入に言おう。君にも今回の攻略、参加してもらいたい」

「嫌っす」

「そうか……。残念だ」

「タンクが足りないんすか?」

 

 言葉裏に、その装備は飾りじゃないんだろう? という意味を乗せる。

 

「それは私が受け持つ。実はアタッカーが足りない」

「はっ?」

 

 なにを言っているんだこいつは?

 サブタンクが欲しいというならわかる。だがアタッカーが足りてないとは意味がわからない。

 

「私の話は聞いてないんすか?」

 

 私がタンクなのを知らないのか。ボスの強さを知らないのか。言いたいのはその両方だった。

 

「聞いているとも。それを踏まえての答えだ。君はアタッカーに向いている」

「無理っすよ。構成は完全にタンクっす」

「盾を持っているからといってアタッカーになれないということはない。君には才能がある」

「そんなものはないっす!」

「………………」

 

 つい声を荒げてしまい、空気が重くなる。

 

「気に障ったのなら申し訳ない。だが攻略組が反応できないほどのスピードを持つ敵に、単身で耐え続けるその反応速度は驚異的だ。君なら乱戦の中でさえ攻撃を当て続けるのも可能だと思ったんだがね」

「……まるで見てきたような言いかたっすね」

「客観的事実だ」

 

 アタッカーへの転向は簡単ではない。簡単ではないがあの速度のボス相手に張り付けるアタッカーが数えるほどしかいないのも理解している。

 ソードアートオンラインはヒーラーや遠距離アタッカーがない分、ポジションはシンプルだ。タンクかアタッカー。これをもう少し詳細に分けてサブタンクかメインタンク。サブアタッカーかメインアタッカーとなる。メインアタッカーはシンプルにダメージを叩き出すだけだが、サブアタッカーは他に何をするかで多種多様に役割が分かれるので割愛する。

 古今東西MMOではアタッカーが人気でタンクやヒーラーは不人気だ。

 どれだけタンクが強かろうと、自然とそうなる。

 だから攻略組と言えどタンクはわずか。悪い言い方をすればアタッカーなら吐いて捨てるほどいる。ただし玉石混交だ。

 ギミックが判明した今、あのときよりはバフのスタック数は減り、スピードも遅くなるだろう。それでも最終段階の能力を解放したフロアボスに追随できるのは一部の別格なプレイヤーだけだ。

 

「手を貸して欲しい。私は25層を攻略した暁には新たなギルドを設立する。大規模ギルドにも負けない、完全な戦闘集団のギルドをだ」

「どうぞご勝手に」

「君もそこに加わってはくれないか?」

「無理っす。私の居場所はここっすから」

 

 正しくはここから逃げ出すことはできない、だ。

 庇護を無くせばPoHの指揮するレッドに1日とかからず処刑されるだろうし、キバオウがこれまでやってきた悪事を露見しようものなら私も一緒に捕まるだけだ。

 彼に協力できるとすればそれはスパイとして潜り込むときくらいだろう。

 

決闘(デュエル)だ。デュエルで決めないかね?」

「どうしてそうなるんすか……」

「私の強さを証明する。もし私が負けたのなら君の軍門に降ろう。だが私が勝てば……。どうかね?」

 

 こいつは自分の実力に絶対の自信があるのだろう。

 剣で切り開けない道はないと思っている馬鹿か。それとも……。

 

『ヒースクリフ から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

 YESとNOのボタンが表示される。

 私は迷わず――、

 

「嫌っすよ」

 

 NOを押した。

 

「……………………」

「私、傷心中なんすよ? それを突然やってきてデュエルだ! じゃないっすよまったく。馬鹿なんすか? 馬鹿なんすね! 腹立ってきたっす……」

「それは、すまない……」

「帰るっす」

「……気が変わったら連絡して欲しい。いつでも君を歓迎しよう。この剣と盾で」

 

 今度はデュエルの申請ではなくフレンド申請。

 新参だからコネクションを広げに来たのだろうか。悪くない考えだ。私もフレンド欄を1つ埋めるだけで交友を広げられるなら悪い話じゃない。

 YESを押すとフレンド欄に新しい名前が登録される。登録数はそろそろ限界だ。私のフレンドリストは灰色が目立つ。その数もだいぶ増えてしまった。

 ヒースクリフはそれ以上デュエルを積極的に申し込むこともなく去っていった。

 

 25層の攻略は後日行われた。

 開始日時が事前に送られてきたが、私は終ぞ行くことはなかった。

 フロアボスが討伐されたのはその日の正午過ぎ。

 ヒースクリフはHPを一度もイエローゾーンに突入させることなく勝利に導いたという記事が出回った。

 その強さの秘密は『神聖剣』なるユニークスキルのおかげだったとか。




ヒースクリフ「デュエルだ。おいデュエルしろよ!」

 デュエリストと化したヒースクリフ団長。
 そんな彼に舞台裏で倒される、巨人(ジャイアント)どころか2体(デュアル)でもない名前詐欺のフロアボス。
 25層、ギルド内抗争もここまで。
 次回からは赤鼻のトナカイにあたる話がスタートです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。