レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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19話 月夜に残る黒猫(6)

 時計を見ると20分くらい戦っていたようだ。

 プレイヤーが2人で戦うには、流石にフラグボスのHPは多かった。

 だがそれだけだ。俺たちのHPはイエローゾーンにたびたび突入したが然したる危機もないまま勝利してしまった。

 駆け付けたクラインたち風林火山のメンバーも、押されているわけでもないのに参戦するのは気が咎めたらしく、観戦に徹してくれた。

 MMOでは横殴り――他人が戦ってるモンスターを攻撃して経験値やドロップアイテムを奪う行為――はマナー違反とされている。さっきのボス戦もそのレベルの敵に見えていたというわけだ。

 

 俺1人だと、厳しかっただろう。そういう場面には何度か遭遇した。

 しかし勝てなかったとは言わない。可能性としてはありえた。

 だがエリと共に戦った結果は圧勝だった。それがすべてだ。

 現在攻略組のメインタンクとして武勇を馳せているのはヒースクリフだ。あいつが最強なのは間違いない。スキルや装備は言うに及ばず、プレイヤースキルも十分高い。

 だがエリがもし神聖剣のスキルを持っていれば、ヒースクリフより強かったという思いが俺の中にはあった。

 それだけ彼女が今見せた技量は高かったのだ。

 

「エリ……」

 

 助かった。ありがとう。そんな言葉がどうしても言えなかった。

 なぜならラストアタックを取ったのはアタッカーの俺ではなく、攻撃を割り込んだエリだったからだ。ニコラスを撃破した際に得た膨大なコルとレアアイテムの中に、蘇生アイテムはなかった。

 もしも存在するのならそれはエリのアイテムストレージということになる。だが彼女が否定してしまえば、それを確かめる術はまともな手段では存在しない。

 戦闘が終わったというのに、俺は剣から手が離れなかった。

 

「……あったっすよ。蘇生アイテム」

「なっ!?」

「ほら」

 

 投げつけられた結晶アイテムに俺は飛びついた。

 他の結晶アイテムと変わらない大きさのそれを拾い上げて、ヘルプから効果を確認する。

 

「キリト……」

 

 似合わない真剣な声色で話しかけてくるクラインに俺は首を振った。

 ――たしかにこのアイテム、『還魂の聖晶石』は蘇生アイテムだった。だがその効果はHPが0になってからエフェクトが消えるまでのおよそ10秒しか効果がないと、そう取って付けたような言葉が文末に加えられていた。

 最初に想像していた通り、デスゲームになる前に作られたデータがそのまま残っていただけのアイテムなのだろう。

 

「そうか……。なんて言ったらいいかわかんねえけどよ……。俺は、俺は……」

「いいんだクライン。わかっていたことさ。迷惑かけたな」

 

 意外なことに俺は冷静だった。覚悟はずっとしていた。これまで半年、受け入れられたとは到底思えないが、彼らが死んだことを忘れたことは一時もなかったから……。

 彼らが生き返ったなら、逆にそのことを受け入れられなかったかもしれない。

 俺は立ち上がり、エリに蘇生アイテムを返却しようとした。

 

「あげるっす」

「いや。流石にこんなレアアイテム受け取れない」

「あげるっすよ」

「だけど――」

「あげるって言ってるじゃないっすか!」

「………………」

 

 情緒の不安定なエリは怒声を上げると、しまったという表情をして顔を逸らした。

 

「エリ……」

「……キリト、俺たちはもう帰る。こんな時間なんだ。いくら強えからって女の子を1人で帰すなよ」

 

 クラインが「撤収、ほら帰れ帰れ!」と号令をかけると、風林火山のメンバーはエリアの端に到達して姿を消した。

 俺とエリが、樅の木の下に取り残される。

 

「ごめんっす。他にいいドロップアイテムが手に入ったから、それはあげるっすよ。どうしても受け取れないって言うなら、私が目の前で死んだとき使うってことにして受け取ってほしいっす」

「わかった。約束するよ」

 

 このアイテムは、このゲームでは未だ見たことのない他人を遠距離から回復できるアイテムだ。自分で持ってるよりも別の誰かに持たせておいた方が役に立つ――かもしれない。

 

「さっき言ったのは……。本気だったのか?」

「どれのことっすかね」

「死ぬにはいい日、だっけか」

「ああ……。It's a good day to die.こんな良い日には死ぬわけにはいかないって意味っすよ」

「……嘘だろ。そのくらいはわかってるつもりだ」

「………………」

 

 あんな表情をしていたのに、死ぬわけにはいかないなんて意味で言ってたとは俄かに信じられない。

 あの顔を見たときは死ぬつもりなのかと思った。でもエリは直後に完璧な動きでニコラスの攻撃へ応じて見せた。

 もしかしたら死にたかったけど、怖くなって止めた、とかだろうか。

 エリに本当で死ぬつもりなら、まどろっこしい手なんて使わず外延部から身を投げていたと思う。

 だからそう。俺の思い違いでなければ止めて欲しかったんじゃないだろうか。

 

「嘘だとわかってても素直に騙されるのがいい男の条件っすよ」

「俺がいい男じゃないのは自分がよくわかってるさ」

 

 もしそうなら俺はサチを失っていないはずだ。自己嫌悪には自信がある。

 

「そんな俺でよければ相談に乗るよ」

「いいっすよ……」

「リズのところには最近行ってないんだろ。どうしたんだよ?」

「キリっちはほとんど毎日行ってるらしいっすね」

「まあな……。たまには顔出せって言ってたよ」

「考えておくっす」

 

 色よい返事ではない。たぶんこの調子だと行かない気がする。

 伝言を伝えるだけで終了とならないのは、クエストと違って大変だ……。

 

「色々聞きたそうな顔っすね……」

「そうだな……。聞きたいことは山ほどあるよ。でもどれから聞いたらいいかわかんなくてさ。聞いてもいいことなのか、それとも聞いてほしくないことなのかとか考えると余計にな……」

 

 エリは木の幹を背にしてずるずると身体を落とし、雪の上に両膝を抱えて座った。

 俺も彼女に倣ってその隣に座ると、アイテムストレージからハウンド・ハウルのボトルを取り出して口をつけるとアルコールらしき感覚が身体を駆け巡り、寒さが遠のいた。

 大人はこういうとき、酔いの勢いなんかで乗り切れるのだろうか? もしそうなら、本物の酒が今すぐ欲しかった。

 

「なに飲んでるんすか?」

「ウイスキー、らしい」

「らしいって……」

「仕方ないだろ。本物は飲んだことがないんだから」

「ちょっと渡すっすよ」

「ほら」

 

 ボトルの中身はだいぶ減っていて軽くなっていた。それを受け取ったエリはちびちびと黄金色の液体を口に含み、少し考えるような仕草をする。

 

「たしかにウィスキーっすね」

「飲んだことあるのかよ」

「ちょっとだけっすけどね」

 

 アスナの話から推測するにエリは俺と同い年か1つ上くらいのはずだが。まあそのくらいのやんちゃは誰だってするか……。

 

「このウィスキーに免じて、1度だけ嘘偽りなく質問に答えてあげるっすよ」

 

 エリはボトルを俺には返さず、勝手に中身を飲み続けた。

 ……情報の代金としては安いものだ。別にいいさ。

 俺はなにを聞くか吟味した。

 サチのことを重荷に思ってるのか? リズのところにはどうして行かなくなったんだ? アスナといったいなにがあったんだ? ALFにいるのは辛くないか?

 どれもが重要な問いに思える。

 俺はどうしたいのだろう?

 リズのところに戻ってほしい。寂し気にしているリズを見るのは心苦しいから。

 アスナと仲直りをしてほしい。2人が言い争う姿は見たくないから。

 ALFに攻略ギルドの一員として輪に加わってほしい。そうすれば攻略はもっとスムーズに進むから。

 どれも俺の自分勝手な願いだ。それじゃあ駄目なんだ。

 サチ……。君ならどうしたんだろう? エリと仲のよかったサチなら、俺なんかよりよっぽどエリのためになにかしてやれたんじゃないかと思う。でもサチはいない。俺のせいでサチは死んだんだから。

 

「どうして、ここに独りで来たんだ?」

「……そんな質問でいいんすか? もっと他に、色々あるじゃないっすか」

「これでいいよ」

 

 俺は問いを決めた。俺のためじゃなく、少しでもエリのためになる質問を選んだつもりだ。それが正しかったかはわからない。

 

「もっと不味いことを聞かれると思ってたのに……。よりにもよってそれっすか……」

 

 エリは頭を抱え出す。どうやら想定してなかった質問らしい。

 

「本当にそれでいいんすね? 他の質問には答えないっすよ」

「いいんだこれで」

「はぁー……。ちょっと待つっす」

 

 ボトルを一気に飲み干して、エリは咽た。

 顔が赤くなっているが酔うなんてことはないはずだ。ただ、世には雰囲気酔いというものがあるらしい。アルコール成分の入っていないノンアルコールカクテルでも酔う人間はごく少数だがいると聞いたことがある。

 この仮想世界で思い込みというのは実に厄介で、かなりの現実感がある。

 一定以上の痛覚はブロックされているはずなのに、モンスターの攻撃には痛みを覚えるし、人によってはそれで気絶することさえある。俺だって戦闘中の過度な運動で息を切らすなんてザラだが、それはシステムに支配された呼吸の乱れではない。

 

「本当に本当にそれでいいんすね?」

「駄目な質問だったか?」

「……駄目じゃないっすけど。その、凄く言い難いっていうかっすね……」

 

 エリからはずっとあった張りつめた空気がなくなっていた。

 かつてリズやサチと一緒にいた頃の表情に近い。エリのこんな顔が見れるのなら、この質問をした価値が俺にも十分あった。

 

「あーもうっ言うっすよ! 私は代金受け取った交渉で嘘は言わないっす! ただ、笑わないでほしいっす……」

「わかった」

「そのっすね……。さ、寂しかった……んすよ……」

「……えーっと?」

 

 予想外の答えで俺は思わず聞き返していた。

 いや。予想外だったが、考えてしかるべき答えだった。エリが誰かと仲良くしている光景を俺はしばらく見ていない。俺はずっと最前線に篭っているため、そこでしか顔を合わせないからというのもあるが、それにしても限度がある。

 

「そうっすよ! 寂しかったんす! だからさっきはあんなこと言って気を引こうとかしたんすよ! 1人で来たのも、ALFのメンバーがいる前じゃ甘えられないからっすよ! クリスマスだからって皆で楽しそうにして……。私だってパーティーには誘われたっすよ。でもそういうのじゃないんすよ! もっと気楽な集まりがしたかったんす!」

 

 エリは顔を真っ赤にして肩で息をしていた。戦闘中でも息ひとつ切らさない彼女にしては珍しいことだった。きっと彼女にとってはニコラスやフロアボスなんかよりも、こうした戦いの方がよっぽど苦手なんだろう。

 俺も正直苦手だ。モンスターとの戦いは命掛けではあるが、レベルや装備を積み重ね、情報収集を怠らなければだいぶ楽になる。だがこういう戦いの必勝法なんて俺は知らないし、効率の良い経験値の入手方法も、武器や防具がどこで売ってるかも知らない。

 だから今、俺がエリになにをしてやるべきなのか、まるでわからない。

 

「とんだ羞恥プレイっす! なんてこと言わせるんすか、この馬鹿ぁ!」

 

 空になったボトルを投げつけられたが、俺は寸前のところで回避する。

 おいおい。当たってたらエリのカーソルがオレンジになるところだったぞ……。

 

「…………面倒くさいやつでごめんなさい」

 

 ハッと我に返ったエリは膝と体の間に頭を埋めて、顔を隠した。

 俺の見間違いでなければその横顔は――泣いているかのようだった。

 こんな光景を俺はどこかで見たことがある……。

 

 エリが月夜の黒猫団と会う前のことだ。サチが突然宿屋から消えたことがあった。

 迷宮区を探しに行ったケイタたちを余所に、俺は彼らに隠していた偵察スキルの派生Modにあたる『追跡』で彼女を見つけた。

 サチは俺に「なにもかもから逃げたい」と言った。

 「死ぬのが怖い」「どうしてこんな目に合わなければいけないのか」。彼女の苦悩を俺は薄っぺらな嘘で誤魔化した。

 

 いいや。もっと前だ……。

 月夜の黒猫団と俺が出会うより以前。第1層が攻略される前まで、俺はエリとパーティーを組んでいた。解散の切っ掛けになったのはアスナだった。

 あの日も雪が降っていて、エリは丁度こんな表情をしていた。

 当時の俺は、踏み入ってはいけないのだと自分に言い訳をして、エリの促すまま彼女の元を離れた。

 

 あれは間違いだったと、今なら言える。

 もし彼女とパーティーを組み続けていれば……。どうなったのだろうか。

 エリが月夜の黒猫団に所属して彼らは死なずに済んだ? それとも俺がALFに所属していたのだろうか。もしそうだとしても月夜の黒猫団は壊滅しないで済んだだろう。

 どちらにしろ分水嶺はとうに過ぎている。

 それになにより。泣いている女の子に目を背けて、見なかったフリをするのは間違いだ。あの頃から俺は最低な人間だった。

 

「……膝枕、するか?」

「……なに言ってるっすか」

「リズによくしてもらってたろ? 甘えたいっていうなら、まあ……。嫌なじゃければだけどさ」

 

 たぶん俺の顔は火を噴きそうなくらい赤くなっている。

 でも負けられない。逃げては駄目なんだ。勇気を持てなかった俺は、取り返しのつかない失敗したのだから。

 

「……………………」

 

 エリは無言で俺の隣まで近づき、俺も無言で膝を開ける。

 

「重くてごめんなさい」

「フルプレートなんて着てれば当然だ」

「うっ……」

 

 膝には頭しか乗っていないので、重量など大してかからない。

 だからこれは俺なりの照れ隠しだった訳なのだが、エリはいそいそと起き上がって武装を解除してから、再び頭を乗せた。

 

「……あったかいっすね」

 

 触れ合った箇所で互いの熱が溶け合う。

 寂しい、か……。

 俺も日々その感情に支配されている。クラインが馬鹿みたいに話かけてきて、たまにリズやアスナとお茶をして、そんな生活をしているのになにを言うんだと思われるかもしれないが。

 だが毎日、誰もいないギルドハウスへ帰ると、途端に寂しくなるのだ。

 もしもあんなことがなければ、ケイタたちと一緒にここへ帰ってその日の成果に一喜一憂していたのではないかという思いに胸が締め付けられる。

 最前線でたった独り月夜の黒猫団の名前を背負って戦うとき。ギルドの紋章を施したコートに袖を通すたび。サチの剣に手を合わせていると。なんで俺だけが生き残ってしまったのかという苦悩に押し潰されそうになる。ケイタと同じように、死を選べばよかったと何度も思った。

 でも俺には彼らを死なせてしまった責任がある。ケイタの願った攻略組として戦う使命は、俺一人になったとしても成し遂げなければならない。

 それはわかっている。わかっているけど、辛いんだ。

 彼らを忘れて生きていくなんてできない。だがせめて、寂しさだけでいいから埋めてしまいたかった。

 

 今日だけはこの温もりに浸ることを許してほしい。

 そうすれば、またいつものように月夜の黒猫団として戦えるから……。だから……。

 俺は温もりを求めて手を伸ばし、彼女の髪を優しく梳いた。

 エリは少しくすぐったそうに目を細めるが抵抗はしなかった。義妹の直葉にも、幼いころにこうして頭を撫でてやっていた記憶が蘇る。

 俺はしばらくそうやってエリの体温を感じていた。

 

 どれだけそうしていたかはわからない。時計を確認することもなかった。俺はそれだけ飢えていたのだろう。そしてそれはエリも同じだった。

 ここには誰も来ない。もしかすれば俺たちの渇きは癒されず、延々とこうしているかもしれないとさえ思った。

 

「あー……。これ以上は駄目っす」

 

 終わりを告げたのはエリからだった。

 彼女は立ち上がると、服についた雪を軽く払う。

 

「これ以上こうしてると冗談で済まなくなるっすから……」

 

 はにかむようにエリは笑う。彼女の頬からはまだ赤みが引けていない。しかし防具をメニューウィンドから装備すればもう元通りだ。

 ALFの隊長で、俺が知る中で2番目に強い盾使い。飄々としていて腹の内を探らせない、俺の知っているエリだ。

 

「ああ、それと。キリっちに会いに来たのは恋愛感情とかそういうんじゃないっすからね」

「お、おう……」

「そんなことしたら、それこそ二度とリズに顔、合わせられなくなるっす」

「だったら会いに行ってやれよ」

「う、うっさいっすね。そんなこと言うならここで寝取ってやるっすよ!」

 

 彼女はまだ、どこか抜けたままだった。いいや、これもエリの一面なのだろう。今までの俺はエリの強い部分しか見えていなかった。でも人は強いだけじゃない。強いままに生きていくのは難しい。

 

「いや、えー……。俺に言うなよ」

「押し倒すっすよ」

「や、やめてくれ」

 

 ちょっとドキッとした。

 

「冗談っす」

 

 エリは悪戯が成功したことに、満足気に笑う。

 そういう冗談は勘弁してほしい。などと言ったら余計に揶揄われるので、言わないのが吉だ。

 

「今日の事は2人だけの内緒っすよ」

「ああ」

 

 俺だってこんなこと、人に話せないしな。

 

「それと内緒ついでに内密な話、というかお願いっすね」

 

 ガラリとエリは纏う雰囲気を変えた。攻略会議のときのような、あるいはそれ以上に真剣な表情だ。

 

「なにも聞かず、年末年始はリズのところで彼女の周りに注意してほしいっす。この情報は誰にも話さないのはもちろん、調べたりもしないように」

「リズが誰かに狙われてるのか?」

「聞くなって言ったじゃないっすか……」

「ごめん。だけどそれくらいは知らないと俺だって動けないだろ」

「そうっすね。確かに説明不足でした。でも、それの答えはわからないっす。可能性としてはありえるくらいの話っすけど、調べた結果リズに火の粉が降りかかるなんて目も当てられないっすから。だからキリっちにも調べないよう注意してほしいっす。例え馴染みの情報屋でも、KoBの副団長であるアスナさんでも、絶対に話さないでほしいっす」

 

 どこから情報が洩れるかわからない。そういうことか。

 どれだけ重い事態が水面下で動いているというのか……。治安維持部隊の隊長でもあるエリがそこまで言う事態なのだ。ただ事ではない。

 

「わかった、約束する。でもそれならなおさらリズに会いに行ってやれよ。エリ自身の手で守った方が安心できるだろ?」

「……逆っすよ。だからこそ会えないんす」

 

 ALFでも信用できないのか? 情報が少なすぎてどれだけ警戒したらいいかわからないな……。これじゃあ助けも求められない。

 なるほど。そんな状況じゃリズに会えないはずだ。

 そんな中俺だけは信用してくれたってわけか。それは責任重大だ。

 

「全部が解決したら、リズの店に来てくれるか?」

「……考えておくっすよ」

 

 最初と同じ回答だったが、今の俺には本当に考えてくれているように思えた。

 

「迷惑、かけたっすね」

「俺の膝で済むなら安いもんだよ。なんならまた貸すぜ」

「癖になったら不味いっすから、遠慮するっすよ」

「そうか……」

「させてほしかったっすか?」

「いいや。俺も癖になったら不味いからな」

「…………ん。そうっすか」

 

 エリはアイテムストレージから転移結晶を取り出し手の中で転がして遊ぶ。

 少しだけ、この時間が名残惜しかった。

 

「……それじゃ、おやすみっす。転移、はじまりの街。――ハッピークリスマス、キリっち」

「ハッピークリスマス」

 

 エリの姿は転移のエフェクトに包まれて消えた。

 俺は生憎徒歩だ。転移結晶は高価だから、そう簡単には使えない。

 そういえばクラインにはエリを送って行けとか言われてたな……。まあこの場合は仕方ないだろ。

 

「サチ……。やっぱり会えなかったな……」

 

 独白は雪に溶けて消える。

 来た道を俺は月に照らされながら歩いた。

 静まり返った森のどこかで、猫の鳴き声が聞こえた気がした。




 プレゼントは強請るもの。

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