レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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26話 棺桶と鎮魂歌(7)

 目に飛び込んできた内装は、当時のものからかなり変わっていた。

 ショーケースは豪華な銀縁に赤い布を敷いた物になっているし、奥に見える炉や金床は意匠の凝らされた高ランク品になっている。床は檜板のままだが、隅々まで掃除化行き届いていて、ワックスによる光沢のある艶が照明を反射して輝いていた。飾られた武具も一級品の美しくも実用的なものばかり。この店が一流の鍛冶師の店だということは誰の目から見ても明らか。

 最初に借りたときの安物件だった空き家の面影はどこにもなかった。

 

「いらっしゃいませ、リズベット武具店へようこそ」

 

 可愛らしい声で出迎えたのは、懐かしいリズベットの姿だった。

 髪をピンクに染めて、白いフリル付きのエプロンドレスを着ているが、見間違えるはずがない。

 記憶と同じ快活な笑み。それがだんだんと驚愕に変わっていく。

 

「あ、あんたっ! 今までどうしてたのよ!? 連絡も返さないで。私がどれだけ心配したと思ってんの!」

「話は後っす! とにかく今は――」

 

 今は――なんて伝えるべきだ?

 ラフコフに狙われてるからここから逃げろと? 何処へ逃げろというんだ。ALFでないのは確か。キリトに助けを求める? 攻略組がこんな時間に圏内にいるわけがない。風林火山もキリトと同じ理由で不可能だろう。

 実力者の手を借りたいのに、その実力者は大抵圏外にいる。フレンドメッセージは届かない。大規模ギルドであれば裏技を使ってメッセージをやり取りする方法があるのだが……。ALFは論外。DDAにもKoBにも親しい知人はいない。クソッ。交友関係を広げずに内政にかまけ過ぎたツケがこんな時にっ!

 

「Hello……」

 

 背後の扉がゆっくりと開き来店を知らせるSEが鳴る。

 獲物を前に舌なめずりをするような、ゆったりとしたイントネーションの発音。舞台役者のように足音をカツカツと響かせ、フードを被った男は大業に腕を広げて見せる。

 その片腕には私が知る限り最強の武器、『友切包丁(メイト・チョッパー)』が軽々しい手つきで、ぶら下げるように握られている。

 

「――PoH!」

 

 よりにもよってどうしてこの男がっ!?

 ラフコフの下っ端であれば、私のどちらの立場を使ってもこの場を収めることができると踏んでいた。だが幹部連中であれば話は別。つまりは不可能だ……。

 HPがコードによって絶対に減らないはずの圏内であろうと、彼の発する圧は私やリズベットをこの場で殺せると言わんばかりだった。

 いいや、それは事実なのだろう。

 彼ほどソードアートオンラインの裏をかいて人を殺す達人はいない。彼なら圏内で人を殺す手段などダース単位で用意してみせるはずだ。

 

「PoHって、あのラフコフのっ!?」

「俺も有名になったもんだ……。それともそこにいるALFの隊長様が懇切丁寧にレクチャーしてくれたのか?」

 

 彼の口元がにやりと、三日月のように歪む。

 どうすればいい? どこで間違えた? どうしたらこの場をやり過ごせる? 私の後ろで小さく震えるリズベットを差し出せば助かるのか? いいや、私が助かる保証なんて何処にもない。それでも一抹の望みに縋ってやるべきじゃないのか? ユナだってそうやって殺したんだ。今回も同じこと。1人も2人も変わらない。

 ――さあ、やれっ!

 

「……どうした。構えなくていいのか?」

 

 反射的に鞘から抜いた剣を、促されるままPoHへと構えた。

 戦闘のスイッチが入って冷静な思考が血液のように全身を巡る。

 PoHを説得する手段はなく、こうなってしまってはどうにもならない。

 私はまず空いている腕でリズベットを店の奥へ押して距離を取ろうとした。

 傍から見ればなにを圏内でと笑われる光景だが、演じている役者があの悪名高いラフィンコフィンのギルドマスターPoHと、一応治安維持部隊の隊長なんてやっている私であると知れば全員口を紡ぐだろう。

 

「HAHAHAHAHA!」

 

 片手で頭を抱えて笑い出すPoH。そうしている間も彼の武器を握った腕は空中からまったくぶれない。見事な体幹だと忌々しく睨み付けるも彼はまるで意に返さない。

 隙などまるで感じられず、そもそもにおいて私から手は出せない。それは護衛対象がいるからという理由だけではなく、私から仕掛けてPoHへ手傷を負わせる手段が見当たらないからだ。圏内の安全コードは今、PoHの味方だった。

 

「おっとすまん。あんまり素直なんでついな」

「リズ、大ギルドに信頼できる人はいるっすか?」

「え、あ、えっと――」

 

 誰かしらいるだろうが、突然の事態で彼女の頭は働いていないようだった。

 PoHは虚空で指を動かしメニューウィンドを操作している。

 妨害するべきか? ソードスキルは圏内であろうとノックバックを発生させる。手元を狂わせるくらいならできるが狙いが分からずどうすればいいかわからない……。

 今のPoHは隙だらけに見えるが、それはあえてこちらを誘っているようにも映った。泥沼だ。思考の土壺にはまったときは力技で解決するのが一番だが、力を向けるべき方向すらわからないのではどうしようもなかった。

 

『PoH から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

 PoHからデュエルの申請が送られてくる。

 誰にでも思いつくようなあまりにも普通の方法。しかしこの場合極めて有効だ。背後にいるリズベットを人質にされ、私は受けざるを得ない。むしろ受ければPoHにもダメージが入る分良心的だ。

 

「リズ、グランザムに転移してKoBに助けを求めるっす。アスナさんに私の名前を出して、ギルドのフロントで彼女が来るまで粘ってくださいっす。いいっすか、直接彼女が来るまで誰にも着いていっちゃ駄目っすよ。誰がラフコフのメンバーかわからないっすからね」

 

 私はそう言って、彼女にオブジェクト化して常備している転移結晶を押し付けた。

 業腹だが、結城さんだけは絶対にラフコフの――こちら側の人間でないと信頼していた。いいや、裏付けなどなにもない。だからこれはそう信じたいという私の願いだ。彼女がもしもそうだったならすべてを諦めるしかない。これは私のすべてを、それどころかリズベットの命すら賭けられるほどの強い願いだ。

 

「おいおい。敵を前に相談とは、随分余裕があるじゃねえか」

「リズだけは見逃してくれるってことだと思ったんすけどね……」

「はっ! そんなわけないだろ」

 

 背後と武具の展示されている空間にエフェクトが発生する。

 これは回廊結晶による門のエフェクト!? なるほど、そういうことかっ!

 PoHのデュエル申請はダミー。本命はこっちで、あれはメッセージを送信してタイミングを知らせていたのだ。

 

「リズ、早くっ!」

「て、転移。グランザム!」

 

 リズベットが転移結晶の起動に入ると同時に、回廊門を通ってやってきた侵入者が状況を見るなりソードスキルで襲い掛かる。

 細剣による高速の一撃を盾で防ぎ背後からの攻撃は剣で受け止める。

 

「大盤振る舞いじゃないっすか」

「ALFの隊長様が相手だ。こっちも、加減はなしだぜぇ」

 

 閉所空間では少数精鋭でなければ満足には動けない。その点彼らは完璧だった。

 ラフコフ最強の男PoH。そして彼の右腕と左腕、ザザとジョニー・ブラック。これ以上ないくらいの布陣である。

 

 PoHは開いてる手で素早く投げナイフを投擲。狙いは当然転移中のリズベット。3本のナイフが手首のスナップで立て続けに飛んでくる。ザザに向けて牽制していた中盾でそれを防ぐが、今度はフリーになったザザがソードスキルでリズベットを狙う。身体を反転、振り向きざまに剣を振りソードスキルの軌道を逸らす。だがそうすれば当然次はジョニーの番だ。私は盾を手放し素手で彼の短剣を受け止める。状態異常もダメージも発生しない短剣の攻撃など素手と変わらない。その甘い認識を見事に打ち砕かれた。

 

 スキルには複合系――他のスキルと組み合わせが可能なものが一部ある。片手直剣と体術スキルの両方を必要とするソードスキル『メテオブレイク』などだ。

 ジョニーの毒ナイフは武器こそ短剣カテゴリーだが、同時に投擲可能アイテムである。彼は受け止められたと知るや否や投剣スキルによってそのリーチを途方もなく伸ばして追撃した。

 

 肩でかろうじて投擲された武器を防ぐが、その間に盾は自由落下してPoHのナイフも殺到する。ジョニーも接近戦では無駄と悟り距離を取って援護に徹し出した。

 手数が違い過ぎる。ナイフを防ぐにも囲まれた状態では手が回らず、しかもザザのソードスキルが私に接近戦を強要してくる。盾を早々に投棄したのが失敗だったが、だからと言って盾があれば打開できるわけでもない。

 転移終了までの時間が途方もなく長く感じた。

 今必要なのはナイフをすべて撃ち落し、ザザのソードスキルすら防げる圧倒的攻撃数。

 

「舐めるなぁあああああああ!」

 

 私はカウンターの裏に飾られていた安物の剣を掴んだ。

 この剣の事は……。

 手取足取り教えたせいで、重さも長さもよく覚えている。

 ちゃんと飾ってくれてたのか。

 そういえば一度も手を合わせていなかったっけ。

 遅くなってごめんね。

 

 ――サチ。

 

 盾を落としたことで空欄となっていた装備セルに、サチの剣が一時的に装備される。

 これによりスキルの発動条件が整った。

 ()()の剣がソードスキルの前兆を示すエフェクト光を放ち出す。貯めに使った時間は刹那。構えによって選択されたソードスキルが牙を見せた。

 飛翔していたナイフをエフェクトの奔流でまとめて吹き飛ばすと、ターゲットを変えてザザの放った突撃系ソードスキルにフォーカス。突き出された剣を薙ぎ払い、続く爆発のような連撃の刺突でザザの身体を弾き飛ばす。ジョニーが続けて投げたナイフにフォーカスを戻し攻撃。未知のソードスキルに対し、リズの転移まで時間が幾ばくも無いと悟ったPoHはソードスキルで切りかかる選択をした。

 PoHの持つ片手直剣にも迫る巨大な短剣から、そのカテゴリーに相応しい速度のソードスキルが繰り出される。

 

 ――短剣連続攻撃『アクセルレイド』。

 9連続に及ぶ高速の斬撃が閃く。

 

 ――二刀流連続攻撃『スターバースト・ストリーム』。

 すでに半ばまで終えたとはいえ、未だ止まらぬこのソードスキルの連撃回数は16回。

 

 片手では到底間に合わない短剣の速度に、二本の剣によってどうにか追随する。

 私はPoHをこれ以上先に進めまいと、繰り出される一撃一撃にターゲットを設定して剣を斬り合った。

 衝突する剣が火花に似たエフェクトを巻き起こし、その威力に身体が押し込まれそうだ。それでも私は足を踏ん張り、歯を食いしばって次の一撃を防ぐ。

 初撃こそ圧倒的な速度を見せたPoHであるが、打ち合いの衝撃があるのは彼も同じで、続く連撃が勢いを殺され明らかに遅くなっている。

 私たちは2回、3回、4回とソードスキルは攻撃階数を消費していき、瞬く間にスターバースト・ストリームは最後の攻撃に至った。

 私の右腕から放つ中段突きが、PoHの放った中段突きと同じ軌道でぶつかり合う。

 一瞬の拮抗。実時間にして60分の1秒に満たない世界を私は見た気がした。

 サチの剣の切先がメイト・チョッパーの四角い先端を芯で捉え、わずかだが先にメイト・チョッパーが押し返された。

 

 だがそれだけだ。

 私は衝撃に耐えられず、手からサチの剣が弾き跳ぶ。

 エフェクトが遅れて輝き私はソードスキル後の硬直が始まった。

 PoHの放ったアクセルレイドはまだ1回の攻撃を残している。

 メイト・チョッパーによる突きが繰り返され、私の身体を打ち付けた。

 アバターがノックバックする感覚。

 私の背後には――すでにリズベットの姿はなかった。

 

「私の勝ちっす……」

 

 地面を転がりながら、ずっと言いたかった精一杯の強がりを、私は言えた。




ヒースクリフ「その反応速度は驚異的だ」(13話より抜粋)

『二刀流』は全プレイヤー中最大の反応速度を持つ者に与えられるユニークスキル。
原作でもユウキがSAOにいれば、彼女に二刀流は与えられていただろうとさえ言われていますし、キリトにだけ与えられる特権ではないと思いこうなりました。

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