レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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24話 棺桶と鎮魂歌(5)

 それはある晴れた昼下がりにやってきた。

 

 黒鉄宮――ALF治安維持部隊本部で私は届けられたサンドイッチを食べていた。

 夕方からのレベル上げに備えてメンバーリストと狩場の情報をチェック。最近は効率の良い狩場が少ないため次々に階層を上げていくしかない。それはソードアートオンラインを運営しているAI――カーディナルのバランス調整が上手くなったということだが、受け手としてはリソース純度が下がるばかりで得がない。できることなら良い意味でバランス調整を間違って欲しいものだ……。

 

 益体もない愚痴は向ける矛先がなく霧散する。

 こんなときはユナの曲を聞いて気分を変えようと、私は手持ちの録音クリスタルを漁り始めた。部下の意見もちゃんと聞くが、本部でかけているBGMの操作権限はその場で最も立場が上のプレイヤーに一任されている。つまり私がいるときは私の一存で決定できるわけだ。素晴らしい。

 メニューウィンドを開いてアイテムをオブジェクト化しようとしたところでメッセージの着信SE。迅速にメッセージリストのページに切り替える。

 私は各所との連絡を請け負っているオペレーターではないが、ときに重要案件が直接舞い込んでくることもある。情報は鮮度が命であり、もたもたしてるようではいかにコネがあろうと隊長は務まらない。

 

 送信者はノーチラス。題名は『救援求む』。

 メッセージには62層でトラップにかかりダンジョンでパーティーと逸れたプレイヤーが出たということが書かれていた。

 詳細な状況がないのはそれだけ緊急の事態で、彼が他のプレイヤーにも連絡を取っている最中であることが窺えた。

 今どこにいるのかを確認すると、62層主街区転移門前にいると返信がすぐに届く。わかっている情報をまとめてメッセージで送り、そこで待っているようにと返信をして、私は行動に移った。

 

 62層といえば現在の最前線。カレンダーにはフロアボス攻略が今日であることが書かれていた。

 私は書類整理を専門としている部下に、62層の情報を持ってくるように通達。

 PvEが得意な2名には戦闘準備を整えさせた。

 遭難者の救援も治安維持部隊が請け負う業務の1つではあるが、それは中層以下のゾーンに限った話だ。上層では二次被害のリスクが高く、自己責任とされる。最前線ともなれば出動経験は攻略隊があった時期まで遡らねばならない。そのときの中心メンバーは当時の攻略隊だ。つまり無きに等しい。

 

 私は1パーティーでの出動も考えたが、下手に遭遇戦を増やしたくなかったため少数精鋭での行動を決定。AGIの低い私はタンク用の金属鎧ではなくAGIブースト特化の革鎧に身を包む。

 転移門までの移動時間は惜しかったが、転移結晶を湯水のように使うわけにもいかない。

 さらにいえばALFの隊長が焦って行動しているという外聞は極めて悪い。隙を晒せばその間にどこの馬鹿が暴れ出すかわからないため、普段通り粛々と歩かなければならないのがもどかしい。

 ノーチラスのまとめた情報には、転移トラップでパーティーが1人だけが逸れたこと。ダンジョンはクリスタル無効化空間であること。ユナや帰還した攻略組の2軍メンバーがすでに捜索へ行ったことが書かれていた。

 

 62層の主街区は茅葺屋根の立ち並ぶ穏やかな田舎風景をイメージした町並みだ。

 主街区といえば、プレイヤーの拠点となるべく発展した街が用意されているのがほとんどだが、この階層は悪の国に立ち向かう反乱軍としてプレイヤーが参加するシナリオで構成されていて、迷宮区が主街区のような巨大な街と城で構築されている。

 みすぼらしい姿の農民NPCと、見物へやって来たプレイヤーたち。どちらもフロアボス(悪の王様)が撃破されるのを心待ちにして転移門の周りで賑わっている中、世話しなく周囲を見渡している落ち着きのないプレイヤーを発見する。ノーチラスだ。

 

「通報をしたノーチラスっすね」

 

 黒と赤のALF正式装備を身に着けた私たち3人。

 統一感のある格好をするのはどのギルドでも常であるが、ALFは知らぬプレイヤーなどいないほどに有名なため、嫌でも私たちは目立つ。

 

「ああ……。捜索の協力を頼みたい……」

 

 ここにいるのは治安維持部隊の隊長と、被害に遭ったプレイヤーの救助を求める一般プレイヤーだ。

 

「マップデータの受け渡しを」

「わかった」

「事故に会ったときの状況は?」

「僕は、その場にいたわけじゃないんだ……。話では、先頭のプレイヤーが転移系のトラップに引っかかって逸れたらしい」

「そのまま捜索を続けなかったのはなんでっすか?」

「ダンジョン内の徘徊型ネームドボスに追いかけまわされたらしい。それでそいつらは主街区に戻ってきて、救助隊を組んで出発したんだ」

 

 そんな危険地帯、攻略組がフロアボス攻略で忙しくしてるときに行くなと文句を言ってやりたいが、そいつらがここにいないのでグッと堪える。

 

「救助隊の数は?」

「ユナを入れて5人。仲間が遭難したDDAのメンバーと、風林火山から2人だ」

「ネームドエネミーの詳細。あとダンジョンの情報はどうなってるっすか?」

「場所はここから南西の監獄ダンジョン、らしい……。他の情報は……すまない」

 

 ノーチラスは首を振る。遭難者を出した連中は大方移動中に説明することにしたのだろう。念のためにノーチラスにマップデータを渡すくらいはしたようだが、それ以上は時間の無駄と判断したか。

 遭難者の命は時間との勝負であるし、攻略組はALFが協力するなんて思ってもいないだろうからこれはしょうがない。

 普段であれば断るべき案件だった。情報が足りない。二次遭難になる可能性が高い。救助隊も出ており、救援が済んでいれば無駄足。それどころか遅れてノコノコやってきたと言われ関係が悪化する事態もありえる。そのあたりはユナが間を取り持ってくれるだろうが……。

 

「ユナを、頼むっ……」

 

 ノーチラスはそう呟くとギシリと歯を食いしばった。

 

「……手は尽くすっす。出発!」

 

 メリットは少なくとも、こうして姿を見せた以上私たちに撤退の余地はない。

 断るなら、連絡を受けた段階でやるべきだった。そうしなかったということはつまり、この案件に首を突っ込む前提で動いていたということだ。

 ユナであれば救助に協力しているだろう予想していたのは否めない。今回の行動は()()()()()職権乱用だ。

 先日の一件は、ALFの幹部がPKに襲撃されたため応援を要請した、という意味では極めて妥当な判断だった。その襲われた幹部が偶然にも私だっただけである。

 しかし今回は正真正銘最前線で、2軍落ちとはいえ攻略組の救援。危険地帯につき合わせる彼らの命も保証できない……。

 それでも彼らは粛々と私に続いてくれた。持つべきものは優秀な部下だ。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「――またっすか!」

 

 蹄が打ち鳴らされ、巨大な突撃槍が迫る。

 十分に加速された馬のスピードと、人間をはるかに超える重量が槍の先端に集約され私に襲い掛かった。

 私は体術系ソードスキル『震脚』を起動。下半身のみをモーションアシストする特殊なソードスキルで瞬時に速度を得る。

 

「このっ」

 

 小盾と突撃槍がぶつかり激しい音とエフェクト光が飛び散った。逸らすのではなく完全な力と力の打ち合い。全体重をかけたというのに私の身体はあっけなく吹き飛んだが、エネミーも今の衝撃で足を止めた。

 その隙に左右に控えていた2人が高威力な単発系ソードスキルを重ねて、エネミーを馬上から引きずり落とした。

 全身鎧を着こんだエネミーは動きが鈍重で、突撃槍も取り回しが悪い。こうなっては頑丈なだけが取柄で追加のエネミーが現れない限り倒すのは簡単だ。

 分離した馬を私が抑えている間に2人で処分し、その後間もなく馬も倒してポリゴンに変える。

 

 フィールドに出て6度も繰り返した戦闘だが余裕はない。

 情報部の資料にも載っていたこのエネミーは全身甲冑を着たエルフの騎士と馬のセット。ありがちなスタイルであれど、こうも開けた空間で相手をするのはとにかく大変だった。

 落馬を防御力で防ぎ、突進を繰り返すこのエネミーは相応の重量武器ですれ違いざまに叩き落とすか、どうにかして足を止めてから引きずり落とさねば倒すのに時間がかかり過ぎる。戦闘を回避するには視界が開けすぎていて、一度発見されれば逃亡は不可能。

 この状況でこんなエネミーが闊歩しているのは非常に厄介だった。

 

 私たちは戦闘を終わらせると再びフィールドを疾走する。

 走りながらポーションを傾け、空き瓶は放り捨てる。地面を転がった瓶はそのうち耐久度を失って消滅するだろう……。

 監獄ダンジョンは平原を抜けて、さらに森の奥まで進んだところにひっそりと建てられていた。

 森の中を進むのは楽だった。出現するエネミーが変わり、馬に追い回されなくなったおかげだ。

 

「トラップチェック」

「チェック。問題ありません」

 

 監獄ダンジョンは山をくり抜いた洞窟が入り口となっていて、黒ずんだ鉄の壁が天然の岩肌から露出している。

 入口には戦闘跡。地面を踏みしめた跡からそう推察できる。おそらく門番エネミーと先行隊が戦ったのだろう。

 部下の1人にスキルでトラップを探知させながら、私たちは錆びついた扉を開けた。

 ダンジョンの中は空気が冷たく埃っぽい。灯りはなし。探索の必須アイテムとも言われる松明に火を灯し、トラップ探知をさせていない部下に持たせた。松明よりも手の塞がらない腰につけられるランタンを好むプレイヤーは多い。だが私はあれが好きじゃなかった。なにせ脆いのだ。頑丈なものだと今度は身体の重心が狂うため邪魔になる。

 その点松明は投げたち火を灯すのにも使えて便利だ。片手が塞がろうとも、緊急時には手放せばいいだけである。

 

「結晶アイテムは――駄目っすね」

 

 確認のため録音クリスタルを使用するが反応はない。ダンジョン全体がクリスタル無効化空間なのだろう。回復結晶での緊急回復すらできないのはかなり痛い。

 

「追跡はできるみたいです」

 

 部下が索敵スキルの派生Modで、プレイヤーの痕跡をたどれることを伝えた。

 これで先行隊に追いつくまでの時間はぐっと縮まるだろう。

 ダンジョンの通路は狭い。階段を上るとそこからは左右に鉄格子の牢屋が続く。牢の中にはやせ細ったエルフの囚人らしきエネミーが閉じ込められていた。彼らは精神を病むような低い声で唸り、自傷ダメージが入らない程度に壁に頭を打ち付けている者もいる。

 ――黒鉄宮の監獄ゾーンに似ている。自嘲気味にそう思った。

 ALFが保有する監獄ゾーンの最下層。極悪なレッドプレイヤーを捕らえておくその階層には、このような精神に異常をきたしたプレイヤーが数多くいる。彼らは元々頭のおかしな連中だったが、決定的に壊れたのは牢に入れられてからだ。誰とも会話をすることがなく、食事も与えられない生活はあっという間に彼らの精神を破壊した。ジョニーが遊ぶまでもなく彼らは廃人になる。むしろジョニーに遊んでもらっている方が長持ちすることもあるらしい。

 

 私たちは道中でこの囚人エネミーや、それを見張る看守エネミーとの戦闘を余儀なくされた。道が狭いため、通り抜けることが困難なのだ。

 囚人は能力こそ低いが数が多い。時には部屋を埋めるような数が現れる。個々に処理できるものの初見ではビビる。さらに囚人には毒武器持ちが稀に紛れ込んでおり、状態異常の回復が結晶でできないため神経を使う。

 看守は刺又でこちらを拘束しながら囚人と連携してくる。どうして彼らが敵対状態でないのかは、囚人の精神状態を鑑みれば納得はできるが趣味が悪い。

 他にも大型のナメクジエネミーも配置されていて、その生々しい形状は生理的嫌悪感を掻き立てる。

 敵の戦闘コンセプトは動きを封じて数で押し潰すといったところか。流石に防具を変えて防御力を上げないと対処が難しかった……。

 じりじりと時間を削られる感覚が焦りを生む。致命的なミスこそまだないものの、ガードに荒が出始めているのは自分でも気がついていた。複数からの攻撃に対して優先順位を度々間違えている。毒武器を見逃し、状態異常に追い込まれることもあった。

 失敗がさらなる焦りを生む悪循環。囚人の呻き声がいい味を出しているなと悪態を吐きたくなる。

 

 3階に着くころにはだいぶ消耗していたが、それでも休息はしていられない。

 気力を奮い立たせ先に進むと、戦闘音が通路の奥より反響してきた。先行隊が近いのだろう。

 

「この先プレイヤーが4人。エネミーが1体です」

 

 ――4人? 5人だったはずじゃないのか。

 激しい金属のぶつかり合う音が何度も鳴り響いている。おそらくネームドモンスターと戦っているのだろう。

 その一団はすぐに見つかった。

 銀鎧に青のペイント、DDAのメンバーが2人。紅い和服の菱紋、風林火山のメンバーが2人。――いないのはユナだけだ。

 

「ALFっす。ユナは!?」

「なんでこんなところに軍の連中がっ!?」

「いいから答えるっす!」

 

 彼らの戦っていたエネミーは『Pactch the Jailer』。

 革鎧ですらない血塗れた布だけを纏った女性型のフォルム。頭は黒い金属のフルフェイスで覆い隠されていて、手には錆びついてこそいるが刃だけは鋭く研がれた両手剣が握られていた。背のあたりからは人間の腕を繋げたような触手が6本生えていて、どれにも手があり剣や斧を握っている。触手の長さは7メートル前後。伸ばせばもっとあるだろう。

 これが通路を塞ぐように立っていて、彼らも先に進めないでいるようだ。

 

「先に行ったんだ。逸れた仲間のHPが危なくなって、それで――」

 

 パーティーリストに残ってる仲間のHPはリアルタイムで確認できる。

 それでユナはこのネームドを単身突破して先に行ったわけか……。

 風林火山の1人が果敢に突進系ソードスキルで触手を潜り抜けた。

 ネームドのHPバーは3本。そのうち1本はすでになくなっている。外見からはそれほど防御力が高いとは思えないが、通路が狭くてほとんど1体1にしかならない。裏を取れればだいぶ変わるのだろうが……。

 突進したプレイヤーをあの両手剣で捕らえるには床や壁が邪魔だ。攻撃は決まったかに思えた。

 ネームドの剣が振るわれる。そして――両手剣が壁ごとプレイヤーを切り裂いた。彼は重装鎧を着ていたのに、触手の間合いの外まで吹き飛ばされる。ネームドに損傷はなし。

 

「追いてえけど。剣のスピードと、壁を物ともせずに斬る性質でちっとも近づけねえんだよ」

 

 さらにこいつの攻撃、HP吸収効果付きではないか!?

 失ったHPバーまでは回復しないようだが、わずかに減っていた2本目のHPは全快になっていた。

 

「ユナが行ってからどれだけ、時間取られてるっすか?」

「ざっと10分ってところだ」

 

 まだ追いつける、か? 問題はこれを挟撃しても短時間で片付けられるかどうかだが……。まだHPバーは2本。最後の1本でどんな隠し玉を使ってくるかわからない。しかも突破は難しい。

 

「2人はここでネームドの処理を。私は先行するっす」

 

 2人は残す。数値上のセオリーなら私が残って戦うべきだ。私には索敵スキルがない。だからといって部下だけを先行させるのは不安が大きすぎる。彼らをここで残してうっかり死なれても本末転倒。

 私ならソロでも――大丈夫だと? いや。それでも彼らよりはまだマシだ。装備を重装と大盾に切り替える。

 

「おいおい。タンク装備だろ? そんなAGIじゃ無理だ」

 

 彼らの静止を聞かず私はネームドの間合いに入った。

 触手の攻撃を大盾で防ぎ、さらに両手剣の間合いまで進む。

 振りぬかれる両手剣の速度は圧巻だ。回避するスペースなどなく、後退するにはあまりにも速い剣速。

 盾で受けても身体が宙に浮く。人型の癖にどれだけのSTR値を持っているというのか。

 私は攻撃を受けた瞬間に突進系ソードスキルを使用。身体にかかっていた運動ベクトルが反転して強烈なGを感じながら前へ跳ぶ。――ソードスキルのアシストモーションはノックバックさえ無視した。

 フォーカスターゲットはネームドの左上。天井との間にあるその隙間を通り抜けるっ!

 

「なんだ、ありゃ……」

 

 私も色々おかしいと思っているがカーディナルが修正しないところを見るに、これは列記とした仕様らしい。

 

「さっさと倒して追いついてくださいっすね」

 

 攻撃を一切当てていないためネームドのヘイトは溜まっていない。

 私はネームドを無視して通路の奥へと進んだ。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 戦闘はやはりパーティーでするべきだ。

 エネミーの群れを捌きながら私は単身で進んだことを速攻で後悔していた。

 加速度的に増える損耗に冷や冷やしながら、また1つグループを潰す。

 そもそもどこまで階層があるのだろうか。外から見ただけでは山肌で隠れていたためさっぱりわからない。

 情報がないのはとにかく大変だ。例えば、そう……。

 

「乗るべきっすか、乗らざるべきっすか」

 

 受け取ったマップデータは少し前で途切れていた。

 目の前には下へ進む昇降機。考えられるのはボーナスエリアか、ボスフロアの2択。確率は半々くらいなのが嫌なところだ。

 

「ええい、ままよっす」

 

 降りよう。こうなったら直感頼りだ。上り階段がまだ見つけられていないのは、存在しないからという可能性だってある。

 昇降機はどうやら1階よりも下まで続いているようで、しばしの浮遊感を受けた。

 仮にここを地下1階としよう。この階層は通路に蝋燭の灯りがともされていて、全体的に整備が行き届いていた。適当な扉を開ければそこは牢獄スペースではなく、資材置き場や拷問部屋があった。中には調度品のある談話室のような場所も。

 馬鹿は高い所が好きと聞くが、悪人は地下が好きなのかもしれない。棺桶だって地面の下に埋めるものだし信憑性はある。

 エネミーとの戦闘を避けつつ探索を進める。戦闘音でもあれば駆け付けられるのだが、いかんせん扉は重厚な作りで部屋の中で戦われては音ではわからない。

 

「…………っ?」

 

 気配を感じる、なんてのはそうそうないのだがこの時ばかりはそれがあった。

 おそらく背後の蝋燭が不自然に揺れたせいだ。乱数ではない。隠密状態で透明化しているなにかが近くを通ろうとしたのではないだろうか?

 振り返り剣をその方向へ構える。

 

「出てきたらどうっすか?」

 

 突進系ソードスキルの発動姿勢を整える。

 透明状態は接触で解除。そうでなくとも急激に動けば足元の砂が舞うなりなにかしらの現象が発生する。

 

「………………」

「待った待った!! 俺だよ俺」

 

 ソードスキルが発動する寸前で前方から人が現れた。

 最悪だった。なんでこいつがいるんだ。このままソードスキルで串刺しにしてやりたかった。カーソルカラーが赤だし、殺さなければ犯罪フラグは発生しないからいいんじゃないだろうか。そんな誘惑に駆られつつも私は剣を下げた。

 

「やっほー。エリにゃん」

 

 ズタ袋の青年。ラフィンコフィン幹部の1人。毒使いのPK。ジョニー・ブラックがそこにいた。

 

「索敵スキルじゃないよね? どうやって気がついたの?」

「なんだっていいじゃないっすか。そっちこそなんでこんなところにいるんすか?」

「あっれー冷たいなぁ……。偶然お友達と会ったんだから、もっと楽しそうにしてよー」

「……はぁ。殺気が駄々漏れなんすよ」

「またまたぁ。俺はエリにゃんを殺る気はないぜぇ」

 

 どの口が言うんだろうか。

 

「それで、ジョニーはここでなにしてるんすか?」

「決まってんじゃん。PKだよPK。丁度1人ヤったところ。――あれ? ひょっとしてマズかった?」

 

 は? 1人、殺した……?

 ジョニーのカーソルはレッド。流石にこの状態でこいつも街を歩くわけにはいかない。当然殺人の後はカラーロンダリングでグリーンカラーに戻している。

 

「ごめぇんね」

 

 持っていた剣で斬りかかることを私はしなかった。

 だってそんなことをしても意味はない。もしジョニーを逃がせば立場が悪くなるのは私の方だ。彼はAGI型だ。逃げられれば追いつけない。それはジョニーだってわかっているはず。だから戦うなんてことは間違っている。間違っている。間違ってはいけない……。

 

「あ、でもでも。まだ1人残ってるんだよね。俺が丹念に仕込んだトラップで捕まえたやつがさ、後から来たやつに救出されちゃったわけ。それで逃げられる前にサクッとやったんだけど。助けに来た方がまだなのよ」

 

 助けに来た方はまだ、無事? ユナはまだ無事?

 

「それで、そのプレイヤーはどこっすか?」

「こっちこっち。ついてきて」

 

 ジョニーの後を追いかける。

 彼が談話室の本棚をいじると隠し扉が現れた。そこを通って先へ行く。すると地下にいるはずなのに広々とした空間に出た。おそらく鍾乳洞かなにか。ここは高台の上で、下から戦闘の音がした。

 私は身を乗り出して音の方角を見る。そこには鉄格子で仕切られた巨大なステージがあった。六角形のそれはまるで闘技場。その中には猛獣の代わりに囚人エネミーたちと巨人エネミー、そしてユナが押し込まれていた。

 天井にも人の通れる隙間がないよう鉄格子が張り巡らされていて、2つある扉はそれぞれ塞がっていて出られる様子はない。巨大な砂時計が闘技場の側にある。砂が落ちる速度は実にゆっくりだった。

 

「どう? 凄いでしょ、ここ。ラフコフの後輩が見つけてくれてさ。使う暇がないからって教えてくれたんだよ」

 

 両手を広げて楽しそうに語るジョニー。

 私はユナに視線を戻す。HPはすでにイエローゾーン。攻撃もそこそこに回避を繰り返す。たぶん、あの砂時計が落ちきれば扉が開いて出られる仕組みなのだ。

 戦闘中のユナが突然エネミーから視線を外して――目が合った。彼女の表情は驚愕に変わる。その隙にエネミーの攻撃が掠りレッドゾーンへ入った。

 

「エリちゃん。助け――」

 

 声を出すのもやっとの激しい戦闘の中、その言葉は紡がれた。

 距離は遠いのによく通る綺麗な声だ。

 

「知り合い?」

 

 見られた。ジョニーは今レッドプレイヤーだ。ユナがここから出れば彼女が救出したのだろうプレイヤーが死んだことはすぐに知られてしまう。それにズタ袋で顔を隠したレッドプレイヤー、ジョニー・ブラックは有名な指名手配犯だ。

 そんな彼と一緒にいる私を見られた。見られてしまった。

 

「…………残念っすね」

 

 なにを、言っているのだろう? アバターが、私の心を無視して、動いているような、違和感が……。

 

「あるよあるよ。いいのあるよぉ。そこのレバー、引くと床が抜ける仕組みなんだ。経験値は入らないけど、犯罪者フラグも立たないからオススメだよ。俺がやろうと思ってたんだけど、知り合いなら仕方ない。ささ、どうぞどうぞ」

 

 鉄製のレバーに手がかかる。

 ユナはまだ諦めず剣を振って攻撃を防いでいた。彼女ならどこかでポーションを使うタイミングさえできれば、あの中で生き残る事も可能かもしれない。

 そう思っていたら、ウォールランで天井の鉄格子の柱を走りつつ上下を逆さにポーションを飲んでいた。だんだんHPが回復してイエローゾーンまで持ち直す。だが着地のタイミングで囚人が足に絡みつき、巨人の一撃で再びレッドゾーンへ。

 

「どうせ死ぬなら、私が終わらせてもいいっすよね?」

 

 ユナの歌が聞こえた気がした。沢山の思いが込められた歌声が頭の中で響く。寂しさには愛情を。不安には勇気をくれたあの歌声……。

 隣に立つジョニーを見る。彼の武器は短剣カテゴリーのナイフ。隙の少なさと高いクリティカル率や状態異常の蓄積値が売りだが、一撃の威力が低くリーチが短いという致命的な弱点のある玄人向けの武器だ。

 状態異常こそ脅威だが、防御力の高い私との相性は最悪のはずだ。

 彼が戦いに応じれば勝てるし、そうでなくともここから退かせることは可能。

 

 

 

 私は…………。

 

 

 

 

 剣を………………。

 

 

 

 

 

 

 いいやレバーを………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――引いた。

 

「キヒャヒャヒャヒャヒャッ! ごめんねユナァアアハハハハハッ! ユナの歌は大好きだったっす。ユナのことも大好きだったっす。でも知られちゃったら仕方ないっすよね? このままでも死んじゃうかもしれないし、別にいいっすよねぇえええ!? ああっ! ユナ! ユナ! ユナ! ユナ! ユナッ!! ごめんね。バイバイ。ありがとう。ユナァアア!!」

 

 闘技場の床が口のように上向きに開いた。歯の代わりに敷き詰められた剣山が、飲み込まれていくデータを貫いていく。ポリゴンの爆散する音響が重なり、立て続けに鳴った。

 ユナは――跳ね上がった床の勢いを利用して空中へ逃れていた。

 私はレバーを戻してもう一度引く。

 床が咀嚼するように開閉する。

 揺り戻した床に身体を打たれ、剣山に吸い込まれるユナ。あんなに綺麗だったアバターは穴だらけになり、顔も見る影もなく刃が突き出ている。

 私はレバーを戻してもう一度引く。

 HPが0になりポリゴンに変わり出したユナの身体が刃から抜け、再び刺さる。

 私はレバーを戻してもう一度引く。

 どうにか人の形を保っていたアバターは部位欠損でボロボロと四肢が剥がれ落ち、細切れのなにかに変わった。

 私はレバーを戻してもう一度引く。

 ポリゴンが砕ける音がした。剣山の隙間にはユナの使っていた装備と、そしてリュートがその場に落ちていた。

 私はレバーを戻してもう一度引く。

 装備は隙間に挟まって刃に刺さらない。

 私はレバーを戻してもう一度引く。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度。もう一度…………。

 

「イヒッ……」

「キヒヒ……」

「「クヒャヒャヒャヒャヒャッ!」」

 

 哂う。私たちは哂う。

 

「やっぱりいいねぇ、あんたっ!」

「……帰るっす」

「あれ、もう冷めちゃった? 賢者タイム?」

「他にも人来てるっすから、身を隠した方がいいっすよ」

「ありゃ、そうなの? そいつはイケねえや。俺も退散しとくか」

 

 私はそれからジョニーがPKして得た戦利品の武器と、仕掛けの隙間に落ちたユナの遺品を回収してネームドを倒した彼らと合流した。

 途中で絡んできたエネミーはとても調子が良くて簡単に倒せた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 主街区に戻ったときにはもう、フロアボスが討伐された後だった。

 観光していたプレイヤーは新しい層へ向かってしまいいなくなっている。取り残されたNPCたちはクエストが終わり平和が戻ったことで、安堵し、歌い、踊り、互いを祝福していた。聞こえてくるシステムBGMもどこか楽し気な曲だった。

 そんな中この世の終わりと言わんばかりに暗い顔をして、主街区の入り口で立ち尽くしていたのはノーチラスだった。

 彼は彫像のように固まっていたが、私たちが近づくと呪いが解けたかのように膝から崩れ落ちて、それから私を見上げた。

 

「ユナは、どこだ?」

 

 彼の視線から逃げるように空を見る。

 雲一つない晴天だ。ちりちりと肌を焼くような太陽の光が痛い。ユナの死なんて世界には関係ないと言わんばかりに清々しい天気を、忌々しく思った。

 私は首を振り、アイテムストレージから空色のリュートと細剣を取り出す。

 

「なんなんだよ、これは……。嘘だろ…………?」

 

 彼は私たちが来る前に、フレンドリストからユナの名前が灰色に変わった事に気がついている様子だった。でもそれを受け入れられるかどうかは別だ。

 

「どうし、て……?」

「ネームドに足止めされた私たちを置いて、先行した結果エネミーにやられたっす」

「そんなはずないだろ?」

 

 血液が凍り付くような感覚がした。

 

「ユナは強いんだ。そんな風にやられるはずがない……。やられるはずがないんだ!」

「すまん」

 

 DDAの1人が頭を下げる。

 風林火山のメンバーはじっと涙を流していた。

 

「お前がいてどうして助けられなかったんだ!」

 

 ノーチラスが立ち上がり、私に掴みかかりながら慟哭を上げた。

 

「皆を守るのが仕事なんだろ!? ユナをなんで助けなかったんだ!」

 

 そんな、信じてもいないことを口に出すなよ。君は知っていただろうに……。

 ALFは正義の味方じゃない。

 もっと利己的で、自己顕示欲に支えられた組織だ。攻略組が最強であることをプライドに戦うように、ALFは弱者の味方を謳って優越感に浸っているだけなのだ。

 初めて会ったときから、それはわかっていただろう?

 

「どうしてお前が無事で、ユナは無事じゃないんだよ!」

 

 ……それはね、ノーチラス。

 私が上手くやれて、ユナはそうじゃなかったからだよ。

 私もジョニーと敵同士だったら隠密からの不意打ちで死んでたかもしれない。でもそうじゃなかったから生きてるんだ。

 彼女は身の振り方を間違えたんだ。

 

「どうしてこんな日に危険なダンジョンに行ったんだよ! お前たちがしっかりしてればユナも危ない場所に行かなくて済んだんだ。お前たちのせいで、ユナは、ユナはっ!」

 

 DDAの2人は言葉を発しなかった。

 彼らだって今日仲間を失っている。自分たちの犯した失態がどれだけのものかなど、身に染みてわかっていただろう。

 他の攻略組を出し抜いてダンジョンに挑む。彼らがしたことは珍しいことじゃない。それで失敗して助けを求めたことも。探せば似た例もあるだろう。ただ今回は助けられず、助けに行ったプレイヤーも死んだ。それだけだ。

 

「……どうして、僕は戦えないんだ。どうして僕は君の隣にいてやるとこすらできないんだ!」

 

 ノーチラスがFNCでなければ、ユナを助けられただろうか?

 彼ならあのネームドを越えてユナと一緒に戦うことはできたかもしれない。そうならば、どうだ? ジョニーは数の不利を悟って退いただろうか? 私があの場でジョニーと会うことはなく、レバーを引くこともなかっただろうか?

 いいや。それは考えても仕方がない。ノーチラスはFNCで、ジョニーはあの場にいた。私はレバーを引いたし、ユナは死んだ。それがすべてだ。

 

 ノーチラスはうわ言のように「どうして、どうして……」と呟いた。

 私は彼にしてやれることなんてない。キリトのように古馴染ではない。私たちの関係は間にユナがいたから成り立っていたものだ。

 彼の背は押しても動けない。FNCが彼を前に進ませないから。

 行き止まりだ。彼はここまで。ただユナの死が圧し掛かって、それで、それだけだ。

 サチよりも多くの人がユナのことを憶えてくれているだろう。でもだからといってユナの死を背負って戦ってくれる人はいない。

 

「……すまねえ」

 

 転移門から走ってきた男がいた。風林火山のギルドマスター、クラインだ。

 彼は耐久度の減少したボロボロの姿のままだった。フロアボス戦で苦戦したみたいだ。フィールドではひと手間加えないとメッセージのやり取りはできない。彼が事のあらましを知ったのはボス攻略後だったのだろう。

 もしそうじゃなくてもボスとの戦闘中に離脱することなんてできない。風林火山はクラインがいなくても徹底したパーティープレイで犠牲者を出さなかった。彼らはギルドメンバーに至るまで優秀だった。

 

「ノーチラス、それにお前らも、すまねえ……」

 

 クラインが謝る事じゃない。すべては、私のせいだ。

 ラフコフの情報を告発していれば正月の惨劇も起こらず、何百人ものプレイヤーの命が助かったはずだった。それをせず、果てはユナまで死なせてしまった。

 私は間違えたのだろうか?

 いいや正しいんだ。私は生き残っている。ALFでも高い地位にいる。レベルや装備やスキルだって、攻略組のクラインに引けを取らないくらい強い。私は間違ってなんかいない……。

 

「後は任せるっす。――帰るっすよ」

 

 私は部下にそう告げてこの場を去ろうとした。

 

「エリ、お前……。死ぬんじゃねえぞっ」

 

 クラインは悲痛な声でそう言った。

 なにを言っているのだろう。まさか自殺しそうに見えたとか? それはお笑い種だ。私は死なない。だって私は正しいから……。

 

「なに言ってるんすか……?」

 

 私は転移門を使って1層へと戻る。

 ああ、間違いといえばそうだ……。救助に失敗してしまい、二次被害も出してしまったことになるのか。ALFから死者こそ出さなかったがやってしまった。

 これ以上悪名がついたら流石に困る。また適当にオレンジプレイヤーでも捕まえてこないと。それよりもまず報告書か。

 嫌になるなあ。

 治安維持部隊の本部に戻ると、すっかりファンになっていた連中がユナの曲を録音クリスタルで垂れ流していた。




ユナが死ぬシーンを書きたくなくて、書き上げるのにかなり苦戦しました……。
死亡するキャラに愛着がないわけじゃないんです。彼らの事も好きなんです。

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