ホルンの村でのレベル上げは順調ではないが計画通り進んだ。
時間にしておよそ9時間。本来のゲームバランスではありえない程の時間がかかったものの私たちのレベルには4という数字が刻まれた。
普通のゲームであれば考えられないスピードだ。
βテストでもさんざん言われていたが、ソードアートオンラインは現実を準拠し過ぎていた。1日の時間は24時間で、つまり朝にのみ発生するイベントを行うためには朝にログインしなければならない。学生であってもそのようなプレイスタイルはほぼ不可能だ。加えてフィールドの広大さに手を焼かされる。なにせ実際に直径数キロサイズのエリアは徒歩で移動するだけでもかなりの時間を要する。まっとうなプレイヤーは移動するだけでほとんどの時間を費やしてしまうだろう。転移できるアイテムは高額で、無料で転移できる転移門は階層毎に1か所のみときた。オープンフィールドは広いほどいいと言い出したやつは死ぬべきだ。あるいは日本を徒歩で横断してこい。
現在私たちを苦しめていたのはレベルの上がりにくさという問題だ。
1日もかけずに4レベルに到達できたと喜ぶべきだろうか?
しかし3レベルまではチュートリアルと言うべきもので、ソードアートオンラインの中では比較的早くレベルが上がる。私たちはそこからようやく1上げた程度でしかない。
これより先は10時間くらいかけて1上がるか上がらないか程度だった。さらに1レベル上がるまでの時間は現在レベルに比例してに長くなっていく。
9時間といえば短いRPGゲームが1本終わるくらいの時間だ。ゲーム1本分でようやくチュートリアルが終わるかどうかという状態である。
そしてレベルアップというチュートリアルが終われば、ようやくクエストなどが行える。しかしスキルスロットは10レベル毎でしか増えないためスキル取得というチュートリアルはまだまだ先である。
「朝日が眩しいっす……」
「だが、俺たちはやり遂げた。そうだろう?」
「目に染みるっす」
タマさんの格好とか諸々が。
私たちが獲物にしていたのは最弱エネミーとも言われるフレンジ―ボア。攻撃されない限り襲ってこない友好的なエネミーで、攻撃方法も突進オンリーという初心者仕様である。
長時間の狩りに必要なのは安定感だ。特にHPが0になればそれが現実の死に直結するとなれば安全はすべてにおいて優先される。
経験値効率で言えばもっとよいところがあるが、集中力を必要とせずに倒せるという点では圧倒的だ。
だがこれ以上ここでレベル上げをするとなると、今度は流入してくるプレイヤーと狩場の奪い合いが発生する。しかもこのペースであれば次のレベルまでは10時間くらいかかる。ここまで稼いだアドバンテージが水泡に帰すほどの時間だ。
「仮眠を取って、それからクエストを受けよう」
「それより先に防具の方もなんとかしろっす」
「そうだね。やっぱり動きにくいし、防御面積が小さいから買い替えるべきかな」
ドロップ品を売りさばけばそれなりの金額にはなる。仮眠の前に装備をなんとかしなければ寝苦しくてたまらないので先に防具屋へ行くことにしたのだが、結論から言えば買い直す必要はタマさん以外なかった。
そもそも装備毎にサイズなどという数値があるわけがなかったのだ。
そんなことになれば鎧などの防具は体にフィットするサイズが手に入るまで厳選しなければならないということになる。
装備を試着してから元の装備を着直したところ、体形に合わせて装備のサイズも変更された。つまり装備のサイズが不一致だったのはバグだったのだ。
おい運営、補填アイテム寄越せよ。
ただ男女兼用ではないためタマさんだけは買い直す羽目になり、それから私たちはポーションなんかの消耗品を道具屋で購入した後、あらかじめ
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目が覚めると埃っぽい空気に顔をしかめる。
そろそろ掃除しなくてはと思いつつもパソコンの電源を付けようと起き上がり、そこで私はここがソードアートオンラインの中であることを思い出した。
現実と同じ
そういえば徹夜で疲れてたとはいえ、男性たちの中で眠るのはいささか無防備だったかと思ったが、ここはゲームの中。どんな間違いが起こるというのか。加えてこの容姿だ。よほど思い詰めなければそんな気も起きないだろう。
「もう無理。働きたくないんだな……」
「クククッ、フハハハハハハハ……」
「可愛いは正義……」
「ほら、いいかげん起きるっす。もう昼っすよ」
肌寒い冬の空気に包まれデスゲーム2日目を私たちは迎えた。
空腹はステータスにペナルティーを受けるため、規則正しい食生活がゲームの中だというのに求められる。
しかしこの村で購入できた黒パンは硬く、スープに浸さなければ食べれたものではない。中世風の世界観とはいえ、こんなところまで再現しなくてもいいだろうに。
典型的失敗例をいくつも抱えたまま発売されたソードアートオンラインは、今にして思えば不自然の塊だが、これが1つの世界を作るという壮大な計画であるという視点で見れば正しい姿だったのかもしれない。
さっさと美味しくもない昼食データを処理して、村の奥にある一軒家へ向かった。
そこに住むNPCが私たちの求める『森の秘薬クエスト』の開始条件キャラクターだ。
彼女から娘が重病にかかりそれを治すには西の森に生息する捕食植物の胚珠からとれる薬を飲ませるしかない。もし娘を救ってくれたなら先祖伝来の長剣を差し上げる、という話を長々と聞かなければならないというのはどう考えても無駄では? と思いつつも会話スキップ機能がないためオート朗読が終わるまでどうあがこうと辛抱強く待たなければならない。
ちなみに先祖伝来の長剣とはいうものの、再度受注可能なクエストなのでこの家からは何本もその長剣が出てくる。ゲームならではの矛盾であるが、これが先着1プレイヤーのみだったらこのゲームのクエストなどあっという間に絶滅するだろう。ここばかりは茅場でさえ断念してくれたというわけだ。
「そうか……。ふむ……。俺に任せておけ。フフフッ、その程度造作もないことよ」
NPC相手に得意げに相槌を打つ抜刀斎。こいつは人生楽しんでるな。
「じゃあ今のうちに陣形でも確認しておこうか」
NPCが話しかけてくるのを尻目に、小声で作戦会議を始めるタマさん。
「まず俺がタンク。抜刀斎君は右側、エリにゃん――」
「ぐはっ」
「――は左側のアタッカーでカフェインさんは後衛。カフェインさんは所々ダメージを与えつつ周囲の警戒。2人は交互にスイッチして叩く感じで。敵が複数体のときは分断してアタッカー2人で1体ずつ処理。他は俺とカフェインさんでタゲを固定するから――」
スイッチとはβテストで流行ったエネミーの対処法で、エネミーのAIを学習させてから別の武器を使うプレイヤーと入れ替えることで対処能力を下げるテクニック――という話もあったが元々は他のMMOで見られるクールタイム中はスキルが使えず性能が下がるため主力を入れ替えるという定番テクニックだ。
ソードアートオンラインではソードスキルにクールタイムが設定されていないため不要に思えるが、実際は近距離武器オンリーという特徴から戦闘には集中力を必要とするため適度な休憩の必要に迫られスイッチを行う。あるいは今回のようにヘイトをコントロールして挟撃することで攻撃中のキャラクターをターゲットから外すという戦略にも使われる。全方位攻撃がある相手には無意味だが。
今回の目標、リトルネペントの攻撃方法は蔦による斬り払いと口からの腐食系ブレスの2パターン。1体であれば大した強さではないが数が揃えばブレスの範囲に巻き込まれ装備の耐久を削られるという厄介な敵だ。斬り払いも軽装である現在ではわずかなノックバックが発生するため立て続けに受ければあっという間にHPが削られる。
複数体が密集して点在するタイプの配置で単独のものは珍しく、そうでなくとも丸い実をつけたタイプのその実に攻撃してしまうと悪臭を放ち周囲のエネミーを引き寄せるというやっかいなルーチンを持っている。ソロで狩るには向かないエネミーだ。MMOはソロに厳しいためどんなエネミーにも言えることではあるが。
「とまあ、こんな感じかな?」
タマさんが確認作業を締めくくるとイベント開始の長い会話も丁度終えるところだった。
視界の左端でクエストログが更新されたのを確認して、家から飛び出す。
狩りの時間だ。
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太陽の光がほとんど遮られる鬱蒼とした森だ……。
βテストのときよりもその険しさは増しているかのようで、隆起した木の枝が足を絡めとり森の養分にしようと襲い掛かってくるかのようだった。
だがこの森にエントなどの樹木系モンスターは生息していないはずだ。少なくとももっと上の層に出現するようなモンスターだと思う。
「足元、気をつけてくださいね」
先導するタマさんはすいすいと確かな足場を踏みしめ、その後ろを3人が随行した。
光量が足りず、隠蔽ボーナスの高いこの森ではカフェインさんの索敵スキルが命綱だ。そんなカフェインさんは簡易マップを気にするように視線をちらちら左上へと向けている。
「ここから北西の方角に3体、いるんだな」
「わかりました。では手筈通りに」
大きな巨木の根元には、靴下のような人間大の胴体に触手と鋭い蔦を生やした気味の悪い植物が蠢いていた。パクパクと開閉する口は目を凝らせば粘液が滴っていて、よく観察したことを後悔させてくる。
これほど不気味な外見とは裏腹に薄暗い森の中では注意が散漫であれば見逃してしまうかもしれない自然さがある。
テクスチャの作り込みが素晴らしいせいだ。他のゲームであればエネミーと地形の差異は明確で遠目からでも違和感を覚えるものだが、ことソードアートオンラインではどれもが平等にリアリティーを持ち、森と植物《モンスター》の境界線を曖昧にしていた。
「行くよ」
タマさんが小声で合図を送って右手に持つ片手直剣を青白く輝かせた。
片手直剣突進技、『レイジスパイク』によって切っ先が地面を這うように滑り一瞬の合間に彼我の距離が縮まる。リトルネペントの胴体には足元から口にかけて赤いダメージエフェクトが走った。
プレイヤーの存在に気が付いた他の2体はタマさんへと蔦を振りかぶる。鞭のようにしなり、その先端は短刀のように鋭利な蔦は同士討ちを避けプレイヤーだけを切り裂こうと殺到した。
ソードスキルの硬直が解除されるとタマさんは慌てることなく左手の盾に身を隠し2回の衝撃を受け止めると後ろへすり足で下がる。
私は左から、抜刀斎は右からソードスキルを使わず戦闘地帯へ駆けつける。
抜刀斎は逡巡することなく右側の個体に曲刀のソードスキル『カーム』を放ち水平斬りでHPの2割を消失させた。
リトルネペントの1体が抜刀斎へタゲを向けたのを確認してから私は浅く胴体を斬りつける。1割もダメージを与えることのできていない軽い攻撃だがこれでいい。
抜刀斎が後ろへ跳び、リトルネペントはそれに追従した。
ダメージを受けていない1体には視界の端でカフェインさんが槍を突き立てている。
分断は成功。私と抜刀斎に挟まれたリトルネペントは交互に押し寄せるソードスキルにタゲをフラフラさせ、攻撃を放つこともなく死亡した。
死んだエネミーがポリゴンとなって霧散する。昨日から何度も見慣れた光景を綺麗だと感じる暇もなく、すぐに残りのエネミーへ襲い掛かる。
3体のリトルネペントは私たちよりも低い3レベルであったということもあり、接敵から僅か3分で全滅した。
「おつかれ」
「おつかれっす」
この程度なら物の数ではない。クエスト目標であるリトルネペントの胚珠をドロップするのは花のついた個体だけだ。そして今回倒したエネミーはすべてノーマルな個体。
たしか出現レートは100体に1体くらいと聞いた覚えがある。つまりそこそこ簡単な部類だった。
このあたりのエネミーのレベルも3から5と問題なく処理できる範囲だ。
発見、分断、各個撃破。慣れるにつれて単調になっていく作業を、私たちは油断なく処理していった。稀に実をつけた注意個体を発見するが、攻略情報通り実に攻撃を当てないで倒すことはそう難しくはない。つまり阻む障害はなきに等しい。
開始から1時間。入手できた胚珠は1個。必要最低限数は残り1個。
順調な収穫に私たちは高揚した。
――だから気がつけなかったのかもしれない。
この場所がいかに理不尽で残酷な、安全に守られた現代社会とはまるで違う場所なのだということに。