幽霊船の船橋で手摺りに足掛けた、ボロ布を纏ったエネミーがシミターを天に掲げた。
その号令に従い船内から船員と思われるエネミーが溢れ出てくる。彼らは船長と同じく肉がない白骨死体――つまりはスケルトンに分類されるアンデッド系エネミーだ。彼らは打撃属性に弱く、刺突属性に耐性を持つ。
ソードアートオンラインでは魔法をプレイヤー側は使用できないので、プリーストだと有利だとかそういうことはない。だが店売りの聖水アイテムを掛けると追加ダメージを与えることができるため、これを武器に塗るなどの対抗手段はある。
当然戦闘前に私たちは各々の武器に聖水を使用して、さらにユナの演奏バフでSTRを強化して準備を整えている。流石にポーションでの水増しは金銭的事情がからしていないが、十分なステータスアップが成されていた。
「いくっすよ!」
「おう!」
「ああ……」
出現した雑魚エネミ―へ範囲攻撃系のソードスキル『スネークバイト』の2連撃を浴びせヘイトを私に集中させる。タイマン性能の高いユナはボスエネミーの船長を引きつけ、その間にノーチラスが雑魚を処理するというのが大まかな今回の流れだ。
私の装備は重量系高防御力の要塞仕様。甲板は走り回るには手狭で、数が多いらしいので囲まれる危険がかなり高い。壁を背に戦うことになるだろうと思いスピードは極力捨てて防御力に回した次第だ。
襲い掛かる手下たちの武器は片手直剣、細剣、片手斧に長槍。返しのついた刺又なんかと種類が豊富だ。それが各々好き勝手にソードスキルを放つものだから一々個別に対処していられない。私は大盾に身を隠して、金属同士が打ち合う音が止むのを待った。
この数で気ままにソードスキルなんて使うものだから、同士討ちもかなり起こっているが彼らは気にしていない様子で攻撃の手を休めない。すでに死んでるというロールに相応しい動きなのか、荒くれ者に相応しい動きなのか、どちらにしても面倒極まりない。
ダメージレースでは十分な優勢を保てるものの、こうも攻撃されてばかりでは身動きが取れない。身動きが取れないということはヘイト操作が難しいということだ。
開始直後の攻撃が利いているからまだいいが、新たにエネミーが追加されればそちらに手が回らなくなるだろう。
「ノーチラス!」
「わかっている!」
彼は攻撃範囲の狭いソードスキルで雑魚を倒していくが、その動きはだいぶぎこちない。
フィールドでの動きを見る限り、彼は優れたバランス感覚を生かした空中機動が得意だと思われる。それはこういった狭い空間でも、むしろ壁などの足場になるものがある分開けた場所よりも生かせると踏んでいたが……。
今の彼はあの鮮やかな剣捌きは見る影もなく、我武者羅にソードスキルを振るう初心者そのもの。場慣れしていないプレイヤーにはよくある光景だ。緊張というのは想像しているよりもずっと本人の動きを阻害する。判断能力はまるで働かず、練習通りの動きどころか作戦すら頭から転げ落ちるなんてこともザラだ。プレイヤーに最初に求められる能力はこの緊張を解いて実力を発揮する力だといっても過言ではない。
数が減ったおかげで攻撃の密度も減り、ようやくまともに動けるまでになる。
私はシールドバッシュで攻め立てていた雑魚エネミーをなぎ倒しソードスキルで撫で切りにする。仲間同士の攻撃で減っていたHPはその一撃で潰えて、余裕のできた今のうちにポーションで回復しながらユナの状況を確認する。
船長との戦いは余裕が見れるほど。専用の行動パターンかる繰り出されるロープやマストを使った攻撃に、ユナは応じるようにアクロバティックな動きで対処していく。
このゾーンで戦うことを前提にしたAIよりもユナの方が地形を利用できているのはだいぶ皮肉が利いていた。
ロープを伝って逃げる船長にウォールランで追い縋るユナ。戦場は帆の上に移り、細い足場を頼りに細剣とシミターが打ち鳴らされる。火花のようなエフェクトが時折散って消え、船長は徐々に後退して後がなくなっていく。
「船尾から増員、5」
ユナが声を上げるのと私が発見したのはほぼ同時。あの状態でよくそこまで周りが見えているものだと驚くばかりだ。
私は休憩もそこまでに、追加のエネミーへ最初と同じようにヘイトを集めてルーチンワークのように対処していく。
「エーくん、避けて!」
ユナの叫びに私は盾から顔を出して視界を広げた。
集中攻撃された雑魚エネミーがノーチラスにターゲットを変更したことで1対1になっていたのだが、そんな彼に空中から襲いかかる影があった。
船長がロープに片手で掴まり空中を駆けていた。その先にはノーチラス。彼は声に反応して船長の方を見るが動けずに立ちつくしてしまった。
船長は落下の速度をそのままに、シミターで彼の首を切り裂く。クリーンヒットでノーチラスのHPが4割消失した。これ以上ないくらいの完璧な当たり方だった。
だがそれで船長の動きは終わらない。ロープの揺り戻しで方向転換。再びノーチラスを狙う構えを見せる。
「このっ!」
追撃を食い止めたのは落ちて来たユナだ。
木の床が抜ける音がした。砕けた木片がポリゴンに変わりキラキラと輝く。
落下ダメージも厭わぬ特攻。全体重を乗せた細剣の一撃は船長の背骨を貫き伽藍洞の身体をマストに縫い付けた。
それでもまだまだ死ぬには遠すぎるHPが船長の命を支え、反撃とばかりにシミターを横一線に振る。ユナは細剣を瞬時に引き抜くと大きく飛び退きそれを回避。彼女は弛まぬ闘志で剣を構えた。
「ノーチラス、下がれっす!」
「うご、けな……」
麻痺状態かと思うほどにノーチラスはびくともしない。
いや、麻痺状態は力が入らなくなるためそうであるならその場に倒れるはず。そもそもそんな状態異常の兆候などなかったのだから、原因は別のはずだ。
撤退するべきか?
セオリーとしてはそうするべきだが私とユナの2人でも倒せる難易度だ。欲をかいて死ぬなんて間抜けは晒したくないが、そうなる要素は見当たらない。
思考は一瞬。主観的情報を排除して考える。
「ユナ! ノーチラスを運んでセーフゾーンまで行くっす。殿は私が受け持つっす」
私の下した結論は撤退。
こんなネームドボス相手にわざわざリスクを冒す必要はない。かといって転移結晶を使うほど危機的状況でもない。セオリーはセオリーたる理由があり、それをアイテムや経験値に釣られて無視するような愚かな選択は取るべきではない。
それにどうしても倒したいなら、一度引いてから再戦すればいいだけである。
「わかったわ!」
ユナはノーチラスを脇に担いで、幽霊船から飛び降りた。
ちゃんとした出入り口もあるのだが、そこは船内を通って船底から出るルートなため少し戦闘が発生する。飛び降りた場合は落下ダメージを受けるが外まではすぐだ。
水の上に落ちたようでダメージが大きくないのは、パーティーリストに表示されているのHPバーでわかった。
私はウォールランをまだ使用していないので、悠々と壁伝いに降りて戦闘を終了させた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
付近のセーフゾーンは、顔を出せば幽霊船の見える海岸沿いにある洞窟の中だった。
洞窟の中では潮の打ち付ける音が反響している。足元はさっき来たときよりも水が浸水してきていてちょっとだけ冷たい。満潮時にはここが使えなくなるギミックがありそうだった。
水中に落ちたときに濡れた、2人の装備はすでに乾いていた。ノーチラスの顔色は少し戻ったが相変わらず悪い。寒いから体調が悪くなっているとかそういうことではないはずだが、ユナは彼に毛布をかけてあげていた。
「………………」
「………………」
「………………」
洞窟の中はしばらく波の音だけがしていた。
私たちはランタンの灯りに照らされながら沈黙を貫く。
なにか言った方がいいのだろうか。例えば慰めの言葉とか。でもノーチラスは面倒くさいことにそういうのは苦手としているきらいがある。
煽られれば乗せられてしまうが、親切にされると身を引いてしまうような。そういう面倒くささだ……。
「ごめん。手間をかけた……」
「私こそ、無理言って連れてきちゃってごめんね」
イチャイチャしてないで私にもわかるように説明して欲しい。目で訴えた効果があったのか、ユナが気恥ずかしそうにノーチラスから距離を取った。
胸がとても苦しい……。これは……嫉妬だ……。ノーチラスへの嫉妬だっ!
「お前にも説明するべき、だよな……」
「あ、はい。そうしてくれっす」
言い難いなら言わなくてもいいっすよ、なんて言えるだけの気遣いはもう私の中に残ってなかった。ここが圏内で、かつユナの前でなければぶん殴ってたかもしれない。
「……僕は――」
足音がして私は咄嗟に盾を構えて入口と2人の間に立った。
隠密状態が解除されて現れたのは4人の男性プレイヤーたち。水辺の影響で隠密状態になり難くなっていたおかげで気がつけた。
カーソルはグリーン2人。オレンジ2人。犯罪者プレイヤーだと断定するには十分な判断材料がそろっていた。
「あークソが。だから外で待とうぜって言ったんだよ」
「いいだろ、どうせ同じだ。――こっちが言いたいことはわかるかい、お嬢さん方」
「見逃してください、とかっすか?」
「おうおう。威勢がいいな。それでこそ嬲りがいがあるってものだ」
「こっちは3人。そっちは4人。そんなに有利とは思えないっすけど?」
上層で活動するくらいだから彼らのレベルはかなり高いのだろう。だがこちらは個々の技量がかなり高い。それに彼らがそのことに気がついていなくとも、1人くらいなら人数差は覆らなくもない。この状況で彼らが自分たちの方が有利だと思っている理由は他にあるのだということくらいは察することができた。
「あん? イヒヒヒヒヒッ。こいつ知らねえのか」
男がノーチラスを視線で射貫く。
横目で彼の表情を見ると顔色が青を通り越して真っ白だ。明らかに悪化していた。
「そいつはなあ、死ぬことにビビって戦えない腰抜けなんだよ」
「違うわっ! 彼はFNCなだけよ!」
私は剣の柄に伸ばしている手を離して頭を押さえたくなった。
秘密にしていた理由はわかる。だがそれを隠してフィールドに連れ出してきたことは流石に怒りたくなった。
「どっちだって同じだろ。ほら、足手纏いを守りながら俺らに勝てるか? 無理ってもんだろ、そいつはよお!」
先頭に立つ男が笑いながら片手槌を構えた。私は彼に合わせるように剣を抜く。
すぐにユナに指示を出して回廊結晶を使わせないのはまだ隠れているプレイヤーがいるかどうかわからなかったからだ。こういうとき自分に索敵スキルがないのは不便で困る。
相手の武装は片手槌。片手直剣。片手槍。両手斧。盾持ちはなしで3人は片手がフリー。投擲武器を装備している気配を感じる。
「要求はなんすか?」
「持ち物全部置いてきな。コルも装備も全部だ。それからそこの女もだ。若いって聞いてたがなかなか美人じゃねえか。遊ぶにしても売るにしても文句なしだぜ」
「あん?」
ドスの利いた声が漏れるが彼らは自分の有利を疑っておらず、涼しい顔で受け流される。
その癖慎重さを併せ持っているようで、包囲するよう距離を詰めてくるのが厄介だ。これ以上観察しても状況は悪くなるだけか……。
「退避!」
「コリドー!」
私の声にユナが反応する。それと同時に投擲物が3つ投げられた。
盾で2つを盾で弾き、1つを剣の平で打ち返して1人の頭に突き刺す。両手斧の突進系ソードスキルを大盾で受け止め、続く投擲を両手斧使いの身体で防ぐ。
片手槌使いと片手直剣使いが投擲を諦めて走り出し、ソードスキルによる挟撃をしてくる。どちらの狙いもユナだ。盾を捨て私は片手剣使いのソードスキルに飛び込み剣に身体を接触させる。姿勢は突撃系ソードスキルの準備動作――起動。向きを反転して片手槌使いのソードスキルをソードスキルで迎撃した。
片手直剣使いのソードスキルによる連撃が対象を失いその場で空振りになり、片手槌使いの武器が軋んで持ち手の部分が寸断される。
持ち手のいなくなった大盾が物理演算に従い倒れ、両手斧使いの視界が開けたときにはすでに回廊結晶によるゲートが開いていた。
なお片手槍使いは刺さった投擲武器を頭からようやく抜いたところだ。
「うふふふふふふふふっ」
思わず笑いが込み上げてしまう。
一拍遅れて、待機していたALFの精鋭6人が門をくぐって現れる。
最前線の攻略組に匹敵するのが2名。それよりやや低い練度が4名。パーティーで運用するなら攻略組でも1パーティ相手なら張り合えると信じているほどの手練れだ。なにせ彼らの技術は対人戦特化。攻略組に劣るとはいうのはPvEに関する話なだけだ。
「なんで軍の奴らが!?」
「敵4。索敵まだ」
「索敵。隠密なしです」
「よし散開。各個撃破。入口を塞げ。1人も逃がすな――それにしてもいっつも同じこと言われるっすね。犯罪者ってのは全員同じ脳味噌が詰まってるんすかぁ?」
「こ、こいつまさか。人狩りの魔女!」
「悪名もこういうときは悪くないっすよね」
ユナにウィンクを送るが、彼女も流石に苦笑い。
あいつらと一緒にいるせいで冗談のセンスが悪くなっているのかもしれない。その辺をあらためないといけないらしい。
「このっ! 動くな! こいつがどうなってもいいのか!」
「エーくん!」
入口に逃げず洞窟の奥へ走り出した片手直剣使いが、動けずにいるノーチラスの背後を取り、彼の首に刃を当てる。
片手直剣使いの瞳には狂気と興奮が渦巻いた怪しげな光を伴っていた。
「知らんすよ」
「あがっ!?」
「エーくん! エリちゃん!?」
私は彼の脅迫に一切耳を貸さず、ノーチラスという盾を掻い潜り男の肩に剣を刺した。男は脅しでないことを証明するためか、それとも手が滑っただけなのかはわからないがノーチラスの首を斬った。しかしそれで私が止まるはずもなく、今度は男の足を斬る。
「こいつイカれてやがる!?」
「とうっ」
気の抜けた私の声とは裏腹にソードスキルによる3連撃がピンポイントで男のHPを削っていく。ノーチラスという便利そうな盾も、攻撃を受け止められなければ役には立たない。あっという間に男のHPはイエローゾーンに入った。
「悪かった。降参する! 命だけは!」
ノーチラスを手放したのを確認してから私は武器を下げ、視線だけは外さないまま拘束アイテムの手錠をストレージからオブジェクト化して男に投げて使用した。
オレンジプレイヤーだった男は監獄へ強制転移させられる。抵抗して手錠を破壊すれば転移は停止するが、彼にはそんな気概は残っていなかったようでなによりだ。
「そんなに近づいて、HPがきちんと削れるわけないじゃないっすか。ここはゲームの中なんすから首を斬ってもHPを0にしない限り人は死なないっすよ」
私からの攻撃を防ぐように使うならまだしも、攻略組に匹敵するレベルのノーチラスを一瞬で殺せると何故思ったのか。漫画や映画の見過ぎじゃないだろうか?
「隊長の御言葉は正論ですが、ご友人はドン引きしてますよ」
「えっ!? あー、違うんすよ。そう! ノーチラスを信頼してっすね……」
「弁明の前に手伝ってください」
「こいつぅ!」
ギリギリと握りしめた剣に力が入るが、彼の言葉はまったくもって正しい。
後で覚えていろよと心の中で呟いて、私は残る3人の捕縛に協力した。
わかりきっていたことだが彼らの抵抗は無駄に終わる。3体1の状況をまず作って、後は順繰りに1人ずつだ。彼らが取れる最善の選択肢は最初から協力して誰か1人を転移結晶で逃がすくらいだ。しかしそうはいかないのが犯罪者のジレンマなのだろう。なにせ自分の身を犠牲にしてもメリットはないのだから、そうすることができない。
よって彼らは今日も全員監獄送りと相成ったわけである。
「お疲れっす」
「お疲れ様です。それにしてもよく釣れましたね」
「誤解っす。偶然っすよ、本当に……」
彼らが直ちにやってこれたのは私の命令で待機させていたからだ。
といっても普段から出動命令がくるまで本部で待機しているのが常なので、特別なことではない。今回特別だったのは私からの勅命だったくらいだ。職権乱用ではない。
なお私の立場は上層のパトロールという名目。職務中である。遊んでたわけではない。これは正当な一般プレイヤーの護衛である。本当だ。
「この後はどのようにしますか?」
「徒歩で主街区まで移動。その後本部に戻るように。私は彼女らに情報を受けてから本部で合流するっす」
「了解しました」
ALFのメンバーは迅速に装備をPvE用に切り替えて整列した。
全員が統一された黒地に赤の差し色をした防具を着ている様は、軍隊と言われるのも無理はない。だがこれを目の当たりにしたことがない者にとっては揶揄であるが、相対した者にとっては畏怖の意味を持つだろう。
よく訓練されたパーティーがいかに強いかは、実力者であるほど理解してくれるはずだ。
「騒がしくなったっすけど。まずは帰るっすよ」
ユナとノーチラスを護衛するように展開したALFのメンバーによって、2人は戦闘に参加することもなく、主街区に無事送り届けられた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
私たちが主街区に戻るころには日も傾き、夕日で空が茜色になっていた。最近はだんだんと日の落ちる時間も遅くなっていて、月日の流れを感じる。
ALFのメンバーは転移門で1層まで移動。
私たちは少し早い夕食ということにして、防諜性の高い、個室のあるNPCレストランで食事を摂ることにした。少し値は張るがユナのためならこのくらい問題ない。
「今日は、悪かった……」
ノーチラスが、飯を不味くさせるような表情で喋る。
「じゃあここはノーチラスの奢りで」
「ええ!? あ、いや……。それでお前の気が済むならしかたない、か……」
「冗談っすよ。代わりにちゃんと説明してほしいっす」
仔牛のソテーをナイフで切って口に運ぶ。美味いがやっぱりALFの食堂が一番だ。攻略組のあった頃は高級食材が取り揃えられていて、それをふんだんに使った一品をフロアボス攻略の度に食べていたっけか。シェフにこっそり頼んで自分用じゃない料理を一品作ってもらったが、あれは美味しかった……。
「……あいつらが言ってた通り、僕はFNCなんだ。死の恐怖を感じるとアバターが一歩も動かせなくなる。どんなに頑張っても駄目なんだ……。笑っちゃうよな……。僕が攻略組になれないのは当然さ。KoBも次のフロアボスが攻略されれば除隊になる……」
KoBは攻略組のみで結成されたギルドで、補助組織などは有していない。あるのはメインメンバーの1軍と、1軍になれなかったが見込みのある2軍のみ。それでも攻略組でトップを独走できるのだから個々の技量も並外れているのだろう。
「そうっすか」
「ごめんさい……。私のせいで2人を危ない目に合わせてしまったわ」
「ユナは悪くないっすよ」
「そうだ。元はと言えば僕が――」
「そうっすね」
「え、ええ……」
今日の一件については理解した。
ユナが、ノーチラスを思って難易度の高いエネミーと戦う場を用意した。しかしもしものために戦力が欲しくて私に声がかかったわけだ。クラインでは駄目だったのは彼が攻略組だから。攻略組にノーチラスのFNCを知られれば、彼はフロアボスに挑むことが今後許されない可能性があったため。私はALSではあるが攻略組からはドロップアウトしているし、このことを広めないと信頼してくれていたからかもしれない。
「お前は、凄いんだな……。驚いたよ」
「なんすか。褒めてもノーチラスの分だけは奢らないっすよ」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……。普段のお前はなんていうか年相応の女の子だったけどさ、今日の姿を見て思ったんだ。副団長のアスナさんと同じで君も天才――」
「私に対してその言葉を口にするなっ!」
勢いよく立ち上がりテーブルを叩いた。
衝撃で甘いジュースの入ったグラスが床に落ちて、パリンと砕けた。
「あ、そのっすね……」
やってしまった。その言葉は私の最も嫌いな言葉だった。それだけならまだしも結城さんの名前とセットにされると簡単に気が動転してしまう……。
ユナは席を立ち私の側に寄る。そして優しく抱きしめてくれた。手を振り払うどころかそのまま目を伏せて、私は彼女の温かさに浸った。
「大丈夫?」
「うう……。格好悪いところを見せちゃったっす」
「いいのよ、そういうところがあったって」
ユナの笑顔は眩しかった……。
「ごめん。気に障ることを言ってしまったみたいだ……」
「いいっすよ。事故みたいなもんすから……。でも、もう私を天才だなんて呼ばないでくださいっす」
「わかった。約束するよ」
「じゃ、ちょっとこっちくるっす」
ノーチラスを手招きしておびき寄せると、私は彼の手を取って3人で抱き合う形に無理矢理する。
「な、なにを……!?」
「いいから黙るっす。ほら、両手に花っすよ」
言っておいてなんだが私を花というにはおこがましい。
ユナが高嶺の花だからそれで許してくれ。
「よし! ユナに元気も分けてもらったっすからもう大丈夫っすね」
「いや、なにがなんだか……」
「うだうだ言うんじゃないっすよ。……ところでなんでエーくんは攻略組になりたいんすか?」
「エーくんと呼ぶな。僕はノーチラスだ」
「いいじゃないっすか。それで、なんでなんすか?」
「秘密だ……」
「私も聞きたいな。前に聞いたときもそうやってはぐらかされちゃったし」
ユナにも伝えていないのは意外――でもなんでもないか。そもそもユナの顔には「なんでなのかはわかっているけどちゃんと言葉にしてほしい」と書いてある。
哀れノーチラス。隠せてると思ってるのはこの場で君だけだ。
「ほらさっさと言うっすよ。それとも私はお邪魔っすか?」
「そんなことはないわ。巻き込んだのは私だけど、だからってエーくんは知らんぷりをするような無責任な人じゃないわよ」
「なるほど。男気溢れるっすね」
「でしょ?」
私たちに詰め寄られたノーチラスはFNCの症状を起こしたように固まっている。だがちゃんと身体は動くはずだ。
「強く――そう、強くなりたかったんだ! 男なら強さに憧れるものなんだよ!」
「はぁ……」
目に見えて落ち込む素振りをするユナ。ここは援護射撃をする場面だろうか?
私はこっそり、アイテムストレージからとあるクリスタルをオブジェクト化しつつ言葉を選び始めた。
「なんで強くなりたいんすか?」
「お、男なら誰しもそう思うんだよ。理由なんてない」
「へぇ……。理由はないんすか。そんなことでユナに心配かけてたんすね……」
「いや……。違っ――」
「酷い男っすね。つまりプライドの方が大事だったと。可哀想に……。こんなに一生懸命手助けしてたのに、ノーチラスはユナの想いを弄んでたわけっすか」
「そうじゃない! その、本当は……」
「……………………」
沈黙すれどノーチラスの瞳には強い力が込められていた。
「――本当は。ユナ、君を守れるようになりたかったんだ」
聞いているこっちまで恥ずかしくなるような台詞を、ノーチラスは真剣な表情で言い切った。誤魔化しのない正真正銘の彼の心だ。
「それなのに死に怯えて動けないでいる自分が恥ずかしかった。それ以上に悔しかったんだ。……どうして僕は戦えないんだ。こんなんじゃ君を守ることができないじゃないかっっ!」
膝を突き涙を流すノーチラス。彼の頭を抱きかかえるユナ。……立ちつくす私。
やっぱりお邪魔だったんじゃないだろうか? ……いいや、私は恋のキューピット。ノーチラスの背を押すためだけにここにいるだけだ死ねっ!
しばらくすれば彼も落ち着きを取り戻し、涙を袖で拭って立ち上がった。
顔が合う。私の事忘れてたな、こいつ。
「――今のは忘れてくれ」
『本当は。ユナ、君を守れるようになりたかったんだ』
「そいつをこっちに寄越せぇえええええ!」
私の手元から録音クリスタルを奪い取ろうとノーチラスが襲い掛かってきた。
私たちは個室であることをいいことに、ウォールランを駆使して部屋の壁を走り回った。しかし体幹では一歩勝るノーチラスが有利。すぐに掴まりかけてしまう。
「そうはさせるかっす。ユナ!」
投げたクリスタルが放物線を描きユナの手の中に納まった。
「ユ、ユナ。……それを渡してくれないか?」
『本当は。ユナ、君を守れるようになりたかったんだ』
「ユナァア!?」
『本当は。ユナ、君を守れるようになりたかったんだ』
「え、えへへ……」
『本当は。ユナ、君を守れるようになりたかったんだ』
普段とはまるで違い虚空を眺めながら頬を緩ませにやにや笑うユナ。
私は悔しいながらも心のフォルダにその笑顔を焼き付けた。
ノーチラスは、ユナの赤く染まった頬の色が写ったかのように顔を赤らめて、視線を逸らす。その間も録音クリスタルは同じメッセージを繰り返し流していた。
ちなみに録音可能時間は結構あるので、巻き戻しを押さなければ「こんなんじゃ君を守ることができないじゃないか」まで流れる。
「う、うわぁあああああ!?」
頭を抱え蹲るノーチラスを笑ってやりたかったが、嫉妬のあまりそんな気も失せる。
「貴様ぁあああ……」
「なんすか、その態度。感謝されこそすれ、恨まれる筋合いはないっすよ」
「どの口が言うんだ!」
「煮え切らないやつっすねえ。ここまできたらキスくらいしろっす」
「キ、キス!?」
「見られながらっていうのが嫌なら、仕方ないので私は出て行くっすけど」
「そそそそうじゃなくてな」
「うん。流石にちょっと……」
ノーチラスは安堵したような、残念そうな表情をした。
「見られながらするのは恥ずかしいから。ごめんねエリちゃん」
「んんっ!?」
私はアイテムストレージから春物のコートを出して羽織った。
それから扉に手を掛けようとして逡巡。
「会計は済ませておくっすよ。あとノーチラス――月のない夜には背後に気をつけるんすね」
力いっぱいに扉を閉めてやりたかったが、ユナのため私は泣く泣く静かに扉を閉めた。
なにやってるんだろう、私……。
最後に扉の隙間から見えた光景は、ユナににじり寄られるノーチラスの姿だった。