レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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27話 棺桶と鎮魂歌(8)

 回廊結晶は転移結晶と違い集団転移が可能だ。それは空間を繋げる門を生成するという性質から集団での移動に留まらず、戦場に増援を呼び出すといった手段にもなり得る。ALFの治安維持部隊で使われている強襲はこれを利用したものだ。

 だが今回私がされたのはその逆。圏内から圏外へ強制的に引きずり出すというものだった。

 私がデュエルに応じるかどうかは関係なく、この方法でリズベットを殺そうとしているのは通常の転移結晶ではなく回廊結晶という極めて高価なアイテムで襲撃してきたことからすぐに気がついていた。

 

 私はPoHの最後の一撃で回廊結晶の門を潜らされてしまった。

 ここは……。どこだろうか? 来たことのない場所だ。

 青白い円柱が支える広大な空間。通路の代わりに宙を漂い移動する足場。私たちのいるフロアは虚空に浮かぶ長方形の浮島のひとつだ。天井は蓋がされていて、地下か、建築物の中だということが推察でき、ぼんやりと円柱が光を放っているおかげで光源には困らない。

 エネミーの影は見当たらない。明らかにダンジョンの中であるが、セーフゾーンが大きいのか、あるいはなにかしらのクエストを完了させたおかげでエネミーが再出現しなくなったのか……。

 ともかく隠れ潜むにはうってつけの場所というわけだ。ここが私にも知らせていないラフコフの拠点なのだろう。

 

「Congratulation.流石はエリだ」

 

 拍手をしながら、PoHが門を潜って現れる。その背後からザザとジョニーが続いた。彼らが通過すると時間切れのようで、門は閉じられる。

 私は臨戦態勢を保ったままクイックチェンジで武装を呼び出す。

 対人用に鍛えたリーチ重視の長剣と、重量級の直剣を装備。防具は軽量級のHP増加率と毒耐性が高いものでまとめた。これがどれだけ役に立つかはわからないがないよりはマシくらいに考えておこう。

 

「だからこそ、俺は余計に残念に思ってる。お前は俺たちの同類。仲間だと信じてたんだぜ?」

「信じてるだなんて、心にもないことよく言えるっすね」

「………………」

 

 口だけならなんとでも言える。私だって嘘を吐きながら、それでも信じてくれと言うくらい造作もないことだ。そういう意味では同類というのもあながち間違いではないか。

 

「なんでリズを狙ったんすか?」

「別に。あの女のことはどうでもいい」

「……そういうことっすか」

 

 私はどうやら嵌められたらしい。

 PoHがやってきたタイミングが良すぎたことで気がつくべきだった……。いやもっと前、アルゴが妙に焦っていることを不審に思うべきだったのだ。

 信用は買うことができずとも売ることはできる。私はアルゴによって売られたわけだ。

 彼女がそれを対価になにを得たかはわからない。あるいは脅されてやってだけなのかもしれないが、積み上げてきた信用を使ったいい手だった、本当にねっ!

 

「私よりアルゴを信用するんすか?」

「……お前の口車に乗せられる男に見えるか?」

「見えないっすね。命乞いするんで見逃してくれないっすか」

「ここまで来て、それはなしだぜ」

 

 まあそうだろう。積極的に活動してなかったのが駄目だったのだろうか? ユナの死からしばらく、テキトウにやり過ぎていた。意外とダメージ大きかったんだなと改めて気がつかされる。

 だが根本的な問題は別だ。どう転ぼうといずれはこうなっていた。そんな予感があった。そもそもの原因は以前からハッキリしていたのだ。

 

 ――つまり、私はPoHという男を理解できなかった。

 

 彼がどうして殺人を行うのか。なにに快楽を感じて、なにを嫌っているのか。掴めそうで掴めず、近いようで遠い。意図的に隠しているようでいて、気がつかないだけで大っぴらにしているような感じもした。私も下手に探って墓穴を掘らないようにしていたのもあったが、それでも他の人物であればもう少し理解できただろう。

 これがジョニーであれば解決できた。彼の趣向に関しては理解できなくもない。それがユナの顛末だったわけだが、私はどうにかできた。

 ザザだったら無駄だ。それは彼が私と戦うことが我慢できなくなっただけで、いつでもありえた結末だから。ただ、間に緩衝材となる人間がいればいくらかやり過ごせただろう。それはジョニーでもいいし、PoHでもよかった。

 そしてPoH。彼の事だけはどうしてもわからない。どうして私を殺そうと思ったのか。どうしてアルゴの話に乗ったのか。前提すら見えてこない。ここまでくれば完敗だ。私は彼の手の平で踊り続けることしかできなかった。

 

「エリ、俺と、デュエルしろ」

 

『Zaza から1vs1デュエルを申し込まれました。受諾しますか?』

 

 ザザが、エストックを構えて一歩前に出る。

 すでにPoHが挑んだデュエルの申請はタイムアウトしていた。当然ながらザザが送ってきたデュエルの設定は『完全決着モード』。HPが0になるか降参を宣言するまで続く、通常使われることのないルールだ。

 当然これを受けずともザザは私のHPを減らすことができる。ザザのカーソルカラーはレッド。私から攻撃して犯罪フラグが立つ心配もない。

 だからこれは雰囲気の問題でしかないわけだ。

 

「ザザ、てめぇっ!」

 

 PoHが怒号をあげる。

 

「なあボス。俺からも頼むよ」

「……クソッ。最後まで見てるだけかは保証しねえぞ」

「ありがとよ、ボス」

 

 そんなに自分の手で私を殺したかったのか?

 ザザもジョニーもそういうところがあるし、PoHがそうだったとしても驚くほどの事ではないか。ただ彼と会った当初は、どちらかといえば自分で殺すよりも人に殺させる方が好きだと思っていたのだが、それすら外れていたわけか。

 私の人を見る目も大したことがなかったわけだ。自信がますます無くなった……。

 

 デュエルの申請へYESを返すと、60秒の長いカウントが始まる。

 ザザの武装はエストック。細剣カテゴリーに属する片手武器で、高い装甲貫通力を持ちスピードに優れるものの、基礎攻撃力は低く軽いため防がれれば体勢を崩しやすい。

 空いている左腕は投擲武器と体術スキルを当然使ってくるだろう。

 普通に考えれば二刀流ではなく剣と盾の組み合わせの方が有利だ。だが二刀流は未知のスキルであるため情報や経験で勝る。

 残りカウントは20秒。

 ザザはエストックを後ろ手に隠した。クイックチェンジだ。

 彼の普段使っているエストックは麻痺効果付きのPK用。状態異常こそ強力だが他の性能は低いため純粋な斬り合いには向かない。盾でガードした場合ダメージがわずかに貫通するが、剣で切り払われた場合威力の低い方は無効化されてしまう。二刀流対策としては正解だ。

 

「エリにゃん。あんたは俺らのこと嫌いだったかもしんないけどさ。俺は……、楽しかったぜ。だからさ。あー、えっと……。ばいばい……」

 

 ジョニーの言葉を聞き流して私は集中力を高めた。

 残りカウントは10秒。

 デュエルではカウントが0になってから動くのではなく、0になると同時に攻撃を当てるのがセオリーだ。それは0になった瞬間から圏内でもダメージが入るようになるためである。

 私はザザの利き腕ではない左側へ、円を描くように動いた。

 ザザは私に合わせるように円運動を始める。

 

 ――5、4、3……。

 

 徐々に距離を近づけながら私たちはカウントを待つ。

 

「シッ――!」

 

 私がステップで一気に距離を詰めるとザザが左腕を突き出し体術スキルを臭わせ牽制する。続けて私はザザの右側へ動くも即座にザザが切先を向けて対応。

 私の左腕に装備した重剣が下段でソードスキルの発動エフェクトを輝かせるもそれは一瞬のこと。即座にソードスキルを発動させて攻撃を開始する。

 ザザは拳による体術スキルのカウンターで応戦しようとするが、意識を左右に振らされたせいで出遅れている。

 

 ――2、1……。

 

 先んじた重剣が拳を躱しザザのアバターに傷を付ける。ギリギリで身を引いて威力を下げたものの減少したHPは2割。

 

「グヌゥ!」

 

 初撃決着モードなら私の勝利となる場面――でもない。

 私の攻撃は1と0の間で行われた。ソードスキルの発動がではない。命中した瞬間がだ。つまりフライング。反則である。ザザのカウンターが空ぶったのも半分それが理由だった。

 私のソードスキルは連撃に移りザザはエストックを盾に攻撃を受けきった。相殺ではなくガード判定となったためザザのHPはすでに3割がなくなっている。

 私のソードスキルが終了すると同時にザザが後退しながら心臓部へソードスキルで突きを繰り出した。硬直時間を終えると同時に私は後退を選択。アバターをエストックの切先が掠めるが1割にも満たない軽傷だ。

 

「強かな、女だ」

「手元が滑っただけっすよ」

 

 軽口への応酬と言わんばかりにザザのエストックが閃くが、私は右手に装備した長剣で余裕を持って防いでみせた。

 ザザが選択したのは私の長剣にも匹敵する超大型のエストックだった。手応えから察するにかなりの重量武器。長剣ではソードスキルの打ち合いになれば競り勝てないだろう。

 ザザの技量はかなり高く、刺突の速度は知り得る限りでも群を抜いて速い。これでAGI傾倒ではなくバランス型なのだから恐れ入る。だが速度がいかに早かろうとこの間合いで私に届かせるには足りない。

 

 私たちはロングリーチの武器使い距離を離して切り結んでいた。およそザザが攻めて、私が受けに回っている形だ。

 当然だが距離が離れるほど近づくのにかかる時間は伸びる。

 わずか1メートルにも満たない距離が増えたくらいでなにを、と思うかもしれないが、接近戦は10分の1秒が基準の世界だ。半歩の差は果てしなく遠い。

 私たちは互いにソードスキルを使()()()()()()0.3秒で相手の喉笛を切り裂ける。さらにいうと0.3秒は目で追える速度なのだ。そこに加わる半歩を進むための時間はとても長い。

 なおソードスキルを使わなければというのは、至近距離の単発攻撃に関してだけはプレイヤーの技量で放った方が()()ためである。発動モーションの貯めを抜きにしても、ソードスキルはダメージを与えるために体重を乗せすぎている。つまり重くするために遅いのだ。

 

 私たちは互いに距離を詰められずにいた。

 この拮抗状態を作り出しているのはザザだ。二刀流という慣れない相手に対し、リーチの違いを見抜いて右の長剣だけが間合いに入る絶妙な距離を彼は維持している。

 二刀流の真骨頂は複雑さだと私は考える。剣が1本より2本の方が相手に与える情報量は多い。これを利用して思考の隙を突くというもの。またガードに関しても盾には当然劣るが、受けながら攻められるので1本よりは俄然いい。特に軽い武器同士であれば、片手でも十分受けきれる。

 さらにシステム的観点で見れば二刀流は攻撃力が凄まじく高い。なにせ片手直剣の2倍。DPS(時間当たりのダメージ)に関しては5倍近い。すなわち1パーティー分もある。どうしてこんなことになっているのか、ぜひ茅場晶彦を問い詰めたい。

 

「どうしたんすか? 随分慎重っすね」

「そう、だ……。その、スキルは、警戒に、値する」

 

 これが完全初見なら私はすでにザザの息の根を止めることができていた。

 ザザはおそらく攻略組と遜色ないレベルと装備を持っている。そんなプレイヤーのHP7割を、二刀流の連撃は一度に削りきることができるだろう。もちろん途中でガードや回避をされればフルヒットとはならず、死なない可能性もある。だが瀕死になるのは間違いない。

 リズベット武具店で見せた16連撃は、ザザへ正しい警戒心を与えてしまった。

 

 このままでは埒が明かない。焦れて動くのは危険だが、こちらが隙を見せず無傷で勝つというのは土台無理な話だ。それが許されるほどザザは弱くない。

 ザザの何度目とも知れぬ突きを避け、私は重心を低くして距離を詰める。

 もう一度突きが跳んでくるもののそれは剣の刃で受けて逸らした。ソードスキルは使わず、しかしいつでも使えるようスターバースト・ストリームの発動モーションを構えたままにする。

 まだだ。まだ。まだ。まだ……。

 距離は縮まり過ぎて拳の間合いになる。ザザは体術スキルのモーションを構える。

 

 ――まだだ。

 

 ザザは遅れて事態を理解し距離を離そうとした。

 私はすかさず体術スキルの足払いを仕掛ける。掠る程度の浅い一撃はザザの足を取れなかかったものの少しHPに傷を加えた。

 頭の回転がいいやつだ。ザザは最後までソードスキルを打たなかった。彼は理解したのだ。ソードスキルでは私に勝てないことを。

 彼がもしソードスキルで反撃を試みれば、私はそれを受けてでも二刀流の連撃を浴びせる。ダメージ交換は私の圧勝。さらにスキルモーション中で動きを固定されれば死はすぐそこだ。

 形勢は一気に傾く。私がひたすら前に出てザザは後退を余儀なくされる。時折ザザが苦し紛れにエストックを振り回すが、引きながら放たれたそれはソードスキルではないため威力などまるでない。私は片方の剣だけでいなし、前身によるプレッシャーを与え続けた。

 

 ザザは接近戦を諦め、投擲による牽制にシフトした。

 私は飛来する投げナイフを剣で斬りながら前へと進んだ。速度は落ちたが順調にザザをフィールドの端へ追い込む。ここで横を抜けられれば元の木阿弥か……。

 私は一度立ち止まり、緩急の激しい戦いをザザに強要した。

 

「最高だ、エリ」

「こんなのはスキルの性能でごり押してるだけっすよ」

「それでも、お前で、なければ、俺は、勝てた」

 

 これだけ性能差を如実に感じて、そんな口が聞けるのは流石だった。

 

「これで、終わりに、しよう」

 

 あれは細剣の最上位スキル『フラッシング・ペネトレイター』の構え。

 単発攻撃でありながら多段ヒットする突進攻撃で、滑走距離がとても長いソードスキルだ。確かにこれなら二刀流の追撃を振り切って仕切り直せるだろう。今まで使わなかったのは滑走距離が足りなかったためか。端へ追い詰められたのも作戦の内だったわけだ。

 

「付き合ってやるっすよ」

 

 私は右の長剣をガードするように横向きに構えた。

 左の重剣は背に隠し、振る舞いを見えなくする。

 

「――――ハッ!」

 

 ザザが地面を蹴った。

 システムアシストによってありえない加速を見せる。

 中段に構えたエストックからは荒れ狂う疾風を模したエフェクトが噴出された。このエフェクトにも軽度なダメージ判定があるが今は関係ない。

 私は正面からでは点にしか見えないエストックの切先と、ザザの全体像を同時に注視して攻撃カ所と距離感を判断する。

 

 腕に衝撃が走る。地面を擦りながらも体勢を崩さぬようバランスを維持。

 久しぶりの感覚だ。フロアボスと戦っていた頃の手応えを思い出す。

 ザザには私の構えが未知の二刀流ソードスキルを発動させる準備モーションに見えたことだろう。

 私の左手にはすでに剣がない。代わりにそこにあったのは壁のような鉄の塊。そう大盾だ。

 

「イイッ! それで、こそ、だ!!」

 

 ガリガリと盾とエストックの接触点からエフェクトが弾ける。

 足鎧(サバトン)も床との摩擦をエフェクトで表現している。

 ザザのソードスキルは細剣という名を裏切るような重たい一撃だった。まるでヘビーランスの突進を受け止めているかのような馬鹿力だ。

 だが大盾なら防げる。その計算を裏切るように背後にはフロアの端が迫っていた。このままでは奈落の底に真っ逆さまだ。

 私は体術系ソードスキル『震脚』で前進する運動エネルギーを得ようとした。

 その瞬間に付け入りザザが作用点をずらした。

 ほんのわずかな重心のブレが、盾を弾きガードをこじ開ける。

 

「ハァァァアアアアアアアア!」

 

 ありえない!

 目の前で起こった現実を私は衝動で否定した。

 細剣の攻撃で大盾が崩されるなんてことはまずない。

 どれだけザザの行った技巧が優れたものだとしても数値上では不可能のはずだ。

 そうでなければステータスやレベルは意味のなさなくなる……。

 私のHPが削れ始める。

 HPバーの上には装備やスキルによるいくつかのバフアイコン。

 その中に――食事不足によるSTRの低下があった。

 ああそうか。これはつまり準備不足。実力を発揮できない状態でいた私の落ち度だ。

 閃光と共に肩を貫かれ、ようやくフラッシング・ペネトレイターの突進が終わった。

 けれどまだ私のHPは半分以上もある。

 STRの低下を計算に入れれば――。

 

 

 

 浮遊感?

 

 

 

 

 足場が、ない……。

 

 

 

 

 

 足元には底の見えない暗闇が広がっていた。


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