大盾は私の手を離れ、水切り石のように床を跳ねて足場の外へと落ちていく。
交通事故のように跳ね飛ばされた私の身体が、仰け反りながら重力に引かれていった。
「ああ……」
これが走馬燈というものなのだろう……。
世界がコマ送りに動いている。
圧縮された時間の中で、私は自身のアバターを俯瞰していた。
どうしてわざわざ全力で戦ったのだろう。ザザが負けそうになれば、PoHやジョニーも流石に手を出してきたはずだ。PoHの策に嵌った時点で私の死は確定していた。無駄な抵抗をせずさっさと殺されてもよかった。
私がザザと戦った理由はなんだったのだろう……。雰囲気に流された、といえばその通りだ。彼は私を上手く乗せた。その上で勝利だ。ザザもさぞや満足だろう。
ならばもうすることはない。潔く負けを認めて、このまま死んでしまおう。
リズベットがどうなったかが気になったが、もう彼女の無事を祈る事しかできない。
――エリッ!!
誰かの声が聞こえた。声というよりは感情だ。
それにはまるで私の死を拒むような、そんな想いが込められているようだった。
私はまだ自身のアバターを俯瞰している。この奇妙な体験の中で、さらに奇妙なことが起こった。
1コマ毎に自由落下を繰り返す私のアバターが剣を構えた。
何千回、何万回も反復したソードスキルの空中使用。無意識にその行動を選択したのだろう。随分と他人行儀に私は眺め続ける。
存在しない足場を踏みしめ、跳躍しながら繰り出されたのは片手直剣の突進系ソードスキル『ソニックリープ』。
硬直時間中のザザは避けることができず、骸骨仮面の右目を貫かれ、私はフロアの床に復帰する。
ザザと私の硬直時間が終了するのは同時。ザザはバックステップで距離を離し仕切り直しに出た。押し出しで落下を狙うのは不可能だと考えたのだろう。
――突如私の左手に剣が生まれ、2本の剣がソードスキルの発動エフェクトを輝かせた。
冷静だったザザもこれには驚愕する。
自分の身体がしたことなのに、私も信じ難かった。
ソードスキルのモーションアシスト中はアバターがプレイヤーの操作を離れて自動で動かされるというのは半分正解で半分間違いだ。モーションアシスト中でもフォーカスターゲットの変更で攻撃カ所を細かに変えたり、まったく別の敵を狙うことは攻略組なら誰でもできる技術だ。つまりモーションアシスト中でも細かな動き――眼球や瞼、指先などの細かな動きは可能なのだ。
片手直剣のソードスキルは剣を持っていない腕の自由行動範囲が広い。私がしたのは、ソードスキル中にクイックチェンジのタブを開いて装備を交換するというものだった。
「アァァァアアアア!!」
壊れた機械のような絶叫が口からこぼれ、私が放った二刀流突進系ソードスキル『ゲイル・スライサー』は後退するザザのHPをレッドゾーンに差し掛かる寸前まで追いつめる。
決着だ。ここから逆転されることはない。
ザザのエストックが私の額を貫く。ソードスキルであれば違っただろうが、私のHPは未だイエローゾーンにさえ届かない。
ザザはすぐにエストックを引き抜こうとしたが、私は頭を捻りその動きをほんの少し阻害していた。
「そこまでだ」
ゲイル・スライサーの硬直を終えた私が、ザザに止めを刺そうとしたところでPoHの邪魔が入った。
長剣の薙ぎ払いをPoHはメイト・チョッパーの刃で軽々と受け止めた。
「下がれザザ。お前の負けだ」
「ああ。降参、だ」
有無を言わせないPoHの言葉に、ザザは大人しく従い戦闘距離から離脱した。
私の頭上には『Winner!』の文字が無感動に輝く。
「エリ、お前も諦めろ」
刃の競り合いを解き、流れるような左右の連携でPoHを襲う。
防御を考えない攻撃一辺倒な動き。それが二刀流の真骨頂だということがようやくわかった。ダメージ交換では絶対に負けないのだ。ならば相手は攻撃するほど敗北に近づく。
今までとは正反対のスタイルであるのに私の身体はよく動いていた。
PoHは時間を稼ぐようにガードに専念している。パリィできるような攻撃でも、それをすれば反対の剣が無防備な身体を切り刻むことを理解しているのだ。
私は手数を重視するため足が追い付かず軽い攻撃になっているが、PoHのHPはじわじわと減り続けた。
流石に分が悪いとPoHは間合いを詰めて組み付きを狙ってくる。それは体術のソードスキルに頼らないプレイヤースキルによる武術だった。
不味い。一度組み付かれれば今のSTRでは抜け出せないだろう。組み付かれた状態では思うようにソードスキルの準備モーションを構えられなくなるため、二刀流の火力も失われてしまう。
ソードスキルで強引に引き剥がそうとするも、PoHはそれを読んで間合いの外に逃げる。
隙の少ないソードスキルのため、硬直時間中に組み付かれることはない。
だがそれは結果論。初見の二刀流によるソードスキルに対して、PoHはお前の考えていることなどお見通しだと言わんばかりに攻めてこない。
距離を奪い合うだけでHPの減らない攻防。押されているのは私。
考えるよりも速く、身体が即座に対策を講じて行動に移す。
左の重剣を後ろに引いて片手直剣の連撃系ソードスキルをいつでも発動できる状態にして、右の長剣を使ってPoHの間合いの外から一方的に攻撃を繰り返す。
再びPoHのHPが減少を始める。さらに視線や足捌きを含めたフェイントを織り交ぜると、時々ガードをすり抜けるようになった。
ソードスキルやクリーンヒットがないにもかかわらず、PoHのHPはイエローゾーンに差し迫る。
「ザザっ!」
PoHが叫んだ。フェイントではない。
横からエストックが襲い掛かる。
あれだけ苦労して減らしたザザのHPは全て回復していた。
狙いは私の長剣か……。今度はザザがPoHを守る番ということらしい。
エストックを払いのけることはせず、刃を擦り合わせてザザを懐に誘き寄せる。
警戒心がザザの身体を後ろへと追いやった。
二刀流のソードスキルを発動させるためのモーションは整っている。
「アハァッ……!」
私は恍惚に顔を歪めていた。
ザザの援護が生んだ一瞬の安堵。
PoHの見せた初めての隙。
二振りの剣が妖しく煌めく。
――『ジ・イクリプス』。
二刀流スキルの最大熟練度を要求する上位剣技。その連撃数は
多大な連撃を高速で繰り出すために、人体の構造や慣性を無視した魔法の動きをシステムは発生させる、ありえざる幻想の技。
その挙動を手中に収め、アバター操作によりさらなる速度を加える。
理解しなくていい。そこにあるものを、あるがままに受け入れる。
最初の2回をPoHは防いだ。だがここからだ。
剣技というよりも
予測とはまるで違う不可解な挙動がPoHの戦闘センスをすり抜ける。
瞬きするほどの合間にHPが黄色に変わった。
「うぉおおおおおおお!!」
「アハハハハハハハハ!!」
沸騰しそうなほどの血の熱さを感じる。
これをガードするなら大盾を用意することだ。いかに片手直剣に迫る長大な武器とはいえ、メイト・チョッパーは短剣。防御面積がまるで足りていない。
PoHが後退するもすでに遅い。エフェクトに延長された攻撃範囲は、範囲外へ逃げ切る前にHPをすべて喰い尽せる。
メイト・チョッパーがソードスキルを放った。
単発技だが素早く重い一撃だ。
私の長剣が食い止められるもソードスキルを終了させるには至らない。反対の重剣がPoHの身体を切り裂きこれで残り3割。そしてソードスキルの硬直時間で終わりだ。
「悪い、な」
ザザが私とPoHの間に割り込む。プレイヤー相手にスイッチというわけか。
ザザの行動は最早ソードスキルでもなんでもない。ただ身を挺しただけの肉盾だ。
PoHは難を逃れるが、今度はザザのHPが急激に減り始めた。
27連撃という数は尋常じゃない。私にはまだ18回もの攻撃が残っている。
それはザザのHPを全損させる可能性のある回数だ。
エストックは防御に向かない。至近距離の斬撃となれば尚更だ。
PoHのようにソードスキルでの相殺すら狙えないほど追い詰められながら、ザザは連撃を浴び続ける。
私はエンジンがかかったようで動きのキレが上がっていた。
ザザはその動きに対処できず、ガードどころかクリティカル部位すら守れないまま、HPの半分を6回の攻撃で失った。
「ハハハヒヒヒヒヒヒ!」
回復結晶で即座にHPを補給したPoHがザザと入れ替わる。
PoHのHPバーは6割弱。
威力を下げてでも退路を断つため、モーションの許す範囲で前に踏み込む。
超近距離の攻撃は長剣の威力を大きく損なったが、視界が狭まりPoHもガードが間に合わなくなった。
ソードスキルのダメージは剣とエフェクトにしか存在しないが、ダメージ以外のことを行う小技がある。それを試してやろう。
PoHが下がろうとしたところでさらに一歩。
彼の足を踏みつけバランスを崩させる。
流石のPoHも顔に焦りが出た。
だがもう遅い。
視界の端でザザが援護に走り出していた。
都合がいい。このまま2人を纏めて殺せる。
PoHがスイッチするべくソードスキルを発動――いや、これは。
彼の取った行動は連撃での相殺。だが悪手だ。攻撃密度では私が圧倒的に上。それにガードが間に合わない攻撃をソードスキルで迎撃できるわけがない。
だが私の予想に反してPoHはよく動いた。
まるで別人だ。力や技だけじゃない。
読みのセンスも高まっているがそれが原因でもない。
なにか得体のしれない圧力が彼から溢れていた。
反射的に勝てないと感じる。
いくらなんでもすべてを防ぐことはできず、HPは緩やか減っていく。
残り攻撃回数は8。殺しきるには十分のはずだ。
なのに勝てない。いいや勝つ。勝て。負けたくない。負けるものか!
「ァァァアアアアア!」
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
PoHのHPはレッドゾーン。
仮にこれを凌ぎ切ったとしても私のHPはまだまだある。硬直時間を狙って大技は繰り出せないはず。
だから
「アァアアアアアア――――あっ……?」
不意にソードスキルが止まった。
私の身体が自分の放っていたソードスキルの慣性で転がる。
全身に力が入らない。先程まであった俯瞰した意識がアバターに戻ってくる。血の沸騰しそうな全能感が穴の開いた風船のように萎んでいった。
「どうにか間に合ったかぁ、な?」
床に倒れている私は、いつの間にかそこに立っていたジョニーを見上げる。
「遅せえんだよ」
「ごめんごめん、ボス。でも俺だって必死にやってたんだぜ」
「ああ……。礼は言っておく」
最悪のバッドステータスと悪名高い麻痺のアイコンが表示されていた。
どうやって? 隠密状態は攻撃行動をすれば解除されるはずだ。ジョニーの手には見慣れない瓶が握られている。あれが絡繰りなのは明らかだ。
「なに、を……」
「これぇ? これはねえ、麻痺毒のガスポーション」
範囲に状態異常を与えるポーションの情報を、どこかで聞いた覚えがある。
蓄積値が低く相手が一カ所に留まらねば効果が出ない、その上接近戦をする前衛まで毒状態になり、エネミーは軒並み毒耐性が高いというわけで使われなかったやつだ。
「地面をターゲットにしたアイテム使用だから隠密が解除されないんだよん。それと、ザザのマスクは特別製でさ。空気の浄化効果があるわけ。ボスは途中で解毒結晶使ってたって寸法よ。どうどう? 凄かったでしょ」
「喋り過ぎだ」
「はーい」
「それと、俺はそこまで甘くはねえぞ」
私の手をPoHが蹴ると、解毒結晶が転がり落ちる。
腰のポーチに常備してあった唯一の1個がこれで失われた。
年貢の納め時だ……。
当然と言えば当然の末路か。
二刀流という反則があったとはいえ、彼ら3人を相手にかなりいいところまで戦えた方だろう。それにあれだけ殺してきたんだ。今度は私の番。それだけのこと。
死後の世界なんてちっとも信じていないが、あるなら死んでいった彼らに会いた――くはないな。死んでまで苦しい思いはしたくない。死後の世界がないことを祈ろう。祈るというのもおかしな話だけど。
普通ならここは「死にたくない!」と泣き叫ぶ場面なのだろうか? でも私は生きてることは楽しいだけじゃなく、苦しいことでいっぱいだから、そんなに無理して生きなくてもいいだろうと思う。
今まで生きていたのは死ぬほどの勇気がなかったのが半分。もう半分は惰性だ。
そんな気持ちで生きてる人間に殺された人達は、運がなかったということで妥協してほしい。すでに死んでいるので文句を言われたことは一度もない。
死神、もといPoHの足音が耳元で聞こえる。
嬉しいことに痛覚はカットされるので痛みなく死ねるだろう。いや、ナーブギアが脳を焼くときの痛みはあるんだろうか? ……どちらでもいいか。
PoHはガサゴソとアイテムを取り出していた。
なにをするつもりなんだろう。じらさないで早く殺して欲しいのだが。
視線を動かすと、彼が手にしていたのは拘束用のロープ。おそらく高品質品で私のSTRでも破壊するのには時間がかかる代物だ。
「ころ、して、っす……」
「お前には使い道があるからな。すぐには殺さねえよ」
ロープで手足をきつく縛ると、私はPoHに抱えられた。
最悪だ。拷問されても話すことはなにもないのだが……。それともジョニーみたいに楽しむために拷問とかかされるんだろうか。
それが一番嫌なパターンだ……。
▽▲▽▲▽▲▽▲
浮遊する足場をいくつか渡り、空中を漂う足場を越えて、私は建物の中のようなエリアにと連れてこられた。
建物のエリアに入るとザザとジョニーはそれぞれ別れを告げてどこかへと行った。
私はPoHと二人きりになったわけだが、彼は不気味に口を閉ざしている。
沈黙は苦手だ。気まずくてしょうがない。しかし私の麻痺はまだ解除されていないため喋るのも難しく、これから碌でもないことを私にしようと企んでいるやつに、気を使って話題を提供できるほどお気楽な性格でもない。
何をされるかは務めて考えないでおく。考えるだけ無駄だし、想像の中で恐ろしい目に会いたくもない。
通路を進み、扉を開いて小さな部屋に置かれる。
クッションの感触。ベッドの上に転がされた。
生活感――現実のそれではなくだいぶ仮想世界に染まっている――のある部屋だ。
壁にはいくつもの武器保管ケースが設置されていて、中に様々な武器が収納されている。おそらくはトロフィーだ。PoHが今まで殺してきたプレイヤーから得た戦利品だろう。
他には私の転がされているベッドにアイテムチェスト。テーブルや机がある。ただ家具の不自然な空白を感じ、引っ越し直後か直前であるという印象だ。
「それで、なにするつもりなんすか?」
麻痺がようやく解除されて、私は疑問を口にした。
「エリ……。お前はどう思う?」
「さっさと殺して欲しいんすけど」
「そいつは聞けない相談だ」
駄目か。要望は聞いてくれないらしい。
PoHは椅子を持ち出し、ベッドの横に置くとそこへ座った。
彼はじっと私を観察している。なにを考えているのか、やはりわからない。
しばらくそうしていると彼はおもむろにフードを外した。
PoHの顔は想像とかけ離れていて、驚いてしまう。
鋭い目鼻立ちはハリウッド映画に出てくる俳優のように整っている。小麦色の肌は日に焼けたというより元からそういう色なのだろう。髪は黒でオールバックに纏めてある。僅かに割れた顎。小顔で右頬には紫の稲妻模様のタトゥー。……タトゥーはあまりに似合っていない。
私が驚いたのはもちろん格好良さが理由ではない。
目を疑いたくなるが、彼の第一印象は
正確なところはわからないし、おそらく大きくブレがあるだろうが……クラインよりは若く見える。おそらくノーチラスと同じくらい。そう見えるだけで、実年齢は違うと思いたいが、どこかあどけない……。
「なにか言いたげだな」
「思ってたより若いんすね……」
褒め言葉になるのかどうかはわからないが、どうせ後の無い身だからと、この際思ったままを口に出した。
「……まだ大学生と同じぐらいの年齢だからな」
マジかよ!? などとは流石に言えない。というかこの話を続けるのか!?
PoHは適当に取り出したワインボトルをラッパ飲みして喉を鳴らしている。中身を半分くらい飲み干すと、テーブルに叩き置こうとして――虚空で彷徨わせる。
「飲むか?」
「いや、いらな――」
「飲め」
無理矢理ボトルの口が突っ込まれる。
突然のことに私は咽込み、その都度喉の痙攣で赤い液体が注がれる。こんな状況で味などわかるはずもなく、ただただアルコールの匂いが鼻から抜けていく。
アルハラだった。悪名高い殺人鬼に捕らえられて、私は今アルハラを受けていた。
頭が混乱しているのはアルコールによる酩酊ではなく、わけがわからないせいだ……。
「――げほっ! ごほっ!」
ボトルが空になり、ようやく解放される。空気を求めて喘ぐと、口の中にあったワインが溢れて白いベッドのシーツを紫色に染めた。
ワインと一緒にこぼした唾液が張りついて気持ち悪い。
今ので髪もだいぶ濡れてしまい、顔中が芳醇な香りで大変なことになっていた。
「なにするんすか!」
見下ろすPoHの瞳はギラついていた。
「呑気だな。お前、自分の立場がわかってるのか?」
再び口に瓶を入れられる。ただし今度はワインボトルではなくポーション。
液体を強制的に流し込まれると身体から力が抜ける。麻痺状態だ。
PoHが腕の拘束を解くも、抵抗することはできない。
うつ伏せに転がされ、馬乗りに拘束される。
PoHは私の右手を取って虚空を動かす。されるがままにメニューウィンドが開かされ可視モードがオンになった。
まずは『所有アイテム完全オブジェクト化』コマンドによって持ち物をすべて失った。足元にいくつもの結晶アイテムやポーションがばら撒かれた。
次にPoHは装備オブジェクトを操作。
1つずつゆっくりと防具が解除されていく。
さらに金属の鎧の下に着たインナーさえ外され、私の装備セルには外観変更アイテムの下着だけが残された。
「え……、あ…………」
必死に抵抗を試みるも、腕が震えるだけでなにもできない。
そんな微かな抵抗さえも、PoHが指を絡めたことで無為に終わる。
PoHのがっしりとした手から伝わる熱に反し、私の指先は熱を失い冷たく感じる。
視界にはハラスメントコードの通報メニューが開かれている。これを押せばPoHを監獄に送り飛ばすことができるが、反対の腕は足で押さえつけられているためどうにもできない。
顔を逸らそうとしたが、空いている左手で顎を掴まれた。
もう目を瞑るくらいしかできない。
PoHはじっくりとオプションメニューの項目に手をつける。
1つ、また1つとページが変わり深い層まで潜った。
彼がどの項目を探しているかは想像がついていた。
目を瞑ろうとしているのに、なぜかうっすらと瞼を開いてしまう。
「い……や……」
私のか細い声が届いたのか、手が止まる。
恐る恐る開かれているページを見た。
そこには『倫理コード解除設定』の文字。
止まっていたのは数秒。
再び指が無理やり動かされ、その文字に触れる。
『18歳未満の方には好ましくない内容が解除されます。 あなたは18歳以上ですか?』
『YES/NO』の選択画面。
右に力を入れるが、PoHの手はビクともしない。
「んん……!」
そっと、私の指先が左に触れる。
最終確認の文言が再び表示されるが、それも右。
アバターに神経が通ったかのような感覚が襲った。
今まで作り物の身体だと感じていたものが、実感を伴っていく。
重い。痛い。苦しい。どうして私が……!
私は知っていたはずだ。
犯罪者プレイヤーに生け捕りにされた女性プレイヤーの末路を。
だからこれは特別な事ではない。
この世界ではよくある辛い出来事の1つに過ぎない。
「たす、け、て…………」
頬を伝う滴の感触は、嫌なくらいリアルだった。
このオチは必要悪だったんです……。
主人公を不幸な目に遭わせたいからやったんじゃないんです……。