レベルが高くても勝てるわけじゃない   作:バッドフラッグ

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29話 棺桶と鎮魂歌(10)

 今日一日の攻略を終えた俺は、主街区の境界線を跨いだ瞬間、緊張の糸が解けた。

 できることならこの場で座り込んで一休みをしたいが、弱った姿をライバルたちに見せるわけにもいかない。

 気を引き締め直し、悠然とした足取りでギルドハウスへ戻ろうとしたのだが……。

 

「うわっ!?」

 

 メッセージの通知SEがこれまでにないくらい連続で鳴り響き、思わず声が出た。

 周囲から怪訝な目で見られるものの、咳払いをして何事もなかったかのように取り繕い近くの路地裏へ入る。

 いったい誰がこんなスパムみたいにメッセージを送りつけて来たんだ。

 俺の友人にそんなくだらない悪戯をしてくるやつはいないはずだ。

 恐る恐るメッセージリストを開く。

 タイトルには『見たら返事をして』『大至急』と急かす文言が並んでいた。

 差出人は――アスナとリズ?

 フィールドではメッセージが届かないせいで、これだけの数がスタックしていたのだろう。だが彼女たちも返事がないということは俺がフィールドに出てからだということくらい理解しているはずだ。

 なにがあったのか? 嫌な予感がした。

 俺はメッセージの一番古い物をまず開けて、書かれていた文章を読むと冷汗が流れた。立ちくらみのような症状に襲われ、壁に手を突きどうにか堪える。

 

 エリが……ラフコフに攫われた!?

 

 他のメッセージに急ぎ目を通して話をまとめると、リズの店が襲撃されるのを察知して駆け付けたエリが、ラフコフのギルマスであるPoHと交戦。リズを転移結晶で逃がすためにその場に残り行方知れずとなったらしい。

 フレンドリストのエリの名前はまだ灰色になっていない。彼女が死んでいない証明になるが、それがいつまで続くか期待はできない状況だ。

 

 リズは現在KoBの本部で保護されているらしい。

 俺は主街区を全速力で駆け、55層へと転移門で跳んだ。

 万年雪に覆われているこの階層も夏ばかりは涼しいで済ませられる気温設定になっている。普段なら避暑地として喜ぶべきところだが、今は凍り付いた地面に足を取られそうで邪魔なだけだった。

 KoBの本部は主街区『グランザム』にある巨大な城である。

 月夜の黒猫団とは別格の荘厳なギルドハウスには、攻略会議の度にお邪魔させてもらっている。

 俺は受付を引き受けている女性プレイヤーに挨拶を交わすと、受付嬢とは顔見知りということもあってすんなり中へ通された。

 

「ご心配には及びません。我々も全力を挙げて調査していますから、やつらと言えど数日中には発見できるでしょう。――ん? 誰だ貴様は。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

 

 赤を基調とした豪華絢爛な応接間には、椅子に座り泣き崩れているリズと、そんなリズの背を擦って落ち着かせているアスナがいた。それから甲冑姿のKoBプレイヤーが2人。彼らは2人の護衛といったところだろう。

 漂う空気が重いせいで、来客を楽しませるべく飾られた、ショーケースに収められた珍しい装備の数々や装飾品に目を奪われはしなかった。

 

「貴様どこかで……。ああ、黒猫の剣士とか言われてるビーターだな? 出しゃばりが……。貴様の出る幕ではない。すぐにここから立ち去れ!」

 

 長髪の護衛らしき男が鋭い剣幕で俺を睨んだ。

 有名になったもんだ……。いや。こいつとはおそらくフロアボス戦で顔を合わせているから、知られていなければ逆にショックだ。

 俺は周囲に月夜の黒猫団をアピールするよう立ち振る舞っているため、出しゃばりという評価は実に正しい。

 有名ついでに俺の情報は後ろ盾がないもんだからスパスパと抜かれ、ビーターと名乗った黒歴史まで攻略組では周知の話になっている。

 

「あんたは……」

 

 誰だったか。背負っている装飾過多な両手剣は見覚えがあるのだが、KoBのアタッカーくらいの記憶しかない。

 

「クラディールさん。いいんです。キリト君は私が呼んだんですから」

 

 そうだ、確かそんな名前だった。

 

「なっ……。アスナ様!? 勝手なことをされては困ります! こいつは自分さえ良ければいいなんて考えてるやつですよ。一緒にいてはろくなことにならない」

「今回の件は団長から私に一任されています。それに彼は信頼できる人です」

「ですがっ!」

 

 なおも食い下がろうとするクラディールの剣幕に、アスナは怯んでいた。

 いくらアスナがフィールドでモンスターをばったばったと薙ぎ倒す攻略の鬼と言われていようと、俺とあまり変わらないくらいの年齢の女性だ。大人の男にこれほど強く言われては恐怖が勝るのもしょうがない。

 

「俺も急いでるんだ。言いたいことがあるなら後にしてくれ」

「貴様ァ!」

 

 クラディールは俺に詰め寄り怒りを滲ませる。

 掴みかかってきそうな彼に、俺は睨み返して応じた。

 

「ガキだと思って舐めるなよ」

 

 単調な声と同時に一歩前に出る。

 どちらかがデュエルを申し込んでもおかしくない雰囲気になってしまったが、俺からそんなことはしない。俺から挑んだのでは外聞が悪く、それに今はそんなことをしている時間さえ惜しい。

 

「クラディールさん。それにフルツさんも、すみませんが席を外してください」

「アスナ様!?」

「……こう言ってることだし、俺たちは大人しく下がろう。隣の部屋で待機していますので、なにかあったらすぐに知らせてください」

 

 フルツと呼ばれたメイス持ちの男性プレイヤーに、クラディールが押されて、しぶしぶ退室する。

 去り際に見えたクラディールの表情は、システムの誇張を抜きにしても常軌を逸したものがあるように思えた。

 

「悪い……」

「ううん。気が立っちゃうのもしょうがないよ……」

 

 こんなときでも強さの執着を捨てられない。

 認められないというのは俺にとってそれほど許しがたいものになっていた。こんなことをするために月夜の黒猫団の名を背負ったわけじゃないのに……。

 

「でも本当によかったよ……。メッセージも返ってこないし、キリト君の身になにかあったんじゃないかって、私心配したんだから!」

「ごめん。ずっとフィールドにいたんだ。それで、エリの行方は?」

 

 アスナが首を横に振った。

 2人の様子からわかっていたことだが、改めて確認すると、かなり、辛いな……。

 

「今、手の空いてる人が捜索に出てるけど……」

「手の空いてるプレイヤーがほとんどいないんだな……」

 

 手の空いてるプレイヤー、というより、手を貸してくれるプレイヤーがいないのだろう。

 エリは治安維持部隊隊長という役職であるが、それは攻略組からすれば面倒なALFの手先という意味でしかない。

 プレイヤーが誘拐されるような事件は過去にもあったが、それらはたいていALFが解決していた。今回も言ってしまえば過去の事件同様プレイヤーが1人誘拐されただけ。ALFのメンバーでもあるのだから、ALFで勝手に解決してくれとなるのが目に浮かぶ。

 

「ALFはなにか言ってきたか?」

「さっきまでトップギルドを集めた会議があったの。でもDDAのギルマスとALFのサブマスが仲悪くて、喧嘩別れみたいになっちゃって……」

「KoB――ヒースクリフは?」

「任せたの一言」

「クソッ!」

 

 どいつもこいつも人の命をなんだと思ってるんだ!

 行き場のない怒りを、拳を強く握ることに費やすがまるで足りない。

 俺はまた、守れないのか……?

 

「……サチ」

 

 いいや、まだエリの命は失われていない。

 まだなにも終わってなんかいない!

 

「キリト、どうしよう……。エリが、私のせいで……」

 

 リズがたどたどしく喋る。

 

「大丈夫。やつらがまだエリを殺してないってことは、なにか目的があるはず。それまでエリは殺されない。その間に俺たちがあいつらのアジトを見つけられればいいだけさ」

 

 あまりにも荒唐無稽な話だった。

 だが縋りたくなる。少なくとも蘇生アイテムの話よりは現実味があった。それは限りなく少ないだけで、0ではないのだから。

 リズは小さく頷き、俺の言葉を信じてくれた。

 俺はこの信頼の裏切るわけにはいかない。

 

「俺も捜索に参加してくるよ」

「なら私も!」

 

 アスナの申し出は願ったりだ。

 この状況での単独行動は流石に不味い。なにせやつらはエリを捕らえるだけの戦闘力がある。攻略組でも少数では返り討ちに遭いかねない危険があった。

 今回ばかりは誰かと組まざるを得ないが、俺のようなプレイヤーを快く迎えてくれるやつなどほとんどいないわけで……。

 

 だが、ふとエリの言葉を思い出した。

 クリスマスに俺へリズのことを頼んだとき、彼女はどこに目があるかわからないと警戒を強めていた。ラフコフが結成される前兆をどこからか読み取ったものだと、今ならわかるが……。

 彼女の疑惑の目を向けた相手にはKoBも含まれていた。

 疑いたくはないが、攻略組の中にラフコフのメンバーが潜伏している可能性はある。

 正月に起きたラフコフの産声事件では、多くの中小ギルドが身内の裏切りによって壊滅した。攻略組だけが特別結束が固いなんてことは、この状況を見れば誰も信じやしないだろう。

 

「私は、大丈夫だから……。エリをお願い……」

「……駄目だ。アスナ、リズを頼む」

「で、でも……」

「ラフコフはリズを狙ったってたんだろ? あいつらが諦めたとは思えないし、圏内だからといって絶対安全とも言えない。だから信頼できるアスナに任せたいんだ」

「わかったわ。でもキリト君を1人にもできないよ」

「俺は――風林火山と合流する。クラインのお人好しなら手を貸してくれるだろ」

 

 あいつには借りを作りっぱなしだな……。

 メッセージを送るとクラインは圏内にいたようで素早く返信があった。

 すぐに合流場所を決めて、俺は捜索プランを練る。

 フィールドを闇雲に探し回っても成果はない。それで見つかる間抜けならラフコフはとっくの昔に壊滅しているだろう。

 エリでさえ尻尾を掴ませず返り討ちにしたやつらが相手だ。50層のフロアボスを越えるSAO最強の敵だという認識を忘れてはならない。

 

「無茶、しないでね」

「ああ」

 

 自然に嘘を吐いた。

 無茶をしてエリが助かるなら、俺はするだろう。

 自嘲気味な笑みを、すぐに安心させるためのものに切り替えた。

 ショーケースのカバーガラスには、嘘を吐くのにもだいぶ慣れてしまった俺の顔が映されていた。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 クラインたち風林火山の協力も虚しく、俺たちは一切の成果を挙げることができなかった。

 馴染みの情報屋連中や中層をメインに活動するプレイヤーに聞き込みをしたが、知らない、関わりたくないの一辺倒。

 ラフィンコフィンという名を口に出すことさえ、彼らにとっては憚られるほどに恐怖は蔓延していた。

 事ここに至っては出し惜しみなどなしだ。

 俺もクラインも、互いに情報が漏れることも厭わず、秘密の情報屋やダンジョンへ足を運んだがそれでも影さえ見つからない。

 

 俺たちは自分の限界を悟り、早々に大ギルドへ頭を下げに行ったのだが、意外なことに彼らは協力的だった。

 KoBはアスナが仕切っているため言わずもがな。

 ALFも自分たちの管轄であるため当然なのだろうが、彼女の側近ともいえる実働部隊のメンバーは情報の共有を約束してくれるという破格の待遇をしてくれた。

 だが一番意外だったのはDDAだろう。幹部連中こそ非協力的だが、攻略組に名を連ねるメンバーの幾人かは、ギルドに休みを取ってまでエリの捜索を独自で進めていた。

 彼らはALFの前身であるMTDに所属していたプレイヤーで、彼女の戦友だったり後輩だったのだ。自分たちだけが攻略組に移って、エリを1人残してしまった事に罪悪感を憶えていたのだということを、口々に語ってくれた。

 気がつけば捜索隊はハーフレイド(24人)が組めるまでの人数が集まっていた。

 

 攻略組からも多くのプレイヤーが参加しており、攻略にも支障が出始めている。

 それが表面化したのは一昨日。最前線である66層のボスフロアがDDAによって発見されてからだ。

 66層のフロアボスは攻略会議の結果、参加メンバー不足のため一時保留となった。

 これにはKoBやDDAも重い腰を上げざるを得なくなり、「ラフィンコフィンによってトッププレイヤーにも被害が出かねない状況を放置したまま、攻略を続行するのは極めて危険」という名目で全面的な捜索が開始された。

 

 

 

 ――そしてエリが誘拐されてから10日が経とうとしていた。

 

 

 

「クソッ! またハズレかよ」

 

 クラインが建物の壁を拳で叩く。

 ALFから共有された情報をメッセージで確認して、また駄目だったのだろう。

 攻略組の全面的な協力の甲斐もあってオレンジプレイヤーの検挙率は過去最高を記録。中にはラフコフの構成員もいたが、末端のメンバーだったらしく、欲している情報は手に入らなかった。

 未だ彼女の名前がフレンドリストから灰色に変わっていないことから、生存を確認できるがそれだけだ……。

 

「どうするキリト。まだ行ってないダンジョンとかあるか?」

「いや……。あれで俺の隠してるダンジョンは全部だ。お前は?」

「俺なんてとっくの昔にネタ切れだ」

 

 遅々として進まない捜索は俺たちに多大なストレスを与えていた。

 ラフコフが最初、何故エリを殺害していないのか疑問に思ったが、この状況を見て俺はようやく確信した。

 

 旧MTDから攻略組に流れたメンバーというのは根が深い。ALFになってからも細々と攻略組として最前線で戦っていたが、正月以降はこれも解散。そこからさらに攻略組にメンバーが流出した。彼らは現在KoBやDDAに席を置いている。

 つまりエリの攻略組との交友関係はかなり広いのだ。

 戦闘技術の高さから教鞭を執ってはいたが、考えてみれば彼女はまだ子供と称される年齢。自分より幼い女の子が身を挺して戦っているというのは、心配しない方が無理というものだ。

 いかに戦闘能力や実務能力があろうと関係ない。俺だって小学生くらいの子供が最前線で肩を並べて戦っていたら実力如何に関係なく心配するだろう。

 そんな彼女が誘拐されたとなれば捜索隊に志願する攻略組のプレイヤーは少なくない。

 

 この状況でエリが殺害されればどうだ? ラフコフは攻略組に打ち勝ったということになる。正月の事件ほどの規模ではないが、かなりの重大事件だ。

 大ギルドの幹部でもよかっただろうが、彼らの周辺はかなり強固に守られている。

 エリが一際崩しやすかったかというと疑問が残るが、それを成功させるだけの作戦があり、成功させてしまったのだろう。

 リズは今回の本命ではないと思う。だからといって彼女の守りを疎かにするのは愚策だが……。

 

 ラフコフがエリを殺害するまでの猶予はもうほとんど残っていない気がする。

 すでにラフコフが勝利するための条件は整っている。あるいはこのまま攻略組が断念するのを待って、それから見せつけるように殺すつもりなのだろうか。

 悪い考えばかり過る。

 ベンチでこうして座っている間も、頭をガンガン殴られているような不快感が消えない。

 

「もう一度情報屋を……。いや、上層から逆順にダンジョンを探して……」

「おい、キリト!」

「ん……。どうしたクライン。耳元ででかい声出すなよ。頭に響く……」

「お前のとこにもメッセージ行ってないか?」

 

 俺はクラインに促されてメッセージを確認した。

 いつの間にか新着が1件。SEを聞き逃すほど集中力が欠けていたのかと、気を引き締め直す。

 差出人はアスナ。内容は――――!?

 

「落ち着いて行こう。不自然じゃないように」

 

 小声でクラインへ話しかける。俺の声は震えていた。

 アスナからのメッセージにはこう書かれていた。

 

『ラフィンコフィンの本拠地が発見されました』

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 KoBの会議室には、普段通りのメンバーが集められていた。

 つまり攻略組の中でもリーダーや戦術眼に優れるプレイヤーたちだ。

 48人集めて会議をしても喋るのはせいぜい彼らだけなので、徐々に参加者を削り、現在のメンバーに落ち着いていた。ここに参加していないメンバーにはリーダーから作戦を通達する形になる。

 ここにALFの治安維持部隊の副隊長も加わっていることからわかる通り、今回はフロアボスをどうこうするための会議ではない。

 

「皆さん、お集まりいただきありがとうございます」

 

 凛としたアスナの声が会議室に響いた。

 会議の司会進行役は、ボスフロアを発見したギルドのサブマスター、KoBかDDAのどちらかが行うことになっていて、会議場所もそれに従う。仮に別のプレイヤーが発見した場合は交代制だ。

 

「今回は異例としまして、フロアボス攻略会議ではなく、ラフィンコフィンへの対策会議を始めたいと思います」

 

 全員が無言で続きを促す。

 

「我々はラフィンコフィンの拠点となっているゾーンを発見しました。作戦の目的はラフィンコフィンの幹部の捕獲と、彼らに捕らえられているALFのメンバー、エリさんの救出です」

「情報は確かなのか?」

「はい。潜伏スキルの高いKoBのメンバーに確認も取らせてあります。回廊結晶の転移地点もマーキング済みです」

 

 なら後はエリアの詳細と役割分担、緊急時の指揮系統の確認か。

 アスナが羊皮紙に記された簡易マップを広げる。

 

「元は大がかりなクエスト用の地下ダンジョンだったようですが、1度きりのものでクリア済みの現在、モンスターの出現はないようです。ただし過信はしないでください。ダンジョンは2部構成となっていて、前半部分が浮遊する足場のエリア、後半部分が迷宮系のエリアとなっています。ステータスではこちらが上ですが、落下すれば命の危険があります。交戦になれば彼らもそれを狙ってくるでしょうから注意してください」

 

 落下危険地帯か。これはかなり厄介だぞ……。

 HPの安全マージンなんて意味がなくなる。その上レベルやステータスで勝っていても簡単に逆転されかねない。

 最近はボス戦で死者は出ていないが、最後に出たときの死因はたしか落下だったはずだ。

 死ねばやり直しの利かないこのゲームで、即死トラップというのがどれほど凶悪かなど語るまでもないだろう。

 集まったメンバーにも緊張が走る。

 

「幹部の特徴についてはご存知でしょうが、あらためてご確認ください」

 

 フードを被った大型ナイフ使い、PoH。

 ズタ袋を被った毒ナイフ使い、ジョニー・ブラック。

 骸骨の仮面をつけた細剣使い、ザザ。

 3人の顔が録画クリスタルのよって表示された。

 

「キリト。お前はジョニーと戦うなよ。どっちかわかんなくなりそうだ」

 

 確かにジョニーと俺の色合いや体格は似ている。

 だがな、クライン。俺のコートはあんなにダサくない。

 

「これからパーティーを分けますが、質問はありますか?」

「質問ではないですが、攻略組の皆さんは転移妨害について心得があるでしょうか?」

 

 ALFから出席している副隊長が手を上げて発言する。

 転移妨害について俺は多少心得があるつもりだ。投剣スキルもあるので問題ない。

 だが周りはそうでもないようで、彼はそれぞれの顔を確認すると話をつづけた。

 

「転移結晶は起動までの間に攻撃を受ければキャンセルされます。彼らも当然転移結晶を使ってくるでしょうから、投擲武器、あるいは突進系ソードスキルで妨害してください。それとこちらが転移結晶を使う場合にも注意が必要です。彼らも同じように妨害してくる可能性がありますから、どなたかにタンクをしてもらい、妨害を防いでもらわなければいけません」

 

 後半部分については……自信があまりない。

 やったことはあるが、それはモンスターを相手にしたときだけである。相手は当然頭のある人間なのだからヘイトなんてものはなく、逃げようとするプレイヤーを積極的に攻撃してくるだろう。

 

「その……、ALFからそれぞれのパーティーに1人加わってもらうということは可能ですか?」

「可能ですが……。そのような場合のタンクをしっかりできるプレイヤーとなれば2人しかいません。一応やってやれなくはないですが……。作戦前にパーティーメンバーへレクチャーする形でどうでしょうか?」

「そうですね。それが妥当でしょう。反対意見のある方はいますか?」

 

 誰もいない。

 攻略組に限らないが、パーティー分けをすれば事前のグループで集まることがほとんどだ。ALFは提案をよく受け入れてくれたと感心する。あるいは、彼らは普段から個々を組み合わせた自由度の高い編成をしているのかもしれない。そういうところは俺たちも見習わないといけないな……。

 

「他に質問のある方はいますか? ――いないようですね。今回の相手はモンスターではなくプレイヤー。それもこちらを殺すことを躊躇わない人たちです。そのことを念頭に置いて最大限の注意を忘れないでください。ではパーティー分けに入ります」

 

 アスナの言葉で会議は締めくくられ、パーティー決めが始まる。

 俺にとって最も憂鬱な時間だ。風林火山は最近になってフルメンバーで攻略に参加できるようになったため空きがない。

 一応俺のようなあぶれ者や、ギルドから少数で参加しているプレイヤーもいないことはないので、だいたいは彼らと組むことになる。今日も頼れるあこぎな商売人のエギルがいるのでまず1人確保だ。

 

「黒猫さん」

 

 俺は声をかけられて振り返る。声の主はALFの副隊長。

 

「そちらのパーティーには私で構いませんか?」

「ああ。助かる。一応名乗っておくけどキリトだ。黒猫さんでもいいけどな」

 

 さっきの話通り、ALFから1人来るわけだから、フルメンバーまであと4人か。

 ――などと探していたら見事にあぶれた。

 なにせ今回はフロアボスと違い人数制限はない。ぴったり7パーティー48人になるわけではないのだ……。

 最終的にはメンバーの決まっていないプレイヤーが自動的に割り振られ、風林火山から1人。KoBから1人の4人パーティーになった。KoBのプレイヤーはあのクラディールだ。

 彼はさっきから凄い形相で俺を見てきていた……。

 

 

▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

 ラフコフの本拠地襲撃まであと1時間。

 ALFの副隊長から簡単なレクチャーを受け、互いに得意なことを話し合った俺たちは一度解散して各々で休息なり準備なりをすることにした。

 俺はあらかじめ対PK用に、解毒アイテムや回復アイテムを揃えてきていたため、ギルドハウスにアイテムを取りに戻る必要はなかった。

 清貧なソロプレイヤーである俺は、一線級で活躍できる多種多様なサブウェポンなど持っていないので、いつも通り頑張るくらいしかない。

 まあ、隠し玉を使うことになるかもしれないので、誰も来ないようなNPCハウスで確認作業だけはしておいた。

 しかしそれも時間がかかることはなく、暇を持て余した俺は寂しくKoBのギルドハウスをうろついていた。

 索敵範囲にプレイヤーの反応があったから、誰かと思って近づいてみれば、それは俺の数少ない知り合いの1人だった。

 

「やっぱりあんたか……。アルゴ」

 

 茶色いケープのフードで顔を隠しているが、女性らしい身体つきと小柄な体格、ここがKoBのギルドハウスだということから、思い当たる唯一の人物の名を呼んだ。

 

「よう、キー坊。元気にしてたカ?」

 

 フードを外したアルゴの顔色は少し疲れ気味に見えた。それでも彼女の口調はいつものように軽い。

 彼女は俺の知る限り最も優秀な情報屋だ。このデスゲームが始まったときから頼りにさせてもらっていて、彼女のもたらした情報には何度となく命を救われた。

 もっとも、助かってばかりではなく、しっかりとコルは巻き上げられているのだが。

 俺は今回も彼女を真っ先に頼ろうとしたのだが、まるで連絡がつかなかったのだ。

 なにもなくて本当によかった。

 

「心配したんだぜ。連絡くらいくれてもよかっただろ」

「それだけ修羅場だったんだヨ」

 

 なにかあったのか、あるいは独自に動いていたのか。

 おそらく後者。KoBにラフコフの情報をもたらしたのはきっとアルゴだ。

 いったいどうやって手に入れたのか……。

 気にはなるが、藪をつついて蛇を出したくはない。

 

「なあキー坊……」

 

 アルゴは稀にしか聞かない、真剣な声色を使った。

 

「…………気をつけろヨ」

「当然だろ。それともなにか心当たりがあるのか? 流石に今回は高くても買ってやるよ」

「いいや……。そうじゃなイ。あくまで友人としての忠告サ。最後まで気を抜くなヨ。エリを……見つけてモ。助け出した後でもナ」

「わかった」

 

 その油断を突かれるな、ってこと、なのか?

 アルゴの言葉はどこか含みがある。ではなぜ教えてくれないのか。あるいは売ろうとしないのか……。

 心の内を透かそうとして、彼女の瞳を見つめるが、俺にそんなスキルはない。

 

「なんだヨ。お姉さん、照れちゃうゾ」

「なにも言うことはないんだな?」

「………………エリ――」

「キリト君! こんなんところで何してるの。もうそろそろ時間だよ。早く行かないと。あっ。アルゴさん、こんにちは」

 

 廊下の角から現れたアスナの大きな声が響く。

 

「……よう、アーちゃん。彼とは上手くやってるカイ?」

「彼っ!?」

「い、いません。そんな人!」

「ハハハ。そんなことしてると捉まらないゾ。リスクを怖れちゃ、手に入らないものだってあるのサ……」

「それは……。いいえ、なんでもありません」

 

 これでアルゴがKoB――というかアスナに情報を流したのは確定かな。

 さっきの疲労から鑑みるに相当危険な橋を渡ったみたいだ。ならここにいるのもKoBを護衛に使うためかもしれない。

 後で労ってやらないとな。……女の子には甘いものでいいんだったか?

 

「あとキリト君。私にそんな人なんていませんからね!」

「お、おう……」

「本当に本当にいませんからね!」

「疑ってないって……」

「嘘じゃないわよっ! ほら、私の目を見て!」

「だから……。あー、おう。ホントウダナー」

「もうっ!」

「ご馳走様。見せつけてくれるネー。別に取ったりしないから安心しなヨ」

「ぐぬぬ……」

 

 な、なんなんだいったい……?

 

「オイラはここで待ってるからサ。2人とも無事に帰ってこいヨ」

「ああ」

「もちろんです」

 

 アルゴに見送られながら、俺たちは集合場所の大広間へ向かった。

 廊下を曲がる直前、俺は振り返って彼女の姿をもう一度見た。

 窓ガラスから差し込む逆光に照らされ、アルゴのシルエットが浮いて見える。

 どこからか入り込んだ風が金色の髪を揺らし、それを手で押さえている。

 ――その瞳は、物憂げに揺れていた。

 

「どうしたのキリト君」

「いいや、なんでもない」

 

 アルゴ…………。

 お前、さっき、いったい何を言いかけたんだ?




キリトを通り名で呼ぶ機会がなくてずっと溜めてましたが、
彼の通り名は『黒の剣士』ならぬ、『黒猫の剣士』です。
別に「不吉を届けに来たぜ」とかは言いません。
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